ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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Θ7 南海の果てに

 

 

 楽しかった(……と、せめて、思っていたい)ナナシマでの1週間は、あっという間に過ぎた。

 各々が残る数日をナナシマであった人々との別れや温泉や観光なんかに費やし、俺は既にナナシマを離れている。

 

 

「―― あー、イルカとかいないかねー……」

 

「船の周囲を、マンタインやホエルコが。沢山跳ねているのだけれどね。それでは不満なのかしら、貴方は」

 

「いいえ。ただ、暇なのでしょ……ショウは。そういう人です」

 

「……あら、流石ね。カトレアは」

 

「アタクシも、伊達に弟子を名乗っている訳ではありませんので……」

 

「言いたい放題だなぁ、それ。……確かに暇だから、反論は出来ないが」

 

 

 南の暖かい海上を滑る様に進む船が1隻と、その上に乗る人々。

 この長距離航行用のクルーザーの所有者である、コクランとカトレア。乗客にして顧客でもある俺とミィ、さらにもう1名。

 

 

「……ところで。ミィはトレーナー専攻クラスに進級するのね?」

 

「そう、ね。私としては行きたいわ。シルフの仕事もだけれど……どうせなら、取れる資格は取っておくべきだと思うの」

 

「……なら、アタクシもそうしましょう。資格は万国共通ではないとはいえ、国に戻ってからも役立つ知識はありそう……」

 

「エリートトレーナークラスは、実践重視らしいけれど」

 

「それはそれ、です。……ミミィもシンオウに帰ると言っていましたし、アタクシも一旦シンオウにある別宅を見に行くべきでしょうか……?」

 

 

 ……うーん。ここで口を挟んで、2人の会話を邪魔するのも気が引けるなぁ。

 

 などと考え、俺は目の前の女子2名を視界に捉えつつ、もう1名のいる展望席へと昇る事を決める。なにせカトレアの言う通り、動いていないと暇だしな。コクランをからかいに行くのも良いしメイド・執事隊に講義をするのもいいんだが、日が高い内は外を眺めている方が理想的かと思う。

 そんなことを思いながら、梯子を昇りつつ、と。

 

 

「チュ、―― チュンッ!!」

 

「オニスズメ、こら、つつくなって。危ないぞー……と、飛んで着いて来るのはいいけど、長旅だからな。疲れたら無理せず、早め早めに休めよ?」

 

「チュゥンッ! ―― !」

 

 

 ご覧の通り「ともしび温泉」~「かえらずの穴」で力を貸してもらっていたオニスズメは、未だ俺たちへと同行しているのだった。

 梯子を昇る俺をチョイチョイとあまつつき(・・・・・)するのをやめると、切りかえし、同じく船と並んで飛んでいるピジョットやミュウ、そして自らの率いるオニスズメの群れの中へと戻っていった。

 んー……でも、コイツがいなけりゃブラッグフォッグは暴れっぱなしだった訳だし。

 

「(なにせ、遺伝技を教わるには結局『タマゴグループが同じ』である必要があるっぽいからなー。ただ見るだけじゃあ駄目らしい)」

 

 つまりは「姿形、体の構造機能が似通った相手が技を出す」のを見る必要があるのだろう。タマゴグループって、なんかそんな感じの分け方だし。とはいっても、累計データ上の関連付けだから確定はしていないけどさ。

 ……ま、どちらにせよ我が手持ち達と仲良くやってくれてるのは何よりか。ニドクインとかクチートは飛んでないし、モノズに関しては眠りこけてるだけだけどさ。

 

 

「……っと。どもです、フジさん」

 

「はは。相変わらずポケモンに好かれるね、ショウ君は」

 

「いえいえ。そうあれれば、とは思っていますがねー……何とも」

 

 

 梯子を上ったその先にいた老人へと挨拶し、そのまま風の吹きつける展望の為の特等席に座る。

 上に登った結果、どこまでも広がる南海の美しい水面が太陽の明るい光を映し、きらきらと揺れているのが堪能できる。うんむ、何とも綺麗。それに、船の航行によって造り出された暖かい風が頬を撫でつけるのが、実に心地良いし。いやはや、流石は南国。

 ……というか今、先週ナナシマにいた時よりもバカンスを満喫できてないかな、俺はっっ!?

 

 

「無理も無いか。……やっぱり戦いって、疲れるからなぁ」

 

「ショウ君は何かと努力を惜しまない性格だからね。そのせいだと思いますよ」

 

「ギュゥンッ」

 

 

 ……反論できない事は無いが、老人の横に座るニドリーノにまで同意されたら仕方があるまい。

 

 

「あー、でも、仰る通りなんでしょうね。だからこそこうして『最果ての孤島』なんて目指しているんですし」

 

「……それは、ミュウのためにかい?」

 

「はい」

 

 

 その問いに、俺は間髪いれず返す。

 

 

「そして、他の皆の為でもあります。―― でもま、孤島までは少なくともあと1日かかりますからね。今の内はのーんびーりしてますよ」

 

「それは良いですね、わたしもそうしましょう。というか、そうしてますけどね? はは」

 

 

 そう言って、ニドリーノを撫でながら笑う。

 笑った所を見計らい、……機を窺っていたのであろう……ニドリーノは、目の前にあったフジ老人の膝の上へとよじ登った。よほど気持ちよかったのだろう。そのまま御満悦に、目を閉じてしまった。

 

 

「……ギュゥンッ」

 

「よし、よし。今回は良く頑張ってくれたよ、ニドリーノ。助かった。……ところでショウ君は、下の2人を放って置いても良いのかな」

 

「あれで仲は良いんですよ、あの2人。俺としても女の子同士の会話を邪魔したくは無いですからね。フジさんにとっては貧乏くじでしょうが、しばらく無駄話の相手をお願いしたいです」

 

「無駄話かい? ―― うーん」

 

 

 律儀にも話題を探してくれているのだろう。フジ老人はそのまま、しばしの首肯。その後、あっと何かを閃いた顔をして、口を開く。

 

 

「そういえば、あのオニスズメはショウ君の手持ちポケモンじゃないみたいだね。野生かい?」

 

「ご明察。ともしび温泉で俺の頭の上に乗っかってた奴ですよ」

 

「なるほどなるほど。……ショウ君、ポケモンレンジャーに興味は無いかな? スタイラーもなしに野生ポケモンに協力してもらえるなんて、並大抵の才能じゃないと思うよ」

 

「俺としては、あのオニスズメがなつきっぽいだけだと思うんですがねー……」

 

 

 船の周囲を楽しそうに飛びながら着いてくるオニスズメを視界に入れつつ……つっても、ポケモンレンジャーか。

 確かタマムシのトレーナースクールでなら、専攻クラスがあったはずだ。選択科目にレンジャーの必修を選ばなくてはいけないが、取れる資格ではあるはず。

 取ってみれば案外、役に立つ資格なのかもしれないなぁ。ポケモンとのコミュニケート能力的にも。

 

 

「うーん。確かにちょっと、興味はあるかも知んないです。ポケモンレンジャー」

 

「流石はショウ君だね」

 

「……それ、褒めてます? 貶してます?」

 

「わたしとしては素直に受け取ってくれると嬉しいよ」

 

 

 そう言いながら南国の水平線を見つめ、優しい笑みを浮かべるフジさん。……見た目以上に元気になったな。ミュウツーの件で心身・実情、それぞれにおいてあれだけ「やらかして」しまった人がここまで恢復したというのは、喜ばしい事ではあるかな。うん。

 

 

「うむうむ。……と、そうだ」

 

 

 フジさんが少しでも元気になったのなら、丁度いい。

 俺は四次元バッグから一枚の立て札を取り出し、フジ老人へと突きつける。

 

 

「ほい、これ。メッセージをお願いします」

 

「……いや、唐突過ぎて何がなんだかわからないんだが」

 

「ああ、そんじゃあ説明を。……今日行く島は、これから『自然保護区』として機能を始める島なんです。保護区の湾には警告表示をすることが義務付けられているんで、これはその立て札と言う訳で」

 

 

 ただの無人島ではなく『自然保護区』に該当する島なんなら、注意書きをしておくのも間違いじゃあないだろう。原作的にもな。

 

 

「それを、なんで私が?」

 

「いやぁ、俺じゃあ実感の篭ったコメントは書けませんからね。注意書きというよりは、来島者へのメッセージ的な感じでお願いしたいんですよ。トイレを綺麗にお使いくださりありがとうございます、的な感じで丁度いいかと」

 

「ははは! それなら確かに、私が適任だね。と、……ふむ」

 

 

 ひとしきり笑ってから、フジさんが筆を動かし始める。

 俺はそれを見やりつつ……

 

 

「―― さて、と。どうなりますことやら」

 

 

 仕事(イベント)もふり終えたし、あとは島に着くのを待つだけ。

 とりあえず、景色でも眺めている事にしますかね!

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 向かう地 ―― 『最果ての孤島』は、只でさえ南に位置するナナシマからさらに西へ西へと進んだ先にある。ホウエン地方よりも緯度の低い位置に存在する未開の島だ。

 

 ゲームにおけるその役割は、単純明快。所謂、第三世代……ポケモンの引継ぎが始まってから初めての『ミュウ捕獲イベント』があった場所である。

 

 ……ミュウ。

 彼/彼女は、ゲームにおける図鑑文章でも世間的にも、「絶滅した」なんて言われてしまっている。

 しかして勿論、図鑑文など当てにはならず、絶滅した訳でもない。この世界においても(あまり認めたくは無いが)最年少ポケモンチャンピオン「ルリ」の手持ちポケモンとして世間に認知されている、れっきとして現存するポケモンなのだ。

 

 だが。

 俺は「自分の個体以外のミュウ」を見た事が無い。

 

 それ故に、考えてしまう。

 このミュウに、他の個体がいたならば。世界で共に生きていく、俺以外の誰かが居てくれたならば。

 その機会を与えてやるのも ―― 俺のトレーナーとしての役割ではないのかと。

 

 

「―― 到着したよ! ミィ、お嬢様を起こしてきてくれるかい!」

 

「……」コクリ

 

「ふむ、島の中央部は熱帯雨林帯だね。スコール対策やレインブーツを用意しておいて、正解みたいだ」

 

「……ふあ。……予防接種もバッチリです……」

 

 

 着岸するなり慌しく動き始めた友人達、と、ついでに俺。

 それぞれが手に荷物をまとめ、船を下りていく。

 

 

「……集まったか?」

 

「えぇ、バッチリ」

 

「どうぞ、お嬢様。……荷物はわたしがお持ちします」

 

「はい。アリガトウ、コクラン」

 

「……このメンバーに混じって、私か。もの凄く場違いな気がするね……年齢とか、世代とか」

 

「いえいえ、フジさんが居ないと終わってはくれませんから」

 

 

 各々(ただし、カトレア以外)が荷物を背負って、島全体を見渡せる崖の上に立つ。フジさんが書いてくれた立て札を適当にブッ刺して、と。これで良し。

 

 

「そんじゃあ、ミュウ。もしお前なら、どの辺りが居心地良さそうだと思う?」

 

「ミュッ、ミュミュミューッ♪」

 

 

 ギアナのジャングルに気候や景観が似ている事も要因だろう。いつもよりテンション増々のミュウが、嬉々として空を滑っている。道案内は任せても良さそうだな、こりゃ。

 

 

「うぉっし、行きますか。念押しで確認の為にもう1回言っとくけど、主従コンビは待っててくれても構わないんだぜ?」

 

「……アタクシが降りた時点で、既に答えは出ています。そして、ミィには言わないのですか?」ムスッ

 

「ああ、ミィには船の上で言ったからな」

 

「……そう」

 

「あはは……お嬢様が行くなら、俺も行くよ。島の全景からして、今日中には帰って来る事が出来そうだし」

 

 

 カトレアとコクラン、そして無言なミィが続いて外に。

 最後に現れたフジさんも、俺やミュウと視線を同じく……島の密林部分へと向けながら、俺にだけ聞こえるような声量で、ポツリとこぼす。

 

 

「何故だろうね。以前はまだ見ぬ地に、あれほど心焦がれていたというのに……今では……」

 

「……あー……そりゃあ、勿体無いものを失くしましたね。……今からでも拾えると思いますが?」

 

 

 俺の言葉を受け、視線を落とし……ふるふると首を振るう。

 

 

「いや、きっとこれでいいのさ。私も、何か大きな代償を『払いたい』と思っていた所だ。憑き物が落ちたようで、身軽になったよ」

 

「はぁ、そっすか。……貴方がそれでいんなら、俺にとやかく言う資格は無いですけれどね」

 

 

 押さえ込んだのか本当に失くしたのか、はたまた。

 

 

「大丈夫だよ。そんなに心配そうな顔をしないでおくれ、ショウ君。……これを私の最後の冒険にできる。そんな冒険に、この子(ニドリーノ)だって付き合ってくれる。これ以上ない手土産さ」

 

「……んなに顔に出してましたかねー、俺」

 

「ははは! ―― さぁ行こう、ショウ君!」

 

 

 フジさんはいつかの様に元気良く、先に先にと歩き出していく。

 ……、

 

 

「……ん。そーだな。……ミュウ、先導頼んだ!」

 

「ンミュミューッ! ――」

 

《スッ、》

 

 ――《スイッ!》

 

 

 

 

 

 

 

 ミュウに付き従って進むたび空気が湿り気を帯び、木々が伸ばす枝の複雑さが折り重なって緑の濃さを増す。

 あれから休まず歩き続けた結果、俺たちはジャングルの奥。そびえ立つ山の麓までたどり着いていた。

 

 

「……ふぅ」

 

「―― ショウ、休憩にするかい?」

 

 

 主従コンビの主(カトレア)が吐いた溜息を聞いた頃合で、従の方(コクラン)が切り出した。

 

 

「……時間は、正午ね。休憩としては良いタイミングだと思うのだけれど」

 

「どうするんだい?」

 

 

 コクランの問いかけは、俺に対して。……うーん。時間も体力も、余裕があるといえばあるだろう。

 ギアナの時とは明らかに違う点があるからな。なにせここまで来るのに、野生ポケモンとの戦闘が殆どなかったのだ。

 

 

「―― この島のポケモン達は、何故こうも友好的なのかな」

 

「チュ、チュンッ! チュチュンッ!」

 

「―― ツパッ、ツパッ!」

 

「ッポー! クルッ、ポー!!」

 

 

 汗をぬぐうフジさんの頭の上を、スバメやらマメパトやらが螺旋状にじゃれ合いながら飛んでいるんだが……言葉の通り。この島のポケモン達は俺たちを見かけるや否や、近寄ってくる。

 ……「戦闘にはならず」に、な。

 あと、お前等。遊ぶのはいいけど、あんまり遠くまで行くとはぐれるからなー。気をつけろよー。

 

 

「……私達を、助ける為に……なのかしらね。まるで起源の島よ、ここは」

 

「助ける、ってのも違う気はするけどな。どっちかってぇと、遊ぶ為っぽいぞ」

 

「ミューッ、ンミューゥッ」

 

「ピジ、ピジョォ?」

 

「フリィ、フリーッ!!」

 

 

 目の前で遊び倒しているこいつ等を見るとなぁ。

 ……だが、ミィの意見には概ね賛同できる。

 古い古い言い伝えというか、昔話というか。その文面を目にするには、ミオ図書館まで行かなくちゃあならないんだけどな。

 

 

「どちらにせよ未開の地だからこそだね。オニスズメみたいに人に慣れていると言うよりも、人を見ていないというべきかな」

 

「……そうなの?」

 

「はい。フジ様の意見は正しいかと思います、お嬢様。数々の発見を成し遂げてきた研究者の目は、確かです」

 

「『御家』の執事頭のお言葉、恐れ入るよ。……まぁわたしは、最後の最後にやらかしてしまったけどね」

 

「ハイ。……事実、そうですね」

 

 

 カトレアの真っ直ぐな物言いに、フジさんもコクランも苦笑いだ。

 ……さて、と。

 

 

「話題を戻して。俺としても休憩には賛成です。現在地を確認して、休憩にしましょう。……皆さんはここで休んでいてください」

 

「馬鹿を言うなよ、ショウ。オレだって確認に行くさ」

 

「勿論、私もよ」

 

「……あの丘の上ならば、休憩にも周囲の確認にも丁度良いのではないでしょうか?」

 

 

 カトレアが指差した場所は、すぐ傍にある。密林の上へと突き抜けた大きくて平たい岩場だった。

 

 

「皆して行く気満々か。……そんならひとまず、あそこまで行きますかね!」

 

 

 なら、登る道筋を決めなきゃな。えーと。

 

 

「この辺から登れるぽいな。そんじゃお嬢様、お手を拝借」

 

「……アリガト」

 

「……、……」

 

「あー、……いやな? 岩場をゴスロリでひょいひょい飄々と跳んでるお前には要らない、ってか邪魔になるだろ。手ぇ掴んでたらさ」

 

「……、」

 

「わぁった、わぁった。ほれ。速さはカトレアに合わせろよ」

 

「……結局両手に花か。流石はショウだね」

 

「いや、お前はお嬢様の分まで荷物持ちしてるんだし、俺には他の選択肢がなかっただろ。……いや、四次元リュック背負ってるだけだけどさ」

 

 

 それともまさか、御老体に鞭を打てというのか。なんてな。

 俺はコクランの冷やかし(と思いたい)台詞を適当に流しつつ、ミィとカトレアの小さめな身体を引っ張り上げていく。

 岩を5つほど登り、平たくなった場所まで歩くと、景色が開けた。

 南国の青空の下に、緑の海と雲を引く高い山。周囲にある陸地の先には、果ても境目も無い青さが広がっている。

 

 

「……ふ、ぁ。……キレイ」

 

「ここ数日の出来事は、お嬢様にとって良い経験になっていますね。この景色もまた然り、という事です」

 

「……ショウ達は、こんな景色を、いつも?」

 

「まぁ、割とな。俺も俺のポケモンも高い場所は好きなんで」

 

「はは、それも今回で見納めだけどね」

 

 

 感嘆の吐息と共に、高台に登ったエスパーお嬢様は遠くを見続けている。……つい最近まで、文字通りの箱入り娘だったからな。単純な感動に加えて、思う所もあるのだろう。

 お嬢様が見惚れているその内に、コクランやフジさんが休憩の準備を始めた。パラソルを立て、マトレスカーペットを敷き、即席の茶会会場を作っているご様子。

 そんな中、俺は辺りを見回して……

 

 

 《―― 、》

 

「……ッ、ミュッ!?」

 

「チュンッ?」

 

「―― 居たか」

 

「来た、わね」

 

 

 ピクリと反応したミュウとオニスズメに次いで、ここぞとばかりに高台から周囲を見ていた俺やミィも、その姿を目に捉える事が出来た。

 山の天辺に生えた一際巨大な樹。その緑の屋根から、光の玉が浮かび上がっている。1つだけではない。2つ……いや、3つはあるか。

 

 

「……アレは……?」

 

「ミュウだろうね。……あんなにいるのか」

 

「……」

 

 

 カトレアとコクランもその姿を目にして口を開き、フジさんは無言。

 ……ミュウはその姿を自在に消すことが出来る。それが見えるということは、即ち、自分達の意思で「姿を現した」という事だ。

 そして。別個体が、自分から姿を現すとすれば。

 

 

「……迎えに来たみたいだな、ミュウ」

 

「……ンミュ?」

 

 

 同じく、浮かび上がったままゆらゆらと揺れている光の玉を見ていたミュウが、こちらへと振り返る。ミュウにしては珍しく、要領を得ないといった顔つきだ。

 

 

「見つけたぞ、お前の仲間。これで可能性を証明できた。……きっとこの世界には、もっと多くの仲間が居るんだ。あいつらについていけば尚更な」

 

「ミュゥ」

 

「それにこれからこの島は『保護区』になる。ポケモン達の楽園といっても差し支えは無い。お前の好きな環境だろ?」

 

「……ミューゥ」

 

「―― なぁ、ミュウ。お前は、あのジャングルに居た頃みたいに。自由に空を飛びまわり、トレーナーや他の野生ポケモンというアクシデントに晒されながらも、自らの決定だけに従って生きてゆく。……そんな生き方が『良くはなかったか』? 今のお前は、ミュウツーやこの前のゴーストの様に、自分の心に従って生きることが出来てるか? ……今なら、お前も『協会らに探知されず、足の着かない形で逃がす』事が出来るんだ。そのためにまだ、白い試作ボールに入ってるんだからな。ああ、スマンが来年は無理なんだ。俺もポケモントレーナーとしての資格を得る。……バトルをするなら最低限、『ルリ』の手持ちとして登録する必要があると思う」

 

 

 俺の一方的な独白を、ミュウは黙って聞いてくれていた。大きな瞳を瞬かせながら、宙にピタリと静止している。

 ……最も伝えるべき言葉を、待ってくれているんだろう。

 俺は息を吸い、向こうにいる別個体達にも届くくらいの想いを込めて、言葉を放つ。

 

 

「……それでも、ゴメン。俺はお前と ―― お前等と、一緒に居たいんだ」

 

 《ピシッ ―― 》

 

 

 ボールの破棄機能を起動し、ミュウを格納し続けていた白いモンスターボールが2つに割れる。これでもう2度と、試作モンスターボールとしての機能を発揮することは無い。

 ……俺は代わりにと、別のモンスターボールを突き出す。

 新チャンピオンの就任やら人気を記念して作られたそのプレミアなボールは、色こそ以前と変わらない。だが、その機能はハッキリと別物だ。

 協会にも登録され、親IDも固定され、……どこに行くにもトレーナーの影が付き纏ってしまう。

 

 

「俺と一緒に来てくれるか? ミュウ」

 

「……ミュミュ」

 

 ――《スゥッ》

 

 

 いつかと同じく、ミュウが宙を滑る。

 滑り降りながら、俺の腰につけられた5つのボールへと一瞬だけ目をやった。5体のポケモンを格納しているこれらボールは既に、試作品のそれではない(・・・・・・・・・・)。俺がこのやり取りをするのも、ミュウで最後になるだろう。

 数瞬の後、ミュウが顔を上げて俺の目を覗き込み、自らの額を躊躇なくボールへと近づけ ――

 

 

 ……《ボウンッ》

 

 ……、

 

 …………、

 

 

 

 ――《 カチッ♪ 》

 

 

 ミュウはモンスターボールを揺らさず、その中へと収まってくれたのだった。

 俺は感謝の気持ちと共に、地面からボールを拾い上げる。

 

 

「うん……ありがとな、ミュウ。―― あっちの、お前等も」

 

 

 ミュウがボールに収まるや否や、遠くで輝いていた「他の光球」が瞬き始めていた。

 明滅の感覚は次第に延長して行き、

 

 

「……あ」

 

「消えました、ね」

 

 

 まるで光源など最初から無かったとでも言うかの如く、他の個体と思われるソイツ等は、消えていった。

 後に残されるのは南国の青い空と、交わる海。

 

 そして。

 

 

「―― チュン、チュン!」

 

「……おう。お前も決めたのか、オニスズメ?」

 

 《 ト、タ、ト 》

 

 ――《パタタタタッ!》

 

 

 事態をずっと見守っていたオニスズメに声をかけると、周りを数度跳ねてから空へと浮かんだ。周囲を自らが率いるオニスズメの群れに囲まれながら俺達を見下ろし、視線が交わる。

 

 

「お前はこの数日、どうだった? トレーナーと一緒に、ってのも悪くなかったと思ってくれたんなら、俺としても嬉しいんだけどなー……とかとか。思ってみたり」

 

「チュン、チュンッ♪」

 

「おおっ、そら重畳だ。……それでも、行くんだろ?」

 

「……チュンッ」

 

 

 自らがボスを務める群れを見やり……俺達へと振り返って、頷く。

 

 

「あのコ、行っちゃうのかい?」

 

「ええ。……二番煎じですが、アイツが決めたんなら俺が言うべきことなんてないですからねー」

 

 

 俺の隣へと歩き出たフジ博士の言葉に同調しつつ、オニスズメへと目を向ける。

 ……オニスズメだって、あのゴーストを間近に見て、今のミュウを見ての決定だからな。強いて言えば、次会った時にホウオウと見紛う巨大オニドリルなんてぇのになってない事を祈っておきたい位か。二つ名がつくのもゴメンだが。

 

 などと、無駄な思考は早々に切り上げる事にして。

 

 

「俺もお前と一緒にいる間、得る物が色々とあったんだ。……それに、俺のピジョットにも『オウムがえし』を教えてくれたしな!!」

 

「チュッ、チュチュンッ!」

 

「おうっ、元気でやれよ!!」

 

 

 最後の挨拶を交わしたかと思うと、島の中心部にある山の方角へと勢い良く飛び去っていく。振り返りもしないあたり、キレイさっぱり歯切れ良い。群れ達がそれに付き従って飛んで行き、1分ほどで姿すら見えなくなった。

 

 

「―― 寸劇は、済んだのかしら」

 

「寸劇とか言うなよ、ミィ。元も子もない。……まぁ確かに、ミュウは残ってくれるってな確信に近いのはあったけど」

 

「……それほどまでに信頼しているのですね、ショウは」

 

「んーにゃ、そんなご大層なモンじゃあない。ただ何となく、ってだけだ。ああ勿論、俺はエスパーじゃあないけどな?」

 

「まぁ、ショウの言い分はオレにも理解できるよ。只、確かに……何となく、だね。それ以外に言い様はない気もする」

 

「……ふぅん。そういうものなのですか……?」

 

「えぇ、そういうもの。……あのオニスズメの様子から、この結果は予測し得たわ。ショウ、貴方にとってもこれで予定調和でしょう」

 

「そーだけどさ。でも、お前だってさみしいにゃさみしいだろ?」

 

「それは、勿論。当たり前ね」

 

「……オレは最近、ショウもそうだけど、ミィがよく判らなくなってきたんだ……」

 

「アタクシは、何となく判るのですが」

 

 

 あー、成る程。ミィの場合は抑揚のない声と能面が合わさっているせいで、慣れてこないと判り辛いんだよな。慣れて来さえすれば、コイツも俺とおんなじくらい判り易いと思うんだけど。

 

 ……ふんふん。で、と。

 

 

「―― それじゃあカントーへ戻りましょうか、フジさん」

 

「……」

 

 

 未だ別個体の消えた山のある方を見ている老人 ―― フジさん。

 フジさんは、俺が差した看板を前に、何やら文章を書き加えていた。

 

 

「―― 7月6日。どうか。この子等に……いや、違うかな。この島にいるポケモン達の為に ――」

 

 

 ミュウ達とのやり取りを見て書き加えたくなったのだろうか。……フジさんが願っている事は、俺自身の願いでもあるからな。任せるかね。

 一度は筆を止め、

 

 

此処に(・・・)立ち入る人間が再び現れるとすれば……心優しい人であらん事を。此処にその願いを記し、この地を後にする」

 

「―― フジ、と」

 

「あ、あははは……。勝手に付け加えないでおくれよ、ショウ君」

 

「なっはは。これが相応しいと思いますよ、俺は。良くも悪くも、この流れの始まりはフジさんなんです。フジさんがミュウを見つけよう、探そう ―― そう思わなければ在り得なかったんですからね。そういう意味では俺もミュウも、とても感謝していますから!」

 

「だね。……」

 

「―― ショウ、フジさんっ! 先に行くよ!」

 

 

 下の方から、コクランの声が聞こえる。どうやらお嬢様方を連れて、岩場を降りていたらしい。

 ……。

 

 

「……。…………よし」

 

 

 力強い言葉と共にフジさんは前を向いた。 

 後ろを気にかけながらも、確かな一歩を踏み出して。

 

 

「わたし達も行こう、ショウ君! 早速だけど、カントーに帰ったら孤児院の手伝いを頼んで良いかい?」

 

「そりゃあ勿論。俺もちょっと、班員の同級生の研究に付き合って、ポケモンのルーツやらを調べに出張しなきゃあならないんですよねー。遺伝子的なアレにおける経験談から、アドバイスを頂きたいです」

 

「わたしで良ければ、花の世話でもしながら語らせてもらうよ。……さぁ、これからやることは一杯だ。君にも頼らせてもらうよ、ニドリーノ!」

 

 ――《カタカタ、カタタッ!!》

 

 

 岩場を降りながら誇る様に、見せびらかす様にボールを掲げてフジさんが笑う。

 いつかの様な子供の如きそれではなく。だが、確かなやさしさが備わった笑顔だと、俺は思う。

 ……ふーんむ。だな。

 

 

「俺達も、これが最初の一歩なんだ。『いつでも逃がせる』なんてハンディのない、ポケモントレーナーとそのポケモン達としてな」

 

 

 それに、カントーに帰ってからもやる事は山積みだ。

 まずはトレーナー専攻クラスに行く為の勉強をしなきゃあいけないし、研究題材も詰めなきゃいけないし、調査予定も4つほど入っているし、ボランティアの予定もあるし、後々には『ルリ』としての試合まで控えている。

 けれど、コイツ等が。そしてまだ見ぬポケモン達が、俺と一緒にいることを決めてくれているのならば ―― これ以上に嬉しい事などないのだから。

 

 

「……これからも宜しくな、皆!!」

 

 

 ――《《カタタタッ、カタタッ!!!》》

 

 

 

 

 

 ――――『 ミューゥッ♪ 』

 

 






 最後は『最果ての孤島』イベントでした。
 個人的には孤島がギアナだとは思えなく、こういった経緯になりましたという。……面積的にも、海と面しちゃってる辺りも、……うーん。

 さて、これにて『ナナシマ編』が終了しました次第。

 これからは、なにより一先ず、更新速度を上げたい所です。ネット上でSSなどやっているからには、と。

 質問疑問突っ込み提案お誘い等々、いつでも受け付けておりますので、お気軽に感想欄なりメッセージなりに書き込みくだされば。
 私が狂喜して乱舞した結果、警察の厄介になりかねまs(以下略


 では、では。
 新年度を迎えた皆様方も、忙しいとは思うのですが、共に頑張りましょう(意味深
 駄作者私としては、幕間②を早々に終わらせたい……所なのです(意味深々

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