ガールズ&パンツァー~地を駆ける歩兵達~   作:UNIMITES

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どうもUNIMITESです。
今回は体育祭イベントの後編です。
体育祭は前回と同様、色々、試行錯誤しているためか短めになっています。
では、本編をどうぞ。


第15話 スクールイベント「合同体育祭・後編」

 昼休みを終えて、大洗合同体育祭もいよいよ後半。

 真夏のごとき暑さは午前よりもその勢いを増して、動いていなくても汗をかいてしまうほどだ。

 そんな日照りの下、凛祢とみほたちは大洗男子学園の校庭にやってきていた。優花里は次のバスケがあるので体育館へ、塁も応援してくるといっしょに体育館へと向かった。

 大洗男子学園校庭では野球とサッカー、二つの競技が行なわれている。

 そして凛祢たちは俊也の試合を観戦するために野球の方へと向かう。

 すでに参加生徒と審判の教員の姿もあった。

「これより、2年普通Ⅰ科C組と2年普通Ⅱ科B組の試合を始めます!」

 審判の掛け声を合図にお互いのチームが挨拶する。

 あいさつの後、俊也を含めたC組の生徒たちが守備位置についていく。

「ねえ、麻子。行かなくていいの?」

「私は試合には出ないからな。あくまで指示をだす監督だそうだ」

「マジで?麻子さん監督とかスゲーな」

 八尋が驚いたように隣に立つ麻子に視線を向けた。

 すると、麻子は凛祢たちの前に守備位置と名前の書かれた名簿を見せてくる。

 凛祢が受け取ると全員が視線を名簿に向ける。

 2年普通Ⅰ科C組、野球メンバー。

 1番センター、シャーロック・ホームズ、

 2番キャッチャー、カエサル、

 3番ショート、エルヴィン、

 4番ファースト、アーサー・ペンドラゴン、

 5番レフト、ジル・ド・レイ、

 6番サード、片倉景綱、

 7番ライト、おりょう、

 8番セカンド、左衛門座、

 そして9番ピッチャー、東藤俊也。

 補欠として冷泉麻子と他に1名の名が書かれている。

「へー俊也がピッチャーで……って他のメンバーがカバさんチームとワニさん分隊じゃねーか」

「皆さん、仲が良くていいですね」

 翼と華がそんな言葉を呟いた。

 野球のルールぐらいはぐらいは知っている。

 凛祢自身が甲子園なんかも観る方だからだ。

「東藤は左投げなのか。珍しいな」

 名簿を麻子に返すと試合に視線を向ける凛祢。

 俊也がボールを投げている手は左手。それも左投げのサイドスローだった。

 その投げる様子は初心者とは思えないほど様なっている。

 しかし、俊也は部活には入っていないと聞いていたが……野球を中学時代にでもやっていたのだろうか。

「ストライク!アウト!スリーアウトチェンジ!」

 野球では何度も聞くであろう審判の掛け声と共に攻守が交代する。

「あれ、葛城隊長?」

「西住隊長も見に来てたんですか?」

 凛祢たちの存在に気づいたアーサーとエルヴィンが声を掛けてくる。

 凛祢も手短に挨拶すると、ベンチに腰掛けた。

「俊也って凄いんですよ。今まで試合全部ノーヒットノーランなんです」

「なんで野球部に入部しないぜよ?」

「まったく、野球の才能があるのにやらないのはどうかと思うよ?」

 景綱とおりょう、シャーロックも隣に座って休む俊也に視線を向ける。

「部活なんてやらなねーよ。神崎、さっさとバッターボックス行け」

「実名では呼ばないでほしいな。私のことはシャーロックホームズと――」

「わかったからさっさと行け!」

 鋭い視線で睨む俊也の様子に仕方ないと言った感じでシャーロックはバットを手にバッターボックスに向かった。

「おい、トシ。きつい言い方すんなよ」

 八尋が俊也の隣に腰を下ろす。

「……で、トシは野球経験はあんのか?」

「まあ、中学時代は野球部で投げてた」

「本当か?それなら、野球部に入部すればよかったんじゃないか」

 続くように翼も俊也に問い掛ける。

 すると俊也は深いため息をついた。

「くどい奴らだな。俺は野球なんてやらない!」

「でも、今やってるじゃん。ピッチャーで投げてるとき楽しそうだったよ?」

 ピッチャーとしての俊也を見ていた沙織が言うと、みほも頷いている。

「……とにかく部活はやらねー。それに今は野球より歩兵道やってる方がよっぽどマシだよ」

 吐き捨てるように言うと内野ゴロでアウトになったシャーロックが戻ってきた。

「案外、頑固者なんだな。俊也君は」

「いつもクールなのに、野球の話になると凄い食いついていたしな」

「本当は野球好きなんだろ?名前的にキャッチャーやってそうだけど」

「お前ら、あとでぶん殴るからな」

「「「ひっ!」」」

 俊也の声と本気の表情にワニさん分隊の3人は本当にビビっていた。

 再び、攻守交替して俊也たちが守備についた。

 すると麻子が口を開いた。

「俊也は元々、野球部にいたそうだ」

「え?」

 聞き間違いかと凛祢が視線を向ける。

「入部二か月で先輩に怪我をさせられたそうだ。それが原因で、部活を退部。暴力沙汰も増え、いつの間にかガラも悪くなって不良になってしまったそうだ」

「マジかよ……」

 聞いていた八尋も少し動揺していた。

 まさか俊也にそんなことがあったなど誰も知らなかったからだ。

 そもそも凛祢は東藤俊也という男の事をよく知らなかった。

「麻子さんはどうしてそんな事を?」

「これは種目を決定したとき、野球部顧問から聞いた話だ。だから、あいつはあまり野球部には関わりたくないんだろ」

 麻子は説明する中で、マウンドで球を投げる俊也の姿を見つめていた。

「なんか悪いことしちまったかな?」

「いや、気にしない方がいい。むしろ知っていることがバレると怖いから」

 そう言って麻子は少し青ざめたような顔を見せる。

 凛祢もその姿を確認し察した。

「それってどう言う……もしかして東藤に直接話したのか?」

「……滅茶苦茶怖かった。というか誰かに話したら、たとえ女でも殴るって言ってた」

「東藤が……ね」

 凛祢も三者三振に打ち取った俊也を見つめる。

 俊也にも色々あるようだ。それでも体育祭で「野球」と言う競技を選んだのは俊也が野球と言うスポーツを心から好きだからなのだろう。

 凛祢自身が「歩兵道」という戦場を求めたように……。

「おーい、葛城!」

「ようやく見つけた!」

 自分の名を呼ぶ声に凛祢が振り返ると普通Ⅰ科A組の生徒……クラスメイトの姿があった。

 こんな猛暑の中、結構走り回ったのか、その頬を汗がつたっていく。

 肩で息をするように息切れもしている。

「どうした?」

「それが、テニスの、メンバーが、怪我しちゃってさ」

「テニスが、1人足りなくて、葛城出てくれない?」

 2人は息を切らして途切れ途切れながらも必死に言葉を発する。

「本当か?でも、俺なんかより伊藤とかの方がいいんじゃないか?あいつ仮病らしいし」

「なに?あいつ仮病だったのか!」

 凛祢が答えると隣にいた八尋が声を上げる。

 しかし、うるさいと思ったのか翼が口を塞いでしまう。

「伊藤にも声を掛けたけど、あいつ逃げやがったんだ」

「……ったくあいつ何考えてるんだ。仕方ない。わかった、俺が出るよ」

 凛祢はため息をついた後に立ち上がる。

「そんじゃ、俺も見に行こうっと」

「俺も行く」

 八尋と翼もそう言って立ち上がる。

「私たちも行こうよ!ね、みぽりん!」

「あ、はい!」

「私も行きます!」

 沙織につられてみほと華も立ち上がった。

「流石、葛城。ありがとうな」

 クラスメイトの男も感謝するように頭を下げた。

「じゃあ、麻子。私たち行くね!」

「ああ、気をつけろよ」

 麻子もいつもの眠そうな顔で手を振る。

「じゃあ、行くぞ!」

「「「おー」」」

 八尋の声にあわせて凛祢たち5人が返事をした。

 

 

 凛祢たち6人は再び大洗女子学園校庭のテニスコートに来ていた。

 ちなみに校庭にはラクロスをしている女子生徒の姿があった。ちょうど梓や優希などウサギさんチームの面々が試合をしている。

 テニスコートに入ると多くの生徒が集まっていることに気づいた。

「なんでこんなにギャラリーが多いんだ?」

「テニスはもう決勝だからな」

「ふーん、決勝か……って決勝!?」

 凛祢は思わず聞き返してしまう。

 すると、対戦相手のであろうペアの姿を確認した。

 2人とも見覚えのある顔である。

「お、決勝の相手は葛城のクラスだったのか」

「楽しんでますか?葛城君」

 1人は元船舶科の衛宮不知火。そしてもう1人は優しそうに微笑んでいる生徒会副会長、石田宗司だった。

「衛宮、宗司副会長が相手か……なんで先輩相手なんだよ」

「そもそも相手が先輩と言う時点で後輩にとってはプレッシャーなんだよなー」

「確かにー。なんか3年に勝っちゃうと変に恨まれそうだし」

 凛祢の心を見透かすように八尋と沙織が呟いた。

 仕方ないと周りを見渡すが、自分の相方がいない事に気づく。

「あれ?凛祢のペアの奴は?」

「ん?ん?いない!?」

 クラスメイトの男子もいない事に驚いていた。

「おいおい、どうするんだよ。これ以上試合開始を長引かせるのは教員が黙っちゃいないぞ」

 翼も教員の表情を窺いながら凛祢に耳打ちする。

「あの、私が出てもいいですか?」

 その一言に視線が集まる。

 視線の先には、西住みほがいた。

 数秒間の沈黙の後、凛祢が一言言った。

「まあ、いいだろ。時間もないし、俺と西住のペアが普通Ⅰ科A組のテニスペア代理として参加します」

「はい、了解です。じゃあこれよりAブロック決勝戦3年普通Ⅰ科A組と2年普通Ⅰ科A組の試合を開始します」

 教員の承諾の元、試合準備を始めていく。

「凛祢、西住さん絶対勝ってよね!」

「私たちもあの2人に負けちゃったのよ」

 英子と秋月が声を掛けてきた。

「英子たちに負けた俺とみほが勝てるわけないだろ」

「うう、確かにそうですね……」

「何弱気になってんのよ。諦めたら試合終了よ!」

「え、英子?お前、そんなキャラだっけ?」

「いいから勝つのよ!歩兵道や戦車道の時みたく!」

「「がんばります……」」

 そんな英子の激励を受けて、凛祢とみほはコートに足を踏み入れる。

 ラケットを手に試合に集中する。

 勝てばテニスではクラス優勝か……。

 こんなイベント、マジになっちゃってそうすんの?鞠菜に似たせいか、昔からそんな事ばかり思っていたが、今は……ただ勝ちたい。

 試合が開始されるとやはり凛祢とみほのペアは点を取られて行く。

 不知火と宗司のペアは強い。それも予想以上に。

 でも、反応できない事はない。

「はっ!」

「あっ!」

 みほが動いた方とは逆に不知火が打ち返してくる。

 だれもが点を取られたと思ったが、凛祢は読んでいたようにその打ち球を打ち返した。

 ようやく凛祢とみほペアに点数が入った。

 その様子に観戦していた生徒たちだけでなく、みほも驚いていた。

「……」

「おいおい、完全にもらったと思ったのによ」

「葛城君の動きが少し良くなりましたね。でもまぐれですよ」

「そうだといいけどな」

 笑みを浮かべて励ます宗司に不知火は吐き捨てる言うと再び構える。

「……ふう。やっと1点か。辛いな」

「す、凄かったです。凛祢さん、よくあの球を打ち返せましたね」

「別に……まぐれだよ」

 凛祢はサーブ権を得たためテニスボールを握る。

 これは自分が変なのかもしれないが、いつも実銃の弾速を見ているせいか。

 テニスボールがとてもゆっくりに見える。

 それともう1つ、さっきは不知火の打ち返してくるであろう場所が、直感的に分かった。

 まるでメッザルーナとの激戦の時の様な。

 1回戦は、そんなことなかったのにどうして?

 凛祢はテニスボールをラケットで叩くとボールは相手コートに飛んで行く。

「すっげー」

「凛祢のやつ、急に動き良くなったと思ったら圧倒的だな」

「凛祢君、本当に凄いね。なんて言うか、「ボールの位置」がわかってる?みたいな」

「そうですね。あっという間に点差が詰まっていきます」

 八尋や沙織たちも素直に驚いていた。

 それもそうだ。

 気が付けば点差は縮まり、13対13で同点にまでなっていた。

 もう何度目だろうか……コート内では激しいラリーが今も続いている。

「なんだってこんなことに……あいつテニスこんなに強かったのか?いや、でも1回戦で照月さんたちに負けたって言ってたし」

「ちょっと卑怯ですが……西住さんの方を狙えば」

 準決勝で英子と秋月のペアに勝利した不知火と宗司ペアにとっては予想外の展開だった。

 宗司は苦し紛れにみほのほうに打ち返すが。

 すでに動いていた凛祢が速いスマッシュで返して凛祢とみほペアに1点加算され、とうとう逆転した。

「おいおい、うそだろ?」

 不知火も逆転されたことに流石に参っていた。

「……」

 凛祢は激しく肩で息をしていた。

 長期戦をしているわけでもないのに体と精神は相当疲弊している。

 一体どうなっているのかわからないが、集中力も切れ始めていた。

 熱中症の前兆かな……。

「あの凛祢さん……大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫、だ。暑いから、少しバテただけだ。あと1点で勝ちだから」

 凛祢は汗を拭ってラケットを構える。

「凛祢!頑張って!」

「衛宮ー勝て!」

 周りのギャラリーがより一層応援の声量を上げていく。

「あー、くそー!」

「まあ、そう言わずに僕だって負けたくないんですから」

 不知火の呟きに宗司も笑みを浮かべて返す。

「いやだ……」

「衛宮君?」

 急に下を向いた不知火に宗司が心配そうに声を掛ける。

「負けたくなーい!行くぞ宗司!」

「え、衛宮君。君、意外と熱い人だったのですね」

 2人はお互いに目を合わせた後、再び凛祢たちに視線を向けた。

 凛祢も深く息を吐く。

「あちらさんも、本気みたいだな」

「そう、ですね」

 みほもラケットを握りなおすと再び2人を見つめる。

 そして、みほのサーブによって試合が開始された。

 ゆっくりと開始された試合はすぐにラリーの打ち合いに変わる。

 鼓動が早くなり、息苦しい。

 心臓が張り裂けそうな感覚を感じていた。

 それでも試合は……ラリーは続く。

 しかし、勝負はその一瞬でついた。

 凛祢の集中力が切れたと同時に不知火の放った打球は凛祢の向かう方とは逆方向に飛んで行く。

「……っ!間に合わない!」

「まだです!」

 誰もがそう思った瞬間、その先に彼女の姿はあった。

 そう、西住みほだった。

 みほは力いっぱいラケットを振ると打球は不知火たちの陣地に飛んで行く。

 宗司が動くがラケットは打球を捉えられず、試合終了のホイッスルが響いた。

「2年普通Ⅰ科A組の勝利!」

 審判の声に合わせて歓声が辺りに響く。

 八尋や翼、沙織に華、英子と秋月など多くの生徒が凛祢とみほの元に駆け寄る。

「よっしゃー!クラス優勝だ!」

 クラスメイトたちも喜んで万歳をしていた。

「負けた負けた。お前ら、1回戦負けしたのになんで勝てるんだよ……」

「「まぐれです……」」

 不知火の言葉に凛祢とみほは顔を見合わせた後、笑みを浮かべる。

「フッ、なんだそれ……悔しいぜ」

「本当ですよね。でも、こういう行事は勝ち負けより楽しいかが重要なんですよ」

「分かってるっつーの」

 不知火と宗司もそう言って笑いあう。

 そして、全ての競技が終了し、表彰式が行われた。

 結果はテニスの優勝はAブロックが2年普通Ⅰ科A組、Bブロックが3年普通Ⅱ科C組。

 バスケットボールの優勝はAブロックが3年普通Ⅰ科B組、Bブロックが2年普通Ⅰ科B組。

 バレーボールの優勝は1年普通Ⅰ科B組。Bブロックが3年普通Ⅱ科A組。

 サッカーの優勝は3年普通Ⅰ科A組。

 野球の優勝は2年普通Ⅰ科C組。

 ラクロスの優勝は1年普通1科B組。

 となった。

 総合優勝は3年普通Ⅰ科A組。不知火や宗司、そして英治と雄二のクラスなのだが、これがまた全競技で2位以上の成績を収めると言う圧倒的なチーム力を見せつけていた。

 学園長と会長たちの長い話を聞き終えた生徒たちはそれぞれのクラスへと帰っていくのだった。

 

 

 教室につくと凛祢はすぐに机に体を倒した。

 席に着くと疲労が一気に体にのしかかってきた。

「お疲れだな」

「実際、すげー疲れた……」

「まあ、あれだけの試合だからな。疲れも出るだろ」

 凛祢の机の傍に八尋と翼がやってくる。

 2人も少しは疲れているだろうが、午後は観戦しかしていなかったため凛祢ほどではなかった。

「ところで仮病で休んでた伊藤はどこ行ったんだ?」

「まだ戻ってきてないって。今でも逃げ回ってるんだろうよ」

「あの野郎……ま、凛祢とみほさんが居なければ俺たちのクラス優勝はなかったけどな」

 八尋は拳を握り、グッドと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 クラスメイトも一つでも優勝できたことに喜びの声を上げていた。

「ところで放課後はどうする?今日は久々に飯でも行くか?」

「悪い……今日はこの後予定あるわ」

 八尋の誘いを凛祢は断ってしまう。

 歩兵道を始めてからと言うもの、忙しくて八尋や翼と帰ることも減ってしまった。

 といっても凛祢自身の修行があったというのが理由だが。

「んだよー、釣れねーな」

「悪いな、また今度な」

 凛祢は軽く謝罪すると疲労した体を伸ばす。

 すると、担任の先生が教室内に入室してくる。

 その姿を確認した八尋と翼も席に戻った。

「みんな体育祭お疲れ様!総合優勝はできなかったが、みんなの頑張りでウチのクラスはかなりの高成績を収めたと思う」

 先生の言葉にみんなからは落ち込みの声が上がる。

 それでもクラスが入賞したことには素直に喜んでいた。

 凛祢自身も気を落とすことないだろと思っている。

 どれか一つでも入賞できたなら、それはそれで勲章者だ。

「まあ、落ち込むことはない。また来年もある。なにより身体を動かして、いい息抜きになったなら、それが一番の成果だと先生は思っている」

 それでも落ち込んでいる者はいた。

 先生の言葉も最もだけど、試合で頑張ったみんなにしてみれば、やっぱり悔しいのだろうな。

 決勝戦で美味しい所を持っていった自分が言うのもなんだが。

 みんな案外頑張っていたからな。

 明日からは、また歩兵道の授業も始まる。そういえば楯無教諭と会うのも明日だっけな。

 凛祢も今日の体育祭にそんな感想を持っていた。

 こうして大洗女子学園と大洗男子学園の合同体育祭は幕を閉じたのだった。

 

 

 翌日、授業と歩兵道訓練を終えた凛祢は不知火と共に学園艦内の通路を進んでいた。

「ったく。なんで俺が……」

「俺はまだ学園艦内の良く知らない。その点、元船舶科の衛宮は知り尽くしてるだろ?3年間も生活いたんだから」

 気乗りしないと言った表情で隣を歩く不知火に凛祢がやれやれと声を掛ける。

「そりゃあそうだがよ。お前、楯無にあってどうするんだよ?」

「話があるだけだよ。なんなら衛宮も知っておいた方がいい」

「それどういう意味だ?」

 不知火は凛祢の言葉をよほど気になったのか食い入るように顔を覗いた。

「とにかく行こう」

 それから一時間ほど歩いて、凛祢と不知火はそこにたどり着いた。

 扉を開くとその空間に広がる空間に凛祢は驚きを隠せなかった。

 奥には数個のカウンター席、中央の通路を挟んでテーブルと椅子が置かれている。

 その空間は一言で表すなら「バー」だ。

 棒と言う意味のバーではなく、大人が酒を飲んだりする場所のバーと言う意味だ。

 カウンターの先にはバーテンダーのつもりなのだろうか、凛祢と年がそう変わらない金髪おかっぱ少女の姿ある。

「店に入ったら注文しな……」

 細いの目をこちらに向けてバーテンダーの少女は一言そう言った。

「えっと……」

「俺はいつものカクテル。こいつにも同じものを」

 不知火はそう言って空いているカウンター席に座った。

 凛祢も後を追うように不知火の右隣に座る。

 すると、凛祢の右隣に座っていた白衣を着た女性がむくりと体を起こした。

 その女性は、楯無教諭だった。

「遅かったな……」

「楯無教諭……え、酒飲んだんですか?」

 凛祢は楯無教諭から香ってきたアルコールの香りに思わず問い掛ける。

 心なしか顔も赤い気がする。

「少しだけだから……」

「生徒の前で酒を飲むのはどうかと思うぞ」

 不知火はバーテンダーが出したカクテルを一気に飲み干し、おかわりを頼む。

「おい、衛宮。これ酒なんじゃ……」

「あ?ああ、大丈夫だ。ここには本物の酒もあるが大半はノンアルコールの代物だ。お前も安心して飲んでいいぞ。カトラスは案外厳しいから本物の酒なんて出さねーよ」

 不知火の言葉に半信半疑でコップのカクテルに鼻を近づける。

 微妙にアルコールの香りがするような……本当に大丈夫か?

「あんた結構疑い深いんだね」

「……悪かったな」

 カトラスと言うバーテンダー少女に言われ凛祢はコップを机に置いた。

「それはアルコール入りの本物の酒だから飲んだらアウトだったよ」

「おい、なんてことしてるんだよ」

「少し試しただけさ。それは先生にでも渡しな、新しいの作ってやるから」

 カトラスはそう言って、再びカクテルを作るためシェイカーを振る。

「カトラス、ひでーことするなよ」

「で、今日は大事な話があるから店を貸し切りにしたんだろ?早く済ませなよ」

 カトラスと言うバーテンダー少女は、そう言ってカクテルの入ったコップを机上でスライドさせると凛祢の前で停止した。

 その様子を確認するとカトラスは凛祢たちが入店した扉から出ていく。

「ところで葛城、話と言うのは?」

「秋月……についてです」

「秋月がどうかしたのか?」

 凛祢がポケットから秋月と英子の写った写真を取り出すと不知火も反応する。

「秋月……セレナ。それが彼女の名前であってますか?」

「個人情報だから私は何も言えないぞ」

「……」

 思った通りの返答に凛祢は黙ってしまう。

「まあ、名前くらいはいいだろ。秋月セレナというのが彼女の名前だな」

「そうですか」

 凛祢は少しだけ安心したようにノンアルコールカクテルに口を着ける。

「……葛城、そんな事を聞くために私を呼んだのか?」

「すみません。でもセレナって女には聞かなきゃならないことがあるんです」

 凛祢は視線を落とした。

「せれ……ゴホン。少し私の姪の話をしてやる」

「姪……ですか?」

 凛祢が聞き返すと楯無教諭は話し始めた。

「ああ。ウチは昔から諜報活動に長けた家系だったから今でもその技法を継承し続けていてな、私の姪は諜報活動を得意としている。その姪は、今も友人とためと言って諜報活動を続けているそうだ」

「友人のため……」

「大事なもの守るために必死になったものはどんな逆境だって乗り越えられるものなのさ。葛城、周りなんて気にすることはないのさ」

「……」

 凛祢は込み上げてくる言葉を喉元で押しとどめる。

 だから、生徒会は一体何を隠しているんだよ。

 それが、わからなきゃ意味がない。

 結局のところ、生徒会の隠し事とセレナの言葉の意味は不明のまま。

 それでも、セレナの名前を知ることができただけでも意味はあったと思う。

「そうですか、わかりました。時間を取らせてしまってすみません」

「お、おい葛城!」

 凛祢はカクテルを飲み干すと席を立ち、出ていく。

 机には千円札が1枚置かれていた。

 後方から不知火が声聞こえたが振り返ることはしなかった。

「はあ。で、このままでいいんですか?セレナと生徒会が隠していること」

「衛宮、お前は知っているのだろ。だからこの嘘に付き合っているのだろ」

「そりゃあ、セレナの手伝いとして俺を普通科に転科させたのはわかるけどさ。葛城は本気で真実を知りたがってるぞ、話してやれよ」

「私からは何も言えない。決めるのは角谷や相川たち生徒会さ、それまで付き合ってやってくれ衛宮……」

 楯無教諭はカクテルの入ったコップを優しく机に置いた。

 

 

 凛祢が扉を開けて外に出るとカトラスの姿があった。

「もう終わったの?随分早いじゃないか」

「話は済んだ……」

 凛祢は一言残して一歩踏み出すが、カトラスが引き留める。

「待ちな……」

「なんだよ?」

「これ……」

 そう言ってカトラスは1枚の名刺とUSBメモリを差し出す。

「私の名刺と学園艦内の地図が入ってるUSBだ。気が向いたら、また飲みに来な……多人数はお断りだけど、客なら歓迎するから」

「……もう来ないと思うぞ」

「言っただろ?気が向いたらでいいって。USB内のデータはコピーしたら消去するのを忘れないで」

 凛祢が受け取るとカトラスは店内へと戻っていく。

 1人残され、しばらくの間名刺を見つめる。

 名刺には「生シラス丼のカトラス」と書かれている。他にも、このバーの事であろう「BARどん底」とも書かれている。

「カトラス、か。変な名前だな……これ本名じゃないだろうけど」

 大事なものを守るためっていわれても……その大事なものって何だかわからないから困ってんのに。

 凛祢は制服のポケットに名刺とUSBメモリを押し込み、再び歩き出すと自宅を目指すのだった。




どうでしたでしょうか?
なんだかんだであっさりした感じですが。
次回からは全国大会編に戻りますので、また読んで頂けると光栄です。
カトラスさんは個人的にあの5人のチーム内で一番好きです。
ご意見や感想も募集してます。
次回はほぼ出来上がっているので9月中には上げるつもりです。

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