ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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 ちょくちょく回想なども挟まってややこしいので、ここまでのバトル・レセプションの日程をまとめてみました。参考までに。

 一日目:フロンティア到着・歓迎会
 二日目:エニシダによるバトルタワー施設案内
 三日目:参加者全員によるトーナメント戦一日目(初戦のみ)
 四日目:トーナメント戦二日目(三回戦まで)←今回はここ
 


【ここまでのあらすじ】

バトル・レセプション三日目の朝。
リラは七十階の最終闘技場でレセプション参加者のヒノキ・エニシュと出会い、彼から試合前のウォーミングアップとして非公式のバトルを申し込まれる。
戦わせる事のできる自分のポケモンを持たないリラはその申し出を断るも、彼から投げかけられた言葉の数々に複雑な思いを抱く。

 


31.15年前⑤ きりさく

 

 

 エニシダからリラのもとへその電話がかかってきたのは、レセプションの初日をちょうど一ヶ月後に控えた日の午後であった。

 

「――はい。リラです。」

 

「あ、もしもし、ボクだけど!あのね、今、例の子の家で実際に会って話してたんだけどね・・来月、来てくれるってさ!」

 

 息をせききって舌足らずに話すエニシダに、彼がいつになく興奮しているのが分かる。そんな勢いにつられ、思わずリラも結論を急いてしてしまった。

 

「・・・マキ・エニシュがですか?」

 

 マキ・エニシュ。

 今回のエニシダのスカウト旅行の最本命であり、二年前、十歳四ヶ月という史上最年少記録でポケモンリーグを制した神童。卓越したトレーナーとしての才能と、会う大人全てを驚かせる成熟した人格により、チャンピオンの座を退いた今もなお、ポケモントレーナー界の伝説の寵児として各地にその名を轟かせている。

 

 ところが、そんなリラの反応をエニシダはやや気まずそうにあ、いや、と言葉を濁して否定した。

 

「・・・では、ないんだけど。でもでも、彼の四つ下の弟君が来てくれることになったんだ!ヒノキくんといってね、マキくんが今年で十二と言っていたから、多分、きみと同じ年なんじゃないかな?」

 

「弟、ですか・・・。」

 

 エニシダからの予想外の答えに、リラは反応に困った。本人ではなく、四歳下の弟。そんな人間が伝説のトレーナーの代役としてどれほど自分達の期待に応えてくれるのか、とても測りかねたからだ。

 そしてそんな彼の困惑を、受話器の向こうのエニシダは正確に嗅ぎとったようであった。

 

「あっ、その微妙な反応は、弟とかどうせネームバリュー目的だとか思ったんだろ!でもね、彼は本物だよ。決して兄の七光りなんかじゃない、彼自身の輝きを確かに持ってる。いずれマキくんにも負けぬ劣らぬ大物になると、ボクは会ってそう思った。」

 

 こういう時のエニシダの直勘は、異様なほど正確に的を射る。その事を、リラはよく知っていた。

 

「・・・なるほど。では、その彼もまた兄のように、ぼくが男を学ぶに好ましい人物ということなのでしょうか?」

 

 彼が自分の最も知りたい事を率直に訊ねると、再びエニシダが口ごもった。受話器の向こうの空気の流れが、急に停まったような気がした。

 

「・・・うん、まあ、その辺りはきみが実際に彼に会ってから、自分自身で判断することかな。だけど、きっとマキくんとはまた違う種類の刺激を受けことができると思うよ。そしてできればキミからも、彼にぜひブレーンになりたい!と思わせるような刺激を与えてもらいたいな。」

 

 

 ということは、向こうも来たくて来るというわけではないのか。そんなチャンピオンの弟とこんな自己のあやふやな自分が一体どんな刺激を与え合えるのだろうと、リラは心底疑問だったが、口にはしなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

「・・・タイクーン?気分でも悪いのですか?」

 

 ちょうど一ヶ月前の出来事を思い出していたリラは、作業の補佐をつとめるタワートレーナーの声に、はっと現実に引き戻された。

 

「いえ!少し考え事をしていただけで。大丈夫です。」

 

 そう言うと彼は慌てて仕事を再開するべく、まるで触診をするように、目の前の台の上で眠っている小さなポケモンに触れた。それは、このバトルタワーの未来の戦力として昨日孵卵室で生まれたばかりの個体だ。

 

「・・・この個体はすばやさこそやや劣るものの、総じて優秀な能力を持っている。特に、体力面には素晴らしい可能性を感じます。」

 

「ふむ。すばやさは△、HPは◎、その他は◯、と・・・」

 

 確認のためリラの言葉の要約を小声で唱えながら、老齢の補佐官は手にしたノート型のPCを年不相応な速さで叩いた。

 彼の名は、ローレル。エニシダの古い知人で、このバトルタワーのトレーナー達の長であると共に、この島へ転居するにあたって学校を離れたリラにポケモンの知識や戦いの技術を授ける個人教師でもある。その造詣の深さといかにも老紳士らしい控えめで知的な人柄に、リラも彼の事は部下でありながら「先生」と呼んで慕っていた。

 そんな彼はもたらされた情報を打ち込み終わると、ちらりと目だけを上げて、まだ幼さの残る自分の主君の横顔を見た。

 

(まったく、つくづくため息の出る能力だ。)

 

 世の中には、稀にポケモンに対して特殊な力を発揮する人間がいる。究極の秘術を教える事ができる、目に見えない様々な情報が分かる等、その種類は多様であるが、育成向きという点においては、このリラのそれに優るものはないであろう。

 

「加えて。この個体に『熱』に関して特別な感性を持っているようです。従って、種としての脂肪の多い体質とこの感性が組み合えば、その類の攻撃にはかなりの耐性を持つのではないかと考えられます。」

 

「なるほど。ではB-5はほのおやこおりタイプとの鍛練が効果的である・・・と。」

 

 対象のポケモンに触れることで、その個体の戦闘における才能を見抜き、開花のための道程を示す。それが通称『判定(ジャッジ)』と呼ばれるリラの能力であり、一年前、エニシダがミナモシティの孤児院から当時七歳の少女であった彼を引き取った理由そのものであった。

 

「次、お願いします。」

 

 何事もなかったかのように、リラはいつもの調子でローレルに声をかけた。

 しかし、彼の何倍もの人生経験をもつこの老練な補佐官は、今の一体の判定に要した時間から、彼に本来の集中力が戻っていないことを見抜いていた。

 

「いえ。今日は数にも時間にも余裕があることですし、午前はここまでにしましょう。」

 

 朗らかにそう提案したローレルに却って焦りを感じたリラは、少し語気を強めて反発した。

 

「大丈夫ですよ!決して不調などではなく、本当に、ほんの少し考え事をしていただけですから。だからー」

 

「しかし、これが試合(バトル)であれば、そのほんの少しの雑念が命取りになりますぞ。」

 

 急所を突かれて返す言葉に窮するリラに、ローレルはあくまで穏やかに続けた。

 

「いずれにせよ、共有ポケモンの育成方針を決めるという大事な仕事の最中に集中力が不足するのは良くない。少し、あちらで休まれた方が良いでしょう。後の始末は私がやっておきますので。」

 

 そういって、彼は部屋の片隅のモニターの方を指差した。どうやら彼には、リラのその「考え事」の中身まで見えているらしかった。

 

「・・・そうですね。そうします。」

 

 苦笑で表情を和らげた後、リラは素直にモニターの前に着き、レセプションの参加者によるトーナメント戦が行われている十階のカメラにチャンネルを合わせた。

 

 すべてはバトル・レセプション四日目の午前十時の事である。

 

 

 

 

「サンちゃん、スピードスター!」

 

 カントーはクチバシティから来たそのガールスカウトの少女は、フィールド上の相棒にそう指示を送った。

 威力こそ高くないが、放てば標的を射るまで追跡をやめないこの優秀な追尾弾ならば、瞬間移動(テレポート)を駆使するあの賢しいエスパーポケモンをも捕らえることができるはずだ。

 そしてそんな彼女の思惑通り、サンドが高速回転(アイドリング)によって生み出した星の群れは、対峙する相手のポケモンへと直進した。

 

「すげえ!多い!!」

 

 観客席がざわめいた。

 通常、このレベルの未進化ポケモンのスピードスターの弾数といえば多くてもせいぜい二十前後というところだが、このサンドの放ったそれは明らかにその平均以上ある。もちろん、その正確な数は誰も分かりはしないのだけれども。

 

 しかし、その軌道の先に立つ少年は、まっすぐに飛んで来るおびただしい数の流星群に怯むことなく、自身の相棒へ淡々と言った。

 

「後ろ。」

 

(来た!)

 

 その言葉が何を意味するのかは分からない。だからこそ、少女は身構えた。

 この、極めて情報量の乏しい漠然とした指示。にも関わらず、それに込められた意図を的確に把握し、100%あるいはそれ以上の形で実現するパートナー。

 これが、二回戦まで進んだトーナメント戦の中でも相手の少年が他のトレーナー達と一線を画す存在感を示す所以であった。

 

 不意に、直線上のユンゲラーの姿が消えた。

 その瞬間、前方へ直進していた星の群れが、まるで引力に導かれるかのように、急にこちらへと引き返してきた。

 

「!!サンちゃん!丸くなってガードを――!」

 

 しかし彼女が気づいた時にはもはや、サンドは手足を広げたおよそ無防備な体勢で背後のユンゲラーの盾になるしかなかった。彼のしかけた『かなしばり』が、一足先にその身の自由を奪っていたのだ。

 間もなく、物体をすり抜ける事はできない星々が生みの親に向かって弾けた。そしてその際に生じた閃光に、サンドは再びユンゲラーを見失った。

 光が苦手なサンドは、目の眩みから視力を取り戻すまでに時間がかかる。その間に攻められてしまえば、その瞬間がこの試合の終了時間だ。そんな思いが、彼女に判断を滑らせた。

 

「サンちゃん、目で追っちゃダメ!とにかく、相手の気配のする方に向かってきりさいて!」

 

 その、いかにも焦りに駆られた指示に、デニムキャップの少年がつばの下からにやっと笑みを見せ、言った。

 

「らしいぜ、ユン。」

 

 次の瞬間のサンドの行動は、あくまで主人の指示に忠実なものであった。その「気配」は確かに、自身の内側から発せられていたからだ。そして、身体の内側にかけられたねんりきによってその小さくも鋭いツメで我が身を袈裟懸けしたその瞬間、中央スクリーンのユンゲラーのアップに【WIN】の三文字が被せられた。

 

『勝者、エントリーNo.51、エンジュシティのヒノキくん!』

 

 マイクを持ったエニシダが高らかにそう宣言すると、観客席からはこの午前の部で最も大きなどよめきが生じた。

 

「おつかれさま。これでベスト16だね。」

 

 フィールドからテレポートで直帰してきたヒノキを、他の子ども達から少し離れた所に座っていたシェフレラが出迎えた。その傍らには、丸い身体を黒い毛に覆われた彼の相棒の姿がある。

 

「んー。つってもまあ、まだ二回勝っただけだし。そんな大層な感じは全然しないけどな。」

 

 それは、ヒノキとしてはあくまで何の気なしに口にした言葉であった。が、シェフレラの隣で哀しげに触覚を垂れた彼の相棒を見て、慌てて付け足した。

 

「いや、おまえらはおまえらで逆にすげーと思うよ、オレは。狙ってできる事じゃねーし、こーゆーヒゲキも必要っていうか。それに、組み合わせの運とかもあるしさ!」

 

 彼がそんなおよそ慰めにならない慰めの言葉をかけたのには、もちろん理由がある。

 

 昨日行われたトーナメントの初戦は、シンプルかつ緊張感を伴うシステムであった。まず七十名の参加者が全員でシングルバトルを行い、その三十五名の勝者を残り時間と使用ポケモンの残HPから算出した個人ポイントによって順位付けする。そしてその下位三名を足切りすることにより、ベスト三十二というキリの良い数字を作ったのだ。

 そして、そうして生まれた勝者でありながら敗者となった三名のうち、誰よりも涙をのんだ下位三位、すなわち総合順位第三十三位が、シェフレラと彼の相棒のコンパンであった。

 

「いいよ、もう。コン太は気にしないで、ヒノキは気を遣わないで。精いっぱいやった結果なんだから、悔しいけど悔いはないよ。それより、早くご飯食べに行こ。ヒーローインタビュー攻めが始まっちゃう前にさ。」

 

 昼休みの開始を告げられ、ひそひそと話し合いながらこちらをちらちらと見てくる無数の視線に気づかないふりをしながら、二人はカフェテリアへと急いだ。

 

 

 

 

 その、昼休み。

 リラはエニシダと共に、タワー五十階にある高級レストランで昼食を取っていた。主に重要な来賓との会食を想定して設けられた、フロンティアで最も敷居の高い食事処となる予定の店である。

 

「やあ、リラ。どうだい?ここまで勝ち上がってきた面々の中で、気になる子はいたかな?」

 

 エニシダがそう訊ねると、リラはカイナ風海鮮のマトマ煮込みをすくう手を止め、皿にスプーンを置いた。

 

「そうですね。まず、15番。糸と毒の扱いが巧みで、文字通り搦め手としての戦法を確立している。それに、39番。一見、持ち前の根性と火事場の馬鹿力で押しきっているように見えますが、それはそこまでに隠密かつ着実にスモールダメージを蓄積しているからこそ。そして、62番。・・・あのエスパーポケモンは、ぼくが参加者であれば間違いなく今大会中最も当たりたくない相手です。決勝にコマを進めるのはこの三人の内の誰かだと思いますが、ぼくはおそらく彼になると予想しています。」

 

「ふむ。」

 

 その見解は、およそ自分の見立てと一致している。いや、おそらくは()()()()()()()()()

 にも関わらず、彼がその名を挙げなかった決勝のもう一枠について、エニシダは敢えて言及した。

 

「ということは、ヒノキくんはきみの目には止まらなかったということかな?」

 

「・・・いえ」

 

 そら来た、とリラは一瞬身を震わせた。そして、皿に差したままの銀のスプーンを見つめながら言った。

 

「彼の試合だけは、見られませんでした。」

 

 ヒノキの試合は午前の最終戦だったし、その時間にリラに与えた絶対的な用事もない。その上でそれまでの試合は全て観戦していたリラが見られなかったというなら、それは間違いなく彼の心理的な事情によるものだ。

 そこでエニシダは彼を追い詰めないよう、落ち着いて訊ねた。

 

「ふむ。それはまた、どうしてかな?」

 

「こわかったからです。」

 

 隠せない、隠さない方が良いと判断したリラは、正直にその理由を述べた。

 

「彼は無色(ノーマル)で、ぼくは(ゴースト)だから。」

 

 エニシダはその比喩の真意をすぐには測りかねた。そもそも、リラがこういう抽象的な表現を取るのは珍しい。少し考えてから、慎重に言った。

 

「それなら条件は対等、相手にダメージを与えられないのは彼も同じじゃないか。ことさらきみが怖じ気づく必要はないと思うのだが。」

 

「相性だけで言えばそうでしょう。ところが、彼はもうすでに、ぼくの正体を()()()()()しまっているんですよ。」

 

 絶句して両手のナイフとフォークを宙でハの字に停めたエニシダに、リラは急いでつけ加えた。

 

「あ、違うんです、()()()の意味ではなくて。実は昨日の朝、彼が来たんですよ。」

 

「へ?来たって、七十階にかい?」

 

「そうです。ぼくが朝食前の巡回をしていた闘技場に、突然現れて。まったく、礼節も何もあったもんじゃない。」

 

 そう言いつつ、彼の顔に浮かんでいたのは憤りではなく苦笑であった。

 

「そして、ぼくに向かって言ったんです。『タワータイクーンではなく、ただのポケモントレーナーのおまえと戦いたい』と。」

 

 今度はきちんと食具を置き、食い入るように自分を見つめてくるエニシダに、リラは続けた。

 

「彼はおそらくあの試合の映像から、オーナーが日頃ぼくに言うところの『迷い』を見てとったのでしょう。そしてひと度向き合えば、そんな迷いを的確に狙い定めて今のぼくをきりさいてくる。そんな気がしてならないんです。」

 

「ふうん。」

 

 エニシダは椅子の背もたれにゆっくりと身体を預け、腕組みをした。それから少しの間の後に、そのままの体勢で口を開いた。

 

「他人事だと思って簡単に言うなと思うかもしれないけど。それなら逆に、一度きりさかれて一皮剥けてみる、という考え方はどうかな?」

 

 そのエニシダの提案に、リラは首を横に振った。そして、うまく言えないのですが、と前置きをした上で、ゆっくりと言った。

 

「もしも、切り裂かれてなお生き残る魂があれば、ぼくもそのように考えられるでしょう。しかし、今のぼくにはそれがありません。今のこの自分を否定されてしまったら、どう自己を再生すべきかが本当に分からなくなる。それが怖いのです。」

 

「なるほど。」

 

 両刃の剣か。右手であごをさすりながら、エニシダは心の内で呟いた。

 もしもこれがトレーナーとしての才能と人格を併せ持つ兄のマキであれば、リラもこうした不安を抱くことはなかっただろう。たとえ今の自分を切り裂かれたとしても、その後に安心して頂点に立つ男の雛型を彼に求めることができるからだ。

 しかし、弟のヒノキは―――。

 

「きみの不安はよく分かるよ。世の中には、優れた才能を持ちながらも尊敬には値しないという類の人間も存在する。そういう人間とケンカして負けたら、立ち直るのは確かに難しいものだ。」

 

 エニシダとしても、ヒノキの人となりについてはまだ殆どデータを持っていない。しかし、確かにリラとはまるで違う性格(タイプ)であるということだけは分かる。要はそれが吉と出るか、凶と出るかだ。

 

 そのうえで、エニシダは続けた。

 

「まあ、彼の試合を見る機会はまだある。それをどうするかはきみに任せるよ。しかし明後日、トーナメントの優勝者として君の相手をするのはおそらく彼だ。その事を踏まえた上でよく考えてくれたまえ。」

 

「はい。」

 

 それは、彼を、そしてあのユンゲラーを直に感じたリラ自身がもっともよく分かっている事であった。

 

 だからこそ、迷うのだ。

 

 

 

 

 同じ頃、フロンティア宿泊施設内のカフェテリア。

 

「なあ、シェフ。オレはあと何回勝てば優勝なんだ?」

 

 白いスープにストレートの麺が特長のホウエンラーメンをずるずるとすすりながら、ヒノキがシェフレラに訊ねた。

 

「もう、だからこれでベスト16だってさっき言ったのに・・・えーと、この後の午後からの三回戦、明日の午前の準決勝、そしてその後の決勝だから、あと三戦だね。」

 

 どこまでも悠長な友人に呆れつつも、几帳面で面倒見の良いシェフレラは、ポケットの組み合わせ表を広げてみせて答えてやった。

 

「なんだよ、まだそんなにあるのかよ。先は長いな。」

 

「さっきはまだ二回勝っただけって言ってたじゃない。その二回に一試合が増えただけだよ。」

 

 もちろん、シェフレラはそれが口で言うほど簡単な数字でないことは知っている。しかし、ヒノキがそんな事を気にする性格ではないことは分かっていたので、彼もその点には触れず、代わりにもっと口にする価値のある問いをぶつけた。

 

「っていうかさ。ヒノキ、タイクーンには興味なかったんじゃないの?」

 

 このトーナメント戦の優勝者が手にする特典は、彼が初日から一貫してそう宣言するタワータイクーンのリラとのチャレンジ・マッチ、ただそれのみである。にも関わらず、タイクーンには興味がないと散々言っていた彼がこうして優勝を意識しているのが、素朴に気になるのだ。

 

「ん?ああ、それならべつに今もないぞ。」

 

「え?じゃあ、なんで優勝したいの?やっぱり、ユンゲラーのためってこと?」

 

「いや」

 

 そこでヒノキはどんぶりを持ち上げ、残りのスープを飲み干してから口を開いた。

 

「ま、オレにも色々あんだよ。」

 

 楽天的な笑顔に、のんきな口ぶり。

 そこに特に翳りは見当たらない。いつものヒノキだ。

 にも関わらず、なぜかシェフレラは彼にその「色々」の詳細を質すことはできなかった。

 

 

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