ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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全くの余談ですが、このタイクーン時代のリラの当初のイメージは塔矢アキラくんでした。当初は。


【前回の要点】
コンピューターに現れた謎のメッセージに従ってバトルファクトリーに挑戦したヒノキは、ファクトリーヘッドのダツラとの戦いに勝利する。




46.10年前⑥ 信じる者と疑う者

 

 

【七月二日 夜】

 

 

「これを、おまえに渡そう。」

 

 バトルファクトリーでの試合終了後。

 ヒノキと握手を交わした後、ダツラは白衣に留めていた銀色の襟章のようなものを外して差し出した。

 

「?何これ。」

 

 掌に乗せられたそれを見つめたまま、ヒノキはダツラに訊ねた。

 

「それはノウレッジシンボル。おまえがポケモンとバトルに関する深い知識をもって、このバトルファクトリーを制したことを認めるものだ。このフロンティアでは、このシンボルというものが各ブレーンに勝利した証となる。まあ、ジムにおけるバッジのようなものだと思ってくれればいい。」

 

 アルファベットの『K』を象ったそれは、ジムバッジより一回りほど小さいながらも、確かに純銀の輝きと重みを備えている。

 

「そりゃあ、気持ちは嬉しいけど。でも、ほんとにもらっちゃっていいの?まだオープンもしてないのに。」

 

 ヒノキのその言葉に、ダツラは隣のリラと顔を見合わせて少し笑った。

 

「もちろん、開業前に正式な挑戦を認めた事は特例措置だ。しかしその挑戦に関しては、おまえは我々が定めた規定に則って戦い、その上で勝利した。だからおれがこれを授与し、おまえが受け取る事には何の問題もない。」

 

「分かった。んじゃ、遠慮なく頂戴するよ。」

 

 そう言ってポケットにシンボルをしまおうとしたヒノキに、今度はリラが二つ折りの電子手帳のようなものを渡した。

 開いてみると、片側にはフロンティアのナビを搭載したタッチパネルが、反対側には今受け取ったシンボルと同じ大きさの型が七つ設けられている。

 

「それはシンボルを納めるフロンティアパスだよ。獲得したシンボルは、これで管理するといい。」

 

「ああ、サンキュ。」

 

 そうしてヒノキが銀のノウレッジシンボルをパスの一つ目の型へと嵌めた、その時であった。

 

 

「・・・!?」

 

 

 

 突然、脳内にある光景が鮮明に浮かび、そして消えた。

 

 

 

「どうした?」

 

「いや、今なんか頭ん中に映像が・・・え、オレだけ?」

 

 怪訝な表情で自分を見つめるダツラとリラに、ヒノキはそれが自分だけに起こった現象であることを悟った。

 しかし、それは確かに見えたのだ。

 まるで宇宙空間に浮かぶ星のように、暗闇の中で鈍い光を放つひとつの岩石が。

 

 そしてヒノキには、そんなイメージに既視感があった。

 

(あの岩。絶対、どっかで──)

 

 急いでポケットから取り出したポケモン図鑑を開き、ボタンを壊れそうなほど連打してページを繰る。

 やがて、その手はあるポケモンのニページ目で止まった。

 

 

[No.353 ジラーチ ねむりぼしのすがた]

 

 

 ◇

 

 

「しっかし、『奴』ってのはよく分からん奴だな。バトルに関してはまあ、オレやブレーンの力量を見るためとか、ジラーチが目覚めるまでのヒマつぶしだとか、なんとなく意味がある気もするけど。でも、あのジラーチの現状報告的な何かは何なんだ?オレがブレーンに勝った祝いなのか、単なる挑発なのか。」

 

 ファクトリーを出たヒノキとリラは、街の方へと続く夜道を連れ立って歩いていた。頭上の空には、すでに無数の星が輝いている。

 

「その件に関しては、今の段階では何とも言えない。しかしとにかく、これで改めて奴がジラーチを手中に収めている事、まだ覚醒には至っていない事、そしてこちらの動向を具に把握している事が分かった。それに──」

 

 ほんの少し考える間を置いてから、リラは続けた。

 

「これはぼくの勘だけど。きみにはおそらく、今後他の施設でも今日のように奴の仕組んだ挑戦をしてもらう事になると思う。」

 

「だろうな。ま、それは全然構わねーよ。どうせもともと一通り体験させてもらう予定だったし、今日だってすげー楽し──」

 

 そこで、不意にヒノキの言葉と足が止まった。

 

「?どうかした?」

 

 彼が立ち止まった事に気付いたリラは、その一歩先で振り返った。そして、その目がまっすぐ自分を見つめていることに気付いた。

 

「ん。そういやおまえに、まだ今日の礼言ってなかったなって思ってさ。ほんと、ありがとな。」

 

「え・・・」

 

 友人の突然の改まった感謝に、リラは戸惑った。

 一体、自分が何をしたというのだろう。

 

「オレ、自分では気負わずやってるつもりだったけど。でも、やっぱどっかでチャンピオンだからって、勝つことに縛られてたんだな。だから最初、対策に気を取られすぎて、自分の戦い方もポケモン達のことも全然見えてなかった。普通に考えて、そんなバトルが楽しい訳ないのにな。」

 

 少し照れ臭そうに頭を掻きながら、彼は続ける。

 

「だから、おまえにそのことを教えてもらってなかったら、今日はきっと勝ててなかったと思うんだ。ダツラさんどころか、予選のバーチャルトレーナーにも。だからなんつーか、その──うん。」

 

 そこで、徐々に逸れていた視線が再びリラの瞳に戻った。

 

 

 

「おまえが居てくれて、ほんとに良かった。」

 

 

 

 なんでだろう。

 笑って、何でもないみたいに言いたいのに。

 それをぼくに教えてくれたのは五年前のきみじゃないかって。

 だから、今のぼくがあるんだって。

 だから、お礼を言うならそれはぼくの方だよ──。

 

 

 

 なのに、胸がいっぱいで言葉が出てこない。

 

 

 

「・・・そんな。」

 

 どうにかそれだけ捻り出し、急いで目を拭ったところで、あ、とヒノキが呟いた。

 

「そうだ。なあおまえ、この後まだ時間大丈夫?」

 

 話題と空気が変わった事に少しほっとしつつ、リラは急いでポケットからナビを出し、時間を確認した。

 

「え?あ、うん・・・場所と内容にもよるけど・・・何か?」

 

「いや、この島、日帰り温泉があるって聞いたからさ。オレ、今からこの足で行こうと思ってるんだけど、もし時間あるんだったらおまえも行かない?他にも色々話したいことあるし、のんびり湯に浸かりながら話そうぜ。」

 

 それはちょうど、コゴミやアザミが鍛錬の後に自分を誘う時と同じぐらい、気軽でなんてことのない調子だった。

 しかしヒノキからのその風呂の誘いは、リラの胸に甚大な混沌をもたらした。そしてそれは、いくらか顔に出てしまったらしい。

 

「え?もしかして今日休みなのか?」

 

「え、あ、いや、その・・・」

 

 変に狼狽えれば、それこそ怪しまれる。

 先ほどとはまた別の言葉に詰まる感覚に抗いながら、どうにか返事を絞り出した。

 

「ご、ごめん。この後少し約束があるから、それはちょっと難しい、かな。きみだけでゆっくりしてきて。」

 

 そしてフロンティアパスで温泉への行き方が確認できる事を教えると、一目散に走り出した。

 

「・・・んじゃ、オレらだけで行くか。な、コン。」

 

 残されたヒノキは、リラの代わりに繰り出した九尾の連れにそう呼びかけた。そして、改めて彼が走り去っていった方角を透かすように眺め、呟いた。

 

 

「しっかし、こんな時間になってもあんな全力疾走しなきゃなんないなんて。タイクーンてのも大変だな。」

 

 

 

 ◇

 

 

 

──気付いてないんだ。

 

 

 あらゆる余計な事を考えてしまわないよう、ひたすら走りに走った結果、気づけばそこは目的の場所であった。

 

「おや、ずいぶんとお速いお着きで。」

 

 そう言って、一人の老人が引き戸の向こうから現れた。そして膝に手をつき、息を弾ませながら戸口に立つ若い君主を部屋の中へ招き入れた。

 

「ええ、ちょっと、・・・。」

 

 促されるままに、リラは応接スペースのソファーに身を沈める。そして何度も汗を拭い、深呼吸をしてようやく落ち着いてきた頃に、部屋の主である先の老人が茶を運んできた。

 

「それで、一体何が?まさか、それほど私の具合が心配だったという訳でもありますまい。」

 

 まだ時折額の汗を拭う若い主に茶を勧めながら、彼は病室の住人的な冗談を交えて事情を訊ねた。

 

「はい・・・あ、いえ、決してそういう訳ではなくて。実は──」

 

 そして、先ほどのヒノキとのやり取りを話して聞かせた。

 

「はっはっは。それは事件でしたな。しかしそれならいっそ、一緒に行って彼の度肝を抜くというのも一興だったのでは?」

 

 老紳士にあるまじき発言に、リラは思わず紅茶をむせた。

 

「そ、そんなこと、できる訳ありませんよ!先生、他人事だと思って──!」

 

 珍しく年相応の表情を見せて反発する彼を、「先生」と呼ばれたその人物──ローレル・リアンは微笑ましく見ていた。

 

「ははは、冗談ですよ。ではまあ、お喋りはこのくらいにして。本題に移るとしましょうか。」

 

 そう言って表情と空気を切り替えた師でありバトルタワーのヘッドトレーナー(直属の部下)である彼の言葉に、リラも気持ちを改めて頷く。そして、今日一日の出来事を仔細に彼に聞かせた。

 

「なるほど。」

 

 リラの話を自分のノートパソコンに記録しながら、老紳士は頷いた。

 

「では、これまでに起きた出来事を整理すると。まず、ゲスト用のバンクシステムの異常。昨夜の襲撃と脅迫状。祠からのジラーチの誘拐。そして本日の共有ポケモンのボックスの異常と、バトルファクトリーでの手合い。・・・以上で間違いありませんね?」

 

「はい。もちろん、我々の気付いていないところで他にも何かが起きている可能性はありますが。」

 

 ふむ、と言ってローレルは整った白い口髭を蓄えた顎を撫でた。考え事をする時の、彼のいつもの癖だ。

 

「今のお話の中で、いくつか気になった事があるのですが。お伺いしても?」 

 

「はい。何でしょう。」

 

「今のタイクーンの話では、彼──ヒノキ殿は最初からジラーチというポケモンがこの島にいると知っていたという事ですが。彼自身は、どこからその情報を得たのでしょう?我々ホウエンに住む者でさえ殆ど知らない幻のポケモンの事を、遠い異郷のチャンピオンが詳しく知っていたというのがいささか気になりましてな。」

 

 それはあくまで静かで穏やかな、含みのない口調だったが、リラには彼が言わんとしていることが分かる。そこで、昨夜ヒノキから聞かされ、今朝の会議では追及されなかった為に割愛したその件について、説明した。

 

「それは兄からだと言っていました。ご存じの通り、元カントーリーグチャンピオンである彼の兄のマキ・エニシュは、現在ではオーキド博士の助手として各地の幻のポケモンのデータ収集を行っているそうです。そしてその兄がポケモン図鑑のジラーチのページを作る過程で、あの祠がジラーチを祀る為に創建されたものであること、その番人であるキュウコンには特別な封印の力が備えられていること、そしてジラーチの覚醒が間近に迫っていることを知り、その力を利用する者が現れる可能性があると警告されたのだと、そう言っていました。」

 

「ほう、兄上が。なるほど。」

 

 タタタタ、とその新情報を追加しながら、ローレルは変わらぬ調子で続けた。

 

「ということは。例えば、兄が陰で実行犯となり、弟が表向き我々の側につく事でそれを取り繕う──ということも、理論上は可能、という訳ですな。」

 

「お言葉ですが」

 

 胸の底が急速に熱を帯びていくのを感じながら、リラは反駁した。

 

「ぼくはその可能性はないと考えています。ヒノキから教えられるまで、我々は誰もジラーチの名さえ知らなかった。もし彼がジラーチを手に入れるつもりであったなら、最初から何も言わずに盗み出し、後はどこかに潜んで目覚めを待てばいいだけの話ですから。」

 

「それはもちろんその通りです。事前に我々の内にジラーチを知る者がいないという確証があればね。とにかく、彼のみが持っているジラーチの情報が多いという事実には、何にせよ用心すべきです。もぬけの殻となった祠の写真にしても、彼がジラーチを運び出した後に撮影した可能性だって十分にある。ノウレッジシンボルを嵌めた時に見えたというジラーチの像にしても然りです。他に見た者がいない以上、いくらでも何とでも言える訳ですから。」

 

 その冷静な事実(ことば)に、リラは思わず目を伏せた。 

 立場こそ自分が上であれど、自分の何倍もの人生経験を持つこの老師に議論で勝てるはずがない。それは、最初から分かりきっていたことだった。

 

「・・・その点は、確かに仰る通りです。」

 

 その上で、再びその大きな薄紫の瞳を彼へ向けた。

 

「ですが、ぼくはそれでも彼を信じます。彼とはまだ一日半を過ごしただけですが、ぼく達を騙しているとは到底思えません。何より、彼ならきっと願い事はジラーチではなく自分の力で叶えようとするでしょう。実際、そうやってチャンピオンになった人間です。」

 

 そんなリラの顔を、ローレルはじっと見た。

 瞳はいつにもまして光を宿し、声には必要以上の力が入り、白い頬は血色を増している。いつもそうだ。

 あの少年が関わると、この子は必ず自我を見せる。

 まるで、彼がその心を開く鍵であるかのように。

 

「私は決してあなたの大切な友人を犯人に仕立て上げたい訳ではありません。むしろ、彼自身もまた何も知らずに誰かに利用されている可能性も大いにある。」

 

 諭すような、穏やかな調子でローレルはなおも続けた。

 

「しかし、大切な友人であるからこそ、気をつけなければいけないのです。信頼と過信は似て非なるもの。あえて申し上げますが、たとえそれがどんなに信頼を寄せる人間であろうと『彼ならきっと』とは、綻びをもたらす過信に他なりません。結局、その人の本当を知っているのは当の本人だけなのです。そして元が強く結ばれているほど、一度ほどけてしまえば同じ固さに結び直す事は難しい。」

 

「・・・先生の仰りたい事は分かります。ですがー」

「では、お訊ねしますが」

 

 なおも食い下がろうとするリラに、ローレルが更に畳みかけた。その表情は変わらないが、声は少しだけ厳しさを増していた。

 

「仮にあなたがある同性の友人を風呂に誘い、断られたとして。その理由が、実はその友人が異性であったからなどとは普通、夢にも思わないと思いませんか?」

 

 その言葉に、リラは胸に鋭い刃物を突き立てられたような衝撃を感じた。

 

「・・・それは・・・」

 

「私が警告したいのは、そういう事なのですよ。」

 

 急に声に力を失ったリラに合わせるように、ローレルも再び静かな調子に戻った。

 

「そうして貴女が謀らずも彼を欺いているように、彼もまた、思いもよらぬ形で貴女を裏切っている可能性がある。だから用心しなければならない。裏切りは必ずしも意思を伴わないが、受ける痛みは変わらない。私は、それを心配しているのです。」

 

 




 
ローレルとヒノキの兄のマキに関しては過去編第一部の15年前編に初登場済です。「誰?」となった方はそちらをご参考ください。
この先、今回のような感じでジラーチを巡るすったもんだについて、独自の設定と解釈をてんこ盛りにした展開となります。
伝わるようには書いているつもりですが、不明な点等あればお気軽に突っ込んでください。もちろんなくてもご感想など突っ込んでやって頂ければ大変励みになります。
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