ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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【ここまでのあらすじ】

トーナメント戦の決勝の前、リラはその戦いの舞台で一人の少年と出会い、そのやり取りの中でタワータイクーンとしての自覚と責任に気付き、この塔の戦いの全てを受け入れる決意を固める。



34.15年前⑧ みがわり

 

 

 フユキ・ケリアスは超能力を持たない少年だった。

 もちろん、それは世間一般的には全くもって普通のことであり、むしろそうでない人間の方が圧倒的に珍しい。が、それがカントー地方のヤマブキシティのある一族の出身となると、話は別だ。

 

 読心術(テレパシー)が得意で『エスパーおやじ』の異名をもつ叔父に、念の力で手を触れずとも物体を動かすことのできるサイキッカーの両親。

 そして、一族でも特に強い力を持ち、『エスパーしょうじょ』としてしばしばメディアにも取り沙汰される従姉と、その兄で若くしてこの町のジムリーダーを務める従兄。

 個人差はあれど、その血を継ぐ誰もがなにがしかの不思議な力を持って生まれるその家系においては、例外は明らかに彼の方であった。

 しかし、そうかと言って一族の者はそのことで誰も彼を責めたり蔑んだりはしなかった。むしろ、喜ばしいこととして祝福さえした。それというのも、その科学では説明のつかない力は確かに利便性を発揮することもあったが、それ以上に人々からの好奇や猜疑や蔑視や憎悪に換わって返ってくることの方が遥かに多かったからだ。

 

 そのような訳で、彼はその事にはほとんど負い目を感じることなく、「その日」を迎えることができたのだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「フユキ。いくら早く来てもポケモンをもらえる時間は変わらないよ。昨日、言っただろう?」

 

 そう言って、若いジムリーダーは施錠されたジムの入り口で膝を抱えて微睡んでいる空色の髪の少年を揺り起こした。

 

「ふえ・・・?あっ、兄ちゃん、おはよう!うん、ごめんなさい。でもおれ、夕べベッドに入っても全然眠れなくて。それならもうここで待ってようと思ったの。」

 

 目をこすりながらそう話す九歳下の従弟に、彼は鼻でため息をついた。

 もっとも、それは彼には()()()()()()()()()()ことであった。

 だからこそ予めきちんとくぎを刺したし、その上でそれが無駄であること知って、この朝の六時半という時間にジムを開けにきたのだ。

 

「こんなところで居眠っていたら風邪を引くよ。ほら、おいで。朝ごはんもまだなんだろう。僕の部屋で一緒に食べよう。」

 

 そう言って彼は右手の二人分の朝食を左手に持ち替えると、空いたその手を少年に差し出した。

 比較的温暖なカントー地方といえ、十月の下旬ともなると朝方はかなり冷える。

 それは、彼らが今いるジムの玄関の脇に植わった銀杏の大樹が、その葉をこの街の名と同じ色に染めている事からも明らかな事実であった。

 

「うん、ありがと。」

 

 少年は嬉しそうにぎゅっと無邪気にその手を握り返した。

 

「・・・それで、どのポケモンにするかはもう決めているのかい?」

 

 ひんやりとした人気のない廊下を歩きながら、ジムリーダーの青年は右手を握る少年に尋ねた。

 

「やだなぁ、何言ってるの。それならもうずっと前から言ってるじゃん!おれの決意(ケツイ)は変わってないからね。」

 

「・・・そうか。」

 

 その答えに、青年は思わず握る手に力が入ってしまった。が、一瞬のことであったため、興奮しているフユキは気づかない。

 

「うん!おれ、絶対イツキ兄ちゃんみたいな強くてかっこいいフーディンのトレーナーになるから!だから、今日は絶対ケーシィをもらうからね!!」

 

 目を輝かせてそう話す少年に、彼は返す言葉を見つけることができなかった。

 

 

 目の前の人間の、少し先の未来が見える。

 それがエスパー青年こと当時のヤマブキシティジムリーダー、イツキ・ケリアスの超能力だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

『それではこれより、カントー地方のヤマブキシティ代表のフユキ・ケリアスくんと、ジョウト地方はエンジュシティ代表のヒノキ・エニシュくんによる決勝戦を開始します!』

 

 そのエニシダの実況と客席からの歓声に、フユキははっと我に返り、夢から覚めるように記憶の片隅から現在へと立ち戻った。

 

『それでは、レディー・・ファイト!!』

 

 その瞬間、フィールドの中央に二つのモンスターボールが弾け、二体のポケモンが現れた。

 わずかに早く姿を見せたのは、右手にスプーンを携えたヒノキのユンゲラー。

 そのユンゲラーに対峙するように現れたのは、愛嬌のある赤い頬とからくり人形のような機械的な身体が印象的な、フユキの相棒だった。

 

『さあ、フィールドに現れたのはヒノキ・エニシュくんのユンゲラーと、フユキ・ケリアスくんのバリヤード!決勝戦はエスパータイプ同士の戦いだ!』

 

 素早さで優る敵から先制が来るかと、フユキは身構えた。が、相手のユンゲラーは動かない。こちらの出方次第で選ぶ選択肢を決めようという訳だろう。それならば──。

 

「バリー!ねんりき!」

 

 フユキのその指示を受けてバリヤードが取ったのは、意外な行動であった。両手を使って、まるで何かを丸めるかのような動作を始めたのだ。そしてあまりにも自然で巧みなその動きは、たちまち見る者に透明な球体の存在をありありと想起させた。そしてそれをビーチボール大にまで仕上げると、これまた精巧な身振り手振りで作った一畳大の見えない壁によって、ユンゲラーへと打ち出したのだ。

 

「ユン!上だ。」

 

 ヒノキのその指示に、このバリヤードというポケモンを知らない観戦者の幾人かは失笑を漏らした。いくら精巧とはいえ、擬似動作(パントマイム)を真に受けるなんて、と。

 

 しかし、それはねんりきという名の実弾であった。

 

 周囲の空気を細やかに振るわせながらユンゲラーへと直進していたその弾は、ユンゲラーの目前で彼の曲げたスプーンと同じ方向、すなわち垂直上に軌道を変えた。そして、そのままフロアーの天井に、いくらかの痕跡を残して消滅するはずであった。

 

「今だ!!」

 

 そのフユキの声と、天井付近に現れたバリヤードの分身がバリヤーによって念の球をユンゲラーの背部に叩き落としたのは、ほとんど同時であった。

 

『決まったぁ、バリヤードのバリヤースマッシュ!!空中への対応はさすがのユンゲラーも予想外だったか!この試合最初のクリーンヒットは、フユキくんのバリヤードだ!』

 

 実況のエニシダが興奮ぎみに叫ぶ。

 バリヤースマッシュとは、彼が名付けたバリヤードのこの戦法の事で、要はバリヤーを張った状態で生み出したみがわりとの念の球の応酬による挟撃である。カントー・ジョウト・ホウエンの各地からスカウトした今回の参加者達の中でも、突出して高度な戦い方だ。

 

「ユン、大丈夫か?」

 

 一度ヒノキのもとまで下がったユンゲラーは主人の言葉に頷いた。エニシダのいう通り、攻撃自体は見事に決まったが、技としてはあくまで「ねんりき」であるので、ダメージとしてはさほどのものではない。

 

「おもしれーな、あいつら。」

 

 ヒノキの言葉に、ユンゲラーはまたこくりと頷いた。

 

 

 

 

「バリー。あいつはどうだ?」

 

 同じように一度主人の元へ退いたバリヤードは、その問いに両手を広げて答えた。

 それは指の数によって相手の強さの印象を示す彼らの間のサインで、今回の場合は指十本、すなわち彼バリヤードががこれまでの経験を省みても最も手強い部類に入ると感じていることを意味していた。

 

「・・・そっか、そうだな。おれもそう思う。」

 

 フユキは頷いた。

 表情には出さなかったが、実はバリヤードのこの念の球を弾かれたのは初めてのことであった。というのも、この球は文字通り敵に当てるという念によって生成されているため、性能としては追尾弾に等しい。それを操作されたということは、相手の念動力がバリヤードのそれを上回っていることを意味していた。

 

「でも、だからっておれたちが弱いことにはならない。」

 

 確かに、単純な力比べなら敵わないかもしれない。しかし、それはあくまで念動力の話であり、バリヤードの真髄はそれではない。何より、ここまで勝ち抜いてきたことがその確たる証だ。

 

「おれはそれを、この戦いであいつらに知らせたい。ちょっとしんどいかもしれないけど、いいか?」

 

 頷いたバリヤードの表情に恐れはなく、むしろのぞむところという意気込みが感じ取れた。そんな頼もしい相棒に微笑みかけた後、フユキは改めて相手のポケモンを正面から捉えた。

 

 ユンゲラー。

 およそ戦闘能力の乏しいケーシィが、それでも経験値を積み重ねることで到達した進化形態。そして、現在カントーで確認されているエスパータイプでは最強とされる、フーディンへの道を歩む者。

 

 そこまで思いを巡らせたフユキは、ぎゅっと険しく眉根を寄せた。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「本当に、申し訳ありませんでした。()()()()()()()()()()()()()()──」

 

 目を覚ましたフユキが病院のベッドの中から最初に聞いたのは、従兄のイツキによる二人の大人へのその謝罪だった。

 

「イツキくんが謝ることじゃないよ。未来は変わることもある。きみはあの子を信じて、その可能性に賭けてくれたんだろう?」

 

 優しく諭すように青年をなだめているのは、フユキの父親だった。すなわち、イツキにとっては伯父にあたる人物だ。

 

「だけど。それならそれで、その可能性が実現するよう、最後まできちんとサポートすべきでした。たとえ彼自身がそれを拒んだにしても、食い下がって──」

 

「あなたの気持ちは私達にも分かるわ」

 

 今度は静かな女性の声がした。フユキの母親だ。

 

「ケーシィが姿を消す度に、きっとあいつはまだ人が怖いんだって。だから、トレーナーのおれが探して大丈夫だって教えてやらなきゃって。どんなに疲れていても、私達が何をどう言っても、あの子はそこは譲らなかったから。」

 

 その言葉に、イツキは仮面を外して目を拭った。彼が日常的につけているそれは、彼がまだエスパー少年と呼ばれていた頃、それ故に巻き込まれた事件で負った火傷の跡を隠すためのものであった。

 

 やがて沈黙を破るように、父親が再び口を開いた。

 

「きみとフーディンにも、ケーシィの頃にそういうことはあったのかい?」

 

「・・・いえ。僕には、予知で彼の行方を知ることができましたから。たとえ彼がいつどこへ消えようと、全てはそれで済む話でした。」

 

 イツキはそこで一度言葉を切ると、少しの間の後に歪な口調で吐き出した。

 

「でも、それができないからおまえにケーシィは無理だなんて言えなかったし、言いたくなかった。」

 

 再び、沈黙が流れる。

 しかし、今度はイツキ自身がそれを破った。

 

「・・・フユキには、代わりの相棒(パートナー)を用意しました。『力』がなくても、負担にならないようなポケモンを。僕が勝手に決めてしまったことで、彼は怒るかも知れませんが。」

 

 目を伏せながらそう話す甥の肩を抱きながら、フユキの父親は優しく言った。

 

「あんなに慕っているきみがそこまで思いやってくれてのことだ。フユキもきっと分かってくれるさ。何より、あの子自身も限界だったはずだ。こんな言い方が良くないのは分かっているが、責任感が強い性格だけに、なおさら自分から言い出すことは難しかっただろう。諦めるためには納得が要る。今回、疲労で倒れたことは、その納得に値すると思うんだ。だから──」

 

 

 フユキはそこで聞き耳を立てるのをやめた。

 そして、今、自分がこうして声を殺して泣いている事も、不思議な力をもつ彼らには見透かされているのだろうかなどと、そんなことを思った。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ユンゲラーの少年が、ずいぶんと大人しいようですな。」

 

 モニターの前に座るリラの傍らに立って試合を観ていたローレルが、呟くように言った。まるで、独り言と捉えられても構わないというように。

 

「あの状態のバリヤードが相手では、攻めあぐねるのも無理はないでしょう。ましてや同じエスパータイプのユンゲラーでは、なおさらです。」

 

 几帳面にそう返しつつも、リラの視点は彼とは異なっていた。バリヤードが四分の一の自分で作り上げた分身(みがわり)に、どうにも自身が重なって仕方なかったからだ。そしてそんな『みがわり』に、ヒノキはどのように立ち向かってくるのか。

 そんな思いで、画面の向こうのフィールドを見つめていた。

 

 

 

 

 

「あー。こりゃちょっと手強いな。」

 

 実際のところ、ヒノキはいつになく攻めあぐねていた。

 前には、本体と分身の二体のバリヤードがこちらの出方を伺っている。彼らはユンゲラーが動きに合わせて、自在に挟み撃ちの陣形を取ってくるだろう。しかも、同じエスパータイプであるために、主な攻撃手段である『ねんりき』によるダメージはあまり期待できない。その事は、先の相手から受けたそれによって証明済みだ。となれば──。

 

「ユン!」

 

 その一声で、ユンゲラーはフィールドの中心へと瞬間移動をした。すかさず、前方にいた分身が背後に回る。

 

「まずはみがわりから潰すぞ!ねんりきだ!」

 

 ヒノキのその指示を聞くより早く、ユンゲラーの手からスプーンが離れた。そして、まるでそれ自身が意志を持った生き物であるかのように、滑らかな動きで前方向だけに防御壁(バリヤー)を構えた分身の背後を捉えた。

 

『スプーンによって物理的な攻撃力も備えたユンゲラーのねんりき!これはきれいに決まりそうだ!!』

 

 しかし、そのエニシダの実況は現実とはならなかった。その瞬間、金属が何か不思議な物質と衝突した際に生じる奇妙な甲高い音と共に閃光が走り、光と音が切れると共に、激しく折れ曲がったスプーンがぽとりとフィールドに落ち、その先を辿った誰もが言葉を失った。

 そこには、狙われた分身を守るようにバリヤーを張る、新たな分身の姿があった。のみならず、ユンゲラーと対峙している本体の傍らにも、いつの間にか新たな分身が身構えている。

 

『な、なんと、ここへ来てバリヤードの分身が二体増えたぁ!!ユンゲラーは合計四体のバリヤードを相手にすることになってしまったぞ!!』

 

 唾が飛ぶのも構わず、エニシダが叫んだ。

 

 あっという間に、ユンゲラーの四方をバリヤードが三体の分身と共に取り囲んだ。そして、その新たなゲームの盤上に、二球目の念の弾(エクストラ・ボール)が投入された。

 

「ユン!外へ出ろ!」

 

 ヒノキは叫んだが、ユンゲラーはその指示に従うことができなかった。スプーンが手を離れてしまったことで、四方の防御壁が放つ念の波動に克つ力が出ないのだ。為す術がないまま、たちまち彼は激しい念の球の応酬の的となった。

 

『四体のバリヤードによる四方からの猛攻(ラリー)!!まさに四面楚歌だ!このままのバリヤードの勝利が決まってしまうのか!?』

 

 

 

 リラがバリヤードの分身(みがわり)を自分と重ねている一方で、フユキもまた、対戦相手とそのユンゲラーに、実現しなかった自分と最初の相棒の姿を見ていた。

 

 新たにイツキにもらった相棒のバリヤードは、ケーシィのようにテレポートで行方をくらますこともなければ、最初から多彩な技が使えた。また、とても自分を慕ってくれ、難易度の高い『みがわり』を使いこなすためのイツキによる厳しい訓練にも、共に耐えてくれた。そうして、やがて地元の同年代で自分達に敵う者はいなくなった。

 

 それでも心の奥には、未だにもしも超能力があったらなどと考えてしまう自分が棲み続けていた。

 今頃隣にいる相棒は、憧れのあのポケモンだったのではないかと。

 そんな自分が、本当に嫌いだった。

 

 

「バリー!もう少しだ!!」

 

 

 だからこそ、その力なしにその道を切り開いた目の前の相手に、今の自分の全ての力と心をもって挑む。

 

 その上で、超えてほしい。

 

 そうして、証明してほしい。

 

 生まれ持った不思議な力なんかなくたって。

 

 それはちゃんと実現できる夢なんだって。

 

奇遇(キグウ)だな。」

 

 突然、コートの反対側から飛んできた悠長な声に、フユキはその主を見つめた。 

 

「ちょーど今、オレも同じ事言おうと思ってたんだよ。」

 

 そう言って、フィールドの向こう側にいるキャップを被った少年はにやっと笑った。その手には、いつの間にか先ほど分身に弾かれたユンゲラーの銀のスプーンが光っている。

 

「いや、もちろんお前らにとってもそうなんだろうけどさ」

 

 ちらりとスクリーンに表示されたHPのゲージに目をやってから向き直ると、彼は自分の額を指しながら宣言した。

 

 

「でも、勝利(ショーリ)(ホシ)は最初っからオレ達の上に光ってんだよ。」

 

 ヒノキがスプーンを頭上高く掲げたその瞬間、袋叩きにされていたユンゲラーの額の赤星が強い輝きと念を放ち、四体のバリヤード達は怯んだ。

 

「今だ、ユン!」

 

 その機を逃さずヒノキからスプーンを受け取ったユンゲラーは、たちまち水を得た魚のように活力を取り戻し、テレポートで容易に四体の包囲網を脱出すると、上空から本体に狙いを定めて右手のスプーンに念力を集中させた。

 

「バリー!・・・・!」

 

 フユキにはその意図を理解することはできた。しかし、そのままバリヤーで対抗すべきか、それとも急いでみがわりを戻すべきか。

 その一瞬の迷いが、瞬間移動したユンゲラーにスプーンで四分の一の体力となっていた本体を貫かせる隙となった。

 

 

『・・・試合終了!!優勝はエントリーナンバー51、ジョウト地方エンジュシティのヒノキ・エニシュくん!!』

 

 エニシダの実況に合わせてヒノキがぐっと右の拳を突き上げると、フィールドの中央にいたユンゲラーも真似をして、スプーンを握った右手を突き上げた。そんな彼らに、客席から割れるような拍手と歓声が降り注いだ。

 

『えー、それでは!すばらしい戦いを見せてくれた二人に、順番に話を聞いてみたいと思います!まずは優勝者のヒノキくん!最後の見事なカウンターについて、簡単に話してくれるかな?』

 

「ユンゲラーはピンチになるほどサイコパワーが高まるから。その状態で体力が四分の一になった本体を突けば、一撃で倒せるかなってさ。」

 

『なるほど・・・ということはもしや、本体のHPを減らすためにあえてみがわりを作らせて、ユンゲラーの能力を上げるためにあえて攻撃を受けていたと?』

 

「だって、ふつーのねんりきでふつーに攻めてたんじゃラチあかねーもん。たしかにユンゲラーにはちょっと身体張らせちまったけど、こいつはそれでもいいって言ってくれたから。な?」 

 

 ユンゲラーが頷いた。

 そんな彼らにエニシダは明確に本心からの驚異の色を見せたが、公にはしなかった。

 

『・・・はい、どうもありがとう!それでは、今度は惜しくも準優勝となったフユキ・ケリアスくんに話を聞いてみたいと思います。フユキくん、今の気持ちを一言でもらえるかな?』

 

 思いがけず自分に向けられたマイクと集まる視線に、フユキは一瞬戸惑ったが、率直な感想を素直に述べた。

 

「えっと・・・とにかく、不思議な気分です。すごく。」

 

『ほう。それは、どういう意味だろう?』

 

「あんまりうまく言えないんですけど・・・なんか、負けたのに悔しさよりすっきりしたって気持ちの方が強くて。これでちゃんと、本当に前に進めるようになったっていうか。」

 

 彼はその言葉を、天井の隅に設えられたカメラに向かって話していた。すなわち、今の自分の全てを見届けていてくれたであろうタワータイクーンに向かって。

 

「だからやっぱり、勝ち負けよりもちゃんと本気で戦うことが大事なんだと思います。」

 

 何も事情を知らない観客達に自分の言葉が理解されるとは思っていなかったが、予想外に温かな拍手が贈られた。それは図らずも、彼がその戦いに託した思いがが彼らの胸にも届いていた事を意味していた。

 

 

『・・・はい。いやもう、八歳とは思えないコメントをどうもありがとう。それでは改めて、素晴らしい戦いを見せてくれた二人に大きな拍手を!』

 

 再び、割れんばかりの拍手喝采がフィールドの二人に浴びせられた。

 

『それではこれでトーナメントは終了です!明日はいよいよー』

 

 そうしてエニシダが明日の連絡を始めたところに、フユキが低い声で隣のヒノキに話しかけた。

 

「なあ」

 

「ん?」

 

「そいつがケーシィの時、テレポートで移動して()()手を焼かされた場所はどこだった?」

 

「そりゃあ、昔火事で焼けた立ち入り禁止の塔の屋根の上だな。おかげで、こいつを捜すオレがケーサツに捜されるハメになったよ。」

 

 そう言って、ヒノキは隣のユンゲラーの頭をくしゃっと撫でた。二人が言葉を交わすのはこれが初めてであり、従ってヒノキはもちろんフユキの過去の事情はつゆほども知らない。

 

「・・・そっか。」

 

 リタイアした自分には決して答えられないその質問を冗談めかして返す彼に、フユキは漠然とした相反する二つの感情を胸に感じた。

 そしてその表情のまま、天井の隅のカメラへと目で語りかけた。

 

 

 やっぱり自分は、負けるために戦ったのかもしれない、と。

 

 

 

 

 

 

 試合が終わり、ローレルが部屋を後にしても、リラはまだそこにいた。そうして、二人のポケモントレーナーから自分に宛てられたメッセージについて、ひたすら熟考していた。

 

 まず、フユキ。

 彼は誠実に、自分の言葉を実戦において実践した。

 詳しい事情は分からないが、おそらく彼もまた、自分と同じように一人では抜け出せない迷路の中をさ迷っていたのだろう。そして彼に負けることでその出口にたどり着いた。それが彼にとって優しい出口であるのかは分からないけれど、彼自身が前を向けると感じられたなら、厳しくとも残酷ではないのだろう。

 

 そして、ヒノキ。

 練習試合での自分と同じように「肉を斬らせて骨を断つ」戦法でありながら、試合後の表情はまるで自分と違っていた。そして今ならその違いが何であるのか、はっきり分かる。

 

 それは、ヒノキはユンゲラーが傷つくことを恐れていなかったということだ。

もちろん、それは彼がユンゲラーが傷ついても構わないと思っているという意味ではない。

そうではなく、ユンゲラー自身が、たとえ多少傷つくことがあろうと主人の采配が自分を更なる高みへ導いてくれると信じていること、そして何より、自分が本当に大切にされていると知っていること。相棒のそうした思いの存在を知っているからだ。

 

 

 自分はまだ一度もポケモンとそのようなつながりを感じたことはない。しかし、おそらくはそういう結びつきのことをきっと──。

 

(絆とか、信頼とか言うんだろうな。)

 

 

 それに比べて自分は、ボーマンダのことをただ憐れみの目でしか見ていなかった。しかし、もしボーマンダに自分がついていることで安心感を与えてやれたなら。自分を信じてほしいと伝えてやったなら。彼の恐怖は、いくぶん和らいだのではないだろうか。

 

 身を覆う事は防御の基本だ。しかし、心に関しては閉ざすのではなく、開く方が却ってその強度は増すのではないか。

 

 

 そこでリラはふと思い当たった。

 すなわち、あの戦い方はもしや自分にその事を教えるためだったのではないか、と。

 

 

 

 

 

 

 その夜。

 自室の内線の受話器を手にリラはしばし俊巡していたが、やがて意を決してレセプション参加者達が宿泊する施設のある部屋の番号を押した。

 

「はい。えーと、ヒノキ・エニシュです。だれ?」

 

「三日前の朝、七十階で会ったタワータイクーンのリラだ。きみに、聞きたい事があって電話した。」

 

 そう名乗っても受話器の向こうヒノキは特に驚いた様子もなく、相変わらずの悠長な調子で答えた。

 

「おお、おまえか。なんだ?好きな食べ物とかってならいろいろあるけど、やっぱ一番はモーモーミルクプリン以外はー」

 

 聞いてもいない質問に勝手に答えだす彼を完璧に流して、リラは単刀直入に本題を切り出した。

 

「おとといの朝、きみはタワータイクーンのぼくには興味がないと言った。それは、今も変わらないか?」

 

 少しの間があった。それはほんの15秒ほどの間でったが、リラにはやけに長く感じられた。

 

「そーだな、今んとこは。」

 

 何の含みもない能天気な声が、かえって胸に刺さる。

 

「・・・なら。明日の試合はどうするつもりだ?」

 

「さあて、どうすっかな?まだなーんも考えてねーや。ま、その場のフンイキとユンゲラーの気分次第だな。」

 

「・・・そう、か。」

 

 全力で勝負してほしい。

 ただそれだけの事なのに、なぜかなかなか切り出せない。この期に及んで、全ては自分の一人合点で、彼は本当に自分には全く興味がないのだとしたら。そんな思いが振り払っても振り払ってもまとわりついてくる。

 

 そうして口ごもっている間に、逆にヒノキの方から訊かれてしまった。

 

「それだけか?聞きたいことってのは。」

 

「あ、いや、もうひとつだけー」

 

 リラはとっさにそう言ってから、肝心の質問の用意がないことに気付いた。そうして口をついて出た質問に、彼は自分で驚いた。

 

「きみは、才能とはなんだと思う?」

 

「はあ?」

 

 反射的に返ってきたすっとんきょうな声に、リラは慌てて言った。

 

「あ、いや、急に変なことを聞いてすまない。大丈夫、今の質問は忘れてくれてー」

 

 慌てるあまり、通話を切ろうと受話器を耳から離してしまった、その時だった。

 

「そりゃ、モーモーミルクプリンだろ。」

 

「・・・は?」

 

 まるきり意味の分からない返答に、今度はリラが聞き返した。

 

「たとえだよ、たとえ。お前は食ったことないかもしれないけどな、あれ、すげー美味いだけじゃなくて、めちゃくちゃ栄養もあんだよ。風邪ん時とかフツーに薬より効くし。美味くて栄養満点とか、食い物としての才能ありまくりだろ。」

 

 

 なんとなく分かる・・・ような気がしないではない。が、確信はまるでない。

 それでもリラは、一応訊いてみた。

 

「・・・じゃあ、それがポケモントレーナーの場合はー」

 

 そりゃあアレだ、と前置きした上で受話器の向こうの少年は言った。

 

「自分もポケモンも楽しくやってて、しかも強い奴。」

 

 その言葉に続いた、あ、やべ、それオレか、というヒノキの独り言は随分遠く聴こえた。

 

 文字通り、ばっさり切り裂かれた。

 なのに、その心の内はただただ清々しかった。

 これまでの自分を否定されたことが。

 今日の試合を見ていた自分を肯定されたことが。

 負けながら清々しいと言っていたフユキもまた、こんな気分だったのだろうか。

 

 

「おい、タイクーン。立ったまま寝たのか?」

 

 そのヒノキの呼び掛けで、リラははっと我に返った。

 

「ご、ごめん。ちょっと考え事をしていた。」

 

 そしてリラが改めて明日の試合の話を切り出そうとした時だった。

 

「あー、そうそう」

 

 あくび混じりに、ヒノキが先に口を開いた。

 

「確かに()()オレはおまえにキョーミないけど。でも、だからって明日もそうとは限らないからな。んじゃ、オレもう寝るわ。おやすみ。」

 

 その声は、確実にいたずらな笑みを含んでいた。そしてその事実によって、しつこくまとわりついていた胸の疑念が嘘のように解けていくのを感じた。

 

「・・・おやすみ。」

 

 言い慣れない挨拶をぎこちなく返して、リラは受話器を置いた。

 

 なんだろう。

 うまく言えないけれど、なんだか心に小さな丸い火が灯ったような感じがする。

 明日、自分の何かが確実に変わる。

 それも、冷たい土を押し上げて小さな芽が地表に顔を覗かせるような、そういう希望をはらんだ変化によって。

 

 

 

「へへ、今んとこは作戦通りだな。」

 

 通話が切れたのを確認してから、ヒノキは受話器に向かってそう呟き、電話台に戻した。

 そしてベッドに寝転び、相棒の収まったボールを掲げながら、中のユンゲラーに語りかけた。

 

「なあ、ユン。明日も面白くなりそうだな。」

 

 そしてボールをベッドの枕元に置き、明かりを消して間もなく眠りに着いた。

 

 

 

 その部屋の窓辺に忍び寄る、無数の黒い影には気づかないままに。

 

 

 

 

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