ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
【前回の要点】
バトルドームを制してタクティクスシンボルを手に入れたヒノキは、ヒースからウコンについての気になる情報を耳にする。その詳細をドームの外で待っていたウコン本人に尋ねるも答えは得られなかった為、自身で調べ始める。
【七月六日 夜】
長い一日がようやく終わりに近づいた、午後の九時。
バトルタワー最上階の自室に戻ったリラは、ポケナビを片手にデスクに着き、ヒノキと明日の打ち合わせをしていた。
「・・・そうだな。それなら確かに、ぼくは明日は一日タワーにいる方が良さそうだね。」
『ああ。これで奴からの手紙が来てないのはおまえのとこだけだからな。オレもウコンさんとの勝負が着いたらすぐに行くよ。あそこはそんなに時間かからないよな?』
「パレスのバトルは原則的にポケモン達自身によって進められる。その為、確かに一試合当たりの平均所要時間はトレーナー主導のバトルよりは長い傾向にある。でも、それも基本的にはプラス約七、八分といったところだ。決してピラミッドのような時間のかかり方はしないよ。」
『そうか、なら良かった。ジラーチが目覚めるのは多分夜だと思うけど、保証はないからな。なるべくせっかちな奴らにソッコーで頑張ってもらうよ。』
「ありがとう。心強いよ。」
『いやいや、まだ勝ってねーから。それより、ローレルさんの具合は?ちょっとは良くなったのか?』
その質問に答えるのに、リラは少し時間がかかった。
『うん。意識はないけど、朝よりは呼吸も落ち着いて、今は小康状態にある。だけど、医師からは覚悟をしておくように言われたよ。もう、そう長くはないだろうと。』
その言葉に、ヒノキはふと、一昨日の面会の別れ際に彼から聞かされた話を思い出した。
「ところでヒノキくん。私の故郷には『人は潮が満ちる時に生まれ、引く時に死ぬ』という言い伝えがあります。そんな話を聞いたことはありますか?」
「潮・・・?いや、初めて聞きました。」
訝しげな表情を見せたヒノキに、ローレルは穏やかな口調で続けた。
「もちろん、何の科学的根拠もない迷信です。現に私は、そこで暮らしていた歳月の中で何度も例外を見てきました。しかし、こうしていざ自分の死期が近づいてきたとなると、無性にこの言葉が気になるのです。すなわち、自分が死ぬ時はどうなのだろうと。私は陸に上がってもう数十年になりますが、どうやら本当のところで海を離れることは出来ないようです。」
そう言って、老人は遠い目で笑った。
「・・・そうか。」
ヒノキにはそれしか言えなかった。
もっと何か言ってやりたかったが、何を言えば良いのか分からなかった。
「うん。それじゃあまた明日。タワーで会おう。」
そしてリラは通話を切り、島が一望できる南側の窓辺に立った。
そうして、かつて自身がこの島に来た頃よりもはるかに華やいだ夜景をしばらく眺めていたが、不意にポケットから再びナビを取り出した。
『はい。もしもし。』
二度目のコールで応じたその声に、疑問の響きはなかった。まるで、この折り返し電話が来ることが分かっていたかのように。
「先生から、いつも言われていた事があるんだ。」
友人のそんな反応が少し嬉しくて、リラはつい唐突に切り出してしまった。
「『人は誰しもいつかは必ず死ぬ。そんな当たり前の事で揺らいではいけない。だから、たとえ近しい者の身にその時が迫っても、その事で食事と睡眠と戦いの質を落としてはならない』。・・・だけど、さすがに今夜はぐっすり眠るのは難しそうで。それで──」
もう少しだけ話ができたら。
しかし、いざそう続けるのは躊躇われた。
この、不安で眠れそうにない夜を少しでも短くしたいという我儘に彼を巻き込むのは、迷惑でしかない気がしたのだ。
ところが、途絶えたその続きはナビの向こうの声が勝手に引き受けてくれた。
『おお、それならちょうどいいや。オレ、実は今南の岬で星見てるんだけどさ、すげーきれーだぞ。おまえも来いよ。』
その誘いに、リラは胸の
「分かった。すぐに行くよ。」
そして通話を切ると、既にボールから出て待っていたフーディンと共に、本当に一瞬で彼の元へと向かった。
◇
「これは・・・」
フーディンと共に岬を訪れたリラは、その植物とも建物ともつかない不思議な造形物にただ目を瞠るばかりだった。
それは、円形に生い茂った細い木やツルやツタが編み合って形成された、天然(?)の緑のドームだった。ただし、その天井は『いあいぎり』で切り払われたかのように、すっぱりきれいに開いている。
当然、リラの知る限りではこの場所にこのようなものは存在しない。
となれば、答えはひとつだ。
「おっ、来たな。なかなか上出来だろ、オレの
そう言って足元の茂みの隙間から四つん這いで現れたのは、今しがた電話で話した親友だった。
「これ・・・きみが作ったの?」
ヒノキが這い出てきた、まさに『巣』としか言いようのないそれを指しながら、リラは訊ねた。状況からしてそうであることは分かりきっていたが、それでもやはり訊ねずにはいられなかった。
「ん、まあ実際に作ったのはコンの『ひみつのちから』だけどな。ま、とりあえず入れよ。これで中は意外に快適なんだ。」
そう言って再び『巣』の中に入っていった彼に続いて、リラも手足をついて抜け穴のような隙間へと潜った。
◇
「二時間くらい前に思いついてぱぱっと作ったやつだから、あんま面白くねーけど。でもまあ、一晩星を見るには十分だろ。」
「いや・・・十分過ぎるよ。」
狭い出入り口から広く開けた内部へと出たリラは、大きな目をさらに見開きながらそう呟くので精一杯だった。
そこは、想像以上の空間だった。
中央のメインスペースに敷かれた円形のカーペットには、ポケモン柄の個性的なクッションがいくつも置かれている。そしてその周囲には立派な花や木の鉢、それに可愛らしいぬいぐるみを載せた棚代わりのレンガが彩り豊かに飾られ、植物の編み合いから成る壁には額入りのポスターまで掛かっていた。
「野宿とかする時に便利なんだよな。ダイゴの奴に教えてもらった時は、感動を通り越してなんかもうショックだったよ。早く
その時のヒノキの「ショック」を、リラは容易に想像することができた。なぜなら、「友達の家に遊びに行く」という経験が殆どないまま育った彼にとってもまた、この空間の放つ刺激と眩しさは「ショック」だったからだ。
「ま、とりあえず楽にしろよ。クッションとかはてきとーに使ってくれ。あと、これ。」
星と稲妻がポップにあしらわれたカーペットに上がったヒノキは、そこに置かれていたリュックから何かを取り出し、リラとフーディンにそれぞれ放ってよこした。
「オレの奢りだからな。ありがたく頂戴しろよ。」
そのサイコソーダは、見慣れない仕様をしていた。
パッケージには楽しげに波に乗るピカチュウとチリーンが刷られており、不思議な構造をした瓶の飲み口近くには、なぜかビー玉が入っている。
「こんなのあるんだ。初めて見るよ。」
フーディンのスプーンが放つ淡い光で瓶を照らして、リラは目を細めた。よく見ると、チリーンの短冊には『夏季限定』の文字がある。
「いやいや、普通にこの島で買ったやつだから。ショップとか、あんまり行かないのか?」
「うん、買い物は基本的にネット注文でする事になっているからね。でも必要なものは全部用意してもらえるし、欲しいと思う物は本くらいだから、それも二ヶ月に一度くらいかな。」
その言葉で、ヒノキは改めて彼の日常の非日常ぶりに驚き、それが気になった。
尤も、浮世離れを
しかし、それでもダイゴは欲しい物を探し、好きなことを追いかけて生きている。
リラは、彼とは根本的に何かが違う。
──おまえ、本当にそれでいいのか?
喉まで出かかった思いを押し込むように、ヒノキは残りのソーダを一気に飲み干した。隣でゆっくり飲んでいるリラのために、げっぷは我慢した。
「そういえば」
隣に座っているフーディンを見ながら、リラが口を開いた。
「前にフーディンが話してくれた事があったよ。時々、君にせがまれて家の屋根に上がって星を眺めた夜があったって。」
「ん、ああ。オレは昔から眠れない夜はヒツジより星を数える派だったからな。つーか、せがまれてって何だよ。そこは誘われて、だろ。」
そう言って口を尖らせた最初の主人に、フーディンは細い目をさらに細めて笑った。離れてからの歳月が共に過ごした時間の何倍になっても、彼らの空気は変わらない。
それは、彼らの間にいるリラが一番よく分かった。
「じゃあ、きみもそうだったんだね。」
「ん。いよいよ明日かもってなると、さすがにな。おまけに何がどうなるかも分からないとなれば、なおさらだ。」
そこでヒノキは手近なジグザグマ柄のクッションを引き寄せると、仰向けになった頭の下に敷き、満天の星空を指して言った。
「だからさ、今も明日が無事に終わりますようにって片っ端から願かけまくってたんだ。そら、また流れた。」
ヒノキが指した先には既にもう何もなかった。しかし、その直後に再び光の爪先がわずかに闇を引っ掻き、そして消えた。
「流れ星・・・?」
「ああ。ジラーチの覚醒が近いからか、さっきから結構流れてるんだよ。まあ、ジラーチより確率は低いだろうけど、数打っときゃ一回くらい当たるだろ。明日の事はオレが引き受けるから、おまえは何か好きな事願っとけ。」
そこでリラも横になって夜空を見上げた。
フーディンは坐禅を組んで目を閉じている。どうやら心の目で見ているようだ。
「そうだな。じゃあ、何を願おうか。」
そう呟くと、ヒノキがこちらを向いてにやっと笑った。
「あ、でも好きな事っつっても、二股はそれこそハメツの願いだぞ?」
「へっ??」
誰の何の話かと戸惑うリラに、ヒノキは続けた。
「ほら、チューブのアザミさんとアリーナのコゴミのねーちゃん。おまえ、あの二人としょっちゅう一緒にいるって街の人から聞いたぞ。意外と隅に置けないヤツだな。」
そこで、リラはようやく彼の言わんとしていることを理解した。自分としては、同性で比較的歳も近い彼女達と行動を共にする事に何の違和感もない。が、その事情を知らない第三者にそれが『両手に花』と映るのは、どうにも仕方のない事であった。
「ちっ、ちがうよ!!あの二人はあくまでブレーンの仲間という関係であって、それ以上の事は、何も──!」
思わず身体を起こして弁解するリラに、ヒノキは笑った。
「分かってるよ。おまえは絶対そーゆーことしないっていうか、出来なさそうだもんな。」
リラが再び身を横たえたところで、でもまあ、とヒノキは続けた。
「やっぱ男と女ってのはメンドーだよな。自分じゃ友達のつもりでも、傍から見ればどうしたってそういう風に見えるし、見ちまうもんな。」
彼のその何の気なしの言葉に対して、リラはできれば反論したかった。だけど、もし初日の夜に彼の電話から聞こえた声が男性のものであったなら、あんな風に引っかかることはなかっただろう。要はそういうことだ。
そうして返す言葉に困っていると、ヒノキの方から話題を変えてきたので、リラはほっとした。
「そうだ。もしかしたら、明日はおまえとバトルするかも知れないんだよな。確かおまえんとこは完全に公式通りだったよな?」
「ああ。王道のポケモンバトルで、挑戦者の『才能』を試させてもらう。それがバトルタワーだよ。」
「挑戦者の才能を試す、か。・・・重いな。」
ヒノキの呟きに、リラも頷いた。
「うん。だから、ぼく自身もまた試される立場にあると思っている。他人のそれを試すに相応しい人間であるかどうかを。」
才能。
その言葉を他人に対して口にする時、いかに大きな責任と細心の注意が要求されるかは、ヒノキもリラも既に知っていた。
「正直、ぼく自身、才能とは何かと訊かれても万人を納得させられる説明はできない。だから、言葉じゃなく
「それでいいと思うぜ。てか、それしかねーだろ。才能があるかないかなんて、他人が言葉でどうこう言うもんじゃねーよ。自分が身を持って知った事実をどう受け止めるか、それだけだ。」
そのヒノキの言葉に、リラはある事に気付いた。
そして、その微笑ましさに思わず笑ってしまった。
「な、なんだよ。今のは別に笑うとこじゃねーだろ。むしろ、相当真面目に──」
笑われた理由がさっぱり分からないヒノキは、少しむっとした口調で反論した。
「ごめんごめん。そうじゃなくて、ちゃんとつながってるんだなって思ってさ。ほら、五年前にぼくがきみに訊いたの憶えてない?ポケモントレーナーの才能とはなんだと思う、って。」
「んー。そういや、なんかそんなこともあったような・・・」
そう言いつつあまり憶えていなさそうなヒノキに、リラは続けた。
「その時、きみはその質問にこう答えたんだ。『ポケモンもトレーナーも楽しくやっていて、しかも強いやつ』だって。」
「うっわ。オレ、本当にそんな事言った?」
「言ったよ。しかもその後、それオレのことか、って自分で言ってた。」
「分かった、もういい。んで?」
これ以上若気の至りが掘り起こされないよう、ヒノキはリラに続きを促した。
「あの頃のぼくは、才能とは結果の事だと思っていた。だから、オーナーの言う『ポケモントレーナーの才能』とは、試合に勝つ、勝たせることだと。そう考えていた。」
静かな口調でそう語ったリラに、ヒノキは出会った頃の彼の思い詰めたような顔を思い出した。
「もちろん、それもそれでひとつの答えで、仮に今誰かが同じ事を言ったとしても否定はしない。ただ、ぼくにとってはそれは
「・・・だろうな。そういう考えの奴は大体きつい顔してるから。そのくせ、勝ってもあんま嬉しそうじゃねーし。」
うん、と頷いてリラは続けた。
「だから、きみの答えは衝撃だったんだ。『楽しくやっていて、しかも強い』って。どういう事だろう?って。でも、確かにきみとユンゲラーはそんな風に見えた。それできみたちが帰った後、ぼくも色々と試してみたんだ。」
「試す・・・?」
「うん。そうだな、今、キュウコンは?」
「ん?ああ、火が怖いから戻してた。そら、コン!」
リラの求めに応じて、ヒノキはボールからキュウコンを繰り出した。
「本当に、立派になったね。」
かつて自身が洞窟から救い出したそのきつねポケモンの頭を撫でると、リラは目を閉じて両手でその顔を包み、ゆっくりと全身に滑らせた。
やがてリラは目を開いた。そして、キュウコンの嗜好や性格や過去の出来事といった、彼が知るはずのない情報を、次々と口にした。
「・・・・」
驚きのあまり言葉を失っているヒノキに、リラは訥々と語った。
「一番最初に『声』が聴こえたのは、三つの時だった。近所の陽だまりで眠っていたココドラを撫でていたら、『眠たいから今は構わないで』って怒られてね。・・・この力が、ぼくがここに来るきっかけだった。」
ヒノキはまだ相槌が打てない。
キュウコンを撫でながら、リラは続けた。
「ここでのぼくの最初の仕事は、捕獲されてきた共有ポケモン候補達をこの力で分析することだった。どういう性格で、何が得意、あるいは不得意であるか、というようなことをね。」
世の中には、ポケモンに対して特殊な力を発揮する人間が稀に存在する。そのことはヒノキも知っているし、実際何人か知り合いもいる。しかし、何度見たところでその不思議が不思議でなくなる事は決してない。
「その頃のぼくにとって、この仕事は『作業』でしかなかった。データ収集のために決まった質問をして、その返事を訊く、それだけ。つまり、楽しくなかったんだ。」
あまりにも自分の知らない世界の話に、ヒノキはなんと反応すれば良いのか分からなかった。
ただ、ポケモンとの対話が作業になるその虚しさだけは、何となく想像できた。
「だからまずはそれを変えた。一体ずつにかける時間を増やして、ぼくからは『きみの事を自由に話してほしい』とだけ伝えた。そうしたら、ポケモン達は故郷の事や家族の事、本当に色んな話をしてくれて。そうやって彼らを背景から理解することで、前よりもずっと仲良くなることが出来たんだ。」
自身を撫でる細い指に、キュウコンは気持ち良さそうに耳を寝かせている。
「それからは、あんなに苦痛だったバトルがどんどん楽しくなった。彼らの個性から閃く作戦を試したくて、心が重なる瞬間を味わいたくて、自分から戦いたいと思うようになった。だからぼくは、挑戦者にそんな感覚を伝えられるタイクーンになりたいんだ。そうして相手をわくわくさせる事が、その人の才能を引き出す事につながると思うから。」
そこまで話してから、リラは自分をじっと見つめるヒノキの瞳に気付いた。
「ごめん。ちょっと喋り過ぎたね。」
そう言って、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「いや、そうじゃなくて。・・・なんていうかオレ、結構真剣におまえに敵う気がしなくなってきてさ。」
心からの敬意を込めて、ヒノキは言った。
十一歳で当時のカントーリーグを制してから約二年。憧れだけでは決して務まらないチャンピオンというものを、それでもここまで妥協せずやってきた自負はある。しかし、これほどまでにポケモンに、そして自分の責務に誇りをもって誠実に向き合えている自信はなかった。
そんなヒノキの本音をリラはバトルにおける謙遜と捉えたらしく、笑って言った。
「フィールドに立てば、きっとそんな事思わなくなるよ。・・・そうだ。そういえば、まだー」
「ん?」
「いや。やっぱり、明日のお楽しみにするよ。」
自分の口から出たその言葉に、リラは不思議な心地がした。あんなに来るのが怖かった明日に、楽しみができるなんて。
「む・・・。ま、でも確かに明日は何か楽しみがあった方が頑張れそうだしな。」
ヒノキも似たような感覚を抱いたらしい。
それから二人はしばらく黙って星を見ていたが、やがてヒノキの方から静かな寝息が聴こえてきた。
彼が何も被っていなかった事を思い出したリラは、起き上がって傍にあったブランケットをかけてやった。
そして自分の分も手に取ると再び空を見上げ、その真ん中を横切った一筋の光へ切に願った。
明日という日を、どうか二人一緒に無事に終えられるように、と。