ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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【前回の要点】
バトルアリーナを制し、ガッツシンボルを手に入れたヒノキと彼の挑戦を見守っていたリラは、公園にいた子ども達から病院に歌を歌う幽霊が出るという噂を聞く。病院に勤務する母親を心配する少年に、リラは自分が調査することを約束する。


52.10年前⑫ 願い星の秘密

 

 

 【七月五日 夕】

 

 

「そうですか。では、その歌が聴こえるようになったのはここ一週間ほどで、時間は大体日付の変わる頃から明け方にかけてである、と。」

 

 ヒノキと別れてバトルフロンティア総合病院を訪れたリラは、宿直勤務の警備員に例の歌声についての聞き込みを行っていた。

 

「はい。今のところは何か実害があるという訳ではないので、私共もあまり大事にしたくないのですが、やはりどうしても気味が悪いので・・・噂が広まってしまったようです。」

 

「なるほど。ちなみに、その屋上は普段は自由に出入りできるのですか?」

 

「憩いの場として日中は開放していますが、安全の為に毎日十八時には自動的に施錠されるようになっています。オートロックが解除されるのは翌朝の九時です。」

 

「そうですか・・・。」

 

 右手を口元に当てて、リラは考え込んだ。

 件の歌が聴こえるのは扉が施錠されている時間帯。

 となると、その歌声の主は外部からここへ飛んで来ている可能性もある。

 

「分かりました。では一度、屋上に暗視カメラを設置してみましょう。もしかしたら、それで何か分かるかもしれません。」

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

 

 そこでリラはポケナビで時間を確認した。十七時二十分。まだ施錠には時間がある。

 

「すみません。カメラの設置場所を考えたいので、ちょっとその屋上を見せてもらいますね。」

 

 

 そこは彼が思っていたほど殺風景な場所ではなかった。

 ささやかながらも芝や木々などの緑が設けられており、北側には海を眺めながら談笑できるベンチが間隔を空けて並んでいる。まるで、ちょっとした公園のようだ。

 

 その屋上を、リラはぐるりと一周歩いてみた。

 周囲はもちろん背の高いフェンスで囲われているが、飛行やテレポートの可能なポケモンなら何なく飛んで来られるだろう。

 塔屋に遮られた裏手を覗けばひっそりと物干し場があり、その背後には空調や電気関係の設備、給水塔などが無機質に並んでいる。これといった特徴のない、ごく普通の屋上の風景だ。

 

(もしかしたら、ここで夜中に歌を歌うのが好きなポケモンがやって来るのかもしれないな。)

 

 ちょうど、夜中に街中を散歩するのが好きなヨマワルがいるように。

 そんな事を考えながら、リラは屋内へ戻ろうとした。

 

 

 その時だった。

 

 

「・・・・?」

 

 

 突然背後に生じた気配に肩を掴まれたように、リラは足を止めた。

 

 

 ◇

 

 

『なるほど。ジラーチの陰に二人の海の民、か。』

 

「ああ。まだ決定的な証拠は見つかってないから、黒幕と決めつける訳にはいかないけどな。でも、あの二人はどうも何か引っかかるんだ。」

 

 七月五日、同刻。

 リラと別れてホテルの自室に戻っていたヒノキは、オンライン上である人物と事件についての推測を巡らせていた。

 

『いや。決してなくはない線だと思うよ。実際、海の民の中にはカイオーガを信奉するあまり、極端な海洋至上主義を掲げる者が不定期的に現れる。それに、ハンテールが浜に打ち上がるのを不吉の兆しとする伝承の起源(ルーツ)はこの一族だと言われているからね。』

 

 画面の中の人物は、ヒノキの推測を具体的な言葉に換えてその可能性を肯定した。

 

『とにかく、ルネ沖の海底洞窟と周辺海域の巡視を強化するよ。二十四時間体制で変化を捉えられるようにね。僕の友人のルネシティのジムリーダーも力を貸してくれると言っているから、何か動きがあればすぐに君に伝えられるだろう。』

 

 そう言うと彼は傍らに置いていたポケナビを手に取り、操作し始めた。彼にとって『自社製品』であるそれを扱う手捌きは、まるで機械のように速く緻密である。『若社長』の肩書きは、決して親の七光りではない。

 

「ああ、サンキュ。ぜひそうしてくれ。それでダイゴ、おまえの方は?何か進展はあったか?」

 

 彼の仕事に礼を述べつつ、ヒノキは改めて訊ねた。

 この地方を代表する大企業、デボンコーポレーションの社長の御曹司にして、現ホウエンチャンピオンのダイゴ・ツワブキ。

 この、今ホウエンで最も影響力を持つといっても過言ではない友人には、万一に備えてのホウエン全体の警戒の指揮とジラーチに関する情報収集を依頼していたのだ。

 

『ああ。ハジツゲ山地の奥にある『りゅうせいのたき』を守る一族の長老から、ジラーチの前回の覚醒時に関する話が聞けてね。そういう話はお兄さんから聞いているかい?』

 

「いーや、全く。ウチの愚兄は基本情報だけ投げて消えるスタイルだからな。ぜひ聞かせてくれ。」

 

 そうしてダイゴの口から聞かされた伝承は、実に興味深い話だった。

 千年前、『陸の民』と『海の民』によって地と海の底から呼び覚まされたグラードンとカイオーガによる、陸と海を巡る争い。

 ホウエン全土を滅ぼす勢いで戦っていたその二体を鎮めたのは『(そら)の化身』といわれる気龍(レックウザ)であったのだが、そのレックウザを召喚したのがジラーチだという。『どうか二体の争いを終わらせてほしい』という世界の願いへの答えとして。

 

「当時、ジラーチは流星の民に祀られていて、祠も流星の滝の最深部にあったらしい。いよいよ現実味を帯びてきた世界の終わりに、民の長は一族に伝わる願い星伝承に一縷の望みを託し、幾日も祈祷を捧げた。その結果、祈り始めてから七日目の夜にジラーチが覚醒したという。」

 

 目覚めたジラーチに叶えられた一つ目の願いによって、二体はそれぞれ大地と海の奥深くへと潜り、再び眠りに着いた。そして『争いによって失われてしまったものを元に戻してほしい』という二つ目の願いで、混沌と化していた世界と消えた命が甦った。

 

 そうして世界は概ね平和を取り戻した。

 しかし、ジラーチにはまだあと一つ、願いを叶える力が残っている。

 

「そこで流星の民の長は、その力で本土から離れたある無人島の洞窟の奥深くに祠を移した。そして最後の願いによって、自身の育てた若いキュウコンに、七夜を経ずとも、また三願を叶えずともジラーチを眠りにつかせる事のできる封印の力を与えて、次の千年の番人としたそうだ。『後の世にこの力を悪用する者がなきように』という思いを託して。」

 

「そこだけは兄貴も教えてくれたよ。でも、そういう経緯があったってのは初めて知った。千年前の厄災と何か関係がありそうだとは思ってたけど、そーゆーことだったのか。なるほどな。」

 

 合点がいったという風に何度も頷くヒノキに、ダイゴは補足事項を告げた。

 

「厄災の収束後、彼らはそれら一連の事実の守秘を一族の掟に加え、以降、ジラーチの存在は代々の長からの口伝によってのみ今日へと伝えられてきた。それほど、ジラーチの力が世に知られて悪用されることを危惧していたということだ。」

 

「ま、そりゃそうだよな。世界を甦らせられるってことは、その逆もできるって事だもんな。」 

 

 ヒノキの言葉に、今度はダイゴが頷いた。

 

「そういうことだ。僕からは以上になる。ああ、もちろんこの話は他言無用だよ。そういう前提で教えてもらった事だからね。」

 

「心配いらないさ、おまえの信用に傷をつける勇気はないからな。あ、でも──」

 

 そこで少し視躊躇う様子を見せつつも、ヒノキは自身の希望を口にした。

 

「リラのやつにも話しちゃダメかな?事件に関する情報はできるだけ共有しときたいんだけど・・・。」

 

「タイクーンに?」

 

 ヒノキのその頼みに、ダイゴは小さな顎を指で支えて少し考えたが、直に頷いた。

 

「分かった。彼が信用に足る人物である事は僕も理解している。だけど、他言してはならないという点は忘れず伝えてくれよ。」

 

「助かるよ。あいつにはできるだけ隠し事はしたくないからさ。」

 

 隠し事。

 ふと、その言葉がダイゴの胸に妙に引っかかった。

 

「・・・そういえば、きみは彼とは僕よりも早くに面識があったと言っていたな。」

 

 ダイゴがエニシダの仲介でリラと知り合ったのは、彼が十二歳でホウエンリーグを制した三年前の事だ。ホウエン海南東の離島に建設中のバトル施設の長となる予定の少年ということで、いわば仕事の一環での出会いだった。

 しかし、その機に設けられた非公開試合を終えてみれば、内心胡散臭く思っていた小肥りの責任者に自ら次の機会を願い出ていた。以来、彼との手合わせの為に年に何度かバトルタワーを訪れている。

 

「ああ。五年前にバトルタワーの完成記念パーティーに招待された時に友達になってさ。それからずっとオレの目標なんだ。あいつみたいにかっこいい頂点(チャンピオン)になりたいって。」

 

 少し照れくさがりながらそう話す友人に、ダイゴは直感的に懸念を抱いた。「男の勘」とでもいうべきものだろうか。 

 

「・・・そうか。しかしこんな状況では、なかなか友人としての時間も持てないだろう?」

 

「そうなんだよな。一昨日もここの温泉に一緒にどうかって誘ったんだけど、あいつの都合がつかなくってさ。まあでもこの事件が解決したら、その時はきっと──」

 

 その何気ない言葉で、ダイゴは確信した。

 やはりヒノキは「その事」をまだ知らないのだ。

 そしてこの期に及んで本人(リラ)がその事を伏せているということは、おそらく──。

 

「・・・なあ、ヒノキ。」

 

「ん?なんだ?」

 

 しかし、ダイゴはそこで口をつぐんだ。

 自分のこの気回しが、却って「彼女」を傷つけはしないか。

 そんな思いが過ぎったのだ。

 

「いや。何でもないよ。こっちは僕が責任をもって守る。きみはフロンティアとジラーチを頼んだよ。」

 

「おお、任せろ。んじゃ、また何か分かったら教えてくれよな。」

 

「もちろん。それじゃあ、また。」

 

 

 そして二人は通話を終えた。

 

 

 ◇

 

 

 ヒノキとの通信を終えたデスクトップは、既に光を落としていた。

 しかし、それでもダイゴはその暗い画面を見つめたまま、先ほど友人に言いかけた言葉の先を、声に出さずに続けた。

 

 

 もう、何年も前の話だよ。

 僕がまだトクサネで暮らしていた頃、近所に不思議な力を持った、淡い紫の髪の女の子が住んでいてね──

 

 

 他人の人間関係など、干渉すべきではない。

 大人達に囲まれて育つ中で知らぬ間に得ていたその教訓には、今でも大きな信頼を寄せている。

 しかし、他人と言えど彼らは友人だ。

 その関係が壊れていくのを見るのは辛い。

 

 常に変わりゆく状況の中で瞬間的に自分と相手の諸々の要素を分析し、予測を立てて、最善の一手を弾き出す。

 ポケモントレーナーの基本であり、真髄だ。

 そしてそんなポケモントレーナーの頂点の一つに立ったからには、自分はその力に恵まれている方だと思っていた。

 が、それはあくまでポケモンバトルに限ってであり、それ以外の事となれば、出した判断(こたえ)に自信を持てる事の方がずっと少ない。

 

 そこで、僅かに椅子が押されてダイゴは我に返った。

 振り向けば、ダンバルが構ってほしげに赤い一つ目を上目に遣っている。通信中は大人しく後ろで待っていたが、痺れを切らしたのだ。

 

 

──ポケモン(きみたち)と石の素晴らしいところは、語り合うのに言葉が要らないことだな。

 

 幼い鋼鉄の身体を両手で撫でながら、ダイゴは思った。

 チャンピオンになっても分からない事はたくさんある。

 だからこの判断もまた、二人の共通の友人として最善の一手であったのかどうか、彼には確信が持てない。

 




 
 
以前にも触れましたが、本作ではダイゴさんはヒノキとリラの二つ上設定なので、この時点では15歳、十年後となるSM編で25歳となります。この過去編で公式通りに25歳と想定すると大誤算が生じてしまいますのでご注意ください。
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