ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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【ここまでのあらすじ】
 メレメレ島に現れたUB、ビューティー。蹴撃を主とするその攻撃力もさることながら、最大の脅威は神速のようなスピードと、近寄る者を魅了し戦意を奪う、未知のフェロモンであった。
 ビューティーの出現による様々な変化も目の当たりにしつつ、ヒノキ達は島のキャプテンのイリマと共に対抗策を考える。



16.UB02:フェローチェ 飛んで入るはエレクトリック・ルーム

 翌日、ヒノキとハンサムは朝からイリマ宅のリビングで、テレビに映る定点カメラの映像を注視していた。

 画面の向こうには、しげみのどうくつの手前にいるイリマと、彼の両親が所有するつがいのドデカバシが映っている。

 やがて、画面の中のイリマが二羽のドデカバシをどうくつの入り口へ向けて放った。すると、入り口まで近づいたところで片方が撃ち抜かれたように突然地上へ落ちた。気付いたもう片方が、慌てて地上へ降りる。

 

「おお、やはり二羽で反応が異なっているぞ!」

 

 ハンサムが子どものようにはしゃいだ声を上げた。

 

「えーと、あのつついている方が体が大きいからー」

 

 ヒノキが考える間に、画面の中からイリマが答えた。

 

『エレン、つまりメスですね。どうやらボク達のにらんだ通りのようです。』

 

 その時、ウラウラ島から戻ったアナベルが二人のいるリビングへと入ってきた。

 

「ただ今戻りました。この子一体であれば、三日までなら借りていても大丈夫とのことです。」

 

 その手のハイパーボールには、日々アローラのゴミをたらふく食べている清掃会社のベトベトンが収まっている。

 

「とりあえずはそれでいいだろ。あとは──」

 

『プゥ──ルルル!!』

 

 画面の中から、島の守り神の甲高い雄叫びが聞こえた。カメラに理解があるのか、カプ・コケコがアップで映っている。

 

「神頼み、だな。コケコ!すぐそっちに行くから、そのまま待機してろよ。」

 

 そしてハンサムを留守番に、ヒノキとアナベルはしげみのどうくつへと向かった。

 

 

 

 

 二人が到着すると、イリマが木陰で二羽のドデカバシを休ませていた。昨日のハンサムのごとくぼうっと惚けているオスのケオルを、メスのエレンが必死につついたりかみついたりして目を醒まさせようとしている。いかにも、仲睦まじいことで知られるドデカバシのつがいらしい。

 

「そういや、あんたもあの時何ともなかったのか?」

 

 二羽の様子を見て、ヒノキはふとアナベルに昨日のビューティー襲撃時の事を尋ねた。

 

「そういえばそうですね・・・確かに、一瞬はお酒を飲んだ時のような感覚になりましたが、じきに治まったと思います。」

 

 彼女のその答えに、イリマが頷いた。

 

「やはり、このフェロモンは男性及びオスにより強く作用するようですね。となると、なおさら作戦は期待できるのではないでしょうか。」

 

 彼のいう「作戦」とは、こうである。

 まず、ウラウラ島の清掃会社から借りたベトベトンを洞窟内部にとけこませ、『あくしゅう』を漂わせる。それと同時に、カプ・コケコに洞窟全体に『エレキフィールド』を張ってもらい、その覚醒作用によってビューティー達が眠れない状況を作る。

 こうして洞窟内のビューティーの睡眠不足とストレスを蓄積させることにより、フェロモンの分泌を抑えようという訳だ。昨日のイリマの母親の助言をもとに、ビューティーのフェロモンを人間の女性フェロモンに見立てた作戦である。

 

「ま、問題は、どれくらいで効き目が現れるかってことだな。」

 

 見た目には何の異常もない洞窟の入り口を眺めながら、ヒノキが呟いた。彼のいう「どれくらい」は、時間的にという意味である。効果があるとしても速効性は低い、いわば一種の『どくどく』のような戦法だ。

 

「そうですね・・・被験体となってくれる二羽にもあまり負担をかけたくないですし。とりあえず、洞窟の様子に変化がない限りは24時間を定期観測の目安としましょうか。」

 

 アナベルのその提案が採用され、次の観測は翌日の同じ時間に行われた。

 しかし、この時もエレンはケオルのくちばしをついばむ事になった。

 

「ま、さすがに一日じゃな。もう一日くらいはかかるだろ。」

 

 誰よりも自分に言い聞かせるように、ヒノキはことさら明るく言った。

 

 

 しかし、その翌日も結果は変わらず、やはりエレンはケオルにハイパーボイスを浴びせかけなければならなかった。

 

「効果があるとすれば、そろそろ多少の変化は見えても良いかと思うのですが・・・」

 

 冷静なアナベルとイリマの表情にも、不安の色が見え始めた。

 

 

 そして、三日目。

 

 ベトベトンは今日が返却期限であるし、コケコも加減気味とはいえ、三日三晩、不眠不休でエレキフィールドを展開している。守り神といえど一体のポケモンである以上、限界はあるだろう。そろそろ効果が現れなければ、別の作戦を考えなければならない。

 

『さあ、頼むよ。』

 

 画面の中のイリマが、つがいのドデカバシを放った。ここまでは、昨日までと変わらない。

 

「さあて。今日はいよいよ『くちばしキャノン』かな?」

 

 ヒノキが嫌な予感を紛らわせようと、そう軽口を叩いた時であった。

 洞窟の入り口まで飛んでいった二羽が、同時に地上へと降りたのだ。

 

「なんと!まさか、エレンまでもが!?」

 

 早まるハンサムを、アナベルが制した。

 

「いえ、ちょっと待ってください。あれは・・・」

 

 よく見ると、二羽はそろって洞窟の中を覗き込んでいる。まるで、「今日は何もないのかな?」というように。

 

『エレン、ケオル!』

 

 少し間を取ってからイリマが呼ぶと、二羽はすぐに彼の元へ帰ってきた。そしてどちらにも異常がないことを慎重に確認すると、カメラに向かって、興奮ぎみにぐっと親指を立てた。

 

「っしゃ、行くぞ!!」

 

 待ちわびたその瞬間に、ヒノキ達の声にも力が入る。

 

「はい!」

 

「イエッサー!!」

 

「いえ、ハンサムさんはこちらで待機してバックアップをお願いします!私達の背中はハンサムさんに預けますからね!」

 

 流れに便乗して同行しようとしていたハンサムは、すかさずアナベルが受け流した。

 

「む、そうか!どうせ預かるなら、背中より胸の方が良いがああぁっ!!?」

 

 両足にふみつけを食らったハンサムのわめき声を背に、ヒノキとアナベルは現場へと急行した。

 

 

 

 

 二人がしげみのどうくつ前に到着すると、イリマはすでに待機していた。傍らには、あのぬしデカグースの姿がある。

 

「どうしても来たいとの事なので。」

 

「構わないさ、当然の権利だ。よし、じゃあボス、頼むぜ。」

 

「はい。フーディン!」

 

 アナベルはボールからフーディンを繰り出すと、スーツの襟のキーストーンに触れ、メガフーディンへと進化させた。

 

「なるべく早く終わるよう頑張るから。洞窟全体をお願いね。」

 

 メガフーディンは頷くとテレポートで洞窟の中央の上空へ瞬間移動し、五本のスプーンを放射状に飛ばして両手を掲げた。直後、スプーンの描いた軌道に沿った淡い光のドームが洞窟を包んだ。

 

「これで準備は完了です。では、行きましょう!」

 

 そしてアナベルに続いて、ヒノキとイリマも洞窟の入り口をくぐった。その瞬間は思わず息を詰め身を固くしたヒノキだったが、例の心が酔いしれる感じはない。

 

「とりあえず、第一関門は突破ですね。」

 

 イリマもやはり安心しているようである。

 

「ああ。まだ油断はできないけどな。」

 

 これがほとんど成功のカギだと考えていたヒノキは、むしろ自分に言い聞かせるようにそう答えた。

 

 ドーム状に開けた洞窟の内部は、天井の孔から射し込む陽光と、カプ・コケコの『エレキフィールド』によって予想以上に明るかった。また、天井に潜ませたベトベトンによる『あくしゅう』がそこはかとなく漂うが、こればかりは仕方ない。

 

「皆さん、向こうに!」

 

 そのイリマの声に応じるかのように、なんとも形容のしがたい、甲高い音が響いた。威嚇ともとれる、どこかヒステリックな鳴き声だ。おそらく、目に見えない環境と体調の変化に気が立っているのだろう。

 

 ビューティー達は三人を見下すように、それぞれ遠・中・近の距離の高台に点在していた。その数、ちょうど三体。

 

(!)

 

 ヒノキは一瞬、心臓が大きく揺れるのを感じながら、三日前に崇拝に近い感情を抱いたその生き物を、真っ向から見つめた。

 

 白く細い身体。小さな顔に、こぼれるほど大きな目。透き通った美しいヴェールのような翅ー。

 

 

 虫である。

 決して醜いという訳ではないし、女性的な雰囲気もある。こんちゅうマニアなら素面で十分心を奪われるかもしれない。しかし、その気がないヒノキにとっては、どう見たって虫は虫でしかない。

 

──オレはこの生き物にあれほど心を奪われたのか。

 

 思わずハンサムの胸ぐらでも掴んでオレのときめきを返せと言いたい衝動に駆られたが、今は戦闘が先だ。

 

「なるべく洞窟にダメージを与えないよう、一体ずつ狙っていきたいと思います。サポートをお願いします。」

 

 アナベルが早口に後ろの二人に囁いた。今回のアタッカーは彼女だ。

 

「了解。」

 

 同時に短く答えると、イリマとヒノキはそれぞれ奥にいる二体の元へと向かった。

 

 やがて、一番近い位置にいた個体が飛び上がり、アナベルに狙いを定めて蹴撃を繰り出してきた。

 が、その攻撃が彼女に届く遥か前に、巨大な影が空中でビューティーを叩きのめした。そして、その身体が地に落ちる頃には、エーテル財団がUB用に開発した特殊なモンスターボールであるウルトラボールに収まっていた。

 中のビューティーは、おそらく自分の身に何が起こったのか、まだ分かっていないだろう。

 

 ずん、と少し地面を揺らして着地した影の主は、主人の方を振り返ると誇らしげな表情で右手を出した。

 アナベルはその手とタッチを交わしながら、彼の働きを労った。

 

「カビゴン、素晴らしい動きです。さあ、あと二体も頑張りましょう。」

 

 そして、次に近い位置にいるヒノキへと合図を送った。

 

「相変わらずすげーな、トリックルームって技は。」

 

 今の戦いを横目でちらちらと見ていたヒノキは手を挙げて合図に応じながら、目の前で二体目の相手をしているジュナイパーに声をかけた。

 

「よし、ジュナ!こいつをカビゴンとこまで案内してやれ。」

 

 ジュナイパーは影づたいに一つ先の足場へ現れると、ビューティーがそこに差し掛かるのを待ってから次の足場へと現れた。

 何しろ、遅い。一度一度の跳躍が、まるで月面を移動しているかのようにスローなのである。

 外のメガフーディンのトリックルームによって180度歪められたそのスピードは、本来のそれがいかに脅威的であるかを物語っていた。

 

 やがて、その二体目がアナベルとカビゴンの元へ届けられた。カビゴンは再び右腕にパワーを溜めると、まるで攻撃してくださいとばかりにふわりと飛んできたビューティーに、渾身の右ストレートを叩き込んだ。 

 

「ギガインパクト!」

 

 凄まじい威力のその一撃は、ビューティーを20メートルほど先の岩壁へめり込ませた。

 

「ジュナ!」

 

 そこに、ヒノキが軽くトスしたウルトラボールをジュナイパーが矢羽で射ち出した。

 こうして、二体目のビューティーも何なく捕獲された。

 

「これで二体目だな。よし、最後だ、イリマ!!」

 

 ヒノキが洞窟の奥へ向かって叫んだ。

 

「了解です!デカグース、入り口の方へ!」

 

 しかし、先ほどの二体目を見ていたのか、このビューティーはぬしグースの移動にはつられなかった。

 そればかりか、その場で薄い翅を震わせ、遠距離攻撃をしかけてきたのだ。

 

「これは・・・『むしのさざめき』!?」

 

 ビリビリと身体の内外を震わせる強力な特殊技は、肉弾戦のアタッカーというヒノキ達のビューティーのイメージに反するものであった。

 

「頭はちっさくても学習能力はちゃんとあるって訳か。向こうに動く気がないってことは──」

 

 そこでヒノキは隣のアナベルを見た。

 

「動きたくないのはこちらも同じですが、仕方ありませんね。カビゴン!」

 

 アナベルが声をかけると、カビゴンは二人を両肩に乗せ、素晴らしい跳躍とそれに伴う余震を繰り返しながら、洞窟の奥へと進んだ。

 

「まさか地上の移動で歩くよりカビゴンに乗る方が速い事があるとはな。しかもエレキフィールドのおかげで地味に眠気もすっきり、ってか。」

 

 少し興奮ぎみに話すヒノキと対照的に、アナベルはやや険しい表情で答えた。

 

「ええ。ですが、ただでさえ大きなエネルギーを消費するトリックルームを洞窟全体でかけている訳ですから。メガフーディンと言えど、もうあまり長くは持たないでしょう。」

 

 やがて、出口付近の高台でイリマとぬしグースが最後のビューティーを取り押さえているのが見えた。

 

「イリマ!大丈夫か?今、そっちに──」

 

 ヒノキがカビゴンの肩からイリマに声をかけたその時であった。突然、カビゴンの跳躍の飛距離とスピードががくんと落ち、同時にぬしグースに組伏せられているビューティーが激しくもがきだした。

 

「おい!これって、もしかして──」

 

「噂をすれば、ですね。やむを得ません。このまま突っ込みますので、しっかりつかまっていてください!」

 

 ビューティーまでは、あとひとっとびである。

 アナベルはカビゴンのその最後の跳躍に、決めの一撃を託した。

 

「ヘビーボンバー!!」

 

 460㎏プラストレーナー二人の体重を合わせたボディプレスが、わずか25㎏の儚すぎるビューティーの身体の上に炸裂した。トリックルームが完全に消失したのは、その直後のことであった。

 

「デカグース。頼むよ。」

 

 全員が既に微動だにしないビューティーの上から退いた後、イリマはそう言って自身が持っていた三つ目のウルトラボールをぬしグースに渡した。

 そして彼から最後のビューティーを収めたそのボールを受け取ると、イリマはアナベルに渡し、彼女とヒノキに向かって頭を下げた。

 

「皆さん、この度は本当にありがとうございました。メレメレ島のキャプテンとして、アローラに生きる人間として、心からお礼を申し上げます。」

 

「いえ、こちらこそたくさん助けて頂きましたし。それに──」

 

 アナベルがそこまで言いかけた時、フーディンがテレポートで現れた。トリックルームに膨大なエネルギーを費やした為か、メガ進化は解けている。とにかく疲れたという様子だ。

 また、すぐそばの出口からカプ・コケコが飛び込んできた。こちらは三日三晩不眠不休のわりには、なかなか元気そうである。更に、地表に溶け込んでいたベトベトンも姿を現したので、アナベルは急いでボールに回収した。みんな、ビューティーの気配が消えた為に集まってきたらしい。

 

「みんなが本当によく頑張ってくれたおかげです。このアローラは、きっとこうして人とポケモンが助け合うことで守られてきたのでしょうね。」

 

 アナベルのその言葉に、イリマが誇らしげに微笑んだ。

 

 

 

 

「結局、消えた一体の事は何も分からずじまいか。」

 

 その日の夕方。

 イリマを中心に、町の人々や島めぐりのボランティアがヤングース達をしげみのどうくつへ帰す作業を二番道路から眺めながら、ヒノキが呟いた。

 

「ええ。ですが、今のところは他の場所へ出現したという報告もありませんし。足どりが掴めない以上、焦っても仕方ありませんよ。」

 

 隣にいたアナベルが、なだめるようにそう言った。

 

「また出た時は出た時、か。・・・おっ!」

 

 突然、ヒノキの肩の上にまたがるような格好でケーシィが現れた。最初のビューティーの襲来時に姿を消した、あの野生のケーシィだ。

 

「おまえ、どこ行ってたんだよ!まあいいや、仕事も終わったし、遊ぼうぜ!」

 

 嬉しそうにそう言うと、ヒノキはケーシィを肩車したまま、街の方へと歩いて行ってしまった。

 もはや止めるだけ無駄なその後ろ姿にやれやれという苦笑を浮かべながら、アナベルは隣にいたフーディンと顔を見合わせた。

 

「まったくもう、終わってなくても遊んでたくせに。ね?」

 

 そう言って、ふと思った。

 

ー私は、この子とどこでどんな風に出会ったんだろう。

 

 いつもそばに居てくれる、かけがえのない相棒(パートナー)。だけど、いつから、どのような経緯を経て今の絆に至ったのかは全く分からない。いつかは思い出せる日が来るだろうか。

 

 そう思うと、今でも在りし日のようにケーシィとじゃれ合えるヒノキが少し羨ましかった。

 

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