ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
【前回のあらすじ】
ククイ博士から新たな図鑑を受け取った翌日、ヒノキは仕事の準備の為に研究所を発つ。それから、三週間。
4.バトル・バイキング① 奇妙な二人連れ
メレメレ島、ハウオリシティ。
アローラ地方最大の都市であるこの街には、一風変わった人気レストランがある。
某大型ショッピングモールの一画を占める『リリコイ』という名の店がそうで、連日昼夜を問わず、整理券を配布する賑わいを見せている。が、おもしろい事に来店する客のおよそ八割方は実名であるその名を知らない。
そんな『リリコイ』で、この日の昼下がり、ある二人連れの客が人目を引いていた。が、それは別に、彼らがフォーマルなスーツを着ているせいではない。観光客だけでなく出張中のビジネスマンにも人気のこの店では、スーツ姿の客は意外に珍しくない。
また、その組み合わせが若い女と中年の男であるからという訳でもない。それは二人連れの種類としては確かに珍しい方かもしれないが、二人の関係が仕事絡みであることは服装より明らかであったし、何より、その間に人目を引く類の雰囲気はない。
そんな彼らを通りすがる誰もが一瞥する理由──それは彼ら自身というよりむしろ、そのテーブルの上にあった。
「ボス。いつも申し上げておりますが、こちらの店ではちゃんと我々二人で完食できる量だけを取ってきて頂きたいと──」
ブラウンのスーツを着た中年の男が、卓上の料理の山を持参したタッパーにせっせと詰めながら進言した。
その作業はやたらと板についており、手際にはまるで無駄がない。にも関わらず、テーブルが一向に片付かないのは、彼の作業速度を上回る勢いで新たな「戦利品」が次々と運ばれてくる為であった。
「ごめんなさい。どれも美味しいから、つい欲張ってしまって・・・」
ボスと呼ばれた黒いスーツの若い女が、五皿目のリンドサラダをテーブルのわずかな隙間に載せて席に着いた。一応謝ってはいるものの、その朗らかな笑顔と口調から、どうもあまり悪いとは思っていないらしい。
バトル・バイキング──実名より遥かに親しまれているその通り名の通り、ここは腕と腹の鳴るポケモントレーナー達の欲求を満たす聖地である。
ポケモンバトルの勝利とその勝ち方によって料理の種類と量が得られるこの店では、卓上の賑わいは自然トレーナーとしてのステータスを意味する。彼女達が他の客から文字通り一目置かれるのも、そういった事情によるものであった。
何はともあれ、彼女が着席したことでようやく食事が始められる。
男がそう思った、まさにその瞬間であった。
「ーーご来店中の皆様にお知らせいたします。なんと本日、当店の幻のデザートである『デラックスバイバニラパフェ』を、一点限りではございますがご用意できる事となりました。つきましては、13:00より争奪トーナメントを行いますので、エントリーをご希望のお客様は12:45までに各階のDコートへお集まりください。」
「!」
その瞬間彼女の顔がぱっと輝き、ようやく落ち着いたばかりの腰が嬉しそうに椅子を弾いた。
「ボス!今の私の話を──」
聞いていたかと男が言い終わらない内に、彼女はすでに席を離れていた。
「ごめんなさい、これで絶対最後にしますから!」
いたずらっぽく笑いながら手を合わせ、指定された場所へと走って行く。
まるで子どもだ。
(まったく。ボスとここに来ると、胃袋がいくつあっても足りない。)
そう思いつつも、そんな彼女に対して彼の愛想が尽きることは決してない。理由が何であれ、彼女の明るい笑顔が見られるのは喜ばしい事であるし、一点もののパフェならこれ以上タッパーが増える事もないだろう。
(やれやれ。今回は何日この弁当生活が続くことやら。)
むしろここからバイキングができるほどの量と品数の揃った卓上を眺めて、男は作業を再開した。
◇
その頃。
階段を上がった二階のテラス席にも、同じように山盛りの料理をもて余す二人連れのテーブルがあった。
「ねーヒノキ。おれもうおなかいっぱいだよ。もう一本もはいんない。」
こんがりと日焼けした手足を半袖と短パンから覗かせる少年が、フォークでマトマパスタを弄りながら向かいの連れにそうこぼした。
彼はアーカラ島にあるオハナ牧場の主の孫で、名はナギサという。
普段は両親と共にホウエン地方で暮らしているのだが、母親が第二子の出産を控えている為に、父方の実家であるオハナ牧場の祖父母のもとに預けられているのだ。
「何いってんだ。どれもこれも、お前が欲しいっつーから取ってきてやったんだぞ。ちゃんと責任もって自分のノルマは食え。じーちゃんにチクるぞ。」
正面で三杯目のホウエンラーメンをもくもくとすすりながら、オハナ牧場の母家の一室を間借りしているヒノキ・カイジュが少年を咎めた。
牧場主の祖父のワタリは基本的に孫に甘いが、畜産農家だけあって好き嫌いや食べ残しには厳しい。
もし調子に乗って取った分を食べ切れなかったと知れたら、説教だけではすまないだろう。
「食べ物を作るのがいかに大変かを知るため」の牛舎のそうじ、畑仕事、牧羊ポケモン達の世話等々、今度はお手伝いのフルコースが待っている。ナギサにとっては悩ましい事態だ。
「でも、どれもこれもこんなに欲しいとは言ってないよ。」
それはその通りだった。
品の数こそナギサがねだった結果であるが、皿の数に関しては観衆に乗せられたヒノキの勝ち方によるものである。
今度は彼が言葉に詰まる番だった。
「いや、まあ・・それはオレも聞いてねーけど。しょうがねえだろ。わざと手ぇ抜いて戦うなんてできるかよ。」
「じゃあヒノキの責任じゃん。」
「いやだからお前、そこは連帯責任でだな──」
そこに、件のアナウンスが流れた。
「パフェだって!幻だって!!」
そう言って、ナギサはことさらにはしゃいでみせた。
パフェに惹かれる気持ちは本当で、あながち全くの演技という訳ではない。が、今の彼にはそれ以上に打算があった。
すなわち、甘い物好きなヒノキならうまく乗せればきっと飛んでいくに違いない。
そうなれば、きっとこの食品ロス問題もうやむやにできるに違いない──という完璧な作戦が。
ところが、意外にも少年のその目論見は外れ、むしろかえって墓穴を掘る結果となった。
「何いってんだ。おまえもう食えないんだろ。食えるんなら、まずこれからだ。」
そう言ってヒノキは、ナギサの手でさりげなくテーブルの端においやられていた深皿を、どんと彼の真ん前に据えた。
「マーボーだけ食ってビスナは残すとか。おまえマーボービスナを何だと思ってんだ。せめてこれは完食しろ。」
捕食者に見つかってしまったヨワシのような顔で、ナギサはヒノキを見た。
今、大嫌いなビスナなんか食べたら完食どころか食べたものまで吐いてしまう。
その方がずっともったいないではないか。
しかし、そう言おうとしたところでヒノキに先手を打たれてしまった。
「いいか、これは
『いぇっサーロト!ナギサ、がんばロト!』
ヒノキのリュックから、ぴかぴかの赤いボディが飛び出してナギサの周りを周遊した。
試練。バトル。
どちらもアローラのポケモン少年の心を掻き立ててやまない言葉であり、それは居候のナギサとて例外ではない。
「うー・・・。でもぉ・・・」
口ごたえの言葉に詰まっている彼の頭をくしゃっとなでて、ヒノキは席を立った。
「さあ試練開始だ。お互いがんばろーぜ。」
そして、賑やかな雑踏の中へと消えていった。
◇
ナギサがそのスプーンの存在に気づいたのは、ヒノキの後ろ姿が完全に見えなくなり、仕方なくテーブルに向き直った時であった。
目の前の深皿に、さっきまではなかった美しい銀のスプーンが差してある。
ちょうど大人用のカレースプーンくらいの大きさで、装飾もないシンプルなデザインだが、それが却って美しい。
手にとってみれば、五歳の彼には確かに大きいはずなのに、なぜかあつらえたようにしっくりとなじむ。
しかし、不思議な事はそれだけではなかった。
(あれ・・・?)
嫌いなはずのビスナが、なぜか今ならすっと食べられそうな気がする。
意を決して一さじすくうと、おそるおそる口へと運んだ。
「!!」
それは、彼が今まで食べたビスナとは全くの別物であった──という訳ではなかった。
あくまで彼の知っているビスナである。
が、どういう訳か、それがたまらなく美味しいのだ。
むにゅむにゅで気持ち悪いはずの食感はとろりと柔らかく、なんとも言いがたいよく分からない味は、こくがありつつも淡白な、品の良い甘さに感じられる。まるで味覚が180度回転させられたようだ。
気がつくと、ビスナでいっぱいだった器はすっかり空になっていた。
もっとも、ナギサ自身は何が起きたかまだ飲み込めていないようで、不思議な銀のスプーンを様々な角度から当惑ぎみに眺め回している。
そんな彼の様子を集合場所から見ていたヒノキは、満足気に頷いた。
「みなさま、大変長らくお待たせいたしました。それではこれより、本日のデラックスバイバニラパフェ争奪杯を開始いたします!」
人だかりの先頭にいる司会のヘッドウェイターのアナウンスに、参戦者の間から歓声と拍手が起こる。
(さて。今度はオレの番だな。)
愛用の色褪せたデニムキャップのつばを少し上げて、ヒノキは前へ進み出た。