ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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結局12000字を超えてしまいました。
くれぐれも平均文字数には騙されないようご注意ください。
ちなみに、↑は【ずのうせん】ではなく【ヘッドとのブレーンせん】と読みます。


【前回の要点】
前日に引き続き、再び異常が現れたバトルファクトリーのマザーコンピュータ。そこに現れた謎のメッセージの誘いを受け、ヒノキは共有ポケモンで戦うファクトリーのバトルに挑戦することとなる。



45.10年前⑤ 頭脳戦

 

 

 【七月二日 夕】

 

 

ーピピピピピピピ。

 

 ファクトリー・エンジニア達とマザーコンピューターの異常の解明に取り組んでいたダツラのポケナビが鳴ったのは、午後六時を少し回った頃であった。

 

「ちょっと、行ってくる。」

 

 その一言が意味する状況を、エンジニア達はもちろん知っている。一度作業の手を止め、お疲れ様です、と口々に声をかけた後、彼らは再び各々の作業に戻った。

 

(思ったより早かったな。)

 

 バトルルームへと続く自身専用の通路を足早に歩きながら、ダツラはそんなことを考えた。最初にルールを説明した時の彼の困惑した表情を思うと、あれから四時間という所要時間(タイム)にはそんな感想を抱かずにはいられない。

 既にフィールドへと続くゲートは目前であったが、白衣のポケットからナビを取り出すと、第一戦目から立ち会っていたタイクーンの番号を押した。

 

「おお、リラ。どうだ、チャンピオンのお手並みは?」

 

 ちょうどその時ゲートが開き、ダツラは下から、リラは上から相手の姿を認め合った。そのために直接と間接の二重の響きを持ったリラの答えは、ダツラの耳に立体的に届いた。

 

「戦えば、じきに。」

 

 分かる。そう頷いた二階のギャラリーの彼の口元は、微かに綻んでいた。

 

「だな。よし、さっそく始めるか。」

 

 ナビをポケットしまい、バトルフィールドへと進み出る。

 そうして目の前に迎えた少年が確かにここで二十の勝利を積み重ねてきたことを、彼自身の変化で悟った。

 

「説明を聞いた時は、わりとマジで正気かよって思ったんだけどさ」

 

 顔馴染みの大人に対する人懐っこい口調に、ダツラは改めて彼がまだ十代前半の子どもであることを実感する。そしてその一方で、大人でもそうは見ない確たる雰囲気を放っている。

 ちょうど今、二階から見守っている自分達の長がそうであるように。

 

「でも実際やってみたら、配られたカードで勝負するってのもなかなかおつなもんだな。」

 

 そう話す彼の表情に、挑戦前の戸惑いはない。

 むしろ、その戸惑いの理由であったはずの不自由と不安を楽しんでいるようにさえ見える。

 

 そんな勝負心を容赦なく刺激してくる少年の言葉に、思わずダツラも声が高くなった。

 

「・・・挑戦者ヒノキ!どのような経緯があれど、試合は試合!このダツラ・メッテル、ファクトリーヘッドの称号()にかけてお前のその『知識』、全力で試させてもらう!」

 

 人工知能の審判が右腕を高々と上げ、戦いの始まりを告げる。

 

 

『試合開始!』

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ダツラ。少しだけ、彼にヒントをあげてもいいかな。」

 

 予選開始の二十分前。

 施設の主の了承を得たリラはゲートの前へと進み、そこで六つのボールを前にあぐらをかいて唸っている友人の隣にしゃがんだ。

 

「なんつーかさ」

 

 リラが声をかけるより先に、ヒノキが口を開いた。

 眉根の寄った険しい目は、そのまま六つのボールを見つめている。

 

「相手のイメージが全くないから、選ぼうにも何を決め手にすりゃいいのかが全然見えてこないんだよな。おまけに覚えてる技も、よく分からんチョイスのやつばっかだし・・・」

 

 困り果てた声でこぼされるその言葉を、リラは頷きながら聞いていた。

 まるで、そこに晒された弱気を受け止めるように。

 

「そうだね。」

 

 少しの間の後に、静かな声でリラが話し始めた。

 

「確かに、相手の情報が全くないバトルのメンバー選定は難しい。しかもそれが初対面のポケモン達からとなれば、ビジョンが見えてこないのは当然だよ。」

 

 そこでヒノキは顔を上げ、隣の友人の顔を見た。

 寄り添うようなその口調と表情に、何かがほぐされていく気がする。

 

「だから、そんな時は思い切って発想を逆転させてみるんだ。」

 

「発想を逆転・・・?」

 

「そう。相手が分からない以上、『対策』を取るのは難しい。それなら、こちらからゲームメイクをするつもりで考えればいいんだ。そうすると、自ずと求める像が結ばれてくる。一番手のポケモンには何をしてほしいのか、それを引き継ぐ後続の二体の役割は何なのか。こんな時こそ『自分の戦い方』を大切にするんだ。」

 

「・・・なるほど。そう言われると、確かにちょっとなんか見える気がする。」

 

 ヒノキの反応に頷き、リラは更に続ける。

 

「そういう視点で考えると、一見いまいちに見える技構成にも、その意図が見えてくる。そうやって、ここのポケモン達は状況とタイミングが合えば必ず活躍できるよう育成されているんだ。」

 

 そこでヒノキは再び六つのボールに目を瞠った。

 そして、笑った。

 

「・・・すげえな。」

 

 その強張った苦笑が少なからぬプレッシャーの裏返しである事は、リラにはすぐ分かった。

 それは、かつての自分の影だった。

 頂点に負けは許されない──その影が今、新たにトージョウのチャンピオンとなった友人へ忍び寄っている。

 

 

 だから。

 

 

「・・・これは、他のブレーン達には内緒だけど」

 

「ん?」

 

 ダツラの方を伺いながら声を落としたリラに、ヒノキもつられて声を潜めた。

 

「正直、ぼくは七つの施設の内ではここが一番楽しいと思ってる。」

 

 そう言っていたずらっぽく微笑んだ友人に、ヒノキは何度も目を瞬いた。生真面目な彼が、そんな表情でそんな事を言ったのが意外過ぎて、とっさに返す言葉が浮かばなかったのだ。

 しかし、ヒノキのそんな反応すら楽しんでいる様子で、リラは続けた。

 

「確かに共有ポケモンには、クセや能力値の面から公式試合には不向きなポケモンも多い。でも、だからこそ、思いがけないポケモンが思いがけない展開で、思いがけない活躍を見せるんだ。ポケモンリーグではとても日の目を見られないようなポケモン達が試合をひっくり返し、勝負を決める。ここでは、そんな事が当たり前に起こるんだよ。あの感動と興奮は、他ではちょっと味わえない。」

 

 だからさ、と楽しそうに彼は続ける。

 

「きみにもそれを楽しんでもらいたいんだ。こんな時に不謹慎かもしれないけど、でもフロンティア(こ こ)はやっぱりポケモンバトルを楽しむための場所であってほしいから。」

 

「・・・けど。もし──」

 

「途中で負けてしまったとしても、ここでは失うものは何もない。命はもちろん、お金もバトルポイントもそのままだ。そして、何度でも再挑戦ができる。ブレーン全員で最初に決めた、全施設共通のルールだ。」

 

 そう言ったリラの顔を、ヒノキはじっと見た。

 そして改めて、こいつ、ほんとにきれいな瞳ぇしてるよな、と思った。

 

「だからもし、この挑戦を仕組んだ何者かが負けを理由にきみから何かを奪おうとするなら。その時はぼくが戦う。このフロンティアを統べる者として、全力で。」

 

 そこでヒノキは視線をリラからボールに移し、一つずつ手に取って検分するふりをした。我ながら情けないとは思いつつも、これ以上彼を見ていて泣かない自信がなかった。

 

「わかった。とにかく、やってみるよ。」

 

 ほんの少し震えてぎこちないその返事に、リラは頷き、立ち上がった。そして彼への助言を許してくれたファクトリーヘッドの元へ向かい、礼を言った。

 

「もういいのか。」

 

 相変わらずマザーコンピューターの前で忙しくキーボードを叩きながら、ダツラが短く訊ねた。

 

「ああ。」

 

 今しがた離れた友人を眺めながら、リラもまた短く答えた。

 それから、つぶやくように付け加えた。

 

「彼は来るよ。ぼくたちのところへ、必ず。」

 

「・・・そうか。」

 

 そいつは楽しみだ、とダツラが返したところで、一瞥したヒノキが腰を上げた。そして彼が本当に自分の元へと歩いてくるのを見て、少し笑った。

 

 

 ◇ 

 

 

 フィールドの中央に向かって放たれた二つのモンスターボールから起動光が切れ、二体のポケモンが現れた。

 一体は自分の繰り出したヤミラミ。

 そして、もう一体は──

 

(ドククラゲ、か。)

 

 なかなか手堅く来たな、とダツラは胸の中で呟いた。

 

 この、互いに配られたカードでの勝負となるバトルにおいては、先鋒の一体というのは少なからずトレーナーの性格を反映する。そしてブレーン同士で練習試合を重ねる内に、ダツラはその傾向をおよそ三種のタイプに類別していた。

 

 まずは、火力の高いポケモンでがんがん攻め込んでくる、第一のタイプ。

 仲間内では、試合に派手さを求めるヒースやバトルガールを地でいくコゴミ、一撃必殺やリスクの高い大技でギャンブル要素を楽しむジンダイがこのタイプに当たる。自然、選ばれるポケモン達も物理か特殊のどちらかの攻撃力に秀で、耐久力や素早さは二の次という型が多い。

 

 次に、最初は相手や自分のステータスを上下するいわゆる「積み技」や状態異常をもたらす技を駆使し、じっくりじわじわと長期戦に持ち込む第二のタイプ。

 このタイプのトレーナーが最初に投入するのは、パワーやスピードは劣る代わりに耐久力に優れたタフなポケモンが多い。ブレーンの中では、搦め手戦法を好むアザミや年相応の落ち着きで虎視眈々と勝機を狙うウコンなどがこれに当たる。

 

 そこへ来ると、このドククラゲというポケモンは、そのどちらとも判じ難い選出(チョイス)であった。

 まず思い浮かぶのは特殊攻撃に対する耐久力だが、それでいてスピードも決して悪くはない。攻める力は平均というところだが、ある程度威力のある技があれば、十分戦力になる。最たる懸念要素である物理攻撃に対する打たれ弱さも、多彩な補助技の一つでカバーできる。

 

 出てきた相手に合わせて、どんな方向にも転じることのできる第三の類型。

 それはすなわち──

 

 

(おれや、リラと同じタイプという訳か。)

 

 

 先鋒となる一体目には「試合の流れを決める」ことを託し、臨機応変に進退を切り替える。そんな相手に勝つためには、力も根気ももちろん大事だ。しかし、最も求められるのは、それらを最大限に運用するための──

 

 

知識(knowledge)!)

 

 

 くつくつと湧き上がる高揚に、ダツラは思わず笑みをこぼした。

 そして、少しだけ、戦う理由を忘れて戦おうと決めた。

 

 

 ◇ 

 

 

「うーん。そう来たかぁ。」

 

 相手の放ったボールから現れたポケモンに、ヒノキは一人ごちた。

 

 先発はなるべくふろしきの広いやつにしたい。

 その意味では、自身の繰り出したドククラゲという判断に後悔はない。属性・ステータスともに穴が少なく、技の構成も手堅い。ぶつかった相手との相性が良ければそのまま攻めればいいし、悪くとも交代前にできる事がある、先鋒としてはほとんど理想的と言っても良い個体だ。しかしそのどちらにも寄らない場合は、当然相手に応じて判断しなくてはならない。

 

 くらやみポケモン、ヤミラミ。

 進化をしないポケモンに多い、偏りの少ないステータスの持ち主ではある。が、その水準はお世辞にも高いとは言いがたく、ポケモンという生物全体で考えれば、せいぜい中の中か下というところだろう。習得するわざも、生息地である洞窟内で出会う限られた敵を撃退するために必要最低限な護身術、という印象が強い。

 

 が、このヤミラミというポケモンには、現在発見されている全てのポケモンと一線を画す、ある性質があった。

 

(弱点がないとか、アリなのか?)

 

 カントー、ジョウト、そしてこのホウエンにおいても他に類を見ない、ゴースト/あくの複合属性。現在確認されている中で、この二つを同時に貫ける属性は存在しない。それが、このヤミラミというポケモンの最大の特徴(クセ)であった。

 

 

 しかし、今回はそれが選択肢の決め手となった。

 

 

「ドククラゲ!『ちょうおんぱ』だ!」

 

 人間の耳には拾えない周波数の音波に、ヤミラミが実体の薄い頭を抱えて悶える。が、彼は半分残った理性によって、主の命を遂行した。

 

「ヤミラミ!おまえも『あやしいひかり』だ!」

 

 ダイヤ状に結晶した巨大な双眸が怪しく光り、今度はドククラゲが無数の触手で頭を抱える。

 

「いいぞ!よくやった!」

 

 そして、ファクトリーヘッドは二つのボールを順に放った。

 これで相手にも「交代」の選択肢が生まれた。

 迷いを与え、調子を乱す。

 それがダツラの狙いだ。

 

 先に投げたボールにヤミラミが吸い込まれ、後のボールから二体目が現れる。あばれうしポケモンのケンタロスだ。

 

「さあ、行くぞ!」

 

 しかし、そのケンタロスが猛々しく威嚇をした瞬間。細かな氷の粒を抱いた凄まじい冷気が、その四肢に容赦なく噛み付いた。

 

「これは・・・『こごえるかぜ』!?」

 

 放ったのはドククラゲ。しかし、その顔に先の混乱の気配は見て取れない。

 対戦相手の少年が、にっと笑った。

 

「ちっ・・・きのみか!」

 

「当たり。あるんだよな、こーゆーこと。」

 

 そう、ドククラゲのもちものは『キーのみ』。混乱を鎮める効用のあるそれがあれば、この場を退く必要はない。

 つまり自分は最初の一手を無駄にし、さらに二体目という貴重な情報をほぼ無償で提供したことになる。となれば、なんとしてもそれだけの価値があった展開にしなければならない。

 

「ケンタロス!思う存分あばれろ!!」

 

 ケンタロス。

 今でこそ新種の登場や対戦環境の変化等によって公式戦で姿を見る事は減ったが、かつてのカントーリーグでは上位入賞者の八割がパーティーのエースに据えていた。そしてその戦闘能力は、花形の座を退いた事で褪せるものではない。

 

「!頭を守れ、ドククラゲ!!」

 

 しかし時既に遅く、理性をかなぐり捨てたその猛撃は、不意の動きでドククラゲの額の水晶体にヒビを入れた。この種の最大の急所だ。

 

(今のは痛いな。)

 

 今から『バリアー』を張ったところで、この猛攻を凌ぎきることはできないだろう。そして『ねむる』ことのできるポケモンが『カゴのみ』を持っている確率が高いように、『あばれる』や『はなびらのまい』を習得をしているポケモンは『キーのみ』を所持している確率が高い。

 すなわち、ここでの『ちょうおんぱ』は無駄打ちに終わるリスクがある。ちょうど、先のヤミラミのように。

 となれば──

 

「『ヘドロばくだん』だ!」

 

 凄まじい悪臭を放つどす黒い弾が炸裂し、相手もまた少なくないダメージを負う。ケンタロスの『いかく』によってそのパワーが削がれていないのは、とくせいの『クリアボディ』に守られたためだ。

 そして今、ドククラゲよりすばやさに優れたケンタロスに対して先手が取れるのは、先の『こごえるかぜ』がこの暴れ牛の機動力を奪ってくれたおかげである。トージョウリーグでは威力がない割に命中率に難がある為に使用率は殆どない技だ。

 

 本当に、この共有(レンタル)ポケモン同士のバトルには学ぶ事が多い。

 

「!?どうした、ケンタロス!!」

 

 そこで、双方予想外の事態が起きた。

 暴れていたケンタロスが急に四肢を折り、力尽きたのだ。先の『ヘドロばくだん』の毒が回ったらしい。

 

「っしゃあ!でかしたドククラゲ!」

 

 快哉を上げるヒノキとは対照的な渋い表情を浮かべながら、それでもダツラは冷静に次のボールを投げる。

 

「・・・ヤミラミ!頼むぞ!」

 

 現れたのは先ほどのヤミラミ。

 次の一撃は耐えられないだろうが、先手の『ちょうおんぱ』で混乱させる事ができれば、運が良ければもう一ターン、ドククラゲの寿命は延びる。さらに運が良ければもうニターン、そして最高に運が良ければ──

 

 

 しかし、そこでヒノキは現実に引き戻された。

 

 

「え・・・」

 

 突然、ズゥン、という音を立てて崩れた目の前のドククラゲに、何が起きたのか理解できなかった。

 

「油断したな。」

 

 絶句しているヒノキに、ダツラが笑った。

 

「ヤミラミならば、さっきのように先手を取れると考えていたのだろう?そして、先制で『ちょうおんぱ』をかけることができれば、もうワンチャンスが望める、と。」

 

 そこでヒノキはヤミラミを見た。目が合うと、大きすぎる不気味な口をニカッと開いて、ケタケタと笑いながら得意げに手を叩いた。その所作で、ようやく彼は理解した。

 

「すっかりだまされちまったな。オレ、ネコじゃねーのに。」

 

 ねこだまし。

 技というにはあまりにも程度が低すぎて、ボールから出てすぐにたった一度、相手の出鼻をくじけるだけの技。

 

 そんな技に、足をすくわれた。

 

「・・・まさか、こうなることを予想して、さっきはあえて使わなかったのか?」

 

「まさか。ただ知っていただけだ。こういうこともある、とな。」

 

 

──思いがけないポケモンが、思いがけない展開で、思いがけない活躍を見せるんだ。

 

 

 試合前のリラの言葉が改めて胸に響く。

 

 

「ありがとう。本当によくやってくれた。」

 

 礼を述べてドククラゲを戻し、残った二つのボールを見比べた。

 

「よーし。んじゃ次はおまえだ!」

 

 間もなく、ヒノキの放ったボールからもポケモンが現れた。

 ジョウト原産の首長のライトポケモン、デンリュウだ。

 

 互いに属性の良し悪しはなし(尤も、ヤミラミにおいては『悪し』はそもそもあり得ないが)。どうやら、各々の能力と技が勝負の命運を決めそうだ。

 

「『あやしいひかり』!」

 

 先に動いたのは、ダツラのヤミラミだった。デンリュウも決してすばやいポケモンではないが、どうも先ほどの『ねこだまし』によって勢いづいているらしい。

 

 再び、ダイヤ状の眼がギラリと怪光を放つ。

 そのあまりの眩さにデンリュウは思わず目を瞑ったが、網膜に焼き付いた残光は既にその視覚路を惑わせていた。

 

「デンリュウ!しっかりしろ!」

 

 短い手が幸いして自傷行為には至らないものの、不安定に揺れる長い首が転倒を誘い、起き上がりを阻む。

 

「ヤミラミ。今のうちに『かげぶんしん』だ。」

 

 そこで混乱するデンリュウに追い打ちをかけるように、無数のヤミラミの虚像が円を描いてその周囲を囲んだ。

 

「そして、『だましうち』!」

 

 大した威力ではないものの、着実なダメージが入る。しかしその一撃が気付けとなったのか、ようやくライトポケモンの混乱が解けた。

 

「デンリュウ!『あまごい』!」

 

 にわかにフィールドが暗くなり、どんよりとした黒雲が天井を覆う。そして間もなく、大粒の雨がフィールドの床に弾け出した。

 

(『かみなり』をしかけてくるつもりか。)

 

 『かみなり』という技は、凄まじい電気エネルギーを要する。そして、多くのポケモンにとってはその大きなエネルギーの制御が難しいために、狙った場所に落とせるのは、良くても七割程度の確率とされる。が、こうして『あまごい』でその膨大な量の電気を生み出す雲を作れば話は違う。

 自ら発電・放電する負担がなくなり、空にあるエネルギーのコントロールだけに専念できる為、ほとんど100%の精度で雷を狙った場所へ落とすことができるのだ。

 

 

 しかし。

 

 

「ヤミラミ!もう一度『あやしいひかり』だ!」

 

 再び、混乱がデンリュウを襲う。

 その間にヤミラミは『かげぶんしん』で回避率を上げつつ、『だましうち』で少しずつ、しかし確実にデンリュウの体力を削っていく。

 

 その時、頭上の黒雲が激しく明滅し、直後にバリバリと空間が割れるような雷鳴を響かせた。まるで地上のデンリュウに「いつでもOKだ」と報せるように。

 

 が、その空からの合図を読み取ったのはデンリュウとヒノキだけではない。

 

「分かっているだろうが、『かみなり』を必中させられるのは正常な精神状態と狙う的が明らかであればこそ!その混乱状態とこの無数の影分身(ダミー)の前ではその限りではないぞ!!」

 

 ハンチングの庇を浸透して顔に滴る雨を拭いながら、ダツラは叫んだ。その顔は、いつの間にか笑っていた。そしてその事実を突きつけられた少年もまた、ぐっしょりと雨を吸った愛用のデニムキャップの下で笑っていた。

 

「いいや、必ず当たるさ!!本物なんか、分からなくってもな!!」

 

 盛んに轟く雷鳴と、更に勢いを増した雨音に負けじとヒノキは叫んだ。

 

「デンリュウ、何も考えなくていい!おまえはただ(そら)に任せて撃て!」

 

 混乱した頭で、それでも『すなお』な性格の彼は、この戦い限りの主人のその言葉を信じた。

 再び閃光と、鼓膜を破砕するような轟音、衝撃、煙。

 そして──。

 

 

「何故だ。」

 

 

 雷に砕かれたフィールドの真ん中で、黒焦げで伏している自身のくらやみポケモンを見たダツラが呟いた。

 それに答える代わりに、ヒノキはポケモン図鑑のあるページを開いて見せ、ボリュームを最大にして音声ガイドを流した。

 

『ヤミラミ。くらやみポケモン。するどい ツメで つちを ほり いしを たべる。いしに ふくまれた せいぶんは けっしょうとなり からだの ひょうめんに うかびあがってくる。』

 

 その説明で、知を重んじるファクトリーヘッドは真相を理解した。

 

「・・・ヤミラミが摂取した鉱石の金属成分が『被雷針』になると踏んでいたのか。」

 

「前に、どこぞの石オタクに採掘に付き合わされた事があってさ。その時に、こいつが暗い洞窟の中で金属臭をぷんぷんさせながらガリガリ石食ってたのがインパクト強かったんだ。」

 

 

 少年の答えに、ダツラは改めてその事を思った。

 ここはバトルファクトリー。

 挑戦者の『知識』を試す場所。

 

 

「・・・ははは!!いいぞチャンピオン、最高だ!!なら、これならどうだ!」

 

 ダツラの放ったボールから飛び出した瞬間、その影はヤミラミによって削られていたデンリュウの体力を一撃の元に奪いきった。

 

「デンリュウ!!」

 

 そこでヒノキは相手の最後の一体を確認した。

 おたまポケモン、ニョロボン。ケンタロス同様、カントーとジョウトを本拠地とする彼にはなじみのあるポケモンだ。

 

 よくがんばってくれた、と労いの言葉をかけて、ヒノキはデンリュウを戻した。そして、まだ手つかずであった唯一のボールを高く放り投げた。

 

 

 互いに、最後の一体。

 相性次第では、現れた瞬間に勝敗が決することもある。

 そして今のダツラには、その可能性が十分あった。

 

 

──頼む。

 

 

 ダツラは胸の中で、ヒノキは声に出して。

 異口同音に叫ばれるその思いに応えるかのように、最後の一体はフィールドに姿を現した。

 

 

「こいつが、オレのトリだ。」

 

 

 いろへんげポケモン、カクレオン。

 ホウエン地方の緑豊かな地域に生息し、その擬態能力は特殊な機器を使わなければ見破る事ができないほど優れている。

 

 ゴーストではなかった。

 どころか、相性だけで見れば自分に分がある。

 とはいえ、である。

 

(一撃は難しいだろうな。)

 

 このニョロボンの持つかくとうタイプのわざは『かわらわり』のみ。防御壁を砕けるという素晴らしい特徴があるものの、技自体の威力は決して高くない。ましてや、元々泳ぐ為に発達したニョロボンの腕力では、好相性といえど無傷の相手を一撃で沈めるのは困難だ。

 おまけに──。

 

(あの『とくせい』が面倒だ。)

 

 カクレオンは物理的な攻撃に対する防御力はさほど高くないが、受けた技の属性に変化する『へんしょく』という固有の特性を持つ。もし一撃で仕留められなければ、せっかくの相性のアドバンテージはなくなり、むしろ逆転を許す芽になり得る。だから、なんとしても一撃で仕留めなければならない。

 

 しかし、このニョロボンはそれが可能となるように仕上げられていた。あとはそのプロセスを『知識』をもって正しく組み立てるだけだ。

 

(『さいみんじゅつ』は成功率にやや難がある。それに、もし相手のもちものが『カゴのみ』や『ラムのみ』だったとしたら?)

 

 この局面でのターンロスはいうまでもなく致命的であるし、何より知を試すブレーンとして同じ轍を踏むわけにはいかない。それならば、先に『はらだいこ』を行うべきではないか。

 

(・・・いや、だめだ!)

 

 自分の属性を変えてしまう特性の持ち主だけあり、カクレオンは様々な属性の技を覚える。ニョロボンの弱点を突ける『サイケこうせん』もそのひとつだ。

 『はらだいこ』は体力の半分を攻撃力に換える技。もし残った体力で相手の一撃を耐える事ができなければ、それまでだ。

 

「カクレオン!行くぞ!」

 

 ヒノキの声に反応したカクレオンが、ふうっと背景に溶けた。

 一瞬とは思えないほど密度の濃い逡巡の末、ダツラが出した判断(こたえ)は──。

 

「ニョロボン、うしろだ!『さいみんじゅつ』!」

 

 ニョロボンが素早く身を翻し、腹を突き出す。

 そして、その大きなうずまきがぐるぐる回りだしたかと思うと、一呼吸置いて眠りこけたカクレオンが姿を現した。不意をつかれ、うずから目をそらす暇がなかったのだろう。

 

「・・・よく分かったね。」

 

「おまえが降らせてくれた、この雨のおかげだ。雨粒の動きに違和感が見えた。」

 

 答えながら、ダツラは盤面が確かに自分に傾きつつあるのを感じていた。自然、声にも張りが増す。

 

「さあ!ニョロボン、今こそ『はらだいこ』だ!」

 

 『さいみんじゅつ』なら、かけ損じて一撃を食うにしても『ねむる』で仕切り直せる。ニョロボンのもちものの『カゴのみ』がそれを可能にしてくれるからだ。それが、ダツラの判断が『さいみんじゅつ』を選んだ経緯だった。

 不思議なもので、心に余裕が生まれると事態まで好転するらしい。結果、その余裕がカクレオンの位置を彼に見抜かせ、『さいみんじゅつ』が決まった。

 

 ボン、ボボンとニョロボンの奏でる低く腹に響くような律動が辺りに木霊する。

 

 

 ところが、そこで予想外が起きた。

 眠っていたカクレオンが、むくりと起き上がったのだ。

 

 

「ちっ。『はらだいこ』が目覚ましになったか。」

 

 予想よりも早い目覚めを、ダツラはそう捉えた。しかし、ニョロボンは既に最大のパワーを得ている。

 

「カクレオン!いったん下がれ!」

 

 その声に従い、カクレオンはヒノキの元へ退いた。

 そして耳に打たれた次の指示に頷くと、再び姿を背景に溶け込ませた。

 

「残念だが、もう目くらましは無意味だぞ!」

 

 既に雨は上がり、雲も晴れている。しかし、それでもなおダツラとニョロボンにはその位置が正確に分かった。

 元の天井(そら)から降り注ぐ、眩しい照明。

 それは、あくまでも擬態にすぎないカクレオンの消失の致命的な弱点を照らし出していた。

 

 白い床に映える黒々とした影に向かって、ニョロボンが身を構える。

 その時だった。

 

「『シャドーボール』!」

 

 突然、そのカクレオンの影が球となってニョロボンめがけて飛び出した。が、その優れた動体視力と身体能力が直撃をかわし、わずかに左肩を掠める程度に留まった。

 

 しかし。

 

 

(・・・・?)

 

 

 その瞬間、ダツラの胸に強い違和感が過ぎった。が、既に目前の勝利に占められていた彼の頭は、それを分析することができなかった。

 

「悪あがきはそこまでだ。」

 

 間もなく、カクレオンが再び姿を現した。

 自身と異なる属性の特殊攻撃を放った負荷(はんどう)で、彼女は無防備に息を弾ませている。そしてそんなカクレオンの前に、ニョロボンは見下ろすように立ちはだかった。

 

 

──勝った。

 

 

 そう叫びたい衝動を必死に抑えて、ダツラは努めて冷静に声を張った。

 

「さあ、決めろ!ニョロボン!『かわらわり』だ!!」

 

 ニョロボンの右肩の筋肉がぐっと盛り上がり、手刀が高々と振り上げられる。

 そして──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身の腹を、打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・は。」

 

 あまりの展開に、ダツラは一瞬言葉を失った。

 

「何をやっている!?『かわらわり』だと言っただろう!!」

 

 肝心過ぎる場面で決めそこねたおたまポケモンに、思わず声を荒げて再度その技を指示する。が、当のニョロボン自身も訳が分からないという風に、困惑した表情で腹を叩き続けている。

 

 その拍子に、ニョロボンの左の手首からぴらりと何かがほどけた。幅約7、8cm程に見える白く細いそれは、手首よりむしろ、頭に巻くべきもののように見える。

 

「・・・まさか」

 

 頭に浮かんだひとつの可能性に対して洩れたその呟きは、余りある受け入れがたさの為に掠れていた。

 しかし、確かにニョロボンの体の一部ではないそれは、その推測が限りなく現実的であることを彼に知らしめていた。

 

「あの寝覚めの良さは、『はらだいこ』ではなく()()()()()()()()()()()()()()()だったというのか・・・!?」

 

「『トリック』はタイミングが命だからな。『さいみんじゅつ』の直前にスッたカゴのみを口に入れておいて、術中にバレにくいとこにこっそりこいつのこだわりハチマキを巻きつける。後は術の終わりに合わせて寝たフリすれば、根回しは完了だ。」

 

 ダツラは『さいみんじゅつ』が決まった時、流れは自身に傾いていると感じた。しかし、その時点ですでに自分が敵の流れの中にあったのだ。

 

「けど、途中ちょっと焦ったよ。オレとしては、ハチマキの対象になる技は『さいみんじゅつ』のつもりだったからさ。だから、次の技が『はらだいこ』で本当に命拾いした。あそこで『かわらわり』をされていたら、だいぶ状況は変わってただろうな。」

 

 あのタイミングで、かわらわり。

 わざの威力と相手の特性、そしてそれらを解決する『はらだいこ』に囚われて頭をかすりもしなかったその選択肢に、ダツラは仮想を巡らせた。

 

 あえて『はらだいこ』をせずに、眠っている間に直接一撃。たとえそれで倒しきれずにカクレオンが『かくとう』タイプに変わっても、巻かれていた『こだわりハチマキ』の力でかなりの痛手となっていただろう。そして、さっきの場面でとどめの──。

 

 

「・・・・・・!!」

 

 

 気がつけば、頭からつかんだハンチングを床に叩きつけていた。

 何よりも、知識が仇となったことが堪らなかった。

 

 

「さて。それじゃあ決めようか、カクレオン。」

 

 すっかり呼吸も整い、体勢を立て直したカクレオンが再び自身の影を丸め始めた。それを見たダツラは、ようやく先ほど過ぎった違和感の正体に気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ニョロボンの影が、ない(ス キ ル ス ワ ッ プ)

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャドーボール。」

 

 

 特性を取っかえられ、属性を引っ変えられ。

 そうして生まれた幽体のニョロボンに、効果抜群の影の弾が炸裂した。そして力尽きたことで実体を取り戻したニョロボンがフィールドに倒れるその音が、試合終了の合図となった。

 

 

『試合終了!!勝者、挑戦者(チャレンジャー)!!』

 

 電子的な審判の宣言に合わせて、ヒノキはぐっと拳を突き上げた。

 ほとんど無観客に等しい試合であったが、胸の高揚は万単位の観衆を擁するスタジアムでの勝利に匹敵していた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そこまで見届けた後、リラは柵を握りしめていた手を離し、ギャラリーを後にした。

 そして、少しぼうっとした頭で、どうして今彼の前にいるのが自分ではないのだろうと、そんな事を考えていた。

 

 

 

 

 




 
三試合目がちょっとややこしいですが、要約すると、

ニョロボンのさいみんじゅつ→カクレオンのトリック(ただしすり替えたハチマキの発動対象は次のはらだいこ)→ニョロボンのはらだいこ→カクレオンのスキルスワップからのシャドーボール(ダメージはほぼ入らないものの『へんしょく』でニョロボンはゴースト化)→カクレオンとどめのシャドーボール

という流れです。
お疲れ様でした。
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