ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
今回はリラちゃんサイドのお話です。
ちょっと時系列がころころしてややこしいですが、基本的には25話の冒頭かつ26話の朝の話です。
【前回の要点】
ヒノキはクチナシ達から十年前にポニの荒磯で保護されたリラが国際警察本部での監視期間を経てエーテル財団に引き取られた経緯を聞く。
エーテルパラダイス副支部長室の内線にリラからの着信が入ったのは、そこでヒノキが過去を語る日の朝の事だった。
「もしもし、リラ?・・・具合はどう?」
彼女からの連絡に安心と緊張を感じつつ、ビッケは訊ねた。
目が覚めたらまずは自分に連絡してほしい。
そう記したメモを残していたのだ。
「ビッケさん」
受話器の向こうの声は力なく震えていた。それはビッケがリラと出会ってからの十年間で、一度も聞いた事のない声だった。
「私は、これからどうしたら良いのでしょう・・・?どんな顔でヒノキに会って、どう謝れば・・・」
憔悴する彼女に、ビッケは胸が痛みつつも込み上げるものを感じた。この十年、何があっても二言目には大丈夫ですと微笑んでいた彼女が、初めて泣き言を言ったからだ。
「リラ、落ち着いて。ヒノキくんはあなたが悪くない事はちゃんと分かっているわ。だからまずは、あなた自身は今どう思っていて、これからどうしたいのか。それを一緒に考えましょう。すぐ行くわ。」
そして受話器を置くと、彼女の入院する医療センターへと向かった。
◇ ◇
「リラ。入るわね。」
そう言って一呼吸置いてから入室したビッケが目にしたのは、予想通りの光景だった。
白い部屋の白いベッドの上で、リラは静かに泣いていた。その傍らには相棒のフーディンの姿があり、そっと主人の背を擦っている。
その隣にビッケは椅子を運び、腰掛けた。
「私、本当に気付かなかったんです。」
挨拶も前置きもなしにそう切り出すと、隣のフーディンを見つめながら、リラは続けた。
「確かに時々、ヒノキがこの子と不思議に通じ合っているように感じる事はありました。でも、実際にこの子が彼のキーストーンに反応するまで、
言葉を詰まらせながらそう明かすリラに、ビッケは改めて彼女の支えになってやりたいという思いが強くなった。だが、それより先にやるべきことがある。
「それについては、まず私達からあなたとフーディンに謝らせて。こんな大事なことをずっと黙っていて、本当にごめんなさい。こうなってしまった責任は、あなた達への配慮が不十分だった私達にあるの。」
そう言って深く頭を下げたビッケに、リラは戸惑った。確かに、こんな重要な事実をずっと伏せられていた事に思うところがない訳ではない。が、実際にそれを知ってもなお何も思い出せない今、その事でこの十年来の恩人を責める気には到底なれなかった。
「そんな・・・頭を上げてください。それが私を思っての判断だった事は分かります。それに、全ては私が記憶を失くしたせいで彼を傷つけてしまった事が悪いんですから。」
「ありがとう。でも、それも違うわ。」
頭を上げたビッケは、まっすぐにリラの大きな瞳を見つめて言った。
「確かにヒノキくんはあなたが記憶を失くした事を心から悲しんでる。でも、だからといってそれをあなたの責任だとか、謝ってほしいとか思ってる訳じゃないの。だから、あなたが自分でそういう風に考えてはだめよ。むしろ彼は、そうなることをずっと心配していたんだから。」
そこでリラの目に再び涙が溜まり始めたので、ビッケは自分のハンカチを貸してやった。
「・・・フーディンが、三日前に彼が会いに来た時の事*1を教えてくれたんです。」
赤い目元を白いハンカチで拭ってから、リラはビッケにその事実を告げた。
「え?ヒノキくんが、フーディンに?」
ビッケが驚いてフーディンを見ると、彼はこくりと頷いた。そして自分の記憶を伝えるべく、ビッケの額にそっと右手のスプーンを当てた。
◇ ◇
「フーディン。ちょっと、いいかな。」
そう声をかけられて瞑想を中断させられても、フーディンが気分を害することはなかった。こうなることは、一時間前から既に分かっていたからだ。
「ごめんな。邪魔して。」
振り返ると、そこには見知った顔があった。
ここしばらくの間、主人と組んで仕事をしている青年だ。少し離れたところでは、彼をここまで運んできたと思われる黒いリザードンが翼を休めている。
「少し訊きたいことがあるんだ。そんなに時間はかけないよ。」
頷いて了承を示すと、青年も頷いた。しかし彼はそれからしばらくの間何も言わず、その薄いブルーの瞳でじっと自分を見つめていた。
そんな彼の瞳を、フーディンも正面から見つめた。
そうして彼らはしばしの間、互いの瞳の奥に眠るものを知ろうとするように見つめ合っていた。
「なあ。おまえは、ずっとリラと一緒にいるのか?」
やがて、青年が何でもないような口調で訊ねてきた。が、それが彼の「訊きたい事」とは違うことを、フーディンは心の瞳で知っていた。その上で、こくりと頷いた。
「そっか。」
青年は笑って頷いた。
壊れそうに穏やかな表情だった。
「じゃあ、次な。おまえは、リラに会えて良かったって思ってるか?」
それもまた彼の本当の質問ではないことを、フーディンは既に見透していた。そして、その本当の「訊きたいこと」が何であるかも、なぜ彼がそれを訊かないのかという理由も、彼はもう全て分かっていた。
二つ目の質問に、フーディンは心から頷いた。
偽りの質問とは分かっていたが、だからと言って答えまで偽る必要はない。
「うん。」
青年もまた頷いた。
嬉しそうに、悲しそうに。
「それなら、いいんだ。」
それだけ言うと、彼は突然踵を返して走り出した。
そして待たせていたリザードンに飛び乗ると、振り返ることなく行ってしまった。
もし、彼の本当の質問にも頷く事ができたなら。
彼が訊ねる事ができなくとも、フーディンは自らその答えを彼に伝えていただろう。だがそれができない以上は、空の彼方へ消える背をただ見ているしかなかった。
なあフーディン。
さっき、おまえと初めて会った日の夢を見たよ。
途中でスリープに喰われて目が覚めちゃったんだけど、あの後ってどうなったんだっけ。
おまえは頭が良いから、きっと憶えてると思ってさ──。
◇ ◇
「そう・・・。それで彼は、悲しい気持ちを紛らわせようとお酒を飲んだのね。」
ビッケの言葉にリラは頷き、フーディンを見て続けた。
「私は自分の記憶だけでなく、ヒノキにとっても大切な存在であるこの子の
そこで再び声を震わせ始めた彼女に、ビッケは少し厳しい口調で言った。
「リラ。さっき言ったばかりでしょう、自分を責めてはいけないって。あなたが自分を責めたところで何かが解決する訳じゃないし、そんな事はヒノキくんもフーディンも望んでいないわ。それにこの子だって言っていたじゃない、あなたに出会えて良かったって。」
その言葉に同調するように、フーディンも主人の瞳を見ながら何度も頷いた。冷静なのに温かい、いつもの不思議な温度の眼差しで。
「過ぎた時や失ったものの事ばかり考えても仕方ないわ。それより今は、これからのあなた達がどうなるのが望ましくて、それを実現するためには何をすればいいかって事に時間と頭を使わなくちゃ。」
再び穏やかな口調で語りかけるビッケに、リラは涙を拭いて頷いた。そしてその事について少し考えてから、幾分落ち着いた調子で話し始めた。
「・・・私は、確かに自分でヒノキを思い出す事はできなかったけれど。でも、彼がチームに来てくれた日から、ずっと思っていた事があるんです。」
そう言って少し表情を和らげると、フーディンの頬を撫でながら続けた。
「彼といると、すごく心がよく動くなって。私の心って、こんなに動いたんだって。嬉しい時だけじゃなく、辛くて動く時でさえ、それがどこか心地よかった。ずっと空っぽだった自分の中にちゃんと自分がいて、一人の人間として生きている実感のようなものを感じられたから。それこそ、ずっと忘れていたことを思い出すような感覚があったんです。」
そこで改めてビッケに向き直り、しっかりとした口調で言った。
「だから、もし、そう望むことが許されるのなら。私はこれからも
そう口にした途端、リラは心がふっと軽くなるのを感じた。そしてそれが伝わったかのように、目の前のビッケも晴れやかな表情を見せた。
「うん。私もそれがいいと思うわ。そうね、それじゃあまずは・・・そうだ!」
そこで何かを閃いたのか、胸の前でパンと手を合わせると、大きな眼鏡の奥の目を輝かせてリラに提案した。
「実は今日、夕方からヒノキくんが私の部屋であなたとの昔の話を聞かせてくれる事になっているんだけど。あなたもそれを聞くっていうのはどう?」
「え??」
ビッケの大胆な提案に、リラは戸惑った。おそらくこの財団の幹部で最も良識と分別のある彼女だが、時々こうして驚くような行動力や思い切りの良さを見せる事がある。
「え、で、でも・・・」
確かに、自分と彼の過去をきちんと知りたい気持ちはある。が、今のこの、現実的にはまだ何も解決していない状況で顔を合わせるのはさすがにハードルが高すぎる。しかし、ビッケはもちろんそんな彼女の心情を察していた。
「もちろん同席しろとは言わないわよ。あなたはここに居て、体調的にも気分的にも聞ける範囲で聞けばいいの。確か、フーディンのスプーンは音声も拾えたわよね?」
フーディンはこくりと頷き、念で作ったスプーンを一本ビッケに渡した。確かに彼女がこれをポケットにでも忍ばせておけば、その会合を聴く事は十分可能だろう。あとは自分が盗聴の後ろめたさを気にしなければ良いだけだ。
「それなら・・・わかりました。」
「約束は18時だから。長くなると思うって言ってたから、それまでに十分休んでおくといいわ。それじゃあ、私はそろそろ仕事に戻るわね。」
「は、はい・・・。あ、あの、ビッケさん!」
「あら、なあに?」
扉の前でリラに呼び止められたビッケは、その場でくるりと振り返った。
「・・・本当に、本当にありがとうございます。」
そう言って深く頭を下げたリラに、ビッケは笑顔でいいのよ、と応えた。それから部屋を出て扉を締めた後に急いで目元を拭い、自身の部屋へと歩き出した。
次話はちょっと書き直しがある為、間が空くかもしれません。
でも三月中には何とかします。