ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
今回は元々二話に分けていたところを長さが微妙な事から一話に改編したものですが、その為にやっぱり長さが微妙です。すみません。
【前回の要点】
クチナシ達とリラの過去について話し合った夜、ヒノキはこの先の彼女との関わり方について思い悩む。一方、リラは再びヒノキと共に任務に当たる日に向けての準備を始める。
ヒノキ達が再びエーテルパラダイスの副支部長室に集まったのは、彼らが各々のリラとの過去を聞かせ合った日の二日後の事だった。
「・・・ああ、分かった。じゃ、ぼちぼち進めとくぜ。」
内線の受話器を置いたクチナシはソファーへ戻って来るなり、既に座っていたヒノキとハンサムに言った。
「ビッケは少し遅れるらしい。支部長との打ち合わせの後、リラの様子を見て来るから、先に始めといてくれとのことだ。」
時計は約束の十八時ちょうどを指している。
二人が頷いたところで、クチナシがヒノキに向かって切り出した。
「で。おれたちに何か、聞きたいことがあるらしいな。」
ヒノキは頷くと共に、ちらりと部屋のドアに目をやった。そしてそれが開く気配がない事を確かめてから、口を開いた。
「パラサイトにやられてここに運ばれた夜、ビッケさんがオレをリラの相方に選んだのは間違いだったのか、って言うのを聞いてたんだけど。そもそも、クチナシさん達はどうしてオレを選んだんだ?UBに対抗できそうな奴なら他にもいるだろうし、一昨日話すまではオレとリラが友達だった事も詳しくは知らなかったんだろ?それとも、ただの──」
「偶然じゃねえよ。」
クチナシがその赤い三白眼でヒノキの目を捉えて言った。まるで、そこに潜む迷いを見透かしているかのように。
「確かにおまえから話を聞くまで、おれ達はおまえらのつながりについてはろくすっぽ知らなかった。だが、おまえを選んだのにはもちろん理由がある。おまえなら、と思った理由がな。」
その言葉に、ヒノキもじっとクチナシの目を見た。
果たしてこの
「ちょうどおれ達も今日はおまえにその辺りの事を話そうと思っていた。だが、それより先にその前提として話しておく事がある。まず聞くが、おまえはリラが消えた後のホウエンフロンティアについてどの程度知っている?」
それはヒノキにとって正直耳と胸の痛い話題だった。しかし、同時にずっと気になっていた事でもあったので、ありのまま打ち明けた。
「・・・オレ、忙しさにかまけてあんま連絡とかマメじゃなくってさ。だからリラがいなくなってる事を知ったのは、五年前、五年ぶりに連絡を取ろうとした時だった。久々にまとまった休みが取れるから、近い内に遊びに行こうと思うって。でも、メールも電話も返事がないから、忙しいのかと思って直接フロンティアに行ったんだよ。」
クチナシとハンサムは頷きで相槌をうつ。
ヒノキは先を続けた。
「島は一見普通に賑わってて、どの施設もちゃんと運営していた。でもよく見ると、バトルタワーだけ違ってたんだ。予選はいつでもエントリーできるけど、ブレーン戦は半年おきの開催、なんて変なルールになってて。それで受付でなんでか訊いたら、タイクーンがシンオウフロンティアのバトルタワーも兼任されているからですって言われて。ああ、そりゃリラの奴も大変だなって言ったら、いいえ、シンオウのタイクーンがこちらに来て下さっているのです、って。」
当時の事を思い出し、ヒノキは堪らずそこで息をついた。受付のあの無機質で虚ろな口調を思うと、未だに胸に亀裂が走るような痛みが生じる。
「・・・それで、じゃあリラはどうしたんだって訊いたら、五年前に施設のポケモンが暴走する事件があって、それを止められなかった責任を感じて修行の旅に出たって言うんだ。でも、ポケナビはずっと圏外のままで向こうからの連絡もないから、今どこでどうしているのかは自分達も知らない、って。・・・そこで話を聞くのをやめたよ。」
数秒間、重い沈黙が流れた。
それを破ったのはクチナシだった。
「・・・なるほどな。それでおまえは、それをそのまま信じたのか?」
彼の言い方に特に含みはなかった。が、それでもヒノキは反射的に表情と声が少し険しくなった。
「もちろんオレだっておかしいと思ったさ。こいつら、絶対何か隠してるって。でも、それって隠さなきゃいけないような何かがあいつの身に起こったって事だと思ったら。・・・嘘と分かっていても、信じるしかなかったんだ。」
徐々に語気を失うヒノキに、今度はハンサムが気遣うような口調で訊ねた。
「と、いうことは。その時きみは彼女の事について、ブレーンやエニシダと話はしなかった、という事だね?」
「うん。なんかもうそれ以上何も知りたくなくて、そのまま島を離れたんだ。それに、もしかしたら案外本当に旅をしてるのかもしれないと思って。それならオレはいろんな地方を飛び回ってるから、いつかどこかで会えるかもしれない、なんて。ずっとそんなおめでたい自己暗示をかけてたよ。」
自嘲気味にそう答えてから、ヒノキは再びクチナシに向かって訊ねた。
「だけど。それが今回オレを選んだ事と、どう関係があるんだ?」
「まあ聞け。それを今から話す。」
はやるヒノキを制し、クチナシは話し始めた。
「十年前、ポニ島で保護したリラの身元が判明すると、まずおれ達はホウエンフロンティア、つまり代表のエニシダに連絡を取った。お前んとこの奴をアローラで保護したが、明らかに旅行中とは思えねえし、おまけに記憶を失くしてる。何があったんだってな。すると奴はしばらく口籠っていたが、やがて観念してとんでもない事実を明かし始めた。」
「とんでもない事実・・・?」
いかがわしい響きに眉根を寄せたヒノキに、今度はハンサムが口を開いた。
「うむ。奴の話は要約するとこうだった。『半年前のある日、突如バトルタワーの前の空に裂け目が生じ、そこから見た事もない黒い生物が現れてレーザー光で辺りを火の海にした。そして当時ブレーンの長であったリラはフロンティアを守るため、囮になってその生物と共に裂け目の中へ消えた、とな。」
「空の裂け目から生物って・・・それってもしかして、十年前のホウエンフロンティアにUBとウルトラホールが現れたって事か?」
にわかには信じがたい話に、ヒノキはつい懐疑的な口調になった。しかし実際、そんな話は未だかつて聞いたことがない。
「黒いバケモンの方は他に記録がねえから何とも言えねえ。だが、後の調査で現場から微量ながらも異空間線が計測された事で、その裂け目がウルトラホールである事はほぼ確定となった。つまり、リラは十年前フロンティアに開いたそのウルトラホールに入り、半年近く異空間を彷徨った後、別のホールを通ってポニの荒磯へと出た。そしてその過程で記憶を失くした可能性が極めて高い、ってことだ。・・・だが、
そこでクチナシの表情が明らかに苦味を帯びた。その様子から、ヒノキはここからがこの話の本質であることを悟った。
「事件の当日、フロンティアはちょうど年始めの休業期間で、幸い島には外部の人間がいなかった。だが、それでもエニシダは事件が世間に漏れる事をひどく恐れた。もし未知の化け物が出たなんて事が知れたら、客足のガタ落ちどころか営業停止は免れないと考えてな。そこで島民には事件とリラの失踪は極秘事項とし、表向きはさっきおまえが言った通りである事にするよう通達した。早い話が、箝口令を敷いたって訳だ。」
いかにもあの男の考えそうな事だな、とヒノキは思った。十年前、ジラーチをめぐる騒動で事件は自分とリラに任せて自身はフロンティアの運営に専念していた時から、おそらくこの男は何に代えてもフロンティアの存続を優先するのだろうなと、何となく思っていた。
「だが、タワーの職員やブレーン達を筆頭に、島民の多くがその方針に反論した。身を呈してフロンティアを守ったリラを見殺しにするなどあり得ない、世間に事の顛末を公表してでもリラの捜索を優先すべきだ、と言ってな。・・・そこでエニシダは連中を静める為に、当時のホウエンではまだ取引の認められていなかった、とあるポケモンを密輸入した。イッシュのタワーオブヘブンがその原産地といやあ、奴が何を企んだか大体分かるだろ?」
「タワーオブヘブン・・・?じゃ、まさか──!」
真相を察したヒノキの顔色が変わると同時に、ハンサムが頷いた。
「そうだ。奴は極秘に入手したそのオーベムに、ブレーンを含む全島民の記憶を書き換えさせたのだ。事件は施設の共用ポケモンの暴走であり、それを止められなかったリラは自身の力不足を悔やんで武者修行の旅に出た、とな。」
「・・・そんなことが許されるのかよ。」
辛うじてそう呟いたヒノキに、クチナシは軽く頭を掻くと共に首を横に振った。どことなくバツが悪そうな素振りだった。
「ポケモンの違法取引は七年以下の懲役もしくは罰金、記憶偽造罪は本来なら無期もしくは十年以上の懲役に処せられる重い罪だ。だが、自供した点や実際に事件が明るみになった際に社会へ与える影響の大きさが考慮され、両方とも罰金に減刑された。今日もフロンティアが普通に営業しているのはそういう訳だ。」
ヒノキはその事を懸命に冷静に捉えようとした。
確かに、ある日突然空に穴が開いてバトル施設の長ですら倒せない生き物が現れたとなれば、ホウエン社会は古代ポケモンの覚醒以来の恐怖と混乱に覆われだろう。いや、噂が他地方に広まれば全世界がそのようになるかもしれない。
それは分かる。確かに、分かるのだけど。
「・・・少し前置きが長くなったが、ここからがきみの質問に対する答えになる。」
空気の重さに耐えながら、ハンサムが静かに口を開いた。
「今クチナシが話した通り、エニシダの自供によってホウエンフロンティアにウルトラホールが出現した事が確定的となると、国際警察は調査班を派遣して詳細な現場検証を行なった。そしてその範囲はバトルタワーのリラの部屋にも及び、そこを担当したのが私とクチナシだった。」
その説明にクチナシが頷き、また頭を掻いて補足した。
「まったく。さっぱりしてるといやあ聞こえはいいが、必要なもの以外は本しかないような、そんな部屋だったよ。・・・だが、そんな部屋にふたつだけ、そのどっちでもねえものがあった。ひとつはおまえが十年前にやったソーダに入っていたと思われるビー玉*1、そしてもうひとつが手紙*2だ。」
「手紙・・・?」
ハンサムが頷き、コートの懐に手をやった。
そしてそこから一通の封筒を取り出し、ヒノキに渡した。
「そう。彼女のデスクに残されていたこの手紙こそが、我々がこの役目をきみに託そうと決めた、その理由だよ。」
鼓動がにわかに加速するのを感じながら、ヒノキは自身の名が記された封筒から一枚の便箋を取り出した。
そして遠い日に見た覚えのある、細く流れるような筆致で認められたその文章を辿った。
やあヒノキ。元気にしてるかな。
突然手紙なんか送ったりして驚かせてしまったことだと思う。でも、電話じゃきっとうまく話せないだろうし、メールよりも自分の字の方が良い気がしたから、そこはどうか許してほしい。それほど長くはならないと思うから。
最近、フーディンがしきりにバトルタワーの前の空を気にしている。空間の流れがおかしい、近い内に何か起こるかもしれないって言うんだ。
大した事でなければいいんだけど、ここで何かが起きた場合、ぼくは最前線に立たなきゃいけないから。
あまり不吉なことは言いたくないけれど、万一の事があればと思い、この手紙を書くことにした。
本当は次に会った時に直接言いたかった事だけど、伝えられずじまいになるよりはずっと良いから。
ちょっと照れくさいけど、正直に書いていくよ。
ヒノキ。
ぼくはずっと、きみになりたかった。
五年前にきみと出会って知ったポケモンと通じ合う喜び、男の子の優しさと頼もしさ、一緒に戦ってくれる誰かがいる事の嬉しさ。
それがみんな眩しくて、自分もそんなトレーナーになりたくて、この五年間、ぼくはずっときみの背中を追いかけてきたんだよ。
だけど、きみも知っての通り、ぼくは本当は『ぼく』じゃないから。例えいくらか近づく事はできても、本当にきみや男の子になる事はできない。
だからこれからは、逆に自分自身と向き合って、女の子として強く優しく、頼もしくなろうと思うんだ。
そしていつかまたきみに会えた時にそれを眩しく感じてもらえたなら、とても嬉しく思う。
なんだか変な手紙になってしまったね。でも、こんな手紙を書かずにいられなかったのも、ぼくがきみを本当に友達だと思っているからだと分かってほしいんだ。
最後まで読んでくれて本当にありがとう。
こんな手紙を書いておいて何だけど、きみにまた会える日を心から願っているよ。
Lila
黙って手紙を畳んだヒノキに、クチナシが言った。
「わかってると思うが、今のリラにその手紙を書いた時の記憶はねえし、そもそも見せた事もねえ。そしておまえを選んだのはあくまでおれたちだ。だから、
「・・・分かった。」
ヒノキは頷いた。
結局、それしかないのだ。
他の誰が自分を推そうと彼女にとって負担になるのであれば、やっぱり意味がない。
「・・・しかし、ビッケの奴遅えな。」
クチナシがそう呟いたところで、ヒノキも壁の時計に目をやった。時刻は18時半を回っている。
支部長との打ち合わせが長引いているのか、様子を見に行ったリラと何か話し込んでいるのか。
と、ヒノキがそんな事を考えた、その時だった。
「遅れてごめんなさい。ヒノキくん、ちょっと一緒に来てくれる?すみません、すぐ戻りますので。」
足早な靴音と共に勢いよく扉が開いたかと思うと、ビッケが慌ただしく入ってきた。そしてクチナシとハンサムにそう告げるなりヒノキの腕を掴むと、誰の返事も待たずに再び部屋を出た。
「あの、ビッケさん、オレ達、どこに──?」
「ごめんね、行けばわかるから。とにかく、今は私に付いてきて。」
呆気に取られているヒノキに、ビッケは短く答えた。そして迷路のような施設内を、迷うことなくずんずんと進んでいく。
二、三度フロアと建物の移動を経た後、彼女はある扉の前で足を止めた。そして声は出さずに、手と目で今からここに入ることをヒノキに伝えた。
「ビッケさん、ここって・・・?」
何も知らされないまま連れてこられたヒノキは、今から自分がここで何をするのか見当もつかない。が、ドア横のネームプレートに記されている名を目にした瞬間、言葉を失った。
「えっ・・・」
そんな彼を、ビッケがしっと指を立てて小声で制した。
(大丈夫、よく眠ってるから。でも、静かにね。)
いやそれ何も大丈夫じゃないから、ていうかむしろ余計ダメだろ──と心の中でつっこみながら、ヒノキはそのリラの部屋へと足を踏み入れた。
◇
そこは概ねイメージ通りの空間だった。きちんと片付けられ、掃除されたとてもきれいな部屋だ。が、物が少なく、若い女性の部屋としては少し寂しいような気もする。
(・・・!!)
わっと声を上げそうになったヒノキは、慌てて口を押さえた。
部屋に入り、最初に目に入った窓際のデスク。
そこに、腕を枕にして伏せって眠るリラの姿があったからだ。
そしてそのリラの隣から、ビッケが手招きをした。
(こっちへ。)
音を立てないよう慎重に部屋を横切り、寝ているリラを挟む形でヒノキは彼女の隣に立った。そこで、目の前のデスクに意外な物がある事に気付いた。
(これって・・・『しまめぐりのあかし』?)
しかし、それは彼が知る一般的なあかしとは少し様相が異なっていた。四色に彩られた木製のあかし本体の下部の結び目に金具がつけられており、何やら丸い物が嵌め込めるようになっている。
近くに革紐やハサミがある事から、どうやらリラがそのように細工をしたらしい。しかも、なぜかそれが二つある。
なぜ彼女がこんなものを?
そうヒノキが首を傾げたところで、ビッケが一枚の便箋を渡してきた。それは、先ほど見た字と殆ど変わらない筆跡で、こう綴られていた。
ヒノキへ
こんなことを改まって伝えるのは、少し照れくさくて気恥ずかしいですが。
これでも私はあなたがチームに来てくれて本当に良かったと、いつも思っているんですよ。
そんなあなたに何かお礼がしたいと思い、ハウオリシティで見つけた『しまめぐりのあかし』を、キーストーンのデバイスとして使えるよう手を加えてみました。(メガしまめぐりのあかし…って言うんでしょうか?)
以前、あなたがこの任務は私達の島めぐりだと言ってくれたことと、キーストーンをそのまま使っていた事が結びついて閃いたものです。これを渡すまで、あなたが新しいデバイスの購入を面倒くさがり続けていてくれれば良いのですが。(笑)
あなたには、私とフーディンの事で本当に辛い思いをさせてしまいました。きっと今も、心の奥では割り切れない悲しみを抱えている事でしょう。
でも、やっぱりあなたには『ごめんなさい』より『ありがとう』の方をたくさん言いたいから。
だからもう少しだけ、私に力を貸してください。
Lila
部屋を出ると、ビッケはヒノキの前に立った。
そしていつもの彼女らしい穏やかな調子に戻って詫びた。
「急に引っ張ってきてごめんなさいね。本当は、あなたにちゃんとあれが渡せる状況になるまで黙っていてほしいって言われたんだけど。」
いや、とヒノキは首を振った。
彼女のその心境は、ヒノキにはよく分かった。
自ら手を加えたしまめぐりのあかし。
ごみ箱に溜まっていた書き損じ便箋の山。
『ごめんなさい』より、『ありがとう』。
それが
少し鼻元を擦ってから、ヒノキは顔を上げた。
そしてまっすぐにビッケの目を見て言った。
「ビッケさん。ひとつ、相談があるんだ。」
予定より一話減ったということで、次回が第三章最終話となります。
そろそろヒノキという単語を見るのも嫌な方もいらっしゃるかと思いますが、あと一話だけ付き合ってやってください。