ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
【ここまでのあらすじ】
洞窟の奥で生まれたばかりのロコンを発見したリラは、一連の事態はキュウコンの霊が我が子を守ろうとする思いによるものだと気づく。そこでロコンの保護を認めてもらうべく、駆けつけたヒノキと共に彼女の力試しに挑む。
その戦いは、彼にとって生まれて初めての経験だった。
本当の自分とは。
ポケモンと心が重なった戦いとは。
誰かと共に戦うということは。
これほどまでに生きた心地のするものなのかと、震えが止まらなかった。
そんな心身が受け止めきれないほどの衝撃に、戦いが終わってなお立ち尽くしていたリラは、そのヒノキの声でようやく我に返った。
「ふぁーっ!!しんど。」
そう洩らすと、彼はどたりとその場にすわり込み、そのまま大の字に寝転んだ。しかし、その表情には確かに自分と同じ充実感が見て取れる。
そしてそんな彼の胸に、無邪気に這い上がる小さな朱い身体があった。
「死んでもあんだけつえーとか。オレが死ぬかと思っただろ。おまえのかーちゃん、何者だよ。」
ヒノキはそう言うと、腕をいっぱいに伸ばして、胸の上のその仔ぎつねを高々と抱き上げた。
ヒノキが持ち合わせていたモーモーミルクがその小さな身体の求めにばっちり応えたらしく、今やすっかり活気を取り戻している。
その傍に腰を下ろしたリラは、しばらくの間彼らを見守るように眺めていたが、やがて静かに口を開いた。
「ヒノキ。」
「んー?」
「やっぱり、きみの言う通りだよ。」
「何がー?・・・うぉっ!?こら!火はだめだぞ!!」
興奮してつい火の玉を吐き出してしまったロコンをしつけるヒノキに、リラは続けた。
「ぼくは、タワータイクーンなんて器じゃない。今のこの一連の戦いで、それが自分ではっきりわかったんだ。だから、きみに興味を持たれないのも当然だって。」
「ふーん。・・・んで?」
「とりあえず、オーナーに頼んでタイクーンから一般のタワートレーナーにしてもらおうと思うんだ。それならー」
そこで、ロコンを抱いたヒノキがよっ、と両足を上げてその反動で起き上がり、口をはさんだ。
「なに、おまえ、そんなにオレに興味もってほしいの?」
「!?ちっ、違うよ!!」
そうじゃない。
しかし、なぜだかじんわりと頬が熱くなる。
思考がおかしな方向へそれる前に、リラは急いで言葉を継いだ。
「そうじゃなくて。・・・だからその、きみが言ったように、ただのポケモントレーナーなら。この、そのままの自分でいてもいいのかなって。」
そして、抱えていた膝に視線を落とした。
そんなリラをヒノキはしばらくまじまじと見つめていたが、やがて再び寝転んでロコンをあやし始め、口を開いた。
「オレは反対だぞ。」
「え?」
「今の戦い、つーかオレやこのチビのこと必死で助けようとしてるおまえを見てたらさ。やっぱこいつはここのチャンピオンなんだって、そう思った。」
そこで一息つくと、リラが口をはさむ隙は与えずに、ついでに、と続けた。
「おかげで、やっぱチャンピオンってかっこいいよなとか思っちまったっての。」
ロコンをあやしながらの、ぶっきらぼうな口調。
しかし、それらの照れ隠しが却って彼の本心から出た言葉であることをリラに知らせた。
「だからさ」
んしょ、とヒノキは再び起き上がり、そして今度はきちんとリラを見て言った。
「おまえは今のまま、
「・・・それは──」
不思議な響きだった。
タワータイクーンのリラ。
分身と本体のごとく、相反する二人の自分。
それは、矛盾であるようにすら思える。
「・・・けど。今のぼくはひとりじゃポケモン一匹助けられないし、さっきのバトルにしたって、君やコンパンに何度も助けられて。その上、君の相棒にもこんなにー」
そう言いながらリラが顔を向けた傍らのユンゲラーには、確かに先刻のキュウコンとの戦いで受けた傷があちこちにあった。
攻撃手を務めながらコンパンや自分を炎の流れ弾から庇っていたのだから、無理もない。
しかし、その言葉尻はヒノキによって遮られた。
「ユン!」
その呼びかけと共に、ユンゲラーは右手のスプーンを両手で握り、目を閉じて念を込めた。たちまちその身体は七色の光に包まれ、見る間に傷が消えていく。回復技の『じこさいせい』だ。
「だから、その考え方が逆なんだよ。チャンピオンこそ、一人ぼっちじゃいけないし、自分が完璧じゃないって分かってなきゃいけないんだよ。」
そこでヒノキはロコンを膝に下ろし、またリラの方に向き直る。
「オレの夢見たんならわかると思うけど。オレの天才バカ兄貴は、そこんとこが分かんなかったから、全部を一人で背負いこんでただの最強の戦闘マシーンになった。でも、おまえにはそうなって欲しくない。今みたいに、ちゃんとオレ達のヒーローでいてほしいんだ。だいたい、その方が絶対強くなれるんだからよ。」
彼の言うことは、先刻のキュウコンとの戦いでリラも身をもって知った。
わが子にできる最期のこととして、文字通り死力を尽くして自分達に立ちはだかった彼女に、守るべき者と共に戦ってくれる者の存在が、驚くほどの力を生むことを教えられたからだ。
しかし、だからこそ彼は、その言葉を素直に受け取ることができなかった。
「・・・きみは、肝心なことを忘れてる。」
不意に目の奥が揺らぎ始めた。
声まで揺らぎ始めたら、気づかれてしまうかもしれない。
だから、半ばぶつけるような口調で言うしかなかった。
「今は君たちがいるから。だから、ぼくもこうしてそのままの自分自身でいられる。だけど明日、君たちがここを去ってしまえば、ぼくはまたひとりになる。君たちのいない元通りの日々の中で、それでも一人になるななんて。そんなの、どうしたってー」
目にも喉元にも、それは予想以上に早く込み上げてきてしまった為に、それ以上は続けられなかった。
抱えていた膝の中に顔も埋め、ぐっと腹に力を込める。
そうしてどうにか寂しさの大波をやり過ごしていた、その最中だった。
「・・・・?」
腕に伏せていた額に感じた、こつん、と軽い感触に、リラは思わず顔を上げた。
そして、その感触の正体をはっきりと目の当たりにした。
「確かにオレは、肝心なことを言い忘れてたな。」
そう言うヒノキの手によって眼前に突きつけられた赤と白の艶やかな球には、無数の細かな傷がついていた。
「こいつはもーちょいおまえに預かっといてもらうことにしたから。また忘れない内に渡しとくよ。」
ヒノキのその言葉に、リラは反射的に辺りを見回した。しかし、さっきまでそこにいたユンゲラーの姿はどこにも見当たらない。
「・・・それは・・・どういう・・・」
リラはそこで言葉に詰まった。何をどう訊ねればよいのか、自分でもまだ分かっていなかったからだ。
しかし、そんな彼とは対照的に、ヒノキは実にあっけらかんと答えた。
「ほら、たまーにいるだろ?なんでか人手に渡らないと進化しないやつ。こいつはそのクチなんだ。見た感じ、おまえもうこいつの扱い方分かってるみたいだし、ついでに進化も頼もうと思ってさ。」
そして、今度はそのボールを掌に乗せ、まだ困惑しているリラに差し出して言った。
「別におかしな話じゃないだろ?こいつが今より強くなれば、オレもこいつもハッピーだ。おまけにー」
そこで突然ボールが宙に浮き、リラの周りをくるりと一周すると、再び目の前のヒノキの掌に収まった。
「そんな
リラはまだ滲む目で改めて目の前のボールを見て、ヒノキを見た。
そしてそれを何度か繰り返した後、ようやく首を横に振ることができた。
「きみの気持ちはとても嬉しい。」
だけど。
「ぼくは簡単にはここを離れられないし、次はいつ会えるとも約束できない。互いにかけがえのない存在であるきみたちをそんな風に引き離すなんて、ぼくには──!?」
そこで彼が狼狽えたのも無理はない。
突然、ヒノキが膝を抱えていた右腕を掴み、その手を自分の掌のボールに置いたからだ。
そうして、リラの右手はヒノキの両手に包まれる形になった。
「おまえ、オレ達の
彼に手を取られるのは、これで今日三度目だ。
大きさは自分とさほど変わらないのに、その度にその手からは自分にはない力強さや頼もしさが流れ込んでくる。
「互いにカケガエのない存在だから、そんな風に離れたって平気なんだよ。それに、さっきも言ったけど。こいつが進化するためには、どのみちオレ達は一度離れなきゃいけないんだ。」
そしてそっと両手をほどくと、まっすぐに自分の目を見て言った。
「だからおまえは、引き離すんじゃなくて、結び直すんだよ。」
リラは今や自分の手が握っているモンスターボールを見つめた。
何かを言いたい気持ちははち切れそうなほど膨らんでいるのに、肝心の言葉が見つからない。
言わなきゃいけないことは、絶対にあるはずなのに。
「代わりに、このチビはオレが引き取るよ。」
もどかしい沈黙を気遣うように、ヒノキが再びすり寄ってきたロコンを抱き上げて言った。
もう、すっかり彼になついてしまっている。
「こいつがあのキュウコンのこどもだって知ったら、エニシダのおっさんたちがなんか余計なこと考えるかも知れないし、ちょうどいいだろ。オレがかーちゃんの代わりに愛情たっぷりに育ててやるよ。」
生まれて間もない赤ん坊のロコン。
戦うどころか、まずは健やかな身体を育むところから始めてやらなければならないだろう。
そんな光景を前に、不意にリラの頭にフユキの言葉がよぎった。
──あれは、本当に何にもできないところからポケモンと一緒に考えて、いちいち試して、そのたび反省して、そうして前に進んできたやつだからできるんだ。
「・・・やっぱりだめだ!こんなの、不公平だよ。きみはまた全てを一からやり直さなきゃいけないし、たとえユンゲラーが進化したとしても、いつ返せるかも分からない。結局、ぼくがきみに与えられるものなんて、何ひとつ──」
「あるさ。」
そこでヒノキはロコンを地面に下ろすと、大きな瞳を震わせるリラに真面目な顔で向き直った。
「おまえをひとりにしないってことは、オレがひとりじゃないってことだ。」
そして、にっと無邪気に表情を崩して言った。
「そしたら、オレも安心してチャンピオンになれるだろ?」
それに、と、まだ構ってほしげにすり寄るロコンのあごの下を撫でてやりながら、つけ加える。
「心配しなくても、そいつはいずれ必ず返してもらうし、ただ預けるつもりもねーよ。いいか、そいつは世界最強のフーディンにして返してもらうからな。とりあえず、オレがセキエイのポケモンリーグで優勝したら一回確めに来るからよ。」
「世界、最強・・・。」
いかにも男の子が好きそうなその響きを、リラは確かめるように繰り返して呟いた。
「ああ。だからさ、そん時こそ──」
そこでヒノキが首をぐいっと北へ向けたので、リラもつられてそちらを見た。
「あそこで勝負しようぜ。」
そう言って、夜空にそびえるバトルタワーのてっぺんを指差した。
その瞬間、リラの胸で何かが弾けた。
毎朝、水平線の彼方から射す陽光の中で漠然と思い描いていた人影。
それが、明日からははっきりときみになる。
ならなければならなかったものが、なりたいものへと変わっていく。
世界が、朝日のような眩しい幸せで輝いていく。
まるで、ぼく自身が自己再生をしているみたいだ。
「・・・約束する。」
そう言ってリラは今度は自らその手をヒノキに伸ばし、未来の再戦を契った。
◇ ◇
「・・・それで、ユンゲラーをタイクーンに?」
「ああ。でも、進化のための預け先のことは前からどうしようかって考えてた事だったし。ちょうど良かったよ。」
「やるなあ。おれなら絶対身近なだれかにするよ。それがフーディンとなればなおさら、進化した瞬間に返してもらえるように、さ。」
バトル・レセプション七日目の昼。
既にフロンティアを発ったクルーザーの船尾で、ヒノキはシェフレラとフユキに昨夜の出来事を話していた。
「それにしても」
会話に区切りがついたところで、シェフレラがぽつりと呟いた。
「タイクーン、これからもずっとあそこで生きていくのかな。」
その言葉に、傍らの二人も改めて遠ざかる戦いの塔を見る。
「ん。簡単には離れられないって言ってたからな。けど、大丈夫だよ。だって、今のあいつにはー」
ユンゲラーがいるから。
ヒノキがそう続けようとした時だった。
「『オレがいる』もんな?」
意味ありげな笑みを浮かべて自分の言葉をそう遮ったフユキに、ヒノキは眉の根を寄せて聞き返した。
「?おまえ、なに言ってんの?」
「冗談だよ。けど、リラって名前もそうだけど。ほら、あいつって、なんか、どっか・・・さ。え、おまえ、思わなかった?」
「はあ?だから、何がだよ。」
ますます眉根を寄せるヒノキの代わりに、シェフレラが割りこんでくる。
「それ、ぼくも思った!もしかして、って。でも、そんなこと聞けないから、結局ほんとのところは分かんなかったけど・・・」
そう話す彼の頬は、なぜかほんのり赤みを増している。
「いやだから、分かんないのはおまえらの話だっつの。何なんだよ、二人して。」
「それならそれでいいんだよ。なあ、シェフレラ?」
にやにやと笑いながらあいまいな言葉で濁すフユキと、それにこくこくと頷くシェフレラ。
そんな二人に業を煮やしたヒノキがたいあたりを食わせ、三つ巴になってデッキに倒れたところで、操縦室のエニシダからのアナウンスが流れた。
『はーい、みんなお疲れ様でした!あと10分くらいでミナモ港に着くので、忘れ物のないよう、降りる準備を始めてくださーい。』
それを聞いたシェフレラが、よろよろと立ち上がってメガネを直しながら呟いた。
「帰りはこのまま順調だといいけど。」
往路の出来事から不測の事態を心配する彼に、ヒノキは思わず笑って言った。
「おまえ、ほんっと心配症だなあ。大丈夫だよ、少しくらい遅れたって、オレがまたこいつと──」
そう言って腰に手をかけたところで、気がついた。
そんな自分を、シェフレラが気遣わしげな目で見ている。
──そうか、あいつはもういないのか。
ヒノキは改めてそのことを思った。
彼のテレポートのおかげでこの半年は遅刻知らずだった学校にも、これからは自分の足で間に合うように行かなければならない。
そうやって、日常の何気ない瞬間に少しずつ彼の存在の大きさを知っていくのだろう。
その時、港への間もなくの到着を告げる最終アナウンスが流れ、船が緩やかに減速し始めた。
「・・・ヒノキ。そろそろー」
柵を掴み、海を見つめて喋らなくなった彼に遠慮がちに声をかけたシェフレラを、フユキが制した。
冬の青空のようなその瞳がもう少し、そっとしておいてやろうと言っていた。
不思議な涙だった。
混じりっけのない、純粋な感情から溢れる涙がこれほどまでに清々しいことに、ヒノキは驚かずにはいられなかった。
こんなに素直に泣けるのは、いつ以来だろう。
七歳の誕生日に、兄から贈られたケーシィだったあいつ。
時間にすれば、一緒にいたのはわずか一年半に過ぎない。
しかし、その間にそれまでの
ーいつでも、いっしょにいるから。
レセプション初日の夜。
スクリーンの中のリラに孤独な頂点であった頃の兄を見た瞬間、ヒノキはこの頭の良い相棒が自分をこのホウエンの果てに連れてきた理由を理解した。
そして、そんな彼がにこにこと目を細めながら伝えた、その念の意味するところも。
あの頃の兄と同じ境遇にいるリラを自分に助けさせること。
それによって胸で燻る自責の念を解き、無理やり蓋をした憧れを取り戻させようとしていること。
そうやって、自分を助けようとしていること──。
「・・・・あー。しょっぱ。」
ひとしきり泣いた後、手の甲でごしごしと目と鼻をぬぐい、ヒノキは顔を上げた。
ぐしゃぐしゃの顔とは反対に、胸の中はまっさらにすっきりとしていた。
これ以上泣いている暇はない。何しろ、もう再会へのカウントダウンは始まっているのだ。
水平線の彼方にそびえる塔は、もう針のようにかすかになっている。
──オレも、行かなきゃ。
そして踵を返して塔に背を向け、駆け出した。
はるか遠い約束の場所で、再び会うために。
これにて15年前編ことバトルレセプション編は完結となります。ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。温かい目やお言葉やお心遣い、本当に励みになります。
この場があまり長くなるのも何なので、振り返りは活動報告にて。
今後に関しては、これよりまた少し書く時間を頂きまして、次回からはこの五年後を描いた10年前編をお送りしたいと思います。
内容としては、ポケスペのバトルフロンティア編の設定を拝借した独自展開という感じの予定です。
プロローグのくだりも出てきますので、そちらの要素も楽しく織り込んでいけたらと考えています。
それでは、今度ともなにとぞ本作をよろしくお願いいたします。