ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
バトル・レセプション六日目の夜、自身に集まったカゲボウズ達の見せる夢にうなされていたヒノキは、リラの尽力により目を覚ます。一方、そのリラはカゲボウズ達が本来の棲みかを離れた理由を突き止めるために、この島における彼らの生息地である島の南端の洞窟へ向かった。
ヒノキの部屋を後にしたリラは、ひとり島の南端の岬まで来ていた。
その岬のたもとには、近々フロンティアの共有ポケモンの育成の一環で使用する予定の洞窟が存在する。が、そこにはその目的とは別の、もうひとつの顔がある。
そしてそれこそが、本来の生息地ではないこの島に多くのカゲボウズ達が存在するその理由であった。
◇ ◇ ◇
「呪われた、島・・・?」
彼がその話を聞いたのは、一年前にこの島へ来た最初の日、ローレルに連れられて港から岬へと向かっていたその道中であった。
いかにも良識の塊といった印象を与える老紳士の口から出た意外な言葉に、リラは思わずそれをおうむ返しに唱えてしまった。
「・・・ここがですか?」
「そう。あれから、もう三年になりますかな。」
そう言って、ローレルは穏やかながらも真面目な口調で語り始めた。
「この島はホウエン本島から船で日帰り往復できる距離にも関わらず、永らく住む者もない、荒れた無人島でした。そこでエニシダオーナーが前の所有者から買い取る時に、その理由を訊ねたのです。どうしてこれほどの土地を何にも使わずに遊ばせていたのかと。そうして返って来たのが、その答えでした。」
ローレルはそこで一度言葉を切ると、隣を歩くリラの小さな背に触れた。彼が自分の話に聞き入るあまり、前方への注意を忘れていたからだ。
「その意味を訊ねても、彼はいずれ分かると言うのみでそれ以上は何も語らなかったため、オーナーも私もじきにその事を忘れてしまいました。しかし、いざ建設の工事が始まると、かの言葉はまるで彗星のごとく我々の記憶の彼方から戻ってきました。まるで、何者かがこの島の開発を拒んでいるかのような、不可思議な事故が相次いで起こったのです。」
「不可思議な事故・・・?」
「はい。具体的には、妖しい光に惑わされて重機の操作を誤る、巨大な鬼火に追い回されて怪我をする、等といった内容のものでした。そこで、作業員達の間にも呪いや祟りといった類の言葉が飛び交うようになったのです。」
今や食い入るように自分を見つめて話の続きを促すリラに、ローレルもまた再び彼の背に触れて前方への注意を促さなくてはならなかった。
「そうして作業員達がこんなところでは働きたくないと次々と辞めてしまった為に、我々はいったん工事を中止せざるを得ませんでした。しかし、その代わりに行った島の全面調査で、一連の現象をひもとく手がかりとなるある重要な発見をしたのです。それが、今向かっている岬のたもとにある洞窟の奥の古い祠と、それを守る番人の存在でした。」
「祠と、番人・・・」
「そう。祠に関してはそれがあまりに古く、また記録もないため、詳しいことは分かっていません。しかし、それを守る『番人』がきつねポケモンのキュウコンであることから、おそらくは古い時代にジョウト地方のエンジュという街から勧請した、イナリ大社の末社ではないかと私は見ています。」
リラはなるほどと頷いた。
耳慣れない単語をいくつか含んでいたが、聡明な彼はその文脈からおおよその話の筋を掴んでいた。
「様々な検分や考証の結果、ほどなくして一連の事件や事故はこの老いた雌のキュウコンの仕業であることが判明しました。そこで我々は、彼女の捕獲を試みることにしたのです。その捕獲作戦の指揮は、私が執りました。」
そこでローレルが今までよりも少し長い間を置いたので、リラは待ちきれずに自らその結末を急かしてしまった。
「それで、捕獲は?成功したのですか?」
しかし、ローレルの口から聞かされたのは、彼の予想以上の結末だった。
「暗い洞窟での戦いと、老いたキュウコン故の強い妖力によりかなり手を焼かされましたが、あと一歩というところまでこぎつけました。ところが、何しろ相当な老齢であったことにより、彼女はその戦いの最中に力尽き、息絶えてしまったのです。」
「!」
瞠目するリラに、ローレルもまた苦々しげに眉根を寄せた。
「我々としても後味の悪い、不本意な結末でした。しかしまあとにかく、これで不可解な現象は治まるだろうと。そう考え直し、我々は工事を再開しました。しかし、たちまちその考えが甘かったことを思い知らされました。彼女は肉体を失ってなお、自らの役目を終えようとはしなかったのです。むしろ、無念や未練により、その力はいっそう強まった印象すら受けました。」
そこでローレルはまた一息つくと、既に目と鼻の先に迫っていた岬に見える、ひとつの墓を指差した。
「そこで、あの墓が造られたのですよ。」
美しい生花と様々なきのみ、それに線香がきちんと供えられたそれは、言われなければポケモンの墓とは思えないほど、大きく立派なものであった。
「この地を呪縛せんとするキュウコンの魂を鎮めるために、私達は出来る限りのことを行いました。立派な墓を作り、清めのおふだやおこう、そしておくりびやまから連れてきたカゲボウズ達による怨恨の除去によって、毎日手厚い供養を続けました。洞窟の奥の祠にも、何者も近づくことのないよう『しんぴのまもり』による結界を張りました。最初はこんなことで解決するのかと半信半疑でしたが、しかし結果として次第に不可解な事故は減っていき、ついにはバトルタワーの落成に至ったのです。・・・もっとも、カゲボウズと共におくりびやまから呼んだ祈祷師は、成仏にはまだ時間を要すると言っていましたがね。」
そこでローレルはようやく穏やかな表情に戻り、持参した花束をリラに渡して言った。
「しかし、私は共存ができるのであれば無理に成仏を迫ることないと考えています。然るべき時が来れば、彼女も自ずから天へと昇るでしょうから。さあ、それではこの島へ来た挨拶と冥福の祈りを捧げて戻りましょう。」
冥福とは何だろう、とリラは思ったが、とにかくキュウコンの霊の安らぎを願って花束を手向け、その小さな白い手を合わせた。
◇ ◇ ◇
墓のすぐ脇に付けられた狭く急な鉄製の階段を降り、リラは洞窟の入り口となる狭い足場に立った。
そこに大口を開けていた闇は想像以上で、どんな光をも吸い込んでしまいそうなブラックホールを思わせる。
キュウコンの墓には月命日には欠かさず参っていた彼であったが、その下にあるこの洞窟自体を訪れるのは初めてだった。
背後はすぐに断崖となっており、十メートルはあろうかというその崖の下では、荒い波が岩壁に激しくぶつかっては砕けている。まさしく、背水の陣という地形だ。
しかし、今の自分は一人ではない。
そこで彼は、先刻シェフレラから借りたモンスターボールの開閉スイッチを押した。
「よし。それじゃあ、よろしく頼むよ。」
そう言って、中から現れたコンパンの頭にそっと手を置いた。
◇
「え?コン太を・・・?」
カゲボウズ達の棲みかへ行くのに、少しだけきみの相棒を貸してほしい。
タワータイクーンからの思いもよらない申し出に、シェフレラは黒縁メガネの奥の目を丸くして聞き返した。
「ああ。できる限り傷つけずに返せるよう、努力するから。」
そんな彼にシェフレラは、自分のポケモンはどうしたのだとは訊かない。
ヒノキとは違い、彼はタイクーンが私的にポケモンを所有していないことを施設案内の際の解説でちゃんと聞いていたからだ。
「それは構わないけど・・・でも、それなら絶対、ぼくのコン太よりヒノキのユンゲラーの方がー」
役に立つのではないか。そう言いかけた彼に、リラは苦笑して首を横に振った。
「いくらタワータイクーンでも、他人のポケモンを主人の許可なく連れて行ける権利はないよ。ましてやヒノキが目を覚ますまでは、彼はここにいるべきだ。」
この少年は、本当に自分と同じ八歳の子どもなのだろうか。
シェフレラがそんな感銘を受けている間に、目の前のタイクーンはそれに、と再び口を開いた。
「ぼくがこれから行くのはとても暗い洞窟だから。なおさら、きみのそのコンパンがいいんだ。」
その言葉に、シェフレラはようやく気後れを脱し、自信を持って相棒が収まったボールを差し出した。
「分かった。コン太は夜行性だから、そういう事ならきっと力になれると思う。待ってて、今コン太が使える技をメモして渡すから。」
◇
ー攻撃より補助が得意なひかえめな性格、か。
掌を介して把握した彼の各種の
それに何より、暗闇で目が効くというその生物的機能こそが、この圧倒的な闇の前では何にもまして重要なものであった。
改めて洞窟に向き直ったリラは、ゆっくりと深い呼吸をした。
自分は今、この島を統べるタイクーンとして、そして一人のポケモントレーナーとして試されようとしている。
恐怖や緊張や不安、そしてそれらを貫く何かに、背筋がぞくりと震えた。
「それじゃあ、行こうか。」
慎重に、しかし毅然とした足どりで、リラは洞窟の中へと進んでいった。
◇
一寸先は闇、一寸後も闇。
そんな文字通りの暗黒の空間を、リラはコンパンの大きな眼が発する二つの光を頼りに、ただ黙々と進んでいた。
どれほどの距離を歩いたのか、またどれほどの時間が過ぎたのか、まるで感覚がない。
意を決して足を踏み入れたあの瞬間が何時間も前のような気もするし、そうかといえばほんの十分前の気もする。
ポケモンの気配はおろか、入り口からしばらくはその存在を主張していた湿気や潮気や磯の匂いや波の音も今は全く感じられず、ただコンパンの放つ光と自分が歩く事でわずかに感じる空気の動きと靴底から伝わる地面の起伏の感触、そして足音のみが今の彼の五感の全てであった。
―ちょっとでも気を抜いたら発狂してしまいそうだな。
リラがちょうどそんな事を考え始めた時、半歩前を行っていたコンパンが不意に足を止めた。
そして、何かを伝えるように彼を振り返ると、チカチカと淡く眼を点滅させた。
それはまるで、ダウジングマシーンが宝の埋もれたその地点を教えているかのようであった。
「どうしたんだい?何かー」
見つけたのか。
彼が足元の相棒にそう訊ねようとした、その時だった。
視界のまだもう少し先、針の穴ほどの大きさではあるが、白っぽい何かが見える。
じっと目を凝らしてみると、どうやらそれは光であるらしい。
「・・・あれが目指すものかもしれない。疲れているだろうけど、少し急いでもいいかな?」
リラがそう訊ねると、コンパンはまだまだ平気だというように、いたずらっぽく眼をピカピカさせた。いい子だ、と思った。
少し早めた歩調のおかげか、目的地には思った以上に早く到った。
そうしてその光源の前に立ったリラは、目の前の光景の異様さに言葉を失った。
──これが。
暗闇に浮かび上がる、淡い光に包まれた小さな古い古い石造りの祠。
ことりポケモンの羽ばたきでも崩落しそうなその朽ち方は、百年や二百年というものではないだろう。にも関わらず、中央の観音開きの扉だけは創建当時の性能を保っているかのように、固く閉ざされている。
「・・・・」
そんな祠をもっと間近で見ようと彼が進み出た、その時であった。
突然のキーキーというコンパンの警戒音が岩壁に反響し、辺り一帯が緊張感に包まれた。
そんな状況に呼応するかのように、『しんぴのまもり』のベールに覆われた祠の周りに、ぼっと青白い炎が現れた。
そしてそれは瞬く間に数を増やし、やがて輪を描くように九つの青い火の玉が祠を囲った。
(・・・・!!)
その、まるで小さな冥界への関所のような、およそこの世のものとは思えない光景に、リラは思わず退路を確認しようと振り返った。
しかし、そこにはもう既に、美しい九本の尾を揺らめかせる狐ポケモンの姿があった。