ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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Θ2 4の島にて

 

 

 4の島は、暖かく青い氷の島である。

 ……普通に聞いたら思いっきり矛盾してるんだけどな?

 

 

「―― ちゅうワケや。どや、ニシキ?」

 

「えぇと……―― ですか?」

 

「ちゃうちゃう。しゃーない、ちょい見してみ? ここがやな ――」

 

 

 冒頭から思考内ツッコミが入ったが、まぁそれは置いといて。

 現在俺がいるのは、ナナシマの「4の島」と呼ばれる場所のポケモンセンターだ。

 そんな俺の目の前で壁の一角を崩し、あーでもないこーでもないと大きな機械画面を弄っているパソコンマニアが、2名。

 コガネ弁のポケモンマニア&研究者、マサキ。

 指示通りに回路を弄っていた眼鏡の男、ニシキ。

 でもって、その後ろから遠巻きに2人を眺めつつお茶を飲む男、俺。

 

 

「え、え? うわ、流石はマサキさん……」

 

 

 目の前でバグ取りならぬ「組み換え」とでも言うべき作業を行い始めたマサキの手際に、関心と言うか羨望の眼差しを向けているこの青年が、ニシキ。

 マサキの弟子的な立場にあるニシキは、俺やマサキと同じくタマムシ大学に属する研究員である。つっても、ニシキの分野はマサキ寄りだ。ゲームでもナナシマのポケモン預かりシステムについて調整していたんだからな。弟子分だし、これはまぁ予想通りだろう。

 

 ……だったの、だが。

 

 

「うーん……こりゃあ確かに。中々にムズいもんやで。ワイでも、調整そのものに時間が欲しいわ。ニシキだけに任せるんは考えモンかぁ」

 

「……」

 

 

 機器をひとしきりタイプし終えてから放たれたマサキの言葉に、ニシキが少しだけ俯く。

 ……うーん。一応、フォローしておくべきだよなぁ。

 

 

「あー、待て待てマサキ。それじゃあ言葉が足りないぞ」

 

 

 そっち見てみろ、そっち。落ち込んでるから。

 

 

「うん? ……あ、成る程。そやな、スマン! ほれニシキ、(ツラ)あげ」

 

「……」

 

「落ち込むの早いでー、ホンマ。まだまだ時間はあるんやで? ワイが言いたいのはな、人員増やすさかい頑張ってみぃ言うことや」

 

「……! は、はいっ!! ありがとうございますっ!!」

 

「礼はええて。それよりほれ、調整再開せな! 先に1の島戻って調整しとき!」

 

「はい! 後でチェックをお願いします!!」

 

 

 うん、それで良い。

 あの言われ方じゃあ、マサキから「切られた」と思っても仕方が無いからな。只でさえニシキは弟子分なんだし。

 マサキの言い直した言葉によって駆けて行ったニシキは、1の島にあるメイン設備の調整へと向かう為、船着場へと駆け出していった。その光景を見ながら、マサキが腰に手をあて頭を掻き、こちらへと歩み寄ってくる。

 

 

「いやー……お堅いヤツやで、ニシキ。筋は抜群にええんやけど」

 

「今のはお前が悪いぞマサキ」

 

「いやぁ、ホンマ助かったわ。ありがとな、ショウ!!」

 

「……んー、まぁ上司としては悪い……って意味だけどな。研究者としては悪いとかどうとかじゃないってのは、俺だって判るぞ」

 

「まーな。ゆうても人を使うなんて大層なもん、慣れておらんのや。ショウみたいに多人数で研究しとるワケやあらへんし」

 

「んー、そうなのか? んじゃあマユミさんとかミズキとか……」

 

「あの人らはまたちゃう所を担当してもろとる。今は分野分けしとるんやで。大まかに言うと転送、格納、通信網の3つに分けとってな? マユミさんはボックスシステムの構築、ミズキは納めるシステム機構の担当や。アズサさんにはトレーナーID機能との連携なんかも担ってもろうとるんや」

 

「成る程。……ところでマサキは?」

 

「よっくぞ聞いてくれた! ワイはな、転送と通信機能だけでなく――」

 

 

 うん。長いんで、脳内で略そう!

 要約すると、マサキは通信機能の構築だけでなく根幹にある「機器開発そのもの」も監修しているらしい……と。はい終わり。

 話題が終わるとそのまま自然に移ろい、互いの研究の話に。

 

 

「なんやったかな……おお、そやそや! ショウんとこにおもろい研究しとるやつおるやん? 少ぉし話させてぇな!!」

 

「本人の了解があれば良いぞー。取り次いどくよ。……つーか、それよりマサキ。お前旅行に来てるっつーのに研究ばっかりなのな」

 

「昨日は宴会で飲んで食うて、思う存分騒ぎ倒してやったさかいな。今日くらいは研究せんと、なんつーか、落ちつかへんのや。わかるやろ?」

 

「おー。……ワーカホリック!」

 

「言われてみれば、そうかも分からんで。なはは! まぁワイからしてみればショウみたいな年から仕事なんてしとる方が、だーいぶアレやと思うけどな!!」

 

「うっわ、それを言うか。つか、直接言われると悲しくなるな」

 

「うわははっ!! なんだかんだでショウ、今日もこうして手伝うてくれとるやんか? ワイからしたらショウが居る事それ自体、はよ終わらせんとって言うプレッシャーでもある訳や。いう、わけ、でぇ、と」

 

 

 茶を(すす)る俺の目の前で、マサキが何やらをフィニッシュせんとする体勢を取った。右手を掲げ、大仰な仕草で ―― エンターキーを。ぽちっとな。

 

 

「はい終わり、終わりやっ!! ほなら行こか、ショウ!」

 

「どこへだよ。そしてニシキはあのままでいいのか?」

 

「構へん。あっちは任せたゆーたしな。何とかなるやろ。それよりショウ、北の方の洞窟に行こ! ナナシマ(こっち)も長いニシキが、珍しいポケモンおる言うとったんや!!」

 

「ふぅむ、面白そうではあるかなー。……うし、そうだな。行くか!!」

 

 

 相変わらず珍しいポケモンとなると目の色が変わるな、マサキは。

 その急上昇したテンションに合わせて、俺のテンションも微妙に揚がる。通り道には俺の目的地もあるんだし、そもそも断る理由は無いはずだ。

 そんじゃあ、行きますか。目指すは北のほうにある ―― 『いてだきの洞窟』だ!!

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 さて。

 それじゃあ順序がおかしくなっているが、俺がマサキと共に行動している理由をば説明させていただこう。

 本日は全7日が予定されている旅行の2日目。旅行の本隊であるオーキド博士やナナカマド博士含む一団は、博士達が温泉をいたく気に入ったらしく、暫くは1の島に留まる予定となったらしい。

 で、その他の……博士達に行動を縛られない少数派である……俺はと言うと、旅行者の中にいたマサキと4の島まで来た訳なんだが、その理由はつまり「5の島に渡るために、マサキを手伝うため」なのだ。

 今回の旅行者権限として俺達一団に発行されたのは『トライパス』。3つの島が描かれたこの定期は1~3の島へ行く権限がある、比較的ゆるい条件でも発行されるパスだ。これら3島は観光の為に比較的整備がしてあるため、危険も少ないらしいからな。それが理由だろう。

 けれど、そう。「ナナシマ島群」には残る4つの島があるのだ。

 4の島、5の島、6の島……そして7の島。

 これらの島は「貴重な遺跡があること」や「リゾート開発途中である事」、「島全体の自然が保たれている事から保護指定されている」……等々の理由があり、研究者や一部の人にしか配布されない『レインボーパス』がなければ入る事が出来ないのだ。

 ならば、どうやってそこへ入り込むのか。そもそも俺は何故、入りたいのか。

 前者については、既に手管は整っている。マサキの持つレインボーパスを貸与させてもらって「5の島」まで行けば、俺1人でも何とかなる予定となっているんだ。

 後者については、まぁ……こういった入れない場所へ入る権限ってのは「研究者としての箔にもなる」のが1つの理由。ここでついでに他の理由を言えば、「行ける分ならやっぱり行きたい」からだ。自然保護区とか、行けるもんなら行ってみたいし。

 つってもやっぱり理由的には、箔が云々よりは「俺が行きたいから」ってのが大きいんだけどな? そりゃあ箔だって付かないよりゃあ付くほうが良いに違いないとは思うけどさ。

 で。

 ついでのついでと言うか、『俺がこうしてマサキを外に連れ出している理由』は、また別の理由があったりなんだりするんだが……

 

 

「権力やら権限には、責任が伴うんだよ」

 

「おっ。それ、ワイに言うてるん?」

 

 

 不意に俺の口から出た台詞に、マサキが反応する。

 でも、んー……

 

 

「いや。主に自分に、だな。まぁマサキにも当てはまりはするけど……お前らの研究チームの場合、個々の能力が高過ぎるんだよ」

 

「はは、そらそうやろ! ワイらは元々、個人で好き勝手研究してたんやで? そら能力も自然に高うなるわ」

 

 

 マユミさんにしろアズサさんにしろ、ついでにミズキにしろ。個々人の能力が高い場合、中途半端な指揮官は要らないからな。むしろ指揮官の実力と言う意味で言うならマサキよりも、(俺の感覚的には)マユミさんが適任だろうと思う。

 しかしそれでもマサキが主任であると言う部分に、コイツの非凡さを感じて欲しい所か。つまり、それらを差し引いてすら「マサキを主軸に据える事」そのものに意味を見出されていると言う事なんだからな。

 ……結局コイツは、実力で引っ張っていくタイプなんだろーなぁ、と。

 

 

「ま、今のまんまで上手く回っとるからな。今の体勢を変えるつもりも、必要性もないと思とる。何かあったらそりゃ、そん時に考えたるわ」

 

「そらそうだ。……ん、洞窟はこの先か」

 

 

 研究としては、上手く回っているに違いない。成果も出ている。けど、

 

「(変えないからこそ、俺がこうしてマサキを引っ張り出さなきゃ行けなくなってるんだけどなぁ)」

 

 なんて思考は本筋から外れるので、ここはひとまず洞窟へ向かうことを優先しようじゃないか。

 俺は4の島のマップ紙を広げながら、現在地を確認する。4の島の北東に存在する『いてだきの洞窟』までは、徒歩で20分といった所だった。

 ……因みに、俺が今も左腕に付けている「トレーナーツール(verβ)」の画面上にマップを表示できないのは、ナナシマが未開拓だから、ってのが理由。現在の時代において詳細なマップデータがないため、データ上に表示することが出来ないのである。まぁ地図自体は存在するんだから、データに起こしさえすれば表示も出来るんだけど……それはその内に誰かがやってくれるだろ。俺以外の誰か、頑張ってくれよー、と。

 そうしてそのまま歩いて行くと、マサキが頭の後ろで腕を組みながら遠くを見て、口を開く。

 

 

「あの山かいな? 滝のある洞窟って」

 

「どれどれ……山脈っぽくなってるあの辺り一帯がそれっぽいんだが……多分、入口はあそこら辺りだろーな。目の前が開けてる、あの部分に湖があるんだろ」

 

「そんなら、まだもうちょい時間がかかりそうやな。……ほならその間、さっきから気になっとったショウの目的ちゅうやつを聞かせてもらおか?」

 

「ん、あー……途中の民家に用事があるんだ。そろそろ、って、あれか?」

 

 

 なんとはなしの会話を続けながら東へと向かっている俺たちの視界。歩いている道の端に……こうして歩いている間もぽつぽつとあったそれとなんら変わりの無い……一軒の民家が建っている。

 俺はその家の郵便受けに近づくと、表札を確認。とりあえず名前を読み上げてみる事に。

 

 

「うし、住所も間違いない。カンナさん家だ」

 

「カンナ……て、四天王やっとるお嬢ちゃんやんか。こないな島の出身やったんか?」

 

「本人から聞いたんだから間違いないだろ。今はリーグで働いてるだろうから、家にいることは少ないらしいけどな。……さて」

 

 

 そう。ここ『4の島』は、四天王カンナの生地なのだ。

 ゲームでは初代がFRLGリメイクされた際に追加されたマップが、ここナナシマであり……ひいては4の島における追加イベントの一旦として、カンナさんとのご遭遇、ってなものがあったんだ。

 さぁて、郵便受けには、と。おお、入りそうだな。カンナさん家の郵便受けはプリムさん曰く、お土産のぬいぐるみを送る為、プリムさん自身の手によって大きめにされているって言ってたし。

 そんなバケツみたいな郵便受けの中に、俺も、っと。

 

 

 ―― カタンッ

 

「これでよし」

 

 

 只今郵便受けに放り込んだのは間違うことなきカンナさんへの「お礼」、ヤドランのぬいぐるみである。ヤドラン自身よりも尻尾に噛み付いた巻貝(シェルダー)らしきものの方が可愛くデフォルメされたこれは、俺がこないだ授業の合間にタマムシデパートで探してきたものだ。……てか、成る程。ヤドランの外見はこれ以上デフォルメしようがないんだな。うん、確かに。元々アレな顔してるもんなぁ、ヤドランとか。

 思考を本筋に戻して、こんなものを俺が用意して来た理由は、実に単純。昨年のカントー大事変の際に、カンナさんは独断専行で……リーグからの指示を受ける前に動いてくれていたんだからな。俺からの個人的なお礼をするとキクコにも宣言してたんだし、こうして直接来る機会が出来たからには、お礼をしても罰は当たるまい。……だから、お礼をして罰が当たるっていう表現はおかしいんだけどさ。

 

 で。そんな俺へマサキは、ニヤニヤ顔で視線を送ってくる。

 

 

「なんや、贈り物かいな。マメやの~」

 

「……お土産もお礼の品も、大別すれば贈り物には違いないけどな。その言い方には悪意を感じる」

 

「そら、冗談やからな。冗談には少なからず悪意も入っとるもんやろ?」

 

「……はぁ。ま、害意がないだけマシか」

 

 

 言っておいてなんだが、俺とて本気で悪意がどうとか考えてる訳じゃあない。マサキとは何だかんだで会う機会やらも多いから、慣れてる仲だっていうだけなんだ。

 

 

「タマムシの和風譲ちゃんとか、ヤマブキのエスパー譲ちゃんとか!」

 

「……連絡は取ってるな、一応。友人として」

 

「うわはは! シンオウチャンピオンの美人さんからも就任お披露目の招待状来てたし、何だかんだでマユミさんとも仲良いやんか!!」

 

「それだけ聞くと年上キラーだな、俺」

 

「んん? ほんなら年下をあげたろか?」

 

「年下をあげられても、少なくとも俺は知らない可能性が高いと思う。……交友範囲的に、の推測ではあるけどな。違うか?」

 

「まな。大正解やと思うで。あっちが勝手にしっとるだけや」

 

 

 ただでさえ大学属の研究班なんてものに入っているからなぁ、俺。義務教育をすっ飛ばしたおかげで同年代との交流がないのだからして、交友範囲は自然と同年~年上になってしまうんだ。仕方ないな!(力説)

 それに同年代ならまだともかく、俺より年下となると年齢は一桁に達してしまうのだ。まぁ、俺も去年まで一桁だったけど!!

 ……つーかマサキの言い様からして、どうやら俺には見知らぬ年下の……いやスマン。考えるのは放棄しとこう。面倒だ(逃避)。

 けど……うっし、これで俺の目的は達せられたかな。

 俺たちはカンナさん宅から離れ、当初の目的地へ向けて歩き出すことにする。ついでに、駄弁りも再開。

 

 

「くっく……ま、それだけショウは有名人ちゅうことやで。自覚しとき?」

 

「わぁってるっての。一応は同学年の(クラス)に入学してるとはいえ、色々と目立つからな。なにせ、この見た目で大学出だ」

 

「のぉ割には、トレーナーズスクールには馴染んどる気がするで?」

 

 

 話しながら歩いていると、少しずつ景色が変わってくる。植物は色観の地味なものが多くなり、そもそも植物自体の数が減りだした。そしてなにより、北側から流れてくる「冷気」が肌を撫でる。

 ……それよりマサキ。見て来たような事を言ってくれるな……って、そうか。

 

 

「そういやタマムシ大学と隣接してるんだったな、トレーナースクール。それでか」

 

「おお、良ぉく見かけるで! ショウとゴスロリのんと、あとなんか気弱そうな女のコと和服着てそうな男のコ。髪の長いお嬢様っぽいコとか眼鏡の男のコとかも混ざって、毎回昼休みは中庭に降りて来るやんか。昼飯喰いに」

 

「中庭はお前の研究室から見えるんだもんなー……迂闊だった」

 

「見て悪いモンやったらみぃへんで」

 

「いやいや。減るもんじゃなし、良いけどさ。多分」

 

 

 でも知らない所から見られてるって、俺は別に何も減らないけど……減ると思うんだが。主にマサキの友人とかが。昼飯食ってる10才少年少女を眺めてる大学生(マサキ)、ってな構図なんだし。

 ……うん? ……あー、成る程。天才(コイツ)の場合は個人研究室持ってるから平気なんだな。なら、別に良いや。減らない減らない。マサキを誰も見てないんだし。

 

 なんて脳内で無駄に纏めた所で、マサキが再び話し出す。

 

 

「でぇ、話題を戻してやな。馴染んどるやん?」

 

「ま、思ったよりは馴染んでるのは確かだな。もうちょい浮くかなーと考慮してたんだが……周りの人柄が良いんかね」

 

「ショウ自身の処世術って可能性もあると思うんやけどなー」

 

「万人に受ける処世術があるなら教えてくれよ。それで喰っていけそうだ。そしたら俺、研究者辞めるぞ」

 

「は、ウソツキぃ。どうせオマエさんは辞めへんやろ。わかるで……とぉ。危ない危ない。話題逸らされるトコやったな」

 

「おーう……否定もさせてくれないのな?」

 

「ショウも『ウソツキ』を否定せぇへんし」

 

「一応周りを気にしてない、って訳じゃあないからな。処世術うんぬんを完全否定する気はないんだよ。それでも『やりたい方へ進んで行っちまう』なんて性格の俺が浮かない……ってのは、やっぱり、周りの人柄なんじゃあないのかなぁと思ってるんだが」

 

「うーん、言われてみれば、どうなんやろか。タマムシのスクールは確かに良いヤツ多いかも知れへんけど……ヤマブキなんかのスクールも、そんなんやと思うで」

 

「俺はヤマブキのスクールなんて知らないぞー」

 

「ワイも詳しくはない。……けどま、ショウの見る目が確かって事やろな。なんせお前さん、相手を見てから近うなるやろ? んなら『初めから問題ない』やんか」

 

「だと良いんだがな……さて。無駄話はこれくらいにしとこうぜ」

 

 

 マサキの遠まわしな励ましを受け、さてと。

 歩いていた俺たちの目の前が開け出し、目の前に湖が広がる。そこそこ大きな湖のその奥に、洞窟……『凍て滝の洞窟』の入口がぽっかりと空いているのが見えていた。

 ただし……

 

 

 《―― 》

 

 《―― ヒュウウウ ――》

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 マサキは何かに耐えるように目を閉じ、腕を組む。

 俺はとりあえず、上着でも出しとくか。シンオウ行った時のがあった筈だ。

 

 

 《―― ヒュォォォォ》

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 さて、現状の解説をしよう。

 『凍て滝の洞窟』は、その名の通り所々が凍っている、万年氷が存在するほどの洞窟だ。パンフレット及び原作知識によると、住み着いた氷ポケモン達の冷気で洞窟全体が冷やされているらしく……カンナのラプラスも、この洞窟の奥にある滝で捕獲されたものらしい。

 しかしここで大切なのはラプラス云々だとか、湖を渡る方法だとか、この洞窟の氷で作られたかき氷が美味しいと評判だとか、そういうものではないのだ。

 ……カキ氷はあとで食べておくとして、

 

 

 《―― ヒュオオォォ》

 

 

「……」ガクガクブルブル

 

「ナナシマが南国だから油断したな、マサキ。半袖でこの洞窟に入るのは、厳しいと忠告せざるを得ない。ここですら冷気がやばいし。湖の水温も、多分半端無いぞ」

 

「……な、なぁ、ショウ。う、うわぎ……上着の、予備とか、あああ、あらへんかな?」

 

「この上着はシンオウに行った後で急にキッサキシティに行くことが決まって、現地調達してたってだけなんだ。残念だが予備はない」

 

「んな殺生なぁっっ!?」

 

「つか、湖だけでこの寒さだし、どうせ上着だけじゃあ中になんて入れないと思うぞ?」

 

「レ、レアなポケモンちゃんを目の前にして、立ち往生やと……っ!? な、生殺しーっっ!!」

 

 

 4の島の湖原に、マサキの声が響き渡る。

 いや、俺としてもこの寒さは想定外だったし。また何時か来ればいいさ。今度は防寒対策バッチリにしてからな。

 さぁて、んじゃあカキ氷食べに戻りますか! マサキを引きずって帰らなきゃいけないけど!!

 

 

 

 Θ

 

 

 

 時は夕方。

 俺は船着場の近くの土産売り場にて予定通りにカキ氷を買い、揺れる海を前にして食べている訳なのだが……うーん。

 

 

「うーん、甘い。かといって美味いには美味いから、スイは味気ないっつーか勿体無い気もするし……ん。美味いか?」

 

「ガウゥ」

「クチーィ♪」

 

「おー、こら確かに美味いな! ……おおっと」

 

「ピィ、ジョッ!」

「ンミュッ!?」

 

「こらピジョット、風を吹かすな。風を。ミュウも器を浮かすの止めとけ」

 

「ギャウゥン?」

「プリュー♪」

 

 

 目の前で飛び交う、我がポケモンリーグ優勝メンバー。モノズは足元に置かれた器に首を伸ばし、クチートは(大アギトの方ではない)口元に器を抱えながら、それぞれが器用にすくって食べてみせている。ニドクインとプリンは大人しく俺の前後でカキ氷を食べててくれるから、非常に助かってたり。……ミュウとピジョットにも、技の威力は抑えておけよー、との願いは通じているのが幸いか。まぁ、周りに人もいないし別に良いとは思うんだけどな。程ほどで頼むぞー、と。

 因みに研究繋がり……というか、ミュウを預ける際の秘匿回線云々でマサキはルリの正体を知ってるから、俺の手持ち達が自由行動を取るのに問題は無い。ナナシマは人数(ひとかず)も少ないし、船に乗り込んだのはマサキだけだ。その上ポケモンリーグの影響も本土程じゃあない。知名度の差もあるだろうからな。

 などと機密性について考えつつもカキ氷をすくっては口に放る、俺の隣。座りながら「凍て滝の洞窟産氷のカキ氷」を食べ終えたマサキは、俺のポケモン達をじぃっと見つめた後、急に笑い出す。

 

 

「うわっはは! 楽しそうで何よりやな!」

 

「おう。……この後お腹下すヤツがでなきゃあ万々歳なんだけどな?」

 

 

 俺の台詞に、マサキはひとしきり笑い通した。で、その後。少しだけ雰囲気を切り替え、今度は海へと視線を向ける。

 

 

「……はは、と。それにしても今日はつきおうてくれて有難うな、ショウ!」

 

「ん? あー……いや、結果的には何もしてなかった気がするんだけどな、気のせいか?」

 

 

 4の島を歩き回った後にかき氷食べただけだと思うんだが。

 

 

「何言うとる。行き帰りの護衛してもろとるし、育て屋のじぃさんばぁさんとこ行ってポケモンも見してもろたし! 何だかんだでおもろかったで、ホンマ!」

 

「育て屋老夫婦んトコ行ったのは、お前がレアなポケモンみたいってごねたからだぞー? この島のポケモン分布はカントーと違うから、どこに行っても『カントーから見ればレアな』ポケモンは見れるんだよ。つーかそもそも、洞窟行ってもマサキのポケモンじゃあ長居できなかったと思うし。初めからアポとってたんだってば」

 

 

 コイツ、研究はともかくバトルはからっきしだからなぁ。こないだ研究室で見た時の手持ちは確か、低レベルのピッピオンリーだったし。……イーブイはこれから増えるのかも知れないな。

 なんて悪態ぽいものををつく俺に、しかしマサキは。

 

 

「ふぅん。つまりそれ、ショウはワイの為に下調べしてくれてたゆうことやろ?」

 

 

 ……おい、なんだそのニヤニヤ顔。俺はパンフを見ただけだっつーの。勝手に人をなんとかデレ扱いすんなよ。

 

 

「あー……俺のレインボーパスがかかってるんだからな。パンフレットくらい見るさ」

 

「ま、ショウはそれでええわ。……そんなら約束どおり楽しませてもろたんやし、ワイもコレを渡さなアカンな。ほれ」

 

 

 言ってマサキは、タスキ掛けされたバッグから1枚の通行証を取り出した。きちんとID委託登録をした後に差し出されたそれは、マサキ自身の『レインボーパス』だ。俺は右手を伸ばし、……『ナナシマ』との名前が由来であろう……七色の虹が描かれたそのパスを受け取ることに。

 

 

「大事に預かっとく。ありがとな。1の島に戻った後に返すよ。そん時にゃ俺のパスもあるだろうし」

 

「期待しとくで。……それに、どうせワイは戻っても通信システム構築の監修やるだけやさかいな。ショウに活用してもろた方が、そのパスかて喜ぶやろ」

 

 

 空の器とスプーンを掲げながら、人の良い笑顔でマサキは笑う。

 ……はぁ。折角人が気を使ったって言うのに……ま、仕方が無いか。ワーカホリックに何を言っても通じはしまい。それにコイツの場合は『仕事を楽しめている』んだから、普通の人とはそもそも前提が違う。

 そんなヤツに「旅行が楽しかった」って言わせた時点で、俺の苦労 ―― マサキに旅行を楽しませて欲しい、ってな「マユミさんからのお願い」は、多分達成できたと思うので!

 

 そんなこんなで自己完結させながら、俺は頬杖付きつつマサキを見やる。こんにゃろ、研究馬鹿め。リーダーの癖して、なに職場のチーム員達から心配されてんだっての。逆だろ普通。

 

 

「……はぁ。能天気ヤロウだな」

 

「? ワイか?」

 

「いや、お前はそれでいいんだよ」

 

 

 多分、恐らく、メイビー。

 こんなヤツだからこそ、上手く回る部分もあるんだろう。それこそ上述してたみたいにな。

 俺がまたも溜息をつくと、マサキは僅かに気を向けたが、すぐさま切り替えて笑顔を浮かべる。そのままゴミ箱へカキ氷の器を投げ捨て、立ち上がり、背伸びをして。

 

 

「んん~、さぁて、そろそろ1の島に帰ろか! ニシキも待っとる……てか正直言うとワイの方がニシキがどんだけ出来たモンか、成果を見たいだけなんやけどな!!」

 

 

 おどけたマサキに合わせたかのように、汽笛が鳴った。多分、出発の予鈴なのだろう。ぼぉーっという重低音が、4の島の港を響き渡る。

 そんじゃあ、

 

 

「そんじゃあ、ニシキによろしくな。もう心配されんなよ」

 

「? よお分からんけど……わかった! ……あ、そやそや! 最近海外原産の珍しいポケモンが、ワイんトコに仰山おんのや。ショウらの作った図鑑にはのっとる種族やけど、タマムシん戻ったらその内に様子を見に……と。……ちゃうかな」

 

 

 マサキが後ろ手に頭をボリボリとかく。

 その手を止めると、ニカッという擬音がよく似合う笑顔で。

 

 

「どうせ、トレーナーズスクールとは同じ敷地内や。大学の研究室にも遊びにきてぇな、ショウ!!」

 

 

 なんて台詞を残して、マサキは1の島へと引き返す船へ乗り込んで行った。

 我がポケモン達もマサキに向かってサヨナラの挨拶(的なもの)をそれぞれの方法で繰り出し、俺も手を振る事にする。

 そのまま手を振り続け、船が分離能の限界を超えて点にしか見えなくなった所で手を下ろし……うーん、仕様がない。スクールに戻ったら定期的に顔出してみる事にするかね、マサキんトコにも。

 そんな風なことを考えつつ振り返り、俺達も5の島へと向かうため、別の船へと歩き出して行くのであった。

 

 







 カキ氷が美味しい → 4の島キャラ。大柄な男性、談。

 申し訳ないのですが、幕間①ナナシマ編、今回はここまでの投稿です。
 ……やはり、年末と年始は鬼門ですね。先生方が走る、奔る。


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