ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
今回はまた26話、62話と同じ日の話です。
恐ろしく長い一日ですが、今回で終わるのでご容赦ください。
【前回の要点】
ヒノキがクチナシ達にリラとの過去を語る日の朝。
ウツロイドの神経毒から目を覚ましたリラは、これからの事についてビッケに相談する。
「・・・そして18で本部の養成校を卒業した後、希望通りおれ達のUB対策本部へ配属となった。で、こいつを抜いて出世して、一年前におれから部長を引き継いで今に至るって訳だ。」
そう言ってクチナシは隣のハンサムを顎で指すと、またポケットから煙草を取り出した。
「ま、大体こんなとこだな。何か聞きたい事はあるか?」
ヒノキは壁の時計を見た。
午前二時を回っている。
忙しさに程度の差はあれど、日が昇ればみんな仕事があるだろう。
「・・・今日はもう晩いし、少し情報を整理する時間も欲しいから。また、日を改めて集まりたいって言ったら迷惑かな?」
その言葉に、三人の大人は視線を交わして頷いた。そしてビッケが代表してその合意を口にした。
「分かった。じゃあ、また集まりたいと思った時は私に連絡してくれたらいいわ。それと、もうこんな時間だから今夜は空いている部屋を使って。あなただってまだ病み上がりなんだから、無理は禁物よ。」
ヒノキは素直にその厚意に甘える事にし、彼女に礼を言って副支部長室を出た。
そうしてこの十五年の時渡りの夜は、ようやく終わりを迎えたのだった。
◇
電気を消してベッドに横になっても、ヒノキはぼんやりと暗い天井を眺めていた。
疲れているはずなのに、頭の中に情報が溢れているせいで一向に寝つける気がしない。
オハナ牧場の自室ならこんな時の為のスリープがいるが、ここでは自力で頑張るしかない。
そして今のヒノキに思いつけるその唯一の方法は、考えて考えて、考え疲れることであった。
(オレはどうするべきなんだろうか。)
どうしたいか、というのは分かっている。
リラの力となり、UBの保護という彼女の願いを実現させたいという思いは今までと変わらない。
むしろ、今日の会合を経てより強まったほどだ。だが、それを成すのに今までと同じやり方で良いのかどうかが分からない。
自分と彼女の関係はもう今までとは違うのだ。
それに合わせて、何かは変えなければならないのではないか。
そうであるとすれば、その何かとは何なのか。
(あいつはきっと、やりづらくなるよなぁ。)
ふと、そんな思いがヒノキの胸に浮かんだ。
もし自分が彼女の立場なら、間違いなくそうだろう。
ずっと初対面の人間だと思って接していた相手が、実は昔の親友だったとしたら。
自分に記憶を失くした負い目を抱かせまいと、その事をずっと黙っていたとしたら。
ある日突然、泣きながら激しい言葉をぶつけてきた理由がそれだったと知ったなら。
それでも一緒に、と思うだろうか。
じわりと湧いた熱い滴が、瞬きをした拍子に目尻から落ちて枕にしみた。
その筋と鼻元をぐいと拭ってしばらく経った後、知らぬ間に眠りに着いていた。
◇
「──はい。」
ごく控えめなノックに応えた声に、ビッケは少し驚いた。時刻は午前二時三十分。正直、反応があると思っていなかったのだ。
遠慮がちにそっとドアを押し開けると、そこには寝間着にカーディガンを羽織って机に向かうリラの姿があった。傍らにはフーディンもいる。
「リラ・・・。」
医師の許可を得て、彼女は昼の間に医療センターの病室から自分の部屋へと戻っていた。やはり緊張もあり、なるべく落ち着ける環境で今夜の会合を聴きたかったからだ。
「お疲れ様です、ビッケさん。少し、今日の話の記録をまとめていて。でも、もう休みますからご心配なく。」
そう言って彼女は少し微笑んでみせた。
しかし、その笑顔がビッケには心配だった。
「・・・最初から最後まで聞いていたの?」
ビッケは躊躇いがちに訊ねた。
彼女こそ真実を知るべきだと自らが提案した事ではあったが、Fallの件をはじめ、実際に本人が耳にするには刺激の強い話もいくつかあっただろう。
「はい。確かに、少しショックを受けた話もありましたが。でも、それも含めて聞いて良かったと思っています。」
穏やかな微笑を浮かべたまま、リラは続けた。
「ヒノキの話を聞いている間、ずっと不思議な感覚があったんです。その出来事自体は思い出せないけれど、まるで
そう言って、傍らのフーディンと顔を見合わせて頷いた。
どうやら彼もまた、同じ感覚を抱いたらしい。
「だから私、もう大丈夫なんです。その頃の、そしてこれからの自分の為にしっかりしたい。強くなりたいんです。ですからビッケさん達にも、私が傷つく事を心配するより、全てを受け止められるよう応援してもらえる方が嬉しいなって。そう思うんです。」
うん、と頷くと共に、ビッケは一瞬、自分がまた彼女に辛い思いをさせてしまったのではないかと考えた事を恥じた。
彼女はもう既に、これからどうしたら良いかと泣いていた今朝からずっと強くなっている。
「分かった。でも、全てを受け止めることは一人で背負い込むことではないわ。だから、私達にもできる事があれば遠慮なく言ってちょうだい。・・・あら?」
そこでビッケは、リラのデスクに意外なものがある事に気付いた。なぜそんなものがここにあるのか、見当もつかない彼女はついそれをリラに訊いた。
「その『島めぐりのあかし』はどうしたの?それも、ふたつも・・・」
机上にふたつ重なるように置かれた『島めぐりのあかし』を指して訊ねたビッケに、リラはそのひとつを手に取って答えた。
「この間の休日に、街で見つけたんです*1。以前、彼が任務を島めぐりに喩えて話してくれた事があって*2。それで、日々のお礼の意味も込めて贈りたいと思って買ったものなんです。」
そう言って、リラはその島めぐりのあかしを少しの間、じっと見つめた。
「もちろん、今の状況では渡すことはできないけれど。でも、もしまた一緒に任務に当たれる事になったらすぐに渡せるよう、準備だけはしておこうと思って。少し、彼向きにアレンジを加え──あ!」
そこまで言いかけてから大事な事に気付いた彼女は、はっと顔を上げ、目の前のビッケに少し慌てた口調で言った。
「あ、あのでもビッケさん!この事は、どうかヒノキには──」
「言わないでほしいんでしょう?それがヒノキくんに決断を強いる事にならないように。そういう事ね?」
言おうとした事をそのままビッケに先取りされたリラは、大きな瞳をきょとんと丸くした。
「・・・どうしてそれを?」
そんな彼女に、ビッケは思わず笑った。
「分かるわよ、それくらい。私だって、あなたとはもう十年の付き合いなんだから。」
そう言うと右手をリラの頭に乗せ、そのままぽふっと自分の胸に抱き寄せた。
「私達は、あなたの本当の寂しさや辛さを分かってあげることはできないかもしれないけど。でも、あなたがこの十年間、ずっと頑張って生きてきた事はちゃんと知っているわ。その事は忘れないで。」
大きな胸の真ん中で、綺麗な淡紫の髪が小さく頷いた。
SM中のリラちゃんが平行世界転送と記憶喪失というヘビーな闇をダブルで背負わされたにも関わらず闇堕ちもせずにあんな健気に成長したのは、やはり周りの人々の支えが良かったからだと思います。
そして本作においてはそういう存在の筆頭がビッケさんです。