ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
【前回のあらすじ】
アローラ種の窃盗団からアローラロコンのチロンを守るため、しばらくの間ハリエはヒノキからポケモンバトルの指導を受けることとなる。
「おお、食ってる食ってる。美味いか?ケオ。」
主人の問いに、彼女は頷かなかった。
そもそもその声自体が耳に入っていないらしく、一心不乱に食事を続けている。
隣で一緒に食べているチロンは、空になって久しい器をいつまでも舐め回している。
「さすがだな、人間だけじゃなくポケモンのメシまで作れるなんて。こいつがこんなにがっついてるところ、初めて見たよ。」
「いずれはポケモンとトレーナーが一緒に食事を楽しめるお店にしたいので、時間のある時にメニューを考えているんです。これはその試作ですが、気に入ってもらえたみたいでよかった。」
やがて二頭が食事を終えると、ヒノキは腰を上げた。
「よし。それじゃあ今日のところはこんなもんかな。基本はおだやかな奴だし、食い物の好みとブラッシング、あとは気温と湿度さえ気をつけてもらえれば大丈夫だから。他に何か聞いときたい事はあるか?」
聞きたいこと。
そう尋ねられ、ハリエの胸に、先日より気がかりになっていたある疑問が浮かんだ。
「えっと…ポケモンの事ではないのですが、ひとつ、いいですか?」
「ほう。というと?」
「本当に、こんなことまでして頂いて大丈夫なのですか?その、リラさんが気にされたりは・・・」
突然挙がったリラの名に、ヒノキは目を丸くした。
「へ??リラが?なんで?」
「え?だ、だって、昨日もわたしがお二人のデートを台無しにしてしまったのに、その上二人でバトルの練習なんて始めたら、お気を悪くされるのではと・・・」
それはハリエが昨夜から密かに気にしていた事だった。だから彼女としては、今日の昼食はヒノキへの礼だけでなくリラへの詫びの意味もあったのだが、そこに触れるタイミングが掴めず、結局彼女には伝えそびれてしまった。
「へっ??・・・あー、そーゆーことか!ちがうちがう、オレ達はそんな関係じゃないし、昨日のも別にデートじゃないよ。ただ、たまたま仕事終わりと祭りが重なったからそのまま遊びに行ってたってだけ。」
ようやく彼女の誤解を理解したヒノキは、笑って手を振った。
「そう、なんですか・・・?でも、その『島めぐりのあかし』は、リラさんとお揃いですよね?」
まだ納得のいかないハリエは、ヒノキがジーンズのベルトから提げている、少し変わった『島めぐりのあかし』を指して訊ねた。
「ん?あー、これな。確かにこれはあいつからもらったけど。でも、いつも仕事手伝ってくれてる礼にって作ってくれたやつだから、別にそーゆー証じゃないよ。」
「そ、そうだったんですか・・・。」
予想外の事実に、ハリエは戸惑った。
彼らは仕事仲間とは聞いていたが、その空気感と揃いの島めぐりのあかしから、てっきりそれ以上の関係と思い込んでいたのだ。
だからその印象の更新には、少し時間がかかった。
「で、でも。そうやってお仕事でいつも一緒だったら。いつか本当にそうなる可能性だってありますよね、きっと。」
不意に口から出た言葉に、自分で驚いた。
どうしてそんな事を聞いたのか、自分でもよく分からない。
「いや、それはないかな。」
「え?」
照れ隠しという風でもなくあっさりと言い切ったヒノキに、ハリエはまた驚いた。
「あいつとはそーゆー男と女みたいな、めんどくさいのがないから一緒にいられるんだよ。多分、あいつの方もそうだと思うけど。」
そうだろうか、とハリエは思った。
それなら昨夜の帰り際、リザードンの背から一瞬見えた彼女がとても辛そうだったのは気のせいだろうか。
しかしとにかく、現時点で二人が恋人でないことは確からしい。
──それなら、大丈夫か。
「あ、あの」
「ん?」
「良ければヒノキさんもお夕飯を食べていってください。せめて、それくらいのお礼はさせてもらわないと。」
「おっ、マジで?そいつは嬉しい提案だな。んじゃ、お言葉に甘えるとするか。」
ヒノキの快諾に、ハリエはほっとした。
出会ってからずっと助けられ続けている事に、少し負い目を感じていたからだ。
そしてその安堵と同時に生じた小さな弾みはすばやく胸の奥へとしまってから、彼を店の奥のダイニングへと案内した。
◇
テーブルにはまだカトラリーと空の皿が並んでいるだけだが、辺りは既に美味しい匂いで満ちている。
ハリエには座って待っていてくださいと言われたが、はらぺこスイッチONの身にはどだい無理な話だ。
「おーい。もし味見とか手伝うことがあったら、いくらでも──お。」
待ちきれずに厨房に入ったヒノキだったが、そこには先客がいた。
『くぉん♪』
「ごめんね、チロン。今ちょっと手が離せないから後でね。」
厨房の中を忙しく行き来するハリエの足に、チロンが小さな身体を擦り寄せ甘えていた。
食後、ケオは疲れて寝てしまったが、元気いっぱいの子ロコンはまだまだ遊び足りないらしい。
「なんだちびすけ、遊んでほしいのか?ならオレが相手してやるよ。ほら、来い来い。」
『くぅ!』
「い、いえ!そんな、お客様にご迷惑をおかけする訳には──」
「いーよ、どうせヒマだし。ほら、ここはジャマになるから。あっち行こうぜ。」
「何から何まですみません・・・ありがとうございます。」
礼を言ってから、ハリエはふと思った。
かわいいわんぱく小僧を抱き上げて連れていく男性と、彼と食べる食事を作る自分。
これってなんだか、まるで──
──わたし、何考えてるんだろ。
そうして頭に浮かんだ突飛な空想を振り払うように、もともと手際の良い調理の手を更に速めた。
◇
「おお!どれもこれも最高に美味そうだな。こんなのよく30分で作れるなー。」
食卓を埋め尽くす彩り豊かな品々に、ヒノキが歓声を上げた。
「ヒノキさんがチロンと遊んで下さったおかげです。あんな風に忙しくて構ってあげられないと、時々拗ねていろんなものを凍らせるので。どうしても手を止めなきゃいけない時もあって。」
「まだ甘えたい盛りの子どもだからな。そんな時もあるさ。」
そう言って、ヒノキはケオのお腹にくっついて眠るチロンを見た。たっぷり遊んでようやく疲れたらしく、ぐっすり眠っている。
その天使のような寝顔を二人でしばらく見ていたが、やがてハリエがぽつりと呟いた。
「本当は迷ってるんです」
その言葉に、ヒノキは視線をチロンから目の前のハリエに移した。
「この子とのこれからのこと。元々は自分で生きていけるくらい大きくなったら野生へ帰すつもりでした。でも、こうして一緒に暮らす内に、だんだんその決心が揺らぐようになってしまって。」
「ほう。なら、それでも『迷う』理由は何なんだ?」
「私はこれまでずっと、家族や周りの人に守られて生きてきました。早い話が箱入り娘です。たとえ怖い事や嫌な事があっても逃げることが許される、そんな環境で育ってきたんです。だから、そんな自分がひとつの命の責任者になるなんて。本当にできるのかなって。」
ハリエの告白は、ヒノキにとってさほど意外なものではなかった。むしろ、ああそういうことか、と合点がいったほどだ。
「・・・なるほど。てことはつまり、本当はそんな自分を変えたくて一人でシンオウからアローラに来たって訳か。」
人間が思い切った行動を起こすには、動機
そしてそれはもちろん夢や憧れのようにポジティブな性質の場合もあるが、どちらかといえば怒りやコンプレックスや後悔といった、ネガティブな感情の産物である事が多いとヒノキは思う。
だから、以前ハリエから夢を叶える為にアローラへきたと聞いた時も、なんとなくそれが全てではないような気がしたのだ。
「はい。このままだときっと一生逃げ続ける人生になると思い、なんとか自分を変えなきゃと思って。でも、実際にこうやって予想外の事が起きると、結局自分じゃ何もできなくて。実際、今回のチロンの事だって、ヒノキさん達に助けて頂けなかったら、今頃どうなっていたか・・・。」
そこでハリエは声を震わせ、目元を拭った。いろいろと込み上げるものがあるらしい。
そんな彼女を、ヒノキは黙って見ていた。
そして自身の考えをどう伝えようかとしばらく考えていたが、結局『論より証拠』が一番だろうという結論に達し、椅子から腰を上げた。
「きみはちょっと真面目というか、自分に厳しすぎだな。」
そう言ってチロンのそばにしゃがみ込むと、眠っている彼を起こさないよう、そっと一番手前の尾を持ち上げた。
「ロコンの尻尾は愛情のバロメータなんて言われるけど、早い話が親が親としての責任を果たせているかどうかの証だ。特にこの最後の一本は、親が本当に自分を心配していると感じた時に生えると言われてる。」
ふわふわの巻き毛に被われて分かりづらいものの、そこには確かに6本目が枝分かれをするように現れ始めていた。
「本気で心配するってことは、そこには必ず相応の不安や恐怖があったはずで。けど、もしきみがその不安や恐怖から目を背けていたら、こいつのしっぽは今も5本止まりだったはずだ。」
ヒノキは相変わらず気持ちよさそうに眠るチロンの尻尾をそっと離した。そして、顔を上げてハリエの目を見て言った。
「だからきみはきっとこいつと生きていけるし、むしろそうすることで良い方向へ進んでいける。オレはそう思うよ。」
その途端、拭ったばかりのハリエの目元から再び涙が溢れた。
「すみません。私、本当に自分に自信がなくて。周りにいたポケモントレーナーの人達はみんな強くて優しくて、私とは正反対の人達だったから。」
「別に謝ることはないさ。そういう時は他人と比べるんじゃなく、昨日の自分より一歩でも前に進めていればそれでいい。さあ、それよりメシだメシ。これは最初から冷めてるやつじゃないよな?」
◇
「おっと、もうこんな時間か。そろそろおいとましなきゃな。どれも本当にうまかったよ。」
壁のムックル時計の21時を告げるさえずりに、ヒノキが椅子から腰を上げた。食事が終わった後もつい色々と話し込んでしまい、時間が経つのを忘れていた。
「いえ。こちらこそたくさん話を聞いて下さって本当にありがとうございました。おかげで気持ちが楽になりました。」
「いやいや。また何か困ったこととか訊きたい事があればいつでも言ってくれ。オレも勉強になるし、一緒に考えよう。」
一緒に。
たった一言のその響きが、不思議なほど温かくて安心する。そうして生じた心のほころびから、つい気になっていた事がこぼれてしまった。
「あの・・・ひとつお聞きしてもいいですか?」
「ああ。どした?」
「どうしてヒノキさんはそこまでして下さるんですか?」
「へ??」
てっきりポケモンに関する事とばかり思っていたヒノキは、全く違う方向からの質問に目を丸くした。が、やがてその意図を理解したという風に、はっと真顔になった。
「え、オレもしかしてうさんくさい?下心の匂いとか、そういうのする?」
そう言って自分の腕や服を嗅ぎ出したヒノキに、ハリエは慌てて首を振った。
「そ、そんな、ちがいますよ!そういう意味ではなくて、ただ──」
わたしの事が気になるからとか、そういう訳ではないですよね──などど訊ける勇気は、もちろんあるはずもなく。
「ヒノキさんだってお忙しいのに、出会ったばかりの身でこんなに助けて頂いて、なんだか申し訳ないなと・・・」
咄嗟に繕った答えだったが、ヒノキはああ、そういう事かと疑うことなく納得した。
「いや、別に特に理由はないよ。単純に、目の前で困ってる人にできることがあるならやるだろってだけの話だし。」
飾り気のない答えには好感が持てる一方で、特別な理由がない事にはしっかりと落胆してしまう。まるで心がシーソーのように忙しい。
そんなハリエの微妙な顔を見て、ヒノキは不思議そうに言った。
「なんか、あんまり納得がいってないみたいで申し訳ないけど。でもとにかく、きみが若い女の子だから助けてるとか、そういう訳では断じてないからそこは安心というか信用してくれ。それに、リラもいるしな。」
「えっ?」
思わぬところで出てきた人の名に大きな声が出てしまい、ハリエは慌てて口を抑えた。
「ん?いや、ほらあいつ警察だし。万一オレが不審な挙動をしたら、即通報してくれたらいいから。」
「あ、そういう・・・」
その言葉で、脳裏を過ぎった解釈が誤解であることをすぐに悟った。それでも衝撃の余震で胸の鼓動はまだ揺れている。
別れの挨拶を交わすと、ヒノキはリザードンに乗って夜空へ飛び立っていった。
森を抜けてきた涼しい夜風に吹かれながら、ハリエはぼんやりとこのひとときを思い返していた。
なんだろう、この感じ。
楽しくて、嬉しくて、ほっとする。
家族以外でこんなに誰かを近く感じたのは初めてだ。
できる事なら、毎日一日の終わりにこんな時間を過ごしたい。彼の存在が、なにげない日常の一部になってほしいと思う。
(気になっているのは私の方か。)
ふと、気づいた事実に苦笑した。
だけど、そうなるとどうしても「彼女」の事もまた気になってしまう。
──リラさん、か。
彼と一緒に仕事をしている、綺麗で親切な刑事さん。ポケモンバトルの腕もかなりのものだと聞く。
何より、わたしよりずっと彼の近くにいて、彼の事をよく知っているであろう
(遠いなぁ。)
恋仲でないとはいえ、互いに名前で呼び合い、揃いの島めぐりのあかしをつける間柄だ。
きっとこれまで様々な苦楽を共にしてきたのだろう。そう思うと、積み重ねてきた時間の差に胸がぎゅっとなる。
だけど。
──誰かと比べるんじゃなく、昨日の自分より一歩でも前に進めていればそれでいい。
先刻ヒノキから言われた言葉を思い出し、気を取り直した。
実際彼女がヒノキの事をどう思っているかはわからないし、分かったところで自分にはどうしようもないことだ。
でも、自分の気持ちは自分でわかるし、自分は自分で変える事ができる。
(うん。わたしはわたしでがんばろう。)
彼との特訓はしばらく続くだろう。
その中で、毎日一度でいいから小さな勇気を出そう。
そうすれば、いつか何かが変わるかもしれないから。
ほぼ一年ぶりの更新がリラさん不在回となり申し訳ありません。
これでまた停まるのはさすがにアレなので一週間後に次の話を投稿します。