ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
リラとフーディンから信頼の証のスプーンを受け取ったヒノキはバトルピラミッドへ挑戦し、ブレイブシンボルを手に入れる。
【七月五日 昼】
「そこまで!この勝負は判定となります!!」
白木といぐさの香る和の闘技場に、ドドン、という太鼓の音と屈強な審判の太い声が響きわたる。
「判定其の壱!心、すなわち攻める気構え、
その判定に、見守っていた
しかし、それは実際奇妙な勝利だった。
両者ともに三手ずつの攻防の中で、まともに決まった技は試合開始直後に勝者のエネコロロが放った『うたう』のみ。ダメージに関しては両者ともにかすり傷ひとつ負っていない。通常のポケモンバトルでは到底考えられない勝敗の決し方だ。
「あー、もお!!ラストがエネコロロの時点で勝ったと思ったのにぃー!!」
そう言って、この施設の長であるコゴミ・ガッソは、畳の上に大の字に転がり、清々しいまでに素直に悔しがった。
彼女の
だから、攻め手を欠いたそのノーマルタイプのおすましポケモンにヌケニンを繰り出した時は、相手は戦わずして降参してくるものだと思った。が、現実に『不戦敗』を喫したのは三ターンを眠り状態によって完封された自分達の方だった。
「いや、オレだってできればもうちょっと気持ち良く勝ちたかったよ。こんなやり方したら殴られるんじゃないかって正直今もちょっとドキドキしてるし。」
まだひそひそとざわめいている筋肉質な道着のギャラリー達をちらちら見やりながら、『お客人』ことヒノキはきまりが悪そうに弁明した。
しかし、若いアリーナキャプテンはしなやかな身体をひょいっと起こして立ち上がると、あっけらかんとした口調で答えた。
「んー、まあ確かに気分的にはそういう節はあるけど。でも、倒せなくても勝つチャンスがある!っていうのがウチのミソだからね。勝ち方よりも、どんな状況でも最後まで勝ちを諦めない『闘志』が何よりも大事なの。てな訳で、はい!これ。」
そう言って、『G』を象った銀色のシンボルをヒノキの手に乗せた。彼女が『闘志』を認めた挑戦者に渡す、ガッツシンボルだ。
「ありがと。じゃ、早速嵌めるよ。」
コゴミと付き添いのリラが見守る中、ヒノキはパスにそれを嵌めこみ、見えてくるものに意識を集中させるべく目を閉じる。
瞼の裏に映る、光と影が見せる一瞬の映像。
「・・・どうだった?」
再び目を開いたヒノキに、コゴミが少し緊張した面持ちで尋ねた。
「今朝、ブレイブシンボルを嵌めた時に見た繭の亀裂には変化はなかった。けど・・・代わりに、なんかコポコポって音がして、泡?みたいなのが見えた気がする。」
「音と泡・・・?それじゃあ、ジラーチは水中にいるという事か?」
「まだ断言はできねーけどな。でも、今見た感じではそう思った。」
「この辺りで水の中って言ったら。温泉・・・ならさすがに誰か気付くよね。やっぱり海かな?」
その事について三人でしばらく推測を交わしてから、ヒノキとリラは施設を出た。
「じゃあ、また何か分かったら連絡するよ。」
「うん!アタシらにできることがあったら何でも言ってね!ボディーガードならいつでも派遣できるから!」
そしてヒノキが先に漆喰の門をくぐり、リラも後に続こうとした。が、その瞬間何かに左腕をがしっ!と捕まれ、凄まじい力で引き寄せられた。
目だけをそちらへ動かして確認すると、コゴミがヒノキに向かってにこにこしながら空いた左手を振っていた。
「!ちょっ、コゴミ・・・!?」
「ごめーん!すぐ返すから、ちょっっとだけリラ貸してね!」
ああ、じゃあぼちぼち行ってるなと彼が歩き出すのを見届けてから、コゴミは楽しげな小声でリラに訊ねた。
(で、どーなの?彼は。)
その言葉の意味を瞬時に察したリラは、まだ知らない、と言う代わりに首を横に振った。
もちろん風呂に誘われたことや昨日言おうとして言えなかった事は明かさない。
何だかややこしくなる予感しかしないからだ。
そんなリラの返事にコゴミは一瞬残念そうな表情を見せたが、すぐに彼女らしい屈託のない笑顔に戻った。
「だーいじょぶだって!!思いきってどーんと行けば、大概のことは勢いでイケちゃうもんだから!アタシらはどこまでもリラを応援するからねっ!」
そう言ってリラの背中をばんっと叩き、ぐっと拳を握ってガッツポーズを作った。
こうも明るく前向きに言われると、この件についてあれだけ深刻に悩んでいた自分が何だかおかしく思えてしまう。しかし、リラはこうしたタイプは決して苦手ではない。むしろ、自分にないこの明るさと勢いには幾度となく元気付けられてきた。
「・・・うん。ありがとう。」
『応援』の方向性が少し気になるものの、この先も信頼し合える仲でいるために、いずれヒノキにその事実を明かさなければならないことには変わりない。
リラも白く細い指を折り、彼女の拳にこつんと当て返した。
そして、先に見える背を追って走り出した。
◇
夏の太陽がまだまだ元気な午後三時過ぎ。
バトルアリーナを後にしたヒノキとリラは、連れだってフロンティア市街地へ向かって歩いていた。
「いくら最長で三ターンとはいえ、四時間半の睡眠でよく二十八戦も戦えたね。本当に身体は大丈夫なのか?」
「ああ。どうせ寝つけないなら、横になってるより起きて身体動かしてる方がかえって楽だからさ。むしろおまえこそオレに合わせてて大丈夫かよ。別に休んでて良かったんだぞ?」
「挑戦者が頑張るというのに、タイクーンが休んでいる訳にはいかないよ。」
昨夜からバトルピラミッドに挑戦し、早朝にブレイブシンボルを獲得したヒノキは、その後滞在先のホテル『グランフロンティア』に朝帰りし、そのままベッドに倒れた。
が、四時間半ほど眠ったところで目が覚めると、体が昼であることに気づいたのか、そのまま二度寝する事はできなかった。やはり人間とは夜は眠り、昼に活動する生き物であるらしい。
そこに折良くリラから例の文書の最新号がバトルアリーナに届いたとの連絡が来た。日時にして、七月五日の午前十一時の事だ。
「ま、でもあのルールには確かに救われたな。普通の形式の試合だったらさすがにキツかったと思う。『奴』が何考えてるかは分かんねーけど、意外とその辺は考慮してくれてるのかな?」
バトルフロンティア第五の施設、バトルアリーナ。
挑戦者の『闘志』を試すこの施設は、三攻防で決着がつかなければ、『心(攻撃技の回数)』・『技(技が当たった回数)』『体(判定時の残りHP)』の三項目の比較で勝敗を決めるという独自のルールがある。裏を返せば、真っ向勝負では勝ち目が薄いと思われるマッチアップも、判定に持ち込む事で可能性を広げられるという訳だ。
従って、泣いても笑っても三ターンで試合終了となるこの施設がこのタイミングで選ばれたことは、目は冴えていたといえ疲れが完全に取れていた訳ではないヒノキには幸運だった。
「これで残りのシンボルは三つ、か。やっぱり、ジラーチの目覚めは全部のシンボルを集めたタイミングになるのかな。」
「それは分からない。だけど、もし──」
そうして二人が市街地への近道となる中央公園の遊歩道に差し掛かった時だった。
「あっ!リラさま!」
突然公園の方から飛んできたあどけない声に、二人の足が止まった。
「!ほんとだ、リラさまだ!!」
その声につられるように、小さな頭がぴょこぴょこと立ち上がり、こちらへ集まってくる。そしてあっと言う間に、二人の前に背の低い人だかりができた。
「なんでこんなとこにこんながきんちょ共がいるんだ??」
ポケモンバトルの最前線には最も縁の遠そうな幼い子ども達に目を丸くするヒノキに、リラが説明した。
「みんな、島内の施設で働いてくれている職員の家族だよ。本土で職員の募集をしていた時に『応募したいけど、まだ子どもが小さいから単身赴任は難しい』っていう声が結構あってね。家族揃って移住できるよう、居住区や生活インフラも整えた。だから今は、島内に保育施設やスクールもあるよ。」
「へー・・・。」
なかなか進んでるんだなあ、とヒノキが感心していると、不意に一人の少女と目が合った。
「ねえ。その人、だあれ?」
彼女の一声によって自身に集まった無数の視線に、ヒノキは反射的に目を反らした。決して子どもが嫌いという訳ではないが、いかんせん数が多すぎる。
「こっちは友達のヒノキだよ。ぼくのフーディンの元のトレーナーだ。前に一度、みんなにも話した事があるだろう?」
彼が異郷のチャンピオンであることにはあえて触れずに、リラは子ども達にそう紹介した。彼らの容赦ない好奇心が四時間半しか眠っていない彼に襲いかかることを慮っての事だった。
「えっ、この人が?」
「ふーん・・・。なんか、意外・・・。」
それはどういう意味だとヒノキはよっぽど問い質したかったが、かろうじて思い留まった。いつか自分の正体を知った彼らが、トージョウのチャンピオンは何だか大人げない奴だったと触れ回らないとも限らない。
「それよりリラさま、『こどもフロンティア』はしばらくおやすみするってほんと?」
喜ぶべきか悲しむべきか、ヒノキが喋らない為に彼らの関心は存外早くリラへと戻った。
「うん。申し訳ないけど、来月からいよいよオープンだからね。ぼくもタイクーンとしてバトルタワーで戦わなきゃいけないから。代わりに、みんなにはぼくたちの試合を自由に観られるパスをあげるから、それで応援に来てくれると嬉しいな。」
とたんに、一様に悲しげであった子ども達の顔がぱっと輝き、一人の少年が手を挙げて言った。
「おれ、リラさまの試合全部見る!スクールの日もさぼっていく!!」
「気持ちは嬉しいけど、そういう子からはすぐにパスを没収してもらうよう先生に頼んであるからね。」
そんなぁ・・・と意気消沈した彼をみんなで笑った後で、一人の少女が妙な話題を切り出した。
「そうだ!ねえ、リラさまは知ってる?病院のこわいはなし!」
「病院のこわいはなし・・・?」
今、この島で病院と言えば、昨日自分達が鉢合わせたバトルフロンティア総合病院ただひとつだ。
知っているかとヒノキとリラは互いを見交すが、そんな話は聞いたことがない。詳細を促すべく、再び子ども達に向き直る。
「うん、今みんなでその話をしてたの!最近、夜中になると屋上の方からきれいな歌が聴こえてくるんだって!」
「でも、それで屋上を見に行っても、だあれもいないんだって!」
「病院で死んだ女の人のユーレイなんだって!!」
誰もが誰かから聞いたその情報を、口々にまくし立ててはキャーキャー騒いでいる。
そんな彼らに、リラは冷静に確かな事実を伝えた。
「あそこはできたばかりで、まだ誰も死んだ人はいないよ。だからきっと、風の音かポケモンの鳴き声がー」
「ちがうよ!!」
リラの言葉を遮ったその声に、全員が一斉に声の主を見た。
青い顔に思いつめたような表情を浮かべたその少年は、ヒノキやリラより五、六歳ほど下に見える。
「ぼくのお母さんも聴いたって言ってた!あれは風とかじゃないって!本当に、本当に歌だったって!」
少年の必死さに、一同はしんと静まり返った。そんな彼の前にしゃがんだリラは、滲んで赤くなっているその目を見ながら訊ねた。
「セリ。きみのお母さんはたしか、病院の看護師さんだったね。他には何か言ってなかったかい?」
「ううん・・・でも、その歌のせいで最近は泊まりの当番がちょっと怖いって。だから、ぼくー」
そこでとうとう泣き出してしまった。
リラはそんな彼の頭に手を置き、宥めるように言った。
「わかった。じゃあ、ぼくが今から病院へ行って調べてみるから。そんなに心配しなくていいよ。」
そして立ち上がり、他の子ども達をぐるりと見渡して言った。
「だからみんなも、くれぐれもこの前のヨマワルの時みたいな事はしちゃいけないよ。わかったね?」
はぁい、と良い子の返事を揃えて、彼らは公園へと戻っていった。
◇
「おまえ、ずいぶんと懐かれてるんだな。」
子ども達と別れ、再び二人で歩き始めたところでヒノキが口を開いた。
「毎月第一、第三土曜日の午後に子ども達向けのフロンティアの紹介やバトル教室のようなものをやっていてね。そこで仲良くなったんだ。さっき彼らが言っていた、『こどもフロンティア』というのがそれだよ。さっきも言った通り、今後の開催は少し考えないといけないけどね。」
「へー・・・。それ、おまえが考えたの?」
リラは頷き、続けた。
「あの子達はみんな親の仕事の都合、つまりぼくたちの為に住み慣れた街やそこでの友達と別れてこの島に来ている。だから少しでもここへ来て、ここで育って良かったって思ってもらいたくて。」
まっすぐ前を見つめながらそう語った横顔に、ヒノキは何とも言えない感情を抱いた。
何だろう。この、誇らしいような、寂しいような気持ちは。
「・・・おまえ、ほんといい奴だな。おまえの爪の垢の煎じ薬とか作って土産物コーナーに置いたら?薬屋ならジョウトに良いジジイがいるから紹介するぞ。」
「そ、そんなの売れる訳ないし作る訳ないだろ!それより、きみはさっきの話、どう思った?」
ヒノキの言葉にリラは少し頬を赤くして、慌てて話題を変えた。
「ああ、ユーレイの話か?まあ、ぶっちゃけポケモンじゃねーのって感じだけど。そういや、さっきなんかそれっぽい事言ってなかったか?」
「ああ。以前、『夜中にヒトダマが街をさまよってる』ってちょっとした騒ぎがあってね。正体を突きとめるって何人かの子が夜中に家を抜け出したことがあったんだ。結局は、パレスのペットのヨマワルが散歩していただけなんだけど。」
「そーゆー事か。しっかし、ガキってのはビビりなくせになんでああもオバケだのユーレイだのが好きなんだろうな。」
頭の後ろで手を組み、空を見上げてぼやいたヒノキに、リラは少し笑って言った。
「きっと、怖いもの見たさというものだろうね。ぼくにも憶えがあるよ。小さい頃、自分で親にねだったヨマワルやカゲボウズの言い伝えを聞いた夜は怖くて一睡もできなかったな。」
そんな彼の言葉に、ヒノキは思わず相槌を打ちそびれた。
懐かしそうに幼い頃の事を話す彼が、なんだかひどく新鮮だったからだ。
思えば、自分は彼の家族のことも、ここに来る前はどこでどんな風に暮らしていたのかも知らない。
基本的に、こいつは自分の身の上話をしない。
「どうしたんだい?ぼく、何かおかしな事言ったかな?」
驚いたような顔で自分を見つめ続けるヒノキに、リラが少し不安そうに訊ねた。
「ん?ああ、いや・・・なんかおまえがおばけの話で怖がってるとこが想像できなくてさ。むしろ、すげー冷静に真顔で聞いてそうな感じ。」
そんな彼の言葉に、リラはまた笑った。
「失礼だな。ぼくだって、小さい頃はふつうの──」
その時、ちょうど薄い夏雲が太陽に差し掛かり、明るい緑道を僅かに翳らせた。
静かな風が、さあっと木々の間を吹き抜けた。
まるで、彼の胸を過ぎるように。
「──子どもだったよ。」
「ほんとかよ。それ、絶対かわいげのねーガキだったやつだろ。」
そして遊歩道を抜けた二人は、それぞれの目的地へと向かって別れた。