ガールズ&パンツァー~地を駆ける歩兵達~   作:UNIMITES

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どうもUNIMITESです
リアルが忙しくて前回の投稿から一か月ほど経ってしまいました。
申し訳ありません。
凛祢の記録編も最後です。
では本編をどうぞ


第22話 リンカーネーションメモリアル・後編

~決別する超人、空白の二年間~

 

 ようやく茨城県大洗町に到着した凛祢と鞠菜は早足に目的地を目指した。

 鞠菜の後を追うように歩み、木製の古めかしくも広そうな建物の前で足を止める。

「ここだ。昔から何も変わっていないな」

 そう言って門をくぐると凛祢も続くように門をくぐる。

 そして玄関のインターフォンを押すと、数秒ほどして扉を開け優しそうなおばさんが現れる。

「あら鞠菜さん。珍しいわねウチに来るなんて」

「お久しぶりです麗子さん。玄十郎さんいらっしゃいますか?」

「ええ。入って入って」

 麗子という女性に案内され鞠菜は中に入る。

「ん?鞠菜さん、いつ子供産んだの?」

「私の子じゃないですよ。まだ結婚もしてないんですから。養子の凛祢です」

「あら、そうなの。鞠菜さんとあまり似てないと思って……凛祢くんも入って」

 凛祢も言われるまま家にお邪魔し、畳部屋に案内される。

 数分ほどで照月流の師範である照月玄十郎が現れた。

 鞠菜の説明通り見た目の威圧感が凄い。

「周防、お前がわざわざここにくるとは何用だ?」

「そんな怖い顔で睨むなって。こいつは私の養子の周防凛祢だ、覇王流格闘術を皆伝してやってほしい」

「鞠菜、我が家の流派はそう軽々と皆伝してやるほど安くはない。それに養子だと言ったが、どこの馬の骨かわからないボウズに皆伝してやる義理もないぞ」

「馬の骨ねぇ。今年の全国大会、黒鉄の新入生に歩兵道でも目立った成績を残した生徒がいるのは知っているだろ?それはこいつだ」

「……ほう」

 玄十郎は鞠菜の話を聞いて再び凛祢に視線を向ける。

 凛祢も正座したまま視線を向けた。

「別にこいつが覇王流の絶技を取得できる保証はない。でも一度だけ見てやってほしんだ。頼む」

 鞠菜は頭を畳に押し付けるように頭を下げた。

 そう、土下座をしているのだ。

 彼女の性格から他人のために頭を下げるなんて信じられなかった。

 でも彼女は自分のために頭を下げている。

「凛祢とか言ったな。おぬしは何故拳を鍛える?」

「それはなぜ格闘術で戦うのか、ということでしょうか?」

「歩兵道であれば銃や刀、武器があるであろう?なのにおぬしはなぜ拳を、格闘術という「武術」を覚えることを決めた?」

「それは……」

 凛祢は言葉が出なかった。

 何のために拳を鍛えるのか。それは強くあるため。

「格闘術を学ぶことで得られる強さがあると思うからです」

「その答えは0点だ。お前は流派がどんなに重いものかわかっていない」

 玄十郎は否定するように言い放つ。

「……じゃあ、その流派ってなんなんですか?」

「武術に限った話ではないが流派とは人とのつながりの形だ。どんな墓よりも強固に受け継がれていく。受け継がれた者がいる限りな」

「人とのつながり……」

 凛祢は復唱すると少し考えるように視線を影に落とした。

 そんな感情論の様なことを言われても正直ピンと来ない。

「おぬしは鞠菜の戦闘術を受け継いだのだろう?それもお前たちのつながりあってこそだ」

「おい、それで凛祢に格闘術を教える気はあるのか?」

「まあ、いいだろう。お前が土下座したくらいだ。どんな形になろうと最後まで面倒を見てやろう」

 鞠菜の言葉に玄十郎は返答する。

 結果的に格闘術を教えてはくれるようだ。

 少し安心したように胸を撫でおろした。

 それから長期休暇の間は大洗町に滞在することになった凛祢は休暇が終わるまでひたすら格闘術の修行に取り組んだ。

 格闘術とはただ強い拳、蹴りを放つためのものだと思っていたが全然違った。

 この覇王流格闘術もそうだ。

 拳には信念を乗せるものだって玄十郎は言っていた。

 休暇が終わるまでの短期間で使える技を数個だけ取得することはできた。

 気が付けば山梨に帰還する日になっていた。

「もう帰っちゃうのね凛祢くん」

「凛祢。定期的に大洗にこい。まだまだ修行を積む必要がある」

「はい、わかりました」

 玄十郎の言葉を聞いて凛祢は返事をすると鞠菜と共に歩き出す。

「どうだった?」

「うん。まだまだ足りないけど。少しはマシになったと思う」

 覇王流格闘術は歩兵道用に改良された技もあるらしい。

 それでも、いつか絶技の「無拍子」って技を取得するのが目標だった。

「でもあの鞠菜さんがよく頭を下げたわね玄十郎さん」

「鞠菜の体は、そう長くは持たんのだ」

「え?そうなんですか!?」

 凛祢たちの背中を見つめ、玄十郎は呟いた。その言葉に麗子も驚く。

「あいつなりにあの少年、凛祢に何かを残してやろうと必死なのだろう……持ってあと一年、早ければ半年だと聞いている」

「玄十郎さんはそれを知ったから凛祢くんに覇王流を?」

「……ただの気まぐれじゃ」

 玄十郎はそう言って振り返ると、ちょうど帰宅した少女の姿があった。

「帰ったのか英子」

「うん。お爺様あの人は?」

「凛祢という男だ。年は英子の一つ下だったな」

「ふーん……凛祢ねぇ」

 2人が家の中に入っていくが英子は凛祢の後姿を見つめていた。

 

 

 そして、長期休暇も終わり凛祢が黒鉄中学校の学園艦に再び帰還する日を迎える。

 港には凛祢や聖羅、司の他にも見送りに来ていた鞠菜と聖菜の姿がある。

「もう帰っちゃうんですか?お兄ちゃん、司さん、凛祢さん」

「永遠の別れでもあるまいし、そんな顔するなよ」

 聖羅は聖菜の名残惜しそうな様子を見て、思わず呟いた。

「だってー……」

「聖菜さんも来年には黒鉄に入学するんですからそれまでの辛抱ですよ」

「うー、わかりました……」

 司が優しく笑みを浮かべると聖菜は小さな子供の様に返事をする。

 そんな様子を横目に見つめ、凛祢は鞠菜に視線を向けた。

「鞠菜、体には気をつけてよ。もう昔とは違うんだから」

「わかってるっつーの。心配し過ぎだ」

 凛祢の言葉に鞠菜は仁王立ちしたまま笑って見せた。

 本人はそう言っているが正直心配だ。

 鞠菜の体はもうボロボロなのだ。過去の戦場での戦いで負った傷が原因だそうだが……。

 そのせいで半年前から歩兵道の教官としての仕事もやめてしまったようだから。

「凛祢。がんばれよ」

「うん。じゃあ行くよ。朱音にもよろしく言っておいてくれ」

 凛祢は短く別れの言葉を告げると、聖羅たちと共に学園艦に乗り込んだ。

 

 

 夏が終わり、いつもと変わらない歩兵道という戦場で戦う日々。

 そんな日常が続いて黒鉄の歩兵道は少しづつ変わり始めていた。

 凛祢や聖羅、司は個々の実力によってチーム内で目立ち始める。

 突撃兵であった3人も、ようやく自分の戦い方を見つけて転科することとなった。

 黒鉄が強くあるために、勝利するためにと。

 射撃と近接戦闘どちらにも対応できる聖羅と司は砲兵と狙撃兵へ。そして近距離戦闘、CQC戦闘に特化していた凛祢は工兵へ転科した。

 すぐに工兵、砲兵免許を取得して実戦に対応た。

 時は過ぎて凛祢たちも2年生に進級する。

 その頃には黒鉄の名はより歩兵道界に広まっていた。そして超人、周防凛祢の名も。

 5月。凛祢は次の全国大会に向けて本土の大洗町、照月家で格闘技の修行を受けていた。

 半年以上修行を受けてようやく形になってきた覇王流格闘術。

「はっ!」

 凛祢が流星掌打を放つと、玄十郎は攻撃を左手で弾き、カウンターの流星掌打を打ち込む。

 腹部の痛みに凛祢は膝をついてうずくまる。

「どうした?さっさと立たんか!」

「……容赦なさすぎでしょ。普通にカウンターしておいて」

「『震電返し』は見切りが重要なカウンター技だからな……」

 玄十郎は仁王立ちしてそう言った。

 覇王鉄槌・震電返し。覇王流の中でも唯一のカウンター技だ。敵の攻撃と共に拳や掌打を見舞ったりはじき返すことで防御したりもできる。これはナイフ戦闘や格闘と言った近接戦闘でしか有効ではないが。玄十郎の言う通り見切りが重要な技でもある。

 こんな男が鞠菜の師匠なんて最初は驚きだったが、今となってはそれも分かる気がする。

 この人は強い。歩兵道をしていたとは聞いていたが、予想以上に強かった。

 今こうして自分が畳に膝をついているのがいい証拠だ。

「まあ、格闘技のセンスはなかったと言えばそれで終わりだがどうする?」

「続けますよ。俺は強くなりたいから……」

「凛祢よ……どうしてそこまでして強くあろうとする?」

 玄十郎は凛祢に問い掛ける。

 その質問に凛祢も少し考えると口を開いた。

「歩兵道が好きだからだと思います……俺にできる事はこれだけですから」

「ほう……悪くない答えだがいいとも言えない答えだな」

「そうですか?ただ好きだってことに打ち込むのはいいことだと思うんですけど」

 玄十郎の言葉に凛祢は少し不満気に呟いた。

 その時は知る由もなかった。この先、あんな事になるなんて。

 

 

 迎えた全国大会。予想通り黒鉄中学は順調に勝ち進んでいた。

 決勝戦の対戦カードは去年と同じ黒鉄中学と赤山中学。

 戦力にも実力も拮抗する中、凛祢は戦場で再びアルベルトと対峙していた。

「久しいな。超人いや、周防。まさか工兵になっていたとは」

「アルベルト……そっちは自動拳銃じゃなくなったんだな」

 2人はお互いの変化を確認して、笑みを浮かべる。

 現に1年前とは違い凛祢は工兵に、アルベルトは使用武器が自動拳銃トカレフから回転式拳銃ナガンM1895に変わっていた。

「お前が言ったんだろ。俺にはリボルバーが向いていると。だからそうしたまでだ」

「敵の言葉を信じるなんて、その内、悪い女に騙されますよ」

「ふん!言ってろ!」

 凛祢とアルベルトは戦闘前の緊張感の中で言葉を交わす。

「「勝つのは……俺だ!」」

 その言葉を合図に、2人の戦闘が開始される。

 アルベルトの早撃ちと跳弾による射撃センスは凛祢を遥かに上回っている。だが、凛祢もまた近接戦闘に持ち込めばアルベルトを上回っていた。

 跳弾による攻撃を才能である直感で回避する。

 そして、12発目の銃弾を回避して凛祢は再び接近する。

 地面を撫でるように右手のコンバットナイフで切り上げる。

 アルベルトもまた攻撃を紙一重で回避した。

 瞬時に凛祢は銃口を向けようとするがナガンを持つ右手でブロックする。

「くっ!」

「ふっ!」

 2人の攻防が続き、凛祢がアルベルトの腹部を蹴り飛ばして距離が開く。

「はぁ、はぁ」

「やはり一筋縄では勝たせてくれないか」

 息を切らしている凛祢を見つめるアルベルトはナガンに6発銃弾を装填する。

 凛祢もルガー残弾を計算する。残りは3発。

「アルベルトの跳弾を完全に回避する事はできない。だが、撃たせなければ!」

 凛祢は再び接近するために走り出す。

 アルベルトがナガンを構えるとお互い引き金を引いた。

 数発の銃弾が空で激突し銃弾がはじける。

「はっ!」

 凛祢はアルベルトの足目掛けて覇王流紫電脚を放つ。

 瞬時に流星掌打を見舞う。

「ぐっ!」

 態勢を崩したアルベルトの上に馬乗りになる。

「俺の勝ちだ……」

「……」

 凛祢が静かに呟くがアルベルトは笑みを浮かべていた。

「……!」

 凛祢は直感的に危機を察知し、アルベルトから離れた。

 一瞬遅れて銃弾がアルベルトの上を統べる。

「……ちっ!」

「サンキュー、エレン」

 アルベルトは体を起こすと茂みから歩兵が現れる。

「くそ……2対1では不利か」

 凛祢がそう思った時だった。

 サイレンと共にアナウンスがフィールド全体に響き渡る。

「黒鉄中学校隊長、萩風司くん戦闘不能!よって赤山中学校の勝利!」

 凛祢とアルベルト、エレン3人は同時に顔を見合わせる。

「勝ったのか……俺たち?」

「そうなんじゃないか?」

 アルベルトはエレンと言葉を交わすとナガンをホルスターに差し込んだ。

「負けた……でも仕方ないか」

 凛祢もルガ―をホルスターに収納して、大きく息を吐いた。

「周防、結果的には俺たちが勝ったが、まだお前には勝っていない。次会うときは俺がお前という超人を屠ってやる」

「負けるつもりはないよ……アルベルト、その名前は憶えておきます」

 凛祢とアルベルトはお互いを好敵手として認め合うように拳をぶつけ合うとそれぞれの陣地に帰還していった。

 十数分ほどで陣地に戻るとチームがざわついていることに気づく。

「龍治、何かあったのか?」

「凛祢!それが……」

 龍治は凛祢の顔を確認して説明する。

 話を聞いて人込みを進み聖羅と司の姿を確認した。

「ふざけんなよ!」

「止めてくれ聖羅!」

 聖羅と司の声が響く。

「なにやってんだよ聖羅!」

「うるせー!負けたんだぞ、俺たちは!」

「それは結果だろ!」

 割って入る様に聖羅の前に立ち、声を上げる。

「今更結果をどうこう言ってどうなるって言うんだ!」

「俺は……勝ち続けなくちゃならないんだ!」

 聖羅の叫びとその目を見て……感じていた違和感がようやくわかった。

 聖羅は、勝利の脅迫関連に狩られている。聖羅だけじゃない、自分たちもそれは同じだった。

 こんなのは歩兵道じゃない……ただの戦争じゃないか。

「聖羅、お前は間違ってる。こんなのは歩兵道じゃない」

「超人なんて呼ばれたお前に何がわかる!」

「……!」

 聖羅のその言葉が凛祢の中の何かを狂わせた。

 気が付けば逃げるように走り出していた。

「聖羅!なんであんなことを!」

「俺は勝利のためならどんな苦痛も、犠牲も厭わない。たとえ親友を切り捨てることになっても!」

 それが黒咲聖羅の歩兵道だった。

 勝利するために不必要な存在は切り捨てる。その先には何もないとも知らず。

 

 

 体力の限り走り続けて1時間が過ぎた頃だろうか。

 凛祢は右も左も分からない本土の地で小さな公園を発見していた。

 ゆっくりな足取りでベンチに座り込む。

「……」

 肩で息をする体を落ち着かせる。

 超人……周防凛祢という男の力を現す呼び名。その名前が嫌いだったわけではない。だが、この名前を求めるべきではなかったのかもしれない。

 仲間にまで恨まれるなら、強くなんてなりたくなかった。

「凛祢……」

「司……」

 凛祢の視線の先には司の姿があった。凛祢と同様に今まで走り回っていたのか、肩で息をしていることに気づく。

「教えてくれ。俺は、俺たちはなんのために歩兵道をやっていたんだ?」

「……」

「なあ、答えてくれ。勝利の先には一体何があるんだ!?」

「俺にもわからない。でも、今まで勝利するためだけに戦ってきたから。そうするしか……」

 司も答えたくなかったが、なんとか言葉をつなげる。

「やったよ、やったんだよ!必死に!その結果がこれなんだよ!超人と呼ばれて期待に応えようと戦った。なのに、超人だから勝つのは当たり前だと言われる。親友にまで言われてしまった。これ以上何をどうしろって言うんだ!」

 叫びを上げていた。

 戦って戦って戦い抜いたその先には何もなかった。今の黒鉄の歩兵道は力で敵をねじ伏せるだけの歩兵道だったのだ。 

 司も思わず視線を落とした。掛ける言葉もない。

「悪い司……」

「いや、俺こそ悪かった」

「いいよ……だけど俺はもう聖羅とは戦えない。決別するよ」

 凛祢はそう呟くと学園艦に向かって歩き出した

 司もまた何も言わず後を追った。

 

 

 全国大会から2週間後、凛祢は黒鉄の学園艦から転校することとなった。

「凛祢……」

「……」

 学園艦を去る日、凛祢の元には司、ビスマルク、グラーフの姿があった。

「本当に転校しちまうのか?」

「残るべきだよ凛祢。君がいなきゃ黒鉄は」

 ビスマルクとグラーフは呟いた。

「いや、ここに居たらきっと歩兵道がらみで問題が起きる」

「だから、俺は去るべきなんだ。ごめんビスマルク、グラーフ。黒森峰への推薦を無くしちゃって」

 凛祢は頭を下げた。

 黒森峰は高校における歩兵道と戦車道の優秀な高校であり、聖羅やグラーフたちが推薦を考えていた学校なのだ。

「そんなの気にすんなよ!お前がいなければそもそも推薦の話すら来なかったっての!」

「ビスマルクの言う通りだ。きみがいたから僕たちはここまでこれたんだよ」

 2人は感謝するように凛祢に声を掛けた。

「司、龍治は?」

「聖羅のところに行っているよ……」

「そうか……じゃあな」

 凛祢はまとめ終えた荷物を持つと寮を出る。

「ああ……さらばだ戦友よ」

 司も一言残して後は何も言わなかった。

「凛祢くん……」

「ミッコ、ミカ。それに聖菜」

 港で転校する学園艦を待っているとミッコが現れる。隣にはミカと聖菜の姿もある。

「凛祢くん。本当に転校しちゃうんだ」

「凛祢さん、いっちゃやですよ」

「悪い、元気でな」

 2人を見て凛祢は笑みを浮かべる。

 するとミカがカンテレを鳴らして呟いた。

「さよならは悲しい言葉じゃない。また会おうという約束さ」

 言葉の意味があっているのかは知らないが、言う通りだった気がした。

 2人もようやく決心がついたのか凛祢を見た。

「うん、さよなら凛祢くん」

「さよなら凛祢さん」

「さよなら」

 凛祢たちも最後の言葉を交わすとミカが最後にもう一度カンテレを鳴らした。

 

 

 そして転校先の翠緑中学で凛祢は再び歩兵道をすることはなかった。

 少しだけ戦場から離れたかった。

 しかし、そんな凛祢を悲劇が襲う。

 教室で授業を聞いていたある日、勢いよく教室の扉が開かれた。

 生徒全員の視線が扉を開け放った教員に向く。

「周防。鞠菜さんが倒れたそうだ」

「え?」

 凛祢は告げられた言葉を理解できなかった。

 いや、正確には頭が理解を拒んだのだ。

 凛祢に伝えられた話は3つ。

 鞠菜が倒れたということの説明。

 自分が本土に帰国するためのヘリが向かっていること。

 そして彼女の時間がもう長くないと言うこと。

 そんなはずない。必死にそう思い続けた。

 もう長くない?どういう意味だ?

 鞠菜の体が悪くなっていたのは知っていた。隠していたが朱音との話を聞いてしまったから。

 病気の種類は静脈血栓の類だと朱音は言っていた。それがどんなものなのかは知らないが昔、銃で撃たれたことが原因で、その後遺症が数年をかけて進行していたらしい。

 でも、どうしていまなんだ。

 少なからず分かっていた、手足が震えることがあると言っていたし、片目の視力も失いつつあった。

 それが脳幹付近にできた血栓が原因だったのかもしれない。

 だが、鞠菜は言った。大丈夫だ、と。それ風邪や傷のように直るかもしれないって思ってた。

 病院にも通っていたようだし、定期的に治療も受けていた。

 だが、彼女は自分の治療よりも凛祢と居ることを、何かを残してやろうと必死にだったのだ。

 自分にとって周防凛祢という少年は血のつながりはなくとも本当の家族だったから。

 ヘリを使って本土の山梨に戻った凛祢はただただ山中の小屋を目指した。

 全力疾走して心臓が張り裂けそうだったが、止まれなかった。

 扉を開け放ち家に入る凛祢。

「凛祢……」

「朱音、鞠菜は?」

「1週間前からずっと、寝たきりよ」

「そうか」

 朱音の表情から容体は相当悪いことが理解できた。

 静かに鞠菜の部屋に入ると、そこにはただ冷たい空気が漂っている。

 ベッドには鞠菜が1人静かに目を閉じている。

 ただただ眠る女にしか見えない。

「ただいま、鞠菜。今帰ったよ」

 凛祢のそんな声に反応すると、ゆっくりと瞼を開けた。

「……り、んね」

 力なく開かれた目で、じっと凛祢を見つめる鞠菜は静かに手を伸ばす。

 何も言わずその手を取った。その手は予想よりもずっと冷たい手をしていた。

 自分の知る鞠菜の手ではないような。

「おかえり、凛祢……」

 枯れたような声を聞いて、再び心が引き裂かれる思いだった。

 かつて、軍人として名を馳せ、歩兵道でも一流と呼ばれた教官「周防鞠菜」ではない様だった。

 いつだって滅茶苦茶な事を言って周りを巻き込んでいた女。

「鞠菜……俺はまだ恩返ししてない。まだ返すものを返してないのにいなくなるのか……?」

「ああ……」

「もう、どうにもならないのか?」

「ああ、何年も前から、こうなることはわかってた」

 鞠菜はかすれたような声で答える。

 凛祢は手に力を込めた。

「俺には、何もできないのか?」

「お前にはお前のやるべきことがある。お前はもう自分で道を決められる、私はそう育ててやったんだから」

「まだ、わからないよ。俺のやるべきことなんて……」

 凛祢は再び手に力を込めた。それでも鞠菜の表情は変化しない。

 こんな痛みの感覚も、もう……。

「いいか、凛祢。人間ってのは永遠じゃない。だれでもいつか死ぬものなんだ」

「分かってる……でも、俺は」

「泣くなよ、凛祢」

「今くらいは泣いてもいいだろ……」

 一筋の涙が頬を伝う。

 それでも声をこらえる。今声をあげて泣けばきっともう止まらなくなるから。

「凛祢、私はお前に何もしてやれなかったな」

「そんな、ことない。俺にこんなにもたくさんのものをくれた!」

 凛祢も必死に言葉をつなげる。

 歩兵道の技術だって、この家も、この名前も。全部鞠菜がくれたものだから。

「私はもう……」

「弱気なことを言うな。俺の命は鞠菜が暮れたものだ、なのに……」

「私はもう十分生きたんだ。お前も私じゃなく自分のため、そして誰かのために、そうだな。好きな女とかの生きればいい」

 鞠菜はうつろな目で天井を見上げるとそんな言葉をこぼした。

「……」

 言葉が出ない。でも、そんな冗談を言えるならきっとまだ……。

「凛祢。すこし疲れたな。もう寝てもいいか……?」

「……ああ、おやすみ鞠菜」

「り、んね、私はお前を本当に愛してた……」

「……!」

 それが彼女のくれた、最初で最後の「愛している」という愛の言葉だった。

 瞼を閉じて、眠りに落ちた鞠菜は結局そのまま2度と目を覚まさなかった。

 周防鞠菜の葬式に参加したのは数人の親族と、凛祢、朱音、そして長い付き合いだったと言う照月家の人間だけ。

 鞠菜の死体が焼かれて骨になった頃でも凛祢は気力を失って、抜け殻になったまま。

 翠緑中学の学園艦に帰還することになってもそれは変わることはない。

 凛祢はまるで孤児院に居た時の様に死んだような顔で日々を過ごしていた。

 鞠菜の死後、超人周防凛祢が歩兵道の表舞台に現れることはなかった。2年後の西住みほと出会う日までは。

 歩兵道も、親友も、そして家族同然でありすべてであった鞠菜も失ってしまったのだ。

 そんな状態のまま凛祢は転校先で中学生活を終えて、朱音の昔通っていたという大洗学園艦の大男子学園に進学することとなる。

 きっと、あの選択は間違いだったのだ。あの時選択を間違えなければ、もっとマシな答えに至っていたかもしれない

 今も聖羅という男は「勝利の脅迫関連」に突き動かされている。あいつがああなったのはあいつだけの責任じゃない。

 判断を間違えたのだ。聖羅の歩兵道に背を向けるしかできなかった。

 そして時は大洗学園艦の現在へ――。

 あの日、西住みほという少女とこのガレージで出会ったんだ。




今回も読んでいただきありがとうございます。
これにて凛祢の記録編は終了です。
次回からは今まで通り、本編を投稿します。
質問、意見は募集中です。
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