ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
遅ればせながら新年最初の更新です。
更新が滞っている間にも閲覧や評価や感想を寄せて下さる方が居てくださり、本当に嬉しい限りです。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
【ここまでのあらすじ】
クチナシから自分達の知らないリラとの過去の話を聞かせてほしいと頼まれたヒノキは、その準備の一環として以前メレメレ島で出会った♀のケーシィに再び会いに行く。そこで再会した彼女と、そのトレーナーとして新たに出会った少女・リコとの一時を経て、かつての自分の在り方を思い出したヒノキは、改めて今のリラや自分と向き合うために過去を語る決意を固める。
27.15年前① バトル・レセプションへの誘い
ヒノキが18時きっかりにエーテルパラダイスの副支部長室の扉を開けると、そこにはすでに今日集まる予定の四人の人間が揃っていた。
「よお。来ねえのかと心配してたとこだ。」
ソファーから、クチナシが相も変わらぬ調子で言った。珍しく、煙草を吸っている。
「お待たせ。ぎりぎりになってごめん。」
ヒノキがそう詫びると、出迎えたビッケが首を振った。
「ううん、そんなことは全然構わないの。それより、あなたの方は?心と時間の準備は本当にもういいの?」
「ああ。時間といえばむしろ、これからの話が確実に長くなることの方が気がかりだよ。だからみんな、疲れたら遠慮しないで抜けてもらったら・・って、おわっ!!」
そこでヒノキは、突如自身の影からにゅっと顔を出したユキメノコに言葉尻を奪われてしまった。
「ううん、だいじょうぶ!眠くなっちゃった人には、そのコが冷え冷えのめざましビンタで起こしてくれるから!だからみんなでちゃんと最後までヒノキの話聞くから、安心してね!」
「うむ。それに、ブレイクタイム用のグランブルマウンテンとマラサダも準備万端だからな。空腹の心配も要らないぞ。」
アセロラの言葉に、昨日は場にいなかったハンサムが続いた。リラに関する内容である以上、彼も知っておいた方がよかろうとヒノキが自ら呼んだのだ。
「うん。アセロラもハンサムのおっちゃんもありがとう。」
それぞれの個性が滲む思いやりに礼を述べてから、ヒノキもクチナシ以外の三人と共にソファーに着いた。
「それじゃ、ほんとに最初から始めるよ。・・・あれはオレがまだ八歳のガキで、ジョウトのエンジュに住んでた頃のことだよ。ある日、家に一人の客が来たんだ。」
◇ ◇ ◇ ◇
その日、スクールから帰宅したヒノキは、玄関横の応接間から二人の人間の話し声を耳にした。
ドアはきちんと閉まっている為、来客の姿までは分からない。が、さほど関心があるわけでもないので、特に中を窺うこともせず、いつものように相棒のユンゲラーと共にキッチンへ直行した。
「あら、おかえりなさい。」
三つの湯呑みに茶を淹れていた初老の女性が顔を上げ、流しでちゃちゃっと手を洗う彼に声をかけた。
「ただいま。まただれか来てんの?」
濡れた手を拭くのもそこそこに、ヒノキは卓上のいかりまんじゅうの箱を開けながら彼女に尋ねた。
「ええ。マキくんの知り合いの実業家さんですって。なんでも、ヒノちゃんに会いにわざわざホウエン地方から来られたそうよ。」
柔和な笑顔でそう答えた彼女は、ヒノキの母親ではない。
昔から両親のいないこの兄弟の身辺の世話をしてくれる家政婦で、二人からはスミさんと呼ばれている。
「ふーん。・・・ほい、ユンゲラー。」
愛想のない相槌を打った後、ヒノキは箱からひとつ取り出したいかりまんじゅうの半分をユンゲラーにやり、残りの半分にかぶりついた。
前回のポケモンリーグ優勝者である兄には、取材やら仕事の依頼やらで日々様々な客が入れ替わり立ち替わり訪ねてくる。
だから、彼女がさらりとつけ加えた一言をすぐには飲み込めなかった。
「・・・え、オレ?」
その時、折よくダイニングの扉が開いた。
開けたのは、今しがた応接間でその客と話していた、兄のマキだった。
「ヒノ、おかえり。ちょっとこっちにおいで。ああ、ユンゲラーも一緒にな。」
ヒノキが四歳上の兄に連れられて入った応接間では、一人の男がソファーでゆったりとくつろいでいた。
「すみません、お待たせして。こっちが、今話していた弟のヒノキです。」
三人分の茶といかりまんじゅうを載せた盆を左手に抱えたマキが、空いている右手でヒノキの背を押した。挨拶をしろ、という意味である。
「・・・こんちは。」
奇妙なサングラス越しにもひしと感じる男の視線に捕まらないよう、完璧に目を逸らしながら、ヒノキはそっけない挨拶をした。
しかし、男は彼のそんな
「いや、実に素晴らしい。その年でケーシィをユンゲラーに進化させるなんて、やはり血は争えないね。」
「ええ。まあ、何しろ僕の弟ですからね。」
男の言葉に、マキがにこにこと答えた。
その隣で、一人状況が飲み込めないヒノキは、最初からあまり良くなかった態度を更に悪くした。
「なあ、さっきから二人で何話してんだよ。つーか誰だよ、このおっさん。」
「ん?ああ、そうだったな。この人は・・」
ヒノキに向かって口を開きかけたマキを、当の男が制した。
「いや、いいよマキ君。ボクから言おう。」
男は咳払いをした後、改めてサングラスの位置を直した。存外つぶらな裸眼では威厳に欠けると考えたのだろう。
「はじめまして、ヒノキ・エニシュ君。ボクの名はエニシダ。ホウエン地方でポケモントレーナーを対象とした新たなビジネスを創造中の、新進気鋭の青年実業家だ。」
しかし、大人の言葉をふんだんに盛り込んだ大人げないその自己紹介は、この兄と弟の前ではかえって逆効果だった。
「しんしんキエー・・・?なにそれ。」
「要するに『私はポケモントレーナー相手の新しい商売で成功したいエニシダという者です』ってことだよ。あと、わざわざ青年って言ったのはたぶん、ヒノにおっさんって言われたのがちょっとショックだったんだろうな。」
幼い弟に朗らかにそう説明する十二歳の少年に、エニシダはむしろ「おっさん」以上のショックを受けた。
「ええ、マ、マキくん・・・!?いや、とりあえずは話をすすめよう。ヒノキくん、まずはちょっとこれを開けてみてくれるかな?」
そういうと、エニシダは一封の上品な白い封筒をヒノキの前に置いた。
ヒノキがそれを手に取り封を開けると、中からは一枚のチラシと、既に自分の名が書かれた返信用のハガキが出てきた。
「これって・・・」
幼いヒノキにも、何となくそれがどういうものであるのか分かる。が、まだそれを指す明確な単語までは引き出せない彼のもどかしさを、隣の兄が解いてやった。
「招待状だな。ほら、そのチラシに詳しく書いてあるみたいだぞ。」
ヒノキはチラシを手に取ると、その紙面をまじまじと見つめた。それはフルカラーの中々上質なもので、中央にはこの街のランドマークであるスズの塔よりはるかに高く新しい建物の写真がある。そしてその写真の建物のふもとには、以下の文句が洒脱な字体で添えられていた。
「・・・なにこれ。」
その文句を声に出して読み上げたヒノキは、聞き慣れないカタカナ語に眉をひそめ、うさんくさそうにエニシダを見た。
「うん。実はボクは今、ホウエン地方でポケモンバトルの最前線──そうだな、言うなればポケモンバトルのテーマパークを作っていてね。最終的には7つの
「ふーん。じゃ、このフロンティアなんとかってのは?」
「そう、それなんだけどね!!」
その一言を待っていたとばかりに、エニシダは急に正面のソファーから身を乗り出し、ヒノキをたじろがせた。
「おっと失礼、つい興奮してしまった。・・・ええと、今言ったこのテーマパーク、すなわちバトルフロンティアは五年後のオープンを予定している。だけど、そこで活躍してくれる肝心のトレーナーがまだ一人しか見つかっていないんだ。そこで、このバトルタワーの完成記念パーティーを各地の前途有望な若いトレーナー達の交流会にして、中でも光るものを持った子にはその未来のスーパースターの座を約束しようという訳だよ。どうだい、ワクワクする話だろう?」
「未来の、スーパースター・・・」
チラシを見つめたまま、ヒノキはぽつりと繰り返した。そして、そのまま視線だけを向かいのエニシダに上げて尋ねた。
「・・・オレが?」
そんな彼を見て、エニシダは心の中でもう一押し、と拳を握った。
「そう。そしてボクは、キミには一際その可能性を感じている。」
下心を見透かされないよう、すまし顔で茶を啜りながら、エニシダはさりげなく言った。
「すごいじゃないか、ヒノ。見込みあるってさ。」
「ふーん・・・。」
ヒノキはしばらくチラシを眺めていた。
が、やがて顔を上げ、エニシダをまっすぐに見つめると真顔で言った。
「んじゃ、行かない。」
その瞬間、ぶふっという音と共に、エニシダが啜っていた茶をむせた。
「い、今なんと・・・?」
「だってオレ目立つの嫌いだもん。それに、
テーブルに置いたチラシの代わりにいかりまんじゅうと湯呑みを手に取りながら、ヒノキは答えた。
「なんだよ、面白そうじゃないか。せっかくだし、行くだけでも行ってみれば。」
兄のマキは、この照れ屋でマイペースな弟の性格を十分知っている。そのため、彼にとってはこの弟の「行かない」はむしろ予想通りの答えであった。
「やだよ。そんならマキが行けばいいじゃん。」
ちなみに、勿論エニシダはこの兄のマキにも打診している。というよりむしろ、そもそもは齢十二にして既に殿堂入りトレーナーである彼こそが、このスカウトの当初の
「オレは来月のその辺りはカントーでオーキド博士に頼まれてる仕事があるから。それに、五年後ももういくつか予定が入ってるしね。」
そして、あっさりと断られた。そこで、急きょ弟のヒノキの情報を集め、彼に白羽の矢を立て代えたのだ。もちろん、その事は兄弟には伏せている。
「分かったよ、じゃあ考えとくから。だから今日はもうゲームしにいっていい?」
「いや、待って!それって絶対考えないやつだよね!?今回はシンキングタイムなしの即決限定の話だから!」
茶と菓子を平らげ、自分の部屋へ戻ろうとするヒノキをエニシダが慌てて押し留めた。
ジョウト人の「考えておく」は考えない、「また今度」は永遠に来ない──。噂には聞いていたが、実際に言われてみると、なるほど、まるで希望が感じられない。
「んじゃ行かない。はい、決まり。」
ああああ。ここまで来るためにかけた金と時間が。
エニシダが心の内でそう叫んだ時、思わぬ方向から助け舟が現れた。
「そうかい。でも、ユンゲラーは行きたいらしいぞ?」
「へ?」
マキの言葉に、ドアの前にいたヒノキと頭を抱えていたエニシダが、同時にソファーのユンゲラーを見た。すると、確かに彼はテーブルに置き去りにされた例のチラシをじーっと見つめている。
「そんな訳あるかよ。ただなんとなく見てるだけだよな、ユンゲラー?」
しかし、ユンゲラーはその言葉には頷かず、視線を紙面からヒノキに移すと、今度は訴えるような眼差しで彼をじぃーっと見つめた。
「・・・分かったよ!行けばいいんだろ!?」
相棒の無言の圧力に負けたヒノキは、半ばやけくそぎみに返信ハガキにある出欠欄の『ご出席』に○をつけ、そのまま階段を上がって自分の部屋へ行った。
「ほ、ほんとに!?あ、もうキャンセルはできないからね!ただいまをもって変更の受付は終了したから!・・・あ、もしもし、ボクだけど!実は今──」
エニシダはせかせかとそのハガキをカバンにしまうと、代わりに携帯を取り出し、どこかへ電話をかけるために彼もまた応接間を出ていった。
「良かったなあ、ユンゲラー。」
一人残されたマキがそう言うと、ユンゲラーは嬉しそうにスプーンを掲げ、生来の細い目をさらに細めた。
彼だけは気付いていた。
ヒノキが封筒からチラシを取り出したその時から、ユンゲラーがその片隅の小さなトピックを一心に見つめていたことを。
「どれどれ。」
ヒノキが触れもしなかったその記事に、マキは目を通した。すると、そこには小さな人物の顔写真とともに、次のような一文が記されていた。
──参加者全員で行うトーナメント戦の優勝者には、未来のタワータイクーン・リラとのチャレンジマッチのチャンスが!!──
思えばこの時の彼には既に、ユンゲラーと共に弟の遠い未来がいくらか見えていたのかもしれなかった。
ヒノキの苗字が今と違うのは、この約二年後に起こる、兄のマキが巻き込まれた事件が関係しています。
そしてその関係でマキは今は死んだふりをしています。