ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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【ここまでのあらすじ】

バトル・レセプション六日目。
ヒノキは原因不明の体調不良に見舞われた身体をおしてトーナメントの優勝特典であるタワータイクーンとのチャレンジマッチに臨むが、試合開始直後に倒れてしまう。
その日の夕刻、白旗の代わりとなったユンゲラーのスプーンを持つリラの元に、ユンゲラー自身が一人訪れ、彼に何かを伝えようとする。



36.15年前⑩ あくむ

 

「なんでだよ!!今日は絶対帰るって。そう言ったのは自分だろ!!」

 

 

 ジョウト地方、エンジュシティ。

 深く色づいた街中の木々が晩秋にさしかかった事を告げるある夜、一軒の民家から響いた少年の怒声が静寂を破った。

 それは、この日六歳の誕生日を迎えた弟から、同じく十歳の誕生日を迎えた受話器の向こうの兄へとぶつけられたものであった。

 

「ごめん。ほんとにごめんな。」

 

 そんな詫びを受ける少年の背後の食卓には、兄弟二人の誕生日を祝うためのご馳走が所狭しと並んでいた。どれも、家政婦のスミが午前中から準備した手作りの品だ。立派なバースデーケーキとは別に、ヒノキの好物のモーモーミルクプリンまである。

 

「・・・ヒノちゃん。また、マキくんが帰って来た時にもみんな作ってあげるから。だから今日は、おばさんと二人でお祝いしましょう?・・・ね?」

 

 スミはヒノキの背中に遠慮がちにそう声をかけた。

 受話器を置いた彼は黙って電話の脇に立てられた一枚の写真を睨んでいたが、やがてダイニングを出て、二階の自分の部屋へと行ってしまった。

 残された彼女は、大皿に用意した品々から二階へ持って行ってやる分を取り分け始めた。そうして黙々と働きながら、時々、ヒノキが睨んでいた電話の横の写真に目をやった。

 そこには、自分の背丈ほどもある金色のトロフィーを抱える弟と、そんな彼を抱き抱える兄の、最高に幸せな笑顔が輝いていた。

 

 

 

──しばらく家を空けることになると思うので、どうか子ども達をよろしくお願いします。

 

 

 

 共にフリーのポケモンジャーナリストであった彼らの両親がスミにそう言って消息を絶ったのは、もう四年前。

 兄弟には外国へ長期の取材に行っていると伝えていたが、彼らは子ども心にその言葉の意味を理解していた。そうでなければ、二年前、八歳になったばかりの少年(マキ)が、自分と弟の夢と将来のためにポケモンリーグのチャンピオンになるとカントーへ旅立ったりはしなかっただろう。

 

 

「ごめんな。今日も帰れそうにないんだ。ご飯は二人で食べてくれ。あ、スミさんに代わってくれるか?」

 

「・・・わかった。」

 

 

 兄弟を取り巻く状況が一変したのは、マキのポケモンリーグ優勝の翌日からであった。

 チャンピオンとしての務めに追われ、毎週末欠かさなかったマキのエンジュへの帰省は、そんな電話のやり取りに替わった。が、それでもヒノキは決して兄に当たることはなかった。

 幼いながらにチャンピオンになったばかりの今が忙しいのは当たり前だと分かっていたし、また自分自身にそう言い聞かせていたからだ。

 

「・・・もしもし、マキくん?」

 

「スミさん、また帰れなくてごめんなさい。ヒノキのやつ、オレが帰らないことで迷惑かけてませんか?学校も変わりなく行ってますか?」

 

「ええ、とても良い子にしてるわ。きっと、あの子もあの子なりにあなたが頑張ってる事を分かってるんだと思う。それより、あなたはどうなの?ちゃんと休む時間はあるの?ご飯は?毎日三食きちんと食べてる?」

 

「ありがとうございます。オレの方は大丈夫ですから、心配しないでください。あ、そうだ、ヒノキに伝言頼めますか?」

 

「それならヒノちゃんに代わるわよ。待ってて、今二階へ呼びにー」

 

「いえ、もう『デイリー・カントー』の取材が始まっちゃうんで。だから、さ来月のオレ達の誕生日には、きっと帰るってオレが言ってたって。伝えてやってもらえますか。」

 

 

 

 照れ屋な性格のために素直にそれを現すことはなかったが、ヒノキが兄や彼のポケモン達と一緒に過ごせるはずだったこの日をどれほど楽しみにしていたかは、半泣きで受話器に怒鳴っていたその姿から窺えた。

 かと言って、受話器の向こうで謝っていたマキにしても、いくら大人びているとはいえまだ十歳の子どもなのだ。

 自分だってまだ誰かに甘えたり守られたりしたい年頃のはずなのに、決してそんな素振りを見せない。

 それは弟のヒノキにだけでなく、周りの大人達に対してもそうであった。

 

 

──このままじゃ、二人とも──。

 

 

 それぞれが独りになってしまう。

 そう危惧した彼女は、ある事を思いついた。

 

 

 

 

「ヒノちゃん。私たちがマキくんに会いに行きましょう。」

 

 

「え・・・・」

 

 いつも穏和で控えめな家政婦からの思いもよらない提案に、ヒノキは驚いた。

 当時はまだリニアが開通していなかった為、ポケモンを持たない二人がジョウトからカントーへ行く手段は、アサギ港から出ているフェリーに限られる。

 それは週末のみならずヒノキの学校(スクール)のある平日も利用しなければ不可能な日程であったが、スミは平然と言ってのけた。

 

「大丈夫。学校にはちゃんと連絡をしておくから。自分に会うためだと分かったら、きっとマキくんも許してくれるわよ。だってマキくん、いつもヒノちゃんの事を心配してるもの。」

 

「・・・わかった。行く。」

 

 リーグ優勝以降、マキは何よりヒノキの学校生活の変化を心配していた。自分のせいで、彼が学校に行きづらくなるようなことはないか、と。そんな彼が自分に会うためにヒノキが学校を休んだと知れば、まず良い顔はしないだろう。

 そこまで分かった上で、ヒノキは彼女のその提案に乗った。

 それくらい、たった一人の家族である兄に会いたかった。

 

 

「ありがと。」

 

 礼儀正しく、人当たりの良い(マキ)

 そんな彼とは対照的に人見知りでへそ曲がりなこの(ヒノキ)が口にしたその一言の重みを、スミは誰よりも知っていた。

 

 

◇ ◇

 

 

 もちろん、スミはあてどなくヒノキを連れてセキエイ高原へ押しかけるつもりだった訳ではない。

 断られる事を想定してマキに相談こそしなかったが、それでも彼に極力迷惑がかからないよう、入念な下調べの元に最適な日時を探った。

 そしてその結果、二週間後の金曜の夜の、ある試合の後が狙い目であるという結論に至ったのだ。

 その試合は、ホウエンを始めとするポケモンリーグ未発足地方の視察団向けに組まれたもので、一般には非公開であった。が、どんな手を使ったのか、スミはヒノキと共に関係者としてその観戦する権利を手に入れてみせたのだ。

 

「ヒノちゃん、マキくんの戦ってるところを見るのは久しぶりでしょう?」

 

 試合前、関係者席で持参してきた弁当を食べながら、スミはヒノキに言った。

 半年前のポケモンリーグ以降も、テレビで度々マキの試合を見る機会はあった。しかし、ヒノキがそれらの試合を一度たりとも見なかったことを、彼女は知っていた。

 

「うん、リーグの後は初めて。」

 

 あごに米粒をつけながらおにぎりにかぶりつくヒノキは、一見普段通りのように見える。しかし、その声は僅かに震えており、彼が久々の兄との対面、それも彼にとって最高のヒーローであるポケモントレーナーとしての兄を見られる事に高揚と緊張を感じていることが窺えた。

 そんなヒノキの様子に、スミはもはや、この試合が兄弟をつなぎ直すきっかけとなる事を信じて疑わなかった。

 

 

 

 この日彼らが案内されたのは、もちろんスタジアムではなく、主に練習試合やトレーニングなどで使用される、屋内の小規模な闘技場であった。が、その客席は各地からの視察でほぼ埋め尽くされており、試合開始十五分前に到着した二人は、かろうじて最後列の片隅に並びで座れる席を見つけることができた。

 もっとも、試合(しごと)中のマキに気付かれることは避けたいという思いはスミにもヒノキにもあった為、それはむしろ好都合であった。

 

『皆様、大変長らくお待たせいたしました。それではこれより、第二十六代チャンピオン、マキ・エニシュによるデモンストレーションバトルを開始します。』

 

「あ、マキくん来たよ!」

 

 天井の四隅に設えられたスピーカーからそんなアナウンスが流れると共に、片側の入場口から一人の少年が現れた。

 それは各地からの視察達からすれば十歳の若さで世界の最も伝統あるトーナメントを制した神童、しかしヒノキにとっては他でもない、兄のマキである。

 

 そんなざわめきの中フィールドの中央に進み出た彼は、ヒノキの目には少しやつれているように見えた。

 

『今回、チャンピオンの相手をいたしますのは、歴代チャンピオンの中でもレジェンドの称号を得た四人の達人『四天王』が控えで使用しているポケモンでございます。』

 

 ポケモンリーグとは、言わばチャンピオンの防衛戦である。

 今大会の予選トーナメントを勝ち抜いた一名が挑戦者として前大会のチャンピオンと決勝を戦い、勝利すればチャンピオン交代、負ければ敗退となり、その経歴はポケモンリーグ準優勝に留まる。

 そしてそんな防衛戦を三大会連続で成功させたチャンピオンにはレジェンドの称号と共に、「四天王」となる権利が与えられる。

 これは、名実ともにポケモントレーナーが目指せる社会的地位の最高峰にあたる。(もちろん四つの枠が全て埋まっている場合は現メンバーの誰かと戦い、勝利する必要がある。)

 

 

『試合開始、五秒前。四・三・二・一・始め。』

 

 感情のないアナウンスが告げた試合開始と共に、マキは動いた。

 相手は主人(トレーナー)を伴わない四体のポケモン、すなわちスターミー、ゴーリキー、ゴースト、ハクリュー。

 いずれも控えというよりは育成途中のポケモンたちというところだ。とはいえもちろん、相手の動きを見て自ら行動できる程度の経験値は積まれている。

 

 しかし、それでも場が彼の独壇場と化すのに時間はかからなかった。

 

──これが本当に十歳の子どもなのか。

 

 たちまち、あちこちから密やかなざわめきやため息とともにそんな声が聞こえてきた。

 

 マキは相手を一体倒すごとにポケモンを替えた。

 そうして現れた四体のポケモン達は、いずれも半年前に彼と共にリーグ優勝を果たしたメンバーであった。

 

 しかし、ヒノキのその一言は、明確に彼らを目にしながら口をついて出たものであった。

 

 

「ちがう」

 

 

 それは、ヒノキの知る兄とその愉快で頼もしい仲間たちの戦い方ではなかった。

 機械のように淡々と、しかし容赦のない指示で対戦相手を圧倒するその戦いぶりとは対照的に、苦虫を噛み潰すような、何かを堪えるような兄の表情。

 そしてそんな主人の指示に、彼と同じ目で従うポケモン達。

 

 

 やがて相手側の最後の一体であるハクリューが、派手な音とひびと共にフィールドの中央へ叩き付けられた。

 その一撃を加えたマキのハクリュー、すなわちメタモンの瞳には、殺気すら漂っていた。あのつぶらな目の持ち主のそんな目を、ヒノキは見たことがなかった。

 

 

「こんなの、あいつらじゃない。マキじゃない。」

 

 

 立ち尽くしながら発せられたものとはいえ、それは唇の先から洩れた呟きも同然の声であり、およそ数十メートルは離れているであろうフィールド上のマキには到底届く音量ではなかった。

 ましてや周りの者はみな、彼にむかって興奮した面持ちで拍手やら歓声を送っている。

 

 だから、スミはその声に反応するように彼がこちらを振り向いた事が不思議でならなかった。

 

 

 

「ヒノキ・・・・?」

 

 

 

 

◇ ◇

 

 

 

「おまえのいうとおりだよ、ヒノ。」

 二人を控え室に招き入れたマキはそう切り出すと、彼の目を見ながら、でもな、と続けた。

 

「ここではオレは、マキではいられないんだ。」

 

 そして、淡々とその理由を話し始めた。

 

「ここでは、誰もがオレに常に絶対的な強者(チャンピオン)であることを求める。そしてオレは、それに応えなきゃならない。じゃないと、困る人や悲しむ人がたくさん出てしまうから。それはつまり、チャンピオンじゃない、一人の人間としてのマキ・エニシュ(オレ自身)は要らないってことなんだ。そうして少しずつ、本当の自分を忘れていく。だんだん自分がどんな奴だったかが、わからなくなっていくんだ。」

 

「なんでだよ」

 

 わざと怒ったような調子で、ヒノキは反発した。

 そうでもしなければ、慌ただしくハンカチを取り出して席を立ったスミのように、堪えているものがたちまち溢れてしまいそうだった。

 

「あんなんより、絶対いつものマキの方が良いに決まってる。なんでダメなんだよ。なにがダメなんだよ。」

 

 そんな頑ななヒノキとは対照的に、マキは穏やかな表情と疲れた笑顔を崩すことなく答えた。

 

「絶対的な強者に、弱さは許されないからさ。おまえだって、チャンピオンは強いからかっこいいって思うだろう?」

 

 それは事実だった。そのためにヒノキが何も言えないでいると、マキは静かに続けた。

 

「ポケモン勝負なら、少しは自信はある。だけど、オレ自身はそんなに強い人間じゃないから。」

 

 そんな兄の答えに、ヒノキは納得がいかなかった。

 おそらくはそれは正しい自己評価なのだろうと頭が理解する一方で、心は受容することができなかった。

 

「マキが弱い訳ないだろ。弱いやつが優勝なんてできるかよ。」

 

「弱いよ。」

 

 相変わらずの静かな口調で、しかしマキは言いきった。

 

「だから、おまえに甘え過ぎちゃったんだ。一番大事なはずなのに、一番後回しにした。それが許されると、思ってた」

 

 突然、彼の目元がきらりと光ると共に、言葉尻が揺らいだ。

 そんな顔を見せまいとするように、マキは膝の裏でパイプ椅子を弾いて立ち上がると、ヒノキを抱き締めた。

 思えば、兄に抱きしめられるのは半年前のポケモンリーグの優勝以来だった。

 

「おまえがいなくなったら、オレは本当にひとりぼっちになっちゃうって事も考えないでさ。」

 

 それは、彼がこれまでの生涯で唯一見た兄の涙だった。

 ヒノキは何も言わなかった。

 兄を非難することも慰めることもなく、ただ兄の腕の中で両の手を固く握りしめることに意識を集中していた。

 それでも、砂塵と化した頂点への憧れが指の隙間からこぼれ落ちてゆくのを止めることはできなかった。

 

 

 

 

 

 翌日、マキはポケモンリーグ本部へチャンピオンの辞任願いを届け出た。

 

 

 

 




 
この頃のマキとヒノキはほぼほぼさつきとメイちゃんです。
スミさんはもちろんカンタのおばあちゃんです。
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