ガールズ&パンツァー~地を駆ける歩兵達~ 作:UNIMITES
どうもUNIMITESです。
今回から本編です。
準決勝(オリジナル)に入るので至らないところもあるかもしれませんがではどうぞ。
凛祢は再び顔を上げて目の前に立つ西住みほに視線を向けた。
「これが俺の、超人周防の過去だ。今思えば俺は逃げたのかもしれない。聖羅の歩兵道を見ていられなくて」
「凛祢さん……」
「間違いだったんだ。俺の選択は……あの日聖羅を正してやれなかった」
凛祢は俯いたまま呟いた。
朱音に勧められた歩兵道のない高校へと入学して、周防から葛城に名前も変わり凛祢は大洗学園艦にたどり着いた。
もう分からなかったのだ。何を思って歩兵道をすればいいのか。戦う理由も信念も無くした。
超人なんて呼ばれるべきじゃなかったんだ。
こんなことになるなら歩兵道なんて……。
「間違ってはいなかったと思います。失敗はしたかもしれません……ですが凛祢さんは間違っていなかったと思います!」
「みほ……」
凛祢は少し驚きながら視線を向けた。
みほは言葉を続ける。
「初めてあったとき、凛祢さん言いましたよね。『無理に戦車に乗ること無い』って。私嬉しかったんです。あんな風に言ってもらえて。私は戦車道が好きだったから戦車に乗ることを決めました。じゃあ凛祢さんはどうして?!」
「そ、それは……」
再び口籠りながらも言葉を絞り出す。
どうして、今自分はここにいる?
それは、会長たちにああ言われたから仕方なく……。
『……それは嘘だ』
自分の中の誰かがそう言った気がした。
「凛祢さんにとって歩兵道は何だったんですか!?」
みほは再び声を上げる。
葛城凛祢はどうして……歩兵道をすることを選んだ?
過去の栄光だったから? 違う
恩師である鞠菜との唯一のつながりだったから? 違う!
才能に恵まれ、超人と呼ばれていたから? 違う!!
自分自身が歩兵道の戦場を欲したから。
そうさ、答えはいつだって、ここ(心)にあった。
あの日まだ孤児院にいた頃の、亜凜という少年の時からの思いが今でも心に残っていたから。
「俺自身が歩兵道を好きだったから……たとえ歩兵道で何もかも失った今でも、この手で歩兵道することだけはできたから」
「そうですよ!私たちは形は違えど同じように戦車道と歩兵道で気持ちを失ってしまいました。でも、今は確かに戦車道と歩兵道で得た物があります!私、凛祢さんに出会えて本当に良かったと思っているんです」
みほは真剣な表情で凛祢を見つめる。
そうか。こんな簡単な答えだったのか。
自分を偽ることはできない。好きだって思いは凛祢が持ち続けた思いだったから。
鞠菜がいたなら……いやもうこんな風に考えるのはやめよう。
彼女はもういないのだから。
自分自身、凛祢の、本当の願いと信念に従う。
リトルインファンタリーの頃の楽しかった歩兵道がいつまでも続いてほしいという少年の願い。
そして、目の前にいる誰かを孤独にはさせないという信念。
孤独の辛さは自分が一番よく知っているから。
答えはそれだけでいい。
「やっぱり優しいんだな、みほは。そんな君だったから……俺は好きになったのかもしれないな」
「え?え!?凛祢さん、す、好きって!」
「ああ、みほのこと……好きだ」
凛祢はみほを見つめて思いを打ち明ける。
「そんな、私なんて!えーー!?」
みほはそんな声にならない声を上げて赤面していた。
凛祢もまた恥ずかしそうに頬を赤くしていた。
しばらくお互いに言葉も交わさずにいたが、ようやく凛祢が口を開いた。
「みほ……」
「な、なんでしょうか?」
「ありがとう。答えは得たよ」
凛祢は拳を強く握りしめた。
超人周防はもういない。今ここにいるのは周防鞠菜と葛城朱音に育てられた葛城凛祢という男だ。
超人には戻らない。みほと……この学園のみんなとならどんな道でも歩いて行ける気がする。
彼女は自分を受け入れてくれたから。
「そうですか。凛祢さん一つだけ聞いていいですか?」
「ん?」
「歩兵道をするのは辛くはありませんか?」
「ああ、むしろみほたちと戦場に立てて凄い楽しいと思ってる」
凛祢が笑みを浮かべて呟くとみほも優しく微笑んでいた。
「私も凛祢さんの事が好きです。これからも傍にいてくれますか?」
「当たり前だ。俺は絶対守り抜いて見せるよみほも……この学園も」
2人は最後にもう一度言葉を交わした。
翌日、朝早く病院での手続きを終え凛祢は通学路を歩いていた。
昨日の事を思い出すと今でも顔が熱くなる。
告白したとはいえ、みほと付き合うことになったと思っていいのかな。
鞠菜。ようやく見つけたよ、好きな女ってのを。
西住みほのために戦う。それだけでいいんだよな。
「凛祢さん、おはようございます!」
「みほ。おはよう」
後方からの声に振り返るとみほの姿があった。
凛祢も挨拶を返し、2人で通学路を歩き出す。
歩き初めてから先に口を開いたのはみほだった。
「もう体は大丈夫なんですか?」
「まあ、丈夫だからな。昔から……そう言えば準決勝の対戦校ってどこなんだ?」
「えっと、今日にはわかるって会長たちが言ってました」
「そうなのか……」
凛祢は考え込むように右手を顎に当てた。
そもそも準決勝だから残っているのは残り大洗連合を含めて4校。
1校は黒森峰連合だから。残りは2校か。
まあ、最近まで歩兵道をしていなかったから予想なんて無意味だけど。
大洗連合だってプラウダ&ファークト連合を下している。その結果だって連盟や文科省からすれば、すでに大番狂わせだろうからな。
「凛祢さん」
「ん?」
「もう無理はしないでくださいね。全国大会が始まってから凛祢さん全試合戦死してますよね?」
「あー、そういえば……そうだな」
みほの言葉に凛祢はこれまでの試合を思い出す。
確かに彼女の言う通り、この全国大会が始まってから全試合戦死判定を受けていた。アルベルトの時は気絶してしまったんだが。
それは自分がメッザルーナやアルベルトといった強敵を相手にしてきたからだろう。
「まあ、次くらいは生存できるようにする。じゃあまた歩兵道と戦車道の授業でな」
「はい!」
凛祢はみほと別れ、大洗男子学園に向かった。
午前の授業を終えて、凛祢たちはいつものように学食に集まっている。
「凛祢、朝のあれはなんだ!」
「は?」
八尋の叫びに凛祢はキョトンとした顔を浮かべていた。
「なんで西住さんと2人で登校していたんだ!あんな楽しそうに!」
「お前、見てたのか?」
「悪い凛祢。俺も見てた」
凛祢が問い掛けると翼も箸を動かしながら呟いた。
「凛祢殿って、西住殿と付き合ってたんじゃないんですか?」
「おい、なんだそれ!初耳だぞ!」
塁が言うと八尋は再び声を上げる。
「いや塁まで何言ってんだよ。それどこ情報だ?」
「うるせーぞ、八尋!黙って飯食えよ」
痺れを切らした俊也はうどんを飲み込み、八尋を睨みつける。
「……だってよ!歩兵道やってんのに俺だってまだモテてないし!」
「八尋、とりあえず落ち着けって。次の授業は歩兵道だからさっさと飯を食え。午後持たないぞ」
「うー!なんでや!」
翼の言葉に八尋は半泣きで声を上げると日替わり定食を食べ始める。
「まったく……なんでこんなことに」
凛祢は深々とため息をついた。
そして、午後。戦車道と歩兵道の授業を履修している生徒たちは大洗女子学園の多目的教室に集められていた。
ワニさん分隊にアーサーの姿はあるがシャーロックの姿はない。やはりまだ病院なのだろう
「で、今日はなんだってこんなとこに集められたんだ?」
「さあな……会長たちからなんか報告あるんじゃないか?」
「うーん、報告って言われても対戦相手を知らせるならガレージでもいいわけですし……」
「どうでもいいよ。そんなこと……ふぁぁ」
ようやく落ち着いた八尋や翼とは異なり俊也はいつもの様にけだるそうにあくびをしていた。
「凛祢殿はどう思いますか?」
「どうって言われてもな……」
凛祢だって何も聞かされていない。
この状況では何も分からなかった。
その時だった。
「全員集まったな!それぞれ席に着け」
「これより次の準決勝に向けての作戦会議と今後の方針を知らせる」
広報の雄二と桃がマイクを手にそう言うと室内の照明が暗くなり始め、正面にスクリーンが現れる。
すると投影機が映像を映し出す。
スクリーンに映っていたのは照月敦子だった。
「大洗のみんな。こんな形で話を伝えることになって済まない。まずは準決勝進出おめでとう。大洗連合がプラウダ&ファークト連合に勝ったことは正直予想外だった。だが、君たちが本当に優勝を目指すのならば今のままでは駄目だ」
スクリーンに映る映像の敦子は真剣な眼差しでそう言った。
この場にいる誰もが緊張感を感じながらその話を聞いていた。
「今のままじゃ駄目……?」
凛祢は静かにそう呟いた。
凛祢だけでなく他の者たちも同じ疑問を感じていただろう。
「今お前たちは何故?と思っているだろう。今の大洗連合は西住みほ、そして葛城凛祢の戦術、実力の元になんとか勝利してきたからだ。今のまま戦えば大洗連合は確実に次の準決勝で敗北することになる」
「っ!」
敦子からの言葉に凛祢は奥歯を噛みしめた。
確かに言う通りかもしれないが、なぜ彼女がそんな言い方をするのかわからなかった。
「だからこそ大洗連合全員が強くなる必要がある。大丈夫だお前たちは強くなれる。1人1人が強くあろうとすれば必ずな。君たちの勝利を願っている」
その言葉を残して映像は終わる。
「みんな、おねえ……照月教官は私たちならできると言ってるの。だからわざわざこんな形でも伝えようとしたんだと私は思うの」
「まあ、いつまでも凛祢たちに頼りきりってな訳にもいかねーよな」
「そうね。私たちも強くならないと」
英子の言葉にオオカミチームの2人も続くように発言する。
この場にいた全員も同じ思いだった。
「次に準決勝の対戦校を発表します」
「次の対戦校は……継続&冬樹連合です」
副会長の宗司と柚子が発表する。
再び投影機が映像を映し出す。そこには継続高校と冬樹学園の情報が写っていた。
「継続高校に冬樹学園か……」
「なんだ知ってんのか?」
「いや、よくは知らないよ……」
凛祢の表情を見て、八尋が問い掛けるがため息交じりに返答した。
そもそも全国大会でもそんなに名前を聞かないし。自分が知っているのは黒森峰とファークトくらいなものだ。でも確か……。
「保有戦車はこれらが確認されています」
スクリーンにはBT-42の他、Ⅲ号突撃砲G型、Ⅳ号戦車J型、T-34/76、T-34/85、T-26軽戦車、BT-5、BT-7、T-28中戦車、KV-1が映し出されている。
「ドイツのもあるけど、なんかロシアの戦車ばかりだね。プラウダみたい」
「プラウダよりも戦車は少ないけど隊長さんが優秀な人だから。凛祢さんもご存じなんじゃないですか?」
「え?ああ、まあ一様は知ってるかな……?」
不意にみほから掛けられた言葉に一瞬戸惑う凛祢。
くそ、落ち着け……。
「凛祢さん?」
「いや大丈夫だ。確かに継続の隊長……ミカは優秀な人だったな。あと操縦手のミッコはよく知ってる」
凛祢は答えると再びスクリーンに視線を向ける。
するとスクリーンが切り替わり、冬樹学園の情報を映し出す。
アサルトライフル『Rk 62』、狙撃銃『SAKO TRG』、短機関銃『スオミKP-31』、対戦車銃『ラハティL-39』、自動拳銃『ラハティL-35』の他にプラウダでも使われていた銃火器が数種類ほど映し出されていた。
「確か、黒鉄中学出身の生徒がいたはずです……」
「黒鉄中学?塁、なんだよそれ?」
いつの間に調べていた知らないが塁はいつもの様にメモ帳に視線を落としていた。
その様子を見て気になったのか翼が声を掛ける。
「えっと……中学でもそれなりに結果を残していた学校です。凛祢殿も2年間は黒鉄に居たんです」
「ふーん。じゃあ凛祢の知り合いかもしれないってことか?」
八尋も続けて問い掛ける。
「どうでしょうか?もう少し時間があるので調べてみますね」
「ふーん。正直どうでもいい」
塁の説明に俊也はいつも通り興味なさそうに返事をしていた。
「次はいよいよ準決勝だ!」
「あと2試合……」
桃に続いて雄二も緊張しているのか小さく呟いた。
「継続&冬樹連合は強敵だろうけどみんな頑張ろうねー」
「おいおい、相変わらずテキトーだな杏会長……結果的は俺たちはここまできた。あとは準決勝と決勝戦だけだ!」
「はい!」
杏や英治も全員に視線を向けてそう言った。凛祢や他の生徒たちも大きく返事をした。
その頃、ガレージ内では自動車部の4人と整備部の3人が作業を進めていた。
「なんじゃこりゃー!?」
ヒムロの声がガレージ内に響きわたり他の5人の視線が集まる。
「どうしたのヒムロ?」
「どうしたじゃねー!なんだよ、これ!」
ヒムロの手には刀身が折れ、3分の1程度にまで短くなった鋼鉄刀剣『カリバーン』があった。
足元には試合会場で集めてきたのか、折れた刀身の残骸の姿がある。
「あー、ファークトが使ってたデグチャレフの弾を受けて折れちゃったんだって」
「はー!?これ作るの大変だったんだぞ……」
ヤガミが答えるとヒムロは無残にも折れたカリバーンに視線を落とす。
「直せそう?」
「できるわけねーだろ。新しいの造るしかねーか……でも材料もないしどうすっかなー。準決勝まで作り直すのは絶対無理だし」
「そっかー」
ヒムロとヤガミは思わずため息をついた。
その時、ガレージ内の扉が開かれる。
制服姿の男女の姿があった。しかし大洗の制服ではない。
2人の元に歩いていくと聖グロと聖ブリの制服であることに気づいた。
「あのここ、関係者以外は――」
ヤガミが申し訳なさそうに言うと金髪の少女アッサムが隣にいたモルドレッドに視線を向ける。
「えっと……ほらモルドレッド!」
「うるせーな、分かってるよ!アーサーの剣を作ったのは誰だ?」
アッサムに急かされモルドレッドはヤガミに問い掛ける。
「え……」
「俺だけど」
ヒムロも顔を出して返答する。
すると、モルドレッドは背負っていた細長いアタッシュケースに手を回す。
「……これ」
そう言ってアタッシュケースを前に出す。
そのアタッシュケースには2つの鉄鉱石が収納されていた。
「これって」
「前の対戦でアーサー・ペンドラゴンの剣は折れてしまったと聞きました」
「武器は流石に貸したり提供できない。でも鉱石なら別だ」
ヤガミが鉄鉱石を見つめているとアッサムとモルドレッドは説明する。
「この鉄鉱石は俺やケンスロットの使っている剣と同じ鉱石だ。それを使って決勝までアーサーに一番いい剣を造ってやってください」
「うん、いい素材だ。フッ、いいだろう。カリバーンを越える剣を造ってやる」
「行くよアッサム」
ヒムロは鉄鉱石を見つめると自信ありに返答する。
するとモルドレッドも満足そうに笑みを浮かべ歩き始める。
「あ、モルドレッド!あの、私たちが来たことはご内密に」
「うん。ありがとうございます。可愛いお嬢さん」
アッサムは頭を下げるとモルドレッドの後を追うように去って行った。
「変わった人たちだね。それにしても材料は手に入ったね!」
「そうだな。鍛冶も決勝には間に合うだろうから。あの戦車さっさと仕上げるぞ」
「うん」
ヤガミとヒムロは再びガレージ内へと戻って行った。
学園艦に戻る船に向かう道を歩いていたアッサムは大洗学園艦の病院に視線を向ける。
「良かったんですか?お兄さんに合わなくて」
「いいんだよ、別に」
アッサムの言葉にモルドレッドはそっぽを向いた。
「はぁ。可愛くないですね」
「うっせー!……でも、アッサム。連れて来てくれてありがとう」
「……どういたしまして」
そんな様子を見てアッサムは思わず笑みを浮かべる。
2人はそのまま聖グロと聖ブリの学園艦に戻るのだった。そしてアッサムとモルドレッドが来た事を知るのは自動車部と整備部だけであった。
陽が沈みかけてきた頃、本日の訓練を終えて凛祢は疲れを感じながら帰路をみほと歩いていた。
「凛祢さん、次の試合の作戦はどうしますか?」
「うーん。ほとんど偵察兵と突撃兵で固めてるからな……なあ、みほ。高校は全国大会中でも転科ってできるのか?」
「はい、問題ないと思います。でも、次の試合前日までに転科の書類を連盟に提出する条件がありますが……」
みほの返答を聞いて凛祢はいつもの様に顎に手をあてて少し考える仕草を見せる。
「凛祢さん工兵から転科するんですか?」
「いや、俺じゃない。正直、工兵が俺1人じゃ限界を感じていたんだ。ウチには砲兵だって1人もいないわけだし」
「じゃあ、どうするんですか?確か工兵と砲兵って学科資格が必要なんですよね?」
みほはの問い掛けに凛祢は頬を緩ませた。
「次の試合まであと約2週間。工兵と砲兵の資格を2人ずつ取らせる。工兵はあらかじめ仕込みが終わってる塁と翔でいいだろ。問題は砲兵だな……幸い九七式と一緒に見つけたダネルMGLがあるから武器は問題ないんだが、みほは誰を砲兵にするべきだと思う?」
「そうですね……」
みほは考えるような仕草を見せる。
「……砲兵向きな歩兵かぁ。難しいよな」
凛祢は帰路を歩きながら考え続けていた。
みほを女子寮まで送り届け、凛祢は自宅に帰宅した。
2日ぶりでしかないのに自宅が少し懐かしく感じていた。
自室に鞄を置いて、制服から部屋着に着替える。
畳部屋に向かうと室内の明かりがついていることに気づいた。
「朱音か?でも、戻って来るなんて聞いてないし……」
少々緊張しながらも扉に手を掛ける。
畳部屋の扉開けた時だった。
「な……」
目の前に写る光景、いやこの場にいるはずのない人物に凛祢は驚きを隠せず思わず一歩後退した。
「帰ったか、凛祢」
「照月、玄十郎……なんで、ここに?」
凛祢は途切れ途切れに言葉を呟いた。
何が起きているのか分からないが。今の状況を説明する。
この家、凛祢の自宅の畳部屋に何故か照月玄十郎がいる。しかも、お茶まで飲んでいると言う。
鍵は朱音から借りたらしいが。なんで?
なんだこの状況。
「まあ、座れ」
「は、はあ」
玄十郎に言われるまま対面するように座る。
「次の試合までは2週間と言ったところか」
「……はい」
凛祢は返答するように呟いた。
「この短期間であそこまでできるようになったか……凛祢、問おう。お前は何のために拳を揮う?」
「またその質問か。俺は自分の答えが間違っていなかったと証明するために拳を揮う」
凛祢は玄十郎を見て、迷いのない目で言い放つ。
そう、もう迷いはなかった。
「そうか。凛祢、これからはワシがお前の修行を見よう」
「な!」
玄十郎の言葉に、思わず驚きの表情を浮かべる。
疑いの視線を向けたまま口を開いた。
「……ど、どういう風の吹き回しだ?」
「不満か?」
「そうじゃない。前はセンスがないとか言って断ったじゃないか。今頃になってどうして……」
「ワシも観てみたくなった。お前と大洗の者たちの頂に立つ姿を……」
玄十郎は鋭い視線を凛祢に向けた。
「それにお前は英子に戦車道をするきっかけを与えた」
「俺が……?」
「そうだ、感謝しているぞ」
玄十郎は昔の鞠菜の様に頭を下げていた。
正直、自分は英子に戦車道をするきっかけなんて与えた記憶はなかった。
あれは英子自身が選んだ道だと思っていたからだ。
でも、玄十郎の修行を受けない理由は今の自分にはなかった。
「わかった。もう一度俺に修行をつけてください。照月、師匠……」
「フッ。では今日から始めるぞ。さっさと準備せい!」
「え?今から!?勘弁してくれよ……」
凛祢と玄十郎は修行を始めていくのだった。
玄十郎は、しばらく本土には帰らず凛祢の家に宿泊するそうだ。
とりあえず準決勝までの2週間修行を見るために。
こっちとしてはありがたいのだが、麗子さんは大丈夫なのだろうか?
そんな疑問を抱きながら翌日、凛祢はみほと共には大洗女子学園の生徒会室を訪れていた。
生徒会室には大洗両校の生徒会役員と衛宮不知火の姿がある。
「――で、今日はどんな用件で呼び出したんですか?」
「次の試合まで時間ないからね。ところで葛城くん。例のあれ、できてる?」
杏は小さな身を乗り出すように机に手をつき問い掛ける。
「はい……」
凛祢は鞄を探り十数枚のプリントと資料を広げる。
英治や宗司、不知火は興味深そうに資料を手に取り、目を通す。
書類には凛祢が中学時代にまとめた学科ノート。
そしてプリントは実際に過去に行われた過去試験問題だった。
「俺の方で少しはまとめてみました」
「スゲーな、これ。一日でまとめたのか?」
「うん。昨日からロクに寝てないけどね……」
凛祢は俊也の様にあくびをして見せる。
「でも、誰が転科するか決めたんですか?」
「それなら問題ない。もう決めてある」
みほの問いに雄二も資料に目を通して返答する。
「工兵は坂本塁と葉山翔。砲兵は……整備部のヤマケンと雄二だ」
「雄二先輩と整備部のヤマケンですか……それなら問題ないですね」
英治の言葉に凛祢も頷き、賛成する。
「ところで、戦車は大丈夫なのか?」
「88㎜の戦車は今自動車部と整備部がレストアしてるみたいなんですが……」
不知火が問い掛けると柚子は状況を説明する。
その時、携帯端末の着信音が響いた。
電話に答えたのは、小山柚子だった。
5分ほど話して、電話を切ると笑みを浮かべて全員の顔を見つめる。
「レストア、終了しました!」
「「よし!!」」
雄二と桃が息ぴったりにガッツポーズを取る。
授業を終えて、凛祢たちが校庭のガレージに向かうと整備部の部長ヤガミこと八神大河、ヒムロこと氷室大地、ヤマケンこと山本健太の姿を発見する。
「おーい。こっちこっち!」
マイナスドライバーを右手に持ったつなぎ服姿のヤガミが手を振る。
「大河、大地、ヤマケンおひさー」
「うん。不知火くんおひさー」
「お久しぶりです!」
「おお……」
不知火の挨拶に笑顔で返答するヤガミやヤマケンとは裏腹にヒムロはそっけないように挨拶を交わす。
「大地ー、挨拶くらい――」
「出てきたぞ」
ヒムロが呟くとガレージから重々しいエンジン音っを立ててそれは現れた。
今まで見てきた大洗の保有する戦車とは違いそれには重量感のある分厚い装甲がある。
そして88㎜にも及ぶ砲が車体から伸びていた。
「うわー凄ーい!」
「強そう!」
「おおー!!」
「これ、レア戦車なんですよねー!」
「マニアには堪らない逸品です!」
1年生に続いて、優花里や塁も満面の笑みを浮かべている。
「「ぽ、る……」」
「「ポルシェ、ティーガー……!」」
凛祢やみほだけでなく生徒会役員ですらも目の前に現れた戦車『ポルシェティーガー』の姿に驚いていた。
ポルシェティーガー。ティーガーと名付けられている通りドイツ製の戦車であり、Ⅵ号戦車なんて呼ばれ方もしている。
足回りのサスペンションとエンジン部に難があるため、ドイツ製の戦車を使っている黒森峰では絶対採用はしない車両だろうな。
こちらとしてはポルシェティーガーでも十分戦力になるのだが。
それにシャーロックとアーサーがああである以上、次の試合の戦力は足りなかった。
整備部と自動車部が参戦してくれれば戦力はだいぶ立て直せる。
「おおー。これ重戦車だろ?勝ったも同然じゃね?」
「衛宮。よく見ろ」
「ん?」
期待感を持つ不知火に現実を突きつけるように凛祢はポルシェティーガーを指さす。
「まあ欠点として、地面にめり込んだり、加熱して炎上したり壊れやすいのが難点ですが」
さきほどまで快調だったポルシェティーガーはエンジン部を発火させる。
サスペンションも数分の空回り後に切れ、転輪が地面を抉っている。
「あー!またかよ!もう何度目だ!?」
「はぁ。ヤマケン行くよ」
「了解です!」
ヒムロはうんざりと言わんばかりにぐしゃぐしゃと髪を掻きながら声を上げる。
ヤガミとヤマケンも慣れた手つきで消火活動を始めた。
「あちゃー、またやっちゃったー。おーい、ホシノー。消火器、消火器!」
「はいはーい」
搭乗していたナカジマもエンジン部の発火に気づき、いそいそと消火活動にあたる。
「……こんな戦車で大丈夫か?」
「大丈夫だ。問題ない」
「本当に大丈夫なのか!?おい!目を逸らすな」
苦笑いした英治の返答に不知火は思わず聞き返した。
「戦車と呼びたくない戦車だよね」
「同感だ」
杏と英治が苦笑いする。
「で、でも足回りは弱いですが88㎜砲の威力は抜群ですから!」
「もう他に戦車はないんでしょうか……」
優花里が必死に代弁するが、柚子は諦めたように視線を落とす。
「ま、ないよりはましだし。なにより装甲も砲もどの戦車より上なんだし使うしかないでしょ」
「当たり前だ。この戦車のために俺たちがどんだけ徹夜で整備をやったと思ってんだ!?」
「ははは……」
ヤガミに続くようにヒムロは苦労を思い出すように叫ぶ。ヤマケンも乾いた笑い声を上げる。
「これで用意できる戦力は揃ったわけだな」
「そうですね、凛祢さん!」
凛祢が呟くとみほも笑みを浮かべる。
やはり、みほの笑顔を見ると顔が赤くなり少し緊張してしまう。
「みほ、君は俺が守り抜いてみせるから」
「はい……私も凛祢さんやみんなのために勝ちます」
2人は意気込みを語り合い、午後の訓練へと向かう準備を始める。
教室内で校庭に視線を向ける黒髪ショートヘアの少女。
「ん?どしたの、スズ」
「ねぇ、あれってもしかして噂の戦車道ってやつ?」
少女の前に座っていた茶髪の少女も振り返り、校庭に視線を向ける。
「……ああ、秋月さんと照月さんのやってる奴ね。スズもしたくなったの?」
「別に……」
スズと呼ばれた少女は、視線を戻すと授業の準備を始める。
「そういえば、スズの家にアレあったよね!また見せてよ」
「いいよ。どうせ私や風香じゃ動かせないし」
「まあね」
風香と呼ばれた少女も笑みを浮かべた。
一方、継続高校と冬樹学園の学園艦。
演習場には3人の男の姿があった。
3人共それぞれ別の銃を扱っている。
そんな中、冬樹学園歩兵道チームの隊長であるヴィダールは対戦車銃ラハティL-39を置いて萩風司に視線を向けた。
「萩風そろそろ上がったらどうなんだ?」
「いや、もう少しだけ続けます」
司は狙撃銃のスコープを覗いたまま射撃訓練を続ける。
そんな様子を見てヴィダールはやれやれとため息をついた。
「随分頑張るな。まあ次の大洗は今年、急に現れたダークホースだからねー」
「ダークホースですか……」
続くようにアサルトライフルRk-42を肩に乗せたアンクの発言に司は短く呟き、引き金を引いた。
SAKO TRG銃口から放たれた銃弾は的の中央に吸い込まれていくように飛んで行き、的を貫通していた。
「おー、やるー」
「流石だな、黒鉄の狙撃手と呼ばれただけはある」
アンクとヴィダールは素直に司を褒めるように拍手して見せる。
「大洗連合は来るべくして準決勝に上がってきたと僕は思います。そして、あの2人も」
「西住みほとそれを守る超人周防、いや葛城凛祢だな」
「彼を超人と呼ぶのはやめてください。超人周防はもういませんから」
司は引き金を引き、的に命中したのを確認するとスコープから顔を離し、立ち上がる。
「ふーん、まあ負けるつもりはないがな」
「そうですよ。せっかく準決勝まで来たんだから勝ちましょうよー」
「わかってます。僕も勝つつもりですから」
3人はそんな話をして笑いあうと冬樹学園の武器庫に向かった。
武器庫の銃火器を戻し、片づけを終えると3人は数分ほどで繋ぎ姿に着替える。
継続高校のガレージに到着すると扉を開いた。
ガレージ内には継続高校戦車道履修者たちが扱う戦車が並んでいる。
そんな中、『BT-42突撃砲』の前には3人の少女の姿があった。
「アキさんまだ残ってたんですか?」
「司くん!それにヴィダールさん、アンク、遅いよー」
司が声を掛けるとクリーム色の髪の毛を短いツインテール状にした制服姿のアキは振り返る。
その雰囲気はどことなくムーミンを思わせる。
「これでも急いだのに。整備くらい自分たちでやれよ……」
「やってるけど間に合わないからこうして頼んでるんじゃん」
アンクがため息をついているとBT-42の下から先に整備をしていたジャージ姿のミッコが現れた。
その雰囲気はどことなくミイを思わせる。
「うお!ミッコ先輩いたんすか?」
「いたよー。司くん、ヴィダール先輩こっちの配線お願いね」
「「はいはい」」
ミッコの指示通り司とヴィダールは工具箱を置くと作業を始める。
「ところで、準決勝は何輌出すんですか?」
「うーん。BT-42とKV-1。あとどうしようか?」
司の質問にミッコはチューリップハットを被り、フィンランドの民間楽器カンテレを足元に置いている少女に視線を向けた。
そのジャージ姿の少女は継続高校戦車道の隊長であるミカだった。
「たくさん出せばいいってもんじゃない」
「でも最低5輌は出すのがルールだよ?」
ミカの言葉にアキがツッコミを入れるように言い放つ。
「ミカが言うなら、5輌でもいいんじゃないか」
「「ヴィダール先輩!」」
「冗談だって……」
アキとアンクの言葉に思わず撤回するヴィダール。
「ウチだって決して多いわけじゃないから8輌でいいんじゃないのか?」
「「……」」
「やっぱりこういう時は司くんが決めてくれるよね」
司が再び、顔を出すとミカやヴィダールが笑みを浮かべると、ミッコも笑いながらそう言っていた。
「はぁ。こんなチームで私たち勝てるのかなー?」
「勝利することは大切さ。でもそれ以上に大切なことが戦車道と歩兵道にはあるんだよ」
「何言ってんの?」
ミカがアキに向けて呟くとアキはいつものようにため息をついていた。
試合3日前。大洗学園艦では最後の準備が進められていた。
凛祢とみほは同じ書類に目を通している。
準決勝ではポルシェティーガーおよび整備部より3名の歩兵を増員。
また、シャーロックは怪我によって準決勝は欠席。
そして、塁と翔、雄二とヤマケンも工兵、砲兵免許を取得しそれぞれ転科させた。
「――って感じか」
「できる事はしました。あとは試合に臨むだけです」
「そうだな。作戦も立てたし、転科の手続きも終わったしな」
凛祢は書類を鞄にしまうと帰り支度を始める。
「あの凛祢さん。よかったら明日一緒に遊びに行きませんか?」
「遊びに?俺と、みほが2人で?」
みほの言葉に凛祢は思わず問い返す。
「は、はい……」
「……」
みほは耳まで赤くして上目遣いに凛祢を見つめる。
凛祢もようやくその意味に気づき、顔を赤くする。
男子と女子が遊びに行く。それはつまり……D、A、T、E。デートかよ。
デートってことなのか!?
「えっと……会長たちが息抜きにって」
みほが再び上目遣いに呟く。
頬を赤らめ、凛祢も言葉を発した。
「……俺は構わないんだけど、みほは俺でいいのか?」
「はい。大丈夫です!」
「まあ、1日くらいの息抜きならいいか」
凛祢も大丈夫だろうと遊びに行くことを決める。
夜11時を回った頃凛祢は自室の布団で横になっていた。
天井を見つめる
「デートかぁ……そういえば黒鉄の時はずっと歩兵道しててミッコたちに誘われても断ってたっけ」
昔を思い出して、思わず申し訳なくなってしまう。
継続&冬樹連合。ミカやミッコ、そして司も入学したって聞いたけど、まさかこんな形で再開するなんて。
できることはした。あとは戦場でどうにかするしかない。
重く感じた瞼を閉じると眠りについていた。
翌日は日曜日で休日。凛祢は制服ではなく私服に身を包んでいた。
朝早く、鏡の前で身支度を整える。
「凛祢、私服とは珍しいな。女子とデートか?」
「別に関係ないだろ」
赤面して焦る様子を見せた凛祢は身支度を終えて、朝食の準備を始める。
といっても、時間がないため、トーストと目玉焼きに付け合わせと簡単なもので済ますことにした。
「夕方には戻るので、修行はその後で……」
「凛祢、今日くらいは休んでもいいぞ。全国大会が始まってから根を詰め過ぎだ」
「でも、時間はないです。明後日の試合だって勝てる保証はないですから」
凛祢は眠気覚ましのコーヒーを淹れると、マグカップを2つテーブルに置いて玄十郎に言った。
「凛祢。どんなに優秀な兵士にも休息は必要だ。今日だってそのための休みであろう?」
「まあ、玄十郎さんがそう言うなら……やべ、そろそろ行かなきゃ」
凛祢は腕時計を確認し、トーストを口に押し込みコーヒーを飲み干すと、急ぎ足に家を飛び出していく。
玄十郎は畳部屋に座ったままテレビの画面を見つめていた。
画面にはちょうど戦車道と歩兵道のニュースが流れ、『黒森峰連合決勝進出』のロゴが表示されていた。
待ち合わせ場所の大洗ガレージ前に到着する。
日曜日の朝、学園に来るものなどいない。
校庭には凛祢の姿だけがあった。2人っきりで会うならここだろうというわけだ。
「みほは……まだみたいだな」
凛祢は、空に視線を向ける。
天気の空には雲一つない、文字通りの快晴だった。
数分ほどでみほもガレージ前に現れた。
「り、凛祢さん!おはようございます!」
「みほ、おはよう……」
お互いに顔を見ると挨拶を交わす。
いつもは制服姿のみほだが、変わった私服姿を見ると思わず鼓動が早くなる。
ギャップによる破壊力と言うやつだろうか?
「待たせちゃってすみません」
「いや、俺も今来たところだよ」
まるで恋愛漫画の恋人同士の如く、言葉を交わす。
「ふふ、なんか恋人同士みたいですね」
「そうだな」
お互いに笑みを浮かべると目的地に向けて2人で歩き出す。
今日は学園艦が本土に到着する。凛祢とみほも本土に向かうわけなのだ。
「おお……」
本土に到着した瞬間、人込みに圧倒された。
港はいつも賑わっていると聞いてはいたが、予想以上だった。
こんなに天気のいい休日、おまけに時刻は10時半前なのだから賑わっていない方がおかしい。
「凄いですね。学園艦が港に来たとはいえ、休日ってこんなにも人が集まるものなんですね」
「戦車道と歩兵道の試合の時はあんまり気にしてなかったけど、やっぱりこういうところは人が集まるものなんだな」
戸惑いながらも港や街を見つめるみほを横目に凛祢はそう感じていた。
人込みに当てられているのは自分も同じだが。
「どこに行きましょうか?」
「うーん。どこって言われてもな。俺、本土にいた頃は山で暮らしていたし、八尋たちともあんまり遊びに行かなかったからな」
「そうですね。ごめんなさい、誘ったのに私もあんまり詳しくはないて」
みほは謝罪するように頭を下げる。
「気にするなって、俺だって詳しくないんだしお互い様だ……みほは行ってみたいところとかないのか?」
切り替えるように問い掛ける。
「行ってみたいところ、ですか。そうですね……」
みほは考え始める。
「……」
数分経っても意見が出ない。
「歩き回って決めるか」
「は、はい……」
お互いに目的が決まると街に向かって歩き出す。
手短な喫茶店に入り、一服する。
みほは一度メニューを覗いた後に凛祢し視線を向けた。
「あの凛祢は甘いものって食べないんですか?」
「食べるよ、人並みには……」
「でも、みんなといるときはいつもブレンドしか注文しませんよね?」
凛祢の答えにみほは首を傾げる。
確かに、八尋たちといるときはブレンドコーヒーしか頼んでいなかった。
「まあ、昔のトラウマで少し苦手ってのはあるな。食えないことはないけど胸焼けする時もある」
思い出すだけで、吐きそうになる。
まあ、極度の甘党である朱音のせいで甘味の食べ過ぎでゲロっちまったわけだが。
「そうだったんですか」
「まあせっかくみほと来たんだし今日くらいはいいか」
メニューに目を通す。
やはり、喫茶店はコーヒーや紅茶と合わせるため甘いメニューが多い。
ふと、1つの品が目についた。ビターオレンジラッシュ。
そういえば、鞠菜と朱音と喫茶店に入った時、鞠菜が一緒に頼んでいた甘味がビターオレンジラッシュという名前だった気がする。
説明にもビターチョコを使った甘すぎないオレンジの爽やかさが後引く一品と書かれている。
選ぶのならこれだろう。
小1時間ほどで店を後にした凛祢とみほはそれから街を歩き回り色々な店を訪れた。
眼鏡やイヤリングなどの装飾品を扱うアクセサリー店に、サバイバルゲーム用品を扱うグッズ店、クレーンゲームの多いゲームセンター、他にもバッティングセンターなどにも行った。
野球の経験があるわけではないが、あれはあれでストレス発散になる気がする。
その瞬間だけは2人は本当に楽しそうに笑っていた。
凛祢とみほはお互いに、こんな時間が永遠に続いてほしいと思っていたのだ。
日も傾き始めた頃、凛祢とみほは帰路を進んでいた。
「久しぶりだな、こんなに遊んだの。バッティングセンターなんて初めて入ったよ」
「私もです!」
みほは手の中にあるピンクのボコ人形を見つめる。
「そんなものしか取れなくてごめんな」
「いえ。凛祢さんがせっかく取ってくれたものですから。大事にします!」
そのボコ人形は凛祢がゲームセンターのクレーンゲームで獲得したものだった。
みほがゲームセンターで見つめていたので、取ったわけだが。
しばらくして女子寮の前に到着する。
「凛祢さん、今日はありがとうございました。楽しかったです」
「いや、俺の方こそありがとう。いい息抜きになったよ」
「私もです。凛祢さん、明後日の試合絶対勝ちましょう」
「ああ、必ず勝つ。みほや俺たちの居場所を守るために」
凛祢とみほは意気込みを言うと別れの挨拶を交わす。
「また明日な」
「はい、また明日!」
凛祢は歩き始める。
いよいよ明後日は準決勝。負けるわけにはいかないんだ。
歩みは止めない。ここが、大洗女子学園と大洗男子学園が自分たちの居場所だから。
思いを胸に歩き続けるのだった。
全国大会準決勝。
フィールドは森林地帯。昨日の大雨で増水した川が確認されている。
自軍の陣地で準備を整える大洗連合。
戦力はⅣ号、38t、八九式、Ⅲ突、M3、九七式(テケ)、ルノー、ポルシェティーガーの合計8輌。
凛祢たち歩兵道履修者たちもそれぞれの装備を準備する。
「よしっと」
「ポルシェティーガーも今日は安定してるみたいだな」
「試合中に不機嫌になったらどうしようもないですけどね」
整備部ことタイガーさん分隊もそれぞれの装備を手に準備を終える。
そして、自動車部のレオポンさんチームも準備を終えて車外に出た。
「へーヤガミ、特製制服似合ってるねー」
「ナカジマたちだってパンツァージャケット似合ってるよ」
「そう?ふふ」
ナカジマとヤガミは笑いあいながら言葉を交わす。
「ポルシェティーガーは自動車部に任せるとして」
「コーナリングは任せて!」
みほが呟くとホシノは自信ありげに言った。
「ドリフトドリフト!」
「戦車じゃ流石に無理ですよ」
「してみたいんだけどなー」
ヤマケンがツッコミをいれるとツチヤは小さく呟く。
「乳が低い場所でモーメントを使えばできない事はないかな」
「マジでやる気か?またエンジンが炎上するぞ」
ヤガミが条件を呟くとヒムロはやれやれと頭を抱える。
「まあ、雨が降ればできる可能性は上がるかな」
「大河まで乗り気になってんじゃねーよ」
「アクセルバックはどうかな?」
「ラリーのローカルテクニックだねー」
「はぁ。そんなにやりたきゃ、もう好きにしろよ……」
ヒムロは諦めたのかため息をついていた。
「隊長車は38tなのか……」
「頑張ってー英治ー」
「杏だって隊長車の車長だろう?はぁ……」
ため息をついて英治は防弾加工外套を被る。
「アーサー、剣は?」
「ないよ」
景綱の質問にアーサーは眉一つ動かさず返答する。
「え?」
「武器はUZIとシャーロックが使ってたワルサーを借りてきた」
「そう言うことですか。では、彼のためにも決勝進出を決めなくてはね」
「ああ」
ワニさん分隊の3人も準備を終えて試合開始を待ち続ける。
「いよいよか。緊張するな」
「私も緊張してきたー」
八尋と沙織は話をしながら呟く。
あんこうチームとヤブイヌ分隊のメンバーも辺りを見回す。
「そういえば凛祢はどこ行ったんだ?」
「確かに姿が見えませんね」
「もう試合まで時間はあまりないんですが」
「凛祢殿ならさっき昔の戦友と会って来ると言っていました。俊也殿も一緒ですから大丈夫なはずです」
そして、凛祢は俊也と共に自陣と敵陣のちょうど中央の地点にいた。
「凛祢……」
「司……」
お互いの姿を確認し、名前を呼んだ。
司は後方の俊也に視線を向け、再び凛祢を見た。
「今の君の仲間か」
「ああ」
俊也を見て、頷いた。
「君と戦場で相対する日が来るなんて」
「昔から司とはずっと味方同士だったな」
「負けないよ」
「俺もだ」
お互いにさっきまでとは違う鋭い視線を向けた。
拳を合わせると、後は何も言わず去って行く。
「あれがお前の戦友か?」
「うん」
凛祢と俊也は自陣に向かって歩みを進めていた。
「手は抜くなよ。負けられねーんだから」
「分かってる。東藤、俺がリタイアしたらあとはお前たちに任せる」
「いやだね。隊長は八尋や塁にでもやらせるんだな。俺は指示に従ってやるし、乗りかかった船だからな、最後まで戦ってやるよ」
俊也はそう言うと早足に自陣に戻った。
凛祢も一度深呼吸をした後再び、振り返る。
「……」
試合開始まであと数分。
できる事はした。後は戦うだけだ。
凛祢は拳を握り、戦闘準備に入るのだった。
読んで頂きありがとうございます。
今回は、試合前の準備段階と凛祢とみほの恋愛話でした。
いよいよ、次回から始まる準決勝、継続戦。
原作では継続との試合はなかったですが、そこはUNIが頑張って考えます。
ちなみに原作ではミッコはあまりしゃべらないキャラでしたが、この作品では結構しゃべるシーンがあります。
意見や感想も募集中です。