ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
【前回のあらすじ】
フェリーでアローラへとやって来たヒノキ・カイジュは、下船時に居合わせた一人のカロスの老婦人と親しくなり、ハウオリシティまで同行する。
ハウオリシティの郊外にあるククイポケモン研究所のインターフォンが鳴ったのは、十三時を少しまわった頃だった。
ちょうどその時地階で電話を受けていた彼は、傍にいた相棒に応対を頼んだ。
「イワンコ、ちょっと頼むよ。僕もすぐに行くから。」
彼はこいぬポケモンらしい甲高い声で返事をすると、元気よく階段を駆け上がっていった。それから間もなく、玄関ドアの開く音と若い男の声がした。
「よお、見慣れないワン公だな。あーよしよし、良い・・ゔっっっ!?」
程なくして電話を終えた博士が玄関へ向かうと、そこにはちぎれんばかりにしっぽをふる相棒と、膝立ちでみぞおちを抑えて呻く青年の姿があった。どうやらイワンコの熱烈な歓待―という名のずつき―をその辺りで受けたらしい。
「遅くなってすいません。もしかして、怒ってます?」
彼がその弱々しい口調で言わんとしている事を理解したククイ博士は、思わず吹き出してしまった。
「ごめんごめん、ちょうど電話をしていたものだからさ。僕にもイワンコにも悪意は全くないよ。」
そして目の前でうずくまっている青年に手を差し述べ、握手を兼ねて助け起こした。
「遠いところよく来てくれた。ヒノキ・カイジュ君、ようこそアローラへ。」
その言葉にヒノキも笑顔で手を伸ばし、ようやく立ち上がる事ができた。もっとも、顔の半分は痛みでまだ歪んだままではあったけれど。
「アローラ。お会いできて光栄です、ククイ博士。」
ドアを開けた瞬間にイワンコに飛びつかれたヒノキは、そこで初めてまともに研究所の中を見渡すことができた。
LDKとロフトと水槽で構成されている屋内は、古びたコテージ風の外観とつぎはぎだらけの屋根から予想していたより、ずっときれいで現代的な空間だった。玄関の正面にある地下への階段が見えなければ、えらく家庭的なポケモン研究所だと勘違いさえしただろう。
「自宅兼研究所か。通勤もないし、好きな時に好きなだけ研究できるし。最高ですね。」
博士に続いて地階への階段を下りながら、ヒノキは感想を述べた。その後ろをイワンコがとことこと嬉しそうについてくる。
「おかげさまで僕はね。でも奥さんは隣のアーカラ島の空間研究所ってところが職場だから、毎日リザードン通勤さ。」
「へえ。替わってあげる予定はないんですか?」
「もちろん僕も提案はしたさ。だけど丁重にお断りされたよ。『気遣いは嬉しいけど、私は明るくて清潔で換気のできるオフィスで働きたいの』ってね。」
「あら、そりゃ残念。」
「とてもね。僕としては最高の労働環境なんだが。夫婦でも分かり合えない事というのは存外あるものだよ。君も覚えておくといい。」
しかし地下の研究所に通されたヒノキは、即座に奥さんの言葉の意味を理解した。
そこは水槽の深海ポケモン達のために常時暗く、また博士の筋トレスペース(本人曰くは技の臨床実験場)と専門書の書架の存在のために何となく汗埃くさく、それでいて地下のために窓がなかった。毎日働く空間としては、選べる余地があるうちは選ばないだろう。それが女性ならなおさらだ。
もっとも、ヒノキ自身はこの程度のむさ苦しさで不快を感じたりはしない。これまでの十余年のトレーナー人生の中で、もっとずっと忍耐力の要求される状況をいくつも経験しているからだ。
やがて、博士がキッチンからアイスコーヒー二つとマラサダが載った盆を片手に降りてきた。
「ところでここまでの道中に何かあったのかい?こっちの人ならのんびり屋だから、二時間くらい遅くとも何とも思わないんだけど。迷うような道でもないし、君は有名人だから港でサイン攻めにでも遭っているのかと思っていたんだけど、そういう訳でもなさそうだね。」
博士はそう言いながらヒノキの座る壁際のソファーに自分も腰かけると、最も手近な段ボール箱を引き寄せ、その上に盆を乗せた。サイドテーブルの代わりだ。
「えーと、それはですね」
ヒノキはリュックからいくつか中身の入ったモンスターボールを取り出した。
「ちょっと何匹か出してもいいですか?」
「ああ、構わないよ。」
途端に辺りは賑やかになった。
そこには、ヤングースにツツケラ、アゴジムシ、それに他の地方とは異なる姿と属性を持った、いわゆる
「なるほど。そういうことか。」
「はい。とりあえず博士に会わなきゃ、とはわかってたんだけど、やっぱ見かけたら我慢できなくなっちゃって。面目ないです。」
小さくちぎったマラサダをそれらのポケモン達に与えてからボールに戻すと、ヒノキは改めて頭を下げた。
「うん、でも確かにそれが一番想定すべき可能性だったな。それじゃあなおのこと早くアレは渡さないとね。頼んでいた例のヤツは連れてきてくれたかい?」
「もちろん。この通りです。」
リュックから更にひとつ取り出したモンスターボールを博士に渡しながら、ヒノキは尋ねた。
「でも、こいつをどうするんです?」
しかし博士はその質問に答えず、意味ありげな笑みを浮かべてもったいぶった。
「それは今からのお楽しみさ。よし、それじゃあちょっとそのまま目をつぶっていてくれないか?あ、もちろん『こころのめ』の方もだぜ?」
「いいけど、そんなにハードル上げて大丈夫?オレ、正直なリアクションしか取りませんよ?」
しかし博士には結構な自信があるらしい。
ヒノキから預かったモンスターボールをパソコンの隣の機械へセットすると、デスクトップを睨みながら恐ろしい速さでキーボードを叩いた。 その間にヒノキはマラサダの最後の一口をアイスコーヒーで流し込むと、足元のイワンコを膝に乗せ、言われた通り目を閉じた。
「もちろん、率直な反応で構わないよ。あ、ちなみに、このモンスターボールの前のこいつの住まいは何だったか覚えてるかい?」
「えーと、たしかシンオウの廃屋のテレビだったかな。」
イワンコはヒノキの膝の上で大人しく撫でられており、彼もまた気持ちよさから目を閉じている。
「それならよかった。きっとこっちの方が居心地が良いはずだからね。・・・と、ここをこうして・・と。よし!・・・うぉっと!!」
その瞬間、イワンコが悲鳴を上げてヒノキの膝から逃げていった。室内を一瞬支配した激しい音と光を雷だと思ったらしい。
その拍子に思わず目を開けてしまったヒノキは、その開いた目の前に浮かんでいたモノに、この日二度目の絶句をする事となった。
「・・・・」
誰と言うべきか、何と言うべきか。
しかし言葉に詰まる彼とは対照的に、「彼」は実に流暢な人語で自己を紹介した。
『ヒノキ、アローラ!ボクがウワサの喋って頼れるロトム図鑑だロ!これからよろしくロト!』
赤いぴかぴかのボディに、中心に設けられた大きな液晶画面。
左右にそれぞれ設えられた、音声入力用のマイクと出力用のスピーカー。
言われてみれば確かに、これは彼が今までに所有してきた歴代のポケモン図鑑と同じ機能を備えている。が、その二つの青い目とツノのような象徴的な突起、それにちょこんとついたかわいらしい丸い足の存在に関しては、その今までのどれとも一線を画していた。
それもそのはず、「彼」はポケモン図鑑であると同時に、新たに開発された、ロトムの『アローラのすがた』でもあったからだ。
とうとうここまで来たか。
予想もしなかった方向に進化した七台目もとい七代目の相棒との対面に、ヒノキはひゅうっと口笛を吹いて感嘆した。
「かがくのちからってすげーな。これがホントの
早速、手を伸ばしてツノの部分を撫でてやった。果たして気持ち良いと感じられたかどうかは疑問だが、とにかく嬉しそうだ。
「お褒めに預かり光栄だ。」
博士もまた、彼のその正直なリアクションにとても満足しているようであった。