ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
第三章最終話です。
久々にポケモンが出てくるのでちょっと長めですが(8000字ちょっと)、よろしくお願いします。
【前回の要点】
今後の進退に悩むヒノキはクチナシ達に自分をリラの相方に選んだ理由を訊ねる。その後、昔と今のリラが書いた二通の手紙を読む。
7番道路はアーカラ島を東から北へとつなぐ、火山と海に挟まれた短い公道である。
華やかなロイヤルアベニューから一転、荒々しく殺風景なこの道自体に興味を示す人は決して多くはない。が、観光名所であるヴェラ火山公園や8番道路方面に通じている事から、日中は交通の要所と呼べるだけの人通りがある。
ただし、この日ばかりは少し事情が違っていた。
「──はい。こちらは現在のところ異常ありません。ええ、体調も大丈夫です。・・・わかりました、よろしくお願いします。ライチさん達も、くれぐれもお気をつけて。」
一週間の療養を経て仕事に復帰したリラは、PHSに入ったライチからの業務連絡にそう応えた。
そして本日の持ち場であるこの七番道路から、今しがた空間の裂け目が生じたという、ヴェラ火山公園の頂を仰ぎ見た。
◇
リラがヴェラ火山公園に再びパラサイトが出現することを知ったのは、その前日の昼過ぎの事だった。瞑想をしていたフーディンが、その未来が確定したことを感知したのだ。
その事をハンサムに報告すると、直ちにアーカラ島のしまクイーン、ライチを中心に対策班が結成された。当然彼女はメンバー入りを志願したが、ライチはそれを許可しなかった。
『気持ちは分かるけど、いくら調子が戻ってきてるからって、病み上がりの人間を戦場に送る訳にはいかないよ。もどかしいだろうが、今回まではあたしらに任せて休んでな。』
しかしリラはその勧めに応じず、食い下がった。
「我儘を言っているのは百も承知です。でも、UBが出現すると分かっている以上は休んでいても気が休まらなくて。せめて、周辺地区の警護だけでもさせてもらえないでしょうか。」
そんな彼女に、ライチは電話の向こうで深いため息をついた。そして、あんたはUBの毒より仕事中毒の方が深刻だね、とこぼしてから言った。
『わかったよ。なら、あんたは麓の7番道路からワカツダケトンネルにかけてのエリアの警戒を頼む。ただし、それも少しでもUBの気配を感じたらすぐにあたしに報告して、絶対に戦闘はしないこと。それが条件だ。いいね?』
提示されたその条件を、リラは明るい声で快諾した。そしてライチに礼を言って通話を終えた。
◇
この場所から
昨日の内から通行規制が始まり、現在は完全に封鎖区間となっている一帯には、人はおろかポケモンの気配すらない。周囲に建物がないこともあり、こうして一人で立っていると、まるで無人島にいるような気さえしてくる。
その時、胸ポケットのPHSに再び着信が入った。小さな液晶画面で発信者を確認したリラは、三度目のコールでそれを取った。
「はい、リラです。カキ、どうかしましたか?」
そちらの様子はどうかと連絡をしてきたのは、キャプテンのカキだった。彼も今回は戦闘要員ではなく、オハナタウンやロイヤルアベニューといった市街地のある山麓南西部の警戒を割り当てられている。病み上がりのリラの負担の軽減と、この一帯がホームグラウンドである彼の土地勘を考慮してのライチの判断だ。気も言葉も強い彼女だが、その配慮はとても細やかで女性らしい。
「ええ、大丈夫ですよ。ありがとうございます。あなたも気をつけて。」
何かあればすぐ言ってくれという彼に礼を言って、リラは通話を切った。おそらくこの電話も、ちょくちょく自分を気にかけるようライチがカキに言ったのだろう。これ以上彼女に迷惑をかけない為にも、今日はここで大人しく警戒に徹しなければならない。
その決意から、15分。
「・・・・」
そわそわと落ち着かない心地で、リラは背後にそびえる火の山を振り返った。こうしてこの山を見るのは、既にもう何度目か分からない。
任務の責任者として最新の状況が把握できないもどかしさと、任務の責任者でありながら安全な場所で安全な役目についている申し訳なさ。そして何より、現場で仲間と共に戦いたい、支えたい、役に立ちたいという、殆ど欲求に近い強い願望。
利害の一致するそれらの感情は結託し、一丸となってしきりに彼女の肩を叩いていた。
(ハンサムさんもこんな気持ちだったのかな。)
ふう、と大きなため息をついて前に向き直るとともに、リラは専ら
何度危険だと伝えても毎度現場に来たがる彼だが、その気持ちが今になってようやくわかった気がする。
と、彼女がそんな事を考えた時であった。
──いこうよ。きになるんでしょ?
「え?」
耳もと、というよりは脳内に直接響いたようなその声に、リラは思わず辺りを見回した。が、周囲には相変わらず何者の気配もない。
(・・・気のせい、か。)
そうだ。きっと、上の様子が気になるあまり、そんな声が聴こえた気がしたのだ。
そう思い直した、次の瞬間。
──だいじょうぶ。どうせここはだれもこないし、なにもおきないから。だから、いっしょにおいでよ。
囁きに続いたくすくすと笑う声に、リラはそれが自分の心の声で、やはり今日はまだ休んでいるべきだったのだという考えを捨てた。
そして一度目を閉じ、ゆっくりと息を着いて気持ちを落ち着けた。そのおかげか、再び目を開いた時には、そこにはっきりと声の主の姿を認めることができた。
「!あなたは・・・。」
◇
ヴェラ火山公園、山頂広場。
平時は島めぐりの試練が行われる場である事から通称『ぬしの間』と呼ばれるそこでは、既に戦いが始まっていた。
「あ、ちょっと・・・」
降ろされた斜面から様子を窺っていたリラは、自身をそこまで連れてきた張本人が堂々と表へ出て行ってしまった事で迷ったが、自分は留まる事にした。彼女の本質はあくまで『無邪気』や『気まぐれ』であり、『導き』ではないのだ。
斜面からほんの少しだけ顔を覗かせたリラは、改めて『ぬしの間』の状況を確認した。そこには、事前にライチから聞いていた作戦に沿った陣形が展開されていた。今回の攻撃手であるマオとサポート役のスイレンは広間の中心につき、指揮官のライチは二人の後方、広場全体が見渡せる位置に立っている。そして──
「おいマオ!頼むから間違ってもオレ達に当てさせんなよ!オレはそーゆー趣味は一切ないんだからな!」
宙に浮かぶパラサイトと対峙する最前線から、シルヴァディに跨った囮役のヒノキが叫んだ。どうも彼は目の前のUBよりも、嬉々として棘付きのツルをしならせるマオのアマージョを恐れているように見える。
「んー、大丈夫だと思うけど、でもあんまりびくびくしないでね!逆にそそられちゃうから!!」
隣のスイレンのオニシズクモの『ワイドガード』に守られたマオが、淡い光のベール越しにヒノキへ声を張った。一週間前に自分と同じくパラサイトの神経毒に倒れた彼だが、もうすっかり快復しているようだ。その事に、リラはひとまず安心した。
「ヒノキ!そんな事はいいからあんたはパラサイトに集中しな!今度は毒技を出すつもりだよ!」
そのライチの言葉通り、鈍い光を発したパラサイトの触手から、紫色の酸の弾が放たれた。
威力自体は決して高くないが、喰らえば特殊攻撃に対する抵抗力を大きく削がれてしまう『アシッドボム』だ。
(!)
シルヴァディがいきなりそれを正面から被弾した事で、リラは反射的に目を伏せた。
が、すぐにそれが杞憂であった事を知った。
「分かってるよ!オレだって連続で病院送りはごめんだ。その為に、ちゃんと対策もしてきたんだから。」
そのヒノキの言葉と、酸を弾いて煌めくシルヴァディの銀色のとさかに、リラは彼らがパラサイトの毒撃をものともしていない理由を理解した。
対UB用ポケモン兵器としてシルヴァディに付与された『ARシステム』。専用のメモリを使用することで属性を自在に変えられるその超特性によって、シルヴァディは今、パラサイトの属性と考えられている『どく』と『いわ』の両方に耐性の高いはがねタイプを得ているのだ。
「だけどそれは特性による効果だろう?相手がそれを打ち消す手段を持ってないとも限らないんだ。油断せずに行くよ!スイレン!」
ライチはシルヴァディの事は『特性によって属性を自由に変えられる人工ポケモン』という程度しか知らない。だがその限られた情報から知り得るリスクを的確に掴んでいる辺り、さすがはしまクイーンというべきだろう。
「了解です!シズク、『みずびたし』!」
主人の命を受けたオニシズクモは、自身を包む水泡を更にひとまわり大きく膨らませると、目標に向かって勢いよく発射した。そしてその巨大な水泡は諦めずにシルヴァディに毒撃を試みるパラサイトをすっぽり包むと、その特殊な成分によってパラサイトの属性を『みず』へと変えてしまった。
「オッケー!アマージョ、いっくよー!!『パワーウィップ』!」
水泡に囚われて動きの止まったパラサイトを、アマージョの両手の棘付きの蔓の鞭が完璧に捕らえた。
とたんに水風船の破裂音のような衝撃音が響き渡り、パラサイトが何とも形容しがたい叫びを上げた。
『ジョーッジョッジョ!!』
悶絶するパラサイトに、悦に入ったアマージョが高笑いを浴びせている。『パワーウィップ』はただでさえ強力な技だが、加えて『みずびたし』でみずタイプに変えられた今、パラサイトとっては相当きつい一撃だっただろう。
(なんちゅうポケモンだ。)
その光景に、ヒノキは改めて心胆を寒くした。『パワーウィップ』はいわば『つるのムチ』の上位技だが、用いる蔓がより太く重くなる分、制御が難しくなる。それはすなわち、囮役の自分が巻き添えを食う可能性も決して低くはないという事だ。
「なあシル。なんでこの島はこう、おっかない女が多いんだろうな。」
追撃を仕掛けるアマージョと、いつの間にか現れてそれを愉しそうに見ているカプ・テテフを遠巻きに眺めながら、ヒノキは銀色の相棒にぼやいた。
生殖機能が与えられていないシルヴァディには性別の概念がない。が、状況から主人の言わんとする事は何となく理解したらしく、神妙な顔で頷いた。
「なんか言ったかい。無駄口叩く余裕があるならメレシーを外すよ。」
後ろからライチに睨まれ、ヒノキは速やかに口を閉ざした。
『ARシステム』はあくまでシルヴァディの特性であり、当然ヒノキははがねタイプにはなれない。そこで彼女のメレシーが護衛として『リフレクター』、『ひかりのかべ』、『しんぴのまもり』を使い分けて守ってくれるからこそ、ヒノキは安心して囮役を務める事ができるのだ。
やがて、アマージョの攻撃が外れた隙をついてパラサイトが体勢を立て直した。その動きに、リラはある違和感を抱いた。
(・・・?)
普通ならば、これまで散々自身を痛めつけてきたアマージョに矛先を向けるところだろう。
が、立ち直ったパラサイトが追ったのは、やはり囮役のヒノキだった。それも、特に彼が気を引く行為をした訳でもない。
──まさか。
リラの心臓がどくんと高鳴った。
ヒノキとシルヴァディに対し、明らかに特別な執着を見せるパラサイト。
そう、まるで目の前に撒かれた餌に食らいつこうとする肉食魚のように。
(ライチさん、ごめんなさい。)
数メートル先で腕を組みながら戦況を見つめるライチに、リラは心の中でそう詫びた。
今ここで出ていけば、彼女との約束を真正面から破ることになる。だがそれでも、どうしても確かめずにはいられなかった。
「フーディン、『サイコキネシス』!!」
フーディンと共にパラサイトの前に姿を晒したリラは、正面からその一撃を叩き込んだ。そしてすぐに『テレポート』し、ヒノキとほぼ同じ距離でパラサイトを挟む位置に立った。
「リラ・・・!?」
「え?なんでリラさんがここに??」
突然現れた彼女に、ヒノキだけでなくマオとスイレンも驚いている。ただ一人、ライチだけがやっぱりなという風にため息をついていた。
ほぼ等間隔の位置にいる二人に、パラサイトは一瞬迷いを見せた。が、結局自身に背を向けた事で、リラは自分の考えが真実であることを確信した。
「ん?あの構えは・・・」
やはりヒノキに向かって頭で狙いを定めるように身体を傾けたパラサイトに、ライチが眉を上げた。ポケモンだけでなく、わざに関してもいわタイプに精通している彼女は、いち早くその意図を察したのだ。
「ヒノキ、『もろはのずつき』が来るよ!けど、今の奴じゃその
「え??でも、そしたら代わりにオレが死ぬんじゃ──?」
事実上肉壁の指令にヒノキが困惑した、その時だった。
「!これは・・・『サイコフィールド』?」
突然足元に広がった不思議な感覚とピンクの光、そしてフーディンが力を得ている事実から、リラはその現象の名に行き着いた。
そこに、ここまで空から戦いを見物していたカプ・テテフが隣へ降りてきて、彼女に向かって片目を瞑ってみせた。
「・・・フーディン!『かなしばり』!!」
最後の力を振り絞り、猛然とヒノキとシルヴァディへ突っ込むパラサイト。しかし、サイコフィールドのアシストを受けた強力な『かなしばり』が、その特攻を標的の目と鼻の先で未遂に終わらせた。
「・・・命拾いしたな。互いに。」
そう言って、ヒノキは眼前で時が止まったように停止しているUBにこつんとウルトラボールを当てた。
パラサイトを取り込んだそれはヒノキの手の中で三度ほど揺れてみせたが、やがて捕獲の完了を示すロック音を立てて静かになった。
「やったぁ!!」
マオとスイレンが無邪気にとびはねて任務の成功を喜んでいる。しかし、間もなく歩み寄ったライチが二人の肩に手を置いた。
「さあ、あたしらは今から命の遺跡へお礼参りだ。ほら、さっさと行くよ。カキを一人で待たせちゃ悪い。」
そう言って半ば強制的に二人を連れ、行ってしまった。
そうして、そこにはヒノキとリラの二人だけが残された。
◇
「・・・これ。」
それだけ言って、ヒノキは右手のウルトラボールをリラに差し出した。
リラは黙って頷き、それを受け取った。
互いにたくさんの思いがありすぎて、最初の一言が選べないでいた。だが、いつまでもそうしている訳にもいかない。
精一杯の笑顔と明るい声を作って、ヒノキは口を開いた。
「オレも、腐ってもレジェンドだからさ。」
彼女の思いは既に知っている。
自分だってその決意を固めたからこそ、ビッケに知恵を借り、数日の間ポニの祭壇に留まる事でFallとなった*1。
だからこそ、互いに目を見て、言葉にして、きちんとそれを確かめなければならない。
「信頼できる優秀なトレーナーのつては何人かある。一緒にいなくても、力になれる方法はきっとあると思うんだ。だから、もしオレが──」
そばにいることが負担になってしまうなら。
ヒノキがそう続けようとした、その時だった。
「え・・・」
柔らかく、優しく、それでいて芯のある力。
知っているはずの香りの、知らない香り方。
黒いスーツを通じて伝わる、細い、白い身体の温度。
その全てに、ヒノキは言葉を奪われた。
「お、おい・・・!?」
「本当に、ごめんなさい。」
戸惑うほど近い距離から、彼女の声がした。
「確かに私達は、一緒にいればまたどうにもならない事で互いに傷つくかもしれません。そして任務のためには、そういう可能性のない誰かを探すべきなのかもしれません。」
だけど、とリラは両腕に少しだけ力を加えた。
その腕に抱き締められているヒノキには、その僅かな力の変化がよく分かった。
「だけど私は、そんなどうにもならない事なんかに負けたくない。こうしてあなたに再び会えた事を、簡単に諦めたくないんです。」
そこでリラはヒノキから腕を解き、大きな瞳をまっすぐ彼に向けて続けた。
「だから、もし、この先も私の力になりたいと思ってくれるなら。これからも一緒に戦ってください。私の隣から、私を支えてください。」
そう言って彼女は深く頭を下げた。その拍子に、淡紫のきれいな髪の束がするりと右肩から垂れた。
「・・・その分、余計な戦いも増えるぞ。本当にオレでいいのか?」
ヒノキの迷いに応えるように、リラは顔を上げた。
はっきりと涙が滲みながらも、その大きな瞳は笑っていた。
「あなたが言ってくれたじゃないですか。この任務は私たちの島めぐりなのでしょう?互いに助け合い、限界を超えて成長することを課せられた旅なのだと。」
そう言うと彼女は溜まった涙を指で払い、にっこりと笑った。
雨上がりの空のような、虹の見えそうな笑顔だった。
「ですから私は乗り越えたいんです。この試練を、あなたと共に。」
そんなリラを、今度はヒノキが抱き寄せる番だった。
「ほんとにごめん」
うまく力の入らない、情けない声を絞り出して肩越しの彼女に詫びた。
「なんでオレがそれを言ってやれないんだろうな。」
ううん、と真横のリラの頭が左右に小さく揺れた。
言葉はなかったが、そこに託された思いは不思議なほど伝わってきた。
その思いに、ヒノキは頷いた。
自分達はまだ、旅の途中にいる。
◇ ◇
翌日。
八番道路のモーテルに一番乗りで出勤したハンサムは、その十分ほど後に相次いで現れた若い上司と同僚に、順に挨拶を交わした。
「おはようございます、ハンサムさん。」
「うむ。おはようございます、ボス。」
「よお。おっちゃん、アローラ。」
「まったくきみは。アローラ。・・・ん?」
ヒノキの砕けきった挨拶を窘めつつも律儀に返したところで、ハンサムは彼の一部から強い既視感を感じた。
そして反射的に、隣のリラを振り返った。
「んん!?」
彼女の胸ポケットのPHSについている、一風変わった島めぐりのあかし。それが、ヒノキのジーンズの右ポケット上のベルト通しに提がっているものと酷似している。
違っているのはあかし本体の下についている玉がヒノキはキーストーン、リラはビー玉である点だが、一見は「おそろい」にしか見えない。
その事に、ハンサムはひどく焦った。
「き、きみたち!私に何のことわりもなく、いつの間にそのような間柄に──む?」
そこで更に何かに気づいた彼は、まるで『かぎわける』勢いでくんくんとヒノキを嗅ぎまわった。
そして、血相を変えて迫った。
「なぜ君からほのかにボスの香りがする!?!」
「え、そお?まだする?」
言われてヒノキも腕や服を嗅いでみたが、全くもって分からない。もっとも、あれから風呂にも入ったし着替えもしているのだから当然だ。
一体どういう嗅覚をしているのだろう。
「んー、オレは人間だから分かんないや。ま、いーじゃん、どうせ良い匂いなんだし。」
「そういう問題ではない!!ボスも何を朗らかに微笑んでいるのです、これはどういう事か、きちんと説明を──」
「ふふっ。さあ、どういう事なんでしょうね。それでは今日の任務についてですが──」
◇
「ね、ビッケさん。あのふたり、もう大丈夫だよね?今度こそいい感じになれるよね?」
いつものようにエーテルパラダイスの副支部長室に遊びに来ていたアセロラが、コーヒータイムの準備をするビッケにはしゃいだ声で訊ねた。
「そうねえ、それはまだ何とも言えないけど。でも、そうなると良いわね。」
三つのカップに順に湯を注ぎながら、ビッケが答えた。
大人らしい言葉だが、決して口先だけの返事でない事は声の温かさから分かる。
隣でマラサダを準備を手伝う彼女のタブンネも、にこにこと嬉しそうだ。
「そう上手くいくかよ。」
突然クチナシがぼそりと、しかし聞こえよがしに呟いた。
二人のやり取りを寝そべったソファーから聞いていたのだ。
「もう。別におじさんには聞いてませんけどー?リラが離れてくのがさみしいからって、そう拗ねないの!」
前回とは違う捻くれた口ぶりを、アセロラがめんどくさそうにあしらった。
彼の気持ちが分からない訳ではないのだが、何しろ可愛げがないので優しくする気にはなれない。
「ふん。おれはただ事実を言ってるだけだよ。おまえにゃまだ分かんねえだろうが、男と女ってのは何かが解決してもすぐまた別の問題が湧いてきて、いつだって面倒なもんなんだよ。」
クチナシがそう言ったところで、突然ビッケが咳払いをした。
それを聴いたタブンネがびくりと怯え、はずみで手からトングが落ちた。
「あら。ずいぶんと男女の機微にお詳しいんですね?」
『こごえるかぜ』のように冷たいその響きに、クチナシがソファーから弾かれたように起き上がった。そして、ちょっと便所へと言って、逃げるように部屋を出て行った。
一方、ビッケは澄ました顔で淹れたてのコーヒーを飲んでいる。
そんな二人の大人を、アセロラが不思議そうに見ていた。