ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
バトルバイキングでの対戦の翌日。ヒノキの今回の仕事の依頼人である国際警察の担当者との初顔合わせは、アナベルとの数奇な再会であった。
絶対的な既視感のあるその薄紫の瞳に、彼女が失踪中の友人リラであることを確信したヒノキは、任務と共に行動を始める。
オハナ牧場の自室のパソコンに先ほどの電話の相手が映ったのは、約束の時間きっかりの事であった。
「よお。悪いな、急に呼び出しちまって。」
ヒノキがそう詫びると、画面の向こうの青年が気さくに答えた。
「構わないよ。ちょうど、今朝テスト予定のデボンスコープⅤの試作の納入が遅れていてね。あと30分はかかりそうだから、むしろありがたいくらいさ。」
そう話す彼の背後にある窓の外は明るく、既に一日が始まっていることを物語っていた。アローラより一日半早い向こうでは、おそらく今は火曜日の午前9時頃というところだろう。
「それより、アローラはどうだい?なんでも、貴重な固有種や亜種の楽園らしいね。それに、地質学的に見ても大変興味深い土地だ。僕もいつか調査に行きたいよ。」
そう言って、青年は無邪気に羨ましがった。
目の覚めるようなプラチナブルーの髪に、同じ色の瞳。袖口に
この青年、ホウエンリーグチャンピオンのダイゴ・ツワブキこそが、先ほどのヒノキの電話相手であった。
「おお、来い来い。今はカイナから直通便があるしな。きれいな海、きれいな空、きれいな海パンやろうにきれいなやまおとこがお前を待ってるぞ。」
年はダイゴの方が二つ上だが、対等な友人でありたいという彼の意向により、出会ってからの十年来、二人はこの間柄である。
「だけど、お前にはその前にそっちで調査してほしいアローラのすがたがいるんだ。ロトム!」
『はいなロト!』
ヒノキに呼ばれたロトム図鑑が、ぴょこんとデスクトップの前に飛び出た。その画面には、先ほどこっそり撮らせたアナベルの画像が映っていた。
「ほう。君が調査してほしいというのは、この女性のことか?」
「ああ。国際警察のビースト対策部の部長で、名前はアナベル。オレの今回の仕事の責任者だよ。」
ふむ、とダイゴはしばらく画像を見ていたが、やがて結論を述べた。
「なかなかの美人であることくらいは分かるけど。アローラ以前に、僕にはどこの地方の姿も見覚えがないな。アナベルという名前も初耳だ。」
ダイゴのその返答に、ヒノキは動じなかった。ほとんど想定通りの反応であったからだ。
「確かに、この顔でアナベルなら覚えはないだろうな。雰囲気も変わってるし。けど、これならどうだ?ロトム、例のやつを頼む。」
まもなく、ロトム図鑑の画面が昨日のパフェ争奪戦の1シーンの静止画に切り換えられた。アナベルの長い後ろ髪が絶妙に隠れてショートカットに見える、例のシーンだ。
「彼女」の面影がより濃く見えるその画には、さすがにダイゴも気づいたらしい。
「まさか」
そう言って、整った細い眉をひそめた。
「俺もそう思うよ、まさかって。けど、ここに額に星のあるフーディンを連れてるとなりゃ、もう他人の空似の範疇を超えてると思わないか?」
ヒノキは根拠を述べ、さらにダイゴが反論する前にたたみかけた。
「もう1コ言っとくと、アナベルってのはある花のイッシュでの呼び名で、その花はカロスの方言ではリラと言うんだと。」
ダイゴはしばらく黙って何かを考えていたが、やがて落ち着いた口調で静かに語り始めた。
「しかし、もしこれが本当にあのリラであるとして。君を前にして、何の反応も示さないはずがないだろう?大体、バトルフロンティアの重鎮である彼女がどうして国際警察に?」
かつて自分と共に「ホウエンの双頭」と並び称され、幾度となく雌雄を争った彼女は、彼にとっても差し置きならないライバルであり、その消息が案じられる友人であった。
「そこなんだよな、わかんないのは。喋ってても、シラを切ってるようには見えなかったし。実は生き別れの双子の妹でしたとかっていうんなら、話は別だけどよ。」
ダイゴに最も気になる点を指摘されたヒノキは、どさっとイスの背もたれに身体をあずけ、頭の後ろで手を組んだ。
「でも、現にまだフロンティアには戻ってないんだろ?」
ダイゴは手元のタブレット端末でホウエンの私設複合戦闘施設・バトルフロンティアのHPを繰りながら頷いた。
「今のところ、そういう情報はないね。タワータイクーンも代役のクロツグ氏のままだし、問い合わせみても、旅に出た、今は知らぬ存ぜぬの一点張りだ。」
そこでいったん言葉を切ると、タブレットを置き、画面越しのヒノキの方へと向き直って言った。
「しかし、彼女がいなくなってからフロンティアのレベルは確実に落ちている。雰囲気も変わった。曇った、というべきかな。」
「まるで、何かを隠しているみたいにな。」
ヒノキがそう付け足すと、ダイゴも頷いた。
「確かに、これはちょっと本格的に調べる価値がありそうだね。」
「だろ?そこにお前のコネとツテがあれば、表に出ない情報もいくらか手に入るんじゃないかと思ってさ。」
これこそ、ヒノキがダイゴを相談相手に選んだ最大の理由であった。リラと共通の友人であると同時に、ホウエン屈指の大企業・デボンコーポレーションの御曹司でもある彼は、あらゆる業界に顔が利き、そのネットワークも広く深い。
「質と量の保障はできないけどね。出来る限りの事はしてみよう。」
「助かるぜ。やっぱ持つべきものは―」
「その代わり、と言ってはなんだけど」
友達だといって会話を締めようとしたヒノキに、ダイゴは間髪入れずに交換条件を被せてきた。
一瞬の間の後に、ヒノキはしぶしぶ口を開いた。
「・・・なんか珍しい石ころを持って帰って来いって言うんだろ。」
(くっそ。頼まれる前に切ろうと思ったのに。)
チャンピオン兼社長の息子の石オタク。これが、ダイゴに対するヒノキの認識であった。要するに、彼の代表的な三つの肩書きのうち、圧倒的にウェイトが大きいのが鉱石収集家であり、ヒノキが自分にはすぐに行けない新しい土地へ赴くと知ると、こうして「お土産」を頼むのは、もはやお約束であった。
「やあ、凄いな。どうして僕の言おうとしたことが分かったんだい?」
「るせーわ。まったく、金持ちのくせにちゃっかりしっかりしやがって。そんかわり、出来高制だからな。働きに応じた代価しかオレは払わねえぞ。」
ヒノキの言葉に、ダイゴはにっこりと笑った。輝くようなその笑顔は、まさにハンサムの4文字が相応しい。その言葉のもつ本来の意味を見失いかけていたヒノキは、不本意ながらも胸のわだかまりが解消されるのを感じた。
「やはり持つべきものは趣味に理解のある友達だ。それじゃ、何かわかったらとりあえずメールで知らせるよ。電話をかけてくるなら、時差には気を付けてくれよ。じゃあ、また。」
ーパシュ。
そして二人はネット通話を終了した。
少し予定は狂ったが、何はともあれ、ダイゴに協力を要請できたのは大きい。
(さて、次は
ヒノキはふーっと長い息をひとつ着くと、もらったばかりの任務用PHSの短縮ダイヤル2を押した。こういうことは、勢いに任せて片付けるに限る。
「もしもし、私だ。ヒノキ君か?」
一度目のコールが鳴り終わる前に、ハンサムの声が返ってきた。
(はやいな。)
もしや自分からの電話を待っていたのかと思ったが、また面倒な流れになるのも面倒だったので、ヒノキはそこには触れずに話を進めた。
「ああ。なあ、ハンサムな警部さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「ふむ。何でも遠慮なく言ってみたまえ。」
「ありがとう。んじゃお言葉に甘えて。」
ヒノキはそこでいったん言葉を切り、できる限りさりげない風を装って尋ねた。
「あの、べっぴんの我らがボスのことなんだけどさ。」
「なんだ?スリーサイズなら残念ながら私も知らんぞ。むしろこっちが教えてもらいたいくらいだ。」
「ちゃうわ。そうじゃなくて、あの人、いつから国際警察にいるの?」
ヒノキは出身こそ母親の故郷のマサラタウンだが、生まれてすぐに父親の実家のあるジョウトへ渡り、10歳までをそこで過ごした為に、今でもたまにジョウトの言葉が出る。
「8年前からだ。ただし最初の3年間は訓練生だったから、正式に入職したのは5年前だがな。」
「なるほど。じゃあ、その前はどこで何をしてたか、分かります?」
「・・・どうしてそんなことを聞く?」
ハンサムの口調が明らかに曇った。やはり、彼女には何か訳がある。ヒノキはなおも何気ない調子で切り込んだ。
「いや、ちょっと似てる人間を知ってるもんで、気になってさ。そいつはホウエン地方の凄腕のトレーナーだったんだけど、かれこれもう10年前から消息が分からないんだ。」
相槌が入るかと、ヒノキは一旦言葉を切った。が、ハンサムが黙っていたので、そのまま最後まで続けた。
「ついでに言うと、そいつはデコに星の浮いてるフーディンを相棒にしていた。」
しばらく沈黙が流れた。それは先ほどのダイゴの時と同じ、相手が慎重に言葉を模索している時の沈黙であった。
「その件に関しては、いずれきちんと説明する。そうする必要がある時が来るだろう。だから今は何も聞かないでくれ。これは、君と私のないしょ話では済まない話なのだ。」
「待って。きちんとした説明はいずれで構わない。ただ、これだけは今教えてほしいんだ。じゃなきゃオレもモヤモヤして仕事に集中できない。」
ヒノキがそう食い下がると、受話口の向こうから、どれだ、という諦めたような声がため息と共に聞こえた。
「つまり、同じ人間なんだよな?」
「そうだ。彼女は、かつてホウエンのバトルフロンティアを総べていたタワータイクーン、リラ・ヴァルガリス本人だ。アナベルというのは国際警察内のコードネームであり、君のようにかつての彼女を知る人間の目をそらすための仮の名だ。・・・と、ここまで言ってしまったなら、もうこれも話さねばなるまいな。」
「・・・どれ?」
知りたいけど、知りたくない事が知らされる。
まるできけんよちのような予感が、ヒノキの胸を不吉にざわつかせた。
「訳あって、彼女はその頃までの記憶を殆どすべて失くしている。従って、今の彼女は君の知るリラではないと思ったほうがいい。」
「・・・・」
そういう事か。ヒノキはそう言ったつもりだったが、実際は声になっていなかった。まるで耳から流し込まれたセメントが、全身の器官を凝固させてしまったようだった。
何度めかの大丈夫か、というハンサムの声で、ヒノキはようやく我に返った。
「やはり、これはまだ伏せておくべき話であったな。すまない。」
「・・・いや。ちょっとびっくりしただけで、大丈夫だよ。それに、オレから聞いたことなんだから。教えてくれてありがとう。じゃあ、また。」
そう言いつつ、ヒノキはまだその言葉の羅列の意味をうまく認識できずにいた。声と手が少し震えていたのが、自分でも分かった。
ーキオクヲホトンドスベテナクシテイル。
その時、まだ彼の手の中にあったPHSが音を立てて震えた。切ったばかりのそれが鳴ったために、ヒノキはハンサムが折り返してきたのだと思った。
が、聞こえてきたのは彼女の声だった。
「私です。たった今、UBパラサイトの目撃情報が入りました。場所はこのアーカラ島のディグダトンネルです。至急、出向願います。」
幸か不幸か、頭と気持ちの整理をする間もなく、ヒノキは再びリザードンの背に乗り、島の南のディグダトンネルへと飛び立った。
◇
「よう、久しぶり。」
10分後。
ディグダトンネルの前で既に待機していたアナベルにヒノキが短く声をかけると、彼女は短く頷いた。
「一応聞くんだけど、オレの今日の任務は確か、『ゆっくり休んで体調を整える』だったよな?」
ヒノキが何気なくそう尋ねると、彼女は至極真面目に答えた。
「現時刻をもって、一部変更とします。改訂版は『任務完了後、ゆっくり休んで体調を整える』です。」
「了解。・・・で、完了予定時刻は?」
「不明です。さあ、行きますよ!」
そして、颯爽とトンネル内へと走り出した。
―こりゃ、助っ人が要る訳だ。
彼女の後を追いながら、ヒノキは再びきけんよちの予感が漠然と胸に沸き上がるのを感じた。