ガールズ&パンツァー~地を駆ける歩兵達~ 作:UNIMITES
読んでいただきありがとうございます
今回はあまり話の進まない日常回です。
それでは本編をどうぞ。
第63回戦車道&歩兵道全国高校生大会の第1回戦、大洗連合VSサンダース&アルバート連合との試合から4日の時が過ぎた。
試合結果は自分たち大洗連合が勝利した。次の2回戦までは少しだけ猶予があり、凛祢や大洗歩兵部隊も普通の学園生活を送っていた。
窓の外に目を向けると相変わらずの青空が広がっている。まだ信じられないと言うものだ、あれだけの戦力差がありながら勝利したなんて。
全ての第1回戦が終わり、次の対戦校も決まっている。次の対戦校はアンツィオ高校とアルディーニ学園。
どんな学校なのか知らないが、1回戦であれだけの軌跡を見せたみほならきっと勝利に導いてくれるだろう。
その時、授業終了のチャイムが響いた。
「凛祢、翼、学食行くぞー!」
「お前は相変わらず元気だな……」
「八尋らしいじゃないか」
いつもと変わらない様子の八尋が机の傍にやって来る。
そんな八尋を見て、凛祢と翼も共に学食に向かう。
学食もまた多くの生徒たちで賑わっていた。
いつものように食券を日替わり定食に交換し、席に着く。同時に塁と俊也も合流するように席に着いた。
5人はいつものように食事を始める。
「もうこれが当たり前になってるけど、俺たちって、ちょっと前まで塁や俊也とは知り合いでもなんでもなかったんだよな」
翼がそんな呟きを漏らした。
「そう言えばそうですね。僕なんて、いつも1人でお弁当食べてましたから……」
「俺だって1人で食ってたしな」
お弁当を食べている塁やきつねうどんをすする俊也もそんな言葉を返す。
「お前ら、そんな悲しいこと言うなよ……」
「俺も八尋と翼が居なければ1人だったけどな」
八尋が言うが凛祢も学園に入学したての頃を思い出して呟いた。
確かに翼の言う通り、塁や俊也は二か月ほど前に、歩兵道という共通の選択科目があったからこそ出会うことができた。
そして、自分たちは一度だが同じ思いを持って、同じ戦場を駆けた。これが「戦場が紡ぐ絆」なのかもしれないな。
凛祢は心の中でそう思った。
「そういえば午後は歩兵道の授業だけど、どうすんだ?みほさんたちは夕方までいねーけど」
「目を覚まして3日も経つから大丈夫だろう。心配し過ぎだ……」
「お前、そういうこと言うなよ、俊也」
八尋の問いに答えた俊也に翼が言った。
サンダース&アルバート連合との試合の後、麻子と沙織は黒森峰のヘリを借りて倒れた麻子の祖母の元に向かった。
現在、みほや沙織、華、優花里は、お見舞いに行くため本土に上陸している。
「まあ、今日の事は行けばわかるだろ」
凛祢もそう言って食事を続けた。
食事を終え、特製制服に身を包んだ凛祢たち歩兵部隊は大洗女子学園の校庭に建っているガレージ内に集まっていた。
「おいおい、これはすげぇな」
「こんなもの、いつの間に……」
「これ、どうしたんですか?」
「「……」」
凛祢や八尋たちだけではなく、他の生徒たちも驚いていた。
ガレージ内には5両の戦車以外に小型四輪駆動車ジープ、キューベルワーゲン、九五式小型車の姿があったのだ。
「サンダースとアルバート連合に勝利したことで大洗に援助金が入ってな」
「すみません、雄二が購入の手続きを進めてしまいまして……」
「いいだろうが!我々は前回の試合で軍用車両の重要性を思い知った。だからこそ俺は!」
「確かに俺たちの足では限界がある。どっちにしてもこれは必要なものだったかもしれませんが、相談くらいはしてほしかったです」
生徒会の3人の言葉に凛祢は本音を呟いた。
「本当にすみません」
宗司が再び頭を下げて謝罪した。
「やー、男子諸君!早いねー……って、思い切った買い物したねー英治会長」
「これ、高かったんじゃないですか?」
遅れてガレージにやってきた大洗女子学園の生徒会会長、杏と副会長の柚子が小型四輪駆動車を指さして言った。
他にも一年生の梓たちや歴史女子のエルヴィンたちも興奮気味に見ていた。
「大洗に送られた援助金の8割をつぎ込んだようです」
書類に目を通していた広報の桃が報告する。
「まあ、いいんじゃない?元々、予想外の収入だったわけだし」
「そうでは、あるんだけどな……」
いつもと変わらない杏に英治が呟く。
「ただ、1ついいですか……?」
「「ん?」」
凛祢が言うと英治と杏が振り返る。
「俺たちの中に満足に操縦できる人……いるんですか?」
「「え?」」
生徒会の6人はキョトンとした顔を見せた。
「いや、だから。車なんですから操縦手は必要ですよ?サンダースとアルバート戦の時は宗司先輩や淳、ジルに即興で操縦してもらいましたけど……」
凛祢の言葉に、八尋や翼も納得したように頷いた。
「確かに、操縦って結構難しいんですよね」
「いやー、あの時は大変だった。操作方法分からないからひたすらアクセル踏んで、適当にハンドル操作してたし」
「本当に難しかった……あれって無免許運転だったんじゃないかな?」
宗司、淳、ジルも思い出しながら呟いた。
「いや、それは、その……」
「考えてなかったんですね……」
雄二の様子に凛祢はため息をついた。
「会長、そろそろ教官が」
「そうか。みんなこれから照月教官がお見えになるからな」
宗司の報告を聞いた英治がみんなに向けて言った。
「まじかよ…」
「あの人、嫌いなんだよな……」
嫌そうな表情を浮かべた八尋と俊也が小声で呟いた。
校庭に整列して数分後、いつものスーツ姿で照月敦子が現れた。
「久しぶりだな、大洗男子の生徒の諸君。こうして顔を合わせるのは一か月ぶりくらいになるな」
「はい!お久しぶりです、照月教官!」
敦子の挨拶に歩兵部隊は大声で返事をする。
「大洗女子の生徒も……って、西住たちはどうした?」
「現在は用事で、本土の方に行っています!夕方には戻ると」
敦子の質問に凛祢が答える。
「そうか、まあいい。それほど重要な話があるわけでもないしな」
敦子は全員の顔を確認した後に、生徒たちの前に立った。
「まずは、1回戦突破おめでとう。優勝候補の1つであるサンダース&アルバート連合を破ったのは正直、驚いた。だが、お前たちはこれからもっと厳しい戦いを強いられる」
「……」
歩兵部隊だけでなく、戦車部隊員たちも真剣な表情で敦子の顔を見つめる。
「次も勝つ気はあるか!?」
「はい!」
「優勝を目指す気があるか!?」
「はい!!」
敦子の声に歩兵部隊だけでなく戦車部隊員たちも返事をした。
「よし、わかった。お前たちの為に私も全力で訓練に付き合ってやる、気合を入れて行けよ!」
「はい!!」
敦子と大洗連合の生徒たちの声が校庭に響いた。
「優勝か……」
「俺たちはバスケでも逆境を越えてきただろ!」
「ふん、漣に同感だ」
「頑張っていきましょう!」
気合十分であるバスケ部チームのオオワシ分隊。
「優勝したらバレー部復活だ!」
「「「おー!」」」
隣にいたバレー部のアヒルさんチームも空に向けて拳を上げた。
「我々の栄光は戦いの先にある!」
「僕たちの快進撃は始まったばかりだ!」
歴史好きで固まったカバさんチームのエルヴィンとワニさん分隊のアーサーが言った。
一年生チームのウサギさんチームとヤマネコ分隊も盛り上がっている。
「みんな、やる気だな」
「勢いがあるのはいいことですよ」
「勢いで何とかなるほど甘くねーだろ」
「俊也、お前はまたそんなことを……」
「……」
ヤブイヌ分隊のメンバーも思わず呟く。
初の公式戦で大洗は素人とは思えない戦いを見せた。
元々、素質のあった英治や俊也だけではない。サバイバルゲームという戦場の経験を生かした八尋と翼、剣道や格闘術で実戦に向いていたアーサーやシャーロック。その他にも塁や淳、翔の様にC-4爆弾の使用に慣れてきた者たち、更にヤマネコ分隊にも大きな成長が見られた。
チームとして成長しつつある大洗連合を見て凛祢はそう思っていた。
その後、教官直々に考えた訓練によって凛祢たち大洗連合は授業終了時間までしごかれ続けた。
訓練後、学園近くの銭湯で汗を流した凛祢は八尋たちと別れ、1人帰路を歩いていた。
久しぶりに……2年ぶりに公式戦に参加した。
巻き起こる爆風に、耳を刺す甲高い銃声。硝煙の香りと体中を巡る痛み。
その全て今でも鮮明に覚えている。
「凛祢!今帰り?」
不意に呼ばれ振り返る。そこには照月英子の姿があった。
制服姿で鞄を持っているということは彼女も今帰りなのだろう。
「ああ、そうだけど。英子もか?」
「うん、今日は歩兵道の授業があったんでしょ。修行はどうするの?」
「やるよ、俺はまだまだだ。もっと強くならないと」
凛祢は夕暮れ空を見上げる。
聖グロ&聖ブリ戦の時もアルバート戦の時も自分は満足に戦えていない。
「本当に、頑張るわね。ま、付き合ってあげるけど……」
「悪いな、俺のわがままに付き合わせて」
「お姉ちゃんと約束したしね。サンダースとアルバートに勝ったんだから、次も勝ちなさいよ」
「ああ、勝つよ。俺にもケンスロットたちとの約束もあるしな……」
凛祢と英子は言葉を交わして帰路を歩いていった。
翌日、午前の授業からの戦車道と歩兵道の授業を終え、凛祢たちは昼休みを迎えていた。
鞄から、あらかじめコンビニで購入しておいた昼食を取り出し、ガレージ内のⅣ号や銃火器に目を向ける。
「やっぱり……キツイよな」
凛祢はガレージ内で1人でカロリーメイトを齧っていた。
武器が貧弱なら知恵を絞ることで歩兵道ではいくらでも勝利の糸口があった。人間相手なら同じ人間で対抗することはできたからだ。
だが、これは戦車道と歩兵道が合わさったもの。
人間では戦車どころか、自動車にも勝てない。そんなこと考えなくても分かること。
武器だけでなく戦車の能力すらも下なら、どうすればいい。
せめて、もう少し……戦車の数と歩兵の装備を増やせればいいんだが。ヒートアックスを扱えるのも工兵である自分のみ、どうすれば……。
「お、やっぱここじゃん」
「凛祢さん!」
声の方向にはみほや八尋がおり、こちらに目を向けていた。
「……どうした?」
凛祢は銜えていたカロリーメイトを口から離して問う。
「どうした、じゃねーだろ」
「みほさんたちと、いっしょに昼食を食うって言っただろ?」
「あれ、そうだっけ?」
八尋や翼に言われて、記憶を探る。
そんな話もあったような、なかったような……。
「あの、凛祢さん。お昼、それだけですか?」
「ん?ああ、そうだけど……」
「えぇ、嘘!?それだけじゃお腹空いちゃうじゃん!」
「凄いですね、凛祢さん」
みほの問いに答えると沙織と華が驚いた顔を見せた
「そうでもないぞ。カロリーメイトは栄養分も十分だし、ダイエットにも使えるらしいって聞いたことがある」
「え?それ本当!?」
凛祢の言葉に沙織が目を輝かせている。
カロリーメイトは「総合栄養食」であり、ブロックタイプなんかは特にカロリー計算しやすいとか昔聞いたんだよな。鞠菜に。
その鞠菜自身も多忙な人間だったため、よく食べて出かける姿を見たことがある。
「ダイエットって……」
「……沙織殿、体重が気になっているんですか?」
塁と優花里が沙織を見て言った。
「流石に、1日歩兵道の授業だってのにカロリーメイト2本じゃ空腹にもなんだろ?これくらい食っとけ」
「……悪いな、東藤」
俊也はコンビニの袋から梅干し入りのおにぎりを1つ投げ渡す。凛祢もそれを素直に受け取る。
自動車部と整備部の使っている休憩用のブルーシートを敷いて、凛祢たちは買ってきたコンビニ商品とお弁当などを広げる。
「凛祢、俺の買ってきた串カツも1本やるよ」
「ああ、そうか。サンキュ」
八尋も袋から取り出した串カツを手渡す。
凛祢も感謝の一言を述べた後、串カツを口に運ぶ。
翼はコンビニ弁当を3つも手元に置いている。その隣にいる華の手元にも大量のサンドイッチがあった。
翼もよく食べる奴ではあるが、華も相当なものだな。
塩分とか色々大丈夫か?という言葉が出そうになるが、口にはしなかった。
「やっぱ、この串カツうめーな」
「確かに……何本でもいけるよな」
八尋が串カツの美味しさに浸っていると俊也が横から手を伸ばし串カツを1本食べる。
「あ、トシ!テメー勝手に!」
「いいだろ、別に。俺のからあげくんも1個やるから」
「お、サンキュー。唐揚げもうめー」
八尋は食べ終えた串カツの串を鶏のパッケージの箱の唐揚げに刺して口に放り込んだ。
「そういえば新聞部の出してた新聞読みました?」
「新聞?あー学園のどうでもいいこと書いてるやつな」
「俺なんて読んだことすらねーよ」
塁の質問に八尋と俊也は興味がないように返して食事を続ける。
「なんか書いてたのか、塁?」
「はい、僕たちやみほ殿たちのことが大きく記載されていたので……」
翼が言うと、塁は少し鞄を探った後、新聞を取り出した。
「私たちのこと、ですか?」
「なになに?私たち新聞に載るくらい有名人!?」
「沙織さん、落ち着いて」
「沙織、うるさい」
みほや沙織もどうしてと言わんばかりに問い掛ける。その隣でパンを口に運ぶ麻子が文句を言った。
「どれどれ……」
凛祢が受け取った新聞に目を通す。
隣にいたみほも覗くように体を寄せてくる。
女子特有の香りと言うか、シャンプー?の香りを感じた。
新聞には、確かに凛祢やみほたちの事が載っていた。
「「……」」
凛祢もみほも無言で記事を読む。
「おい、凛祢。俺たちにも見せろ」
「あ、悪い……」
八尋に言われ、凛祢は新聞が全員に見えるよう中心に広げる。
「『大洗、1回戦勝利!快進撃の始まりか!?』って、戦車道と歩兵道の事じゃねーか」
「随分、調べられてますね」
「ウチの新聞部……調べるの早いな」
新聞に目を通した八尋や翼、優花里が呟く。
「新聞はいいんだけどさ。本当に勝ったんだな、俺たち」
「本当にギリギリだったけどな」
八尋が確認するように言うと俊也が言葉を返した。
確かに、俊也の言う通りだ。結果的には勝ったが、本当に危険な橋渡りだった。
「凄かったね」
「ああ……俺は、俺たちは戻ってきた。戦場に」
みほの声に答えるように凛祢は小さく呟いた。
「勝たなきゃ、意味ないんだよね」
「そうですか?」
「え?」
下向いて絞り出したみほの言葉を優花里が否定した。
「楽しかったじゃないですか」
「うん」
「確かに。サバイバルゲームよりも遥かに緊張感があって、被弾の痛みも段違いだった」
「実弾ですからねー。でも、すっごく楽しかったです!」
優花里の言葉に沙織と八尋、塁が同意するように言った。
「お前ら……」
「サンダース&アルバート連合との戦いもグロリア―ナ&ブリタニア連合との戦いも、それから訓練も、戦車の整備も、訓練帰りの寄り道もみんな楽しかったです!」
優花里は今までの事を思い出しながらみほと凛祢に向かって言った。
「別に寄り道はたのしくなか――もごっ」
「今いいところだから。お前は黙ってろ」
俊也の発言を遮る様に翼が串カツを俊也の口に押し込む。
「最初は狭くてお尻痛くて大変だったけど、なんか戦車に乗るの楽しくなった」
「俺も歩兵道が楽しいと思えた。仲間との連携や強敵との戦いも全部含めてな」
沙織と翼も同意見であった。
「……」
「そういえば、私も楽しいって思った。前はずっと『勝たなきゃ』って思ってばかりだったのに……だから負けた時、戦車から逃げたくなって……」
みほは去年の第62回戦車道&歩兵道全国高校生大会、決勝戦のことを思い出す。
「私、あの試合見てました!」
優花里は身を乗り出して言った。
知っているのは優花里だけではない、塁や凛祢も知っている。その戦いを中継で見ていたからだ。
「あれは凄かったですよね。凛祢殿は去年の試合は知ってるんですか?」
「知ってるよ、中継で見てたからな」
塁の質問に答えて凛祢は缶コーヒーを飲んだ。
「あれは激戦だったと思う。あんなことがなければ……」
凛祢も去年の黒森峰連合の決勝戦の事を改めて思い出す。
「みんな……私ね、黒森峰にいた時、こんなことがあったの……」
みほは話すべきだと思ったのか、辛い過去を思い出して話始めた。
決勝戦の対戦カードは黒森峰連合VSプラウダ&ファークト連合。
どちらも学園も戦車の性能は高い。歩兵の戦いも苛烈を究めるものだった。
試合中に天候は悪化し豪雨。戦況も消耗戦にまで発展した。
だが、黒森峰連合の戦力は僅かにプラウダ&ファークト連合を上回っている。
次の作戦で決着をつけると考えた両校。だが、それが悲劇への入り口だった。
決戦を決めた黒森峰連合が先に動いた。しかし、策においてはプラウダ&ファークト連合が一枚上手であったのだ。
逆にプラウダ&ファークト連合が渓谷地帯に陣取っていた黒森峰連合のフラッグ車たちに奇襲をかけた。いつもの黒森峰連合ならば対応しきれただろうが、その時は違った。
フラッグ車の前方にいたⅢ号戦車が回避行動を取ろうたとき、雨によって谷を滑り落ち、川へと水没したのだ。
この時、フラッグ車から降りた1人の女子生徒は急いで谷を下り、Ⅲ号戦車の元に向かった。
この女子生徒こそが当時のフラッグ車の車長であった西住みほだ。
車長がいなくなったフラッグ車はその場に立ち往生し、混乱しはじめたところに集中攻撃を浴びた。結果として黒森峰連合は敗北。
みほの行動は戦車道をする者にあるまじき行為だ。車長が戦車を下りて救助に向かうなんて、あり得ない。歩兵が助けに向かうならまだしも、豪雨によって増水していた川に飛び込むなど自殺行為だ。
試合後、審判側の状況確認に問題があったと謝罪し、再戦が検討されたらしいが。西住流家元にしてみほとまほの母、西住しほが断ったそうだ。
よって、黒森峰の10連覇の道を逃す結果となった。
「「「……」」」
「マジかよ……」
他の者たちはみほの話に言葉が出なかった。思わず呟いた八尋以外は。
「私のせいで負けちゃったんだ。10連覇も逃して、黒咲さんやお姉ちゃんにも迷惑かけて」
「本当に……そう思うのか?」
辛い過去を語ったみほは言葉を続けていると、凛祢が問い掛けた。
「……え?」
「確かにみほの行動は正しかったとは言えない。だが俺は、間違ってはいなかったと思う。それにそう思うのは俺だけじゃない」
「私も、西住殿は間違っていなかったと思います」
「僕もです。助けてもらった選手だって感謝してると思います」
凛祢に続くように優花里と塁が言った。
「秋山さん、凛祢さん、塁さん。ありがとう」
「凄い!西住殿にありがとうって言われちゃいました!」
みほに感謝された優花里は感激のあまり癖毛を撫でまわし、体をくねらせている。
「……」
「どうしたトシ?」
「別に……そろそろ、午後の授業が始まるだろうから行くぞ」
八尋が言うと、俊也は腕時計に目を向けた後に立ち上がった。
俊也は凛祢の様子を何かを感じ取った様子だった。
「もうそんな時間か……なぁ、そろそろ戻ろうぜ」
「ああ、遅刻する訳にもいかないしな」
「そうですね」
「あーあ、もうお昼休み終わりかー」
八尋や翼、沙織たちも立ち上がり次々にガレージを出ていく。
最後に残った凛祢は一度、振り返りⅣ号に目を向けた。
自分だってかつて歩兵道を『楽しい』と思っていたはずだ。だが、今の自分は心から歩兵道を楽しいとは思えなかった。
あいつは……聖羅は今、歩兵道を楽しいと思っているのだろうか。自分は……いつから歩兵道を楽しいと思えなくなってしまったのだろうか。
それでも、みほの……彼女の戦車道と思いを守る。
彼女は過去を乗り越えようとしているのだから。
「凛祢さん?どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない。行こう」
見つめるように顔を覗くみほに気づき、笑顔で答えると共に学園へと向かった。
午後の訓練と英子との覇王流の訓練を終えた凛祢は疲労感を感じながら布団の上に倒れる。
今日はいつも以上に疲れた気がする。
英子の修行がいつも以上に厳しかったからかもしれないな。
もう少しだ、もう少しで無拍子に辿り着ける。
凛祢の目線は自然と仏壇に向いていた。視線に鞠菜の写真が写る。
「鞠菜……」
一言、彼女の名を呼んだ。いや、無意識に呼んでいた、と言う方が正しい。
「あんたが生きていたら、俺は……」
続くように呟くと、テーブルに置かれた携帯端末が揺れた。
「誰だ?こんな時間に……」
立ち上がり、テーブルの携帯端末を操作する。
「英治会長?……もしもし」
画面に写る名前に少々驚くが自然に電話を耳に当てる。
「葛城だな?悪いな、夜遅く。もう寝ていたか?」
「いえ、これから寝ようと思ってました」
思わず友人のような感覚で会話をする。
「そうか。明日の歩兵道で戦車と歩兵用の武捜索の許可が取れたから連絡しておこうと思ってな」
「そうですか。他のみんなにも俺から伝えておきますね」
凛祢は少し安心したように息を吐く。これで、少しは戦力アップすることができるかもしれない。
「ああ、そうしてくれ。……葛城」
英治は小さく名を呼ぶ。
「どうかしたんですか?」
「……いや、なんでもない。俺の友人も戦車道をやりたいと言ってきたから、1両くらいは戦車を増やしたいと思ってな」
「そうですね。俺たちの武装も少しは増やせればいいんですけど……」
「そうだな……。おっと、悪い。無駄話をしてしまったな。じゃ、明日学校でな」
「はい」
凛祢は通話を終えて、再び携帯端末をテーブルに置くと布団に戻る。
鞠菜の写真を再度見た後、眠りについた。
一方、通話を終えた英治は歯切れの悪そうな顔でにベッドに倒れる。
すぐに、携帯端末が鳴った。相手を確認して、通話に出る。
「葛城君と話したの?」
「結局、本題は話せなかったよ。セレナ」
通話の相手はセレナだった。
「そう。でも、真実を伝える事だけが正しいとは限らないわ。真実を伝えないまま優勝すればいいんだから」
「簡単に言ってくれるな……それが大変だってのに」
セレナの無茶な発言に、英治はため息をついた。
「優勝するのに変わりはないんだから。ま、戦車が見つかったなら私も手伝ってあげるわよ」
「見つかれば……の話だがな」
英治とセレナはそんな意味ありげな会話を続けた。
翌日、大洗女子と大洗男子の生徒会の提案で「戦車と歩兵用武装の捜索」が行われることとなった。
凛祢やみほたち全員による戦車と歩兵用武装の捜索の準備をしている。
集合時間から少し遅れて生徒会メンバーがガレージ前に現れた。正確には生徒会6人の他に2人の女子生徒の姿があった。
「みんな集まっているみたいだな」
「みんなー、ちゅうーもーく」
英治と杏がそう言って全員の注目を集める。
「あれ?凛祢、あの娘って……」
「あ?……え」
八尋に言われて凛祢も目線を資料から生徒会に向ける。
生徒会と共にいた女子生徒の顔を見て、目を疑った。
「新しく戦車道を履修することになった、秋月さんと照月さんです」
「秋月よ。よろしくね!」
「照月……です。よろしく」
柚子に紹介され、2人も挨拶する。
紫の髪の毛が特徴的な秋月という少女は知らないが、もう一人は知っている。
そう、1人は現在自分の修行に付き合ってくれている少女……照月英子だった。
秋月と名乗った生徒とは異なり英子は凛祢から目を逸らすように挨拶していた。
「英子!?お前、なんで!?」
「あれ?葛城君、照月ちゃんと知り合いなの?」
「杏。ちゃん付けで呼ぶのやめてってば」
声を上げた凛祢を見て杏が問い掛ける。杏の呼び方が気に食わないのか英子は杏を睨んだ。
「知り合いというか……なんというか」
「柚子、桃。私と凛祢のことはいいから。話を進めて」
答えに困っている凛祢を見て、英子は助け舟を出すように言い放つ。
「う、うん。わかった」
「では、葛城から聞いていると思うが。今日、我々は訓練ではなく戦車と歩兵用の武装を捜索することにした」
柚子と桃が今日の予定を説明し始める。
「みんなには、それぞれ別れて捜索に向かってほしいんです」
「時間は限られているからな。気合入れて探せ」
続くように宗司と雄二も口を開く。
「戦車と武器探しかー……そういえば俺たちの歩兵道は戦車と武器探しから始まったよな」
「そうだったな。でも、前回で結構探し回ったってのに次はどこを探すんだ?」
「確かにそうですよねー。手掛かりなしに探し回っても見つかるとは思えませんし」
八尋や翼、塁が当時の事を思い出していた。
「東藤は、なにかいい意見とかあるか?」
「んあ?まだ行ってない場所にを探せばいいだろ」
東藤は淡々と言い放った。
「行ってないところって言われてもな……」
「そうだぜ、トシ。お前は知らねーだろうが俺たちは結構探し回ったんだぜ」
悩む八尋と翼を見かねた俊也はため息をついた。
「だったら昔の記録を確かめればいいだろ?有名な武道なら記録ぐらい残ってんだろ」
「ああ、その考えはなかった」
「俺も、資料なんて調べてなかったな……英治会長、戦車道と歩兵道の記録は残ってないんですか?」
俊也の発言に八尋と塁は納得したように頷いた。凛祢も英治に問い掛ける。
「記録についてか……宗司、資料を」
「はい。正直、情報はゼロですが」
英治に呼ばれ宗司は資料を持ってこちらにやって来る。
手渡された資料にはⅣ号や38tの情報、大洗女子学園の地下武器庫の存在について書かれていた。
他にも少しだが情報が書かれているが10年も前の資料では現在どこにあるかなど分かるはずもなかった。
「確かに、学園艦内に存在しているだろうが。どこにあるかなどは分からない。行方不明なのさ」
「これは最初と変わらないですね」
「それでも探すんだ!」
お手上げといった感じの英治に凛祢も思わず苦笑いした。隣にいた雄二は強気に言い放つ。
「やるしかないのか……」
「まあ、そうなるよな」
「情報は結局ゼロだけどな」
「前回も見つけられたわけですし、頑張りましょう」
続くように俊也、八尋、翼、塁も呟いた。
その後、チーム分けをして、それぞれ捜索のために散っていく。
大洗女子学園、旧部活棟にやってきた俊也、みほと麻子、バスケ部員とバレー部員。
「戦車なんだからすぐ見つかりますよね」
「んー、どうかな?前回も大変だったしなー」
自信ありげな典子の声に、辰巳は難しそうな顔をしていた。
「もー、どうして辰巳君はそういうこと言うかなー」
「そうですよー、辰巳さんは性格がひねくれているんじゃないですか?」
「え、そこまで言うか?」
典子とあけびが辰巳をジト目で見つめた。辰巳も少々、戸惑った顔を見せていた。
「手掛かりはないのか?」
「冷泉先輩、刑事みたい」
眠そうに呟いた麻子に対して、忍が笑みを浮かべて言った。
「それが、部室の場所が変わったみていで、よくわからないんだって」
「おいおい、そんな感じで大丈夫か?そもそも部室棟が、戦車道や歩兵道に一体何の関係があるんだ?」
みほの答えに続いて俊也が問い掛ける。
「今の俺たちや磯部さんたちみたく、昔にも部活しながら戦車道と歩兵道やってた生徒もいたみたいでさ」
「そういうことがあったなら部活棟にもあるかもしれないってことです」
漣と淳が説明して部室の古びた扉を開けた。
時を同じくして、大洗女子学園の校庭には塁と優花里、歴史男女チームの姿があった。
「で、どうするんですか?」
「東が吉と出たぜよ」
「いや、北だね。私の推理では北に求めるものがある」
優花里の問い掛けにおりょうとシャーロックが答える。
しかし、2人の答えは食い違っていた。
「東ぜよ!」
「北だね!」
また、2人が言い合い、睨み合う。
「エルヴィンはどう思う?」
「どうと言われてもな……」
アーサーの言葉にエルヴィンも少し考える仕草を見せる。
「あの、北と東に何かあるとしたら北東に行ってみるのはどうでしょうか?」
そんな中で塁が提案すると、全員の視線が塁に向いて数秒間の沈黙が流れる。
「すいません……何でもありません」
「「「それだ!」」」
急にエルヴィンたちが叫ぶ。
「え?」
「流石、坂本。冴えてるじゃないか!」
「その考えはなかった……」
「最高にクールな考えだと思うよ」
固まる塁に続くようにアーサーや景綱、ジルが褒め称えていた。
また、時を同じくして八尋と沙織、一年生の男女たち12人は学園艦の内部にやってきていた。
「凄ーい。ここなに?」
「うわー、船の中っぽい」
「船の中だもん」
「なにを当たり前なことを」
「こんな風になってるなんて知らなかった」
学園艦の深部に入るうさぎさんチームとヤマネコ分隊のメンバーが興奮気味に感想を述べている。
「先輩、そもそもなんで船なんですか?」
「大きく世界に羽ばたく人材を育成するためと……」
「生徒たちの自主独立心を養うためだった気がする。でも、これだけの大型の船をよく作ったよな」
「確かにね。大人の考えることはわからないけど私たちも大人になったらわかるのかな?」
亮の質問に沙織と八尋が答える。
「「お疲れ様でーす」」
八尋と沙織が挨拶を交わしながら大洗とは異なる制服の生徒とすれ違う。
学園艦を運航を担当している船舶科と呼ばれる科の生徒たちだ。
「あの、戦車知りませんか?」
「戦車かどうかわからないけど、何かそれっぽいのを何処かで見たことあるよね?どこだったけ?」
「もっと奥の方じゃない?」
船舶科の女子生徒は、歩いてきた方を指さした。
「よし、行ってみよう!」
「ありがとう、お嬢さん方ー」
沙織が歩き始め、八尋も船舶科の女子生徒にお礼を言った後に学園艦の深部を目指して奥へと向かった。
更に生徒会室では翼と華、生徒会メンバー6人がその他の資料を調べていた。
そんな中でも杏は備品のソファーに寝ころみ、寝息を立てていた。
そんな杏を見て、英治が思わずため息をついている。
「杏会長……本当にONとOFFの激しい奴だな」
「あれで、生徒会長が務まるのですから凄いですよ」
「まったくだ」
英治に続くように宗司や雄二も呟いた。
「戦車道と歩兵道って昔からやっているんですね」
「そうね、1920年代頃から」
資料を読んでいた華と柚子が話し合っていると。
「まだか!」
桃の刺すような声が生徒会室内に響いた。
「まだ見つからないのか!?」
「少しは落ち着いとけよ」
そんな落ち着きのない桃に、翼も思わず呟く。
「それにしてもないですねー」
「流石に、処分されちまったか?」
宗司や雄二も資料を読み漁るが有力な情報はなかった。
「でも、処分されていたらその資料も残っているはずだけど……」
「そうなんですよね」
「みんなでやれば見つかりますよ!」
柚子の言葉を聞いて翼と華が読み終えた資料を置いた。
「ま、果報は寝て待てと言うしな。杏会長みたく寝たりはしないが……」
英治は杏の可愛らしい寝顔を見て言った。
一方、凛祢と英子、秋月は八尋たちとは別に学園艦深部を目指して捜索していた。
この3人で捜索することになった理由は凛祢が英子と知り合いであったこと、それだけだ。
そんな理由でチームを決められるとは思わなかったが、捜索範囲を広げるためには仕方がなかったのだろう。
戦車だけならまだしも、歩兵用の武装も捜索するとなったら女子だけで捜索するのも大変だからという生徒会の考えだ。
「英子、どうして戦車道を?」
「私だってやりたくて来たんじゃないわよ。そこにいる秋月に無理やり連れてこられただけよ」
凛祢の質問に英子は秋月のほうを睨む。
「口ではそう言ってるけど、選択科目を戦車道に変えたってことは少しは興味あったんじゃないの?」
「別にそう言うわけじゃ……興味はあったけど」
秋月は笑みを浮かべてからかうような言い方した。英子も否定するような発言をするが、小さな声でそう呟いた。
「俺が言うのもなんだが、無理にやらなくてもいいんだぞ?」
「そうよ、今ならまだやめてもいいのよ?」
「やるってば!はいはい、私は戦車道に興味がありました!これで満足?」
凛祢と秋月の言葉に英子は少々怒ったのか投げやりにそう言った。
「そんな怒るなよ……」
「そうよ。そんなに怒ったらかわいい顔が台無しよ」
「うるさいわよ!……それより戦車を探すって、実際どうするの?」
英子の質問に悪ふざけを見せていた秋月の表情も真剣な顔に変わった。凛祢も同様に考える様子を見せる。
「葛城君、前はどんな感じで探したの?」
「どんなって言われてもな。ひたすら探し回っただけだよ」
「これだけ広い学園艦の深部を全部を探すなんて無理でしょ。杏の考えることは本当に無茶ね」
英子は周りを見渡しながら不満を口にした。
彼女の言い分も分からなくもない。これだけ大きな船の中を情報なしに探し回るのは正直無茶だ。
それに自分たちは深部の方の構造のことをよく知らない。下手をすれば迷って帰ってこられなくなるかもしれない。
というか英子は杏と呼び捨てにしてるあたり、知り合いなのだろうか?杏会長も英子をちゃん付で呼んでいたし。
「で、どうするの?」
「……」
考えもなしに深部に向けて歩みを進めていた凛祢たち。
前方の十字路を数人の生徒が走り過ぎていく。
「なんだ、今の?」
「船舶科の生徒でしょ。遅刻でもしそうなんじゃない?船舶科って私たち普通科と違って学園艦の運航で忙しいらしいし」
「ふーん」
英子の説明を聞いて凛祢は納得したように声を漏らした。
数人の船舶科の生徒が通り過ぎて行った十字路に、また生徒が現れる。
同じように船舶科の制服に身を包んでいた。
凛祢たちの姿を確認すると、こちらに向かって歩いてきた。
「あら、こっち来たわよ」
凛祢の後ろを歩いていた秋月が呟く。
その男子生徒は凛祢たちの前で歩みを止めた。そして、凛祢や英子、秋月の顔を順に見た後に口を開いた。
「普通科の生徒が、ここで何をしてるんだ?今は授業中だろ?」
「こっちにもいろいろあってな」
男子生徒と凛祢たちがお互いに目を見合った。
「まあいい。ここで何をしているんだ?」
「私たちは戦車を探しているの」
「他にも武器……拳銃とか小銃をね」
問いかけに英子と秋月が答える。
「戦車に武器?君たち、もしかして戦車道と歩兵道とかいう変な選択科目を選んだ連中か?」
「変な、って……まあ、そんなところだ」
「戦車と銃ねぇ……この先に行ってみな。先生なら何か知ってるかも」
男は少し考えた後、思い出したように呟いた。
「そうか、ありがとう」
「まあ、頑張れよ」
船舶科の生徒は挨拶をして去って行った。
「先生って、誰よ?」
「私が知るわけないでしょ」
「行けばわかるって言ってたし、行ってみるぞ」
教えてもらった方向に凛祢が歩き出すと英子と秋月も追うように歩き出す。
奥に進むにつれて、通路を照らしていた明かりも少なくなっていく。
「ちょっと、大丈夫なの?」
少し不安になり始めたのか英子がそんな言葉を口にした。
それでも進み続けること数分。重々しい金属製の扉が目の前に現れる。
扉のプレートには「船舶科、楯無」と刻まれていた。
「ここなのかしら?」
「ま、入ってみよう。失礼しまーす」
秋月の言葉に凛祢の右手が扉を開いた。
思った通り少し重量を感じさせる扉はゆっくりと動く。
3人の視線に写る室内は真っ暗だった。が起動しているPCだけが室内を軽く照らしている。
「なんで、電気ついてないのよ」
「知らないわよ……」
「居ないのかな?」
室内に侵入した3人はそれぞれ室内を見渡す。
「にしても、広い室内ね。ここって職員室かなんか?」
「それはね。私の寝室でもあるからだよ」
「へぇー……って、誰!?」
隣に現れた白衣姿の女性に英子は驚き、声を上げた。
「はっはっは。こんなところに普通科の生徒が訪問してくるとはね」
女性は笑い声を上げながら机の前にあった椅子に座り込んだ。
「あの、あなたは?」
「私は楯無。船舶科の教員だよ、科学も担当しているがね。君たちは……うーん、そうか。普通科2年の葛城君、普通科3年の秋月さんと照月さんだね」
「なんで、私たちの名前を?」
「はっはっは。学園の生徒の名前と顔を覚えるのは教師として当然なのだよ。たとえ普通科の生徒でもね」
楯無教諭はそう言って、PCを操作し始める。
「それで、なにか用があったんじゃないか?」
「はい。この辺で戦車を見ませんでしたか?」
「戦車……もしかして戦車道や歩兵道用のものかい?」
「はい」
楯無教諭は知っているように問うと凛祢も返事をして頷く。
「んー、どうだったな……昔は盛んだったらしいが大洗戦車道の花も枯れてしまったからねー」
楯無教諭は立ち上がり、棚のほうに歩いていく。
棚から理科用のビーカを4つ取り出すと、4人分のコーヒーを淹れ始める。
「インスタントで悪いね。砂糖は居るかな?」
「「いえ……」」
「お構いなく」
凛祢たちはコーヒーの入ったビーカーに口をつける。
コーヒーをビーカーで飲むとは、なんとも新鮮な気分だな。
「楯無先生、コーヒーは美味しいんですけど。俺たちそろそろ」
「おっと、そうだったね。でも、何もしてやれないのも悪いしな……ちょっと待ちたまえ」
楯無教諭は携帯端末を取り出した。
通話を始めたかと思えば、数分で通話を終える。
「この先をまっすぐに行ってみたまえ。船舶科の生徒が待っているよ」
「え?それって」
「安心したまえ。説明はしておいた、きっと力になってくれるさ」
凛祢たちは楯無教諭と別れて、案内された方に向かう。
「なんか、変わった先生だったわね」
「まあ、悪い人ではなかったけど……少し変わってたな」
英子の言葉に凛祢も言葉を濁して言った。
楯無教諭からは何か……鞠菜と似たものを感じた。
また、しばらく歩いていくと船舶科の男子生徒の姿があった。
「君たちが、楯無先生の言ってた生徒か……俺は衛宮不知火(えみやしらぬい)。君、かわいいね!結婚してほしいんだけど」
不知火と名乗る男子生徒は英子を見て、そんな事を口にした。
「は?」
「なっ!?」
英子と凛祢は耳を疑った。
彼は今、「結婚してほしい」と口にしたからだ。
「赤くなった顔も可愛いね」
不知火はそう言って英子に手を伸ばす。
が、その手は英子に触れる前に払われた。
「おい、ふざけてるのか?冗談はやめろ」
「凛祢……!」
英子と不知火の間に割って入る様に立つ。
「おいおい、そんな怖い顔するなよ。船舶科にはそんなにかわいい子がいないから、ついー」
「……で、戦車や銃のある場所を知ってるのか?」
「知ってる知ってる。暇つぶしに色んな場所行ってたからな。ほらついて来いよ」
不知火は歩き出す。
「英子、大丈夫か?」
「私、あいつ嫌い……」
「衛宮君、嫌われちゃったわね……」
英子は凛祢の後ろに隠れるように不知火の後を追う。秋月もその隣を歩く。
不知火に案内されたのは、船舶科の大型倉庫だった。
だが、そこは長い間使われていないのか、埃だらけであった。
「汚っ!」
「あらあら」
英子と秋月が同様に驚きの表情を見せていた。
「ここは?」
「今は使われてない船舶科生徒用の倉庫だよ。生徒用の部屋から遠いから数年前から誰も使わなくなったらしいけど」
不知火の指している先を英子がライトで照らすと、それはあった。
最近、何度も見ている迷彩色。細いがしっかりと車体から伸びる砲、古びているが重量感のある転輪。
「あれは……」
「『九七式軽装甲車』ね。てか、凄い場違い感ね」
「あら、英子。よく知ってるわね」
「別に……」
英子と秋月はそう言って九七式の傍に歩いていく。
「なあ、お前も銃を探してるって言ったよな?」
「そうだけど?」
「そんな身構えんなって、ちょっと来てくれ」
不知火に連れられ凛祢も倉庫内の奥に進む。
「これは俺が、見つけたものなんだけど……」
「これは……」
倉庫内にあった十数個のロッカーを次々に開けていくと銃が姿を見せていく。
拳銃『トンプソン・コンテンダー』と短機関銃『キャリコM950』にグレネードランチャー『MGL-140』、短機関銃『AR-57』、拳銃『スプリングフィールドXD』など意外にも高性能な銃が揃っていた。癖のある銃もあるが。
他にも色々な銃が置いてある。
「これを1人で見つけたのか?」
「そうだよ。それで、これらを提供する代わりと言っては何だが、俺にも歩兵道とやらをやらせてくれないか?」
「本当か?」
凛祢は不知火の言葉に思わず聞き返した。
歩兵道も人数は多ければ多いほどいい。戦略の幅を広げられるからだ。
「その様子じゃ、俺が入っても問題ないみたいだな」
「それは、そうなんだが。本当にいいのか?楽なものじゃないぞ?」
「決まりだな。ちょうど、来週から普通科に転科するし。あっちのかわいい子ちゃんにも毎日会えるって事だろ?」
不知火は平然とした表情でそんな事を口にした。
「……お前な。それで転科するって?」
「そうだ、俺も普通科に行く予定でな。3年で転科するんて俺くらいなもんだけどな」
「確かに……」
不知火の言葉を聞いて凛祢は思わず乾いた笑いを漏らした。
そもそも、転科すること自体珍しいのに、3年になってからする人がいるとは思わなかった。
「戦車道や歩兵道はよく知らないが。そういうことだから、よろしくな。えーと」
「葛城凛祢です。こちらこそ、よろしく頼むよ」
「おう凛祢君。よろしくな」
凛祢と不知火は握手を交わした。
こうして凛祢、英子、秋月チームの3人は九七式軽装甲車と多くの歩兵用の武装、共に歩兵道をする者、衛宮不知火を仲間にしたのだった。
今回の戦車探しの回は原作には登場しない戦車を出したりしてみました。
ちなみに九七式軽装甲車と不知火君は当初の台本にはなかったキャラです。英子も戦車道やる予定はなかったのですが。どうしてこうなった?という感じです。
次はアンツィオ高校の話になる予定です。
最後に、7月と8月はちょっと忙しくて投稿できなくなるかもしれません。すみません。
読んでくださっている方いつもありがとうございます。