ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
【ここまでのあらすじ】
十二年前、十一歳でカントー地方のポケモンリーグを制したヒノキ・カイジュは、現在はチャンピオンのOBにあたるバトルレジェンドを務める一方で、各地のポケモンに関する事件や問題の解決に取り組んでいた。
そんなある日、ヒノキは国際警察よりアローラ地方に出現した未知の生命体「ウルトラビースト」(通称UB)の対策任務に協力してほしいとの依頼を受ける。
しかし、そこで彼を待っていた国際警察の担当者は、10年前から行方知れずとなっているホウエン地方の友人、リラであった。
アナベルというコードネームでUB対策本部の責任者を務める彼女は記憶の殆ど全てを失っており、ヒノキに対しても初対面の人間として接する。
その事実に戸惑いながらも、一人で様々な痛みを抱えて戦う彼女にかつてのリラの面影を見た彼は、正式にチームに加入し、彼女とともにUBの保護・捕獲活動に邁進することとなった。
14.UB02:フェローチェ 白の甘い誘惑①
「・・・という訳で、現在、ハウオリシティ内にはUBによってしげみのどうくつを逐われたとみられるヤングースやコラッタが増殖し、市街地の衛生環境を乱すと共に、本来の生態系を脅かしています。そこで、まずハンサムさんはイリマさんと共にしげみのどうくつの調査を、ヒノキは私と日没まで街中のヤングースの保護をお願いします。」
ヒノキ達がUBの出現を知るプロセスには、主に3つのパターンがある。
1つ目は、直接その姿を見たという
2つ目は、前回のパラサイトのようにアナベルのフーディンが未来予知で感知するケース。(ただしこれはフーディンにとって既知の種のみ可能である。)
そして3つ目は、まだ姿こそ目撃されていないものの、急速に環境の変化が起きている場所が報告されるケースである。
今回の場合は、典型的な第三のパターンであった。
「でも、洞窟にビーストが潜んでるのはもう確実なんだろ?いくらキャプテンがついてるったって、丸腰のおっさんなんか近付けて大丈夫なのか?」
十五匹目のヤングースを収めたモンスターボールを拾いながら、ヒノキは一メートルほど離れた先にいるアナベルに尋ねた。どちらかと言うと、ハンサムより引率のキャプテンのイリマを慮っての疑問である。
「確かに、絶対に大丈夫とは言いきれませんが。ただ、今回のUBの特徴を考えると、ハンサムさんが襲撃される可能性は極めて低いと思います。」
「特徴?」
「ええ。今回のUBと推測されるビューティーは、その名の通り美を尊び汚れを何より嫌う、極端な潔癖症の持ち主なのですが。どうやらこちらの世界のものは全て汚らわしいと考えているようで、こちらから手を出さない限り、一切接触しようとはしません。」
フーディンに十六匹目のヤングースへ『かなしばり』をかけさせながら、彼女が答えた。
「ああ、じゃ絶対大丈夫だな。ところで──」
フェンスの扉を開け、空き地の草むらを後にしながら、ヒノキはもうひとつの疑問を口にした。
「なんでオレらまでが班行動なんだ?戦闘ならともかく、ヤングースの捕獲なら二人バラバラの方が効率良くないか?」
──どき。
彼に聞こえこそしなかったが、急所を突かれたアナベルの胸は大きな音をひとつ立てた。
「そ、それは、あなたがまだこの土地に何かと不慣れかと思いまして──!」
別にヒノキの素行を疑っている訳ではない。
そういう訳では決してないのだが、かといって若い男にはあまりにも誘惑の多いこの南国の楽園で、彼が終日この地道な作業に徹してくれると信ずるには、やはり多少の保護観察は必要である──というのが彼女の結論であった。
「ふーん。まあ、オレは別にどっちでもいいけど。」
そんな会話をしながら、二人が空き地からビーチサイドエリアへと抜け出た時だった。
「きゃー!おにーさん!よけてー!!」
若い女の叫び声と共に、ビーチの方からヒノキに向かって何かが高速で飛んでくる。
「おお!?」
「フーディン!」
アナベルの機転で、一緒に歩いていたフーディンがその物体に向かって両手のスプーンを仰向けに曲げる。すると、ヒノキの顔面に直撃するはずであったそれはスプーンに合わせて彼の眼前で垂直に軌道を変え、数秒の後に勢いを失って大人しく彼の手の中に落ちてきた。それは、カイスの実を模した大きなビーチボールだった。
間もなく、一人の白いビキニの女がポケモンと共にビーチから走り寄ってきた。
「ごめんなさい!アタシのスパイカーちゃんたら、熱くなりすぎちゃって・・・大丈夫?ケガしてない?」
スパイカーというのは、彼女に付き従っているこの精悍なナゲツケザルの愛称らしい。
「ああ、別に・・・。」
ヒノキがそう言ってスパイカーにビーチボールを渡すと、女はすかさず空いたその両手を握って、上目遣いに甘ったるい声で迫った。
「ね、これも何かの縁だと思うから。よかったら一緒にビーチドッジしない?ノドが渇いたら、アタシのおいしいみず飲んでいいから。ね?」
そう言って、彼女は腰のボトルホルダーから半分ほど中身の減ったペットボトルを外して胸の前に持ってきた。その飲み口には、うっすらと唇と同じ紅色がついている。
──なんと、逆ナンか!!
この場にハンサムが居たら、間違いなくそう騒いだであろう。
金色の髪に碧色の眼。それにドッジボールよりむしろ
予想外のその展開とその速さに、アナベルはしばし呆気に取られていた。が、はっと我に返り、あの、と女に物申しかけた時であった。
「ああ、わりーけど今仕事中だから。また今度な。」
驚くほどあっさりと、ヒノキは握られた手をほどいて彼女の誘いを断った。それも、特に自分がいる手前という風でもない。
(余計な心配だったかな。)
再び海岸通りを歩きながら、アナベルがそう思った矢先であった。
「おっ」
突然、前を行く彼が左手前方に見える空き地の草むらへと走り出した。
「ど、どうしました!?」
何事かと、アナベルも慌ててヒノキの後を追う。が、とある草むらの入り口で、しっ!と制止されてしまった。その眼差しは真剣そのものである。
何か危険なものを発見したのかと、彼女も神経を張りつめ、草陰に身を屈める。
背の高い草の繁茂に阻まれて、彼の姿は見えない。そのため、アナベルは息を潜め、耳を澄ませて必死にその様子を伺った。
そうして間もなく聞こえてきた彼の言葉に、彼女は耳を疑った。
「ははっ!やっぱりケーシィじゃねえか!アローラにもいたんだな!ほら、マメやるから。遊ぼうぜ!」
たちまち、アナベルのヒノキに対する信用ががくっと下がった。彼女は即座に立ち上がると、ずんずん草を分け入って、背の高いヤシの木の下にいる彼へと迫った。
「もう、あなたって人は!ついさっき、自分で仕事中だとー!!」
しかし、ヒノキは聞いていない。
すでにケーシィを膝に抱き、手からポケマメをやっている。
「・・・ずいぶん、扱いに慣れてるんですね。」
ヒノキの手のひらから機嫌良くポケマメを浮かせて口に運ぶケーシィに、アナベルは思わず説教の続きを忘れて見入ってしまった。警戒心が強い上にテレポートですぐに逃げられる野生のケーシィは、普通なら触れるどころか近付くことすら難しい。
「ああ、何しろオレの人生で初めての相棒だったからな。オレはこいつに、ポケモントレーナーとは何たるかを教わったんだ。」
いつになく饒舌なヒノキに、アナベルはその思い入れの深さを感じずにはいられなかった。
「へえ・・・。でも、今は──」
連れていませんよね、とアナベルが言いかけた時、ケーシィを撫でる彼の手が止まり、答えるまでに一瞬の間があった。
「ああ、友達が持ってる。ユンゲラーの時に交換して、そのままそいつに預けてんだ。」
視線を膝上のケーシィへと落としたまま、ヒノキはそう短く答えた。
「そうなんですか・・・」
そんな思い入れのあるポケモンを?と、彼女が続けて尋ねようとした時だった。
突然、ケーシィがヒノキの腕の中から消え、食べかけのポケマメが地面に落ちた。
「え?」
二人が共にそう呟いた瞬間、背後の上空に亀裂が走り、耳をつんざくような轟音と共に空間が割れた。
「なんだ!?」
二人が振り返ると同時に、ブラックホールのようなその空間の裂け目が、数メートルの先に何かを吐き出した。その何かが地上に落ちるのと、細く長い残像が眼前をよぎったのがほとんど同時であったために、ヒノキは一瞬、何が起こったのか分からなかった。
状況を掴む事ができたのは、アナベルのフーディンがとっさに張ったリフレクターが一本の白い脚を受け止めているのを目にしてからである。
「何なんだ、こいつ!?」
皆目見当のつかないヒノキの隣で、アナベルがまさか、と呟いてそのコードネームを口にした。
「ビューティー・・・!!」
「なに!?」
その名を聞いて改めて対峙した瞬間、ヒノキは思わず息を呑んだ。
白く小さな顔に、こぼれるほどの大きな目と長いまつげ。すらりとした白くしなやかな身体と、それを包む花嫁のような半透明のヴェール。
なんて美しいのだろう。もはやこの世のものとは思われない。いや、むしろこれは女神ではないか。
「ヒノキ!」
すぐ隣にいるはずなのに、アナベルのその声はずっと遠くで聞こえているようだった。
襲われている。ヒノキ自身もその事実は分かりながらも、それでもなおその姿を見つめていたいという誘惑に、身体がどうしても勝てないのだ。まるで上等のバニラアイスを舐めているようなこの甘美な幸福感に、ただただ浸っていたいと思ってしまう。
孤立無援のフーディンのリフレクターに二発目の蹴撃が入り、それまでのヒビが亀裂となって、いよいよ砕けようとしている。
そこに、三発目が放たれた。
(!!)
ガラスが叩き割られるような凄まじい音を立ててリフレクターが砕け散り、二人を守るものはなくなった。アナベルは目をつむって身を固くした。
が、想定していた四発目の直撃は、数秒経ってもまだ来ない。
(・・・?)
おそるおそる顔を上げ、目を開ける。
すると、そこにはその両腕の盾でUBビューティーの4発目の蹴りをがっちりと受け止めている、メレメレ島の守り神の姿があった。
「カプ・コケコ!来てくれたのですか!」
『クゥゥゥゥールルル!』
カプ・コケコは彼女の方を向いて頷くと、辺り一帯に電気を張り巡らせ、ついでにヒノキの身体にも小突くようにわずかな電流を巡らせた。
「あてっ!!」
そのでんきショックで、ようやく恍惚状態から醒めたらしい。
「おお、コケコ!久しぶりだな!」
ヒノキはカプ・コケコとはアローラへ来た翌日にZリングの原石を授かって以来である。
「加勢するぜ!ライ!」
放たれたモンスターボールから飛び出したのはライチュウ。出会いこそカントーのトキワの森であるが、アローラで進化した彼女の姿は手足が白く、瞳は青い。
「また蹴りが来るぞ!『こうそくいどう』で空に行け!!」
そして何より、サーフボードならぬ
ビューティーの攻撃はほとんど神速であった。が、カプ・コケコのエレキフィールドによってすばやさが飛躍的に上昇したライチュウには十分かわすことができる。
「これぞ神のご加護ってやつだな。」
そう言ってヒノキはコケコと顔を見合わせて頷いた。
上空への蹴撃を空振りしたビューティーは、勢い余ってまだ空を突き進んでいる。まるでさきほどのビーチボールのようだ。
その隙に、ヒノキ達は迎撃体勢を整えた。
「ボス。悪いけど、また囮をやってくれるか?」
「ええ。フーディン。」
アナベルがそう声をかけると、二人の意図を理解したフーディンが例の赤いオーラをまとった。『なりきり』でビューティーのとくせいをコピーしたのだ。これで、じきに落ちてくるであろうビューティーはオーラにつられてフーディンを標的とするはずである。
「悪いな。今日はお前には助けられてばかりだ。」
ヒノキのその言葉に、フーディンは構わないという風に首を振る。
(・・・?)
その二人のやり取りに、アナベルは一瞬、何か特別な空気を感じた。うまく言えないが、例えるなら、心のとても深いところを流れている絆、とでもいうところだろうか。
間もなく、上空の彼方がきらりと光った。
「来た!」
カプ・コケコとライチュウがフーディンの傍から散る。それでも突っ込んでくる軌道が変わらないところを見ると、やはりフーディンを狙っているのは間違いない。
一足早く、カプ・コケコが空の高い所でほうでんを始めた。この電気の網にひっかかった瞬間が、技を放つタイミングだ。
「ライ、お前もそろそろ上で待機だ!後ろを取れよ!」
ヒノキの指示で、ライチュウもまた上空へと上がった。コケコが上にいるおかげで、地表付近を離れてもそのエレキフィールドの効果は持続している。
やがて、その時が来た。ダメージこそ少ないものの、コケコの放電網にかかったビューティーは摩擦と痺れによって確実にその速度と勢いをそがれている。
ヒノキとアナベルはそのタイミングを見逃さず、それぞれの相棒に口を揃えて同じ技を指示した。
「サイコキネシス!!」
上空と地上からのその強力な念の波動の挟み撃ちには、確かな手応えがあった。ビューティーはヒノキ達から十メートルほどの位置に墜ち、もうもうと砂煙を上げた。
「よし!このまま捕獲に──」
二人が移ろうとした、その時であった。
「!?」
突如、バチッと大きな音がして、フラッシュのような激しい光が辺り一帯を包んだ。
「今度はなんだ!?」
ヒノキがそう叫ぶ間に光は消え、間もなく砂煙もおさまり視界が戻った。
(何だったんだ、今の・・・。)
ヒノキが呆然としながら、胸の中でそう呟いた時であった。
「ヒノキ!」
ビューティーの落ちた辺りから、アナベルが呼ぶ声がした。駆けつけたヒノキは、その光景に驚いた。
「消えてる・・・。」
そこにはもう、UBの姿は影も形もなかった。ただ、墜落時の衝撃によってぽっかりとえぐれた穴と、その周りに焼け焦げた草や土が残るのみである。
その光景に二人がしばらく立ち尽くしていると、やがてアナベルの携帯にイリマからの着信が入った。
「調査の結果、早急にご報告したい事実が判明しました。至急、僕の家まで来ていただけませんか。」
簡単に現場の検証を行った後、二人はショッピングエリア西の海岸沿いにあるイリマの家へと向かった。