ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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【前回のあらすじ】

UBパラサイトとの戦闘中、リラのフーディンはヒノキが偶然触れたキーストーンと共鳴し、メガフーディンへと進化を遂げる。その結果、パラサイトの撃退には成功するも、その為にリラはヒノキがかつての友人であったことに気付いてしまう。





25.思い出せない

 

 そこは、ひどく無機質な白い部屋であったと記憶している。

 

 

──名前は?

 

 

 "リラ。姓は分かりません。"

 

 

──出身は?

 

 

 "ホウエン。海のある街だったと思います。"

 

 

──生年月日は?

 

 

 "わかりません。"

 

 

──なぜ、あの場所で倒れていた?

 

 

 "わかりません。"

 

 

──それまでは、どこで何をしていた?

 

 

 "塔・・・?を守るために、戦っていたと思います。"

 

 

──何でもいいから、他に覚えている事は?

 

 

 "他には何も思い出せません。"

 

 

 

 

 

「・・・・・!!」

 

 

 そこで目を覚ましたリラは、真上に広がる白い天井に戸惑い、そこがエーテルパラダイスの病室であると気付くまでに時間がかかった。

 

(あの時の・・・)

 

 それは彼女にとっては、できれば忘れてしまいたい記憶であった。

 机と椅子しかない無機質な箱部屋での、黒服の大人達による取り調べという名の尋問。

 まるで異世界からきた未知の生物に対するような、限りなく敵意に近い警戒。

 どうしてそんなものを向けられなければならないのだろう。

 自分は彼らに危害を加えるつもりなど、少しもないのに──。

 

「・・・っ!!」

 

 不意に鋭い頭痛が走り、左腕に点滴の針が入っているのにも構わず、リラは思わず両手で頭を抱えた。

 そんな彼女の背に、痩せた黄色い手をそっと置く者があった。

 

「フーディン」

 

 あまり感情を顔に出さない彼が、はっきりと悲痛の色を浮かべた目で自分を見ている。

 彼女は涙で歪んだ声でその名を呼ぶと、自分が目覚めるのをずっと待っていた相棒を抱きしめた。

 

「私、これからどうしたら・・・。」

 

 

 ◇

 

 

(・・・ん。)

 

 リラが目を覚ます、半日前。

 暗い、白い部屋の中で、ヒノキは誰かに名を呼ばれた気がして意識を取り戻した。

 しかしまだ瞼は重く、目は開けたそばから閉じてしまう。代わりに、まだパラサイト戦の緊張が解けていないのか、耳はやたらと冴えていた。そこで彼は目を閉じたまま、隣室から微かに聞こえてくる会話に耳を澄ませた。

 

「私達、間違っていたのでしょうか・・・ヒノキ君を、リラのパートナーに選んだのは。」

 

(・・・?)

 

 その女性の声には聞き覚えがあった。エーテル財団本部副支部長のビッケだ。とすれば、ここはエーテルパラダイスだろうか。

 

「んなことはねえだろ」

 

 また、耳になじみのある声が聞こえた。今度は男だ。ウラウラ島の警官兼しまキングのクチナシである。

 

「この問題にはそもそも答えがねえんだ。答えがねえのに、間違いもくそもあるかよ。ただ、信じて出した答えをどうにかして正解にするしかねえんだよ。」

 

「・・・そう、ですよね・・・。」

 

 それでもビッケは釈然としない様子だ。

 

「って言ってもな、アセロラ。」

 

 突然、クチナシがそこにいたもう一人の人物の名を口にした。そして、そっと部屋を抜け出そうとしていた彼女の胸中を見透かしたように、ぼそりと続けた。

 

「あいつらをムウマージの(まじな)いで仲直りさせたところで、何の解決にもならねえのだけは確かだぞ。」

 

 間もなく、普段と変わらない調子のクチナシとは対照的に、いつもはおっとりとした少女の激しい声が聞こえてきた。

 

「じゃあおじさん何とかしてよ!分かったような事ばっかり言ってないでさ!!」

 

 クチナシにそうぶつけた彼女の表情は、もはや目を閉じていても容易に想像できる。

 その声は怒りによって震え、涙によって滲んでいた。

 

「・・・ヒノキが来てから、リラ、ずっと嬉しそうだったのに。あんな二人、とても見てられないよ・・・。」

 

 そこでヒノキはベッドから起き上がり、隣室への扉へと向かった。

 今ここで出ていけば、会話を盗み聞きしていたことが知れてしまう。かと言って、自分達のことでこれ以上誰かに何かを負わせる訳にはいかなかった。

 静かに深い呼吸をひとつした後、彼は扉を開けた。

 

「ヒノキ・・・」

 

 戸口から最も近い位置に立っていたアセロラの顔は、やはり濡れていた。

 

「よお、奇遇だな。・・・ちょうど今、おまえの噂をしてたとこだ。」

 

 クチナシが、相変わらずの無表情で呟くように言った。

 

「知ってる」

 

 ヒノキは短く答え、少し躊躇ってから訊ねた。

 

「・・・リラは?」

 

「別の部屋でまだ眠ってるよ。回った神経毒の量がお前よりちょっとばかり多くてな。だが、命や後遺症が関わるほどのもんじゃねえ。医者曰く、あと半日もすりゃあ動けるようになるとのことだ。」

 

「・・・そっか。」

 

 それならよかったとは言えないが、とにかく安心は得られた。そこでヒノキは改めて三人の方に向き直った。

 

「おっちゃん、ビッケさん、アセロラ。みんな、ほんとにー」

 

 ごめん。そう謝ろうとした。しかし、それより先に彼に向かって深々と頭を下げたのはビッケだった。

 

「本当にごめんなさい。私達がもっとちゃんとあなた達の気持ちを考えて配慮していたら。こんな辛い思いをさせずに済んだかもしれないのにー」

 

 アセロラほどではないにしろ、彼女もまた声が震えていた。まるで、ぎりぎりのところで感情を堪えているかのように。

 

「そんな・・・ビッケさんが謝る事じゃないよ。今回の事はそもそも、オレの身から出た錆なんだから。」

 

 ヒノキがそう言うと、クチナシがすかさず口を挟んだ。

 

「だがその錆が出たのだって別におまえが悪いって訳じゃねえんだ。だから、おまえももう謝るな。」

 

 その言葉に、ヒノキはぐっとこみ上げるものを感じた。

 そうだ。これはそもそも、誰が悪いとか、誰に責任があるとかいう問題じゃない。

 だからみんな、やり場のない気持が心に溜まる一方で苦しいんだ。

 

「ありがとう」

 

 ヒノキは少し鼻元をこすってそう言ってから、静かに続けた。

 

「それでも、今のままじゃあいつは目が覚めたらきっとまた記憶をなくしたことで苦悩する。それまでに、オレは立ち直ってなきゃいけないからさ。」

 

 そこで彼は一息つき、クチナシの目を見て言った。

 

「だからもう、みんな話してほしいんだ。おっちゃん達が知ってる、オレの知らないあいつの事を、隠さずに全部。」

 

 クチナシがしばらく黙ってヒノキを見ていたが、やがて無造作に頭を掻きながら口を開いた。

 

「ま、どのみちいずれは話すつもりだったしな。」

 

「それじゃあー」

 

「いいだろう、教えてやるよ。だがその前に、おれたちもおまえに聞かせてもらいてえことがあるんだ。」

 

「え?」

 

「おれたちの知らない、おまえとリラの昔の話だ。こんな言い方は気ぃ悪いだろうが、おまえらがいつ、どこでどうして出会ったかまでは調べがついてる。記録が残ってるからな。だが、それ以上のことは今やおまえの記憶の中だけだ。今のおまえにゃ中々酷だとは思うが、話してほしいんだよ。・・・痛み分けのためにもな。」

 

 一人で抱えるな。クチナシはそう言っている。

 それはかつて、自分がリラに言った事だ。

 

「わかった」

 

 ヒノキは頷いた。

 

「ただ、それならちょっと時間をもらってもいいかな。長くなると思うし、ちゃんと要点を押さえてうまく話せるよう、準備期間が欲しいんだ。一日だけで構わないから。」

 

 彼の言葉に、三人が顔を見合わせて頷いた。

 

「なら、24時間後に今度はビッケの部屋に集合だ。それと、もしも今バケモンどもが出ても、当分はキャプテン達とおれら島の長が何とかする手筈になってる。だから、そっちのことは気にすんな。」

 

「本当にありがとう。じゃあ、また明日の同じ時刻に。」

 

 そしてヒノキは、静かに部屋を後にした。

 

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