ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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【ここまでのあらすじ】
メモリアルヒルにおける二体目のライトニングとの戦闘後、アローラではUBの出現が途絶え、平穏な日々が続いていた。
そんな時期のある休日の午後、昼寝をしていたヒノキはある夢を見る。それは彼が初めて自分のポケモンと出会った、7歳の誕生日の夢であった。
一方、同じ休日を買い物をして過ごしたリラは、夕刻から連絡のつかないヒノキを探すため、彼が酒を飲みに行ったというロイヤルアベニューへと向かった。



23.事件[中]

 

 ロイヤルアベニュー。

 バトルロイヤルの競技場(スタジアム)であるロイヤルドームを中心に商業施設や公園が集まる、アローラ有数の観光スポットの一つである。

 このバトルロイヤルとは、アローラで古くから親しまれてきた一対一対一対一という形式のポケモンバトルで、もとは四つの島の守り神達が最も強い者を決めるために遊びで行っていた戦いが起源とされている。

 

 そんなロイヤルアベニューの片隅にある小さな居酒屋で、ヒノキは一人、ほとんど中身の減っていないロックグラスを前に、一本のスプーンを見つめていた。

 

 

──きみにこれを渡せる事が、本当に嬉しい。

 

 それを贈られた時の事は、今でも鮮明に覚えている。

 人気のない、暗い夜の岬。静かな波の音。

 箱も包装紙もなく、柄に直に結ばれた赤いリボン。

 こぼれた涙と震える声。ポケットに忍ばせていた覚悟。

 二度と戻れない、遠い夏の夜。

 

「・・・・っ!!」

 

 ヒノキはグラスを掴み、込み上げた嗚咽をイッシュ・ウイスキーと共に喉の奥へと押し返した。たった一口だったが、それでもぐらりと視界が揺れた。震える手でグラスをテーブルに置くと、頭が少しぼんやりし始めた。

 

──忘れたい事がある時は酒を飲むに限るよ。何しろ思考回路がでんじはを浴びたみたいにマヒして動かなくなるからな。嫌な事も思い出せなくなれるんだ。

 

 かつてカントーを旅していた頃、さすらいのギャンブラーからそんな事を聞いた。

 あの頃はまだ子どもだった為にピンと来なかったが、今なら分かる。酔って頭が回らなくなれば、胸の痛みを引き起こす広く深い思考もできなくなる。まるで、脳に麻酔をかけたように。

 

(もう一口でいけるか、な。)

 

 そう考えて、ヒノキがもう一度グラスに手を伸ばした時だった。

 余りある勢いで店の引き戸が開かれ、乱暴な大きな音を立てた。そして、がやがやと数名の客が入ってきた。

 

「よお、オヤジ。今日も来てやったぜ。・・・おっ?」

 

 その六人連れは、なんとも奇妙な集団であった。バッドガイ、ジプシージャグラー、もうじゅうつかい、せいそういん、こんちゅうマニアといった連中を、カラテおうが率いている。

 まるで分野の違うその顔ぶれは、むしろ意図的にそうしているかのようにさえ思える。ただひとつ共通しているのは、皆一様に人相があまりよろしくないという点だ。

 

「へえ、今日は先客がいるのか。珍しいこともあるもんだ。」

 

 カラテおうの男がヒノキを見てそう言うと、最もしたっぱらしいバッドガイが彼の元へと歩み寄った。

 

「よお、にいちゃん。この店は今からオレたちの貸し切りになるんだ。悪いが、お一人様は隣の店にでもー」

 

 しかし、横からヒノキの顔を覗き込んだジプシージャグラー風の男が、そこで口をはさんだ。

 

「ん?おい、待て。こいつの顔、どっかで・・・」

 

 

 ◇

 

 

「すみません。今日、こちらに20代前半くらいの男性が一人で来ませんでしたか?灰色がかった銀髪に、デニム地のキャップを被っていたと思うのですが・・・。」

 

「うーん。そういうお客さんは今日は見ていないかなぁ。」

 

 ロイヤルアベニューに着いたリラは、ナギサの祖父に教えてもらった裏通りへと入り、そこに軒を連ねる飲み屋を端から訊ねて回っていた。

 このロイヤルアベニューには、有名な観光スポットとは異なるもうひとつの顔がある。それがこのドームの裏手に広がる繁華街であり、日没後は酒と戦いを好むバトルロイヤル参戦者がたむろする、アローラの数少ない治安不良区域の一つとなる。

 

「・・・そうですか。ありがとうございます。」

 

 十数軒目への聞き込みも空振りに終わった。しかし、それでもヒノキの姿はおろか、目撃情報すら得られない。気がつけば、残る店はあと一軒となっていた。

 

ー次が、最後か。

 

 入り口の引き戸に手をかけたまま、リラは不安の為にしばし躊躇った。もしもここにいなければ、いよいよ本格的に捜さなければならない。

 

(どうか、この中にいますように。)

 

 そう願いながら、彼女は引き戸にかけた指先に力を入れた。

 

 そこは十人も入れば満席となる、カウンターのみの小さな古い居酒屋であった。そんな店で、ちぐはぐな六人の男達が見慣れたデニムキャップを取り囲んでいるのが見えた。

 

「ヒノキ!!」

 

 思わず彼の名を呼んだリラは、即座にそれを後悔した。

 その瞬間に彼を囲む男達が一斉にこちらを向き、やっぱそうだぜ、などと仲間内で囁く声が聞こえたからだ。

 

──仕方ないな。

 

 いよいよ具体的な形を持ち始めた不吉な予感に、彼女は腹をくくった。

 

「・・・申し訳ありませんが、その人は明日は朝から仕事がありますので。そろそろ引き取らせて頂けないでしょうか?」

 

 状況を荒立てないよう慎重に、しかし毅然とした口調で、彼女は自分より一回りも大きな身体をした頭領らしき男に申し出た。

 

「何だ?あんた、このにいちゃんの女か?」

 

「・・・友人かつ、仕事上の相棒(パートナー)です。」

 

「そうかい。まあ、何でもいいがな。悪いがオレ達、酒を奢った礼にこの後ちょっくら戦ってもらう約束なんだよ。カントーレジェンドとのマッチなんて、滅多にあるチャンスじゃねえからな。」

 

 やはり彼らは、その点に気付いている。その上で、何やら良からぬ事を企んでいるのだ。

 そしてテーブルに突っ伏す当のカントーレジェンドの周りには、大小様々な形のグラスやとっくりが並んだり転げたりしていた。

 

「お言葉ですが」

 

 リラはそこで言葉を切ると、大きな薄紫の瞳で、まっすぐにその白い道着に赤いはちまき姿の男を見据えて言った。

 

「今の彼は、とてもまともに勝負ができる状態とは思えません。後日、きちんと対戦の機会を設けますので、今日のところはお引き取りください。」

 

 彼女が先ほどより語気を強めると、男はたちまち大柄な身体を揺すって笑い出した。

 

「おいおい、相手はあのポケモンリーグのチャンピオンだぜ?まともに勝負ができる状態なら、オレ達みたいなバトロイハイパー級程度のザコじゃあまともな勝負にならねえだろ。これくらいのハンデがあってちょうどいいんだよ。」

 

 その言葉に、周りの男達が間髪を入れずに、そうだそうだ、と野次を飛ばした。そのうちの一人は、手にビデオカメラを携えている。

 

「・・・なるほどね。」

 

 たちまちリラは彼らの魂胆を見抜いた。さしずめ、映像に収めたその勝負をバトル専門の投稿動画サイト『BATTLE VIDEO』に上げ、その膨大な再生回数が生む広告収入を得ようというところだろう。

 実際、ポケモンリーグチャンピオンや四天王などの一流トレーナーの試合となると、たとえそれが非公式の練習試合などであっても、数十万アクセスは下らない。ましてやそれが、まさかのチャンピオンの敗北ともなれば、ゆうに一千万は超えるはずだ。

 

「分かりました」

 

 彼女は静かに口を開いた。

 

「ならばいっそ、本格的に予選から行いましょう。彼の前にまずは私が相手になりますので、どうぞ自信のある方から表へお越しください。」

 

「言ってくれるじゃねえか。言っとくが、オレたちゃ相手が女だからって容赦しねえぞ?」

 

 いつか、どこかで誰かから聞いたその台詞が、その時と同じように彼女の胸の底を波立たせた。

 

「望むところです。むしろ、全力で来てくださって結構ですので。」

 

 そう言って、リラは少し笑った。

 いつもの穏やかなアメジストの瞳に、かつて戦いの塔を守っていた頃と同じ光を宿して。

 

 

 ◇

 

 

「マニューラ、とどめを。」

 

 その一撃のもとに、挑戦者達の最後の一体はあっけなく崩れ落ちた。

 

「な、何なんだよ、この女・・・!!」

 

 倒れたバッファロンのトレーナーであるもうじゅうつかい風の男が、かすれる声で呟いた。その声にはっきりと驚異と恐怖の色が表れていたのも無理はない。まさか、突然現れた若い女に自分達六人が15分で片付けられるなど、思ってもいなかっただろう。

 

「これで、全員予選敗退ですね。それでは約束通り、今日のところはお引き取りください。」

 

「っそ・・・せっかく、金と名誉が一気に手に入るチャンスだってのによぉ・・・」

 

 歯を剥きながら、頭領のカラテおうが怒りと憎しみを露にした眼差しでリラを睨みつけた。が、そんな威嚇に怯むことなく、彼女もまた厳しい口調で彼らに言葉を返した。

 

「酔い潰れたチャンピオンに勝ったところで、何の武勇伝にもなりませんよ。何より、意図的な酔い潰しはれっきとした犯罪です。」

 

 そこでリラは懐に手を伸ばし、滑らかな黒皮に金色でICPOの四文字と前足を揃えて座るウィンディが刻印された手帳を提示した。

 それはまるである種の印籠のごとく、バトルロイヤルを八百長(イカサマ)でのしあがっているこの連中に抜群の効果を発揮した。

 

「こっ、国際警察・・・!!?」

 

「おい、何してる!さっさとずらかるぞ!」

 

 頭領のその退散命令に、一行はワカツダケトンネルの方向へと逃げるように走り出した。その去り際に、一番後ろにいたバッドガイが、座り込んでいたヒノキに向かって唾とともに捨て台詞を吐いた。

 

「へっ!泣いて、酒飲んで、女に守られて。情けなさもレジェンドだな!!」

 

 そして再び走り出そうと前を向いた次の瞬間、その身体が宙に浮き、前方に向かってどしゃりと派手に転んだ。

 リラがそちらを振り向くと、あぐらをかいていたはずのヒノキの足が、いつの間にか彼の方に伸びていた。

 

「て、てめえ!何しやがる!」

 

 ヒノキは何も答えない。しかし、帽子の陰から一瞬覗いたその目は完全に据わっていた。

 

「ちょ、ちょっと、ヒノキ!?」

 

 その据わった目のままヒノキはゆらりと立ち上がると、まだ前方で起き上がれずにいる男へと詰め寄った。

 

「な、なんだよ・・・?やれるもんならやってみろよ。相棒のおまわりさんが、みんな見てるぜ・・?」

 

 しかしヒノキはそんな虚勢に構わず、男の胸ぐらを掴み、怯えた薄笑いを浮かべたその顔を引き寄せた。

 

「お前の言う通りだよ。何もかもな。」

 

 それはこの二ヶ月間、ほとんど毎日行動を共にしていたリラでさえ聞いたことのない、低く暗い声であった。

 

「たしかに今ここでお前を殴れば、オレは最悪レジェンドクビだ。でもまあ、ちょうどいいじゃねえか。」

 

「へ・・・?」

 

 男の顔から薄笑いが消えた。

 

「泣いて、酒飲んで、女に守られるレジェンドなんて。いない方がいいだろっつってんだよ!!!」

 

「ヒノキ!!」

 

 そしてリラが止めるのも聞かず、ヒノキが男の顔面めがけて拳を突き出した、その時だった。

 

「・・・?」

 

 ヒノキの拳が男の鼻先で止まった。しかし、それは彼の意思ではなかった。

 

(フーディン・・・?)

 

 突然リラの腰のモンスターボールから飛び出したフーディンが、『かなしばり』で彼を制したのだ。

 

「・・・・。」

 

 ヒノキは拳を握った姿勢のまま、黙って横目でフーディンを見た。そんな彼を見たフーディンは間もなくかなしばりを解いたが、ヒノキは拳を下ろし、さらに反対の男の胸ぐらを掴んでいた手も離すと、後はもう何もしなかった。

 

「へへ・・・それみろ。やっぱてめえは」

 

 その先の言葉は、分からずじまいとなった。男が最後まで喋るのを待たず、フーディンがねんりきで彼を夜空の彼方へと吹っ飛ばしたからだ。そしてその後、再び自らボールへと戻った。

 

 そうして静寂が訪れ、その場にはヒノキとリラだけが残された。しばしの間の後に、ヒノキがぽつりと呟いた。

 

「いっそ、捕まえちまえばよかったんだよ。あんな奴ら。」

 

 その呟きを聞くや否や、リラは振り返り、この日初めて感情を言葉に晒した。

 

「あなたも!飲まされた側とはいえ、手を挙げれば同じ立場ですよ!それに、飲む時は事前に連絡をするという約束だったでしょう!?」

 

 それでもヒノキは黙っていた。が、やがて、かろうじて聞き取れるほどの声で呟いた。

 

「忘れてた。」

 

 未だに顔を上げようとしない彼に、彼女はすぐにその言葉が嘘であることを悟ったが、沸き上がる感情をぐっと鎮めた。たとえそれが事実であろうと、証明することができない以上は言い争うだけ無駄だ。

 

「・・・あなたの素行を考慮して、今回に限っては注意喚起のみとしますが。次回からは何らかの処分があるものと考えて、十分気をつけてください。」

 

 それでもなおヒノキはこちらを見ようとしなければ、謝りもしない。そんな彼にリラは鼻でため息をつくと、今度は警官ではなく、友人として訊ねた。

 

「そもそも、あなたがお酒を飲むなんて。一体、何があったんですか。」

 

 再び沈黙が流れた。そして、先ほどと全く変わらない調子でヒノキが呟いた。

 

「忘れた。」

 

 そしてよろよろと立ち上がり、そのまま脇を通って帰ろうとした彼の腕をリラが掴んだ。

 何も言わずに去ることは許さない。そういう意志が明確に感じられるよう力を込めて。

 

「お互い様じゃねえか」

 

 およそ彼らしからぬ、嘲けるような口調だった。

 

「・・・どういう意味です。」

 

 そこでヒノキは顔を上げ、この日初めてリラと向き合った。その真っ赤に泣き腫れた目で睨むように見据えられたリラは、思わず彼の腕を掴む手が弛んだ。

 

「何があったかなんて。オレの方が知りたいんだよ!!」

 

 突然声を荒げてぶつけるようにそう言い放つと、腕から彼女の手を振り離し、おぼつかない足取りで真夜中の六番道路へと消えていった。

 

 そんな彼の背中を、リラは追うことができなかった。

 

 

 

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