ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
更新間隔は未定ですが、とりあえず再開します。
現実的に二年くらい経っているので軽く振り返っておくと、前回までの過去編はヒノキが昔の話としてクチナシ達に聞かせたという設定です。その為、↓の「前回」はその過去編開始前の26話を指します。
【前回の要点】
ケーシィを連れた少女との交流を通じてリラの記憶喪失と向き合う決意を改めたヒノキは、クチナシ達に自分とリラの過去を話す。
60.写真
「・・・これが、オレとあいつの昔話の全てだよ。」
そう言ってヒノキが結ぶと、エーテルパラダイスの副支部長室はしばしの間、静寂に包まれた。壁に掛けられた時計の針は、午後十一時を指そうとしていた。
「・・・なるほどな。大体分かった。」
沈黙を破ったのはクチナシだった。
「んじゃ、ちょっと休憩だ。ケツも痛えし、三十分くらいでいいだろ。」
そう言って寝息を立てているアセロラを抱えると、ハンサムと共に部屋を出て行った。そんな二人を見送った後、ヒノキも立ち上がって背中と腕の筋を伸ばした。
「お疲れ様。今、コーヒーを淹れるから待ってて。」
続いて立ち上がったビッケがそう声をかけると、ヒノキは伸ばした腕を下ろして彼女の方を振り返った。
「オレも手伝うよ。何をしようか。」
「いいわよ。たくさん話して疲れたでしょうから休んでて。」
「いーよ、聞いてる方だって疲れただろうし。それに、ずっと座ってたからちょっと身体を動かしたいんだ。」
「分かったわ。じゃあ、このマラサダをお皿に開けてくれる?」
ビッケからトングと皿を受け取ったヒノキは、ペロリームの顔が描かれた箱からマラサダを一つずつ取り出し、付属の紙袋にセットして皿に並べた。その内に、ビッケの淹れるグランブルマウンテンの芳しい香りが室内に漂い始めた。
「ありがとうね、昔の事を話してくれて。」
ケトルの細い口で小さな円を描くように湯を注ぎながら、ビッケが言った。
「え?」
マラサダを並べる手を止めて、ヒノキは彼女を見た。
「ほら、あの子自身も含めて、私達は誰も昔のリラを知らないでしょう?だから、何があの子の心を開く鍵なのか、誰にもそれが分からないままだった。だってそういうのって、その人がそれまで生きてきた時間の中にあるものだものね。だけど、あなたの話を聞いて、なんとなくそれが分かった気がするの。」
曇りどめが施されているのか、立ち上る湯気に晒されてもビッケの瞳は大きな眼鏡越しにはっきりと見える。その瞳は、何かを哀しみながらも優しく微笑んでいた。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。それに、オレ自身もなんかすごいすっきりしたっていうか、気持ちが軽くなったんだ。やっぱり、誰かに知ってほしかったのかな。」
そう言ってビッケから手元へ視線を戻そうとした時、ヒノキの視界の端に彼女のデスクに飾られた写真が映った。
「そうだ、ビッケさん。あの写真、前にアセロラからリラが国際警察に入った日に撮った写真*1だって聞いたんだけど・・・」
「ああ、やっぱり見ていたのね。ふふ、良い写真でしょう?私もとても気に入っているの。」
ビッケはケトルを置くと、デスクへ回ってその写真立てを手に取った。そしてそれをヒノキに見せ、彼の唯一知らない人物を指して説明した。
「この白いワンピースの子は、代表のルザミーネ様のご息女のリーリエお嬢様。今はお母様の療養に付き添われてカントーへ行かれているけど、リラが15歳でカロスの警察学校に入るまで、二年近くここで一緒に生活していたの。だからよく遊びに来るアセロラと三人、とても仲が良かったのよ。」
それから、その写真が撮られた五年前の日の事を教えてくれた。
◇ ◇ ◇
「わー!リラすごーい!そのカッコ、超似合ってるよー!!」
「ほんとに、すっごくかっこいいです!前に絵本で読んだ『こくさいけいさつのそうさかん』みたいです!」
その日、国際警察アローラ支部での就任式を終えたリラは、三年ぶりにエーテルパラダイスへと帰ってきた。そこで彼女を出迎えたのは、げんきのかたまりのような二人の少女だった。
「そ、そうですか・・・?自分ではまだ、しっくり来ていないのですが・・・。」
興奮気味の二人の絶賛に押されつつ、リラもまた彼女達の三年分の成長に感慨を感じていた。聞けばアセロラは11歳、リーリエは8歳になったという。そんな二人と共に、彼女の帰りを待っていたビッケが微笑んだ。
「ううん、二人の言う通りよ。あなたは背が高いし、スタイルも良いから。本当によく似合ってるわ。」
そうして和やかに談笑する四人の女性に向かって、カメラを持たされていた痩身の男がうぇへん、と咳払いをした。蛍光色の奇妙なサングラスの奥のひずんだ目が、いかにも捻くれ者という印象を与える。
「何でもいいですが、撮るなら撮るで早くしてもらえませんかね?私は支部長として、多忙極まりない身なのですが。」
そうして撮られたのが、その写真だった。
◇ ◇ ◇
「・・・あいつは本当に、自分の意思で国際警察に入りたいと思ったのかな。」
二人の少女の間ではにかむ18歳のリラを見つめながら、ヒノキは呟いた。ビッケにはその言葉の意味がよく分かった。
「私はね」
写真をデスクに戻して、彼女は静かに続けた。
「たとえどんな経緯があろうと、それがあの子自身が選んだ道なら、その道で幸せになれるように応援してあげたいの。だから今の仕事がしたいって相談された時も、危険だし考え直してほしい気持ちはもちろんあったけど、まずはあの子の選択を尊重してあげようって。その上で本当にやめるべきだと感じたなら、その時に止めればいいって、そう決めたの。」
その時、部屋の扉が開いてクチナシとハンサムが戻ってきた。アセロラを客室へ運んだ後にそのまま一服してきたらしく、新しい煙草の匂いを纏っている。そのクチナシが、まだ淹れかけのコーヒーカップを覗いて言った。
「なんだ、まだ出来てなかったのか。淹れたてが飲めるタイミングで戻ってきたつもりだったんだけどよ。」
休息の準備の手が止まっていた二人は、慌てて作業を再開した。そして全員でコーヒーとマラサダで一息ついた後、クチナシが頃合いを見計らって切り出した。
「さて、そんじゃ次はこっちの番だな。」
ヒノキは姿勢を直して彼の方を向いた。
今度は自分が、自分の知らないリラの過去を聞く番だ。
「最初に言っとくが、おれたちが話せるのはポニ島の荒磯で倒れていたリラを見つけたところからだ。だから実際にあいつの身に何があってそこにいたのかは、おれたちも知らねえ。それでも聞くか?」
ヒノキは頷いた。
その薄いブルーの瞳を赤い三白眼で数秒見つめてから、クチナシは呟くように言った。
「十年前の事だ。」
ポケットから取り出した煙草をくわえ、火をつけてから続けた。
「当時、オレはまだ国際警察の所属で、特定危険生物対策室──つまり今のUB対策本部でこいつと組んで仕事をしていた。」
ヒノキを見たまま、クチナシは指に挟んだ煙草で隣のハンサムを指した。そして再び口にくわえ、遠い目でふーっと煙を吐き出した後に、続きを語り始めた。
「あの日、オレ達のチームは三人でポニ島を訪れていた。・・・とある任務のためにな。」