ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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【ここまでのあらすじ】
十五年前、当時八歳であったヒノキは、ポケモンリーグチャンピオンの兄のマキと共にジョウトのエンジュシティで暮らしていた。そこにある日、エニシダと名乗る一人の実業家が来訪し、バトル・レセプションなるイベントへの招待状をヒノキに渡す。
それは、彼がホウエン地方で建設中のポケモンバトルの聖地・バトルフロンティアで将来活躍してくれるトレーナーを探すことを目的とした祭典であった。
そのような内容にあまり興味のないヒノキではあったが、相棒のユンゲラーの意欲に圧され、結局参加することとなる。



28.15年前② A boy meets ...

 

 インディゴ・ブルーの波と風をかき分けて進むクルーザーに寄り添うように、白い鳥ポケモンの群れが海を航っている。

 

「あれはキャモメっていうポケモンなんだって。ホウエンの海じゃ、どこでもよく見かける種類らしいよ。」

 

 エンジン音に負けないよう声を張り上げ、彼は海と同じ色のキャップを被った隣の少年にそう教えた。さっき、ミナモ港で地元のふなのりから教えてもらったばかりの情報だ。

 

「へー。じゃあやっぱりポケモンも全然違うんだな。ジョウトの海じゃ、こんなやつら一匹も見たことないぞ。」

 

 そのキャモメの群れを夢中で眺めながら、教えられた少年もまた大声で相槌を打った。帽子が強風に飛ばされないよう、片方の手は常に頭を押さえている。

 

「カントーだってそうだよ。海っていったら、メノクラゲとドククラゲしかいないんじゃないかって思うくらい。」

 

 そう言って、いかにも生真面目そうな黒ぶち眼鏡をかけた少年はレンズの奥の瞳ををぎゅっと細めて、隣の真新しい友人へと笑いかけた。

 

 アサギ港を発って、丸三日。

 ホウエン地方に入り、カイナとミナモの二つの港を経て開発中のメガフロート・バトルフロンティアへと向かうヒノキには、一人の連れが出来ていた。

 彼の名はシェフレラといい、カントーはセキチクシティからやって来た、バトル・レセプションの参加者である。

 

「でも、本当に助かった。」

 

 メガネに飛んだ飛沫を拭うとともに声と表情を改めると、シェフレラが切り出した。

 

「あの時、カイナの港でヒノキに会っていなかったら。ぼくはきっと、今頃そのクラゲだらけの海へ逆戻りしていたよ。」

 

「またそれかよ。だからそれはもういいって言っただろ。」

 

 照れくさいのが嫌いな照れ屋の少年は、キャモメの群れを見つめたまま、わざとぶっきらぼうに答えた。

 

「それに。それをいうなら『きみ』じゃなくて『きみたち』だからな。」

 

 親指で傍らの相棒を指しながらヒノキが訂正すると、シェフレラは頭を少し後方へそらし、そのポケモンとトレーナーの両者の顔を見て微笑んだ。

 

「うん、そうだった。本当にありがとう。ヒノキも、ユンゲラーも。」

 

 それは、今から約三時間前の事である。

 

 

 

 

「ああ、行っちゃった・・・。」

 

 搭乗ゲートの閉ざされたフェリー乗り場に立ち尽くしながら、シェフレラはカイナ発ミナモ行きの最終便の出港を空しく眺めていた。

 彼はクチバ発セキチク・グレン経由カイナ行きというフェリーでここまで来たのだが、ふたごじま付近で発生した濃霧による遅れが響き、搭乗予定であった件の便への乗り換えに間に合わなかったのだ。

 

―どうしよう。

 

 ここで家に電話をすれば、心配性の母がすぐに警察へ連絡し、セキチクへ帰ることになるだろう。かといって、これまでその地元(セキチク)すら一人で出たことのなかった彼にとって、ミナモまで行く代わりの方法を考えるなど、雲をつかむような話であった。

 

「・・・っ!」

 

 もはやただの紙きれとなったチケットを握りしめた手で、目と鼻から流れるものを拭おうとした時だった。

 

「きみも!気の毒だけど、船はもう出てしまったんだよ。」

 

 すぐ近くから、大人の声がした。

 さきほど搭乗ゲートを閉め、そろそろ自分に声をかけようとしていた、フェリー・ターミナルの係員だ。

 

「うん、それは分かってるんだけど。ちょっとだけ、そこから先見せてほしいんだ。」

 

 そう言ってすたすたと歩いて来たのは、自分と同い年くらいの少年であった。銀色のショートカットに、濃いブルーのデニムキャップがよく映えている。その傍らには、ヤマブキジムのCMでしか見たことのないポケモンが付き従っていた。

 

「ああ」

 

 隣にいる自分には目もくれず、柵に足をかけてずいぶん小さくなったフェリーを見やると、彼はそれだけ言った。どうやら、彼もまた何らかの事情であの船に乗り遅れてしまったらしい。

 

「あれくらいならまだ余裕だよな。な、ユンゲラー?」

 

 少年の言葉に、傍らのユンゲラーがこくりと頷いた。

 

(・・・あれくらい?)

 

 シェフレラは目と耳を疑った。こうしている間にも沖へと進んでいる船は、どんなに少なく見積もってももう一キロは離れている。

 しかし、そんな彼が係員に続けた言葉はさらに耳を疑う内容であった。

 

「ねー、おっちゃん。オレ、今からあれに乗るからさ、ムセン?とかで船の人に連絡できるならしといてほしいんだけど。」

 

 係員は口を開きかけた。が、言葉は出てこなかった。おそらく、あまりにも言うべきことがありすぎて喉でつかえてしまったのだろう。

 その隙を逃さず、シェフレラは声を上げた。心境としては限りなく係員に近かったが、立場は少年と同じであることが、行動の決め手であった。

 

「あ、あの、ぼくも!ぼくも乗りたい!!」

 

「ん?」

 

 その時、デニムキャップの少年は初めて自分の存在に気づいたかのようにこちらを向き、まじまじと顔を見つめてきた。一目で泣いていたと分かる顔をそんな風に見られるのは恥ずかしかったが、この際そんなことはかまっていられない。

 

「・・だってさ。ユンゲラー、こいつもいけるか?」

 

 再び、ユンゲラーが頷いた。

 

「んじゃ、ほら。」

 

 予想外にあっさりと同行が許されたシェフレラが反応に困っている内に、やせた黄色い腕が彼の右の肩を抱いた。反対側には、同じようにユンゲラーに左肩を抱かれたキャップの少年の姿がある。すなわち、ユンゲラーをまん中に、二人と一体は三人四脚をするような体勢になった。

 

「行くぞ。絶対ユンゲラーから手ぇ離すなよ。」

 

 離したらどうなるのか。反射的に浮かんだその疑問は、少年がこともなげに付け足した一言の前に霧散した。

 

「あ、でも死にたかったら別に離してもいいわ。」

 

 え、というシェフレラの絶句は、少年のテレポート!という指示にかき消された。

 そして、あ、という声が出た次の瞬間にはもう、全てが済んでしまった後だった。

 

「・・・」

 

 シェフレラは試しに頬をつねってみた。

 痛い。夢じゃない。

 確かに今、自分は今の今まで眺めていた、カイナ沖のフェリーのデッキに立っている。

 それでもまだ状況が信じられずに彼が立ち尽くしていると、突然背中をばしっと叩かれた。

 

「へっへ、便利だろ。オレはこいつのこれのおかげで、学校(ガッコー)だって寝坊しても遅刻したことは一回もないんだ。」

 

 そんな自慢にならない自慢を悪童じみた笑顔で話す彼に、シェフレラは幼心にもただ者ならぬ気配(オーラ)を嗅ぎとったのであった。

 

 

 

 

「ね!ヒノキは、リラってどんなやつだと思う?」

 

 水平線の先には、すでに長旅の終着点が小さく見えている。

 その高揚感から少しばかり上ずった声で、シェフレラはヒノキに問いかけた。しかし、彼はそんなシェフレラとは対照的な眉間にしわの寄った表情で、逆に問い返してきた。

 

「?だれそれ。」

 

「え?だれって・・・チラシにかいてたじゃん!!全員参加のトーナメントの優勝者だけが戦える、バトルタワーの(タイクーン)だよ!・・・えーと、ほら、ここ!」

 

 そう言ってシェフレラはリュックから例のチラシを取り出し、その位置を指し示してやった。シワひとつない状態できちんとファイルに入れられていたあたり、彼の育ちの良さが伺える。

 

「ふーん。」

 

 シェフレラに渡され、一ヶ月ぶりにそのチラシを手にしたヒノキは、該当の箇所を一瞥した。そして、初めて見たその記事に特に心を引かれたという様子もなく、ひょいと返した。

 

「ま、どっちにしろオレはそんなんキョーミないし。別にどんなやつでもいーわ。」

 

 そんな彼に、納得がいかないというよりは理解ができないといった様子で、シェフレラは目を丸くして訊ねた。

 

「キョーミないって・・・じゃ、なんで来たのさ??」

 

「そりゃ、こいつが来たいって言ったからに決まってるだろ。オレはただのつきそいだよ。」

 

「え?こいつって、ユンゲラーが?」

 

 頷くユンゲラーをシェフレラはじっと見つめ、さらに何かを訊ねたそうだったが、その時、到着五分前を告げるチャイムが鳴り、直後に操縦席のエニシダからのアナウンスが続いた。

 

『はーい、みんな、おつかれさま!もう間もなく着くからね!忘れ物しないよう気をつけて!船から降りても勝手に行っちゃダメだよ!あ、降りずにテレポートで行くとかはもっとダメだからね!!』

 

 カイナ港での出来事が、もう彼の耳にも届いている。おそらく、二人が参加するイベントの主催者であるエニシダにもフェリー会社からの苦情が寄せられたのだろう。

 

「まったく。悪いのはオレらじゃなくて遅れた船だっての。なあ、ユン?」

 

 命じられる前に自らボールに戻ったユンゲラーにそうぼやいてから、ヒノキはシェフレラと共に乗降口へと向かった。そして、そこで出迎えたエニシダの咳払いをわざとらしい歓声で完璧に受け流しながら、二人は真新しい小さな船着き場へと降り立ったのだった。

 

 

 

 

 その日の夜にバトルタワー一階の大広間で催された歓迎会は、ヒノキの予想以上に楽しいものであった。

 カントー・ジョウト・ホウエンの各地からの参加者達と、互いの知らない互いのポケモンについて語り合う内に、あっという間に歓談の時間は過ぎ、やがてメイン・イベントの開始を告げるエニシダのアナウンスが流れた。

 

『あー、あー・・・はい!みんな、楽しんでいるかな?そろそろ宴もたけなわということで、お待ちかね、タワータイクーンのリラから、みんなへ歓迎の挨拶の時間がー』

 

 主催者のその言葉に、誰もがおしゃべりをやめていっせいに彼の立つ前方のステージを見つめた。

 たった一人、その内容に「キョーミのない」少年を除いて。

 

「ーやってきたんだけど、実はちょっと今朝から体調が悪いってことで・・いや、ちょっとそこのイシツブテのきみ!まだ話は終わってないから!石投げるのとかホントにやめて!?」

 

 背後から、前方で必死に石ころの雨を避けるエニシダを笑うざわめきが聞こえる。が、ヒノキはそんな前にも後ろにも目をやることなく、ホール中央のビュッフェコーナーで黙々と料理を皿に盛っていった。

 

「・・えーと。で、なんだっけ・・・そう、代わりに、リラの最新の練習試合の録画を用意したので、それを今から見てもらおうと思います!という訳でみんな、スクリーンに大注目!!」

 

 とたんにホールの照明が落ち、代わりにステージの奥に巨大なスクリーンが音もなく降りてきた。

 

 そこには、一人の人物が映っていた。

 子どもである。それもおそらくは、自分達と同じ年頃の。

 誰もが既に知っているその涼しげな顔に、どこからともなくひそやかなざわめきが広がった。

 

『・・・えー、それではこれより、タワータイクーンのリラとタワートレーナーのローレルによる練習試合(トレーニング・バトル)を開始しまーす。両者、所定の位置について!』

 

 そう実況するのは、カメラを回している画面の中のエニシダ自身だ。

 

『それでは、試合開始(レディー・ファイト)!』

 

 その号令と同時に、この上映の間を食事の時間と決め込んだヒノキは、皿の上の料理の山から一さじをすくって口に運んだ。

 しかし、そのタワータイクーンなる者の「挨拶代わり」の前に、その山がそれ以上低くなることはなかった。

 


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