ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
【前回のあらすじ】
未知のUBらしき謎の生命体の目撃情報を受け、リラとヒノキはラナキラマウンテンで調査を行う。その後、アーカラ島の8番道路のポケモンセンターのカフェに寄り、マスター特製のエネココアを飲む。
翌日。
晴天に恵まれたラナキラマウンテンは、どこまでも眩しく美しく、穏やかであった。が、未知のUBの手がかりを掴めないという点では、昨夜と何も変わりはなかった。
「しっかし、収穫はなくても腹は減るんだよなぁ。おっちゃん、『
隊列の一番後ろを歩くヒノキが、すぐ前のハンサムに3度目の携行食のおかわりを要求した。
好天で『オーロラベール』が使えない今日は、一行は本格的な雪山登山の装備をしている。
おかげで寒さは問題ないが、その分の重さや動きにくさやらで体力の消耗は大きい。
「きみ、さっきの分でこれが最後と言っただろう。もう下山なのだから、あとは昼食まで頑張りなさい。ボス、ちなみに今日のランチはどちらの予定で?」
ハンサムが前を歩くリラに訊ねた。
基本的に、食事の予定はチームの会計を担う彼女が決めている。
「あ、はい。午後からは空間研究所ですから、下山したらアイナ食堂さんに電話しようかと・・・」
この日はラナキラマウンテンでの調査は午前中のみで、昼からはアーカラ島の空間研究所を訪ねる予定だった。
バーネット博士から、直近のアローラ各地のUSRの観測状況を教えてもらうためだ。
そこでリラは、昼食は同じアーカラ島で馴染みもあるアイナ食堂が適当だろうと考えたのだが。
「いや、あそこはダメだ!オレ、次回来店時はマオのスペシャル定食を頼まなきゃいけないんだよ。だからもう、あの店にはあいつがいないと分かってる時しか行けねーんだ。」
アイナ食堂と聞くなり、ヒノキが慌てて首を横に振った。
以前、自作のスペシャル定食を彼に『たべのこし』扱いされたマオの遺憾はなかなかに根が深く、必死になだめすかした結果、その約束でどうにか機嫌を直したのだった。
「あら。それなら、あなたにはフーディンのスプーンがあるじゃないですか。」
リラが真っ当な意見を述べた。
確かにヒノキには、かつて彼女とフーディンが贈ってくれた、何でも美味しく感じるスプーンがある。が、彼は神妙な顔で再び首を横に振った。
「いやいやいや。どんな『ふしょく』が起こるかも分からないのに、あんな大事なものが使えるかよ。何より、いかなる理由があろうとオレはアレが美味く感じるなんてことがあってはならないと思うんだ。こう、倫理的に。」
──などと、彼らがそんな会話をしていた時であった。
「ん?どした、ケオ?」
一行を先導するヒノキのアローラキュウコンのケオが突然足を止めた。かと思うと、次の瞬間、雪の斜面を飛ぶように駆け降り出した。
「一体どうしたのだ?きみ、彼女に何か指示したのか?」
「いんや、なにも・・・。はっ!もしかしてマオスペシャルの話をしたからか!?」
「とにかく、私達の足で追いかけるのは無理です。フーディン!」
リラの呼びかけに、フーディンが自らボールを開いて現れた。
「私達をケオの走っていった先までお願いしますね。」
主人の頼みに応えるように、フーディンは両手のスプーンに念を込めた。そして次の瞬間には既に、三人は目的の場所に立っていた。
◇
「・・・花?」
『テレポート』先で周囲を見回したヒノキは、今までいた環境との差に面食らった。
頬に受ける風の冷ややかさで、そこがまだラナキラマウンテンの近くであることは分かる。
しかし、ゴーグル必携の銀世界はどこにも見当たらず、代わりに美しい花や可愛らしい実をつけた木々が周囲を取り巻いていた。
「ふむ。これはどう見ても人の手で管理されている木だな。ウラウラの花園とはまた別のようだが・・・」
ハンサムが近くの木を調べながら呟いた。
確かに、花実のついている木々が並んでいるのはこの一帯だけで、その外には森が広がっている点からも、ここは人工的な空間と考えた方が自然だろう。
「ヒノキ、あそこ!」
リラの指す方向へ振り向いたヒノキは、自分達がここへ飛ばされた理由を理解した。
彼らの立つ位置から10メートルほど西の、やや深そうな川のほとり。そこで小さな白い生き物と大きな黒い塊が対峙しており、その黒い方に向かって、ケオが全身の毛を逆立てている。
「追い詰めているのはオニゴーリ、追い詰められているのはロコンですね。ケオにはあの子の助けを呼ぶ声が聴こえたのでしょうか?」
リラの見立てに、ヒノキが頷いた。
「たぶんな、あいつはオレらよりずっと耳が良いから。よーし、ケオ!ちょっかい出して気を引いてから一発だ!」
次の瞬間、ケオは鋭い咆哮を上げ、振り返ったオニゴーリに渾身の『ムーンフォース』を叩き込んだ。不意を突かれたオニゴーリは一瞬強い敵意を見せたが、苦々しげにケオを睨みつけただけで、何もせずに森の奥へと去っていった。
『きゅぅん!』
オニゴーリがいなくなると、ロコンは甘えるようにケオに身体をすり寄せてきた。まだ幼い子どものようで、標準的な個体より体は小さく、しっぽも5本しかない。
「ほおお、これが世に言うアローラのロコンか。いやはや、噂に違わぬ愛らしさだな!」
そう言ってハンサムはポケットからスマートフォンを取り出し、写真を撮り始めた。趣味のSNSで自慢するつもりなのだろう。
「どうやら母親とはぐれてしまったみたいですね。このままではまた襲われてしまうでしょうし、少しお母さんを探してあげませんか?」
ロコンを安心させるように舐めてやるケオを見て、リラが提案した。キュウコンには数頭の母親が協力して子育てをする習性があり、子どもは我が子でなくとも大切にする。
「うん、でも
その時、ケオが仔ロコンの首元を鼻で押し上げた。すると、ふわふわの体毛の奥に、何やら赤いものが見える。
「こりゃ首輪だな。あと、プレートが付いてて何か書いてある。えーと、なになに・・・」
そう言ってヒノキはその小さな文字の羅列を読み上げた。その内容に、三人は顔を見合わせた。
「・・・ってことは──」
◇
『ピピッ!この先100メートルの三叉路を右、その先にある橋を渡ったところが目的地ロト!これにて音声案内を終了するロ!』
仔ロコンの首輪に記された住所を目指し、一行は花園から続く道を辿って森の中を歩いていた。一応、カプの村の範囲内ではあるが、村の中心からは山を挟んでちょうど正反対の位置にあたる。
「やっぱり、気候が違うと植生もずいぶん違いますね。なんだかアローラじゃないみたい。」
辺りの草木を眺めながら、リラが呟いた。
冷涼で湿度の低い森には針葉樹が多く、バナナも実っていなければプルメリアも咲いていない。確かに、ここもアローラだと言われてもにわかには信じがたい光景だ。
「そーだな、この木の感じとかからすれば、むしろシンオウのハクタイの森って感じだな。・・・おっ!緑の屋根のログハウスって、あれじゃね?」
そう言ってヒノキが指した先には、確かに木立の奥から深緑の屋根が覗いていた。次いでロトムのナビ通り、ぎりぎりまたげないほどの小川を渡ると、目的地である店の名が刻まれた看板が見えた。
玄関のドアには『close』の札が掛かり、小窓のカーテンも閉まっていた。しかし、家主とは既に連絡がついている。
「すいませーん。さっき連絡したものですが・・・」
控えめに開けた扉からヒノキが声をかける間に、ロコンはそのわずかな隙間から中へ入っていった。まるで、いつもの散歩から今帰ってきたという風に。
『くぉん!』
「チロン・・・?チロン!!」
声につられてヒノキが扉を大きく開けると、そこには膝をついてロコンを抱きしめる女性の姿があった。彼女の腕の下から、短い五本の尾がぱたぱた揺れている。
「もう!一人でどこに行ってたの。本当に、心配したんだから。」
涙声でロコンをそう叱ると、彼女は立ち上がって三人に向き直り、きれいな蜂蜜色のおだんご頭を深々と下げた。
「本当にありがとうございました。一昨日森のきのみ畑へ行った際に、少し目を離した隙に見失ってしまって。本当に、何とお礼を申し上げたら良いか・・・」
「いーよ、別に礼なんて。実際に助けたオレのキュウコンがいらないって言ってるし、オレ達は何もしてないし。」
「そうですよ。その子が無事に帰って来られて良かった、それで良いじゃありませんか。ね、ハンサムさ──」
「む!ランチセットがこのボリュームでこの値段!?信じられん・・・!」
近くの席から勝手に取ったメニューを熱心に見ていたハンサムを、リラは慌てて小突いて咳払いをした。が、気立ての良いカフェの女主人は、その一部始終をしかと見ていた。
「あの、良ければ何でもお好きなものを召し上がっていってください。大したものはありませんが、ちょうどお昼時ですし・・・。」
その提案に、昼食に懸念を抱いていたヒノキがいち早く食いついた。
「え、マジで?いやー、実はオレたちちょうど昼メシの店に困ってたところで。な、おっちゃん?」
「うむ!それに今から街へ移動して店を探していては、午後の会合に間に合わんやもしれん。ここはひとつ、お言葉に甘えさせて頂くと──」
「ちょっと二人とも!すみません、私達はこれで失礼しますので本当にお気になさらず・・・」
遠慮を知らない男二人を制し、リラは急いで店を出ようとした。が、それを逆に女主人が引き止めた。
「いえ、お急ぎでなければぜひそうしてください。このままでは私も気がすみませんから。」
そう言った彼女を、リラは改めて正面から見た。
深みのある金色の髪と瞳には大人びた印象を受けるが、その一方で、アローラの住民としては珍しい白い肌は果実のように瑞々しい。実際は自分やヒノキより少し下というところだろう。
──きれいな
それが彼女に対するリラの率直な感想だった。
「そうですか・・・。では、本当にご迷惑ではないのですね?」
「もちろん!さあ、どうぞこちらのテーブルに・・・」
こうして、結局この日の昼食はこの『Allora&Sinnoh Cafe Acacia』で取ることとなった。
◇
「お待たせしました。こちらが当店特製ランチセットです。」
「おお、すげーすげー!なんか新しい感じの料理だな!」
「本当にすみません。お休みの日にこんな催促のような事をしてしまって・・・」
運ばれてきた食事に歓声を上げるヒノキの隣で、リラがハンサムに聞こえよがしに謝った。が、当の本人はSNSに投稿するための写真を撮るのに忙しく、まるで聞いていない。
「いえ、今日は元々チロンを探しに行くための臨時休業でしたので、お気になさらず。それに私も、こうしてきちんとお礼ができて嬉しいですから。」
そう言って、そのランチの調理から給仕までをひとりで担ったハリエ・アカシアは笑った。
「さあ、できたての冷たい内に召し上がってください。このフリーズドライカレーは時間が経つと風味も食感も変わってしまいますので。」
「ほほう、そいつは大変だ。んじゃさっそく、お言葉に甘えて。」
そう言いつつ、ヒノキはやや控えめにすくった純白のドライカレーを慎重に口に運んだ。以前アーカラ島で食べた『バクガメスープカレー』の火を吹くような辛さを、舌がまだ覚えていたからだ。
しかし、それは全くの杞憂だった。
「ふむ、ふむ。・・・あ、うま。うま!うっま!なんじゃこりゃ。」
それは、彼が今まで食べたどのカレーとも違う味わいと食感を持つ逸品だった。
口に入れるとアローラ産きのみの豊かな香りと辛さがふわっと広がるが、米の表面を覆う細かな氷の粒がそれをすうっとクールダウンしてくれる。熱いのに冷たく、濃厚なのにあっさりとしていて、いくらでも食べられる。
「うむ!新感覚だが、これはイケるな!」
「本当ですね。すごく不思議な感じだけど、すごく美味しい・・・。これ、もしかして──」
「ええ、仕上げはチロンの『フリーズドライ』です。何度も試行錯誤をしてレシピを開発したメニューですが、皆さんのお口にあって良かった。」
三人の絶賛に、ハリエは嬉しそうに笑った。しかし、彼女の抜群のフードコーディネートのセンスが光るのは料理だけではなかった。
「おお!コクがありつつも、スパイシーなズリソースがそれを引き締めるレアチーズケーキに、香り高くさっぱりと飲みやすいフローラルハーブティー。まさに味と香りのマリアージュだ!」
食後のデザートと紅茶を給されたハンサムが、頼まれてもいないのに食レポを始めた。しかし、実際それらは思わず言葉にして語りたくなる新しさと美味しさを兼ね備えていたから無理もない。
「ありがとうございます。ケーキには私の故郷のシンオウ産のモーモーチーズとアローラ産のきのみをたっぷり使っています。それにお茶の方も、私の大好きなお花をフリーズドライで加工してアローラのハーブとかけ合わせているんですよ。」
「なるほど、花かぁ。どうりで変わった色だと思ったよ。」
繊細な草花の絵付けが入ったティーカップを手に、ヒノキが感心した。
すでに中身は飲み干されていたが、底には紅茶としては確かに珍しいその色が、うっすらと残っていた。
「ふふ、でもすごくきれいでしょう?ところでこのお茶、リラさんは何のお花のお茶か分かりますか?」
「え?わ、私ですか・・・?」
急に質問を振られ、リラは焦った。
花は好きだが詳しい訳ではない。しかし、確かにこの色味は提供された時から少し気になっていた。この、光が透けるような淡い紫色は、まるで──
「ふむ、それはきっと森で育てられていたあの花ですな。そしてそれをボスに問うという事は『リラ』、すなわちライラックの花というところでしょうか?」
飲食物の話になると頭の回転の良くなるハンサムが、やはり頼まれてもいないのに持論を述べた。が、意外と的を得た推理だったので、3人とも素直に感心した。
「その通りです!この辺りの気候なら咲くかもしれないと接ぎ木を植えてみたのですが、それが思いのほかうまく育ってくれて。」
「ああ、そういや前に5月ぐらいにコトブキに行った時、こんな花が満開だったな。あれがライラックだったのか。」
そしてハリエは再びリラに向かって笑顔を見せた。
「私、小さい頃からライラックの花が大好きで。だから、リラさんのお名前も髪の色も、本当に素敵だなぁって思っていたんです。」
「あ、ありがとうございます・・・。でも、それならどうしてまたシンオウからアローラに?」
ほめられたくすぐったさに、リラはつい話題を別の方向へ逸らした。
「地元だと、周りの人達に甘えてしまいそうだったので。自分だけの力でどこまでやれるのか試してみたくて、新天地で頑張ろうと決めました。それに、どうせやるなら私にしかできないお店にしたいと思って。」
「それでご自身の境遇を生かしてアローラ&シンオウカフェという訳ですか。うむ、南国と北国の特産が同時に味わえるとは実におもしろい!」
「うんうん、なんか自分だけの夢って感じでいーじゃん。・・おっ!てことは、あれは土産用か?」
何かに気付いたヒノキが、ハリエの背中越しのカウンターの奥を指さした。そこには大きなバスケットがあり、中にはきれいにラッピングされた紅茶とクッキーのギフトセットがいっぱいに入っていた。
「ええ。でもあそこにある分はみんな明後日の──あら。」
そこに、眠ったチロンを咥えたケオがハリエの元へやってきた。二頭で一緒に食事をしていたはずだが、どうやらチロンはお腹いっぱいになって寝入ってしまったらしい。
「多分、こいつを慣れた寝床で休ませてやりたいんじゃないかな。色々あって疲れてるだろうし。」
ヒノキの言葉に、ケオがこくりと頷いた。
「えっと・・・それじゃあ、あそこの窓の前のクッションにお願いできる?いつもあそこで寝ているから・・・」
ケオは再び頷くと、言われた白いクッションの上にチロンをそっと置いた。そしてその傍らに、添い寝をするように自身も身を横たえた。
「あの子は生まれた時からハリエさんが育てているのですか?」
「いえ。2ヶ月ほど前に、あのきのみ畑で母親と一緒にいるところを見つけたんです。でも、母親は野生のポケモンと戦ったのか、ひどいケガをしていて。急いでポケモンセンターに連れて行きましたが助かりませんでした。お墓は畑の隅に作ってあります。」
「そっか。それで母ちゃんを思い出して、一人でうろちょろしちゃったのかもな。」
そのチロンはケオのお腹に頭を乗せ、ぴいぴい鼻を鳴らして眠っている。そしてそんなチロンを、ケオもまた慈しむように毛づくろいをしてやっている。傍目にはどう見ても親子だ。
「あーあー。まったく、甘えん坊でしょうがねえなあ、このちびすけは。」
席を立ってチロンの前にしゃがみ込んだヒノキが、その寝顔を眺めながら呟いた。が、しょうがないのはむしろ彼の方で、その顔はかわいいったらありゃしないとばかりに緩みきっている。
そこにハリエも席を立ち、ヒノキの隣のケオの前にしゃがんだ。そして眠っている彼女たちを起こさないよう、小さな声で言った。
「本当に綺麗な子。きっとヒノキさんに大切にしてもらっているから、こんなに毛づやも良くて人にも穏やかなんでしょうね。」
「いやいや、こいつは元々見た目も中身もべっぴんだったから、オレは関係ないよ。それに、それを言うならむしろこのちびの方がすげーよ。かーちゃんと死に別れて心の傷も負ってるはずなのに、こんなに元気でしっぽもきれいに巻いてるとか。
「まあ。お上手ですね。」
互いのポケモンの前にしゃがみ、密やかな声で会話を弾ませるヒノキとハリエ。
「・・・でさ、オレにはもともとコンっていう原種のオスのキュウコンがいるんだけど、実はケオはコンの奥さんにって思って仲間になってもらったんだ。コンの奴、最近体調を崩しがちだから今はポケリゾートで養生させてるんだけど、家族ができたら元気が出るかと思ってさ。けど、今ちょっと迷ってるんだよな。やっぱり、オレの嫁にしようかなって──」
そこで肩を叩かれ、リラは初めてハンサムが自分を呼んでいた事に気付いた。
「え?あ、はい!何でしょう?」
「いやいや、そろそろ行かないと。約束の時間に遅れてしまいますぞ。」
ハンサムに促され、リラは慌てて腕の時計を見た。確かにアーカラ島への移動時間を考えると、そろそろ出発しなければならない頃合いだ。
「すみません、ちょっとぼーっとしていて・・・。ありがとうございます。」
「いえいえ、昼食の後にぼーっとなるのは人の性ですからな、仕方ありません。私なぞしょっちゅうです。では、ヒノキくんにも伝えましょう。」
そしてハンサムもまたハリエと話すヒノキを見て、なんの気なしに呟いた。
「しかし、彼があれだけ饒舌に話しているというのは珍しいな。」
まさに今自分が考えていた事を言葉にされ、リラはどきりとした。ヒノキは決して無口ではないが、基本的には落ち着いているので「常に常温」という印象が強い。
それが今は、出会って間もない女の子ととても楽しそうに喋っている。
「え、ええ。・・・そうですね。」
もっとも、多忙故に世事にあまり明るくない彼女でも、同じ種を育てる
『うちの子』の長所を自慢したり、短所も自慢したり、育てる中での悩みを相談したり、情報を交換したり。
そのポケモンならではの苦楽を広く深く共有できる存在に、会話が弾むのは当たり前だ。
そう、だからこそ、彼らがこうしてロコン・キュウコン談義に花を咲かせるのも、ごく自然なことだと分かるのだけど。
「・・きっと、それくらいロコンやキュウコンが好きなんですよ。」
まだ夢中で話しているヒノキの背中を見ながら、リラは言った。
しかしそれはハンサムにというより、むしろ自分自身に向けた言葉だった。
◇
「おねえさん、大丈夫?」
「え?」
不意にマスターから声をかけられ、リラは思わず頬杖から顎を浮かせた。
「いや、失礼。何だか夕べと比べて少し元気がないように見えたからね。」
「そ、そうですか・・・?」
そこに、ずっとマスターと話していたヒノキも隣から顔を覗き込んできた。
昨夜のココアを気に入った彼が、今日も帰りにこの8番道路のポケモンセンターのカフェに寄りたいと言ってきたのだ。
「そういや、さっきの空間研究所でもちょっとぼーっとしてたよな。なんか悩みでもあんのか?」
「い、いえ!別に、悩みというほどの事では・・・」
そう言って、リラはヒノキの視線から逃れるようにカップを取った。別に悩んでいたというほどではない。ただ、ヒノキが自分と話していてあんなに楽しそうだった事があっただろうかと、少し考えていただけだ。
そんな二人をマスターはカウンター越しにしばらく眺めていた。が、やがて意外な言葉を口にした。
「ふむ。それなら、気分転換に明後日のお祭りに行ってみるのはどうだい?」
「「お祭り?」」
同時に聞き返してきた二人に、マスターはちょっと意外そうな顔を見せた。
「おや、ここまでの道中で準備しているのを見なかったかい?8番道路全体が会場だから、屋台なんかもうだいぶ立ち並んでいたと思うけど。」
「オレ達移動は基本空路だから、地上の事情には疎いんだよ。で、それなに?」
「ええと、そうだね、ちょっとそこの本棚から『アローラの歩き方』ってやつを取ってくれるかな?そうそう、それそれ。」
そう言ってマスターはリラが隣のラックから取った旅行誌を受け取ると、あるページを開いて見せた。
「へー。なになに、『アーカラ島の虹祭り』か。確かにアローラは虹が多いもんな。おっ、出店もいっぱい出てるじゃん!こりゃエンジュのスズ祭りレベルか?」
ヒノキが故郷の祭りを引き合いに出し、楽しそうに言った。
「そうですね、確かになかなか大きなお祭りのようで・・・?」
隣から雑誌を覗き込んでいたリラは、片隅に小さく記された祭りの概要に何気なく目を通した。
──この虹祭りは別名『恋祭り』とも呼ばれ、古くから恋愛成就の祭として知られる。祭りの間に見られる、ラブカス達の求愛の跳躍で生じる飛沫と満月の光が織り成す虹は『
そこでリラは顔を上げてマスターを見た。
なぜだかとても、にこにこしている。
「あの、ですから私達は──」
そういう関係ではないと続けようとした、その時だった。
「なあ。これ、面白そうだし行こーぜ。明後日は日中の調査だから大丈夫だろ?」
「へっ??」
その言葉に衝撃を受けたリラは、思わずヒノキを見た。
しかし、どこをどう見ても、いつもと変わったところはない。
「『行こーぜ』って・・・私と、あなたでこのお祭りに行くんですか?」
「?うん。だって夕方からって書いてるし、8番道路なら仕事終わりにこんな感じで寄ればちょうどいいじゃん。」
何でもない事のように話すヒノキに、リラは戸惑った。
はたしてこの男はこれがどういう祭か分かって言っているのだろうか。かと言って、それを問い質してどうこうというのも、何か違う気がする。
──と、そんな胸の内の葛藤が、少し顔に出てしまったらしい。
「まあ、イヤなら無理にとは言わねーけど。他に誰か声かけてみるし・・・。」
反射的に、リラの脳裏に彼と楽しげに話すハリエの姿が過ぎった。それが決め手となった。
「い、いえ、大丈夫です!別にイヤとか、そういう訳ではないので・・・。」
「なら決まりだね。せっかくのお祭りだし、楽しんでおいで。ところで、今日のサービスのお菓子はこの二つがあるんだけど。どちらか好きな方を選ばせてあげるよ。」
そう言ってマスターはカウンターの下からハートスイーツとシャラサブレが盛られたカゴを取り出し、ヒノキの前に置いた。
「マジで?あー、でもやっぱオレはチョコかな。おまえはどっちにする?」
「え、えっと・・・・」
そこでリラはマスターをちらりと見た。
相変わらずにこにこしているが、今はその笑顔に深い優しさのようなものを感じる。
「・・・では、同じものを。」
そうして手渡された小さな赤いハートに、また少し胸がざわめくのを感じた。
という訳で次回はお祭りの話です。
夏の間に投稿できるよう頑張ります。
フリーズドライカレーはフリーズドライ/カレーではなくフリーズ/ドライカレーです。お湯で戻す必要はなく、出来たての冷え冷えをそのまま頂きます。
一方、フローラルハーブティーはフリーズドライ/加工なのでお湯をかける事でフレッシュなライラックの香りが楽しめます。
【アローラグルメずかんNo.02】
カフェ アカシア(ウラウラじま)
ラナキラマウンテンの ふもとの もりのなかにある カフェ。
シンオウとアローラの しょくざいを ふんだんにつかった そうさくりょうりが たのしめる。
かんばんメニューの フリーズドライカレーは かんばんポケモンの アローラロコンのチロンが しあげを たんとう。