ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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【ここまでのあらすじ】
 国際警察のアナベルとハンサムがヒノキの正体について話していたように、ヒノキもまた、アナベルの正体について思いを巡らせていた。
 そんな折、何気なく目にした試合のハイライト映像の彼女に、彼はある人物の面影を垣間見る。
 しかし、それ以上の手がかりは掴めず、他人の空似と思い直しかけた時、彼は意外な人物から声をかけられる。
 



10.バトル・バイキング5 何者③

 

「あなた、どうりで見たことのあるお顔だと思ったら。あのヒノキ君だったのね。」

 

 ヒノキが顔を上げると、そこにはフェリー下船時に居合わせた、あのカロスの老婦人(マダム)が立っていた。ホテルの玄関で別れた時より幾分日焼けしており、萌黄色のムームーがよく似合っている。

 

「あ、確か船の・・・」

 

 彼がちゃんと自分の事を思い出したのを確かめてから、彼女はお久しぶり、と微笑んで手を振った。

 

「私、昔少しだけカントーに住んでいた事があるの。ちょうど、あなたがセキエイのポケモンリーグで優勝した頃にね。すっかり大人びた顔になっていたから、前の時は分からなかったわ。」

 

 聞けば、孫の結婚式の後に親族でアローラ観光をしており、明日カロスに帰る予定であるとのこと。通りがかったウェイターが気を利かせて持ってきたイスに腰かけると、彼女はさっそく、持ち前の饒舌ぶりを発揮し始めた。

 

「実は今回結婚した孫が、あなたの大ファンでね。カイジュって聞いて反応して、私が港でご一緒した方かもって言ったら、もう大変。だから、もしご迷惑でなければ、結婚祝いだと思ってこれにサインしてやってもらえないかしら。」

 

 そう言うと彼女は、ヒノキに結婚した二人と思われる写真の入ったラブラブボールとペンを渡した。どうやら、式の引き出物らしい。

 

「こんなんが結婚祝いになるならね。」

 

 正直こういうのは未だに慣れなくて好きではないが、彼女には世話にもなったので、サインに加えて一筆書いてやった。

 

「はいよ。ちゃんと、ばーちゃんも大事にしろよって書いといたから。」

 

「まあ。私が書かせたと思われちゃうじゃない。」

 

 そう言いながらも、その笑顔はとても嬉しそうだ。

 

「それにしても、さすがチャンピオンね。これ、みんなあなたが一人で勝ち取ったの?」

 

 まだ手付かずのままテーブルを埋め尽くしている料理の山を見て、老婦人は感心したように言った。

 

「そうなんだ。けど、ヒノキったら調子に乗ってこんなにとってくるもんだから、食べきれなくて困ってるの。」

 

 口元に生クリームのひげがついているとも知らず、ナギサがテーブルの向こう側から身を乗り出して二人の会話に割って入った。

 

「あっ!お前、何オレが一人で調子に乗ったみたいな言い方を──」

 

 しかしヒノキもまた、その盗み食いの証拠に気づかない。

 

「あら、かわいいお連れさん。でも、あなた確か一人でって・・・」

 

「あ、こいつはオレが今世話になってる宿っつーか、牧場の主人の孫です。決して息子とかではなく。」

 

 余計な誤解を防ぐために、ヒノキは先手を打ってくぎを刺した。

 

「オレ、ナギサ。うちのばーちゃんがスーパーめがやすの福引きでここのタダ券を当てたんだ。でも、じーちゃんやばーちゃんはバトルはできないから、ヒノキに連れて来てもらったの。」

 

「そうだったの。私達は十人で来てるのに、この半分も取れなくてね。だから、みんな中途半端にしか食べられなくて、何とも微妙な空気になっちゃって。これなら、あなたに出張して来てもらえばよかったわ。」

 

 彼女の何気ないその言葉を、ヒノキは聞き流さなかった。

 

「よかったら、持って行きます?ちょっと冷めはしましたけど、これ全部、手は全く付けてないんで。」

 

 机の左半分を占める皿のピラミッドを指しながら、そう勧めた。

 その申し出に彼女は目を丸くしたが、やがて自分の言葉が当てつけと捉えられたのだと考えたらしく、顔を赤くして慌てて断った。

 

「やだ、別にそういう意味で言ったんじゃないのよ。私は、ほんの冗談のつもりでー」

 

 が、この料理の山をさばける願ってもないチャンスに、ヒノキも食い下がる。

 

「そんなの分かってますよ。そうじゃなくて、普通にオレらもぼちぼち限界なんで。むしろもらってもらえると、大変ありがたいんです。」

 

「だけど──」

 

「あ、何ならこれも結婚祝いってことで。お孫さん、オレのファンなんですよね?」

 

 うわ、きたな。

 ヒノキのファンサービスまがいの押しをナギサは内心そう思ったが、空気を読んで口には出さなかった。

 

「じゃあ・・本当に、あなた達はもういいの?」

 

「もちろん。こいつがビスナを食う画も撮れたし、あとはゴンベでも連れてる人を探そうとか思ってたくらいですから。」

 

「それなら、お言葉に甘えさせて頂こうかしら。ニャオちゃん達、運ぶの手伝ってくれる?」

 

 たちまち、彼女が手にした二つのゴージャスボールからつがいのニャオニクスが現れた。そして手分けしてねんりきで器用に皿を浮かしながら、階下へと優雅に運んで行った。

 

「何しろ、あのスーツの女の子がもうすごくてね。」

 

 まだ試合のハイライトが続いている中央モニターを指しながら、彼女は自分達が満足に料理を取れなかった理由を話し始めた。

 

「私達も一階だったから、孫や息子たちが挑戦したんだけど、もう瞬殺よ、瞬殺。みんな、お嫁さんの前で面目丸つぶれ!」

 

 ホホホ、と彼女は楽しそうに笑ったが、突然訪れたその話題に、ヒノキの胸は再び緊張し始めた。が、そんな彼の変化には気付かず、彼女はうっとりと続けた。

 

「それにしてもあの子の髪、きれいな色してたわよね。淡い紫で、柔らかな光沢があって。そう、まるで──」

 

 失礼とは分かっていても、もはやヒノキは彼女を凝視しない訳にはいかなかった。

 まるで心臓が膨張し始めたかのように、胸の鼓動が急速に大きく、速くなっていくのが分かった。

 

「まるで、リラみたい。」

 

 ガシャン、と椅子の倒れる大きな音に、何人かの客がこちらを見た。ナギサも心配そうな顔をしている。が、倒した張本人であるヒノキは、その事にまるで気づかない。

 

「あいつの事、知ってるんですか。」

 

 立ち上がり、声を震わせて迫るヒノキの剣幕と豹変ぶりに、老婦人も少なからず戸惑いを見せている。

 

「あ、あいつ・・・?」

 

「だから、リラですよ!旅に出たとかいって、もう十年も誰にも消息が分からない、あの、ホウエンのバトルフロンティアの──!」

 

 そこまでまくし立てた時、ヒノキは彼女の様子からようやく会話の齟齬に気付いた。

 

「・・・すいません。なんかオレ、勘違いしてるみたいですね。」

 

「いえ、私こそ誤解を招くような言い方をしてしまったようでごめんなさいね。私は、お花の事を言ったつもりだったの。」

 

「花?」

 

「ええ。あなたはカントーの方だから、ライラックと言えばご存知かしら。ちょうどあの子の髪のような淡い紫色の、とても良い香りがする花なんだけど。そのライラックを、カロスの方言ではリラって言うの。ああ、そういえばー」

 

 その時、ちょうどモニターのアナベルの豊かな後ろ髪が完全に背に隠れ、まるでショートカットのように映った。そうして、ヒノキがこれ以上開かないほど目を見開いたところに、彼女が決定打を放った。

 

「アナベルというのは、確かリラのイッシュの方での呼び方じゃなかったかしら。」

 

 その言葉を聞くや否や、ヒノキはパフェをナギサに押しつけ、駆け出した。

 

「ヒノキ!どうしたの!?」

 

 ナギサには何が何だかさっぱり分からない。

 が、血相を変えて一目散に階下を目指すヒノキの姿に、それ以上は追及できなかった。

 

 額に星をもつフーディン。

 ふわっとしたくせのある、淡い紫の髪。

 同じ花を指す名前。

 触れた時に初めて気づく、確かな女性の感触──。

 

 飛ぶように階段を駆け下りながら、ヒノキは心に当たる節々を思い返していた。途中、何人かの客とぶつかりそうになったが、構っていられなかった。

 

 そうだ。

 本当は気付いていた。

 意識したら勝負どころじゃなくなるから、無意識の領域へと締め出していたけれど。

 

 彼にはある癖があった。

 戦いに臨んだ際、少しでも心の平静が失われる可能性を感じたら、その瞬間に心を麻酔を打つのだ。それは、わずかな動揺が命取りとなるような局面を何度も経験する内に会得した、戦う者の哀しい閉心術だった。

 

 階段の最後の三段を飛び降りた時、ちょうど、トロフィーのようなバイバニラパフェのグラスを運んでいるウェイターの姿が目に入った。

 

「あの、それ食ってた客って!今、どこにー!?」

 

「ついさっき、お発ちになりましたが・・・」

 

 胸ぐらをつかんで迫るヒノキの剣幕に怯えながらも、若いウェイターは店の入り口を指して教えてくれた。

 

 ヒノキはすぐさま入り口を飛び出し、辺りを見回した。が、すでに彼女の姿は見当たらなかった。

 走ったのは大した距離ではないのに、やたらと息が上がり、鼓動は一向に落ち着かない。

 思わず屈んで肩で息をついた拍子に、上着の胸ポケットから先刻の試合でよこされたスプーンが落ちた。それは、試合前に彼がナギサの為にビスナの皿に忍ばせ、今はパフェに使っていた、肌身離さず持ち歩いているあのスプーンと、とてもよく似ていた。

 

 確証はない。

 疑問も尽きない。

 それなのに、直感は八割方そうだと言っている。

 

 路上のスプーンとその周りに滴る自身の汗を見つめながら、ヒノキは張り裂けそうな胸の中で叫んだ。

 

 

 リラ。

 本当に、本当にお前なのか──?

 

 

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