ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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6.バトル・バイキング③ 試合開始

 

試合開始(レディー・ファイト)!!』

 

 合図とほぼ同時にふたつのボールがトレーナー達の手を離れてコートに落ち、二体のポケモンが現れる。

 そのどちらも一連の動作が一瞬の内であったことが、両者が相当な手練れであることを示していた。

 

『さあ、コート上に現れたのは二階の代表、カイジュ選手のジュナイパーと、一階代表、アナベル選手のフーディン!ここからどのような戦いを見せてくれるのでしょうか!?』

 

(ふーん。あいつ、アナベルっていうのか。)

 

 そのアナウンスで初めて、ヒノキは対戦相手の名前を知った。が、特に聞き覚えがある訳でもなかったので、すぐに彼女の繰り出したポケモンの方に注意を向けた。

 

(フーディンか。)

 

 フーディン。

 高い知能と情報処理能力でこちらの動きを学習し、精度の高い予測を立てられる厄介な相手だ。当然、戦闘が長引くほどこちらが不利になる。おまけに──

 

()()()、ね。)

 

 目の前のフーディンの額には、ユンゲラーのそれほど鮮やかでないが、確かに六芒星が現れていた。これは俗に「星つき」と呼ばれ、長年たゆまぬ鍛練を積んだフーディンのみに現れる強者の証だ。あまり悠長な事はしていられない。

 

「ジュナ。早めに勝負をつけるぞ。」

 

 主人の囁きに、ジュナイパーの深緑の頭巾が縦に傾いだ。

 

「潜れ。」

 

 その瞬間、ジュナイパーの両翼手にすらりとした緑の刃がきらめき、フーディンめがけて弾丸のように突っ込んだ。

 

 ◇

 

 一方、彼女──アナベルの方は、彼の名に思うところがあった。

 

(カイジュ……?まさか。でもー)

 

 ()()()()()()()()、むしろ好都合といえる。

 その実力を、今この場で測ることができるからだ。

 

「フーディン。十分引きつけてから、テレポートで背後へ。」

 

 フーディンもまた、主人の言葉に頷く。

 

 

 が、その指示が通ることはなかった。

 

 

『おおっと、ここでジュナイパーの姿が消えた!!』

 

 両者の距離が約半分ほどに縮まったあたりで、不意にジュナイパーの姿が見えなくなった。気配すら、消えている。

 

 いつ、どこから現れるか。

 その判断に費やした一瞬がフーディンを無防備にし、テレポートのタイミングを遅らせた。

 ヒノキはそれを見逃さなかった。

 

「今だ!」

 

 フーディンの影からさらに大きな影が音もなく飛び出し、両翼の二本の刃を猛然と振り下ろす。

 

『決まったぁ!ジュナイパーのゴーストダイブ!!これはフーディン、大きなダメージ!!』

 

 妖気を帯びた斬撃をもろに食らったフーディンは、その衝撃で主人の元まで後退した。ヒノキとしては悪くない入りである。しかし、本当の戦いはここからだ。

 

「よお、ねーちゃん。言っとくがオレは相手が女だからって油断も手加減もしないからな。甘いのはパフェだけで十分だ。」

 

 それは確かに挑発でもあったが、同時に自らを奮い立たせる為のはったりでもあった。まるで一種の「とくせい」のように、ヒノキは目の前のフーディンが今までの相手とは格が違うことを察し、厳しい戦いになることを確信していた。

 

「願ってもないことです。私としても油断や手加減をしたから負けたなどと言われては、勝利とパフェの後味が悪くなりますから。」

 

 ここまで殆ど表情の変わらなかったアナベルの口元がわずかに綻んだ。彼女もまた、ここまでの彼とジュナイパーの動きに、これまでとは一線を画する戦いを予感し、静かに胸を熱くさせていた。バトルでこんなに気持ちが高揚するのは、一体いつ以来だろう。

 

『さあ、最初のターンを終えて、現在のところはジュナイパーの優勢!フーディンとしては、大きく開いてしまった体力の差を縮めたいところです!』

 

(現在のところは、な。)

 

 学習能力の高いフーディンに同じ手を繰り返すことはできない。攻めるにしろ守るにしろ、そのつどその知能に挑んでいかなければならないのだ。

 

「ジュナ。踊れ!」

 

 ヒノキのその指示でジュナイパーが舞うような羽ばたきを見せると、おびただしい量の羽毛が回遊するヨワシの群れのごとく、フィールドのフーディンを取り囲む形で渦を巻いた。

 

(このフェザーダンスは、おそらく目くらまし。)

 

 技の意図を見抜いたアナベルも、淡々と次の指示を送る。

 

「ミラクルアイ。」

 

 閉眼したフーディンのまぶたの裏に、羽の渦の向こうで頭巾の(ツル)(ツル)に、影を宿した矢羽をつがえるジュナイパーの姿が映った。影からの攻撃(パターン)を学習したであろうフーディンを、それでも影に縛りつけるための「かげぬい」である。

 

()て!」

「サイドチェンジ。」

 

 次の瞬間、羽の渦が急速にほどけ、代わりに羽の丘がコートの上に形成された。そしてその中央には、自らが放った矢で地表に頭巾を射止められるジュナイパーと、彼がいたはずの位置に浮かぶフーディンの姿があった。

 

『これは……!』

 

 予想以上の予想外の光景に、実況の声もやや上ずっている。 

 

『なんとフーディン、相手と自分の位置を入れ換える「サイドチェンジ」で、ジュナイパーに自身の「かげぬい」を食らわせた!ジュナイパー、これは屈辱的な倍返し(カウンター)だ!』

 

──来たな。

 

 避けられるとすれば、『テレポート』か『スプーンまげ』か。

 そう踏んでいたヒノキにとって、攻防一体の『サイドチェンジ』は、まさに予想以上のカウンターであった。

 しかし、反撃自体はまだ想定の範囲内である。

 

「ジュナ、大丈夫だ!まずはフードの矢を抜け!それから起き上がるんだ!」

 

 一瞬で覆された状況にジュナイパーがパニックを起こさないよう、ヒノキはゆっくり、力強く声をかけた。

 

 が、そんな彼の配慮を無に帰するような一言が、正面から被さってきた。

 

「まだ等倍ですよ。」

 

 宙のフーディンが、両手のスプーンでようやく起き上がったジュナイパーに照準を合わせて念じ始めた。

 

「サイコキネシス。」

 

 強烈な念の波動がジュナイパーを周囲の空間ごと持ち上げ、捻り、超自然的な動きで地面に叩きつけた。

 

(血も涙もくそもねえな。)

 

 衝撃で飛んできた粉塵やコートの欠片が入らないよう鼻と口を腕で覆いながら、ヒノキはサングラスの奥の目をモニターに凝らした。大幅に削られはしたものの、まだHPは尽きていない。おとなしいが負けん気の強いジュナイパーの特殊攻撃への耐性が幸いしたようだ。

 

(とりあえず、体勢を立て直すか。)

 

 ヒノキは帽子のつばを少し持ち上げて、空を仰いだ。

 日差しが、強い。

 

「ジュナ!」

 

 ヒノキはぴゅうっと「戻れ」の合図の指笛を吹いた。

 たちまち、彼の影から満身創痍のジュナイパーが現れた。

 

「『こうごうせい』。」

 

 ジュナイパーは蔓を引いて頭巾を顔まで被ると、翼を広げてこうごうせいを行った。頭と背の葉の部分が明るく輝くと、完全ではないものの、大きな傷はあらかた消えた。

 

「さすがです。」 

 

 アナベルもまたフーディンを自身の元に戻らせ、『じこさいせい』を命じる。間もなく宙で座禅を組んだフーディンの身体が不思議な光に包まれると、やはり大方の傷が治癒された。

 

「やはりあなたには、全力が要るという訳ですね。」

 

 そう言うと彼女は、黒い手袋に包まれた右の指先で左の襟に触れた。そこには、ゆらめく木の葉の形の紋章をとじこめた虹色の玉の襟章ー正確にはヒノキがそうであってほしいと願っていたものーが留め付けられていた。

 

 

──やれやれ。

 

 

 また一段階、戦いの次元が変わる。

 その合図にヒノキは腹をくくった。

 

 玉がたちまち不思議な光を放ち始めると、それに呼応するように、フーディンの首元から同じ光が溢れ出し、やがてその全身を包んだ。もはやそれが襟章ではないことは、そのアナウンスを聞くまでもなかった。

 

 『なんと、ここでアナベル選手のフーディンがメガシンカ!!これはカイジュ選手のジュナイパー、いよいよ厳しいか!』

 

 

(まったく、なんちゅう女だ。)

 

 

 豊かなあごひげを蓄え、五本に増えたスプーンを宙に従えたメガフーディンを見ながら、ヒノキはこみ上げてくる笑いをかみ殺すのに必死だった。

 ただでさえ、ただ者ではないというのに。

 これはたかだかパフェ一個をめぐる戦いだというのに。

 

「この上、メガシンカまですんのかよ。」

 

 試練開始。

 先ほど自らがナギサにかけた言葉が、ふと頭に浮かんだ。

 

 


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