ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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だいぶ今更ですが、この過去編、執筆の段階で当初のプロットから大幅に内容が変わっております。そのため、第二章までの描写の中に多少の食い違いが生じる可能性がありますが、確認次第順次修正してまいりますので、さしあたってはご容赦ください。


【ここまでのあらすじ】
レセプション参加者によるトーナメント戦が始まり、順調に勝ち進んでいくヒノキ。しかし、友人のシェフレラは、彼が興味はないと断言するタワータイクーンへの挑戦権が特典である優勝を目指していることが不思議でならない。一方、そのタイクーンのリラは、自分の本質を見抜いているかのようなヒノキにプレッシャーを感じ、未だ彼の戦いを見る決心がつかずにいた。
 


32.15年前⑥ こらえる

 

 その日の夕刻。

 夕陽の射し込む自室のモニターの前で、リラはとある試合(バトル)の映像を見ていた。が、それは今まさにタワーの十階で行われているトーナメント戦の準々決勝ではない。

 バトル・レセプションの初日に参加者達に公開された、一週間前の自分の練習試合である。

 

『・・・えー、それではこれより、タワータイクーンのリラとタワートレーナーのローレルによる練習試合(トレーニング・バトル)を開始しまーす。両者、所定の位置について!』

 

 エニシダによる試合開始の合図と共に、画面の中の自分が放ったハイパーボールからは、扇の両端をくりぬいたような特徴的な赤い翼に空色の体をもつ四つ足の竜が飛び出した。

 対するローレルが繰り出したのは、これまた青い体に綿雲のような体毛をまとった、全く同じ属性の竜。しかし、その嘴と長い首の存在のためか、どちらかと言えば竜というより大型の水鳥に見える。

 

『さあ、ジムトレーナーのローレルが繰り出したのはドラゴンポケモンのチルタリス!対するタワータイクーンのリラが繰り出したのは、これまたドラゴンポケモンのボーマンダだ!おおっと、雄叫びを上げて、気合いは十分!!』

 

 相手を認めるなり翼を広げて咆哮を轟かせたボーマンダをエニシダがそう表した時、思わずリラは眉根を寄せた。

 それというのも、彼はそれが戦いに飢えた血の気の発露などではなく、おくびょうで争いを好まず、さらには進化して日の浅い自分の身体にまだ戸惑っている彼の精いっぱいの威嚇であると知っていたからだ。

 

 しかし、そんなボーマンダへのリラの哀れみは、この状況においてはただ相手に先制を許す隙でしかなかった。

 

「チルタリス、『とっしん』。」

 

 対するローレルのチルタリス。

 彼女は今でこそタワーの共有ポケモンであるが、もとは彼の手持ちであり、ポケモンバトルにおいて基準とされる各種の身体能力の全てに優れた、一級の個体である。

 

「ー『まもる』!」

 

 とっさに展開された強力な防御壁により、チルタリスのその突撃は未遂に終わった。が、彼女に余念はない。反動を利用してくるりと自陣に返ると、その綿雲のような翼をゆっくりとひろげ、静かに羽ばたいた。 そして、その姿は間もなくフィールドを覆った濃霧の向こうに消えた。

 

『おっと、ここでチルタリスの『しろいきり』だ!これでは相手の位置がつかめないぞ!さあ、どうするボーマンダ!?』

 

 そう言われても、戦闘での自己判断能力の未熟な彼にはどうすれば良いのかわからない。そうして霧中で戸惑っていると、どこからともなく美しい歌声が聴こえてきた。移動しながら歌っているらしく、方向までは特定できない。

 

 歌声が睡魔へと変わるのに、時間はかからなかった。そうしてボーマンダの緊張が緩んだ決定的な瞬間を、チルタリスとそのトレーナーは見逃さなかった。

 

「もう一度、身を守れ!!」

 

 突然、正面から飛んできた無数の青紫色の火の玉、すなわち『りゅうのいぶき』が、間一髪で間に合ったボーマンダのシールドに弾けた。しかし、この優秀な防御技は費やすエネルギーが大きく、これ以上連続で使用することは出来ない。

 

(仕方ないな。)

 

 再び、リラの心がきしんだ。

 しかし、ボーマンダの負担を真に最小限に留めるためならば。そう自分に言い聞かせて迷いを押し殺し、眉根を寄せて叫んだ。

 

「ボーマンダ!飛べ!」

 

 不意に飛んできたその指示に、ボーマンダはその鋭利な翼をぎこちなく羽ばたかせ、霧のフィールドから文字通り飛び抜けた。しかし、上空へ出たところで依然としてチルタリスの姿は見えない。ただ、今なお続くその歌声は宙空に上がった敵にまで届くよう、明らかに声量が上がっていた。

 

 一方のボーマンダは、不器用に滞空しながら再び戸惑っていた。飛び上がったはいいものの、頼みの綱である主君が次の指示をくれないのだ。

 

「りゅうのいぶき。」

 

 無数の青白い火の弾が、再び睡魔によろめいたボーマンダの両翼を今度は完璧に捕らえた。

 翼を燃やされたボーマンダは当然のごとく地に堕ちる。が、辛うじて受け身を取って体勢を保った彼に、主君がようやく次の指示を出した。

 

「もう一度、飛ぶんだ!」

 

 その指示にどういう意図があるのか、ボーマンダには見当もつかなかった。

 それでも、自分ではどうすれば良いのか判らない彼は、命じられるままに気力を振り絞り、まだ青白く燃える両翼をばたつかせた。しかし、当然もうその身体を宙へ運ぶだけの力はない。

 ただ、いたずらに辺りに高熱を帯びた突風を撒き散らすだけであった。

 

 

 それが、リラの狙いだった。

 

 

「『きあいだめ』!」

 

 いつの間にか、あの一寸先も見えない乳白色の濃霧がすっかり晴れている。

 そしてその先には、強烈な熱風に吹き飛ばされまいと必死に身を伏せて踏ん張る、体重わずか20キロの翼竜の姿があった。

 

(わざと翼に炎を受けて、熱風を霧払いに・・・!)

 

 ここへ来て、ローレルはリラの意図を理解した。

 細かな氷の粒から成る『しろいきり』は、普通の霧とは違い、ただの強風による吹き飛ばしでは極めて効果が薄い。そこで、その風に氷を溶かして蒸発させるほどの熱を加えたのだ。

 

 いまや完全に奮い立ち、自分を攻撃してきた敵を視認したボーマンダに、もはや気後れはなかった。後はただ、自分を導く主君の指示と体内に渦巻く興奮と本能に身を委ねた。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 完全に急所を突いたその爪撃に、チルタリスは細く高い絶叫を残してあっけなく地に落ちた。

 そこで、途中から解説を忘れて見入っていたエニシダは我に返り、慌てて戦いの終わりを告げた。

 

『・・・あ。えー、チルタリス、戦闘不能!勝者、タワータイクーンのリー』

 

 

 

 そこでリラは映像を停めた。

 そして、結んでいた唇をかんだ。

 

 レセプションで集まった同世代のトレーナー達の戦いを見て、分かったことがある。

 それは、彼らが名実ともに()()()()()()()()()()()()であるということだ。

 彼らにとってのポケモンバトルとは、自分で育てたポケモンと日頃培った努力や知恵や工夫やこだわりを試す機会であり、勝敗とはそれが通用した喜び、しなかった悔しさである。

 そこには勝利には勝利以上の意味があり、敗北にも敗北以外の意義があった。

 だからこそ、彼らは何の肩書きもないトレーナーとの名もない試合にも、心の底から一喜一憂を見せるのだ。

 

 

(それに比べて、ぼくはー)

 

 

 リラは映像の一時停止を解き、最後に大きく映し出された自分の顔を見た。勝者でありながら、なんと沈んだ瞳をしているのだろう。

 

ーオレは、タワータイクーンとやらのお前にキョーミはない。

 

 彼のあの言葉は、おそらくこの戦いを見てのものだろう。その理由は、今や自分でも分かる。いや、むしろ最初から分かっていた。

 

 

 

 でも、少し考えてみてほしい。

 もしもきみたちのように心のままに戦うことで、出すべき結果が出せなかったとしたら。そうなれば、ここにはいられなくなってしまうとしたら。そしてそれが、自分がこの世界に存在する理由がなくなることを意味するのだとしたら。

 

 それでもぼくは、間違っているのかと。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「惜しい。実に惜しい。」

 

 ミナモシティの郊外、海岸沿いにあるバーベナ孤児院。その応接間のソファーで、今しがた録ったばかりの戦いの映像を見ていたエニシダは、巨大なため息とともにそう漏らした。その声には、明からさまに難色が現れていた。

 

「・・何か、問題でも?」

 

 院長との話を終え、ちょうど部屋に入ってきた相方のローレルがその理由を訊ねた。

 

「大いにね。なんというか、やはり女の子だ。優しすぎるというか、気が回り過ぎるんだよ。まあ、ちょっとこれをみてくれ。」

 

 エニシダは手にしていたビデオカメラをローレルへ渡した。受け取ったローレルがその小さなディスプレイを覗き込むと、そこには対峙する二体のエニシダの手持ちと、その片方につく一人の幼いトレーナーの姿があった。

 

「ハブネーク、『へびにらみ』!」

 

 まだあどけない可愛らしい声がそう指示すると、黒い大蛇はぎょろりと不気味に赤い眼光を効かせ、今にも飛びかかろうと機を伺っていたザングースから機動力を奪った。

 

「そのまま、『まきつく』!」

 

 緊張しているのか、その声はやや震えていた。しかし彼女の相棒は忠実にその指示に従い、文字通り、全身でぎりぎりと白い宿敵を締め上げた。

 巻きつかれたザングースはそのとぐろの中でしばらく抗うように力んでいたが、四肢も封じられているため、まさに手も足も出せない。やがて脱力し、ぐったりと頭を垂れた。

 

 そんな対戦相手を見て、少女は慌てて言った。

 

「ハブネーク、やめて!もうその子は動けないから、もう離してあげて!」

 

 見かけによらず、すなおな性格の彼がトレーナーの少女のその指示に従順にとぐろを解いた、次の瞬間であった。

 

 

 ザスッ、という何とも言えない鈍い音がしたかと思うと、蛇ポケモン特有の細い飛沫のような声が、断末魔として見る者の鼓膜を震わせた。

 そしてその次の瞬間にカメラが捉えていたのは、斬り落とされたハブネークの尾と、その体液を爪から滴らせる返り血まみれのザングース、そして一連の出来事に絶句して立ち尽くす薄紫の少女の姿だった。

 

 

「・・・なるほど。確かにこれでは、タイクーンになる前に潰れてしまうだろうな。」

 

 トレーナーの介在するポケモンバトルには、多かれ少なかれ必ずそのトレーナーの姿勢や人となりが現れる。

 必要以上にザングースを傷つけず、苦しめずに戦おうと尽力し、またその思いをあっけなく裏切られ愕然としていた彼女が、戦いの塔の頂点に不向きであることは、もはや明白すぎる事実であった。

 

 

「そういうこと。実際、この試合の後ショックで倒れてしまってね。今は医務室で休んでる。しかし、あの判定の能力は本物だ。ハブネークが初対面の彼女にあれだけ忠実だったのも、彼女が自分の核心に触れていることを無意識に感じていたからだろう。従って、はがゆくはあるが今はこのままスクールで知識をつけさせ、四年後の学校の卒業と同時に改めて一般職員としてスカウトという形にー」

 

 その時、応接間の扉が遠慮がちに小さく開く音がした。

 エニシダとローレルが振り向くと、そこには今しがた彼らが小さな画面の中で見た少女が立っていた。

 

「わたし、がんばります。」

 

 声も体も震えていたが、その言葉には確固たる何かが宿っていた。

 

「今は戦うのは苦手だけど、でも、たくさん練習して、勉強もして、ぜったい上手になります。だから、連れていってください。」

 

 そう言ってぺこりと頭を下げると、怯えと決意の入り交じった目で二人の大人を見上げた。大きな薄紫のその瞳は、まるでアメジストが嵌めこまれているかのようだ。成長した暁には、さぞ麗しい婦人(レディ)となるだろう。

 

 エニシダとローレルは少し顔を見合わせ、頷き合った。

 

「・・・ふむ。それじゃあ」

 

 やや間を空けて、エニシダが口を開いた。そしてソファーから立ち上がって彼女の元まで歩み寄り、しゃがんで目線を合わせると、サングラスを外した。そして、可愛らしい赤い大きなリボンで結われた、瞳と同じ色の長い後ろ髪を前に持ってきて、大人の顔で言った。

 

「約束できるかな?今日からわたしは、世界で一番強い男の子になります、と。」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 録画の再生を終えたリラは、モニターの電源を落とした。そして、暗くなった画面にうっすらと反射する自分に向かって短く嘲笑した。

 

 一体、自分は何を傷ついているのだろう。

 そもそも自分は彼らとは違う。

 立場も、境遇も、戦う理由も、戦いに求めるものも。

 そうして根本的にスタンスが異なるのだから、例え今のこの自分を否定されたところで気にする必要などないし、ましてやおまえは間違っているなど、誰に言うことができよう。

 

 

 

 

 だけど。

 

 

 

 

「・・・ぼくだって!何も、好きで、こんなー!!」

 

 

 

 

 戦い方をしている訳じゃない。

 リラはそう吐き出そうとして、思い止まった。

 今、それを声に出して言ってしまったら、本当に路頭に迷ってしまう。

 初めて誰かから必要とされ、何かが変わるかもしれないと新たな世界に足を踏み入れることに決めたあの日の自分を裏切ってしまう。

 

 

(・・・大丈夫。これでいいんだ。)

 

 長く深い呼吸で昂った気を落ち着け、再度自分に言い聞かせた。

 だいたい、あの試合にしても。なまじボーマンダを庇って負けたり()()()()()()()()をしていれば、エニシダは何度でも再試合をさせていただろう。

 その方が、彼にとっての負担は大きかったはずだ。

 手段は最善ではないにしろ、結果としてはちゃんと最善を尽くしているではないか。

 

 

(そうだ。ぼくはただのポケモントレーナーなんかじゃない。このバトルタワーの、タワータイクーンなんだから。)

 

 

 だから、こらえるしかない。

 ぎゅっと眉根を寄せ、唇を結び、仕方がないと自分  に言い聞かせ続けることで。

 

 

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