ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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【前回の要点】
リラに成り代わったローレルとの戦いを経たヒノキは、真実の眼を開いたジラーチにウコンとローレル(ムスカル)がこの世界でやり直せることを願う。



59.10年前⑲ 最後の願い

 

 【七月八日 昼】

 

 

「そっか。じゃあ、もう身体の心配も要らないんだな。」

 

「うん。痣と一緒に悪いとこも消えちゃったみたいで、検査もしたけど、もうどこにも異常は見当たらないって。一応まだ少し入院はするけど、今はもう目も覚めてウコンさんと二人で話してるよ。さすがに、まだちょっとぎこちないけどね。」

 

 バトルタワーでのジラーチをめぐる戦いから一夜が明けた、七月八日の昼下り。

 バトルフロンティア総合病院の一室で、ヒノキは見舞いに来た六人のブレーン達から昨夜自分が倒れて以降の出来事について聞いていた。

 

「そりゃ55年越しの仲直りともなればな。でも、それならきっともう大丈夫だ。それで、ジラーチは?エニシダさんに詳しくはブレーンから聞いてくれって言われたんだけど・・・」

 

 昨夜、ジラーチに二人の老人のやり直しを願った直後。

 チルタリスの『ほろびのうた』をフルコーラス一歩手前まで聴いた影響で、ヒノキは彼女をボールに戻した瞬間に意識を失った。が、その後の点滴と爆睡のおかげで、今ではベッドの上であぐらをかいて話が出来るまでに快復していた。

 

「それなんだけどね。はい、これ。」

 

 コゴミに代わって応えたリラが、碧色の布のようなものを差し出した。数秒かけてそれが何であるかを理解したヒノキは驚き、そして混乱した。

 

「いや、はいこれって・・・え??だって、ジラーチは──」

 

 それは紛れもなく、ジラーチの頭部の三つの頂点に付いていた短冊のひとつだった。しかし午前中に見舞いにきたエニシダはジラーチは既に眠っていると言っていたし、それに、そもそも──

 

「ああ。ジラーチは確かにきみのキュウコンの『ふういん』で新たな眠りにつき、空へと消えていったよ。ところがその前に、残っていたこれを自ら外して渡してきたんだ。」

 

 ヒースが説明した。

 

「いやいや、それがおかしいんだよ。だってジラーチは、えっと──」

 

「そう、ムスカルさんも驚いていたよ。自分がリラに代わるために一回、おまえがそれを戻すのに一回、そして自分達のやり直しのために一回。既に奇跡は三度起きているはずだ、と。」

 

 混乱しているヒノキの疑問を、ダツラが代弁してくれた。

 

「そう、そうなんだよ。だから、そんなものが残ってるはずが──」

 

 そこまで言いかけてから、ヒノキはふと、あることに気付いた。

 

「や、待てよ。・・・そういえばオレ、リラの時はジラーチの腹の眼とか見てなかった気がする。つーか絶対そのルール忘れてたわ。」

 

「なに?じゃあ、リラが戻ったのはジラーチの力ではなかったということか?」

 

 ジンダイが目を丸くして訊き返した。

 

「それは分かんねーけど。でも、最初のムスカルさんの願いで一枚目が消費されてたのは確かだし、二人をやり直させてくれって言った時は間違いなく見てたから、ノーカンがあるとしたらそこしか・・・」

 

 そのヒノキの言葉に、コゴミが顔を輝かせて割り込んできた。

 

「えっっ!?なに、じゃあもしかしてそれって、二人のあー」

 

「い、いいよそんなの何だって!!とにかく、これはキュウコンの主人であるきみが──」

 

 コゴミを遮るように、リラは急いで短冊をヒノキに手渡した。

 その、絹のような和紙のような不思議で美しい短冊を、ヒノキはしばらくの間じっと眺めていた。

 が、再びリラにそれを差し出して言った。

 

「いーよ。これはおまえが取っといてくれ。」

 

「え?」

 

 コゴミのちょっかいの手を制しながら、リラは大きな瞳を瞬いた。

 

「だってオレ、こーゆーの使い時分かんねーし。どうせケツポッケに突っ込んだきり忘れて洗濯するパターンだろ。それに、おまえなら絶対悪用しないって信用できるしさ。」

 

「だけど──」

 

「あら、いいじゃない。彼がそう言うんだから、あなたがもらっておけば。」

 

 ためらうリラの両肩に手を置いて、アザミが楽しそうに言った。

 

「しっかしよ、ジラーチ自身はもう寝てるんだろ?その状態で願いを託したところで、本当に叶うのか?」

 

「さあな。だがジラーチが自ら託してきた以上は、何らかの意味があるんじゃないか?」

 

 ジンダイの疑問にダツラが答えた。

 どちらの言葉ももっともだ。

 

「でも、リラが持ってるならオーナーには嗅ぎ付けられないようにしなきゃね。」

 

「まったくだ。あのオーナーなら『オープン初日から十万人くらいの客入りがありますように』とか本気で願いそうだしな。」

 

 コゴミの言葉にヒースが頷いたその時、リラを除くブレーン全員のナビが一斉に鳴った。エニシダが議長のブレーンミーティングの時間が迫った事を告げるアラームだ。

 

「噂をすれば、ね。それじゃ、後は二人でゆっくりね。」

 

 そう言って、アザミはリラに向かって切れ長の目を片方瞑ってみせた。

 特に体調に問題はないが、昨日の事を考慮してリラは今日は一日休むように言われている。

 

「ん、ああ。じゃ、またな。」

 

 五人のブレーン達が行ってしまうと、部屋にはヒノキとリラの二人だけが残された。

 にわかにぎこちなくなった空気に、ヒノキがもぞもぞと身体を揺すった時だった。

 

「知ってたんだね。」

 

 静かになった室内に、リラのその呟きはやけに大きく響いた。

 

「ん。まあ、昨日偶然に、だったけどな。そりゃ一緒に温泉なんか無理だよな。」

 

 冗談めかした言葉にリラも少し笑ったが、すぐにまた沈黙が訪れた。それが彼女が何かを恐れている為であることも、そしてそれが何であるかも、ヒノキにはもう分かっていた。

 

 だから、ちゃんと伝えてやらなければならない。

 

「そりゃあ、確かにさ」

 

 うつむいて膝頭を握りしめる彼女に、ヒノキはぼそりと切り出した。

 

「おまえが女だって知った時はマジでびびったけど。でも、その後おまえがじーさんの身体で死ぬかもってなった時は本当にそんな事どうでも良かったし、戻ってきてくれた時は心底良かったって思えたから。だから、きっと受け入れることはできると思うんだ。まあ、ちょっとばかり時間は欲しいけど・・・?」

 

 そこでヒノキは言葉を失った。

 目の前の俯いた淡紫の髪の奥から、ぽろぽろとこぼれ落ちるものを見てしまったからだ。

 

「お、おいおい!別にそんな泣くほどの事じゃねーだろ!!」

 

「だ、だって・・・。」

 

 自分の言葉で女の子が泣き出したという事実に、ヒノキはすっかりうろたえていた。ええと、こんな時はどうしたら、そうだ、たしか枕元にティッシュの箱が──。

 

「んん?」

 

 しかしヒノキが枕の方を振り向くと、目当ての物は何故か目の高さに浮いていた。そして彼の手を借りることもなく、その鼻先を掠めて自らリラの膝に収まった。

 

「・・・んだよ、その目は。つか病室に出てくんなよ。」

 

 いつの間にかボールから出てリラの隣に座っていたフーディンが、何かを言いたげな目でヒノキを見ていた。 

 そしてやれやれと頭を振った後、フゥ、とため息をついた。

 

 やがて、少し落ち着いたリラが口を開いた。

 

「ごめん。でも、本当に怖かったから。きみに『もう友達じゃいられない』って言われたら、どうしようって。」

 

 そう言ってまたティッシュで目元を拭い始めた彼女を前に、ヒノキは髪が抜けるほど頭を掻きながら葛藤していた。

 

 言わなくても分かるだろう、とは思う。

 でも間違いなく言った方が良いのは分かってる。

 しかし、今でも死ぬほど照れくさいのに、自らこれ以上恥ずかしい事を言うのは──。

 

 そこで一抹の期待を抱いてちらりとフーディンを見たが、やはり助け舟は出なかった。その理由は、もはや念を介さずともあのジト目を見れば分かる。「自分で伝えろ」と、そういう事だ。

 

 助太刀の望みがないことを悟ったヒノキは、諦めて意を決した。

 

「言わないよ。おまえにも色々事情があった事はエニシダのおっさんから聞いたし。それにオレは、おまえが男じゃないより友達じゃない方が嫌なんだよ。」

 

 必死に彼女の滲んだ瞳を見る努力をしながら、ヒノキは続けた。

 

「だから、これまでと何も変わらないよ。これからもおまえはオレの友達で、トレーナーとしての目標だ。おまえだって、オレのことそう思ってるだろ?」

 

 その言葉にようやくリラの涙を拭う手が止まり、口元が緩んだ。

 

「それ、よく自分で言えるね。」

 

 それから二人はまた今までのように話し始めた。

 そんな主人達を、フーディンはにこにこと目を細めながらずっと見ていた。

 

 

 ◇ ◇

 

 

「次に来るときは、手加減なしだからね。」

 

「今度こそ、ちゃんと迷路をさまよってもらうぞ。」

 

 七月九日、朝。

 出立を控えたヒノキは、港まで見送りに来たブレーン達と一人ずつ別れの挨拶を交わしていた。

 

「わかってるよ。オレはこれでも結構常識人だぜ。」

 

 ダツラ、アザミ、ジンダイ、コゴミ、ヒース。

 そしてウコンから二人分の礼を言われ、老人とは思えない力で手を握られた後、最後のリラの番になった。 

 

「そういや、今回もちゃんと勝負できなかったな。」

 

 ふと、ヒノキは五年前に交わした約束を思い出した。

 色々な事があり過ぎたせいで、ここまですっかり忘れてしまっていたのだ。

 

「そうだね。でも、これはきみに渡しておくよ。」

 

 そう言ってリラが差し出したのは、Aの文字を象った小さな銀塊だった。

 

「いや、確かにあれはおまえだったけど。でも──」

 

 戸惑うヒノキに、リラは首を横に振った。

 

「きみの戦いは録画で最初から最後までちゃんと見たよ。そしてその結果、ぼくはきみにこれを受け取る資格が十分にあると判断した。でももしそれが不服なら、今度はこの金のアビリティシンボルを獲りにくればいい。」

 

 そう言って、リラはポケットから小さなケースに入った同じデザインで同じ大きさの金塊を取り出して見せた。

 銀シンボルと金シンボル。その仕組みについては、既に他のブレーン達から聞いている。銀シンボル戦というのは、ブレーン達が意図的に『つけ入る隙』を設けており、挑戦者がそれに気付けば攻略に大きく近づけるという、いわば手心の加えられた戦いだ。

 しかし、金シンボル戦はその配慮を完全に排除しているため、挑戦者は自らの手で機を生み出さなければならない──という説明をジンダイから聞かされた時、ヒノキは耳を疑った。

 

「・・・わかった。それじゃ、今度は心して来なきゃな。」

 

 ぱちり、と小気味の良い音を立てて、銀のアビリティシンボルがパスの最後の空白に埋まる。

 もちろんもうジラーチの姿は見えない。

 今度こそ、全てが終わったのだ。

 

「ま。それでも、おまえには負けねーけどな。」

 

 そう言ってヒノキは右手を差し出した。

 黒い指ぬきグローブに包まれたその広い掌に、リラは一昨日、自身がこの身体へと戻ってきた時の記憶が蘇った。

 

「・・・・。」

 

 あの時、師の老体を通じて伝わってきた、この腕の強さと温かさと彼の思い。

 それがこの身体に、自分自身へと戻ることを心の底から願わせたのだ。

 

「ん?どした?」

 

 その事はヒノキには明かしていない。

 話せば、自分達の何かが少し変わってしまうような気がするから。

 

「ううん。何でもないよ。」

 

 笑顔を繕って、リラはその手を取った。

 昨日はあんなに嬉しかった「友達」という言葉が、今はほんの少し、複雑に感じる。

 

 

 だから。

 

 

「・・・でも、ひとつだけ言っておこうかな。」

 

「ん?」

 

 小首を傾げたヒノキに、握り合った手を見つめたまま、リラは続けた。

 

「次に金のアビリティシンボルを賭けてきみと戦う時。その時のぼくはきっと、今とは全く違う強さを身につけていると思う。そして、その強さできみに勝ったあかつきには──」

 

 そこでリラは顔を上げ、正面からヒノキを見た。

 

 

「きみに、伝えたいことがあるんだ。」

 

 

 その言葉の意味が測りきれなかったヒノキは、うまく返事することができなかった。

 ただ、あまりに眩しいその笑顔に、次に彼女に会う時は本当に覚悟しておかなければならない事だけは、何となく分かった。そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、記憶の中の最後の彼女の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、リラ自身の時間には、もちろんその続きがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「・・・リラさま、どうしたの?空に、なにか見えるの?」

 

 ジラーチを巡る騒動から約半年が経ったある日。

 険しい目で雲ひとつない青空を睨む師匠を、まだあどけない顔つきをした少年が不安げに見上げた。

 

「・・いや。大丈夫だよ、セリ。なんでもない。」

 

 リラはそう言ってすぐに表情を繕い、膝を折って小さな弟子の頭を撫でた。その拍子に、撫でられた少年は師匠の手に一通の封筒を見つけた。

 

「お手紙・・・?リラさまが書いたの?」

 

 幼い彼にはまだ、そこに綴られた宛名を読むことはできない。それでも、封筒の青と赤のフレームから、それがこのホウエンから遠く離れた地方へと届けられるものだということは、なんとなく分かった。

 

「ああ。友達に出そうと思って書いたんだけどね。でも、書き足すことができたから、出すのはまた今度かな。」

 

 そう言って、リラは少し笑った。

 

 

 ◇

 

 

 

 その夜。

 リラはデスクの引き出しに手紙をしまうと、代わりに碧色の短冊を取り出し、ペンスタンドの脇に飾っていたビー玉を片手に文字を綴った。

 そしてそれが窓をすり抜け、きらきら光りながら夜空を昇っていく様子を、じっと眺めていた。

 

 

 

 ◇ ◇

 

 

 

 それから、ほどなくしてその日はやってきた。

 

 

 

 

 

『現在バトルタワー前に、強大な力をもった未知の生命体が出現中!!総員、至急最寄りの施設の地下シェルターへ退避するように!繰り返す、現在、バトルタワー前にて──』

 

 

 島内のあちこちに備え付けられたスピーカーから響くけたたましいサイレンの音と、繰り返されるエニシダの緊急放送。しかし、フロンティアブレーン達の迅速な避難誘導により、既に市中に人影はない。

 

 

「あ、あ、・・・」

 

 

 

──当のバトルタワーの前で、腰を抜かして動けずにいる一人の少年を除いては。

 

 

 

 

(何が、どうして。こんな、こんな──)

 

 まだ傷ひとつ負わされてこそいないものの、少年から生きた心地はとうに失われていた。

 

 ガラスのようにひび割れ、破損した青空。

 危険過ぎる雰囲気に満ちた、生き物とも機械ともつかない黒い巨体。それが放つ赤いレーザー光に焼かれ、炎上する草木や建物。

 

 今やそこは彼の知る街ではなかった。

 何もかもが、知らない、遠い世界の光景だった。

 

 やがて怪物が身体を翻し、奇妙な顔がこちらを向いた。

 しかし少年はその小さな胸に、圧倒的な恐怖と共に絶望的な希望を抱いた。

 

 これはただの悪い夢だ。

 だからこのままあの赤い光に撃たれてしまえば、きっといつもの部屋で、いつものように目覚められるはず──。

 

 

 しかし、その願いは聞き届けられなかった。

 

 

「リラさま・・・!!」

 

 自分の身体ではなくすぐ前で炸裂した衝撃に少年が目を開くと、そこにはいつもの背中があった。いつでも自分達を守ってくれる、強くて優しい、大好きなあの背中だ。

 胸に満ちる嬉しさと安心感で、凍りついていた涙腺から涙が溢れた。いつものように「もう心配ないよ」と頭を撫でて欲しくて、少年は彼女の元へ寄ろうとした。が、

 

「早く行け!!!」

 

 初めて耳にする激しい声に、小さな身体はびくりと震えた。ひどく険しい師の顔の向こうには、リフレクター()越しに怒ったように身体を明滅させる怪物が見えた。

 

 少年は言われた通りにしようとした。が、相変わらず腰は抜けており、おまけに膝にも力が入らない。走って逃げることはおろか、立つことさえできそうにない。

 

「リ、リラさ…ごめっ、な、さ…」

 

 泣きじゃくりながらそう謝る少年を、リラは叱らなかった。彼女自身もまた、足がすくんで胃が縮むような恐怖に全身の九割を支配されていた。だけど、このフロンティアの頂点に立つ自分が負けてしまったら、この子を始め、自分を信じているみんなが絶望の淵に立たされてしまう。

 

 だから、逃げられない。

 

「まったく、世話の焼ける弟子だ。」

 

 そう言って、リラは少年の小さな頭をそっと撫でた。そして後ろに伸びたフーディンの片手が彼を念力でふっ飛ばすと同時に、耳をつんざくような音を立ててリフレクターが砕けた。

 

 

「!!!」

 

 

 リフレクターの破片をはらんだ爆風を腕で受けながら、リラは夕べ短冊に綴った願いを思い返していた。

 そんな大それた事を望んだつもりはなかった。

 それでも、それはジラーチですら叶えられない願いだったのだろうか。

 

 手にした黒と黄のボールのスイッチを一番奥まで押し込みながら、リラは叫んだ。

 

「『かみなり』!」

 

 まっぷたつに割れたボールから現れた雷獣が吼えると共に、青空が閃いて光の柱が怪物を貫いた。しかし、その黒い巨体が数十万ボルトの電撃から立ち直るのに、ものの数分とかからなかった。

 

 

──あいつは相当やばいぞ。倒すのは無理だ。

 

 

 極度の緊張状態にあるせいか、身体に触れずとも彼の声が聴こえてくる。

 

「うん。ぼくもそう思う。」

 

 周囲が壊滅的な被害の中、奇跡的に未だ無傷のバトルタワーを見てリラは頷いた。

 

「でも、それでもぼくはここを守らないと。」

 

 その言葉に、ライコウはふんと鼻を鳴らした。

 彼女が自身を放った時、ボールを破棄(リセット)して「逃がした」事は既に知っている。

 その上で彼は、好きにしろ、と告げた。

 

「ありがとう。」

 

 ぶっきらぼうな同意に、リラは思わず笑った。

 この誇り高い雷獣は『塔を守る』という言葉に弱い。

 きっと、故郷のあの焼けた塔を思い出すのだろう。

 

 そこに、怪物の落雷に対する反応を分析していたフーディンが結果をリラに伝えた。

 

「うん。やっぱりそうか。」

 

 相棒から受け取った分析結果と自分の見立てを擦り合わせて、リラは頷いた。

 

 どうもこの未知の生物は『光』をエネルギー源としており、それを求めてあの空間の裂け目から現れたらしい。ところが、急激に多量の光を浴びてしまった為に体内での処理が追いつかず、その過剰摂取(オーバードーズ)の作用がこの暴走の原因と思われる──フーディンの出したその答えは、概ねリラの推察通りだった。

 

「フーディン、ライコウ。」

 

 リラは二体の相棒を自分の元へ呼び寄せて策を伝えた。そして彼らがそれに了承を示すと、軽やかにライコウの背に飛び乗った。

 

「もういちど『かみなり』だ!」

 

 その落雷はダメージとしては怪物の気を引く程度のものであったが、それが狙いである以上は十分だった。漆黒の身体の真ん中で異彩を放つ顔が、ゆっくりと二体と一人へと向けられる。

 

「今だ!」

 

 リラの声に合わせて、ライコウは全身を眩く輝かせた。その魅力的で目障りな光に、怪物は赤い光線を放つが、傍らのフーディンのテレポートによって尽く躱されてしまう。そうして知らぬ間に、彼は自らが作った空間の裂け目の前へと導かれていた。

 

 

 その時だった。

 

 

「リラさま!そっちは穴だよ!危ないよ!!」

 

 少し離れた高台から腹ばいのまま、先ほど念力で飛ばされた少年がせいいっぱいの声で叫んだ。ほんの少しでも自分を助けてくれた師の助けになりたくて、彼はそう叫んだのだ。

 

 しかし、その声を聞いたのはリラだけではなかった。

 

「フーディン!!」

 

 振り向いた先の少年の姿を隠すように、フーディンの投げたスプーンは怪物の眼前に立ちはだかった。そして、ゼロ距離から放たれた光線で柄が()()()に曲がったそのスプーンは、緩やかな放物線を描いて高台の少年の前へと落ちた。

 

「そんな・・・そんな・・・」

 

 数十メートル先で再び自分を必死に守るリラの姿に、彼は激しく混乱した。

 自分はただ、彼女を助けたかったのだ。

 なのに、それがどうしてまた彼女に守られ、そして彼女を追い詰めることになるのだろう。

 

 少年は手を伸ばし、自分の身代わりとなって落ちてきたスプーンを掴んだ。そして両手で握ったそれに向かって、ごめんなさい、ごめんなさいと、抱えきれない罪悪感を吐き出した時だった。

 

 

「・・・?」

 

 

 ◇

 

 

「──よし。それじゃあ、行こうか。」

 

 三度目の『かみなり』に打たれた怪物は、既にこちらを見据えて顔を明滅させている。じきに痺れも治まって、自分達を追って来れるようになるだろう。

 

 弟子の元へ飛んでいったスプーンにメッセージを託し終えたリラは、二体の相棒に声をかけた後、ポケットの年季の入ったモンスターボールをぎゅっと握りしめた。

 そうして、遠い日にそれをこの手に握らせてくれた少年に宛てて、出せなかった手紙の追伸を胸の中で認めた。

 

 

 ねえヒノキ。

 ぼく、頑張るから。

 本当はすごくすごく怖いけど、それでもタイクーンとして、最後まで逃げずに戦うから。

 

 

 

「・・リラさま・・・?なに、言ってるの・・・?」

 

 

 

 だから、もし、ぼくが「約束」を守れなかったとしても。

 

 

 

「全然、わからないよ。いつもみたいに、ぼくでも分かるように教えてよ。リラさま。待ってよ、ダメだよ、ねえ、リ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きみは、ぼくを忘れないでいてくれるかな。

 

 

 

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