ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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Θ― 戦況、御報告

 少年がヤマブキシティでの戦闘を繰り広げる、少し前。

 多少は落ち着きを取り戻したシオンタウンにおけるお話。

 

 

 ―― Side ミィ

 

 

「戦況、御報告するわ」

 

『……とってつけたような「御」なんていらないわ、ミィ。それより、あなたとショウの挙動について知りたいのだけど?』

 

『わたくしとしては、まずは戦況を知るべきだと思いますわ、ナツメ』

 

『……それもそうね』

 

「異論は、ないわね。それじゃあ始めるわ」

 

 

 電話の向こうにいるのであろう、友人兼ジムリーダーの2人……エリカとナツメへと、現在把握できている状況を伝えることに。

 

 まずは……「逃走している野生ポケモンの動向について」。

 

 ミュウツーがグレン島を飛び立った昨晩から大きな混乱に見舞われていた都市は、主に3ヶ所。

 ―― シオンタウン、セキチクシティ、ハナダシティ。

 

 先ず、シオンタウンは私とキクコがいたおかげで、比較的落ち着いてポケモン達へと対処することが出来ていた。……とは言っても、キクコと一緒に暫く暴れて幽霊達を片付けた後に協会員へと任せた、というだけの事なのだけれども。ただし、私とキクコの減らした数というのが途方もないモノであるというのは、いうまでもない事。特殊攻撃の努力値も美味しかったし、ね。

 

 次に、セキチクシティ。ヤマブキやタマムシといった主要都市からは隔絶されており、かつ四方が野生ポケモンの宝庫であるという土地柄。それが影響したのか、本日明朝にミュウツーがサイクリングロードで戦闘を行った際に、非常に多くの野生ポケモン達が……北側「サファリゾーン」と西側「サイクリングロード」から、逃げ出してきていたみたい。それこそサファリの柵なんてものともせずに。けれど、ここへはジムリーダーであるキョウの他にも心強い援軍がいるの。

 それこそが、ミュウツーとの戦闘に敗北し最寄であったセキチクへと回復に来ていた ―― ワタルとシバ。さらには復活したカンナなんかに防衛へとまわって貰ったお陰もあってか、報告によると既に、事態は殆ど沈静化させられているみたい。

 

 そして、最後に ――

 

 

『ハナダシティ? ……確かに地理的には野生ポケモンが多いかもしれないわね。けど、ニビシティ同様、ミュウツーの逃走経路からは遠く離れた位置にある街なのだから……』

 

『いえ、そうではないのでしょう。続けてください、ミィ』

 

 

 2人の言葉に促され、説明を続ける。

 

 

「残念、ながら。……そもそも、最新の報告によればヤマブキへと向かっているわ。ハナダへも、襲撃する可能性は十分に出てきたのよ。けど、重要な点はもっと別」

 

『『……』』

 

「ミュウツーは、『北上』しているの」

 

『『……!』』

 

 

 同時に気付いたのであろう、息を呑む間。……そう。

 ミュウツーは、カントー近域の南端である『ふたご島』から北上を続けている。

 ミュウツーは、近づくと周辺の野生ポケモンが逃げ出す。

 と、なれば。

 

 

「今、大量のポケモン達が。北上するミュウツーに追われる様に、カントーの最北地であるハナダシティへと集まっているわ。それこそ、サファリゾーンなんかのポケモン達も。……観測班の報告によると、もう少しで、ヤマブキシティ周辺を通過するでしょうね」

 

『ミィ! ハナダへの連絡は終えたのですか!?』

 

 

 例えば、ピストンで押し出されるかのように。野生ポケモン達は時折分散しながらも、圧倒的な数をもって、カントー地方の北側へと軍勢を推し進めているのだ。

 着物お嬢様の何時になく慌てた声が通話口から響き、けれど、勿論。

 

 

「勿論よ。ハナダのジムリーダーであるサクラや、協会……近場のタケシにも、既に連絡はついているわ。けれど、カントー広域の野生ポケモンに対抗するには。全く持って数が足りないわね」

 

『なるほど。それでわたしとエリカへ連絡してきたのでしょう』

 

「えぇ。……先ずは、ナツメ。ヤマブキの人達に念のための退避勧告をお願いするわ。恐らく野生ポケモンの集団だけでなく、ミュウツーはヤマブキにも飛来するでしょうから。それに折角、街にシェルターがあるのだし。活用しないと駄目」

 

『わかったわ。出来れば、ミィからもシルフへ呼びかけをお願い出来るかしら?』

 

「あの、無駄に大きな企業が。役立つかは判らないのだけれど一先ずは了解よ。……次に、エリカ。タマムシも壊されたサイクリングロードの事で手一杯だとは思うのだけれど、それは両親に任せて。ナツメへの救援をお願いしても良いかしら」

 

『心得ました。幸い、サイクリングロードは整備中でした。人的被害はありませんでしたし、後回しで大丈夫かと思いますわ』

 

「有難う、エリカ。ナツメ。……それじゃ、私は少し離れた場所にいるから、真っ直ぐにハナダシティへと向かう事にするわ。……それと、」

 

『『……』』

 

「……えぇ、解っているわ。ショウは今、セキチクからヤマブキへと向かっている所よ。野生ポケモン達の軌道をなぞる様に北上しているみたい。……心配は、要らないわ。ショウがヤマブキに到着する時、野生ポケモン達はとっくにヤマブキを通過していると予測されるの」

 

 

 付け足しておくと、2人の顔が綻ぶ様子が、通話口越しでも想像できるのよ。

 

 

「それはともかく。……恐らく、野生ポケモンに関してだけじゃあなく。ミュウツーとの決戦もハナダシティになるわね」

 

『? 何故です?』

 

 

 ナツメの分も代表して、エリカが疑問を口にする。そう、ね。

 これは、私の「原作知識」によるところが大きい予想。2人に伝えるのは中々に難しいのだけれど ―― なら。

 

 

「……女の、勘よ」

 

『『……』』

 

 

 2人からの反応は一旦途絶え、数秒の間。そして、

 

 

『ふ……あははっ! 流石はミィ、ね!!』

 

『9才にして、女の勘を備えていらっしゃるとは。感服……く……致し、ます、わ』

 

 

 1人はお腹を押さえながら、1人は口元を押さえながら。

 ただし通信口からの為、あくまで想像なのだけれど……2人のリアクションは、どうでも良いわ。それに、そんなに笑われるような内容だったかしら……と、えぇ。笑われて当然ね。突拍子が無さ過ぎるもの。

 

 

「……はぁ。それに、ミュウツーはそんなに柔な相手じゃあないの。ヤマブキで仕留められる、というのは安直な希望に過ぎないわ。それで、だから。貴女達も避難誘導が終わったら、ハナダへと来て手伝って頂戴」

 

 

 若干投げやりに、2人へと動向だけを伝える。なんだか疲れたわ。これくらいで、大丈夫だと思っておく事にしましょう。

 そんな私へと、2人は少しだけ様子を切り替えて。

 

 

『わかった。わたしとエリカ、各々のジムの人員なんかも……それに、そうね。カラテ道場なんかにも声をかけておきましょう』

 

『わたくしも、近くにヤマブキとタマムシがあるおかげで安全圏であるクチバシティのマチスさんへ、連絡と救援要請をしておきますわ』

 

「有難う。そして、お願いするわ」

 

『任せて』

 

『ご武運を』

 

 

 頼もしい言葉を受けて、通信を切る。すると今度は、これまでずっと私の隣で控えていた……文字通り怪しい影を足元へと落とす人物が、入れ替わりに口を開く。

 

 

「ひっひ。お嬢ちゃん。お話は済んだのかい?」

 

「えぇ。……貴女は、これからどうするの」

 

「おや。それはこちらの質問だね。どうするんだい、お嬢ちゃん?」

 

 

 杖をカツカツと鳴らし、待っていたとばかりに捲くし立てる ―― キクコ。

 つい先程までシオンタウンを覆っていた幽霊ポケモン達を、私と一緒に、文字通り掃討してくれていたのだけれど……

 私はシオンタウン郊外でフードを被りなおし、通信機器を四次元(うち)ポケットへと収納しながら、キクコへの質問を開始。

 

 

「まず。貴女は、まだ。手を貸してくれるのかしら」

 

「おおっと、勘違いすんじゃあない。『アンタに』じゃあないよ。この貸しはね、先への投資さ」

 

「『私に』、とは言っていないわ。……なんて。こんなやり取りをしている時間が勿体無いわね。簡潔にお願い」

 

 

 私自身がハナダに向かうまでの時間は、まだまだかかってしまうのだから。なるべく早く北上しなくてはいけないのよ。

 

 

「そう急くでないよ、若いってぇのに。……ひっひ、そうさね。手助けは、してやるさ。ただし条件があるねぇ」

 

「……ついさっきは、協会の仕事だからとか言っていなかったかしら」

 

「ふん。無駄に賢しいジャリ娘め」

 

「えぇ、有難う」

 

「……面倒なヤツだね。ま、そんなに急ぐのならアタシの『お願い』は後払いでもいいさ。アタシも急いでハナダへ向かうとするかねぇ」

 

「……後払いほど。怖いものも、ないのだけれど」

 

「なに、どうせ直接アンタに関わるもんじゃあないよ。ショウとかってガキンチョに用事があるのさ。……間接的には、アンタにも被害は及ぶだろうけどね! ひっひっひ!!」

 

 

 そう言うとキクコは、腰につけたハイパーボールの1つを取りはずし、地面へと投擲。

 中から現れたポケモンは ―― フワライド。

 

 

「フワラーン!」

 

「それじゃあ、あたしゃ先に行って暴れてるとするかね!」

 

 

 その気球の様なポケモンに掴まり、キクコは嵐の前の薄暗い空へと……北側目指し、『そらをとぶ』で飛んでいく。

 フワライドなんて持っていたのね……とか、四天王の時はむしろ毒ポケモン使いだった……なんていう突っ込み思考は、隅へと追いやっておいて。

 

 

「……降り出しそうな、空」

 

 

 下生えを革靴でバサバサと掻き分けながらも、進行方向の空を見る。

 今は真昼だというのに、……シオンタウン自体の陰鬱とした雰囲気だけではなく……低気圧のもたらした黒雲によって、カントー地方全域には重苦しい灰色の天井が出来上がっていた。

 晴れぬ空を見上げながら、でも、と思う。

 

 

「戦闘の場所が、もしも……ハナダシティになるとしたら。これは好機なのかしら」

 

 

 天候パーティという概念は、今の時代にはあまり存在しない。だけれども、あの街は「水タイプジムリーダーのいる街」なのだから……上手く進行すれば、野生ポケモン達は何とかなるのかも知れないわ。

 となれば、後は。

 

 

「目下最大の、問題。……ミュウツーね」

 

 

 1対1で倒そうなどとは、初めから考えていない。

 ショウと立てた当初の作戦では、ミュウツーのPPを削って、疲労させてやろうという魂胆だった。だがしかし、この作戦には自明の欠点があるの。

 

 何故なら、この世界では「覚える事の出来る技数が4つではない」のだから。

 

 実際、……カンナやワタルなどの証言から……「こなれてきた」ミュウツーは適宜『ねんりき』や『スピードスター』といったPPの多い技を使用し、PP効率を重視した戦いをしている。

 と、すれば。ここで今までのミュウツーの挙動を考えると、1つの疑問が浮かぶ筈。

 

 ―― ミュウツーは何故、『ねんりき』や『スピードスター』といった低威力の技を使っているにも拘らず、あの圧倒的な攻撃力を保持できているのか。

 

 そう。このミュウツーの「エコ作戦」が成功しているのには、カラクリがあるのだと、思う。

 

 

「……嫌な、予想ばかり。当たるのは勘弁してほしいのだけれど……」

 

 

 実の所というか、カラクリの予想もついてはいるの。けれどもその「予想」を確定させる因子は、今の所ショウからの報告を待つほか無い。

 

 そんな最中。

 

 

 

 ―― ポツ、ポツ。

 

 

 

 ―― ポツ ―― サァァァ……

 

 

「(ついに、降り出したわね。……行きましょう)」

 

 一旦思考を切り落とし、雨粒を落とし始めた曇天の中、北西へと岩山を駆ける。

 目指す決戦の地、ハナダシティへ向かって。

 

 

 

 ―― Side End

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 そして、ヤマブキ襲撃後へと時間は流れる。

 

 野生ポケモン騒ぎの収まったセキチクシティのとある民家。

 ゲーム「ポケットモンスター」において「四天王」と呼ばれていた人物達の視線は、部屋の壁際に配置されたテレビの画面へと集まっている。

 件の画面の中では、マイクを構えたアナウンサーが視聴者へと熱弁をふるっている。隣に座りながら映像についての解説を行うのは、ポケモン学の権威だという博士。

 

 

『オーキド博士。このポケモンは?』

 

『ふむ。このポケモンは、新種のポケモンじゃな。……わし等オーキド研究班が、来年度に控えた研究発表に向けてカントーに住むポケモンの調査を行い、「ポケモン図鑑」を創っているのはご存知かな?』

 

『は、はい! それは、勿論!!』

 

『残念ながらその中には、カントーには住み着いておらず、飛来しただけのポケモンなどは含まれておらんのじゃよ』

 

『……ならば博士は、このポケモンは他の地方から飛来したものであると!?』

 

 

 興奮気味に叫ぶアナウンサー。

 しかし当の博士は、そんなことは気にもせず。

 

 

『これこれ。わしとて、調査もしていないポケモンの事が判る訳がないじゃろうに』

 

『そ、そうですね。すいません』

 

『じゃがの。ひとつだけ、判る事があるぞ』

 

『それは?』

 

『うむ。それは、この野生ポケモンが……バトルを心から楽しんでいると言う事じゃ』

 

『……』

 

『闇雲に暴れまわっている、というでもないしの。……何より、各街のトレーナー達が既に動き出しておる。はっはっは! このポケモンも、存分にバトルが出来ることじゃろうて!』

 

 

 笑いながら周囲を唖然とさせる、ポケモン学の権威。

 暫くすると番組はCMに入り、2分ほどのCMの後。

 

 

『―― ここで、先程までのヤマブキシティが撮影されています。こちらをご覧下さい』

 

『こ、こちらアオイですー! ヤマブキシティに降りたという、謎のポケモンの取材を……う、ぁぁ!? ……た、大変危険なため、こうして隠れながら中継いたしま ―― 』

 

 

 今度は中継へと切り替わった。

 

 ……の、だが、しかし。

 

 

 ―― 全国放送である局で放映されているこの番組には、如何(いか)にもな黒衣を身に纏ったツーテルの少女と見える子供が、テレビクルーの前へと身を乗り出し。

 自らの黒いポケモンへと指示を出して、……張っているバリアーによってテレビ画面には紫の光球としてしか映っていないのだが……謎のポケモンの非常に強力な攻撃を。

 これはあたかも、英雄(ヒーロー)の如く。たった1人と1体で、助け出している姿が映し出されていたのだ。

 

 

「へぇ。あの女の子、ほんとに追いかけてたのね」

 

「む。知り合いか、カンナ」

 

「……この娘、とても良いバトルをするね!」

 

 

 体力が回復してからはセキチク周辺の野生ポケモン達を黙らせていた、眼鏡の氷ポケモン使いたる女性は、つい先日ふたご島で共闘した顔見知りである少女が映っていたことに対して、半ば以上に呆れのこもった言葉を発し。

 しかし、同じく回復からの掃討に尽力した半裸の格闘家からしてみれば見覚えがなく。

 ……そして最後に。ドラゴン使いの現在一般トレーナーである男は、ただのバトルマニアか。

 

 

「えぇ。わたしが会ったのはふたご島で、だけれどね。こうしてヤマブキに居る映像を見る限りでは、ずぅっとあのポケモンを追っているみたいだわ」

 

「……若いな」

 

「そうだね……けど、それなら尚更だ。そろそろ行こうか!」

 

 

 今までテレビによる映像に最も見入っていたワタルは、そう言って立ち上がる。残る2人……シバとカンナも、同時に。

 そして自らのモンスターボールに手をかけながら、次の行動方針を示す。

 

 

「おれ達としては、『この事態』を見逃すわけにはいかないよな? おれのカイリューに乗れば、ハナダまではひとっ飛びだよ。バッジも取ったから、『そらをとぶ』の使用にも問題ないし!」

 

「えぇ。行きましょう」

 

「……この状況。力あるものは、動くべきだ」

 

 

 初めに立ち上がったワタルが、テレビ画面の『上端』を勢い良く指差しながら告げ、カンナとシバも同意の声を上げる。

 

 

 ―― テレビから聞こえてくる番組の音声とは別に、画面上部に表示されていたのは。

 

 ―― 野生ポケモンの逃走による、『ハナダシティ市民への避難警報』だった。

 

 






 「英雄」と書いて「ひでお」と……呼んでも良いのです。
 少なくとも間違いではないのですし。

 そして本当にポケモンの話なのでしょうかという、最近の展開。
 いえ、ポケモンの話なのですけど……うーん。複線回収と更なる展開の為、色々とやっている最中なのです。
 のんびりと冒険できるのは、もうちょっと、まだ少し、―― まだ結構先かと思うのですすいません。


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