ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

85 / 189
Θ59 VSミュウツー⑤

 

 ―― Side クルミ

 

 

 ルリちゃんがバトルを始めてから、既に20分近くが経過しました。

 なんなんでしょうね、この戦い……いえ。違いますかねぇ。ルリちゃんの言葉を借りるなれば……

 

 

「……なんなんでしょうねぇ、このポケモン勝負(バトル)

 

 

 ハンディカメラを片手に溜息をつきながら。わたしはカメラの防水機能が心配になってくる程の雨の中、1人撮影を続けます。

 遠くに映るのはカントー全土に影響を与えるほど強大な……規格外のポケモンと、トレーナー資格を持っているかも判らない年の女の子。

 

 

「あぁ、また『あの技』ですよぅ!」

 

 

 どうやらあの白い人型のポケモンは、エスパー技を主軸においているみたいです。四天王であるカンナさんを筆頭とした3人もろとも地面を爆散させた紫の光を、右手に掲げます。

 そして相手が4人から1人へ減ったからでしょうか。お相手のポケモンはカンナさん達の時よりも素早く(・・・・・・・・・・・・・・)腕を振り下ろし、

 

 

 《ヒィン、》

 

 ――《グッ、オオオオオオッ!!》

 

「―― 出 ――ズ!」

 

 《《 オオ、ンッ! 》》

 

 

 でも、地面には直撃しないんです。

 ルリちゃんの指示で黒い怪獣ポケモンが前に出ると、光が消え失せるんですよぅ!

 

 

 ―― ゴォッ!

 

「わ、ぷ!」

 

 

 周囲に余波の如く、技の残り香みたいに、光は消えても豪風だけは吹き荒れて。

 わたしは慌ててカメラを構えなおし、

 

 

「……ルリちゃんっ」

 

 

 またも少女へとカメラの焦点を合わせます。

 そして繰り広げられる、再びの攻防。

 

 ―― わたしの撮る映像の中では、主人公たる少女の絶技とでも言うべき指示に従ってポケモン達が動く。

 

 ニドクインが前へと出て噛み付き、

 白く光るポケモンとピジョットが突風を起こし、

 ……黒い怪獣と黄色くてカワイイポケモンは、後ろでなんやらかんやら。多分、何か補助技を使っているんでしょう。

 プリンは主の隣で歌い続けて……

 

「(むー、流石はルリちゃん。ただの一般トレーナーじゃあないですね! あんなに沢山のポケモンに素早く的確な指示を出すなんていう芸当、見たことがなかったんですよぅ。……なんと言うか、ニンゲンの可能性の凄まじさを見せられたみたいなカンジですぅ)」

 

「~♪、~~♪ ……」チラッ

 

「……あれぇ?」

 

 

 そんな風に感心していたわたしなのですが、なんだか、プリンと目が合った気が。

 

「(……気のせいかプリンちゃん、やり辛そうな感じがしますね……って、まさかぁ!?)」

 

 1つだけ、「やり辛さ」とのキーワードに思い当たる出来事があります。今わたしが立っている丘を越える前に、ルリちゃんが言っていた事です。

 

『―― あなたの映像があるからこそ、『自分』は本気を出す意味があるのです。が、あなたが映像を撮るからこそ気付かれてしまう。つまり、

 

 ―― 広められるのであればぁ、『本気を出せない』と? 』

 

 

 ……「わたしだからこそ」。

 もしかして、今のこの状況が「そう」なんでしょうか? 

 

「(ふぅむ。とりあえず、今のところの撮れ高は……賞味10分位でしょうか。尺で言えば盛大に足りない、ですが)」

 

 わたしはカメラの具合を確認しながら、ルリちゃんの思惑について考えます。

 多分、あの言い様からして、この映像はルリちゃんにとっても必要なんでしょう。ですが、……ああ。

 

「(撮られていると本気が出せない、って言ってましたよぅ。―― つまり、)」

 

 あの娘は「ある程度映像を撮ってから、わたしに撤退して欲しい」のですね。これならば言葉通りになります。

 

 ……むぅ。

 

 ソレが理由で、わたしのネムリンの強さを値踏みされてたんですかねぇ? わたしがここハナダシティ郊外から、1人でも無事に帰る事が出来るという確認の為に。

 ……ルリちゃんが「ピジョンを進化させるのに経験値が必要だったにも拘らず、ここまで来るのに野生ポケモンを避けるルートを通って来た」っていうのは、もしかして……わたしに安全な帰り道(ルート)を教えるためだったのかもしれません。

 

 となれば、なんで「撮られていると本気が出せない」のか。わたしは寧ろ、この部分が気になってしまいますぅ。

 

 ……むむむぅ。

 

 考えに詰まってしまったので、再び眼前の戦いへと意識を戻しますか!

 

 戻した意識の先にあった現実では、白いポケモンが『スピードスター』で攻撃。ルリちゃんの……「クチート」と呼ばれていたポケモンが受けます。

 受けきった所でルリちゃんの周りのポケモンがぐるっと周り、それぞれのポケモンが色んな攻撃を飛ばして……

 

 さっきから殆ど変わらない攻防。

 白いポケモンはどうやら、黒いポケモンにエスパー技が問答無用で消されるというのを学習したみたいですぅ。こうしてちょくちょく『スピードスター』を使ったり、『青い光球を飛ばす技』を出したり、『不可視の刃で斬り付け』たりしています。どうやら色々と試しているみたいなので。

 対するルリちゃんはエスパー技や『不可視の刃』は黒いポケモンが受け、『スピードスター』は基本的にクチートちゃんが。

 『青い光球を飛ばす技』は、ニドクインもしくはピジョットちゃんやミュウちゃんが……なんかこう、防御するぽい技を使って防御してます。

 どうやらルリちゃん、防御に関してはほぼ問題ないみたいですねぇ。

 

 そして、またも『スピードスター』。

 星型の光線が、……って!?

 

 

「危ないですッ!? ……お、……ぅぉおおう」

 

 

 今度は星型の光線がクチートちゃんではなく、後ろに回っていた黒いポケモンを追尾してきたんです。

 割り込んだピンクのポケモン、ミュウちゃんが間に入って受けてくれましたけど……そういえば『スピードスター』は必中追尾機能がありますからね。お相手の白いポケモンさんも、惜しかったですよぅ!

 

 ……ありゃ。「惜しかった」?

 

 

「……むむむ。惜しかった、ですか」

 

 

 立場的にも心象的にも、わたしはルリちゃんを応援しているはずなのに。なのに ―― あの白いポケモンの攻撃が惜しかったと、思ってしまった。

 

「(……? むー。なんか、)」

 

 この感覚、そういえばホウエン地方でアナウンスをしていた時にも味わったことがありました。

 あの時はわたし、ホウエンバトルクラブの皆さんについてかなり詳しく調べてからアナウンスに挑んだんでしたね。なのにいつしか、挑戦者である男の子を……

 

 

 ―― そうだ。

 

 

 ―― そうだった(・・・・・)

 

 

 

 わたしはアナタの言う通り、「気付いてしまった」のでしょう。

 向こうで戦う「アナタ」の姿を目に捉え、またも無茶な戦いに身を投じていることを想い、自分の顔に浮かぶのは ―― やはりというべきか呆れ笑顔。

 

 

「……きっと、アナタのせいですよぅ。全くもう」

 

 

 なんで「撮られていると本気が出せない」のか、まで、ある程度予想がついてしまいました。詳細はともかく「あの人」は確かに、撮られたままじゃあマズイでしょうねぇ。

 

 なにせ、『女装なんてしているんですから』。

 

「(はぁ。しょうがないです、よね。なにせカントーの平和には変えられないですからぁ)」

 

 わたしが面を上げると丁度良く、白いポケモンの反撃。

 その余波で、豪風がこちらまで届く。

 ソレに合わせてカメラを傾けて……そぉ、れっ!!

 

 

「きゃーぁー。カメラがーぁ!」

 

 

 わたしは叫んだ後にカメラの電源を切って、「地面に落とします」。

 ……多少の間を置いてからカメラを拾い上げて、とぉ!

 

 この丘から去る前に、豪雨の中で戦い続けているアナタ達へ向かって。

 そして勿論、プリンちゃんへオッケーとの視線も送っておいてからですぅ!

 

 

「……ならばわたしも、『わたしなりの応援』をさせていただきますよぅ!」

 

「~♪ ~~♪」

 

「プリンちゃん! おっけーぃ!!」グッ

 

「~♪ ……!」グイグイ

 

 

 まずはこの丘から、ハナダシティへ戻りましょう。……この映像、「公開が早くて損はない」はずですからねぇ。

 

 ただしわたしも、この「ポケモン勝負の続きを見れない」ことについては、少しだけというか、かなり不満なのですがね!

 コレは貸しにしておきますぅ!!

 

 

 

 Side End

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

「プリュ、リューリュー!」グイグイ

 

「どした、プリン? ……っておお!」

 

 

 『サイコブレイク』の「溜めがなくなった」事といい、さっきの『スピードスター』による不意打ちといい……気の抜けなくなってきた戦いの中。プリンにコートの端を引かれた俺が指し示された先へと視線を向けてみれば、クルミさんが「いなくなってくれていた」。

 うし。案の定、気付いてくれたか! それならば!!

 

 

「気付かれたからには後々は大変なんだろうけど、まぁ、今は良い! ―― お役目終了だ。戻ってくれ、メタモン!!」

 

「……ニュロ、モーンッ!?」デロリ

 

 《ボウンッ!》

 

 

 声をかけると頭上から素早く滑り降り、待ってましたと言わんばかりの滑らかさでボールへと収まってくれる。うっし、ありがとな。メタモン!

 

 ……うん。

 メタモンはよくぞここまで、ミュウツーの威圧感(プレッシャー)に耐えてくれていた。怖がり様からしていつ『へんしん』が解けてもおかしくはなかったし、そもそも戦闘なんて出来るような状態じゃあなかったんだ、コイツに関してはな。

 俺の手持ちに入ったのもついこないだの事だし、元々はシルフで研究用に育成してたのをミィが引き取ったってな個体だし、戦闘そのものについても素人良いトコなのであるからして。

 

「(つまり、メタモンをミュウツーに『へんしん』させて戦わせるって作戦は無理があったっつー事だ)」

 

 ま、それは元々却下されてた作戦だからな。肝心要のHPは『へんしん』しようがそのまんまなんだし、それに多分、これから行う作戦を実行しちゃあメタモンの『へんしん』による変装は解けてしまってただろうし……

 

 何よりかにより、やっとの事で女装を解除できたんだっ!

 最終決着までこのまんまってのは、正直ないわ!!

 

 なんてな意味でも、クルミには感謝しておきたい。「ルリ」が活躍している映像は、「この後」のために必要だったからさ。

 俺の仕込みにつき合わせてしまった……ってのにはそこはかとない罪悪感があるけど、まぁ、彼女にとっては「自分の撮った映像がある事」そのものが大きな支払いになっているだろう。せめてそれこそクルミが言っていた様に、ギブ&テイクだと思っておくか。

 

 

「そんでもって俺も、ポケモントレーナーとしちゃあ『7体目』を使う訳にはいかないしな……っと、お?」

 

 《テン テン テレレーン♪》

 

 

 手持ちのトレーナーツールが回復完了の音でミィからの返信を知らせてくれる。

 目の前で変わらぬ防戦を繰り広げながらチラッとその内容を確認し、……成程な。「アレ」を追っかけてくれてたか。

 

 

「ならやっぱりミュウツーの相手は俺だけで、だな」

 

 

 積まれた「堅さ」は、本当ならキクコさんの手持ちの技にあるであろう『くろいきり』にでも頼る事が出来れば楽なんだが、それでは折角のクチートの『じこあんじ』も解消されてしまう。

 そもそもミュウツーの『どわすれ』『バリアー』による6段防御アップを『じこあんじ』でコピーしたクチートは、今の状況じゃあ必要な壁役だ。壁役が1人減ってしまうのは何とか避けたい所。

 それに、今は俺とミュウツー1体1のバトルなんだしな。出来る限り俺だけで相手をしていたい。

 

 ならばクルミがいなくなり ―― メタモンが俺の頭上から落ちてしまう心配やら、クルミの安全の心配やらをする必要がなくなりました所で!

 

 

「ミュー」

 

 《シュシュ ―― シュンッ!》

 

「プリン! 受けきったら、例のヤツ! (クチート、前方に! ピジョットも!)」

 

「プーリィ!」

 

「―― クチッ、チィ!」

 

 《カンカン、カィィン!》

 

 

 数度位置移動(ローテ)のフェイントを挟みながら指示を出すと、クチートが先頭に立ち、『スピードスター』を鋼の顎を前に構えながら弾いてくれる。

 俺はここぞとばかりに、環の切れ目からプリンを引き連れて飛び出す。急に身体を抱えられたプリンが大きな目をぱちくりさせたのも一瞬の事、直ぐに俺へといつもの輝かしい目を向けてくれた。……任せてくれ、だとさ。頼もしい事で。さらに視界の端には、「地面を跳ねる」ピジョットの大きな翼が見えているし!

 

 それなら ―― いきますか!

 

 

 今こそミュウツーへ、逆襲の一手を ――

 

 

「ピジョット、『ふきとばし』!

 

 プリン、――『じゅうりょく』だ!!」

 

 

 

 Θ

 

 

 

 少年が最後の攻撃を仕掛け始めた頃。

 カントーで放映される全チャンネルで流れていた緊急ニュースが、一斉に、事態の終結を告げ始めた。

 逃走地域の停電や空を飛び交うポケモン達の影響もあるのだろう。映像及び音声は通常のそれと比べると遥かに質が悪く、ノイズが交じっている。

 

 ―― ザ、ザザ、ザ……

 

『カントー全域を襲って……野生ポケモンの大群は、ハナダシティに到達し……ムリーダー達によって……ザ……見事に鎮圧されま……ザザ、ザ。

 ジムリー……ザザ、……及びポケモンリーグが合同で事態の始末に当たる予定で……。

 謎のポケモン、ザザ、ザ……残ったポケモンについて、リーグではなく……ザザ……権威、オーキド博士が代表して指揮にあたることを表明しており……、リーグはその管理だけを……ザ、ザ……』

 

 

 説明を続けていたアナウンサーの言葉が、ここで一旦途切れる。

 

 

『では、ザザ……謎のポケモンについて、「一般の方が撮影した映像」が届いて……ます。此方を、ご覧下さ……』

 

 

 アナウンサーの言葉によって流れ始めるのは、謎のオーラ&撮影禁止バリアーによって画面上は紫の球体としか映っていないミュウツーと……ヤマブキシティの映像においても映っていた少女(と見える人物)。その2者による、激しいポケモンバトルだった。

 年端もいかないであろう少女(仮。以下略)は自らの周囲にポケモン6匹を繰り出し、その全てを巧みに操って謎のポケモンと戦闘を行う。

 年齢、技術、そして少女の扱う ―― 「世界中から集まった」と言い表す事が出来る程、バラバラの地域からやって来たポケモン達。

 映像の少女を織り成す全てがこの世界にとっては異質であり、映像を見る者達全てに衝撃を与えてしまう。

 ……そう。なにせ、国における中心地であるカントー地方。そんな場所で起こっている「謎のポケモンによる襲撃事件」は既に大きく伝播し ―― カントーだけではなく、世界中で注目を浴びる騒動となっていたのだ。

 

 だが、肝心要の「与えた衝撃」。それはかつて少年が憂慮していた様な、ネガティブなものではなかった。

 

 

 未だ混乱の残るハナダシティにいる姉妹が、テレビを見ながら。

 

 

「頑張れぇっ、ルリ!!」

 

「むーん……やるなぁ、ルリちゃん」

 

 

 ハナダシティへと駆けつけた四天王の一角たる女性と、その隣に立つドラゴン使いの青年が。

 

 

「……負けるんじゃないわよ!」

 

「おれは負けても、あの子なら負けないさ!」

 

 

 ハナダ南側の5番道路で、再び自らのジム員達を率いて事態の収拾を始めたリーダー達が。

 

 

「―― この予感。あなたの勝利で終わることを願っています」

 

「ふふっ。あの方であれば、問題はないでしょう? 態度はアレですが……なんだかんだで期待には応えてくれるお方ですわ」

 

「おれの分も頼んだからな!」

 

「がっはっは! タケシ君は真面目だなぁ!!」

 

「HAHA! このガール、やるジャないカ!」

 

 

 タマムシシティのとあるマンションにて、両親とテレビを眺めていた少女が。

 

 

「……おにぃちゃん、頑張って……」

 

 

 隣の地方は竜の里。祠の上座に座る老人が。

 

 

「ふむ。見つけることは、出来たのじゃな? ……ほっほ。全く。この輝き、老いぼれには眩しくていかんのう」

 

 

 遠くシンオウ地方で、リーグに向けて特訓をしていた女性が。

 

 

「……ふふ、凄いわ。とても楽しそうな勝負! この子もポケモンが好きなのね!!」

 

 

 遠くホウエン地方で、いつもの様に会社に来ていた少年が。

 

 

「いいね! ポケモンと一緒に、共にあるべきトレーナーとして……ボクもキミの様に在りたいものだ。……さぁ。もうひと頑張りしたら石探しに出かけようか、メタグロス!」

 

 

 隣の地方の波打ち際に立つ、未だ見知らぬ少女が。

 

 

「……あ……。……この子、あんまり上手くいえないけど……凄いです。あたしと同じ位の年に見えるのに。……最後まで諦めないんですね」

 

 

 海の向こうの国で市長ながらに私設ジムを開設した、筋骨隆々の老人が。

 

 

「……なるほど。こんな少女でも、戦う事は出来るのだな。ならば……ふむ」

 

 

 海の向こうの国へと帰った、小説家の少女が。

 

 

「う、うひゃぁあッ!? そこ、そこです! あぶなっ……おおおおお……ぅ。……メモメモ」

 

 

 誰もが応援し、語る。

 アナウンサーに語られる様な凄惨な状況の中にありながら、また、映像にある様な壮絶なバトルの中にあって……それでも尚。

 

 

 ―― 「笑顔で」ポケモンバトルの楽しさを示すトレーナーと、そのポケモン達の事を。

 

 

 かの如く広まり、無数の人に応援されていたことを「少年」が実感するのは……また、後々のお話。

 

 

 

 Θ

 

 

 

 ――《《ズシンッ!》》

 

 

「……ミュー、」

 

 ――《ゴオォッ!》

 

「ミュ、―― ……ミュー」

 

「うし、決まった! プリンはあと予定通り、歌っててくれれば!!」

 

「プルルーゥ♪」

 

 

 プリンの放った『じゅうりょく』に(あるいは魂を)引かれ、謎の力で浮かんでいたミュウツーが地に落ちる。そして、落ちると同時にピジョットの放った『ふきとばし』を受けて、今度は奥へと転がり出した。

 しかし暫く転がったその先でむくりとその身を起こし、すぐさま反撃の態勢を取ってくるあたり、流石と言うべきなのだろう。

 俺は『じゅうりょく』によって重さが(体感的には)倍化した身体をふんばって支えつつ、ミュウを背中に抱えながら前へと走る。

 

「(ここしか、チャンスはない!!)」

 

 今までは何とかミュウツーの攻撃……『ねんりき』『サイコキネシス』『はどうだん』『スピードスター』をさばききって来れた。だがこのまま長引けば、ミュウツーの学習能力からしてジリ貧どころじゃないってのは目に見えてる。

 さっきは「必中攻撃であり操作することが出来るスピードスターで、ローテの先頭以外のポケモンを狙ってくる」なんて戦法を取られたしさ。そんな奇襲を続けられたら、いつかは守る側 ―― 俺達が対応しきれなくなってしまうだろう。

 万一同じく必中の『はどうだん』がモノズに効果抜群だと知れた日にゃあ、……あー、でも、そうか。とはいえミュウツーはカントーしか飛び回ってないんだから、悪タイプを知らない可能性が高いんだったな。ならいいか、うん。

 ……まぁ、ミュウツーの学習能力が半端ないからこそ俺も、相手の攻撃変化にも指示によっては対応することが出来る6体ローテーション(フルローテ)なんて面倒な戦法を使っているんだけどな!

 

「(ミュウツーは攻撃する側だ。だからこそ、向こうに選択権があった)」

 

 まったく。本来なら攻撃パターンの変化や技選択なんてのはポケモントレーナーが負うべき役割だってのに……ミュウツーはそれを自らこなしてみせているんだ。恐ろしいっつーか何つーか、

 

「(ま、トレーナーがいないからこそ ―― 『ミュウツーにはサブウェポンがない』んだけどな)」

 

 これこそが、ミュウツー最大の弱点。なにせミュウツーがレベルアップで「自力習得できる」技は、先に挙げたものくらいなんだから。

 いくらゲームでは各種優秀なサブウェポン(タイプ一致技などの主要なダメージ元となる技以外に覚えておく、相性補完などに優れる攻撃技)を装備できてたミュウツーとはいえ、当然ながらトレーナーがいなければ技マシンは使えない。人から教えて貰える技も無理。ついでに遺伝技(……は、ミュウツーにはないんだが)も思い出すことが出来ないんだからな。

 

「(……遺伝技やら教え技の習得についてはまた後回しにしておくとして、だな。うん)」

 

 つまりこのミュウツーは、如何に攻撃力が高くとも、実際の攻撃範囲が広くとも、「攻撃タイプの範囲」が狭いのだ。

 

「(だからこそ、俺の『知識』で補えてる。―― さぁて!)」

 

 長々と考え込んでしまったが、俺としてもこのチャンスを逃すつもりはない。今度はこちらが、最初で最後の攻勢を仕掛けるタイミングなのだ。

 

 思考を晴らし走り寄る俺と手持ちポケモンの目前で、ミュウツーが重い体を引きずり、泥まみれのままで立ち上がろうとして……しかし完全には立ち上がれない。片手を地面に着いたまま、立ち膝みたいな体勢になる。

 

 ―― 俺のプリンが繰り出した技、『じゅうりょく』。

 

 この技はダメージこそないが、場全体の命中率を上げると共に、「飛行ポケモンや浮遊しているポケモンを地面に落とす」。つまりこの世界における飛行ポケモンのアドバンテージを無くす事が出来る実に便利な技なのだ。

 特性が『ふゆう』でもないのに宙に浮いていたミュウツーもこの例に漏れず、地面に落ちてきたんだが……この場合。

 

 

 《ブン》――《ブゥンッ!》

 

「……ミュー!?」

 

 

 ミュウツーがブンブンと空いている方の腕を振り回すが……残念だったな。お前はもう浮くことは出来ないぞ、ってな。

 さて。またも解説。

 今は俺の横を両の脚で「走っている」ミュウもそうだが、エスパーポケモンが宙に浮いているその種は、調べてみれば至極簡単というか予想通り。自らの『技以外のエスパー能力で浮いている』のだ。

 その系統が『ねんりき』なのか『サイコキネシス』なのか。はたまた大穴、常時発動型『テレキネシス』なのか……なんてのは、どうでも良いな。

 ここで大事なのは(俺のミュウやピジョットは練習していたから少なくとも焦ってはいないが)普段からエスパー能力で浮いているポケモンが急に落とされた時、「自らの身体を上手く動かせるのか」って言う事だ。

 俺の思惑通り只でさえ「体重の重い」ミュウツーは、なまじ頭が良いせいか、急に動かなくなった身体に対して軽く思考混乱(パニック)状態にある。

 ……いや、混乱っつっても訳がわからなくなって自分を攻撃したりはしないんだけどさ。

 

 この隙、逃さない!

 

 

「うっし、行こう! ―― !!」

 

「プー、プルーゥ~♪」

 

「ギャウウッ!!」

 

「―― ミュー!」

 

 

 ニドクインが、重さに耐え切れず地面に片膝を突いたミュウツーに向かって、プリンの歌をBGMにして跳び……『かみくだく』。

 そんでもって、

 

 

「ミュウ! (『いかりのまえば』ッ!)」

 

「ミュ、ューゥゥッ♪」

 

 《ガチンッ!》

 

「……ミュー!?」

 

 

 ミュウがエスパー能力で作り出した光る歯を使って、ミュウツーを「(かじ)る」。

 俺と行ったシンオウ地方でミュウが「教え技」として習得した『いかりのまえば』で、ほぼ満タンだったミュウツーのHPは強制的に半減される……その筈だ。

 おーしおし。『じゅうりょく』で接近戦に持ち込んだからこそ、この技を活かすことが出来るんだからな。

 

 

「クチートも『いかりのまえば』! モノズは『りゅうのいぶき』!」

 

「クゥ、チィーッ!!」

 

「ガァゥ」

 

 

 大顎を広げたクチートがガリッと、HPを更に半減。

 モノズの『りゅうのいぶき』がミュウツーを襲い、

 

 

「……ミュー!」

 

 《シュワワンッ》

 

 

 慌ててミュウツーが回復する、が、『じこさいせい』の回復力じゃあ追いつけない。『じこさいせい』の回復力は「HPの半分」なのに対して、『いかりのまえば』2発では「HPが4分の1になる」のだから。

 

 でもって、まだだ! 次の攻撃(ターン)!!

 

 

「ミュウはもっかい『いかりのまえば』! (ニドクイン、『かみくだく』!)」

 

「ンミューゥ♪」

 

「ギャォオオッ! ウウ!」

 

「……ミュー!?」

 

 

 ミュウの『いかりのまえば』だけでなく、先程までは余裕で受ける事が出来ていたニドクインの『かみくだく』の思わぬダメージによろけるミュウツー。

 ……ようし、これも決まってるな。なにしろこのための、ピジョットによる『ふきとばし』だったのだ。

 

 ゲームにおいてポケモンの能力変化をリセットさせる方法は、なにも『くろいきり』だけじゃあない。相手を交換させてやれば良かったんだ。この世界においても、モンスターボールに戻るとポケモンの能力変化はリセットされる。

 だが俺の見てきた「野生ポケモン」については当然ながら、吹き飛ばされようともボールに戻りはしない。大抵の野生ポケモンは吹き飛ばされた後に逃げ出してくれるので、大抵はゲーム通りになる……んだが、しかし。これはつまり、『ボールに戻ると能力変化が戻る』他にも何かしらのカラクリがあるって事なのだろうと、俺は考えていたんだ。HGSSで外に連れ歩いているポケモンだって、交換されて後ろへ引っ込むと能力変化は戻ってたんだし。

 

 そのカラクリとして俺が思いついたのは、「ふきとばしの直撃そのもの」にも能力変化を戻す効果があるのではないかという仮説。

 ……今までは『ふきとばし』を受けて尚、こちらへと向かってくる野性ポケモンなんていうレアなヤツはいなかったからなぁ。試せなかったけど。

 

 

 でもまぁ、地盤は整ってる。

 ミュウツーの「攻撃力」は「6体ローテーション(フルローテ)」で流し、「防御力」の上昇は『ふきとばし』で元に戻る。

 謎の浮遊現象についても『じゅうりょく』で無効化し、ついでにミュウツーの移動能力をゼロにした。

 

 

「(―― ここまで全て、『表向きの作戦』だ!)

 

 

 ミュウツー、気付いてくれるなよ!

 俺は再度ローテをしながら接近し、ミュウツーのHPを削りにかかる……んだが、

 

 

「―― ミューッッ!」

 

 

 ミュウツーは片手を地面に溜まる泥の中へと着きながらも起き上がり、片手をこちらへと向ける。

 ったく、反撃がくるか!?

 

 

「ローテだ、モノズ! ……って、うおわっ!?」

 

「!? クチッ……」

 

 《ズバンッ!》

 

 《ドスッ》――《ドッ、ドォンッ!!》

 

「っつぅ……って、クチート!?」

 

 

 地面を跳ねた後で岩壁に激突したクチートが、だらりと力なく項垂れる。……くっそ、「効果はいまひとつ」だってのにやってくれるな!

 ミュウツーは先頭のモノズへ向けて手をかざし、『サイコキネシス』系統で攻撃すると見せかけて……「こちらのローテに関わらず素早く対象を変更できる」、直接攻撃。『サイコカッター』で反撃を仕掛けてきたのだ。

 けど相手も「ターンを消費してまでの回復(じこさいせい)」っていう手段は捨てて来たんだから、これは引き続きの好機(チャンス)だ。行くしかない! 

 俺はクチートをボールに戻し、心の中で労いながら ―― 残る5体で、追撃!!

 

 

「ンミューゥゥヴヴ!!」

 

「ギャオオウッ!!」

 

「……ミュー!!」

 

 《ズバッ》――《ガキィンッ!》

 

「ガァウ!」

 

「ピジョオッ!」

 

「……ミュー!!」

 

 《ズバンッ!!》

 

「!! ピ、ジョオッ……!」

 

 

 ニドクインが『まもる』で刃を弾いたが、今度は『あやしいかぜ』を放っていたピジョットが『サイコカッター』を受け、地面に倒れていく。ピジョットも『じゅうりょく』の影響を受け地面に降りている為、もろに刃の直撃を受けてしまった。

 

 ―― これであと、4体!

 

 ……つーか、おいおい。1ターンに2回も攻撃してくるとか、どんな底力だよ!?

 

「(1ターンに2回、ね。……『すばやさ』の開きを元手に、こっちが周回(ターン)遅れにされたか!)」

 

 しかしここで止まってはいられない。接近戦になり、ミュウツーがこちらの『6体ローテ』を無視できる戦法 ―― 『近接戦による攻撃対象の後決め』を得た今、戦いは超のつく短期決戦になってしまったのだ。

 『スピードスター』でモノズを狙ってきた事からして、モノズがエスパー技を無効化できるのには気付いている筈。となれば、それ以外のポケモン達を排除した後、最後にモノズへ『スピードスター』か『はどうだん』で締めるつもりとか、かね?

 

 けど、まだ……気付かれるな!

 俺達は「近接戦は悪手と知りながら」、しかし、そのままミュウツーへと張り付いての攻撃を仕掛ける。

 

 

「……ミュー!」

 

 ――《ズヴォンッ》!

 

「ギャ! ……ャゥゥォオッ!!」

 

 《ガブリッ!》

 

「ミ、ュー!」

 

「ャゥ! ……ゥゥ……」フラッ

 

 ――《ドスンッ!》

 

 

 『まもる』の次のターンを狙われた結果としてニドクインが『サイコカッター』を受けた、が、それでも最後に執念で『かみつき』ながら倒れこんでくれた。……ありがと、ニドクイン!

 

 ―― 残るは、3体!!

 

 

「ミュー!!」

 

「ミュミュミュミュッ!!」

 

 《ズワッ》――《ォォンッ》!!

 

 

 残る3体の内もっとも戦闘向きなミュウが先頭に立ち、念波をぶつけ合いながらミュウツーの周囲を低空で跳ねる。

 

 

「―― ミュー!」

 

「ンミュッ!!」

 

 《スイッ》

 

 

 うっお! さっすが、いつも俺の想像を超えてくれるな、ミュウ!

 なんとミュウは、ミュウツーが右腕を振るって放った『サイコカッター』をバク宙で回避してみせたのだ。……だけど、血は争えないというべきか。

 

 

「……げっ、マジか!?」

 

「ミュー」

 

 《《ヴヴンッ!!》》

 

 

 ミュウの子であるミュウツーは重力に慣れやがりまして、両膝を突くことで両腕をフリーにし……「左手にも」、雨粒を弾く不可視の刃を構えて下さった!

 刃渡りはさっきの半分ほどになってはいるが……さっきの2回攻撃で、まさかの二刀流を閃きやがったぞ、コイツ!!

 

 

「―― ミュー!」

 

「ガァウ?」

 

 《ドバッ!!》

 

 

 ミュウツーは構えた左手を地面へと振り下ろし、その余波を利用して、俺の前で呆けていたモノズを遠くへと吹き飛ばしてみせた。うっわ、あの位置じゃあ戦闘に復帰するには時間がかかる。……くっ、やっぱ直接攻撃じゃあないと無効化はできないか!

 

 ―― これで実質、あと2体!

 

「(あー、もうな。最後はやっぱり、この対決かよ!!)」

 

 

「……ミュー!」

 

 《ズォッ》――《ォォォンッ!!》

 

「ミュミュ!? ミューゥ!!」

 

 

 ミュウとミュウツー。

 俺が「やっぱり」なんて言ってしまった様に、この2体の対決になるのは何となく予想できていた。流れ的にな。

 しっかし……数の差を差し引いても、実に面倒な攻防だ。

 ミュウは『じゅうりょく』の中を跳ねながら近づく機会を伺うが、ミュウツーもその場を動けないながらに残ったPP分の紫の光……『サイコブレイク』を搾り出すかの如く飛ばし、ミュウを近づかせない。防御を無視してHPを削ってくる、『いかりのまえば』を当てさせないつもりなんだろう。直接攻撃に近い距離までの接近が必要だからな、あれは。

 でも、反撃として間違ってはいないと思う。ミュウツーからしてみれば『いかりのまえば』をどうにかしなくちゃあ、せっかくの『じこさいせい』が機能しないんだからな。まぁ、今までは無双してたヤツが急にHPを4分の1まで削られた、ってな「脅威の刷り込み」も効いているのかも知れないけどさ。

 

 そんなミュウツーが放つ紫の光(サイコブレイク)の間を、ミュウは絶妙なタイミングで縫ってみせ……

 

 ―― スゥッ

 

 ここで急に体が軽くなる。『じゅうりょく』が解けたんだな、と、いうことは……これで、5ターン目。ここが、タイムリミット!

 

 

「(なんとか、『届いてて』くれよっ!!)」

 

「ミュ! ミュ! ……ミュゥッ!!」

 

 《スイッ》――《ピョンッ!》

 

 

 遂に技の射程圏内で飛び跳ねていたミュウが一際大きく飛び上がり、未だ晴れた『じゅうりょく』に対応しきれず地面に屈み込んだままのミュウツーを見据え ――

 

「……ミュー!」

 

 右腕の拳骨を振り上げていた。

 

「(……っ!!)」

 

 俺も最後の一撃だと気を緩めたせいか、頭のどこかがチリチリと痛み出している。指示が思考に、思考が指示に追いつかなくなりそうだ。

 ……さぁ、俺もどうやら限界っぽい。もう稼げるだけのターンは稼いだぞ。

この攻撃だけは ―― お前の思う様、叱ってやってくれ!!

 

 

「―― ミューーゥゥッ♪」

 

 

 ミュウは満面に喜色を浮かべ、

 

 振り上げた右腕をミュウツーへと向け、

 

 その小さな手はグーのままで(・・・・・・・・・・・・・)振り下ろす!

 

 

「―― ンミューゥッ!!」

 

 

 ――《《ゴチンッ☆》》

 

 

「!? ……ミュー!?」

 

 

 『いかりのまえば』なんかじゃないし、そもそも「技」じゃあない。

 予想外の攻撃にミュウツーが疑問符を浮べ、でも、このターンで戦闘……だけでなく、カントー全域を巻き込んだ騒動は終了となる運びだ。

 

「(プリンの低レベルさ、またはパーティ内のレベル差や役割分配のせいでどうしても出来上がる ―― ローテ内の能力差(デコボコ)。これこそが最大の弱点でもあった……んだけど、)」

 

 傾向がある、差がある。1つでも特徴があるということは、裏を返せばパターン化してしまうという事でもあるのだ。

 実際にミュウツーは「レベル差による攻撃力の差」を利用し『サイコカッター』を二分して両手に装備、なんて芸当をやらかしているんだしな。けれども、それですら十分に「ひんし」まで持って行かれてしまう程の差が俺のパーティにあるのは、事実でもある。

 

 だが、しかし。だからこそ。

 その思考能力の高さ故、戦闘への順応能力の高さ故。

 ―― 「こちらの策を破った」とミュウツーが「思ってしまう事が出来る事」こそが、最大の好機(チャンス)の筈なんだ!

 

「(このために、プリンはずぅっと歌っていたんだからな!)」

 

 ミュウツーを追い詰めたのも、『じゅうりょく』でミュウツーを固定してから……低レベルであるプリンの「歌の効果が届く範囲」まで近づいて……悪手である接近戦を続けたのも。

 

 

 全てはプリンが『うたう』と『ほろびのうた』をすり替えたって事実を、ミュウツーから隠すため!

 

 

「……ミュ、ー……」

 

 

 怒涛のラスト3ターンで俺のポケモンを倒しまくって下さったミュウツーは、トドメに頭に母(もしくは父)のある種愛の篭った拳骨を受け、2メートル超の身体をグラグラと揺らし。(実際には拳骨ではなく『ほろびのうた』による効果なのだが)

 

 

「ミューゥゥ……」

 

「……プー、ッリーン?」

 

 

 最後まで隠し通す為、自らも『ほろびのうた』を受けてくれたミュウとプリンも、限界だと言わんばかりに身体を揺らし。

 

 

「……うし。皆、あんがと!」

 

 

 《《《バタタッ、ドスゥゥンッ!》》》

 

 

 折角のお礼も虚しく。

 ここハナダ郊外にて最終決戦に挑んだポケモン全てが、晴れ始めた空に架かる虹の下で、泥の中へと一斉に倒れこんだ音がした。

 

 この場において唯一立ったままの存在である俺は、とりあえず辺りの惨状を見回して……うん。

 

 

 ……。

 

 

 ……あー……

 

 

 

「……つーか、地獄絵図だろ! コレはっ!!

 空が晴れて虹が出ていれば、全部爽やかに見えるとか思うなよっっ!?」

 

 

 ついに顔を出した青空の下。

 俺は楽しかったバトルの余韻を叫びによって台無しにして。

 今までは神経伝達物質を潤滑油としていつも以上に回っていた思考の歯車も、終にはギシギシと音をたて始め……頭痛へと変わり。

 

 

 ノッソノッソ。

 

 ……フルルル。

 

 

「……ガウゥ?」

 

 

 そういやお前は吹き飛ばされただけだったなー……と。

 ……うぇ。やばい、限界、

 

 

「モノズ、……ごめ。ちょっと寝るから、身辺警護……たの……」

 

「ガウ!」

 

 

 後を、非常に良い返事をしてくれたモノズへと任せ。

 泥の中へと、盛大な満足感と共に、倒れこむのだった。

 

 

「俺の、勝ちーぃぃ……!」

 

 ――《べチャッ!》

 

 




ΘΘΘΘΘΘΘΘ



 ハナダシティの郊外ではあるのだけれど、別の場所。
 そこはハナダを出、素直に西に進んだ先……現在ショウがミュウツーと戦っている部分よりは、南方。当初私が『三角地帯』と呼称した地域ね。
 ハナダシティの南西である「ここ」は、地理的にはヤマブキシティの北西であるとも言えるのでしょう。

 そんな薄暗い林の中、私達は黒い制服の集団……ロケット団に囲まれていたりするのだけれど。

 ―― サーァァァァ……

 私は周囲に自らの手持ちである5体のポケモンを「全て」繰り出しており、そのそれぞれが周囲に立つ黒の集団 ―― ロケット団員達を威嚇し続けてくれている。
 そんな風に4人の下っ端を相手取りながら、私は目の前に立つリーダー格たる紫髪の男へ向かって、変声機を通した奇妙な声でもって話しかける。


「そろそろ、諦めるのをお勧めしたいわね」

「へっ、そういうワケにゃあいかねェな! ……行きな、ドガース!」

「ドッガーァス?」

「――、ぽりおつ」

「カタタッ! ピローン♪」


 目の前の男が繰り出すのは、既に通算2()0()()()となるドガース。
 私はまたも先手を取り、ポリゴンZの『サイケこうせん』で一蹴してみせる。けれども、相手に何もさせないこのパターンこそがせめてもの最善手なの。……なにせこの男は、ドガースを次々と『じばく』させてくるのだから。


「ふふふ……今だっ! いけ、お前らぁッ!!」

「「「うーっす!!」」」


 自らの手持ちポケモンが倒されたその隙をつき、紫髪のロケット団幹部が下っ端へと波状攻撃を仕掛けさせた。
 ……でも、私だって1人じゃあないのよ。


「―― ひっひ、待ちな! ザコはザコらしく、まとめてかかって来るといい! アタシの幽霊達が相手をしてやるからねぇ!!」

「「(……ニタリ)」」

「くっ……四天王が相手かよ!」「俺たちじゃあ相手にならねぇぞ?!」「やらない訳にはいかないだろう」「チィッ、クソが!」「いけぇ、コラッタ!」


 キクコの影でニタリと笑みを浮かべる2体のゲンガーに向かって、下っ端たちは愚痴を言いながらも次々と自らのポケモンを繰り出す。
 だが、しかしと言うべきか予想通りというべきか。下っ端達のポケモンは、四天王であるキクコの手持ちポケモン ―― ゲンガー2体によって次々と、一撃の下に倒されていく。
 ……でも、数の力は強大。
 いくら四天王であるキクコでも、現在出しているポケモンは2体。対する下っ端の人数は2桁にも達しようかという数で、各人1体のポケモンを出している。これでは単純計算でも……例えキクコが一撃ずつで倒そうとも……5ターンはかかってしまうの。これこそがこの場を覆すに至らない、決定的な戦力差となってしまっているのでしょう。

 このこう着状態は、私がショウの連絡によって「とある部分」に気付き……ミュウツー戦をカンナ達に任せるという苦渋の決断をしてから、随分と長い時間続いている。

「(まぁ、任せるに踏み切ったのは。ショウの到着が近くなったから、なのだけれど……あら)」


 《――、バサッ》

 《バササッ、バササッ》


 けれども、ついに。

 ―― やっとの事で転機は訪れてくれるみたい。

 …………残念ながら、私にとっては悪い方向への転機なのだけれどね。


「―― 待たせました、ラムダ」


 青いマフラーを巻いた緑髪の男が、南側から自らのゴルバットに掴まって低空飛行で移動して来た。下っ端達の頭上を飛び越えると、一団の指揮官である紫髪の男……ラムダの隣に降り立つ。


「お……おおおッ!? なんだランス、やっと終わったのか!?」

「えぇ。つい先程仕事は完了しました。後は逃走するだけ……だった筈なのですがね?」

「ん? おれ様のせいだって言いたいのかよ!?」

「事実でしょう」

「けっ! 生え抜きの幹部様はお偉いこって!!」


 到着と同時に言い争いを始めた2人の幹部。だがしかし、


「―― そこまでよーっ!!」

「―― アテナの言う通り。やめるのです。ランス、ラムダ」


 さらに遅れてゴルバットで飛んできた2人が、すぐさま言い争いの仲裁に入っていた。
 私はフードの奥から新しく現れた3人の人物達へと視線を走らせ……思わず、溜息。


「……どうやら、間に合わなかったみたい」

「ふん。どこかで見た顔だね。……ところで、今の雑魚どもはあらかた片付けてやったが……」


 言葉通り周囲にいたロケット団員達を片付け、私の隣に歩き寄ると、訝しげな表情をしながら杖を鳴らすキクコ。そんなキクコに向かって、新しく登場した人物の内 ―― 青髪の男が口を開く。


「―― これはこれは。四天王のキクコさんに、」

「ア、アンタはッッ!? ……ここで会ったが百年目ぇッ!!」


 赤髪の女が私の姿を目にするなり大声を上げ、此方へ向かってモンスターボールを突きつける。
 ……そうね。赤髪の女……アテナは今と同じく「黒いお人」の格好の私と、タマムシの郊外で面識があるわね。
 そんな嬉しくない知己との再会に私の口から出るのは、またも溜息。


「……全く。どうして、こう……はぁ。仕方がないわね」

「うっふっふっふ。タマムシの時は負けたけれど、今度のあたくし達はこの数よ! どう考えたって2人しかいないアナタに勝ち目はないでしょーが!! 例え、四天王サマがいたってね!!」


 溜息をついたのをどう受け取ったのか。アテナは何故か勝ち誇ったような表情とポージングで、私に向かって捲くし立てる。
 けれど、そこへ。


「―― いえ。黒いお人の方が正しいですよ、アテナ。ここで争っても、無為に戦力を消費するだけです」

「な、なによアポロ!? あっちの味方をするワケ?」

「冷静になりなさい、アテナ。味方どうこうという話ではないのです。―― まともに戦力差で勝ってしまっては、この2人程のトレーナーならば『逃走する事に全力を費やす』でしょう。貴女はその時、逃走を止められるのですか?」

「うっ……」

「はっはっは、そうだぜアテナ! コイツらがそんなに柔なわきゃあねーだろーがよ!」

「アナタが言っても信憑性がないですね、ラムダ」

「うっせぇランス! テメェなんか、コイツとは戦ってすらねぇだろうがよ!?」

「それはそうですが……」

「ま、くやしいけど言われてみれば……やっぱりアポロが正しいんでしょうね。わたくしに勝ってしまうほどのトレーナーなんだもの、この黒いヤツは!」


 アテナ、ラムダ、ランスが私を指差しながらの会話。人を指差すのは失礼……なんて、普段は気にしないのだけれど。こうも囲まれながら指差されると流石に良い感覚はしないわね。

 そんな幹部漫才が続く中。またも青髪の男 ―― ロケット団幹部、アポロがまとめようと口を開いた。


「そうです。この2人のトレーナーは、強いのです。……我々ロケット団がこの方達に勝利するためには、もっと回りくどく。用意周到に仕掛けるべきなのですよ。―― ここは作戦通りに進行させましょう」


 リーダー格である青髪の男は大仰に腕を広げ、周囲に群れを成す下っ端に言い聞かせるようにそう告げるのだけれども……はぁ。揃ってしまったわね。
 青髪の男 ―― ロケット団幹部、アポロ。
 赤髪の女 ―― 同じく幹部、アテナ。
 緑髪の男 ―― 同じく、ランス。
 紫髪の(1人だけ)オジサン ―― 幹部のラムダ。
 この人達はHGSSでコガネのラジオ塔占拠をやらかした、ロケット団幹部の4人。幹部との名にそぐわず、他の下っ端達とは違ってポケモンバトルも「それなりに」出来る連中だった記憶があるわ。
 ……ただしアポロとアテナについては、私とショウが捕まえてやった筈なのだけど……そうね。


「……サカキも、やってくれるじゃない」

「ひっひ、そうだ。この問題についちゃあ、あたしらは完全に負けさ。さぁてどうする。幹部なんてぇ方々の仰る通り、尻尾巻いて逃げ出すかい?」

「正直、勝ち目は少ないわ」

「ほぉ? この周りの雑魚共を目にして、それでも勝ち目はゼロってんじゃあないんだね?」

「そう、かしらね。……どうせここで追い詰めても『根元』はどうしようもない。なら、ある程度だけぶつかってみたいと思うの」

「……はっはぁ。成るほど。なら、『残り』は引き受けようじゃないか。アタシのとっときを見せてやるよ」


 私はキクコとの耳うちを終え、正面へと向きなおす。
 そして正面に立つアポロが、自らの率いる ―― それこそ今回の「野生ポケモン防衛戦」に参加してくれたポケモントレーナーなんかよりも多いのでしょうという数のロケット団員を背にしながら、此方へと逃走を促し始めた。


「作戦会議は終わりましたか? ならば、逃げなさい。我々も今回は後を追いません」

「……、」

「なによ。勝ち目は無いのにまだやるの? さっさと無様に、逃げれば良いじゃない!!」

「あん? お前ら、まだやんのか?」

「……むむ……これ以上わたし達の仕事の邪魔などさせませんよ……!」


 アポロの促しに対して無言の私へ、4者4様の反応を示す幹部達。それらを受け、私はまたも無言で持って返す。代わりにキクコが、何時もの不気味な笑い方でひとしきり笑った後に。


「あんたらねぇ。このアタシと、それにコイツ。……ロケット団如きが、本当に勝てると思ってるのかい?」

「おや。アナタほどの人物が、戦力差も判らないのですか?」


 ランスが思いの他簡単にキクコの挑発に乗り、モンスターボールを持った手を持ち上げた。
 それを他の幹部も、止める様子がないのだから……挑発は成功ね。


「ならば ―― みせてあげましょう!! 行きなさいッ!!」


 ランスが勢い良く腕を振り下ろしたのを引き金に、周囲から雪崩の如く団員達が迫る。
 その中で、私は ―― 再びポケモン達と戦い始めた。



 Θ



「ひっひっひ。これでわかったかい? 年寄りを舐めるんじゃあないよ、お前たち!!」

「ニタッ」「ニタニタッ」

「ひぃっ!? こ、こっちくんなぁぁ!!」


 誰も立っていない林の中でキクコが杖を剣の如く突きたて、威圧感たっぷりに話しかけると、左右に佇む黒い影(ゲンガー)が赤い口を開いて恐怖を掻き立てる。それを見た団員達は、既に痛い目を見せられているが故に、一目散に散っていった。
 その隣に立つ私も「とりあえず」の成果として ―― 幹部のエースポケモン各1体を、のしてあげた所なのだけれど。


「……、」

「キュキュ、キュキュ↑↑」「ピロリロリーン」
「レォーン?」「バルバルバ(ry」「リューッ♪」


 (心なしか褒めて褒めてという雰囲気が伝わってくる)手持ちポケモンに囲まれた私を、すぐさま後列から出てきた別の下っ端達が威嚇し始め、入れ替わりに幹部達がじりじりと後ずさる。


「な、なんでよっ!? ……もーーーっ、なんでなんで、な・ん・で・なのよーォォッ!?」

「……正直、見くびっていましたね……!」

「くっそー、『幽霊ポケモンを出しまくって自爆させまくる』ババァに、『ポケモンに指示を出さないのに組織戦闘をさせる』黒尽くめときた! バケモンかお前らぁ!?」


 悪態をつくアテナ、ランス、ラムダ。
 けれど、そう。ラムダの言う通り……相手の「数」を突破したその種は、至極簡単。
 キクコが手持ちのゴースを10体程出し、『じばく』を指示。雑魚団員達の手持ちを巻き込む位置にゴース達を見事に配置した結果として、その数を大幅に減らすことに成功した。ゴース達なら『じばく』は効果がないのだから、ラムダのドガースとの自爆合戦における相性は抜群なのだし。
 そして『じばく』による混乱の中を、私のポケモン達が『遊撃』。幹部達が出していた「自らの身を守る1体」を、全て倒しきってやったのだ。
 ……キクコがそんなにポケモンの数を持っているのは、不思議でもない。相手のラムダだってやっていたことなのだし……そもそもこの世界、「ポケモントレーナーは6体までしかポケモンを持ってはいけないなんて規則はない」のだから。

 えぇ。でも、これについての説明は今度に回すとしましょう。そもそも私、トレーナー資格なんて持っていないし。今は、目の前の相手に集中すべき所。


「―― これで気は済みましたか? 黒尽くめさん」

「えぇ、……少なくとも。帰ってから社に報告できるくらいには、ね」


 幹部達へと特攻を仕掛けた結果として、私は、これみよがしに呆れ顔を向けるアポロと睨み合う形となっていた。


「もうこれで、一矢報いたでしょう。あなたも中々に優秀なトレーナーですが……今は優秀なのが、いけない。どこまでも惜しい人材ですね」

「判って、いるわ。私達は『逃げに全力を尽くせば逃げることが出来る』。でも、それは貴方達も同じなのよ」

「それが判っていながら……何故です?」

「貴方達が、逃げに徹せず。私と戦ってくれた事こそが答えではいけないのかしら」

「……頭の回る」

「えぇ、なんとでも。それで ―― 折角「ヤマブキシティの北郊外にある収容所から逃げ出して来た」と言うのに、こんな場所を通過する。……さて、貴方達ロケット団が総力を挙げて遮る、『その奥』にいるのは誰なのかしらね(・・・・・・・)

「はて。何の事でしょう? ……ですがもう、用事は済みました。撤退です!」


 これ以上の問答は避けるべきと踏んだのでしょう。
 アポロが一声指示を発すると、折角キクコが空けた隊列の大穴すらもすぐさま、補充要員によって閉じられてしまった。
 そしてそのまま幹部達に率いられ、私とキクコによる追撃を警戒しながら、西側へと消えていく。
 1人残ったアポロが私へと振り向き、最後に。


「まだ追ってきますか?」

「いいえ」

「いい判断です。……では。もう二度と出合わない事を切に願っておきますよ、英雄さん」

「……それは、貴方達次第だわ」


 こんなくだらないやり取りを最後に、アポロも奥へと駆けて行った。
 私とキクコは暫くその場を動かず……周りを巡回していたレアコイルが警戒を解いた所で、体の力を抜く事にする。
 ここでやっとの事「戦闘以外」にも気を回してみると、気付けば木々を打つ雨音はピタリと止んでいた。
 遮る木々の間から空を見上げてみると、曇天は晴れ、雲間からは日差しが差し込んでいる。


「……一体、誰が空を晴らしたのかしらね」

「そりゃあ勿論、カントーを覆いつくす暗雲を払ったのは『あんた達』だろう? ジャリ娘! ひっひ!」

「……はぁ。そんな、詩的な問い掛けではなかったのだけれど」

「ふむ……でもまぁ、あたしゃ十分だって言ってるのさ。さっきの幹部も言っていただろう? あのガキだけじゃあなく、あんただって間違う事無き ―― 今回の騒動における主役だろう! どこの英雄譚の主人公かい。まったく!」

「……まぁ、そんなのは。どうでも良いのよ。私が惜しいと思うのは、ミュウツーとの戦闘に参加できなかった事ね」

「…………あぁ……ったく、面倒なガキだねぇ!」

「キレるのが、早いわ」

「ウジウジしてんじゃあないよ! 野生ポケモンの大逃走を第一線で食い止めといて、その指揮までこなしたってぇのに、も1つオマケに牢屋から逃げ出した悪の軍団引っぱたいておいてさッ! 何がご不満なんだい!?」

「痛い、痛い。痛いってば。痛っ」


 キクコがいつものニタリとしたそれではなく快活な笑顔を浮かべ、私の背中をバシバシと叩いてくる。
 確かに痛い……のだけれど、それでも。


「レーロォ~ン」「リューゥゥ♪」
「↑↑キュキュキュ↑↑」「バルバルバル」
「ピロリ~♪ リロリロ~♪(♯)」


 不気味なステップでよたよた踊るカクレオンと、嬉しそうにのたうつミニリュウ。
 レアコイルとダンバルは無機質な癖して喜色を満面に出した空宙遊泳。
 ポリゴンに至っては、電子音で音楽まで奏で始めてしまった。


「ひっひ! アンタの代わりにポケモンの方が喜んでくれてるじゃあないかい、ミィ!!」


 そう。
 だって、この成果は、私の手で掴み取ったものなのだから。


「(……『私が』、主人公に。なる事が出来たのかしらね)」


 林中にうっそうと茂る木々がその枝を縦横無尽に奔らせ、私の頭上と空の間を遮った結果……出来上がっていた薄暗い空間。
 それでも ―― 私のこの眼にだって。

 雨上がりの空に架かる綺麗な虹は、間違いなく見えているのだ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。