ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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今更ですが、ビッケさんは元国際警察の職員でクチナシさんとは旧知の仲という設定です。

【前回の要点】

十年前、UBの殲滅任務に当たっていたクチナシとハンサムは、瀕死に追い込んでいたUBに不意を突かれ、No000というコードネームの少女とハンサムのポケモンであったグレッグルを失う。その後、立ち寄ったポニの荒磯で倒れていたリラを発見する。
 



62.それから

 

「失声・・・?」

 

 アローラ沖に浮かぶエーテルパラダイス本部の事務局長室。

 その部屋の主であるビッケ・ウィッケルは、来訪したかつての同僚の話に眉根を寄せた。

 

「ああ。医者が言うには心因性、つまり記憶を失くしたショックによるものだそうだ。発声器官に異常はないし、実際それに気付く前はおれたちと普通に会話していたからな。どこまで回復するかは、今後の環境次第だそうだ。」

 

「そうですか・・・。でも、それならなおさら、ここよりもそのバトルフロンティアへ帰してあげた方がいいんじゃありませんか?わずかでも記憶が残っているなら、きっと何か思い出すことだって──」

 

「それがしたくってもできねえのさ。」

 

 煙草の煙を細く吐き出して、クチナシは答えた。

 

「向こうの代表のエニシダって男が、受け入れを拒否したんだよ。『申し訳ないが、リラのFallの体質が解消されるかUBへの対策法が確立するまでは帰還は承諾できない』といってな。」

 

「そんな!だって、そんな事を言ったら──」

 

 あと何年、いや何十年かそれ以上かかるか分からない。そう言おうとしたビッケを、クチナシは首を振って制した。

 

「一概に否定はできねえよ。何しろ、おれ達だってあいつが戻っても何も起きないなんて保証はできねえんだ。責任ある立場の者としては当然の判断だよ。」

 

「だけど。あの子はもうずっとそこが居場所だったんでしょう?記憶を失った上に、親しかった人達との繋がりまで失ってしまったら。それじゃあまるで、一人で別世界に迷い込んでしまったも同然じゃありませんか。あの歳で、そんな酷な──」

 

 ビッケはそこで言葉を詰まらせると、大きな眼鏡をずらして目元を拭った。この、他者の痛みに思いを馳せ、まるで身内の事のように心を砕く優しさが、彼女が誰からも慕われる理由である。

 

「だからここが良いんだよ。記憶が戻らない内は、初対面の人間の方が却ってあいつも気楽なはずだ。それに、今はきっと人間よりポケモンの方があいつの心を癒やしてやれる。言葉だって要らねえしな。」

 

 そう言って、クチナシは手にした煙草を灰皿に押しつけた。それから傍らの飾り棚に立てられた、代表一家四人が写った写真にちらりと目をやった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「・・・オレ達がポニ島で保護した後、リラの身柄はしばらく本部預かりとなった。あいつの身体からとんでもねえ量の異空間線、つまりウルトラスペースのエネルギーが検出されちまったからな。もしうかつに外を出歩いてバケモンの呼び水になっちゃまずいってことで、体内のエネルギー量が半減するまでの期間、監視下に置かれる事になったんだ。」

 

 そこでクチナシは、吸い殻の溜まった灰皿に目を落とした。

 

「ただ見張られてただけじゃねえ。毎日何時間も思い出すことはないかと聴取され、試された。時には催眠療法まで施されたこともあった。おまけに、その間は逃げられねえようにって事で、唯一連れていたフーディンとも引き離された。まるで罪人扱いだったよ。」

 

 その言葉に、それまでずっとクチナシを見ていたヒノキも思わず目を伏せて膝を掴んだ。

 何も悪いことをしていないのに、どうしてあいつがそんな辛い目に遭わなければならないのだろう。

 

「ようやく検出されるエネルギー量が目安に達して解放された時には、リラは心身の疲弊で抜け殻のように虚ろになっていた。だが、今話したようにエニシダが受け入れを拒否したフロンティアには帰せねえ。・・・が、そんなあいつをまるで待ち構えていたかのように、引き取りたいと名乗り出た人間がいた。それがこの財団の代表、ルザミーネ・エーテルだ。」

 

 先ほどビッケからも聞いたその名に、ヒノキの頭に彼女の娘だというあの写真の金髪の少女が過ぎった。

 

「引取を希望する理由としては『当財団はポケモンだけでなく孤児の保護と支援にも力を入れているから』なんてもっともらしい事を言っていたが、本音が消えた旦那の手がかり集めだって事は見え見えだった。実際、初対面時には自己紹介もしない内からリラに写真を見せて迫っていたからな。『この男の人に見覚えはないか』と。」

 

「旦那・・・?」

 

 ヒノキの知らないその人物の事は、ハンサムの口から説明された。

 

「うむ。ルザミーネの夫のモーンという男はアーカラ島の空間研究所の創設者で、ウルトラスペース研究の第一人者だったのだ。しかし、リラが発見される半年ほど前に、ここの地下に設けた研究室内での実験中に消えた。人工的に作り出したウルトラホールに調査に行くと自ら入っていったきり、未だ行方不明者のままだ。」

 

 クチナシが頷いて続けた。

 

「だから奴さん、もしかしたらリラが異空間で旦那を見かけたりしてたんじゃねえかって考えたんだろな。もちろんリラはそんな男の事は知らねえ。だが、いつか何か思い出すかもしれないって事でリラを手元に置いておく事にした。これが、今もあいつの住所がここになってる理由だ。」

 

「そういうことだったのか。でも意外だな。そのルザミーネって人はポケモンの力で無理矢理ウルトラホールを開いてUBを愛でるような人だったんだろ?そんな人にUBを引き寄せるリラを託すって、クチナシさんなら許さなさそうな気がするけど。」

 

 ヒノキのその質問には、少し気まずそうな表情をしたクチナシの代わりにビッケが答えた。

 

「確かに、今でこそそういうイメージが強いけど。でも、元々ウルトラスペースの研究はモーン博士が個人的にやっていた事で、ルザミーネ様自身は全く関わりがなかったの。それが、失踪された博士を探すために研究に携わられるようになって。だから当時の彼女は何ていうか、まだUBへの執着もなくて、純粋に旦那さんの為に研究をしているような感じだったのよ。」

 

 納得したヒノキに、クチナシが頭を掻きながら補足した。

 

「・・・ま、そういうこった。それにさっきも言ったように、当時のリラにはとにかく心身を安らがせる環境が必要だった。監視期間のデータから、あいつはポケモンといる時が一番精神が安定することは分かっていたし、ここの保護区はあいつと同じように、痛みを抱えたポケモン達が多くいた。そして実際、そいつらや周りの人間達との交流を通じて、少しずつ表情や感情を取り戻していく事ができた。・・・そんなあいつが国際警察に入りたいと言ってきたのは、エーテルに移って一年ほど経った頃の事だ。」

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「・・・あ。」

 

 ポケットが低い唸りを上げているのに気付いたリラは、目の前のポケモンにポケマメをやる手を止めて、携帯を取り出した。それに届いていたのは「今着いた」という四文字きりの、ごく短いメールだった。

 

「リラさん、どうしたのですか?」

 

 とたんに、隣の少女が不安げな表情を浮かべた。

 まだあどけないが、長い金髪と明るいグリーンの瞳が美しい少女だ。品の良い白いワンピースがとてもよく似合っている。

 

「ごめん、リーリエ。お客さんが来たからちょっと行ってくる。でも、このネッコアラは絶対に起きないから、そう怖がる必要はないよ。アセロラ、リーリエを頼むね。」

 

 そう言って、リラは手にしていたポケマメをリーリエに握らせた。それは、ポケモンと仲良くなりたいが触れるのが怖いという彼女の為に、この保護区の職員から分けてもらったものだった。

 

「え、えぇ・・・」

 

 目の前のポケモンより、隣の3つ上の少女と二人にされる事に恐怖を感じたリーリエは、泣きそうな瞳でリラを見た。それというのも、ウラウラ島のエーテルハウスで暮らすこのアセロラは、リラと同じくらいポケモンとの接し方が上手いのだが、時々自身のゴーストポケモンで自分を驚かせてくるという悪い趣味があるからだ。もちろん、アセロラとしてはリーリエがポケモンに親しめるように、という思いを込めての試みなのだけれども。

 

「まっかしといて!リーリエ、アセロラがいるからだいじょーぶだよー!」

 

 そんなリーリエの思いを知ってか知らずか、当のすみれ色の髪の少女は小さな拳でどんと胸を叩いた。着ているのはリーリエとは対照的なつぎはぎだらけの紺のワンピースだが、その辺りの事は本人は全く気にしていない。

 

 そうして今にも泣きそうなリーリエと満面の笑顔のアセロラに見送られ、リラは客の待つエントランスへと急いだ。

 

 

 ◇

 

 

「クチナシさん、お久しぶりです。」

 

 そこで待っていたクチナシは、そう声をかけてきた待ち合わせ相手の少女に思わず目を瞠った。

 

「・・・なんか、雰囲気変わったな。」

 

 一年ぶりに再会となる彼女は、彼の予想以上に明るい方向へ変化していた。中性的な装いと雰囲気は相変わらずだが、肩の上まで伸びた髪のおかげでもう少年と見紛うことはない。顔つきも少し大人びたようだ。そして何より、失われていた声が戻っている。

 その声で、彼女は少し照れたように笑って言った。

 

「少し髪が伸びただけですよ。ルザミーネ様が勧めてくださったんです。『あなたは将来必ず美人になるから、今から伸ばしておきなさい』って。」

 

 そうして二人でエレベーターに乗り込み、四階へと向かった。この中央棟の最上階には、一般の来客も利用できるオーシャンビューのカフェがある。が、今回はクチナシにあまり時間がないということで、吹き抜けから保護区を見下ろせる四階の休憩所を選んだ。

 

「おっとそうだ、忘れねえ内に。」

 

 四階に着くなり、クチナシはポケットから小さなジップ付きの袋を取り出し、リラに渡した。

 

「これは・・・ビー玉、ですか?」

 

 中身の薄水色の美しいガラス球を手に乗せて訊ねるリラに、クチナシは頷いた。

 

「おまえさんが前に住んでいた部屋の机にあったものだ。何やら思い入れがあるものみたいだったから、返しておこうと思ってな。」

 

 リラはそれを透かすようにかざし、ひとしきり眺めた。

 

「・・・そうですか。わざわざありがとうございます。」

 

 それだけ言った彼女に、クチナシは彼女がそれについて何も思い出せないことを察した。微妙な空気になる前に、クチナシは本題を切り出した。

 

「それで、例の件についてだが。なんでまた、国際警察に入りたいなんて思ったんだ?」

 

 それが、彼が今日ここを訪れた理由だった。

 リラから「将来は国際警察で働きたい」という相談を受けたビッケに相談されたのだ。

 

「はい。私ももう14ですから、そろそろ進む方向を決めたいと思って。それで、真っ先に思い浮かんだのが国際警察だったんです。」

 

 その言葉に、クチナシの眉間が僅かに寄った。

 

「・・・誰かから何か言われたのか?」

 

 胸を過ぎった直感が、思わず口をついて出た。

 国際警察内では、Fallはたとえ検出される異空間線が基準値を下回ったとしても、その体質を考慮して警察内部につないでおくべきと主張する者も多い。そうした連中に、何やら唆されたのではないかという気がしたのだ。ちょうど、正体を紛らわす為に彼女に髪を伸ばさせろという指令がルザミーネを通じて伝えられたように。

 

「いえ。私自身の希望です。」

 

 きちんと自分の目を見てそう言った彼女の大きな薄紫の瞳を、クチナシはじっと見つめた。

 嘘のような気もしたが、そうではないような気もした。

 

「・・・それで、国際警察に入ってどうするんだ。はっきり言って、おまえはここで保護されてきたポケモン達の相手をしてる方が向いてるように思うがな。」

 

 そう言って、クチナシは眼下の保護区を見下ろした。

 リラも同じように保護区を眺めながら、しっかりとした口調で答えた。

 

「はい。私もここで、傷ついたポケモン達を元の暮らしへ戻してあげられる喜びを知りました。だから、この世界に迷い込んでしまったUB達も同じように保護をして、元の世界へ帰れるようにしてあげたいんです。その為には、クチナシさん達のUB対策本部に所属するのが一番だと思ったので。」

 

 そこで彼から何かもの言いたげな雰囲気を察したリラは、急いで言葉を継いだ。

 

「もちろん、UBが脅威的な力を持った恐ろしい生物であることは分かっています。でも、だからといって殺してしまうしかない訳ではないと思うんです。彼らだって私達人間やポケモンと同じように命ある存在で、本来の世界では生態系の一部だったはずです。だから生きたまま保護して研究し、生態や接し方が分かれば。可能性はきっとあると思うのです。」

 

 訴えかけるような眼差しを、クチナシは冷静に受け止めた。彼女は正しい事を言っている。だからこそ、現実的に進めなければならない。

 

「志は大したもんだが、それだけでやれるようなことじゃねえぞ。奴らに対応できる戦力はもちろん、捕獲可能なボールの開発に保護施設の創設、職員の手配と育成。殺しと違って、気の遠くなるほどの金と時間と労力がかかる。」

 

「・・・それも承知しています。でも、このままでは嫌なんです。」

 

 再び保護区を見つめながら、リラが静かに口を開いた。

 

「ここの人達は、みなさん本当によくして下さいます。ルザミーネ様も、ビッケさんも、職員の方々も、アセロラやリーリエも。ここに来なければきっと、私はこうしてまた普通に喋る事もできなかったと思います。」

 

 アセロラに見守られながらおそるおそるネッコアラにポケマメを差し出すリーリエに、リラは思わず顔が綻んだ。しかしすぐに表情を陰らせ、でも、と続けた。

 

「そうやって、たくさんの人が助けてくれるのに。それでもまだ孤独や虚しさを感じてしまう自分がいる。それが本当に、本当に嫌なんです。」

 

 手すりを掴む手の指先は、新たに加えられた力で色が変わっていた。続きを口にするには、少し気持ちと呼吸を整えなければならなかった。

 

「地下の研究所でUBの事を知る内に、自分は彼らととても似た境遇にある事に気付きました。だから、彼らが救われる事は私自身の救いになるような気がして。そうすれば、この呪いのような孤独も消えるんじゃないかって。」

 

 その言葉には、さすがのクチナシも何も返せなかった。

 14歳の若さで自分も知らない孤独を知ってしまった少女に、一体何が言えるだろう。

 

「・・・おまえがいたカロス本部の隣に付属の養成学校がある。だが入るには当然試験に受からなきゃならねえし、卒業したところで配属先を決めるのは上だ。そして入れば三年はここには帰れねえぞ。本当に、それで良いのか?」

 

 その時、リラが上から見ていることに気付いたアセロラとリーリエが大きく手を振ってきた。二人に笑いかけて手を振り返してから、リラはクチナシの目を見て頷いた。

 

「私は、お世話になった人達に心からのお礼が言える自分になりたいんです。たとえ、私自身は元の暮らし(せかい)に戻れなかったとしても。」

 

 

 そして一年後、リラはカロスへと発った。

 

 

 




  
一話内で回復しているのでリラの声が出なかった感があまりないですが、後々また触れる下りが出てきます。
ちなみにこの関係で25話の冒頭は筆談風にしているつもりです。
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