ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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【前回の要点】
入院中のバトルタワーのヘッドトレーナーのローレルと面会したヒノキは、彼の腕にバトルパレスのブレーンのウコンと同じ刺青を目にする。その面会の帰り、偶然出会ったリラから、今夜0時からのバトルピラミッドの挑戦の前に話があると持ち掛けられる。



50.10年前⑩ 勇気の証

 

 

 【七月五日 未明】

 

 

(まったく。新たに規則を追加せにゃならんな。)

 

 挑戦者が五周目(ファイナル・ラップ)に入った事を告げる鐘の音を聴きながら、ジンダイ・ノフジはそんなことを考えていた。

 

 島の北東に位置するバトルフロンティア第四の施設、バトルピラミッド。遠い異国の古代王朝の霊廟をモチーフに作られたこの施設は、挑戦者の『勇気』を試す場として造られている。

 

「おっ。今度はなんだ?」

 

 傍らから音もなく飛び立った後ろ姿が、ヘッドライトの小さな光の輪から消えた。そこでヒノキは足を止めた。

 

 バトルチューブと同じダンジョン型の施設であるこの七層建の巨大迷宮でのミッションは「暗中探索(バトルアドベンチャー)」。いわば『フラッシュ』なしで視界の悪い洞窟を抜けよというようなものだ。そしてもちろんその道中には野生のポケモンやバーチャルトレーナーと遭遇する可能性があり、しかも彼らとの戦闘で負ったダメージはフロア毎の回復(リセット)はなく持ち越しとなる。 

 一応、落ちているアイテムは自由に収拾してよい(持ち込みは不可)という救済措置はあるものの、それとて攻略の助けにはなれど難易度を下げるには至らない。そのため、勇気の他に体力と気力と時間をも求められる、バトルフロンティア屈指の難所である。

 

 

 

 そう、()()()()()

 

 

 

「おお、『げんきのかけら』か。でかしたぞ。」

 

 程なくして戻ってきたこうもりポケモンから拾得物を受け取ったヒノキは、褒めてくれとばかりにすり寄ってきた彼を両手で撫でてやった。恐そうな見た目に反して人懐っこい種なのだ。

 

 間もなく彼らは前進を再開したが、先導するクロバットがある曲がり角の手前でぴたりと静止した。

 

(野生か?)

 

 声を潜めた主人の問いに、彼はこくりと頷く。

 

(OK。今まで通り『ちょうおんぱ』でやり過ごすぞ。奥に見えるぼんやり明るいのがワープポイントだから、そこまで突っ切ろう。)

 

 この巨大迷宮においてその暗闇の覇者の使用は、もはや反則以外の何物でもなかった。最初の『ちょうおんぱ』による反響定位(エコーロケーション)でフロア内のあらゆるものの位置を把握。行く手に迫ったそれが道具であれば四枚の翼によるほぼ無音の飛行で回収し、不要な戦いであれば徹底的に回避する。その結果、この挑戦者の少年は終始暗闇にありながら驚異的なアイテム拾得率の高さと敵とのエンカウント率の低さ、そして総所要時間の少なさをもって七層×五周を終えつつあった。

 かと言って、現行の規則では彼を失格にすることはできない。使用した時点で挑戦を無効とする『照明(フラッシュ)瞬間移動(テレポート)及びそれに準ずる行為』には該当しないからだ。まがりなりにも、『暗闇の中を自分の足で歩いてゴールを目指す』という大原則は遵守されている。

 

 

 そのような訳で、とうとう彼はこのすぐ下のフロアへと到達した。

 

 

「まったく、あのボウズは一体今何を試されていると思ってるんだろうな。なあリラ?」

 

 頭の後ろで手を組んだまま、ジンダイは彼の挑戦を共に見守る隣のタイクーンに同意を求める。

 

「すまない、ジンダイ。今回だけはどうか多目にみてほしい。」

 

 そう言って、リラは苦笑を浮かべつつ隣のピラミッドキングへと詫びた。その言葉が冗談であるとは分かっていたが、それでもこのような攻略を認めざるを得ない現状に責任を感じていたからだ。

 

「こんな時だ、仕方ねえよ。ま、一応悪気はあるらしいからな。」

 

 そう言って、ジンダイはがははと豪快に笑った。

 

 

──わりーけど、今回ばかりはちょいと時短で行かせてもらうよ。

 

 ルールの説明を聞いた後、三体のポケモンを選び終えた少年は、そう言って暗闇へと消えていった。そしてその言葉の意味を察しつつも、ジンダイはあえて追及しなかった。

 このバトルピラミッドに()()()()挑んだ場合の一周にかかる平均所要時間は、およそ約四時間。従って、ブレーンへ挑戦できる五周をこなすには、不眠不休の最速でもおよそまる一日近くかかる計算だ。そしてそれは近日中のいつ、どこでジラーチが覚醒するやもしれぬという現状においては、あまり現実的な数字ではなかった。

 規則とは、守ることより破らぬことに焦点を合わせるべき時もある。

 

「それにどっちにしろ、迷路なんて前座みたいなもんだしな。」

 

 ジンダイが椅子の背もたれから身体を起こし、伸びをしながらのんびりと言った。

 その言葉の意味を、リラはよく知っていた。

 

「ではおれもそろそろスタンバイするよ。後は頼む。」

 

「了解。」

 

 部屋を出ていくジンダイの背中に短く答えた後、リラは再び画面の中の友人に視線を戻した。

 

 

 そう。

 このバトルピラミッドで挑戦者が真に『勇気』を試されるのは、この後なのだ。

 

 

 ◇

 

 

「言っとくが、あんな反則まがいを認めるのは今回だけだからな。次からはくそ真面目に暗闇をさ迷ってもらうぞ。」

 

 五周目の最上階にのみ現れる、特別なバトルフィールド。

 その中央で、ヒノキは三人目のブレーンとなるピラミッドキングのジンダイと対峙していた。

 

「悪いね。拾えるアイテムのリストに『レミラーマそう』も『ルーラのつえ』もなかったから、つい。」

 

 好きなゲームのマップ探索の補助アイテムの名を挙げ、軽口を叩く。

 それほど、今の彼には余裕があった。

 

「あるかそんなもん。さあ、とっとと始めるぞ!試合開始だ!!」

 

 

 ボールを放ったのは、わずかにヒノキの方が早かった。

 その為、先に開いた自身のボールの起動光によって、ジンダイの放ったボールがひとつではないことに気付かなかった。

 

 

「うおっっ!!?」

 

 

 ズゥン、という重い音とともにフィールドを揺らした震動に、ヒノキと彼の繰り出したキュウコンは危うく転びそうになった。

 

(こんな時に地震・・・?)

 

 床に手と膝をつき、どうにか揺れをやり過ごす。

 そうして顔を上げたところで、愕然とした。

 

 

「な、なんだよ・・・。それ・・・。」

 

 

 そこに佇んでいたのは、ヒノキがこれまでに見たどんなポケモンとも違っていた。否、そもそもこれはポケモンなのだろうか?

 そんな生き物とも像ともつかない存在が三体、異様なプレッシャーを放ってヒノキの前に立ちはだかっていた。

 

「ふはは、驚いただろう。こいつらはな、ここまで来た挑戦者から(シンボル)を守るためにホウエン各地の遺跡から呼び覚ました、伝説の古代の(つわもの)達だ。」

 

 そのジンダイの言葉に呼応するように、フィールドの外に設えられた大型の液晶ディスプレイにその三体の情報が表示された。

 

 

No.193 レジロック

 

 いわやまポケモン 

 たかさ1.7m おもさ230.0kg

 

ぜんしんが いわと いしで できた ポケモン。たたかいで からだの いちぶが けずれてしまうが じぶんで あたらしい いわを つけて なおす。

 

 

 

No.194 レジアイス

 

 ひょうざんポケモン 

 たかさ1.8m おもさ175.0kg

 

マイナス200どの れいきが からだを つつむ。ちかづいた だけでも こおりついて しまうぞ。マグマでも とけない こおりの からだを もつ。

 

 

 

No.195 レジスチル

 

 くろがねポケモン 

 たかさ1.9m おもさ205.0kg

 

なんまんねんも ちかの あつりょくで きたえられた きんぞくの ボディは きずひとつ つかない。

 

 

 

「あ・・あほか!こんな奴らとまともに戦って、勝てる訳ねーだろ!!反則まがいはそっちじゃねーかよ!!」

 

 あまりにも絶望的な情報の数々に、ヒノキは思わずジンダイヘ抗議した。こうなるともう、自分のポケモンを信じる信じない以前の問題である。

 ジラーチもそうだが、俗に『幻』や『伝説』の存在と謳われるポケモン達は、単に希少だからというだけでそのように呼ばれるのではない。世の多くのポケモン達とは明確に一線を画す特別な力を備えるために、その枕詞が宿るのだ。

 

 しかし、そんな彼の苦情を予期していたかのように、ジンダイは落ち着き払って答えた。

 

「そう、確かに世の中の大概のポケモンでは普通のバトルでこいつらを倒すのは難しい。だから、ここのブレーン戦は特別ルールだ。」

 

 そう言って、彼は自陣の一番奥を指した。

 そこにはいつの間に現れたのか、透明なケースの被さった台座のようなものが設えられていた。

 

「あの中には、このバトルピラミッドの攻略の証であるブレイブシンボルが納めてある。そこまでの行く手を阻むこいつらを越えてそれを手にする事ができれば、お前の勝ちだ。必ずしもこいつらを倒す必要はない。もちろん三体がかりで構わんし、拾ったアイテムも好きなだけ使うがいい。」

 

 それから、とジンダイは更に説明を続ける。

 

「二つヒントをやる。まず一つ、見ての通りこいつらは普通の生き物ではない。どちらかと言えば機械に近いだろう。すなわち、普通の生き物に備わっている器官や()()()()()()()()がないということだ。そして二つ。挑戦中、おれはこいつらに一切指示は出さん。ただ、予め与えたひとつの条件を忠実に守れとだけ言ってある。そして、その条件というのはだな──」

 

 もったいぶるようにそこで言葉を切ると、ニヤリと笑ってその続きを継いだ。

 

 

『挑戦者の勇気を試せ。』

 

 

 その瞬間、三体の顔──と思われる箇所──に並ぶ点の羅列に一斉に光が宿り、キュゥィィイン、という機械的な音を伴いながら明滅を始めた。

 

「な、なんだ・・・?」

 

 起動、覚醒、そして排除。

 そんなイメージを抱かせる不気味な兆候に、ヒノキは注意を奪われた。その為、彼が中央の氷兵の右腕の帯電に気付いたのは、既に『それ』が放たれようという時であった。

 

(!しまっ──)

 

 しかし、次の瞬間に身体に受けた衝撃は、覚悟したものとは違っていた。そしてその理由を、直後に響いたキュウコンの痛々しい叫び声で理解した。

 

「コン!!」

 

 受け身を取った身体をすばやく翻して、自分を突き飛ばした相棒へ駆け寄る。キュウコンもすぐに起き上がろうとしたが、全身を支配する麻痺には抗えない。主人を庇って『でんじほう』をもろに受けたその身体にはまだ、見ているだけで痺れそうな電気が容赦なくまとわりついていた。

 

「待ってろ。今、薬を──」

 

 『なんでもなおし』も『すごいキズぐすり』も道中山ほど拾ったはず。そう思いながら、ヒノキは背中のリュックを下ろして開いた。

 

 

 が、なぜか中が見えない。

 

 

 リュックを開いたその姿勢のまま、そして頭を過ぎった直感のままに、彼は残りの二つのボールを同時にはたき落として開いた。

 

 

「ニョロボン、クロバット!頼む!!」

 

 

 急に翳った頭上の謎を、見上げて確かめる間はなかった。

 しかしその直感と判断が正しかったことは、共有ポケモンから選出した二体の『かわらわり』と『エアカッター』で粉砕された巨石の残骸が示していた。ばらばらと細かな岩の欠片の降り注ぐ中、どうにかキュウコンを治癒し終えたヒノキは、改めてフィールドの向こう半分を陣取る三体を見た。

 

 向かって左からレジロック、レジスチル、レジアイス。

 一定の間隔を開けて弧を描くように三方に展開しながら、こちらの様子を伺っている。

 

(このままじゃ、無理だ。)

 

 いくら倒す必要はないといえど、どこかに突破口を設ける必要がある。でなければ、どこから向かおうとただ死にに行くだけだ。

 

 その時、ふとひとつの疑問が湧いた。

 

(あいつら、『顔』がないのにどうやってオレ達の位置を掴んでるんだ?)

 

 ジンダイはこの三体について、普通の生き物に備わっている器官とそこから得る知覚がないと言った。にも関わらず、さっきの『でんじほう』にしろ、『いわおとし』にしろ、相手はちゃんとこちらの位置を捉えている。つまり、目や耳や鼻がない代わりに、光や音や匂い以外の何かによって周囲の情報を得ているということだ。そう、たとえば──

 

「コン。あいつらの間に『かえんほうしゃ』だ。どっちにも当てなくていいから、『弾』で頼むよ。」

 

 そう言ってヒノキは、キュウコンにレジスチルとレジアイスの間を指して見せた。二体までかなり距離があるため、通常の『かえんほうしゃ』ではエネルギーの消耗が大きい。そこで、放射ではなく『ひのこ』のように射出することでその負荷を減らそうという訳だ。(ちなみにこの応用法は、後に『かえんだん』という名で別の技として各地で公式に認められることとなる。)

 

 二体の間を抜けた炎の弾は、そのままフィールドの奥の壁に弾けて消失した。が、ヒノキは見逃さなかった。二体が迫りくる弾に対して頭部の点を明滅させ、一瞬攻撃の構えを取りかけたことを。

 

「っしゃ、ビンゴ!!」

 

 あの点の羅列に──かどうかは分からないが、どうやら彼らには周囲の温度を分析するサーモグラフィーのような器官が備わっており、それによってこちらの位置を捉えているようだ。

 

 これでひとつ、手がかりが増えた。

 次は、それをどう広げるかだ。

 

(その上で、あいつらが互いを攻撃しないのは)

 

 おそらくは互いの体温を「仲間のもの」として認識している可能性が高い。そしてそれ以外の動く温度は一律して「排除すべきもの」と。

 

 しかし、突破口を開くにはまだピースが足りない。

 何しろ、(ロック)は直すし、(アイス)は溶けないし、(スチル)は傷さえつかないのだ。

 

(考えろ、考えろ。)

 

 あくまで倒す必要はない。

 それはつまり、少しの間奴らの気を引くことができれば、チャンスが生まれるということだ。となると、自然と浮かんでくるのは「奇襲」の二文字。

 

 だれが何に対してどう動き、シンボルを取りに行くのか。

 予め個々の役割を明確にし、それを全員が共有しておかなければ、一瞬で全滅、なんてことも十分あり得る。

 

(・・・シンボルを取る役はクロバットで決まりだろ。んで、そういう風に持っていくには──)

 

 まずゴールを決め、そこからプロセスを逆算して組み立てていく。

 

 

 しかし。

 

 

(・・・ダメだ、これじゃどうしても正面の(スチル)を突破できない。)

 

 方向はおそらく合っている。

 だが、まだ何かを見落としている。

 それもおそらく、この挑戦における根本的な何かを──。

 

 ヒノキはもう一度、開始前のジンダイの言葉を反芻する。

 

──挑戦中、おれはこいつらに一切指示は出さん。ただ、予め与えたひとつの条件を忠実に守れとだけ言ってある。そして、その条件というのは──

 

 

 そこで、ふっとひとつの確信が閃いた。

 

 

「・・・なーる。そーゆー事ね。」

 

 そう一人ごちて少し笑った後、ヒノキは手持ちの三体を自分の元に集めた。そして、相手がいずれも聞く耳を持たない身であるにも関わらず、声を落として話し始めた。

 

 

「いいか、みんな。よーく聞けよ。」

 

 

 ◇

 

 

(来るか。)

 

 

 フィールドの外から戦いを見ていたジンダイは、挑戦者の少年の変化に気がついた。

 雰囲気、表情、そして瞳。

 これでもう大体分かる。彼は『それ』に気づいたのだと。

 

(さあ、お前の『勇気』を見せてもらうぞ。)

 

 宝を守る三体から離れた自陣の中央で、ヒノキは目を閉じていた。これから行う作戦をもう一度脳内で復習した後、大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。

 そうして、目を開いた。

 

「よし。じゃあみんな、よろしく頼むな。」

 

 自らはキュウコンの背に跨り、そこから三体の仲間に声をかける。

 

「行くぞ。」

 

 そして、キュウコンの脇腹をごく軽く蹴った。

 それが突撃の合図だった。

 

 

 

(まずは一体目。)

 

 

 最初に一行に立ちはだかったのは、最も前に出張っていた向かって左方のレジロックだった。もちろん想定済の事項だ。そのレジロックに向かって、小柄ながらも逞しい黒い身体が飛び出す。

 

「ニョロボン!『かわらわり』だ!!」

 

『はらだいこ』によって最大のパワーを得た手刀が、岩兵の両膝の関節に当たる岩を粉砕する。しかし、与えた『すごいキズぐすり』のおかげで体力は満タンだ。

 

 文字通り膝から崩れたレジロックは床に両手を付き、地鳴りのような唸り声を響かせて跪いた。間髪を入れず、身体に登ったニョロボンが今度は肩を砕きにかかる。もっとも、ニョロボン一体では倒すには至れず、『いわおとし』で自己修復されてイタチごっことなるだろう。だが、今回はそれで十分だ。

 

「よし!ニョロボン、後は頼んだ!!」

 

 そう言ってキュウコンとクロバットと共に前へ進むヒノキに、彼は任せろとばかりにびっと白い親指を立てた。『一昨日の敵は今日の友』という訳だ。

 

 

 次に迫った相手は、右のレジアイス。

 先ほどとは異なり、今度は自分の本来の力を使うつもりらしい。その水晶のような身体の周りを、見ているだけで凍えそうな氷雪が激しく渦を巻いている。

 

 その、更に外側を。

 

「コン!『ほのおのうず』!!」

 

 この太い炎の縄による捕縛は、たとえその身体を溶かすことはできずとも、周囲を凍てつかせるマイナス二百度の冷気は封じる事ができる。そして、何より──

 

「クロバット!このままスチルの前を通って、アイスの背後へ行くぞ!!」

 

 キュウコンの背からそのままクロバットの後翼に掴まりながら、ヒノキは叫んだ。

 

 先ず、最奥部に陣取るレジスチルにあえて身を晒し、その注意を引きつけたままレジアイスの方へ向かい、後方からぐるりと迂回する。そうしてキュウコンの『ほのおのうず』によって体温の狂ったレジアイスを盾に取れば、レジスチルはそれが味方と認識できずに攻撃してしまうはず──というのがヒノキの算段だった。

 

 レジアイスをキュウコンに任せ、クロバットと共に真正面からレジスチルに向かう。半分ほど距離を詰めた辺りで中央の赤い点々が発光し、同時にピピピ、キュウィインと不吉な音を発し始めた。どうやら自分達を認識したようだ。

 

「よし、今だ!」

 

 そこでクロバットに高度を下げさせ、ヒノキは地上へ降りた。

 そうして赤いレーザー光に追跡される紫の背がレジアイスの方へ飛び去るのを見送ってから、一人台座へ向かって走り出した。

 

 レジスチルはクロバットを『ロックオン』しているだけで、その場からは一歩も動いていない。

 つまり、台座へ至るにはその前に陣取るこの鋼兵を通り過ぎなければならない。

 それはすなわち、クロバットが注意を引きつけてくれているこの間にカタをつけられなければそれまでという事だ。

 

 あと数十メートルというところまで迫った時、その鋼の身体が赤い光線を放ったまま、クウォン、と、鈍い光を纏った。

 その光にヒノキが本能的な危険を感じた、次の瞬間──

 

 

「!!!!」

 

 

「ぶっ放された」としか言いようのない、あまりにも強烈な『はかいこうせん』の余波でヒノキは空き缶のように地面に転がされた。

 背後を振り返る勇気は、とてもなかった。

 だからこそ、このはかいこうせんの反動(ロ ス タ イ ム)を作ってくれた彼らの為に、起き上がって走るしかなかった。

 

 

 あとニ十メートル程の先に佇むそれは、まさしく古代の遺物に見えた。今放ったとんでもない一撃が幻であったかのように、光を失って沈黙している。

 

 

(あと、もう、ちょい──)

 

 

 恐怖と緊張、それに二度の転倒で足を少し痛めてしまった事もあり、この『あと少し』が絶望的に長い。

 頬を伝う汗だか涙だか分からない滴を拭いながら、ようやくあと十メートルという距離まで迫った時だった。

 

 

──キュウィイン。

 

 

 不気味なその音と共に赤い光を取り戻したその点々に、ヒノキの背筋に戦慄が走り、足が止まった。

 

「・・・・」

 

 身を隠す事のできるものなど何もない、隠したところで守る事はできないであろう直線十メートルの距離。

 

 

 分かっている。

『ロックオン』は、動けばそれだけ時間が稼げる。

 そして、それに続く『はかいこうせん』にしろ、『でんじほう』にしろ、強大なエネルギーを充填する為の時間(チャージ)が要る。

 みんな、頭では分かっているのだけれど。

 

 

 竦んだ足は『かなしばり』にあったように動かず、意識は『ふきとばし』を受けた灯のように薄く揺らいでいる。

 そしてかの点から伸びるレーザー光は、今にも爆発しそうな左胸を一足先に貫いていた。

 

 

──怖い。

 

 

 頭に響いたその声は、自分のものだけではなかった。

 そしてその自分のものではない声に導かれるように、ヒノキは赤い光に刺されている左胸へ手を伸ばした。

 

 

 

 ◇ ◇

 

 

 

「ぼくは、本当は──」

 

 ぼく、じゃないんだ。

 この二日間、何度も練習したはずのその一言を、リラは言い切ることができなかった。

 自分は彼を欺いている。師に指摘されたその事実に抗いたい一心で固めた決意は熱い滴に変わり、剥がれるように両目からこぼれ落ちていった。

 

「ごめん」

 

 うつむき、表情を隠すように袖で目元を拭う。しかし、いくら拭いても涙は一向に止まらない。そしてそんな自分を目の前の少年がどう思っているのか、彼には見当もつかなかった。

 

「わかった」

 

 突然降ってきたその言葉に、リラは思わず顔を上げた。

 その拍子に目が合ったヒノキは慌てて付け加えた。

 

「いや、おまえが言おうとしてるそのことはわかんねーけどさ。でも、とにかくそれがオレも心して聞かなきゃいけないような何かだってことは分かった。・・・だよな?」

 

 ヒノキの言葉に、リラは首を縦に振った。

 そんなリラを見て、ヒノキも頷いた。

 

「なら、とりあえずこれだけは教えてくれ。それは、今回の事件に関係することなのか?」

 

 リラは少し考えた後、首を横に振った。

 確かに事件がなければこんな事にはならなかっただろうが、かといって直接関係があるかと問われれば、そうではない。

 

「そっか。」

 

 その回答に、ヒノキは明らかに安堵の表情を見せた。

 

「それなら、そんな無理して今話すことはないんじゃないか?今回の事件に関係ないなら、緊急性だって別に──」

 

 しかし、ヒノキのその提案にリラは再び首を横に振った。

 

「そういうわけには、いかないんだ。」

 

 そして、時折声を震わせ、掠れさせながら続けた。

 

「確かに、今回の事件と直接の関係はない。だけど、もしきみが、この先どこかで()()()()を偶然知ってしまった場合、影響が及ぶ可能性は十分ある。そうなる前に、せめて今、自分の口から言っておきたいんだ。」

 

 そう言って苦しげに表情を歪ませたリラに、ヒノキもまた眉間を寄せた。

 

「・・・なるほど。じゃ、その影響っていうのは、具体的にはどういうものだ?おまえが今泣いてるのは、それが理由なのか?」

 

 その問いにリラは小さく頷き、具体的には、と前置きして続けた。

 

「きみがぼくに対して、裏切られたとか、もう信用できないと感じる可能性が高い。つまり、今まで通りの友達ではいられなくなるかもしれないんだ。そしてぼくは、そうやってきみを失うかもしれない事が、怖くて仕方ない。」

 

 俯いて握った拳を震わせながらそう吐露するリラに、普段の涼しげな落ち着きはどこにも見えなかった。

 まるで、キュウコンの霊の怒りを買う覚悟で赤ん坊のロコンを助けたいと嘆願してきた、五年前のあの時のように。

 

 

──そうだ、こいつはこんな奴だったな。

 

 ヒノキは改めてその事を思った。

 一見クールなようだけど、内側にはどうにも人間くさい熱が流れていて。その熱を生む真面目さと誠実さが割り切る事を許さないばかりに、目の前の現実との軋轢に苦しんでしまう。

 

 そこでヒノキは、リラの後ろに控えているフーディンを見やった。

 その表情は普段と変わりないものの、細いながらも眼力のあるその目に「これはおまえたちの問題だ」と言われているような気がした。

 

 改めて、今判っている情報を整理する。

 この目の前の親友は、自分に対して何がしかの秘密を抱えている。それも、自分達の友情や信頼といったものを根底から揺るがすような、重大な何かを。

 そしてそれを明かすべき状況にあると考えつつも、失う恐怖を超えられずに動けないでいる。

 

 

 ならば、今自分が最も重きを置くべき点は何か。

 

 

「実はさ」

 

 遠い波の音に重ねるように、ヒノキは静かに口を開いた。

 

「昼間、おまえがあんまり暗い顔してたもんだから。オレ、おまえに『今回の黒幕は自分だ』なんて言われたらとか考えちゃってさ。こんなやつ、連れて来てたんだ。」

 

 そう言って、ポケットからひとつのモンスターボールを取り出した。赤い上部には、フロンティアの共有ポケモンであることを示す管理ナンバーが入っている。

 

 そして、ゆっくりとその開閉スイッチを押した。

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 ボールから現れたその姿を見たリラは、反射的にそのポケモンに関する留意点を想起した。

 

 どぐうポケモン、ネンドール。

 数あるポケモンの技の中でも最も危険な部類に入る『だいばくはつ』を覚えている為、手持ちのトレーニング等で共有ボックスから借りる際にも必ず管理者のダツラに借用書を提出し、承認を得る必要がある。 

 

 はは、と気の抜けた笑みを浮かべながら、少し恥ずかしそうにヒノキはその意味を語り出した。

 

「今冷静に考えてみりゃ、思考が飛躍しすぎっつーか。他にいくらでもやりようがあるだろって。バカじゃねえのって話だろ?でも、その事を考えた時は本気でそれしかないなって思ったんだ。・・・オレの中でおまえの存在って、そーゆーもんだから、さ。」

 

 その言葉でリラは確信した。

 この目の前の友人は、おそらくかの手続きを取っていない。バンクシステムが未だ調整中である事を逆手に取り、無断で持ち出してきたのだ。”いざという時のための最終手段”、”もしかしたら返却不可”──そんな借用目的や返却予定日が書ける訳ない、という理由で。

 

 不思議そうな目で自分を見るそのポケモンを一撫でしてからボールに戻し、ヒノキは続けた。

 

「だからさ、きっとできる限りの努力はできると思うんだ。オレだっておまえとは今のままでいたいし、それがオレ次第で何とかなるっていうなら、なおのこと何とかしようと思えるから。うん、まあ、だから──」

 

 そこで一度握りしめ、そして開いた掌をリラに向かって差し出した。

 

「一人でそんなに頑張ることねーよ。もっとこう、ぼちぼち行こうぜ。」

 

 そこで、退いていたフーディンが滑るようにリラの隣へやって来た。

 そのリラ自身もまた答えが出たことを、翳りの消えた瞳が告げていた。

 

 再び、赤いリボンの結ばれた美しいスプーンが彼の手に現れる。

 

「きみにこれを渡せることが、本当に嬉しい。」

 

 そう言って、黒いグローブに包まれたヒノキの掌にその銀色の心証を乗せ、指を折って握らせた。

 

 

 

 ◇ ◇

 

 

 

 「おい、起きろ。もう襲われねえよ。お前の勝ちだ。」

 

 しゃがんでのぞき込むジンダイの声で、ヒノキは意識を取り戻した。知らない間に気を失ってしまっていたらしい。

 

「・・・?オレ、あれからどうなって・・・」

 

 身体を起こしながら、必死に記憶を辿る。が、どうしてもあの十メートル以降の事は思い出せない。

 それにしても、なんだかやたらと右手が痛い。ケガでもしたのだろうか。

 

「・・・あ。」

 

 握りしめていたその拳をほどくと、そこには『B』の字を象った、銀色のシンボルが光っていた。どうやらこれが痛みの原因であったらしい。

 呆けた顔でそれを見つめていると、既にかの古代の兵士達を収めたボールを玩びながら、ジンダイが感心したように言った。

 

「しっかし、最終的に()()()とはいえ、よくあそこからまた動けたな。そういえばお前、あの時なんか上着のポケットに手ぇ伸ばしてたが、なんかそういうアイテムでも隠し持ってたか?」

 

 ジンダイのその言葉で、ヒノキは悟った。

 記憶にはないが、間違いなく『それ』があの極限状態で自分を奮い立たせてくれた事を。

 

「・・・ないよ、そんなもん。」

 

 それは半分嘘で、半分は本当だった。

 夕べの挑戦前、ヒノキは確かに所持品の一切を受付に預けた。もちろん、上着の左胸ポケットに入れていたそのスプーンもだ。にも関わらず、それはなぜかヒノキがポケットに触れたあの瞬間にはちゃんとそこに収まっていた。

 

 それを教える代わりに、スプーンと同じ色に輝くブレイブシンボルを窓から差し込む朝の日射しにかざし、呟いた。

 

「ただ、もっとこえーこと考えたら。それよりはマシだなってなっただけだよ。」

 

 その時、ジンダイの部屋から挑戦を見守っていたリラがやってきた。そこで手にしたシンボルを見せると、朝日と同じくらい眩しい笑顔を見せた。

 

「おめでとう。きみならきっと突破できると思ってた。」

 

「ん。まあ、突破した覚えは全くないんだけどな。」

 

 正直、本人が言いたくない秘密なんて知らずにすむならそれが一番だと思う。

 未だ何だか全く分からないその事を、本当に受け入れてやれるのかという不安もある。

 何より、今のこの関係が失われる可能性を思うと、自分自身怖くて寂しくて、こうして普通に接することさえ精一杯になる。

 

「なあ。オレ、ずっと生きてたよな?なんかあんま生きた心地のしない時間があったんだけどさ。だれか『ふっかつのじゅもん』的なやつ唱えてなかったか?」

 

「大丈夫だよ。そんなもの、ないから。」

 

 ふと、昨日のローレルの言葉が蘇る。

 

 

──そして、その絆は今はありません。

 

 

 改めて、左の胸ポケットに手をやる。

 このスプーンは信じられるから受け取ったのではない。

 信じるために受け取ったのだ。

 

 

 その仕草を見たリラが、不思議そうに訊ねる。

 

「どうしたんだ?足だけじゃなく胸も痛むのか?」

 

「うん、まあ、そんなとこだな。つーかおまえも体験やれ。そして安全管理委員会で慎重に審議しろ。ここが墓になる奴が出るその前に。」

 

 

 今確かに自分達の間に存在し、そしてこの先も変わらずにあってほしいもの。

 それを信じるために必要な勇気が、ここにはあると。

 

 

 




 
レジトリオのイメージは砲台型ガーディアンです。近づけば狙われるけど、射程圏外なら無害なあの感じですね。
最初のでんじほう(実はぎりぎりで外れる予定だったのでキュウコンが助ける必要はなかった)と最後のロックオンはあくまでヒノキ(≒挑戦者)に恐怖を植え付けるための演出で、実際に攻撃されることはありません。にしても、という感じですが・・・

スプーンのリボンは「そのままではなんだかちょっと寂しい気がする」というフーディンの意見にリラが提案して付けてあげました。
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