ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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特別編③ VSキッサキジムリーダー

 

 ――☆ Side ヒカリ

 

 

「さてと! よく来たね、マイ! 寒くなかったかな?」

 

「……ううん。スズねえのが、寒そう」

 

「あっはっは! そうだね! でもあたし、今日は燃えてるからさっ」

 

 

 わたしとスズナさんが休憩室に入ると、後ろから追ってきた……もう1人の挑戦者である……艶のある短髪黒髪「無表情な女の子」、マイも入口を潜っていた。中は暖房が効いていて、氷漬けのジムの中とは大違いだ。

 因みに今、わたしとスズナさんのポケモンを回復している最中だ。その間は休憩室に居るんだけど、どうやら入っている間ジム戦の進行はストップしてくれるらしい。 ……けど、とりあえず1つ。

 

 

「あの、マイちゃんはスズナさんの妹さんなんですか?」

 

「……」

 

「ああ、まぁ、そんな感じかなー」

 

 

 どうにも「スズねえ」という呼び方が気になっていた。

 マイはこっちをチラッと見て、スズナさんは頬を掻きながら。

 

 

「血縁はないけどね。マイはポケモンの研究をしているお兄さんに着いて、ここシンオウまで来てるんだ。けどその肝心のお兄さんはあっちこっちへ行くもんだから、折角キッサキシティに家があるのに殆ど寄らなくってさ。今はあたしが一緒に住んでるんだ」

 

「そうなの?」

 

「……うん」

 

 

 わたしが尋ねると、マイが頷く。

 

 

「昨日までは家にもう1人居たんだけどね。ミィって言う、昔からの姉代わりの()がさ。でもミィは、マイが旅立つならキッサキに用事は無いって、今朝早くにトバリに戻っちゃったんだよねー」

 

「……大丈夫。ミィねえ、最後にこの服をくれたから」

 

 

 マイが自分の服をちょんと摘む。

 彼女が着ているのは、所謂ゴスロリと呼ばれる種類の服だ。先まで羽織っていた映画の中で魔法使いが来ていそうなコートは、今は脱がれてその横に掛けてある。

 ……しかし、それをくれたと。いや、なんと言うか目立つ服だなぁ。本人が気に入っているのなら良いけど。

 でも、まぁ。

 

 

「うん。変わった服だけど、似合ってると思う!」

 

「……あ、……うん」

 

 

 素直に褒めると、恥ずかしそうにしてる。マイはつんとして無表情だけど、こういう所は結構可愛いかも。

 そんなやり取りをしていると、スズナさんがさぁて、と声をかけて立ち上がった。

 

 

「ねぇねぇ、マイ! そろそろジム戦、始めちゃう?」

 

「……、……あたしは、いつでもいいから。でも、スズねえのポケモン、回復がまだでしょ……?」

 

「大丈夫! だって相手はマイだよ? スズナ張り切って、バッジなしのトレーナーに対してギリギリ出せるレベルのポケモン使っちゃうし!」

 

 

 スズナさんが陽気に笑う。

 言葉の通り、ポケモンジムは挑戦者の実力をバッジ個数や経歴、ジムトレーナーとの戦いを総合して評価し ―― 最奥に待つジムリーダーは、相手に見合った実力のポケモンで勝負をするのが決まりになっている。

 でも。それを分かった上で「バッジ無しのトレーナーに対してギリギリ出せるレベルのポケモン」を使うとスズナさんは言った。

 ……それって、スズナさんがマイを実力者であると認めている、って事……?

 容赦のないスズナさんの台詞に、マイは溜息をつきながらそっぽを向いて、膨れる。

 

 

「……もう。スズねえ、容赦ないね」

 

「あっはは! ごめんね。相手がマイだとスズナ、いつにも増して気合入っちゃってさ!」

 

 

 スズナさんはそう言うと、ジム員にジム戦の再開を告げた。マイが休憩室の入り口を潜ってスタジアムに戻ったのを見送ってからさてと、と呟いて。役目として姉からジムリーダーへと戻ったスズナさんが、わたしに向かって口を開く。

 

 

「ここにもビジョンはあるけど、ヒカリちゃんはどうする?」

 

「えーと、はい。やっぱりジムの中に出て見ます」

 

 

 わたしは休憩室を出、バトルスクエアの横に立っての観戦を選ぶ事にした。なんたってジムリーダーが推すバトルだし、それにやっぱり、バトルは自分の目で見ていたいからね。

 

 

 -☆

 

 

「それでは、ジムリーダースズナと、挑戦者マイの勝負を始めます。リーグルールで決められたジム戦要項に則って勝負を行うように。確認する事はありますか?」

 

「なし! おっけー!」

 

「……」コクリ

 

 

 氷と雪のフィールド。バトルスクエアの青側、スズナさんの正面に立ったマイが無表情のままこくりと頷いた。わたしの時は「ジムリーダーが使用可能な道具はいいキズぐすり2個まで」とか「ジムリーダー側のみポケモンに持たせる道具は木の実限定」とか、もっと詳細な説明をされたんだけど……凄いなぁ、マイ。こんな時でも落ち着いてる。

 それぞれがバトルに使用するポケモンの数が電光掲示に表示される。スズナさんの2匹に対して、マイも2匹。数では同等だけど、ジムリーダーにとって、手持ちの数は少ないのが日常茶飯事だ。実際あたしだってポケモンの所持数では勝っていたにも関わらず、コテンパンにやられてしまったし。手持ちポケモンの数だけでは測れない強さを持つ人こそ、ジムリーダーなのだ。

 だとすれば彼女は……挑戦者マイはどんなバトルをするのだろう。思わずバトルの電光掲示板を注視する。

 

「(……いや、ここで凝視したって判らないってのは判ってるけどね。……悔しいけどわたしじゃあ敵わないと思うし)」

 

 氷タイプのジムリーダーであるスズナさんはともかく、マイのポケモンは通りがかりに見たガーディしか判らない。スズナさんはさっきのわたしの時みたいに水と氷の複合タイプを使うかもしれないし、そうなれば、ガーディとの相性は一概に悪いとは言えない。マイ自身の実力が未知数である以上、ポケモン同士の相性が判らないとなるとそれはもう、予測不可能だ。

 氷雪上のバトルスクエアを見つめるわたしの目の前で、腰に着けたモンスターボール2つをとったマイに視線を向けて、スズナさんは不敵に笑う。

 

 

「さあさ、マイ! ジム戦、しちゃおうよっ!!」

 

「……ん。スズねえ、……あたし……」

 

 

 マイは瞼を閉じる。再び開いたその眼には、静かな闘志を宿していた。本領発揮といった所か。

 ふいとそっぽを向くような動作をすると、口をへの字に、強く結ぶ。

 

 

「……負けないから」

 

「その意気やよし! 行くよーっ」

 

 

 ボールを振りかぶる。地に着くと同時に弾け ―― ポケモンバトルが、始まった。

 

 

 《《 ボウンッ! 》》

 

 

 揃った声。ボールから飛び出した影が、一直線に相手のポケモンへと迫る。

 その影が、似てる。というか……

 

 

「お願い、」

 

「さあ始めるよっ、」

 

「「 ニューラ/ニューりゃっ! 」」

 

 

 おんなじだっ!?

 けど、そう。マイとスズナさんのボールから飛び出したのは、どちらもニューラというポケモンだった。黒くて小さな身体に、ネコのようなツリ眼。腕の先には武器となる鉤爪が生えている。

 強いて言えばマイのニューラは、頭に紅色の『花飾り』がついていて。

 図鑑を起動して見比べる。どちらの個体もメスらしいけど……。

 

 ニューラ(マイ)♀、レベル22

 VS

 ニューラ(スズナ)♀、レベル25。

 

 マイよりもスズナさんの方が、少しだけレベルが高いみたいだ。

 

 

「て、早いっ!?」

 

 

 僅かに図鑑を見ている間にも、飛び出した2匹のニューラは互いに鉤爪を振り上げていた。ちょっとの差だけどやはりというべきか、レベルの高いスズナさんのニューラの方が早い!

 

 

「いっけぇ、『ねこだまし』!!」

「ニュラッ!」

 

 ――《パァンッ!》

 

 

 ニューラが眼前に迫るニューラ(花付き)に向けて、両の手を打ち鳴らした。

 『ねこだまし』はボールからでた瞬間しか効果が無いけれど、相手を怯ませる先制技。初手の一撃を取ることで優位を得ることが出来る、そのはずだ。

 実際マイのニューラ(花)は足を止め、両の爪を交差させて怯んでいるし。

 

 

「……ん」

「ニュゥ、ラァッ!!」

 

「……うーん、悩んだって仕方が無いか。次だよニューりゃ!」

「ニュラ!」

 

 

 互いに少し距離を空け、再び対面。スズナさんが何かを思案するような顔をしたけれど、間もなくバトルが再開される。

 

 

「さぁさ、全力だよっ! ……『かわらわり』っ!!」

「ニュルァッ!!」

 

 

 スズナさん、やっぱり容赦ないっ!?

 『かわらわり』、それ自体はこの場面においては一般的な格闘タイプの技でしかない。けれど図鑑で見る限り、ニューラは防御面は軒並み低く……何よりタイプが『あく』/『こおり』なのだ。

 つまり『かわらわり』は、4倍弱点。ニューラにとって的確で容赦のない一撃と化すのである。

 スズナさんのニューラが地を蹴り、拳を握る。丸まった手は硬質化し、マイのニューラ(花)の胴体を打ち抜くべく ――

 

 

 ――《べちんっ!》

 

「「へっ!?」」

 

 

 気付けば、スズナさんとあたしの声が驚愕一色でシンクロしていた。一瞬の交差の後、バトルスクエアの中央にはニューラが倒れている。

 ……立っているのは、紅い花飾りのついたニューラだった。

 呆けていた審判が慌てて様子を確認し、

 

 

「ジムリーダースズナのニューラ、せ、戦闘不能です!」

 

「……お疲れニューりゃ! ……あちゃー。やっぱりスズナの悪い予感、あたってた?」

 

 

 ニューラをモンスターボールに戻しながら、スズナさんはばつが悪そうに頬を掻いた。

 問われたマイは挑戦者の特権である「交換制」を利用……は、しかししないで。目の前まで寄ってきたニューラを撫でながら、本当にちょっとだけ、傍目には判断つかない程度、適当な目測で2ミリくらい頷く。

 

 

「…………ひるんだふり。あたしのニューラ……今日、『せいしんりょく』だから」

「ニュゥルァ~♪」

 

「うーん、タスキ持ちが安定だと思って一か八かのタスキ潰しに出たんだけど……やっぱり『するどいめ』の予想は奇をてらいすぎたかぁ。マイのニューラ、ひるんだふりの隙に脱力して、積み技かな。マイの育てだから、あたしのニューりゃに当然先手は取れるとして……で、その後のは? やっぱり『かわらわり』?」

 

「……まだ、駄目」

 

「くぅー……やってくれるよね、マイ! でもスズナ、もっと燃えてきたかも!!」

 

 

 身体をバタバタと動かして、耐え切れないとでも言うようにスズナさんが拳を掲げた。

 ……え、なに? フリーアナウンサーのアオイさんみたいな丁寧な解説が欲しいんだけど?

 あたしにとっては意味が判らないまま、けれども試合は進む。スズナさんは頬をぱしぱしと叩いて気合を入れると、2つ目のボールを手に取った。

 

 

「スズナ、最後まで諦めないからねっ!! ……いけぇっ!」

 

 《ボゥンッ!》

 

「―― クゥォッ!!」

 

「―― ニュゥラ!」

 

 

 スズナさんのポケモンが飛び出し、それがバトル再開の合図となる。

 マイのニューラはボールの落下点目掛けて素早く回り込んでいた。その目の前に、どすりと現れたのは ―― ラプラス。

 

「(しかもレベル30! ニューラよりずっと上!!)」

 

 明るい青の身体と、突き出した頭につぶらな瞳。どこか穏やかさを感じさせる瞳が、体長1メートルに満たないニューラを見下ろして……動く。

 

 

「『のしかかり』っ!!」

「クォォォーンッッ」

 

 

 指示を受けたラプラスがヒレを動かして迫る。対するマイとニューラは……あっ。

 

 

「……、……」ササッ

「ニュラ」コクリ

 

 

 どうやら受けて立つらしい。

 飛び上がり、身体を浮かしたラプラスへ、ニューラが半身に向き合って。彼我の体長差は明らかだ。傍目に見ていては押しつぶされる未来しか見えない……のだ、けれども。

 

 

「クゥォォォッ!!」

 

 《ブシュゥッ》――《 ドズンッ!! 》

 

「ニュラッ!?」

 

 

 なんとラプラスは、空中で水を吐いて強制移動。その巨体はニューラを遥か飛び越えて、マイの目の前に着地した。ニューラの攻撃……拳がラプラスの落下予測地点を空振りし、驚き顔でマイを振り返る。

 ここでさらに!!

 

 

「―― からの!! 『なみのり』!!」

「クォォォン!!」

 

「……やっぱりっ……、ニューラっっ」

「ニュラ、」

 

 

 マイとニューラとの間にラプラスの巨体が着地し、ニューラもマイも慌て顔。

 けど、理解承知。マイは指示を口に出していなかった。多分あれは、噂に聞く『サイン指示』を使っていたに違いない。つまり今のラプラスは、視界を遮る事で指示を分断しているんだ!

 雪と氷に身体を(うず)めたラプラスが頭を天高くもたげて喉を鳴らす。氷がひび割れ、水が吹き上がり、辺り一面を水が埋め尽くして……雪もろともマイのニューラを押し流すっっっ!!!

 

 

「……ォォォンッッ!!」

 

 ――《《 ザバァンッ!! 》》

 

「ニュ、ラァッ!?」

 

 

 うねる波が足元からニューラを襲う。わたしの見ている観客席やマイやスズナさんの立っているトレーナーズスクエアの目の前では見えない壁が起動し、水を遮ってくれる。

 しかしフィールドは別だ。雪は押し流され、氷のフィールドは一面が割れ、下から波を立てたその成果か、淵を残して氷海を思わせる様相を呈していた。どうやらフィールドの下には水庭が隠されていたらしい。

 ……んー、と。ラプラスの『のしかかり』も鍵だよね? アレでひびを入れておいて、『なみのり』の水流操作で呼び起こす。幾らニューラでも、広いフィールドの殆どが攻撃対象では避けきれなかったに違いない。

 

 

「っ、……戻ってニューラ。……審判、さん」

「……ニュルぁあぁあ……」

 

「あ、はいっ。挑戦者マイ、ニューラ、戦闘不能です!」

 

 

 ラプラスは『なみのり』の後に悠々と浮かんでいる。大波に巻き込まれたニューラがぷかりと浮かんだ瞬間を逃さず、マイはモンスターボールへと戻す。

 目を閉じ、次のボールに手をかけると、ドヤ顔のスズナへとジト目を向けた。

 

 

「……やっぱり。……いじわる」

 

「あっはははー! ゴメンね、マイ! ……でも、マイ、あたしに遠慮してたよね?」

 

「ん」

 

 

 そうなの!?

 マイとスズナさんのやり取りに通じ合っている感覚すら覚えるけど……マイ、あれで遠慮してたのね。随分とまた、分かり辛い。

 

 

「だってさー、スズナはあくまでジムリーダーだし。ポケモンに木の実以外のアイテムは持たせられないし、レベルも手持ちも制限される。だからでしょ?」

 

「……」コクリ

 

「ふっふっふ。でもね、このコだってスズナ自慢のポケモンだし! それに地形と特性を最大限生かすための知識と、培ったエキスパートとしての戦略が、ジムリーダーにはある。だからこそあたしは『氷タイプのジムリーダー』なんだ。いくらマイだって、油断してたら負けちゃうかもよ? ねー、りゃプりゃス!」

 

「クォッ♪」

 

 

 寄ってきたラプラスの頭を撫でつつ、スズナさんはマイを挑発しているらしい。

 マイも結んだ口のへの字の傾斜を、やや急角度に傾ける。

 

 

「……ん、だいじょぶ。……あたし……約束した」

 

 

 あくまで顔は斜め下。横目に捉えたスズナさんに向かって、マイはモンスターボールを突きつける。

 ……なんかこう、今のマイからはオーラを感じるねっっ……!!

 

 

「おにぃちゃんと、全力のポケモン勝負、相応しい舞台で、する。逢うまでは……負けないの……!!」

 

「いいよー! いいよいいよ、マイ! 気合入ってきたね!! それじゃあバトル、再開しよっか!」

 

「んっ。……お願いガーディ!」

 

 《ボウンッ!!》

 

「―― ウワォォォーン!!」

 

 

 出るなり(恐らく、技ではなく)遠吠えを挙げるガーディ。待ってましたとばかりの元気ぶりだ。

 その元気さのまま、子犬ポケモンは喜んで雪原を駆け回りたいのかも知れないけれど、フィールドは著しく悪い。

 足元は砕けて水場。水上が得意なスズナさんのラプラスの独壇場だ。フィールド端に残った僅かな足場とラプラスの位置には結構な距離があるし、ガーディをどの位置からでも『なみのり』で迎え撃てる。

 これ……わたしならどう攻略するかな。少なくともガーディなら、まずは……

 

 

「……」スイ

 

「―― ワウンッ!」

 

「距離を詰めてくる。定石だね。……勝負をこの一撃に! 気合だよりゃプりゃス!! 『なみのり』っっ!!」

 

「クォォオ ―― ンン」

 

 

 マイが手を動かすと、ガーディが氷のプールと化したフィールド、その淵を走る。

 ラプラスが身体を反らしながら鳴いている。間もなく呼び声に起こされた波がガーディを襲うだろう。先のニューラの再現だ。

 けれど、先と違う部分がある。マイの落ち着き振りと、ゴスロリを際立たせるあのオーラっ!

 

 

「距離は関係ない。同じターン。……あたしのガーディは……素早い(・・・)よ」

 

 

 オーラ増し増し、ジト目はキレキレ。言う間にもガーディが ――

 

 

「ワフッ!!」

 

「跳んだっ!?」

 

 

 淵を蹴って跳んでいた。氷海を飛び越え、ラプラスに向かう放物線。牙を剥き、前足を構え。

 

 

 ――《トスッ》

 

「ワフ」

 

 

 ガーディはラプラスの背中に、乗った。

 ラプラスは人を背に乗せるのが好きな『のりものポケモン』だ。さぞや乗り易かろう。

 

 

 ……。

 

 …………ええええええーっっ、手頃な足場、あったぁぁぁあーっ!!

 

 

「クォン?」

 

「ありゃま」

 

「ガーディ。『インファイト』……」

 

「ワゥゥウンッ!!」

 

 

 《ドカバキズドム、》

 

 《《 ドンッッ!! 》》

 

 

 

 ―☆ Side End

 

 

 

「いやぁ。近年まれに見る名勝負だったねっ!!」

 

「……そう。スズねえ、強かった。けど……あたしの勝ち」

 

「あはは! マイには負けたよ! さっすが、あれの妹なだけはあるよねー」

 

「ワゥ、ワゥン♪ ガフガフ」

 

 

 スズねえが頭をがしがしと撫でてくる。満更ではないけれど、でも、髪飾りが取れそうだからやめて欲しいかも。ガーディに舐められるのは、まあ、手と顔ならいい。

 あたしが暫くそのままうつむいていると。

 

 

「―― あのう」

 

「あ、どうだったヒカリちゃん? いいバトルだったでしょ!」

 

「はい。でも少し、解説して欲しいんですが ――」

 

 

 ヒカリが傍にいて、疑問をあたし達に向けていた。ああ。嫌な流れだぞ、これは。

 あたしの嫌な予感は無駄によくあたる。そんな風に危惧していると。

 

 

「だそうだよ、マイ?」

 

「あ、の。……スズねえ……」

 

 

 無茶振りにも程がある! あたしのこの性格を知っていての所業。まさしく鬼・悪魔・スズナ!

 ……いやこの機会にあたしのこれを直そうと頑張ってくれてるのは判るんだけども。そんな想いが顔に出ていたのだろう。スズねえが間を取り持ってくれる。

 

 

「それで? ヒカリちゃんの持ち挑戦時間はあと15分だけど、解説していいの? いいんなら質問を受け付けるよ!」

 

「あ、はい。間に合いそうですし、是非。……スズナさんのラプラス、レベル30でしたよね。氷タイプですのでマイちゃんのガーディの『インファイト』が効果抜群なのはわかるんですが……ガーディのレベルは25。なんで、一撃で落ちたんですか?」

 

「へぇ!!」

 

 

 スズねえが大仰なリアクション。でも、あたしも内心ビックリしていた。中々に良い目の付け所だと思う。ヒカリのこの質問は、あたしの打った布石……隠し玉を的確に捉えているから。

 

 

「マイ、言えるかな?」

 

「あ……。うん」

 

 

 頭の中で「どう説明すれば判り易いか」を組み立てつつ、気合で唇を動かす。ぽろぽろと、僅かずつだが言葉が漏れてくれて。

 

 

「……まず、あたしのニューラ。特性が、『せいしんりょく』。怯まない。……初めは『グロウパンチ』で全抜き……ニューラだけで勝とうと、思ってた」

 

「うん。……そのぉ、『グロウパンチ』っていうのは?」

 

「……、……すずn」

 

「スズナはその技、知らないからさー」

 

「……、……。……使うたび攻撃力、あがる……積み攻撃技……。スズねえのニューラ、先出しと怯んだふりの隙に積んだ『つるぎのまい』と相乗して、倒した。ジムリだから、タスキはないから」

 

「タスキ……『きあいのタスキ』。持たせたポケモンはHPが満タンの時に受けた攻撃では、倒れない。そういうアイテムでしたね。成る程。マイちゃんのニューラは、初めから(・・・・)スズナさんのニューラよりも早かったんだね!」

 

「……」コクリ

 

 

 その通り。あたしのニューラは攻撃 ― 素早さに特化している。スズねえのニューラより早いのは想定通りだ。

 初めはそれでスズねえを全抜きしようと考えていた。タスキか特性の『がんじょう』持ち、もしくは強力な先制技でも来ない限り、ニューラで行けるだろうと。

 

 

「……でも……スズねえのラプラスに、倒された。あれは、予想外」

 

「吃驚してたよねー」

 

「いや。フィールドぶっ壊されたら普通吃驚しますよスズナさん。……それで……」

 

 

 ヒカリが先を促す。分かってる。多分、聞きたいのは、この話題。

 

 

「……まず。スズねえの技の選択、不思議に思った」

 

「あー、りゃプりゃスの『のしかかり』?」

 

「その言い辛いニックネームはなんとかならないでしょうか。なんですか、ラ行で噛むんですか」

 

「あっははー、随分昔からこの呼び方だから、難しいかな。……それで、『のしかかり』を不思議に思ったのは、なんで?」

 

「……スズねえが、ラプラスの技のレパートリーを知らないはず、ない。そのラプラス、『ひかえめ』か『おだやか』だと思うし。だとすると ―― 物理技を選択したのは、変」

 

「あちゃあ。それは確かにね」

 

「……だから……きっと何か、来ると思った。……思考する。スズねえは残り、ラプラス1体。後はない。それで、ニューラが『いやなおと』」

 

「成る程っ! 最後の1体。ボールに戻せない不退転の状況にある以上、能力低下を能動的に戻す手段を、スズナさんのラプラスは持っていない。ならばこその、『いやなおと』。防御力を下げられていたから、ラプラスは『インファイト』一発で沈んだんですねっ!」

 

 

 ヒカリの笑顔に、頷く(若干目を逸らしながら)。

 それにしても……ヒカリ、本当に凄い。あたしが兄から何度も、長い年月をかけて吸収した思考の速度を、既に持っている感じがする。一足飛びに会話が進んでいくこの感じも久しぶりだ。あたしが旅立つ事を決めて、ミィねえが居なくなってからは、話す相手も少なかったから。

 

 

「……うーん。氷を砕いた音に紛れて、『いやなおと』の音が聞こえなかったのかぁ。派手に砕いたせいでりゃプりゃスの挙動も見えてなかったし。スズナもまだまだだねっ」

 

「……そんなこと、ない!!」

 

「うわぁっ」

 

「……ごめん」

 

 

 思わず強い口調が突いて出る。吃驚させたヒカリに謝っておいて……それでも!

 

 

「でも、だって……聞こえなかったの、偶然だもの。気付いていればきっと、スズねえ、違ってた。……そもそもスズねえは、あたしより、ずっとずっと凄いトレーナー。ジムリーダーとして戦ってくれたから、持たせる道具は木の実だけ、指示は必ず口頭で、こっちの挙動を見ながらバトルをしてたし、ポケモンだって2体だけだから組み合わせを考えたバトルができなくて ―― ぺりゅぎゅ」

 

「わ、わかった。……マイちゃん、舌、大丈夫?」

 

「……らいひょぶ」

 

 

 うわぁ、締まらない!

 あたしは思わず捲くし立てていた口を閉じ、全速力で顔を背ける。……背けた先でもスズねえが笑っているんだけれど、それはさておき。

 

 

「あっはは! まぁ、マイは理想が高いもんね? でもあんまり神格化されても困るんだよなぁ……って、スズナは結構悩んでいたり」

 

「きっと目指している所が凄いんだね、マイちゃん」

 

「……ん」コクリ

 

 

 そう。あたしは約束したのだ。あの(・・)兄と、相応しい舞台で戦うと。

 行方不明となっている兄の安否については、実はあまり心配していない。あの3年間、カントーとジョウトでの行動で心配はし尽くした(・・・・・)。ここまで来たらもう、行方不明程度ではビクともしない。

 ……ん、嫌な慣れ方だけども! それに、母さんと父さんはいつもの通りに心配してる。初めの時みたいに卒倒しなかっただけマシというものだ。

 その相応しい舞台に近付く、第一歩。バッジケースに燦然と輝く「グレイシャバッジ」を見やり、あたしは1人内心でほくそ笑む。

 

 だが。

 どうやらこれで終わっては、くれないらしい。

 

 

 ――《《 ガッ、ガガガガァンッッ!! 》》

 

 

「うわぁぁッ!?」

 

「おっと」

 

「……」

 

 

 激しい爆裂音が響き、ジムが激しく揺らされた。室内を照らしていた照明が落ち、辺りは薄暗く。

 あたしは近くにあったベンチにしがみつきながらガーディをボールに戻し、周囲を確認する。キッサキジムの室内には損害はないようだ。人やジム員が倒れているけれど、物が落ちてきてもいないし、大きな怪我はなさそう。元よりポケモンバトルを前提として頑丈に作られているのが幸いしたのかも知れない。

 「ポケッチ+」を起動してラジオをつける。周波数をシンオウジャーナルに合わせ、イヤホンを左耳に。暫くすれば速報が入るに違いない。

 揺れが収まると同時、気付けばあたしの脚はジムの入り口へと向かっていた。隣にはスズねえが歩調を合わせていて。

 

 

「行くの? マイ」

 

「……ん」

 

「そうかぁ。スズナは……

 

 

《《―― ドワァァァァッッ!!!》》

 

 

 ……この通り、キッサキの街のほうを何とかしなきゃ駄目だし、神殿の管理もあるから……原因の追究はちょっと後回しになるんだよね。悪いけど頼めるかな?」

 

「……」コクリ

 

 

 申し訳なさそうなスズねえに、頷く。ジムのドアを開いたその先では、右往左往する街の人々がおり、どの人が逃げていてどの人が事態の収拾を図っているのか、まったくもって分からない。

 ……とはいえ、キッサキシティで爆発となれば穏やかじゃない事態だ。大きな音は雪崩を引き起こす。そもそも『シティ』としては大分田舎な土地で、人々はこういった事件に対する耐性もない。

 

 だからこそ足が動く。

 そうだ。心配なんてしていない。

 心配なんてしていないけれど、もしかしたら ―― こういった事件には。

 

 

「―― おにぃちゃん、居るかも……」

 

「だよねー。……音は、エイチ湖の方から響いてた。気をつけてね、マイ!」

 

「……スズねえも、ね」

 

 

 あたしはゴスロリの上に外套を羽織り、スズねえに背を向ける。

 シルフ社製の電動アシストブーツのスイッチを入れ、附属のミニスキーを四次元鞄から取り出して。

 キッサキシティを西に向かって飛び出した。

 

 

 ―☆

 

 

「あれ、行っちゃうの? ちょっと待って、マイちゃんっっ!? ス、スズナさぁん!」

 

「あー、うん。マイはエイチ湖に行ってもらったよ。あたしも動かせる人員は出来るだけ早く向かわすけど……ヒカリも行くの?」

 

「……ん、ん~……そう、ですね。放っては置けないです!」

 

「お、真面目だねー。ヒカリ、12才だっけ。マイは14才だよ。旅に出る決意をしたのはつい最近だけど、トレーナーとしてもキャリアはあるんだ。少なくともあたしが、マイを信じられる程度にはね!」

 

「じゅ、14才ですか。……えぇぇー、かなりギャップがあるんですがー……と、とにかく。年齢は関係ありませんっ、これはわたしの心意気の問題ですっ! 女の子を1人でなんて、教えに反しますから!!」

 

「おおー……教えっていうのがどんなのだか分からないけど、気合十分なのは判るよっ! ……それじゃあ、ハイこれ! あげるね!」

 

「……これは?」

 

「『げんきのかたまり』と『かいふくのくすり』。きっと危険だからね。せめてヒカリちゃんを守って、マイに元気をくれますように、って!! ジム戦は一時中断してあげる!」

 

「は、はい! ありがとうございます! ……行って来ます!!」

 

「気合入れてお願いしたよっ!」

 

 





>>スズねえのが、寒そう
 駄作者私の心の声を代弁していただきました。

>>無表情な女の子
 脳内と外見が分離しているというイメージで。

>>ミィ、ゴスロリ
 ミィ編で服の趣味がうつりました(ぉぃ
 というか、主人公の終わる1994辺りまでは、妹と過ごした時間はミィのほうが圧倒的に多いもので……

>>バッジなしの挑戦者にレベル30
 この辺りは、シンオウだけではなく他地方も含めた野生ポケモンの中央値あたりを基準としてみました。ハナダの洞窟などの特異点やレベル上限が上がってきているBW辺りを除外すると、たぶん、この辺りかと思うのですが……

>>ラプラス水吐いたけど技じゃなくて
 技ではなく吐く水を移動に使った、という感じかと。
 害意がないので技とはカウントしませんでした。はい、ご都合主義ですね。
 ……とういか実際のところ、分断されたあとの対策がなかったマイらの「次の手が遅かった(受け身の作戦だった)」というのが適切かと思います。ラプラスは1.5ターンくらいは使ってますね。
 ターン的には、

 飛びからの「のしかかり」
 →空振りをしながら振り向いて、「いやなおと」

 空振りしながら~の内に「なみのり」。スズナが声ではきはき指示を出すため、すんなりと。
 →距離と「ごちゃごちゃ」によって、ニューラ先手とれず

>>木の実、持ち物およびレベル制限、使用アイテム制限
 ゲームの通り。
 ただし、タスキを持って竜舞逆鱗したチャンピオンは例外で。あれは未来の事な上に外国なので、色々とルールも変更されていることでしょう(遠い目

>>オーラ増し増し、ジト目はキレキレ
 オーラはともかくジト目がキレキレとはこれいかに。
 ……と思っていたのですが、語感が良く、意外と想像できるかなぁ~とか楽観したので採用しました。

>>乗るなよ
 カスミさんどうぞ、歌ってくだされば

>>「あの兄」
 どの兄ですかね(すっとぼけ

>>14歳
 実は色々と齟齬が発生しています。以前書いたのが間違っている筈なので、修正をばしておきたい(願望


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