ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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【これまでのあらすじ】

十五年前、当時八歳であったヒノキは、未来のフロンティアブレーン候補を探して各地を行脚していたエニシダに招待され、完成したばかりのバトルタワーで催されるバトルレセプションなるイベントに参加することとなった。
レセプションの初日、道中で出会った同じ参加者のシェフレラと共に歓迎パーティーを楽しんでいた彼であったが、その終わりに披露されたタワータイクーン・リラの試合の映像に衝撃を受ける。
 


29.15年前③ バトルタワー

 バトルタワーの最上階(トップ・フロアー)

 そこはまさに、タワーの主であるタイクーンの為に存在する場と言っていい。なぜなら、その面積の全ては闘技場と居住空間という、彼の公と私によって占められているからだ。

 そんな地上七十階にあるこの自室で、その日も彼はいつものように朝を迎えた。

 

 

ー起きなきゃ。

 

 

 ベッドに備わるアラームできちんと7時に起床すると、彼は部屋を一周して全てのカーテンを開け、洗面所で顔を洗って歯を磨き、柔らかなくせのある髪をとかしていつもの服に着替えた。

 普段なら、これらの身支度が終わると朝食を届けてもらうために厨房へと電話をする。しかし、この日はその前にもう一件、連絡を入れるべきところがあった。

 

「おはようございます、エニシダオーナー。ぼくです。」

 

 彼が101という内線番号を押した先で受話器を取ったのは、一年前に彼をミナモシティの児童養護施設から引き取った雇用主であった。

 

「やあ、おはよう。こんな時間にきみから連絡なんて珍しいね。ああ、もしかして、今夜のパーティーに関する事かな?」

 

「・・・はい。実は、その件で。」

 

 受話器を握ったまま頷いた彼は、エニシダがその内容までも先回りして言ってくれるのを期待した。が、そこから続いた数秒の間にその見込みがないことを悟ると、仕方なく自ら口を開いた。

 

「・・・今日のパーティーには、各地からやって来た多くの少年達が集まるという事ですが。ぼくのこの言葉遣いや身の振る舞いは、本当に()()()()()()()()()()()()のでしょうか?」

 

 彼のその懸念を聞いたエニシダは、少しの間を置いた後、なるほど、と捻り出すように呟いた。しかし、その響きにはどこか想定の範囲といった、作為的な雰囲気があった。

 

「そのことに関しては、ボクはそれほど心配してはいないけどね。まあしかし、それでもきみが不安だというのなら、少し荷を軽くしてあげよう。とりあえず、今夜のパーティーの挨拶はなしで構わないよ。ボクとしても、今の段階で()()()()()()()()()のは本意ではないからね。」

 

「・・・申し訳ありません。ありがとうございます。」

 

 目下の最大の不安が解消された彼は、息を殺しつつ息をついた。そして電話越しにそんな安堵が悟られないよう、早めに受話器を置こうとした、その時だった。

 

「そのかわり」

 

 彼の受話器を持つ手が固まった。

 

「明日はその少年少女達にタワーの施設案内をする予定だ。モニターをセキュリティ・チャンネルに切り替えれば、彼らの様子を逐一観察することができるだろう。」

 

 その言葉で、聡明な彼は雇用主の言わんとすることが既に理解できていた。が、その聡明さゆえに、引き続き黙ってそのまま耳を傾けていた。

 

「今回のレセプションには、きみと同年代のいろんなタイプの子達を集めた。目標にするなり、反面教師にするなり、学び方はきみの自由だ。とにかく、ボクがきみの(リクエスト)に応じて設けたこの機会を、余すところなく活用してもらいたい。分かっていると思うが、今度はきみが応える番だよ。すなわちー」

 

 エニシダはそこでもっともらしく言葉を切ると、まるで重石を乗せるように、その一言に圧をかけた。

 

「フロンティアを統べる()()()()()()()()()()()になってもらいたいという、ボクの期待にね。」

 

 やがて通話は切れ、ツー、ツーという話中音が聞こえてきた。それでもなお、彼は受話器を耳に当てたまま、しばらくそこに立ち尽くしていた。

 

 彼の名は、リラ・ヴァルガリス。

 弱冠八歳にして戦いの島の大君(タイクーン)となる宿命を負った、名と同じ淡紫の髪と瞳が儚く美しい少女である。

 

 

◇◇◇

 

 

「すごかったね。ぼく、なんかもうかっこいいとか通り越して、恐くなっちゃったくらいだよ。」

 

 歓迎会の後、フロンティア内の宿泊施設へと向かいながら、シェフレラはそう感嘆した。周りの参加者達も、口々に先ほど見たタイクーンの試合の感想を述べている。

 

「あー。まあな。」

 

 しかし、ヒノキは頭の後ろで両手を組みながら、彼の言葉にそのような曖昧な相づちを打つばかりであった。確かに、その十分足らずの試合の映像は彼の胸にも大いなる衝撃をもたらした。ただし、その衝撃から生まれた感情は、彼らと同種のものではなかった。

 

「なあ、シェフ。」

 

 そんなヒノキがまともに口を開いたのは、隣同士の個室の扉の前へ着く頃であった。

 

「なんでおまえはそんなにタイクーンとかにキョーミがあるんだ?」

 

「えっ?」

 

 思いがけない質問に、シェフレラは目を瞬かせてヒノキを見た。しかし、その答えに窮することはなかった。

 

「なんでって・・・そりゃだって、かっこいいじゃない!タワータイクーンって、ポケモンリーグでいうチャンピオンみたいなものでしょ?無敵のスーパーヒーローって感じでさ!!」

 

 そう言ったシェフレラの声は弾み、瞳は輝いていた。そんな彼が、ヒノキにはひどく眩しく感じられた。

 

「そっか。」

 

 隣の友人とは対照的な、静かな笑みを浮かべて彼は呟いた。

 

「うん、でもやっぱチャンピオンって、そーゆーもんだよな。」

 

 そんなヒノキの様子にシェフレラはようやく興奮から覚め、彼本来の穏やかな調子を見せた。

 

「・・・ヒノキは、そうは思わないの?」

 

 出会ってわずか半日の付き合いではあるが、シェフレラは漠然とその気配を感じ取っていた。すなわち、彼は何かが自分や他の参加者達とは決定的に違う、ということを。

 

「いや、んなことはないよ。ただ、ちょっと聞いてみたかっただけさ。んじゃ、また明日な。おやすみ。」

 

 明るい顔を繕って一気にそう言ってしまうと、ヒノキはさっさと自分の部屋に入り、ドアを閉めてしまった。

 そんな彼の様子に、シェフレラは先ほど感じた気配が確かに実在する何かであることを確信したのだった。

 

 

 

 

 参加者一人一人に用意された客室は、中々快適な空間であった。

 トイレや浴室はもちろん、簡単なダイニングやポケモンの回復装置まで備えられ、ある程度の長期滞在も可能となっている。

 そんな部屋に入ったヒノキは、回復装置にボールをセットすると、その足で真っ白なシーツがしわひとつなく張られたベッドへ倒れ込んだ。

 

(タワータイクーンのリラ、か。)

 

 そしてごろりと寝返りを打ち、仰向けになってしばらく色々と考えた後、そのまま白い天井を眺めながら、ぽつりとその名を呼んだ。

 

「ユン。」

 

 ほとんど呟くような声量であったにも関わらず、相棒はたちまち回復装置のモンスターボールから姿を現した。そして彼がベッドの足元までやって来ると、ヒノキは体を起こしてあぐらをかき、正面から向き合った。

 

「分かったよ。なんでおまえがオレをここに連れてきたのかが。」

 

 ユンゲラーが目を細めて頷くと、彼は微笑んで最愛の相棒をぎゅっと抱きしめた。

 それはおよそ八歳の少年らしからぬ、悟りとも諦念ともつかない何かを湛えた静謐な微笑だった。

 

 

◇◇

 

 

 今回のバトル・レセプションは、全七日間の日程でプログラムが組まれている。

 二日目となるこの日は、オーナーのエニシダによるバトルタワーの施設案内であった。

 

「・・・えー、というわけで。これにて本日のタワーの案内は全て終了となります。それじゃあもうすぐ夕食の準備が整うので、今からみんなで一階にー」

 

 そう言ってエニシダが締め括ろうとした時、一行の最後尾からひょこっと一本の手が挙がった。

 

「オレ、一番上も見に行きたい。」

 

 たちまち、ぼくも、私も、という声が口々に続いた。そういう彼らの現在地は六十九階であり、ここまで来たなら、たったひとつ上の最上階まで見てみたいという好奇心は至極まっとうなものであった。

 しかし、エニシダはそんな子どもたちの要望をもったいぶった咳払いで鎮めた。

 

「残念だけどね、ヒノキくん。」

 

 そして、わざわざ最初に手を挙げた少年の名を挙げて続けた。

 

「この上だけは、残念ながらどうしても見せてあげることはできないんだよ。」

 

 その表情はどこか嬉しそうで、まるで彼の言った一言が来るのを待っていたかのようであった。

 

「このバトルタワーの最上階は、名実ともにバトルフロンティアの頂点だ。タワーの精鋭達との七十の予選を勝ち抜いた者だけが足を踏み入れられる、最も特別な場所なんだよ。だから、本当に見たいという人は、正式なオープンを迎えた際にぜひ!挑戦しに来てね!!」

 

 そんなエニシダの完璧な宣伝(こたえ)に、なんだよ、けちいなぁ!という悪態をついたのは、別の少年だった。当のヒノキはといえば、ふーん、と言ったきり特に執着を見せることもなく、大人しく一階へと戻る高速エレベーターの列に加わっていた。

 

「言い出しっぺのわりにあきらめがいいね。」

 

 隣にいたシェフレラが呆気に取られたように言った。わざわざ挙手してまで申し出たからには、もう少し粘りを見せるものとばかり思っていたのだ。

 

「だってアレ絶対ごねたとこで連れてってくれる感じじゃなかっただろ。オレは()(イクサ)はしない主義(シュギ)なんだよ。」

 

 その言葉に負けおしみの響きは微塵もなく、シェフレラはむしろ、本当に見に行きたい気持ちがあったのかとその事を疑いたくなるほどであった。

 

 

 しかし、ヒノキがそんな引き際の良さを見せたのは、もちろん彼が()()()()に気づいたからという訳ではない。

 

 

──こいつが、ヒノキ・エニシュ。

 

「?」

 

「ヒノキ?どうしたの?」

 

「いや、なんか今・・・いや、やっぱなんでもない。」

 

 

 その、未だ見ぬ最上階から画面越しに自分を静かに見つめる、アメジストの双眸の存在に。

 

 

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