ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
【ここまでのあらすじ】
バトル・レセプション六日目。
試合後にリラの元を訪れたヒノキの相棒のユンゲラーは、自身の念力を介して彼の脳裏にヒノキを苦しめている夢の内容を映し出す。それは、彼の何よりの憧れであったチャンピオン自身にその憧れを砕かれた、哀しい記憶であった。
「・・・そう、だったのか・・・。」
ユンゲラーが額からスプーンを離し、脳裏の映像が消えると、リラは誰に言うわけでもなく呟いた。
ようやく理解できた。
この過去こそが、ヒノキが自分に、すなわち
少し目を閉じてその事について考えた後、返事を待つようにじっと自分を見つめているユンゲラーに言った。
「彼はなんとかして
もし彼が本当に
ゆっくりと大きく頷いたユンゲラーを見て、リラもまた頷いた。
一人の未来のチャンピオンとして、このバトルフロンティアの長として。
辛うじてその手に残った一握りの憧れを、後ろ暗い影ではなく前に進むための光にしてやりたい。
「ぼくもきみと同じ気持ちだ。だから、連れていってくれるかい?」
ユンゲラーはスプーンを持ち替えると、空いた右の手をリラに差し出した。そしてその手をリラがしっかりと握った頃にはすでに、二人は行くべきところへと着いていた。
◇ ◇
医療センターの人間の医師による往診の後も目が覚めないヒノキの顔は相変わらず青白く、苦悶していた。
医師は、原因は特定できないが、おそらく疲れや環境の変化で免疫力が低下している故の体調不良だろうと診断した。そして、解熱と鎮痛の効果のある薬を飲み、食欲がなければ水分だけでも摂り、とにかくよく眠ること、悪寒がある内は熱があっても氷枕は当てないことなどを、付き添いのシェフレラに説明して帰っていった。
その診断結果にあまり納得はいかなかったものの、シェフレラはとりあえず医師の指示に従ってこの半日、ヒノキの看病を続けた。が、やはりというべきか、一向に回復の兆しは見えない。
(そろそろエニシダオーナーに一度連絡を入れておこうか。)
倒れたヒノキを自分と共にこの部屋へ運んできたエニシダは、夜にもう一度様子を見に来ると言った。そして、それでも回復の兆しが見られなければ、ホウエン本土の設備の整った病院へ連れていくと。
そんな折、ノックどころかドアも開けずに来訪者が現れたものだから、彼が文字通り飛び上がって驚いたのも、無理のないことであった。
「ええ!?あ、ああ、あの・・・タワー・・・タイクーン・・・??」
シェフレラがしどろもどろに肩書きで呼んだその珍客は、いつのまにか消えていたユンゲラーと共につかつかとヒノキのベッドへ歩み寄った。
そして、倒れた時とほとんど変わらない彼の状態を確認すると、今度は自分に向かって言った。
「・・・この半日、ずっときみが彼を?」
タワータイクーンのその質問に、シェフレラはただこくこくと頷いた。
初めて間近に見るその身体が思った以上に華奢で、大きな薄紫の瞳が映像で見た以上に美しかった事が、彼の緊張を一層深めていた。
「ということは、きみは彼と仲が良い訳だね?」
「は、はい。一応、そのつもりですけど・・・」
「それはありがたい。じゃあ、ここ数日の間、彼の周りで何か変わったことはなかったか?もし心当たりがあれば、どんな些細なことでもいいから教えてほしいんだ。」
「変わった・・・こと・・・」
タイクーンにそう言われたシェフレラは、ふと、件の胸の違和感を思い出した。
「あ、あの。これはヒノキというより、ぼくの事になるんですけど・・・。」
「ん?」
そしてシェフレラは、その違和感に関する自分の気付きや所感を最初からなるべく詳細に話した。その間、タワータイクーンはその大きな美しい瞳で自分を見ながら、至って真摯に聞いてくれた。
「・・・という訳で。もしかしたら全部ぼくの気のせいで、ヒノキの体調とは全然関係ないことかも知れないんですけど・・・」
だんだんそんな気がしてきたシェフレラは、畏縮から言葉尻をすり切らした。自分はタワータイクーンに無駄な時間を取らせてしまったのではないか、と。
しかし、そんなシェフレラの憂慮とは裏腹に、生まれも育ちもホウエン地方の彼には、目の前の異郷からの参加者の話に思い当たる節があった。
「いや。大変参考になったよ。言いづらい話を正直に全て話してくれたこと、とても感謝する。」
そう言って立ち上がり、部屋の端にある唯一の窓へと向かった彼は、朝から閉められたままのカーテンをレースごと一気に両開きに開いた。
「ひっ!!」
シェフレラがそう短く悲鳴を上げたのも無理はない。
そこには、無数の黒いてるてる坊主のような影のような生き物が、窓ガラスいっぱいにびっしりと連なっていたからだ。
「これは・・・ポケモン・・・?」
「ああ。カゲボウズというホウエンのゴーストポケモンで、人やポケモンの妬みや恨みといった暗い感情を糧とする。」
タイクーンのその解説に、シェフレラは愕然とした。
「それじゃあ、ぼくや他のみんながこんなに仲良くいられるのは──」
「おそらく、このカゲボウズ達が君達の
そこでリラはユンゲラーとともに一旦姿を消し、すぐにまた現れた。
その手には達筆の認められたお札の束と、不思議な形の陶器ーすなわち香炉が抱えられている。
「とにかく、まずはこれを全てあの窓の周りにはっておいてくれ。あと、これも焚いておくといい。それから──」
シェフレラに気落ちする隙を与えないようにきびきびと指示した後、少し声と表情を和らげて言った。
「きみにはもうひとつだけ、頼みがあるんだ。」
「え?ぼ、ぼく・・・?」
◇
ヒノキが目を覚ましたのは、それから一時間ほどの後のことであった。
(・・・オレの部屋?)
むくりと起き上がって見回したそこは、まぎれもなく自分が寝泊まりしているフロンティアの宿泊施設の部屋だ。しかし、朝部屋を出て以来戻った記憶はなく、おまけになんだか魂が洗われるような、清らかな香りが充満している。
状況が掴めず、不思議そうに部屋を見回す彼に間もなくシェフレラが気付いた。
「ヒノキ!大丈夫?身体の具合は!?」
そう訊ねられ、ヒノキは初めて自分が体調不良であったことを思い出した。
「あ、うん、そういや全然何ともないな。寒気とかもしないし。つーかオレ、どーなったんだ?確か、タイクーンとの試合の最中に倒れて・・・」
「うん、ちゃんと今から説明を──」
シェフレラがそう言いかけたそばから、ユンゲラーがスプーンをヒノキの額に当てた。
そうして彼は、自分が眠っている間に起きた出来事の一部始終を把握した。
「・・・なるほど、分かった。シェフ、色々ありがとな。オレも行ってくる。」
そう言ってベッドを出て支度を始めたヒノキに、シェフレラはどこに行くのかとは訊かない。
一時間前に、カゲボウズ達の棲みかを調べて来ると言って部屋を出たタイクーンを追うつもりだと分かっていたからだ。
そして彼にはそれよりも、ヒノキに言うべき事があった。
「待って!」
「ん?」
既にドアへ向かっていたヒノキが振り向いた先には、思い詰めたような表情のシェフレラが立っていた。
「本当に、ごめんね。」
「へ?」
「ぼく、自分が弱いから悪いのに、嫉妬なんかして。そのせいで、ヒノキに苦しい思いをさせてー」
それは先刻、去り際のタイクーンが彼に残していった言葉の決行であった。
──それから、余計なお世話だとは思うけど。もしもきみが彼とこれからも友達でいたいなら、一人で苦しい思いを抱えずに、それも彼に伝えた方がいいと思う。
そう言うと、彼は少し恥ずかしそうに笑ってつけ足した。
「ぼくは友達というものを持ったことがないから、それが正しいのかは分からないけど。でも、本当に信じたい、信じてほしいと思う相手なら、きっとそうしていたみ分けをすると思う。」
ぽろぽろと涙を流しながら胸の内を明かすシェフレラに、ヒノキは自分を抱いて泣いたあの夜の兄の姿を思った。
それはまた彼に、淋しさや悲しさにとらわれて兄を支える事を忘れていた当時の自分を思い出させた。
「何いってんだよ。オレだって、おまえは良いやつだから何にも言わなくても分かってくれるとか思って好き勝手にしてたし。そのバチが当たっただけだよ。ほんま、ごめんな。」
自分の弱さから生まれた暗い感情が誰かを傷つける辛さは、彼ももう十分知っていた。
そうしてシェフレラが溜まっていた胸の淀みを涙で流し尽くし、二人の間に再び柔らかな空気が戻ってところに、彼から連絡を受けていたエニシダが派手にドアを開けて入ってきた。
「ヒノキくん!!ああよかった、君の身にもしもの事があれば、ボクはマキくんになんと謝ればー」
そう言いながら自分を抱き締めようとする肥え気味の白い腕をかわして、ヒノキは彼に言った。
「わかったわかった、オレはもう大丈夫だから大丈夫。それより、おっちゃんに相談があるんだけど。」
そうして彼は、このバトルフロンティアのもう一人の頂点であるこの男に、あるひとつの提案をもちかけた。
ヒノキのエニシダへの提案はもう少し先で明らかになります。