ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
※今回は前話から話をまたいでいないので、あらすじは省略させていただきます。
初めて閲覧してくださった方は、第二章一話(14話)の前書きを参照していただければ良いかと思います。
アローラの近海に浮かぶメガフロート、エーテルパラダイス。4つの島の各地に支部を置き、傷ついた野生ポケモンの保護や治療を行う非営利組織・エーテル財団の本拠地である。
この日、非番であったヒノキは朝から地下のシークレットラボにこもり、UBに関する資料を濫読していた。
先のパラサイトやビューティーとの戦いを経て、個々のUBに関する情報収集不足を痛感したためだ。
貪るように分厚いファイルのページを繰っていると、突然内線が鳴って驚いた。ふと壁にかけられた時計を見ると、入室からもう四時間も経っている。
「あー、すいません!もーちょっとで区切りがつくんで、もーちょこっとしたらちゃんと鍵かけて帰ります!」
受話器をつかむなりそう早とちったヒノキの耳にまず届いたのは、品の良い女性のくすくす笑いであった。やがて、聞き覚えのある明朗な声がそれに続いた。
「それならちょうどよかった。頂き物のマラサダがあるので、一緒にコーヒーでもどうかと思ったのですが。よろしければ、お帰りの前に私の部屋へお立ち寄りくださいね。ちなみに、その部屋はオートロックですよ。」
資料を読み漁るのに夢中で忘れていたが、思えば朝食から何も食べていない。
途端に空腹感を思い出したヒノキは、飲食禁止のシークレットラボを潔く片付け、三階にある副支部長室へと向かった。
◇
【副支部長室】のプレートがかかったドアを開けると、たちまち温かいコーヒーの香りと蒸気がヒノキを出迎えた。
「あーいい匂い。いやあ、どうもすいません、長居した上にこんなごちそうにまでなっちゃって。」
「構いませんよ。あの部屋は我々にとってはもう、あまり用のないところですから。でも、あまり根を詰めすぎると、かえって作業効率が悪くなりますよ?」
そう言って、二つのカップにグランブルマウンテンを淹れていた部屋の主は顔を上げ、ピンクの大きな眼鏡越しに微笑んだ。
ビッケ・ウィッケル。
温厚篤実な人柄と慈母のような包容力で職員達の人望も厚い、エーテル財団の副支部長だ。そしてヒノキ達にとっては、財団が時間と財力を費やして得たUB関連の研究成果を惜しみなく提供してくれる、かけがえのない協力者でもある。
「いや、そんな必死でやってる感覚は全然ないんですよ。こういうと不謹慎かもしれないけど、すげー面白いし。」
ヒノキがそう答えたその時、ビッケのデスクの内線がコール音を発した。
つられてそちらを振り向いたヒノキは、その電話の横に、写真立てがひとつ置かれていることに気が付いた。
「はい、ビッケです。・・・わかりました、すぐに参りますので。」
そう短く応えて電話を切った彼女は、申し訳ないという風な苦笑を浮かべてヒノキに言った。
「ごめんなさい、私は少し支部長室へ行ってきますので。どうぞ、ご遠慮なく先に召し上がっていてください。」
「そうですか。んじゃ、お言葉に甘えて。」
そう言ってヒノキはマラサダの山から一つをつかむと、立ったままかぶりついた。元々の美味しさに空腹があいまって、いつにもまして美味しく感じる。それを片手に、例のデスクの写真立ての前へと回った。
そこには、ビッケと共に三人の少女が写っていた。向かって左の、白いつば広帽子とワンピースを身につけた金髪の少女だけは分からなかったが、真ん中と右側の紫の髪の二人には見覚えがある。
「・・・・」
思わずヒノキがマラサダを口へ運ぶ右手を止め、左手を写真に伸ばしかけた、その時であった。
「それはねぇ、リラが国際警察に入った日に撮った写真だよー。」
突然背後から聞こえたその声に、ヒノキは思わず食べかけのマラサダを落としそうになった。振り向くと、ついさっきまで誰もいなかった応接スペースのソファーに、いつの間にか少女が一人、ちょこんと座っている。
「お前はたしか、ウラウラ島の・・・」
ゴースト使いのキャプテンであることは、契約日までの三週間に一度会っている為に知っている。
「はぁい。古代のプリンセスのアセロラちゃんです。」
自分の顔ほどもある大きなマラサダを両手で持ち、ふにゃっとした猫口をもぐもぐ動かしながら、少女はそう述べた。
アセロラ・バルバドス。
目と下まつ毛のぱっちりした、なかなか可愛い顔をしているのだが、つきはぎだらけの紺のワンピースにつっかけサンダルという出で立ちと、先のような四次元な発言のせいで変わり者という印象の方が強い。
そしてそんな彼女は、ヒノキが今手をのばしかけた写真に写る人物の一人でもあった。
「なんでお前がここに?お前の仕事はキャプテンだろ?」
「うん。でもアセロラ、キャプテンしながらたまにエーテル財団のお手伝いもしてるの。」
いや、そんなことは今は良い。自ら聞いておきながらその返事に対する相づちは省略し、ヒノキはそれよりもっとずっと気になった点を指摘した。
「お前、今、リラって・・・」
写真の中央に写る、まぎれもない
「うん、今はあんまりそう呼んじゃいけないんだけど。でも、アセロラはリラが国際警察に入る前からリラって呼んでたから、ついつい言っちゃうの。」
特にまずい部分に触れられたという様子もなく、砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーをおいしそうに飲みながら、アセロラは答えた。
「・・・あいつと仲良いのか。」
ヒノキのその言葉ににっこり笑って、彼女は元気よく頷いた。口元にはうっすらとコーヒーの茶色いひげがついている。
「うんっ!リラがエーテルパラダイスに来た時からの友達だよー。」
予想外の一言に、ヒノキの疑問はますます増えてしまった。ここに、あいつが?来たときから?一体、どういう事だろう。
「なあ。その話、もうちょい詳しく―」
その時、ジーンズのポケットのPHSが震えた。画面には、No.836の文字が点滅している。
「はい、もしもし。」
「ヒノキくんか?休日のところ、大変申し訳ないが、新たなUBが現れた。場所はウラウラ島のハイナ砂漠だ。今から来れるか?」
「・・・分かった、すぐ行く。20分くらいで着くと思うけど、それまでは大丈夫か?」
「ああ、幸い市街地からは離れているし、ボスの他に守り神のカプ・ブルルとウラウラ島のしまキングもいるからな。だが、早く来てくれるに越したことはない。」
「了解。」
ハンサムとの会話を終えたヒノキは食べかけのマラサダをコーヒーで流し込むと、さらにひとつをつかんで副支部長室を飛び出した。
「悪いけど、ビッケさんにごちそうさまと行ってきますって伝えといてくれ!」
伝言を頼まれたアセロラはのんびりと二つ目のマラサダを頬張りながら、ひらひらと手を振った。
◇
副支部長室の隣のバルコニーからリザードンを繰り出してその背に飛び乗ると、ヒノキはすぐにロトムに声をかけた。
「ロトム、アローラ!ハイナ砂漠までのナビ頼む。」
『ハイなロト!任せロト!』
「・・・もしかしてシャレ?」
『ち、違うロ!たまたまロト!』
ロトムは一応そう弁明したが、本当のところは分からない。
ハイナ砂漠へ向かう道中、持ってきたマラサダを食べながら、ヒノキはふと気付いた。
(あれ?ウラウラ島って確か、
その時、その疑問に答えるかのようにその「あいつ」ののどかな声が後方から飛んできた。
「おーい!まってまってー!」
ヒノキがリザードンに速度を落とさせると、間もなくアセロラをぶら下げたフワライドが追いついてきた。
「えへへー。しまキングのおじさんから、おまえも手伝いに来いって言われちゃったー。」
(だろうな!!)
ヒノキは心の内で全力でそうつっこんだ。
遠い異郷の地から来ている自分が休日出動をし、地元民のキャプテンはお茶をしながら留守番というのは、どう考えても筋が違う。
「でもビッケさんにはちゃんと二人分、ごちそうさまといってきますって言ってきたよー。そんでもってこれ、ヒノキにって預かってきたの。はい!」
そう言ってアセロラは、右手に持っていた小型のアタッシュケースをヒノキに渡した。
「オレに?」
そこには、いかにも製造元直送といった感じの真新しいウルトラボールが10個、緩衝材の固いスポンジに埋め込まれて納まっていた。
「さすがビッケさん、太っ腹だな。」
ハンサム曰くは一つにつきウン百万するというそのボールを眺めながら、ヒノキはため息をついた。
「リラも持ってると思うけど、ヒノキもいくつか手元に置いてた方が良いんじゃないかって言ってた!それより、早く行かなきゃおじさんに怒られちゃうよ!」
そして二人は連れ立って、改めてウラウラ島のハイナ砂漠へと急いだ。
◇
ハイナ砂漠の入り口には規制線が張られ、数人の警官達がその前を忙しなく往来していた。
ヒノキとアセロラがその近くに降り立つと、すぐに背後から声をかけられた。
「よお。来たかよ。」
気だるげなその男の声に二人が振り向くと、そこには一人の警官が立っていた。しかし、周囲の警官達と比べると、雰囲気がまるで違う。帽子も被っていなければ足元はサンダルであるし、制服の上衣のボタンは全開、ズボンに至ってはまず制服であるかも怪しい。
年のわりに皺の深い白い顔に表情はなく、それだけにどろんとした三白眼の赤い瞳が異様に際立っている。クチナシ・ガーディニアは、そうした「らしからぬ」風貌をした警官であり、しまキングであった。
ちなみにヒノキは、アセロラ同様彼とも既に面識はある。
「ああ、遅くなって悪い。状況は?」
ヒノキのその問いに答える代わりに、彼はワルビアルを繰り出すと、見かけによらない機敏な身のこなしでひらりとその背に乗った。
「とりあえず乗れよ。道案内ついでに話してやるから。」
そう言って、ぼそりと付け加えた。
「今、リラが一人で相手してんだ。」
再び唐突に出たその名に、ヒノキは胸中に衝動が沸き上がるのを感じたが、ぐっと堪えた。今はそれを質している時ではないのだ。
「了解。」
そして、素直に彼の後ろに跨がった。
「ねーおじさん。アセロラはー?」
存在を忘れられていると思ったのか、アセロラが挙手をしてクチナシに尋ねた。その足元には、いつの間にか相棒のミミッキュが隠れている。
「おまえはカプの村っ側の見張りだ。野次馬が来たら呪いでもかけて追い返せ。」
「りょーかーい。じゃ、いこっか!」
従順にその指示を承ると、彼女はミミッキュと共にとてとてと持ち場へ向かっていった。
「んじゃ行くか。ああ、なんか目ぇ守るもんがあるならかけといた方がいいぞ。」
そう言って、クチナシは上着の胸ポケットからサングラスを取り出した。それによって不気味な赤い目は覆われたが、人相はいっそう悪くなった。
一方ヒノキは、リュックからゴーゴーゴーグルを取り出した。以前、ダイゴにカロス地方の「お土産」を渡した時に、返礼としてもらったものだ。砂漠専用のゴーグルだけあって、遮光性・防塵性の両方に優れており、おまけに望遠機能までついている。
「オッケー、いつでもいいよ。」
「んじゃ、ちょっと飛ばすぞ。拾わねえから、落ちんなよ。」
その言葉を合図に、ワルビアルは助走をつけるように飛び上がると、モーターボートのような勢いで砂の海を突き進み始めた。
◇
「バケモンどもが最初に現れたのは17番道路だった。それを、おれと守り神とでこの砂漠の奥まで連れてきたんだよ。何しろ、興味本位でポータウンから湧いてくるスカタンどもが後を立たなかったからな。」
ごおごおと風と砂を切って進む中で、低くこもったクチナシの声を聞き取るのは容易ではなかった。ヒノキは後ろから必死で耳を済まし、全神経を集中させて彼の言葉を拾う。
「今のところ、相手の数は四体だ。小さいがその分すばしっこいし、何よりあの薄っぺらさが厄介だ。考えて戦わねえと、あっという間にー」
クチナシがそこでいったん言葉を切ると同時に、ワルビアルも砂を泳ぐのを少し止めた。
「こうなる。」
クチナシが指差した先には、電柱のような巨大な倒木もとい倒サボテンが横たわっていた。それは素晴らしい切れ味とスピードの一刀の元に斬られたと分かる、あまりにも鮮やかで美しい断面を晒している。まるで、ひでんわざの『いあいぎり』のようだ。
「なるほど。」
小さくて薄く、抜群の切れ味を誇る。
先ほどまでエーテルパラダイスのシークレットラボで資料を読み漁っていたヒノキには、その特徴をもつUBについてすでに察しがついていた。
間もなく、広く開けた場所に出た。
そこはこれまでの狭隘な岩の谷間ではなく、大小様々な大きさの砂の波が連なる、砂漠らしい砂漠である。
二人は、動きを止めたワルビアルの背から飛び降りた。
「あそこだ。」
クチナシが前方を顎でしゃくった。ヒノキがそちらを向くと、陽炎の揺らめく100メートルほど先に、確かに周囲とは様子の違う一帯がある。ヒノキはゴーグルのレンズの脇についたダイヤルを絞り、倍率を合わせた。
(・・・!)
そこは、砂漠ではなかった。円形に広がる青々とした
その中央でアナベルは自身のムウマージ、マニューラ、フーディン、そしてこの島の守り神であるカプ・ブルルと共に四体のUBと応戦していたが、戦況はあまり芳しくはなかった。
鋼鉄をも一刀の元に断ち切る厚さ1ミリに満たないその身体は、気流に水平に飛んで来られると一見その姿は分からない。
その上、空気抵抗による減速が殆どないために、一瞬の気付きの遅れが命取りとなる。
カミツルギの正式名称が体を現すように、UBスラッシュは紙と刃の性質を併せ持つ、異形の妖刀であった。
そこに、アローラで最も強烈な太陽光と50℃にもなる気温が追いうちをかけてくるのだから、彼女が苦戦するのも無理もない。
四体のスラッシュは、自分達の特異な身体の扱い方に精通しているようであった。わずかな風向きの変化に合わせて巧みに身を翻しては、文字通りひらりと攻撃をかわしてくる。かと思えば、わざとまともに風を受け、計算外の緩急を織り混ぜてこちらを翻弄してから近付くなどといった、高度な変化球にも事欠かない。
「UBってのは本当に
しかし、そう呟いたヒノキの頭の中には、既に作戦のイメージが出来ていた。読んでいた資料によれば、確か弱点は火気と湿気だったはずだ。
「よっしゃ、リー!行くぞ!」
「おっと。」
再びリザードンを繰り出したヒノキの前に、突然ワルビアルとクチナシが立ちはだかった。
言葉はなかったが、ギロリとリザードンを睨み据えた赤い目は、警告色のように確実に何かを脅していた。
「・・・・・」
彼の視線を辿って、ヒノキも隣の相棒を見る。そして、クチナシのその行為が何を意味するのかを理解した。
「大丈夫だよ。女に火傷させるリスクを背負えるほど、オレは神経太くないんだ。」
ヒノキのその言葉に、ワルビアルは砂に潜って道を開けた。クチナシも目の色を戻して、ぽつりと呟いた。
「ならいいけどよ。」
そして、ヒノキがわりに余裕があるのを見て、たしなめるように問いただした。
「何か考えはあるみてえだが。ちゃんと勝算もあるんだろうな?」
「100%とは言えないけど、自信はあるよ。ま、でも何にしろあいつは避難させた方が良いかな。」
確実に動きにキレがなくなってきているアナベルを見ながら、ヒノキはクチナシに言った。
クチナシは少し黙って考えた後、ぶっきらぼうに答えた。
「バケモンはお前に任せる。おれはリラを連れて先に戻るぞ。危なくなったらどうにかして知らせろ。」
「オッケー、それで十分だ。」
そしてクチナシは再びワルビアルの背に乗ると、砂の海へと潜った。
草原では、四体のスラッシュ達が四方からアナベル達を取り囲み、じりじりと、しかし確実に彼女達を追い詰めていた。
手持ちの三体に次々と指示を与え、必死に猛攻に耐えるも、暑さと疲労で頭がぼんやりとしてきた上に、視界もかすんできている。
(まずい、これじゃ近付いてくる相手に気づけない──)
そこに、クチナシを乗せたワルビアルが大穴をあけて地中から飛び出し、派生した上昇気流が背後から彼女に忍び寄っていた個体を吹き飛ばした。
「クチナシ、さん・・・!?」
「砂、入るぞ。閉じれるもんはみんな閉じとけ。お前らも来い。」
クチナシは彼女を抱きかかえ、掌でその口と鼻を覆うと、彼女のポケモン達にも声をかけて再び砂に潜った。ムウマージは倒れた木の影へ飛び込み、マニューラはフーディンの腕につかまって、テレポートでその場から離脱した。
急に対戦相手を見失ったスラッシュ達は、崩れかかった草原の大穴の周りをうろうろとしていた。その隙に、ヒノキはリザードンと共に、草のフィールドへと降り立った。
「よお。こっからはオレたちが相手してやるよ。」
そして、腰のモンスターボールから二つを取り、ゲッコウガとジュナイパーを繰り出した。
「コウ!ジュナ!久々にアレ行くぞ!!ブルル!悪いけど、オレを乗せてくれるか?」
──ブゥル!
カプ・ブルルは頷くと、頭の二本の木製の角を大きくし、その間にヒノキを乗せて上空へと浮かび上がった。
「コウ!なりきりであいつらを引き付けろ!」
たちまち、UBのとくせいをコピーしたゲッコウガが例の赤いオーラを纏うと、四体のスラッシュ達が吸い寄せられるように四方から襲いかかった。
「今だ!コウ!ジュナ!」
ゲッコウガの影から飛び出したジュナイパーがその横に並ぶと、二体は隣り合った手を地に付せて重ねた。
「みずと、くさのちかい!」
にわかに地鳴りがしたかと思うと、草原の中央から生えた無数の蔓が絡み合って柱のように伸び、その中に四体のUBを固く締め付けた。突然の不思議な攻撃に意表を突かれたスラッシュ達は、脱け出す間もなく、やがて草原が豊富な水を得て姿を変えた湿原に沈められた。
──シャッッ!?
効果はてき面だった。どうにか湿原から這い上がってきたスラッシュ達は破れこそしていなかったものの、たっぷりと水を吸ったその身体に、もはやキレはない。
「よし!次だ!ジュナ!リー!くさと、ほのおのちかい!」
湿原の上空でリザードンの背に乗ったジュナイパーが、その黒い翼に自分の両翼手を重ねる。たちまち、湿原の草が全ての水分を吸い上げて成長し、葦原となってスラッシュ達を覆った。そこにリザードンが猛炎の柱を立て、一帯は火の海と化した。
「よーし、そろそろ良いだろ。最後だ!リー!コウ!」
頃合いを見計らい、ヒノキはリザードンとゲッコウガを組ませた。
「ほのおと、みずのちかい!!」
火の海の真ん中に水の柱が立ち、あっという間に炎を鎮めて空に虹がかかる。そこに、地中に残っていた植物の種子や根が成長して水溜まりを取り囲み、小さな美しいオアシスを形成した。
水が草を立て、草が火を立て、火が水を立てる。『ちかいわざ』は、縦と横に強く結ばれた絆だけが成せるコンビネーション技だ。
やがて、オアシスの水面に、変わり果てたスラッシュ達の姿が現れた。ヒノキも地上に下り、最後の指示を出した。
「みんな!今だ!!」
その声を合図に、リザードンは火の弾に、ゲッコウガは水手裏剣に、ジュナイパーは矢羽にそれぞれウルトラボールを託し、放った。ヒノキ自身も、ブルルの頭上から、最も近くにいた個体に向かってボールを投げた。それらはスラッシュ達に当たると空間の裂け目に似た強い光を放った後、彼らを中へと収めた。
「っしゃあ!!
ヒノキはそう叫ぶと、三体の相棒達とカプ・ブルルに向かってガッツポーズを送った。
やがて光がおさまると、ポケモン達はそれぞれ自身が放ったボールを回収し、ヒノキへと届けた。
──ん?
それらを受け取ったヒノキは、一瞬、その事実を認識することができなかった。
ジュナイパーの持ってきた矢羽つきのボールだけが、異様に軽い。まさかと思い確認すると、やはりその中は空であった。
あの状態のスラッシュを彼が射ち損じることなどあり得ないし、実際に開閉スイッチには接触した痕跡がある。それでもボールに入らなかったということは、答えはひとつしかない。
この世の全てのモンスターボールに装着が義務づけられている、他人の所有ポケモンに対する盗難防止ロックが作動したのだ。
(四体のうち、一体だけが誰かのポケモンだった・・・?)
そんなことがあり得るだろうか。しかし、実際に四体目の姿はどこにも見当たらないし、今の状況ではそれしか考えられない。
その時、不可解な事態の理解に苦しむヒノキに、さらに追い討ちをかける出来事が起こった。
「すごーい、虹だあ!砂漠にも、虹ってかかるんだね!!」
まだ幼さの残るはしゃいだ少女の声に、ヒノキはアセロラが応援に来たのかと思った。しかし、振り返った先に見た人影は、彼女のそれではなかった。
「・・・!?」
陽炎に揺らめく、生まれたばかりのオアシス。
その向こうに、奇妙な格好をした人間が立っている。それも、二人。
ヒノキは思わずゴーグルを外して目をこすった。そして肉眼で再びそちらを見た時には、すでに人影は二つとも消えていた。
(蜃気楼・・・か?)
それにしてもあまり釈然とはしなかったが、先に戻ったアナベルの様子が気がかりであった為、ヒノキは虹の砂漠を後にした。