ガールズ&パンツァー~地を駆ける歩兵達~   作:UNIMITES

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どうもUNIMITESです
今回から凛祢の過去編です
凜祢生誕、周防鞠菜や葛城朱音との出会い。
なぜ凛祢は歩兵道をするに至ったのか?
では本編をどうぞ


第20話 リンカーネーションメモリアル・前編

~凜祢と地を駆ける歩兵たちの記録~

 

 これは1人の少年の物語だ。1人の少年が歩み、刻んだ記録。

 少年の名は亜凛(ありん)。生まれてすぐに両親と別れることとなった少年はある孤児院に引き取られた。

 孤児院の名は『カーネーション』と呼ばれる普通と何も変わらない孤児院だ。

「亜凛くん。君は今日からここで暮らすんだ」

「……」

 孤児院の院長である男は優しく微笑むが亜凛は表情一つ変えず沈黙を貫いていた。

 それから亜凛の孤児院での生活が始まった。

 亜凛自身は問題を起こすほうではなかったが、周りがそうでなければ自然に問題が起きる。

「亜凛くん。また、なのかい?」

「……」

 院長の言葉に亜凛は何も答えない。亜凛の顔は腫れていたり手足にも喧嘩の痕跡があった。

 しかし、院長の後ろで泣いている少年たちの方がよっぽどひどい傷だった。

「喧嘩は駄目だっていつも言ってるだろ」

「……すみません」

 亜凛は一言謝罪して、1人去って行く。

 これで……もう5回目。今回も同じだ、自分は悪くない。

 手を出してきたのはあっちであり亜凜ではない。亜凛はただ自己防衛のため、抵抗したに過ぎない。

 正直、うんざりだ。喧嘩を吹っ掛けておいて、負ければ大人に泣きつく。

 そして、自分が大人から叱られる。

 ……結局、味方なんて誰もいない。

「こんな世界……」

 亜凛にとって、頼れるのは自分だけ。孤児院にやってきて、1年が経つと言うのにと言うのに亜凜はそう思い始めていた。

 周りもまた亜凛から距離を置くようになり、構ってくるのはせいぜい院長といじめっ子集団くらい。

 そんな亜凛にも心の安らぐ時間がある。院長が与えてくれる週刊雑誌を読んでいるときだ。

 週刊雑誌の記事の1つ『歩兵道』と呼ばれる武道に亜凛は深く惹かれていた。きっかけはテレビ放送していた歩兵道の特集を見た事。

「歩兵道……本物の銃などの武器を使って戦う武道か。いつかやってみたいな……」

 亜凛は週刊雑誌を読んでそう呟いた。

 寝る前に歩兵道の記事を読むことが日課にすらなっていた。

 何度も同じ記事を読んだ。それこそ、内容を一語一句暗記できるほどに。

 いつも通り、今日も記事を読み終えて眠りについた。

 

 

 オフィスの扉を開き、迷彩柄の軍服に身を包んだ女「周防鞠菜」が入室する。

 定時時刻を過ぎたオフィス内にはたった1人残っている者がいた。

「おーい、朱音、居るかー?」

「……」

 鞠菜が名前を呼ぶがスーツに身を包む「葛城朱音」は返事はなくPCのキーボードを操作する音だけが響く。

 鞠菜はゆっくりと室内を進み、朱音のデスクに手を置いた。

「おいなんだよ、居るなら返事くらいしろよ」

「今忙しいのよ、大した用じゃないなら後にして」

「なんだよ、冷たいな。せっかく私が仕事を切り上げてきたってのに」

 鞠菜は朱音のデスクに置かれたコーヒーカップを掴み、一気に飲み干すと顔を歪ませた。

「うえっ!あま!お前、こんな甘いコーヒー飲んでんのか?糖尿病になるぞ」

「どうでもいいでしょ!てか、勝手に飲まないでよ!で、何しに来たの?」

 朱音は再び画面に視線を戻し、キーボードを操作し始める。

「お前、歩兵道連盟の理事長の仕事、蹴ったって本当か?」

「ええ、そうよ。私は理事長なんて面倒な仕事は嫌なのよ」

「なんだよ、お前が理事長になれば私が歩兵道の教官をできたってのに」

 鞠菜は窓の外に視線を向けた。

「それは、あなたが楽したいだけでしょ?」

「そうだよ。軍人として頑張る私に楽させろ」

 鞠菜が呟くと朱音がキーボードのEnterキーを押すと口を開いた。

「いやに決まってるでしょ。ちゃんと仕事しなさいよ」

「やってるだろ、半月前に紛争地域から帰ってきたばかりだぞ。お前は親友をもっと大事にしろ」

 鞠菜はそう言って取り出した携帯端末を操作する。

 彼女の仕事は軍人。紛争地域に赴き、武力で鎮圧するのが仕事だった。

「軍人の仕事はあなたが選んだんでしょ。それに本当の軍人と歩兵道じゃ、まったく別物よ」

「それくらいわかってるさ……」

「よし、今日の仕事はお終い」

 朱音はPCをシャットダウンすると帰り支度を始める。

「でも、あなたがそんな話をするなんてね。久しぶりに飲みにでも行く?」

「行くに決まってるだろ」

 2人は会社から出ると商店街を歩いて行った。

 手短な居酒屋に入るとお互いに注文を済ませる。

「で、どうしたの?」

 朱音が話を切り出した。

「いや、なんで私は軍人になったのかなって思ってな」

「まさか、今になって人を殺めるのが辛いとか思ってるの?」

「……」

 朱音の言葉に何も答えずにひじをテーブルに着いた。

「まあ、いいわ。それに私が歩兵道連盟の理事長になったところであなたが歩兵道の教官になれるとは限らないわよ」

「え、そうなのか?」

「当たり前でしょ。理事長だからって教官を好きに選出できるわけないでしょ」

「んだよ、期待して損した」

 鞠菜はため息をついて、ジョッキのビールを飲み干す。

「生お代わり!」

「勝手に期待したのはそっちでしょ」

 朱音もジョッキに口をつけた。

「もういいや、この話は。ところで来月の連休だけど空いてるか?」

「え?ええ。何も予定はないけど」

「そうか。久しぶりにカーネーションに顔出しに行くか」

「そっかもうそんな時期だったわね。私たちがカーネーションを出て、もう13年も経つのね」

「私たちも年を取ったな」

 鞠菜と朱音は昔の事を思い出していた。

 そう、2人の出会いもまた孤児院カーネーションから始まった。

 

 

 孤児院にやってきて2年の時が経った頃、いつものように風呂用の薪割りを終え、近所の公園の咲いていない桜の木の下で週刊雑誌の歩兵道特集を読んでいた亜凛の前に1人の女が現れた。

 綺麗な青い髪と蒼玉のような青い瞳、女にしては異様に背が高く筋肉もそれなりについていた。そして、大人の女性というにはほど遠い、男勝りな口調をしている。

 凛祢にとっては何度か見たことがある顔だった。年に数回、この女はこの孤児院に必ず顔を出しているからだ。

「おい、ボウズ。こんなとこでなにしてるんだ?」

「……別に」

 亜凛は1度顔を見た後、再び雑誌に視線を落とす。

「んだよ、可愛くねぇな。ん?なんだボウズ、歩兵道が好きなのか?」

「あ、おい!返せ!」

 女は手に持っていた雑誌を取り上げると記事の内容を見る。

 亜凛が必死に取り戻そうとするが、背が圧倒的に高いその女からは取り戻せない。

「おい、どうした?奪ってみろよ?」

「っ!このクソ女!返せ!」

「あ?私には周防鞠菜(すおうまりな)って名前があるんだよ。クソガキ!」

 鞠菜は強気な口調で言い放つ。

「ちょっと、鞠菜!何やってんの!」

 凛とした声が周囲に響く。声の方向を見ると鞠菜とは異なる眩しいと思ってしまうほど赤い髪の女がいた。

 鞠菜も体のスタイルがいいが、こちらの女性もなかなかの美人だった。

「げっ!朱音、これはだな……ほら、スキンシップだ!」

 鞠菜はそう言って亜凜の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき分ける

「は?どう見てもあなたが大人げなく子供をいじめてるようにしか見えないでしょ!」

 誤魔化そうとする鞠菜に朱音という女性が詰め寄る。

「……あの、早く返してください」

「ごめんね。鞠菜には私からきつく言っておくから」

「いいですよ、別に……」

 雑誌を受け取った亜凛はもう関わりたくないと思い、孤児院に帰ろうとする。

 しかし、鞠菜という女が引き留めた。

「おい、お前カーネーションの孤児か?」

「……そうですけど?」

 亜凛は短く返答する。

「そうか、朱音。絆創膏持ってるか?」

「え、うん。あるけど」

「あるだけ貸せ」

 鞠菜に言われ、朱音は手提げカバンから小さい絆創膏の箱を取り出す。

 受け取ると凛の腕を掴み、出血していた指に絆創膏を貼っていく。

 その傷は、亜凛が先ほど薪割りの際に木々で切ってしまった傷だった。

「……」

「お前な……木で切った傷なんかは洗って絆創膏ぐらいは貼っておけ。放って置いたらバイ菌も入って余計痛いだろ」

「そうでもないよ。傷なんかすぐ治るし、冬は傷ついてる方が感覚も鈍らない。それに痛みには慣れてる」

 鞠菜に言われるが亜凛は視線を逸らして言い返す。

 そう、こんな痛みはどうってことない。一か月に1度はいじめっ子と殴り合ったりすることもあるため、痛みには慣れていた。

「こんなもんだろ」

「……ありがと」

「おお、感謝できるとはクソガキにしては上出来だ」

「っ!俺はクソガキじゃない。亜凛って名前がある!」

 亜凜はさっきの鞠菜の真似をするように言い返した。

「そうか、気を付けて帰れよ」

「……うん」

 亜凛は1人、孤児院を目指した。

 しかし数分後、孤児院に向かう途中で、痺れを切らして振り向いた。

 そこには鞠菜と朱音の姿がある。

「なんでついてくるの?」

「私らはカーネーションに用があるからだ」

「え?なんで?」

「亜凛くん、私たちは院長に話があるのよ」

 朱音が割って入るとそう言って微笑んで見せた。

 そして、カーネーションに戻ると亜凛はいつものように靴を脱いで畳部室に向かう。

 亜凜が戻ったことで孤児院内がそわそわしだす。いつものことだが、やはり慣れなかった。

 子供たちは逃げるように亜凛から離れていく。

「「……?」」

 鞠菜と朱音はそんな子供たちに少し疑問を感じていた。

 亜凛は無言のまま、畳室のテレビ前に座り、テレビに目を向ける。

 数分ほどして院長と鞠菜、朱音が食堂の椅子に座った。

 亜凛は気づかないふりをしてテレビに映る歩兵道の特集に集中する。

 大人の会話は今の自分には理解できない事ばかりで聞いていてもつまらなかった。

 自分や他の子供の事も色々聞いているが正直どうでもいい。

 亜凛が歩兵道特集を見終えて、寝室に戻ろうと時だった。

「なあ、院長。あの亜凜って小僧を引き取ってもいいか?」

「え?」

「鞠菜!?」

「?」

 その場にいた全員が驚いていた。亜凜はなぜ驚いているのか分からなかったが気になってしまいその場に座っていた。

「いいんですか!?子供を引き取るなんて……子育ては楽ではないですよ?」

「分かってるさ。でも、私は毎年数回だけここに訪れているが、亜凛はここで相当煙たがられているようだ。私なら我慢ならないね……このままいけば捻くれてしまって、ロクな大人にならないぞ」

「それは……確かに亜凛くんは周りから好かれているとは言えません。鞠菜さんの言う通り、むしろ煙たがられていると言う方が正しい」

 院長も反論できずに正直に呟いた。

「でも、だからと言って鞠菜さんに押し付けるのはどうかと思うのですが?」

「そうよ、鞠菜!私たちだって仕事の都合や色々あるでしょ!」

「うるせー、私が引き取ってやるって言ってるんだよ!だったら、さっさと寄越しな!私の気が変わらないうちに!」

 鞠菜は2人の説得を無視するように大声で叫ぶ。

「勝手すぎるわよ、鞠菜!亜凛くんの気持ちだって聞かないと!」

「あぁ?めんどくせーな、おい亜凛。お前はこの孤児院にいるのと私や朱音の元にきて暮らすのとどっちがいい!?特別に選択権をやる!」

「……え?え?」

「だから、選べ!私か、あの院長かを!」

 鞠菜の唐突な選択肢に戸惑いを隠せなかった。

 何が起こっているのか分からない。

「鞠菜、やめてって!」

「お前は黙ってろ!」

 朱音の言葉を無視する鞠菜。すると院長は席を立って亜凛の元にやってきて腰を下ろした。

「亜凛くん、君が決めていいんだ。もしもここの居心地がいいって言うなら残ってくれても構わない。でも、ここにいるのが辛いと少しでも思っているなら鞠菜さんや朱音さんの元に行ってもいいんだ」

「俺は……」

 自分は、ここにいるのは辛かったが居心地が悪かったわけじゃない。この人だって自分を嫌っていたが、人並の幸せを与えようと必死になってくれた。

 だが、自分がここにいれば必ず問題が起きる。ならば自分にできる事は――。

「俺は……あなたについていく」

「そうか……」

「ふん、決まりだな。よし、夕方にはここを発つ、それまで準備をしておけ」

 鞠菜は笑みを浮かべ、出されたお茶を一気飲みして立ち上がる。

「亜凛くん、本当にいいの?」

「いいんです。多分どこも一緒ですから」

 心配する朱音に亜凛は答える。

「私たちについてきても、幸せになんてなれないかもしれないのに」

「それなら、ここにいても同じですよ。むしろあの鞠菜って人といた方がいい気がするんです」

 亜凛はそう言って荷物をまとめるために寝室に向かう。

「本気なの?」

「ああ、私が子育てなんて笑えるか?」

「そう言うことじゃないわよ。無責任に子供を引き取るなんて」

「私は無責任な奴とは違う。お前はあいつの目を見たか?私には死んでいるようにしか見えない」

 鞠菜は思い出すように言い放つ。

「……それは」

「あいつに必要なのは愛情だ。たとえ形だけであってもあいつには時には厳しく、自分を認めて褒めてくれる親の様な存在が必要なんだ」

「あなたのやっていることはあなたが最も嫌う『特別扱い』じゃないの?」

 孤児院を出て、朱音は鞠菜に言った。

「……かもな。私はあいつを見て自分と似ていると思ったのかもしれないな」

「だいたい、仕事や生活環境はどうするのよ?」

「うーん。ま、家は私の実家を使えばいいだろ。仕事かー」

 朱音は考えなしだったのか考え込むように腕を組んだ。

「やっぱり考えなしだったのね」

 朱音はやれやれと頭を抱えていた。

 この女、周防鞠菜はいつもそうだ。行き当たりばったりの行動ばかりで、出た結果に文句を言うなと周りも巻き込む。

 朱音も彼女に巻き込まれた側の人間だ。でも、彼女とこのカーネーションと言う孤児院で出会わなければ、今の私はなかったかもしれない。

 といっても余りにも腐れ縁過ぎる。

 12歳でお互いに別々の大人に拾われたと言うのに、4年後高校で再開した。

 その後もなぜか彼女との縁は続いた。

 私は幹候微募試験に合格し軍の仕事に所属したがあくまでもデスクワークの仕事だった。彼女も軍の実働隊に所属して同じ紛争地域の作戦で再び再開。

 まったく神様なんてのが本当にいるなら恨んでやりたいとも思ってしまう。

「……私が歩兵道連盟の理事長になって鞠菜を無理やりにでも歩兵道の教官にするしかないのかしら?」

「そう言うことになるな。つーわけで頼んだぞ!」

「……本当に最悪。貴方といると不幸だわ」

 朱音はため息をついていた。

 幸い現在の歩兵道連盟の理事長は朱音を拾った葛城の家系だ。だからこそ朱音に理事長の話が回ってきた。

 今からでも、頭を下げればできるはず。

 仕方なく朱音は携帯端末を操作した。

 瞬く間に時間は過ぎた。他の子供たちに気づかれないように夕食前に発つこととなった亜凜は孤児院の玄関に立っていた。

 孤児である自分に荷物などリュック1つ程度しかない。名残惜しいが週刊雑誌は全て処分することにした。孤児院の中に同じ趣味を持つものはいないためだ。

「亜凛くん、元気でやるんだよ」

「はい、お世話になりました」

 院長に向けて深々と頭を下げる。

「亜凛、お前の親になる私にはお前に名前をつける義務がある」

「え?」

「鞠菜、何言ってるの?」

 亜凛と朱音は思わずキョトンとした顔を見せた。

「凛とカーネーションを合わせるとリンカーネーション。つまりお前の名前は『凛祢』だ。私の苗字も付けて周防凛祢(すおうりんね)と名乗っていいぞ」

「うん、わかった」

「そういうことですか……凛祢くん体に気を付けるんだよ」

「はい、いままでありがとうございました!」

 凛祢は再び、感謝の言葉と共に頭を下げた。

 そして、鞠菜と朱音の乗る車で孤児院『カーネーション』を去って行く。

 この瞬間からカーネーションの孤児、亜凛という少年はいなくなった。

 そして、書類上は周防鞠菜の養子となった周防凛祢と言う少年が生まれた。

 

 

 カーネーションを出てすぐは色々な街を転々としていたが1か月ほどで2人の手続きも終わり落ち着いた。

 それから凛祢は鞠菜と共に山梨県の森林内に建てられた小屋で暮らすこととなった。

 木造の家は決して広い家ではないが、どこか優しさを感じるような空間だった。

「朱音、飯買ってこい。私は凜祢の荷物を部屋に運ぶから」

 家に着くと鞠菜はすぐにそんな言葉を口にした。

「わかったわよ。凛祢じゃなくあなたが運んでおきなさいよ」

「分かってるって。早く行ってこい、あと酒もな」

「こんな日まで酒飲む必要ないでしょ……もう、わかったわよ」

 朱音はため息をついた後、荷物を下ろし、車で再びどこかに行ってしまった。

「よし、凛祢運べ」

「え?」

「お前の荷物だお前が運べ。終わったらちゃんと整理整頓しておけよ」

 鞠菜はそう言い残して、煙草に火を点ける。

「はいはい」

 凛祢は段ボールの山を1人で運び始める。

 鞠菜に案内された部屋に荷物を運びこみ、再び外に出ては荷物を室内に運び込む。

 そんな事を繰り返している内に陽も傾き始めていた。

 すべて運び終え風呂で汗を流し終えた頃、朱音が丁度帰宅した。

「遅かったな、朱音」

「ま、鞠菜……何してるの?」

「何ってドライヤーで髪を乾かしているんだろ?」

 朱音は鞠菜の様子を見て、コンビニ袋を手から落とした。

 確かに鞠菜の言う通り、凛祢の髪をドライヤーで乾かしていた。

 だが、全裸だった。

 凛祢も、鞠菜もパンツすらも身に着けていない。

 生まれたままの姿だったのだ。凜祢の細身な体にくっきりとした鎖骨、華奢な肩。その体は乱暴に扱ったらすぐに壊れてしまう人形の様だった。

「せめて下着を着けなさいよ!それに凛祢くんにだってパンツを穿かせてよ!」

 朱音は顔を赤くして、叫んでいた。

 どこか眠たげなやる気のない凜祢の目は、初めてであった頃よりは少しだけマシになっている気がした。

「まったく、これだからあなたには任せたくないのよ」

 朱音はやれやれと頭を抱えて、コンビニ袋を台所に運ぶ。

 

 

 引き取られてからも新しい生活に慣れるまで、結構な時間をかけてしまった。

 それもそうだろう。今まで孤児院暮らしだった自分には生活環境の変化が大きすぎるというのが理由の1つだ。

 数か月ほど経ち、ようやく生活環境慣れた凛祢は普通の生活送り始めていた。鞠菜の面倒見は決していいほうではなかったが、それでも凛祢にとって周防鞠菜は全てだった。

 今まで出会ってきたどの人間とも違う。自分のすべてを知りながら、全てを受け入れてくれる。そんな気がしたのだ。

 そんな鞠菜の仕事は「歩兵道の教官」だそうだ。仕事と言ってふらっと外に出るといつも夜中に戻って来る。どうすれば歩兵道をすることができるか聞いたが鞠菜はいつも同じ答えを返してきた。

「まだお前には早い」

 凛祢は早く歩兵道をしてみたいと言う思いが強かったが、彼女がそう言うなら我慢し続けた。

 ここにきて半年が過ぎた頃のある日。いつものように凛祢が部屋の掃除を終えるとソファーでくつろいでいた鞠菜の姿が目に入った。

「鞠菜。休日だからってダラダラするなよ。それに部屋くらい自分で掃除してよ」

「うるせーな。お前にとっての神は誰だと思っている?」

「……周防鞠菜様ですが?」

「だろ?なら文句を言うな。……まあ、そろそろ訓練をするか」

「訓練?」

 凛祢は突然の事に目を見開く。

「まあ最初は筋力トレーニングとナイフの扱いくらいでいいだろ」

「ナイフ……対人戦闘ってこと?」

「そうだな……行くぞ。日が暮れる」

 鞠菜は煙草を灰皿に押し付け、消火すると外に向かう。凛祢もその後を追いかける。

 外に出て鞠菜はすぐに物置を漁っていた。

「あったあった」

 鞠菜が振り返ると手には木製のダミーナイフが2本握られていた。

「凛祢、お前はまずCQC戦闘を究めろ」

「シーキー、なに?」

「CQC……近接対人戦闘のことだ」

 鞠菜はダミーナイフを1本渡すと歩兵道の基本解説を始めた。

 彼女の説明によると歩兵道には2つの形が存在するらしい。1つはリトルと中学で一般的に採用されている歩兵だけで戦うルール。もう1つは高校と大学で採用されている戦車道と歩兵道を合わせた戦車と歩兵で戦うルール。

 まず凛祢が目指すべきはリトルと中学で採用されている歩兵だけのルールだそうだ。こちらにとって最も大事なのは歩兵自身が身を守ること。

 そのうえで最も有効なのが近接対人戦闘術「CQC」である。一般的にはナイフと拳銃、格闘による近接戦闘が多いようだ。

 凛祢がダミーナイフを強く握ると鞠菜が鋭い視線を送る。

「ナイフの持ち方が違う」

「え?」

「ナイフは包丁や刀とは違う。持ち方は逆手で握るものだ」

 鞠菜はナイフを持っている右手を凛祢の目の前に見せた。

 凛祢もすぐに持ち直すと嫌そうな視線を送る。

「……持ちにくいんだけど」

「じき慣れる。始めるぞ」

「うん……」

 その日から凛祢と鞠菜の歩兵道に向けての訓練が始まった。

 ナイフ戦闘の訓練と筋力トレーニングから始まり、持久力を鍛えるマラソン、瞬発力を鍛える反復横跳び。

 来る日も来る日も早朝のマラソンと筋力トレーニング、ナイフの戦闘の訓練は続いた。

 いつしか鞠菜がどこからか用意してきた拳銃を使った射撃訓練も行い、凛祢はそれらの技術を時間を掛けながらも吸収していく。

 そんな修行を始めて1年ほど経って転機は訪れる。

 珍しく2人で朝食を食べていた朝。鞠菜が凛祢へと言葉を投げかける。

「凛祢。お前、もう9歳だよな」

「うん」

 鞠菜の言葉に凛祢は頷いた。

 ここにきて丁度2年くらいが経つ。凛祢の誕生日は書類上は鞠菜に拾われたあの日「10月24日」である。正確な誕生日は凛祢どころか孤児院の院長ですら知らなかったのだ。

「そろそろ、歩兵道の実戦に行ってみるか?」

「え?……本当!?」

 凛祢は食い入るようにテーブルに上半身を乗り出す。

「歩兵道と言っても小等部のほうは『リトルインファンタリー』だけどな」

「リトル……インファンタリー?」

 最近ようやく漢字を知り始めた凛祢は聞いたことのない言葉に首を傾げると鞠菜は少し笑って見せた。

「リトルは幼い、インファンタリーはドイツ語で歩兵と言う意味だ。明日は私もオフだから少し演習場の訓練を見に行ってみるか?」

「行く!絶対行く!」

 凛祢は満面の笑みを浮かべた。鞠菜もその笑顔を見て微笑んだ。

 鞠菜にとって凛祢のそんな顔を見たのは初めてだった。おそらく朱音も見たことはないだろう。

「そんな顔もできるんじゃないか……よし。なら今日は利口にしてろよ?」

「わかってるよ!楽しみだなリトルインファンタリー……」

 凛祢は目を輝かせ、どんなものなのかと想像を膨らませていた。

 

 

 翌日、凛祢は鞠菜と朱音に連れられて、最も近くにある演習場を訪れた。

 周りには多くの人が集まっており、凛祢は思わず生唾を飲み込む。

 1年半も人里を離れた鞠菜の家で暮らしていた凛祢には多くの人が集まる演習場は緊張を感じる場所であった。

 前方を歩く鞠菜に凛祢がついていくと朱音も後を追いかけてくる。

「よう、ゲイリー。久しぶりだな」

「マリナサン。オヒサシブリデス!」

 鞠菜が声を掛けた黒人の男は少し違和感の感じる口調で挨拶していた。

 外人特有のなまりと言うやつだろうか。

「ン?」

 黒人の男は後ろを歩いていた凛祢に視線を向ける。目が合い凛祢は思わず目を逸らした。

「マリナサン。イツノマニコドモヲ?」

「私の養子になった凛祢だ」

「どうも……」

 鞠菜が凛祢の頭を撫でると凛祢も頭を下げた。

「オー、ソウデシタカ。ワタシハ、ゲイリー・マッケンジー、デス!」

「周防凛祢です」

 ゲイリーの差し出した手に凛祢も手を出すと握手を交わす。

「ゲイリー。私は凛祢に歩兵道をやらせようと思う。適当に紅白戦を組んでくれないか?」

「カマイマセンガ……」

「訓練なら私がある程度はつけた。武器と制服だけ用意してもらっていいか?」

「リョウカイデス」

 ゲイリーはそう言い残して大型コンテナ車の方へと歩いて行く。

「あの人、知り合い?」

「ああ、私と紛争地域で何度か一緒に戦った軍人の1人だ」

 鞠菜はそう言って少しゲイリーについて教えてくれた。

 ゲイリー・マッケンジー。出身はアメリカ。見た目も筋肉質で、腕は鞠菜よりも二回り太いと言った感じだった。彼も軍人としては2等陸尉まで上がっていたそうだが実戦中に足を患って、前線に出ることを断念し歩兵道の教官(小等部と中等部担当)になったそうだ。

 数分後、凛祢は緑や黒の迷彩柄に彩られた特製制服に身を包む。

「武器は、ドウシマスカ?」

「ナイフで」

「凛祢、そこは拳銃も。だろ」

 コンテナ内に入ってきた鞠菜は並べられた銃火器の中から適当に拳銃を選び、実弾入りの弾倉を差し込みホルスターと共に凛祢に渡した。

 ゲイリーはライフルやマシンガンを持っていたが、鞠菜が耳打ちすると素直に元の場所に置いた。

 ナイフの入った鞘と自動拳銃『ワルサーPPK』が入ったホルスター、マガジンケースをベルトに装備する。

「なかなか様になっているな凛祢。これは女にモテるぞ。小学生のうちは喧嘩と歩兵道が強い奴がモテるからな」

「本当に大丈夫なの?」

「ったくお前は心配ばっかだな。大丈夫だって!独断とはいえ私が訓練したんだから」

 心配そうに視線を向ける朱音に鞠菜は言い包めるように対応する。

 ゲイリーの勧めで始める前に軽く射撃訓練と対人戦闘訓練だけを行う。

 射撃による銃弾の命中率は54%……半分程度と言ったところだった。

 そして数十分後、凛祢の初となる紅白戦が始まろうとしていた。

 ルールは時間指定有りの分隊殲滅戦。4つの分隊に分けられたチーム戦であり、全ての敵分隊を倒し、最後まで残った分隊が勝利となる。

 リトルには兵科で分けると言う概念はないため、全員が突撃兵の様な扱いらしい。

 それでも周りがライフルやマシンガンを持つ中、装備が拳銃とナイフのみだった凛祢は少し浮いていた。

 しかし、鞠菜の言いつけがある以上凛祢は絶対に拳銃以外の銃が使えなかった。

 理由は1つ。拳銃射撃しか鞠菜が教えていなかったからだ。

「おい、新人。生き残ることを第一に考えろ。そして仲間以外の分隊は信じるな。これが歩兵道の鉄則だ」

「……はい」

 今回の分隊長である少年の作戦内容や敵の動きの予測を聞き終え、凛祢も返事をした。

 すると、1人の少年が凛祢に声を掛けた。

「楽しくやろうな。お前、名前は?」

「周防凛祢です……」

「周防凛祢か。変わった名前だな。俺は司、萩風司(はぎかぜつかさ)だ。よろしくな」

「はい」

 司はそう言って握手を求めてきた。

 凛祢も少し戸惑いながらも握手を交わした。

 高まる緊張感の中で開始の合図が戦場に響き渡った。

 歩兵たちは一斉に移動を開始する。

 凛祢も仲間の歩兵を追いかけることに必死だった。

「……」

 いち早く森林内へと侵入した凛祢の部隊は有利に戦闘を運び、次々に敵歩兵を屠って行った。

 それからあっという間に時は経った。

 まだ1時間しか経過していないというのに4チーム存在した部隊はすでに2チームしか残存していない。

 凛祢の部隊ともう1つの部隊である。

「おい、新人!次突撃に回れ!」

「了解!」

 隊長からの指示に凜祢は木陰を出て、突撃していく。

 両手で構えた自動拳銃ワルサーPPKの引き金を引いた。

 銃弾は射撃戦を繰り広げていた歩兵に命中し、戦死させた。

「よし……」

 ようやく敵を1人屠ったことに凛祢が喜びの表情を浮かべた時だった。

「凜祢あぶない!」

 共に突撃していた司が背中を押した。

 一斉に乱射された銃弾が司の体に命中すると戦死判定を告げるアラームが響いた。

「……っ!」

 銃弾が飛んできた方に視線を向けると撃った本人であろう少年がStG45を構えていた。

 しかし、先ほどの射撃戦で弾切れになったのか、それとも乱射で銃弾が詰まったんのか。銃を捨て、ナイフを手に向かってくる。

 凛祢も腰の鞘からナイフを引き抜き、ダッシュで向かって行く。

 2人の距離が詰まった時、ナイフがぶつかり合う。お互いの手に衝撃が走る。

「……!」

「見ない顔だから新人だよな、お前。ここまで生き残ったのは才能か?それともずっと隠れていただけの臆病者か?」

「くっ……!」

 凛祢は投げかけられた言葉に少しイラ立ちを感じた。

 ナイフを持つ右手に力を込めるがナイフは低い金属音を立てているだけで動かない。

 左手に持つ拳銃を向けようとするが男は読んでいたのか、凛祢の左手首を掴み攻撃を封じてくる。

「うぐぐ……」

「なんだ、やっぱりただの初心者か」

 男のそんな言葉に凛祢はまたもイラ立ちを感じた。

「うう!!」

 凛祢は怒りに燃えた顔で男の顔面に頭突きをかました。

「ぐあぁぁ!」

 男は突然の頭突きが効いたのか顔面を抑えて数歩下がる。

 その隙をついて凛祢がナイフを突き立てる。

「なめんな!」

 力いっぱいの蹴りが凛祢の足を捉え、凛祢は態勢を崩してその場に転倒する。

 続くように態勢を崩した男も尻もちをついた。

 お互いに肩で息をしながら睨み合う。

 そして数秒後、2人が立ち上がりお互いにナイフを突き立てた時だった。

「試合終了!」

 2人のナイフはお互いの胸元に触れる直前で止まっていた。

「タイムオーバーだ!全員所定の場所に戻れ!」

 審判の声が響き渡り、少年たちは一斉に準備を進めていく。

「お前やるな。名前は?」

「周防凛祢です」

「周防か、俺は黒咲聖羅だ。にしてもお前何者だ?そんだけやれて、初心者ってすげーじゃねぇか」

「そ、そうですか?でも黒咲さんだって強かったですよ?」

「黒咲じゃなくて聖羅でいいよ!とにかくすげー奴だなお前!」

「ありがとうございます、じゃあ僕も凜祢でいいですよ」

「そうか?よろしくな凛祢!」

 聖羅はそう言って笑って見せた。そして凛祢も無意識に笑みを浮かべていた。

 その様子を見て、朱音は安心したように胸を撫でおろす。鞠菜は予想通りと言わんばかりに凜祢を見つめていた。

 それが、凜祢にとって初めての友人であり、後に親友となる「黒咲聖羅」、「萩風司」という男との出会いだった。

 

 

 初めて歩兵道、いやリトルインファンタリーの試合は引き分けという結果になった。

 それでも凛祢にとってはその一日がとても充実していただろう。

 あれから1週間、凛祢は1人で山中を走っていた。日課であるマラソンである。

 小1時間ほどで自宅の前に戻り、玄関に腰を下ろした。

「……」

 乱れる呼吸を落ち着かせていると。

「凜祢おはよう」

 玄関に鞠菜の姿があった。

「おはよう。珍しいね。鞠菜が早起きなんて」

「うるせー。私だって仕事の日くらいは早起きするさ」

「なあ、鞠菜。俺……いや、なんでもない」

 凛祢は言いかけた言葉を途中で飲み込む。

 今でも十分幸せだった。これ以上求めるのは流石に……。

「隠し事はするな、言いたいことがあるなら言え。お前は昔とは違う、今は我慢なんてする必要はない」

「じゃあ……俺、学校に行ってみたい。普通の子供って学校に行くものだろう?」

 凛祢は思わずそんば言葉を口にしていた。

 今は通信教育や朱音が勉強を見てくれているし、鞠菜の与えてくれる多くの本も読んでいて面白い。

 それでも聖羅や司の話を聞いて、自分も学校に行ってみたいと思っていた。

「まあ、そうだな。お前は前々から行かせるつもりだったがな。朱音の奴がなかなか心配性な奴でな」

 鞠菜は凛祢の隣に腰を下ろすと頭を掻く。

「そうだったんだ。今すぐとは言わない。できれば中学に行く年になったら学校に行かせてほしい」

「悪いな凛祢。お前を幸せにしてやるために引き取ったのに苦労かけて」

「そんなことないよ。俺こそわがまま言ってごめん」

 凜祢がそう言うと鞠菜は優しく凛祢の頭を撫でて、微笑んだ。

 それは訓練の時とは違う。まるで優しい母親の様にも見えた。

 それから、凜祢の生活は、朝に目を覚ましたら山中を駆け回る。午前中は朱音の指導の下、座学の授業と称して本を読み、午後になれば鞠菜を相手にしたCQC戦闘やらの実技を習った。

「まるで軍人だな。俺は将来、戦場に投入されるために育てられているのか?」

「違くないな」

 愚痴を漏らすと鞠菜は不敵な笑みを浮かべて呟いた。

「大丈夫だ。お前1人で敵を数十人相手にしても戦える様に育ててやる」

「俺は歩兵道がしたいだけで。別に、軍人になる気はないぞ」

 凛祢がやれやれと呟くと鞠菜はまた笑っていた。

 

 

 次のリトルインファンタリー公式戦。

 目の前には、前髪が少し長く鋭い目元が特徴的な黒咲聖羅と優しそうな顔に細身な体つきの萩風司の姿があった。

 最近気づいたのだが聖羅は1つ年上であり、司は同じ年だった。

「――ってのが今回の作戦だ」

「「了解」」

 聖羅の説明に凛祢と司が首を縦に振る。

「ところで凛祢っていったけ?女みたいな名前だな」

 今回から同じチームになった2人の男の内1人が口を開いた。

 凛祢はその言葉に不満そうに視線を向けた。

 口を開いたのは筋肉質な体つきに太い眉が印象的な「ビスマルク・アークライド」だった。

「凜祢が男の名前で何が悪い!馬鹿にすると許さないぞ」

「そんな怒んなよ……いい名前だとは思うぞ」

「もうビスマルクくんは相変わらずだね。ほら、凛祢も落ち着いて」

 割って入る様に司が凛祢を落ち着かせる。

 それでもビスマルクに不満そうな視線を向ける。

「ビスマルク。お前、昔俺にも同じこと言ったよな。聖羅は女っぽい名前だって」

「そうだったか?」

「そうだったよ。相変わらず忘れっぽいんだから」

 聖羅も苦笑いして呟くと、ビスマルクは腕を組んで考える仕草を見せる。

 隣に立っていたもう1人の普段は冷静な性格の男、「グラーフ・シュバルド」はやれやれと首を横に振った。

「ったく。じゃあ試合も始まるからそろそろ行くぞ」

「うん」

「はい」

「おう」

「了解だ」

 聖羅の言葉に4人は返事をしてそれぞれの装備を手に戦いの準備をする。

 凜祢たち5人はそれぞれの力を駆使し、お互いの欠点を補いあうことでどんな状況にも対応できるチームとなり勝利を手にしていった。

 試合後の帰り道。

「よっしゃー!今日も勝ったぜ!」

「まったく無茶するな」

「お前がいるからだろ?凛祢」

 聖羅は凛祢を見て笑みを浮かべる。

 凛祢も苦笑いしていたが、この瞬間がとても心地いいと感じていた。。

「お兄ちゃん!凛祢さん!」

 2人を呼ぶ声に振り返ると聖羅の妹である黒咲聖菜の姿があった。幼くも愛らしい顔つきは聖羅と兄妹とは思えないほどだ。

「よう、今日も見てたか?俺の活躍!」

「お兄ちゃんは凛祢さんや司さんに助けてもらってただけでしょ」

「なに?俺はいつだって勝つための最善を取っているぜ!」

 聖菜がジト目で見つめると聖羅は少しムキになったように声を上げる。

「あ、そうだ。凛祢さん今日はウチで晩ご飯食べていきませんか?今日カレーなんです!」

「お、そうだな!凛祢寄ってけよ」

「うーん、うん。ご馳走になるよ」

 凛祢は少し考えた後に、答えを出した。

 幸い、今日は鞠菜も朱音も帰りは遅かったからだ。

「はい!」

 聖菜も笑みを浮かべて凛祢と聖羅の後を歩いてくる。

 3人で黒咲家に向かって帰路を進んだ。

 この黒咲兄妹には結構世話になっている。

 よく夕食をご馳走になったし、泊めてもらったりもした。

 夏には3人で花火なんかをしたりもしたっけ。

 自分の知る中では絵に描いたような優しい兄妹だ。

 凛祢は心からそう思っていた。

 

 

 僅か1年ちょっとで凛祢たちはリトルインファンタリーでも1位、2位を争うほどのチームへと成長していく。

 教官であるゲイリーの教育法が良かったのもあるが、やはり凛祢たち自身の意欲が大きかっただろう。

 純粋に歩兵道を楽しみ、強くなりたいと願った少年たちの……努力の賜物である。

 凛祢には周防鞠菜という元軍人であり、現在高校歩兵道で教官をしている者の教育を受けていたため、その実力は誰よりも一歩先を行っていた。

 勝利することで鞠菜は「よくやった」と誉めてくれる。それが凛祢にとっての生き甲斐であり、全てだった。

 そして時間は流れ、小学校卒業を目前にした司と中学から編入する凛祢は聖羅やビスマルク、グラーフを追いかけるように黒鉄(くろがね)中学校へと進学を決める。

 もちろん朱音は反対した黒鉄中学は歩兵道に力を入れた優秀な学校であり、古くから結果を残してきた学校だからだ。

 朱音は鞠菜と違ってあまり歩兵道をやらせたくない様なのだ。しかし、凛祢と鞠菜の強い交渉でようやく承諾を勝ち取った。

 ついに学校へと編入する日。

 凛祢は港に到着していた黒鉄学園艦を見つめた。

 黒鉄学園艦は全寮制であるため凛祢は1人で学園艦に行くことになる。

「これが……学園艦!」

 学園艦の圧倒的な存在感に思わずそんな言葉を呟く。

「凜祢。私たちは仕事の都合もあってこれからしばらくはお別れだけど体に気を付けてね」

「凜祢。ここからお前の人生は始まる。歩兵道を続けるなら忘れるな。正しく使えば『力』、間違って使えば『暴力』。正しいか間違いかを決めるのは自分自身だ」

 朱音と鞠菜は凛祢の顔を見て言い放つと、優しく微笑んだ。

「鞠菜、朱音。本当にありがとう。俺頑張るから!」

 そう言い残して凛祢は学園艦内へと続く階段を登っていく。

 1歩踏み出すたびに、鞠菜と朱音に拾われてからのことを思い出す。

 学校に行くことは凛祢は望んだことだったから。

 必ず成長して戻って来る。夢なんてものはまだないが、それでも今は黒鉄中学校で何かを得よう。

 先のことはその時考えればいい。

 凜祢は強い思いを胸に空を見上げると、学園艦はゆっくりと海上を進み始めた。




今回も読んで頂きありがとうございます
凜祢の過去編、前編はここまで。
どうだったでしょうか?
凛祢の生まれと歩兵道をするきっかけなどの話です。
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