ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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57.10年前⑰ 破滅の願い[後]

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

「大変お待たせしました。当博物館学芸員のローレル・リアンと申します。」

 

 恭しく礼をしてきた初老の紳士に、ソファーにかけていた青年は慌てて腰を上げて頭を下げ返した。

 

「いえいえ。こちらこそお忙しいところ申し訳ない。しかし、どうしてもあの島の事をお聞きしたく思いまして・・・おっとそうだ。申し遅れましたが、私はエニシダ・ブルームという者です。」

 

 ホウエン地方最大の港町、カイナシティ。

 その海辺の高台にある博物館の応接室で、ちぐはぐな外見の二人の男がにこやかに握手を交わしていた。

 

「ははは。確かに書面上の所有者はうちの館長(クスノキ)ですが、実際に管理やら調査をしているのは私ですからね。・・・ほう、ご職業はポケモン実業家、ですか。」

 

 交換した名刺に記された肩書をローレルが珍しそうに読み上げると、エニシダ青年は肥えた白い腕を頭に回し、照れくさそうに癖のある後ろ髪を掻いた。

 

「ええ。まあ、まだほとんど自称、というところですが。しかし、私には夢があるのです。このホウエンに、世界中の強者たちが集うポケモントレーナーの楽園を作る、という夢が。」

 

 夢。

 その言葉の響きも、実際にそれを語る目の前の青年も、ローレルにはひどく眩しく、懐かしく、そして遠く感じられた。

 

「ポケモントレーナーの楽園、ですか。それは、いわばポケモンリーグのようなもので?」

 

 胸中に広がる波紋は微塵も出さずに、ローレルはごく自然に訊ねた。

 

「いえ、むしろ逆です。ポケモンリーグとは伝統的な試合形式に則ってその頂点を決する、ポケモンバトルの聖地。対して私が構想するのは、従来にない独自のルールでトレーナーの力を試す、いわばポケモンバトルの最前線です。まあ、もちろん一つくらいはオーソドックスなバトルを楽しめる施設も設けるつもりですがね。」

 

「なるほど。ではつまり、その夢の舞台の候補としてあの島を考えておられる、という事ですね。」

 

「その通りです。複数のバトル施設やそれを支える街を作るのに十分な広さがあり、ホウエン本土からも一日で往復できる距離。そして何より、反対する住民もいない未開の無人島である。正直、もうあの島以外は考えられません。」

 

 青年の熱弁にローレルは頷いた。が、決して流されたという訳ではなく、あくまで冷静に応じた。

 

「ふむ。・・・ちなみに、館長にはその事は?」

 

「既にお話してあります。特にどうする予定もない島だから、譲る分には構わないとの事でした。ただ、本当に決める前に最もあの島に詳しいあなたの意見を聞いておいた方が良いだろうとの助言を頂いたので、今に至るという訳です。」

 

「なるほど、そういう事でしたか。」

 

 そう言うと初老の学芸員は整った髭の生えたあごの下に手をやり、考え込むように黙った。

 そんな彼の仕草に、青年は一抹の不安を感じた。

 

「・・・何か、問題でも?」

 

「いえ。まあ、確かにあの島は少しばかり妙なところがありますが、かといってこれまでに何かが起きたという訳でもないので。年寄りの杞憂ですよ。お聞かせ頂いた計画を形にする場としての適性は、仰る通り十分だと思います。」

 

「そうですか。それは良かった。」

 

 そこでエニシダはほっと安堵の息をつくと、出された紅茶をすすった。そうして気持ちに余裕が出てきたのか、カップを置くと、奇妙なサングラスの奥からじっと好奇の目でローレルを見つめた。

 

「・・・私の顔に、何か?」

 

「や、失礼。いえね、実は私、ちょっとばかり人を見る目というのがありまして。分かるんですよ。あなたが、こんなところで収まっているには惜しすぎる人間だということが。」

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 硬く鋭い木の実の海を隔てて、カビゴンとフォレトスは主人達の指示を待っている。

 

「間もなく、私は海の博物館を辞してエニシダの元で働くこととなった。最初は島の知識やら昔の職で培った技術をあてにされた便利屋だったが、やがて大方の設備が整うと、施設で使用するポケモンの育成係を任じられたのだ。」

 

 話を進めつつ、ローレルはカビゴンが撒き菱の海を渡らずにフォレトスへ『のしかかり』を仕掛ける方法を探っていた。

 

「その仕事は私にとって故郷を出て以来の喜びだった。私がキナギにジムを作って主になりたいと願ったのも、ポケモンが好きで彼らと共に郷興しがしたいと思ったからだ。」

 

 今、地上を行かせれば一歩ごとに走る痛みが速さを削ぎ、威勢を削がれる。まして『はらだいこ』で体力の半分を失っている現状では、リスクが大きすぎる。

 そうとなれば──。

 

「そしてその喜びと誇りが、私にようやく故郷で待つ友へ詫び状を出す決意を固めさせた。『お前との約束はもう果たせそうにないが、代わりにこの島で誠心誠意やっていくつもりだ。』と。・・・奴がこの島にやって来たのは、その手紙を出そうとした矢先だったよ。」

 

 そこでカビゴンに命じたのは『あくび』。しかし、おおらかな技の雰囲気とは対照的に、ローレルの語り口は怒りで荒んでいた。

 

「まったく。ろくでもない目には人一倍遭ってきたが、(はらわた)が煮えくり返る音を聞いたのは初めてだったよ。郷で待つと約束したお前が、なぜブレーンとして現れる?絆を試す役を引き受ける?そんな怒りで滾る音がな。」

 

 一方、ヒノキとフォレトスにとって、そのような搦め手が入る事は決して想定外ではなかった。ただ、誘うつもりが誘われる形になってしまった以上、少し予定を変更する必要がある。

 

「もちろん私は自分に言い聞かせたよ。約束を守れなかったのはむしろお前の方なのだと。そんなお前に奴を非難する資格などないと。だが、頭では分かっていても、積年の辛苦が渦巻く私の中の嵐は収まらなかった。」

 

 苛立ちのままに吐露するローレルに、眠気に抗いながらヒノキは言葉を返した。

 

「・・・だから、その資格を得るために自分だけ約束を果たそうってのか?ウコンさんを裏切り者として心おきなく憎む為に?」

 

 その言葉に、ローレルは躊躇う事なく頷く。

 

「たった一人でも本当の私を憶え、受け入れてくれると信じられる友がいる。それが、私がこの世界を生きる支えだったのだ。お前には到底分からぬ事だろうがな。」

 

「分かるさ」

 

 ヒノキは心から言った。

 大切な存在だからこそ、傷つける事で自分の存在や思いの丈を知らせたくなる。かつて、たった一人の肉親である兄がチャンピオンの職務の為に疎遠になった彼にも、そんな(くら)い衝動には覚えがあった。

 

 しかし。

 

「それにしたって、それはあんたら二人の問題だろうが。リラが巻き込まれなきゃならない理由にはならねえだろ。」

 

 目で主人の合図を受けたフォレトスが、噴射の推進力で飛び出した。弾丸のようなその勢いは、そのまま相手へ強烈な『すてみタックル』をかますためだ。

 ところが、飛んだのは彼だけではなかった。

 

「その通りだ。」

 

 硬いような、柔らかいような鈍い衝撃音と共に、両者は棘の海の上空で激突した。そして、その反動で弾かれたように各々の陣へと落ちた。

 

「だからあの子には、今もすまないと思っている。」

 

 そう言うと、ローレルはまるで傘をさすようにポケットからボールを取り出して開いた。直後、薄いピンクのベールが彼を包み、巨体の落下と派生した衝撃から彼を守った。

 続いて、その『マジックコート』の主のバネブーは頭の真珠を輝かせた。そしてまるで映写機のように、フィールドの横の壁にある光景を映し出した。

 

「見ての通り、私の本来の肉体は間もなく滅びようとしている。到底、キナギにジムを作れる時間などない。しかし、()()()()ジラーチに若さを望めば、私自身かこの世界のどちらかが作り替えられてしまう。それでは意味がないのだ。私が約束を交わしたのは、()()()()()()()()()()なのだからな。」

 

 呼吸器を付けた苦しげな老人の姿を眺めながら、ローレルは無感動に言った。まるで他人事だ。

 

「・・・それは分かんねーな。それで他人に成り代わって約束を果たすなんて。矛盾もいいとこだろ。」

 

 ヒノキは努めて冷静に、そして強気に言ったつもりだったが、その声はどうにも力強さを欠いていた。しかし、本物のリラがあの死にかけの老体の中である事を思えば、仕方のない事だった。

 

「私はとうの昔にムスカル・ジャコウという『自分』を捨てている。その時から私を私ならしめているのはこの(たましい)だけだ。器である肉体に拘りはない。」

 

 その歪んだ我執に不快感を覚えると共に、ヒノキは理解した。ジラーチに願いを届かせるには、その願いに相応の「覚悟」が求められる。だからジラーチは彼に腹の眼を開いたのだ。身体を失う事を厭わない、その覚悟を認めて。

 

「・・・が、この子を選んだ事については、多少の執着があったことを認めねばな。」

 

 ちらりと今の身体を見やった後、ローレルは唇の端に微かな笑みを浮かべて続けた。

 

「五年前、お前達と出会ってからこの子は変わった。理想のタイクーン像を語り、事あるごとにお前を引き合いに出すようになった。それまではずっと今だけを黙々と生きていた子が、過去を糧にして未来に目を輝かせ始めたのだ。師として傍にいた私には、その変化がよく分かった。そして思ったのだ。夢があり、友があり、未来があるという幸せを私ももう一度味わってみたい──と。」

 

 カビゴンは既に体勢を立て直し、フォレトスが眠りに落ちる瞬間を見計らっている。先ほど『のしかかり』で応じた空中相撲は五分だったが、『すてみタックル』の反動もあっていくらかダメージは入った。次を決めれば、『がんじょう』な要塞もさすがに陥落だ。

 

「とはいえ、もちろんあの子にも自分を生きる権利がある。だから私はお前達にヒントを与えた。お前に見せたジラーチの経過報告もその一環だ。しかしそれでも足りぬようだったから、一昨日の夕方、最後のチャンスとして私はあいつと共にあの子の前に現れた。ジラーチを入れていた、病院の屋上の給水塔の前でな。」

 

 天井高くに浮かんでいるチルタリスを一瞥して、ローレルは言った。ヒノキは反射的に昨夜の電話越しのリラの躊躇いを思い出した。

 

「賢いあの子は一目で全てを察した。その上で言ったのだ。『それでもぼくはタイクーンとして最後まであなたを信じる』。──私はそれを、彼女がこの運命を受容したと見なした。」

 

「ふざけんな!んなのだれがどう考えても曲解じゃねーか!だいたい、誰がてめえをリラと認めるかよ。本当のあいつを知ってるオレ達に受け入れられる訳ねえだろ!!」

 

 ヒノキの言葉に、にわかに背後の気配が濃くなった。

 瞑想しているフーディンも同じ思いなのだろう。

 

「案ずるな。あの子の遺志(ゆめ)は私が必ず叶える。そして、次の願いでおまえ達の記憶をきれいに塗り替えてやる。もちろんウコンは除いてな。──さあ、カビゴン!とどめの『のしかかり』だ!!」

 

 フォレトスの殻の隙間が完全に暗くなると同時にローレルは叫び、カビゴンは助走をつけて飛んだ。巨体に見合わない素晴らしい跳躍が、『まきびし』の海を越えてフォレトスに迫る。

 そして──

 

「今だ!!」

 

 

 フォレトスの目が再び見開かれた、その瞬間。

 

 

──ドム。

 

 

 敵陣からの凄まじい煙と爆風に、ローレルは再びバネブーに『マジックコート』を命じた。そして煙が晴れたところで、淡々と黒焦げのカビゴンをボールに回収した。

 

「・・・閉眼はフェイントだったか。」

 

 焼け焦げた空気の中に『ラムのみ』の匂いを嗅ぎとった彼は、悔しがるでもなくそう呟いた。

 身体を張って『だいばくはつ』をしてくれたフォレトスを労いつつ、ヒノキは頷いた。

 

「わりーけど、今はなりふり構ってられねーんだ。どんなに外道な手を使ってでも、勝たせてもらうぜ。」

 

 しかし、そのヒノキの言葉にローレルは唇を緩めた。

 

「構わぬ。むしろそれくらいの気概がなければ、こいつには挑む事すら難しいであろうからな。」

 

 そしてその手から放たれた二つ目のハイパーボールが地につき、開閉スイッチが作動した。

 

「・・・!!?」

 

 不意に背筋に走ったぞわりとした緊張に、ヒノキは本能的に身構えた。

 

 この感覚、間違いない。

 ()()()のポケモンが放つ、この独特の威圧感(プレッシャー)は──。

 

 その直後、轟音と共に光の柱がフィールドに建って消えた。

 後にはフォレトスの置土産の(ひし)の実の燃え殻だけが残った。

 しかし、その光景を目の当たりにしてもなお、ヒノキはその事実をすぐには受け容れられなかった。

 

「なんで・・・そいつがここに・・・。」

 

 




投稿前に最終チェックはしていますが、さっきセブンイレブンでおにぎりのレシートを貰うのを忘れたショックがまだ響いているので見落としがあるかもしれません。何かあればぜひご一報ください。
次話の投稿は明後日の同時刻を予定しています。
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