ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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【前回のあらすじ】
チロンをポケモンの窃盗団から守るため、ヒノキとポケモンバトルの特訓を始めたハリエ。同時に、日々の特訓を通じて彼との距離を縮める決意をする。




72.UB???:光を失くした者[前]

 

 8番道路の恋祭りから十日が過ぎた。

 その間未知のUBの出現情報はなく、例のポケモン誘拐事件に関する騒動も起きなかったが、リラの心は決して晴れやかではなかった。

 

「・・・でさ、攻撃の指示はまだ躊躇いがあって詰めも甘いけど、状況観察は早くて深いし、イレギュラーを仕掛けてもさっと切り替えられるし。結構適性あると思うんだよな。やっぱ一人で店回してるからかな。」

 

 ヒノキとハリエの特訓は毎日続いており、彼曰く、思っていたより順調だという。また、彼女はいつも夕食を用意してくれており、特訓後に一緒に食べてから帰るのが日課らしい。

 

「・・・そうですか。それは何よりです。」

 

 一方、リラはそんな二人に干渉することもなく、ただこの状況に慣れることだけを考えていた。

 その結果、ヒノキとは仕事においては特に変わりはないものの、何となく必要以上の関わりは避けるようになっていた。

 

 

 そんな状況が動き出したのは、この日の仕事終わりのことである。

 

 

「なあ。明日の夜って、なんか予定あったりするか?」

 

「え?」

 

 突然ヒノキから休日の夜の予定を訊かれたリラは、なんと答えたら良いか、すぐには分からなかった。

 

「・・・今のところは特にありませんが、何か?」

 

 思わず身構えるリラとは対照的に、ヒノキはいつもと変わらない調子で気軽に言った。

 

「いや、たまには晩メシでもどうかと思ってさ。おまえ、バトルバイキング好きだったよな?」

 

 久々に耳にしたその名に、リラの胸に小さな灯が灯った。バトルバイキングは欲しい料理を賭けて他の客とポケモンバトルをするという、トレーナーなら誰でも心が躍るレストランだ。しかし、リラが心惹かれた理由はそれだけではなかった。

 

「・・・いいですね。このところご無沙汰でしたし、久しぶりに行ってみるのも。」

 

 明日は一日かけてデスクワークの類を整理するつもりだった。しかし、どうしても明日中に、というわけでもない。 

 

 リラの前向きな返事に、ヒノキは無邪気に喜んだ。

 

「よし、なら決まりな!じゃ、オレはハリエを拾ってから店に行くから、19時に現地集合でよろしく。」

 

 ごく自然に折り込まれていた重大な情報に、リラは一瞬、ヒノキが何の話をしているのか分からなかった。

 

「・・・えっと。それは、どういう・・」

 

「ん?ああ、ハリエの特訓の一環だよ。最近オレとの練習もだいぶ慣れてきたし、そろそろ実戦経験を積ませてやりたいと思ってさ。それにあの子、いつも自分が飯作って食べさせる側だろ?だから、たまには客になって好きなもの食うのも良いかなって。あ、あと──」

 

 その言葉に、リラの胸の灯りがふっと消えた。同時に、全く別の種類の炎で、心の底がじりじり焦げ始めるのを感じた。

 

「・・・ずいぶん、彼女に優しいんですね。」

 

 自分でも驚くほど冷たい、嫌な声だった。

 しかし、今回ばかりはどうにも暗い感情を抑えることができない。

 

「へ?」

 

 突然空気の変わった彼女に、さすがにヒノキもただならぬ気配を察した。

 

「・・・何怒ってんの?」

 

「別に怒ってません。至って普通です。」

 

「いやいやいや、そんなことはないだろ。え、オレなんかまずい事言った?」

 

 さっぱり訳が分からないというヒノキの表情が、また癪に障る。しかし、それをわざわざ説明して教える気など到底なれない。

 

 だから彼の質問には答えず、こう言うしかなかった。

 

「すみません。やっぱり用事を思い出したので、明日は二人で楽しんできてください。ハリエさんによろしく。」

 

 

 ◇ ◇

 

 

 翌日の夕刻。

 リラは朝からモーテルの部屋で本部へ提出する報告書や日々の記録の整理を行っていたが、進捗は芳しくなかった。

 あれだけ嫌な断り方をし、その上でヒノキとハリエが二人でバトルバイキングに行く事になってしまった事実が『くろいてっきゅう』のように心に重くのしかかっていたからだ。

 

 

──何怒ってんの?

 

 

 昨夜から何度沈めても浮かんでくる一言が、また不要な苛立ちを蒸し返す。

 その度に、キーボードを叩く音の刺々しさが耳に刺さってますます自分が嫌になる。

 

 分かっている。

 全ては自分の個人的な感情で、決して彼らに非はない。

 だから、悪いのは彼らではなくむしろ自分の方なのだと、頭ではちゃんと分かっているのだけど。

 

(ダメだ、全然集中できない。)

 

 進まない作業に見切りをつけ、ため息とともにノートパソコンを畳んだ。ふと窓の外を見ると、ちょうど大きな夕日が水平線の彼方に沈みかけていた。

 

 キャスター付きのイスに座ったままくるりと振り返り、部屋の隅で瞑想をしていたフーディンに声をかけた。

 

「今日は一日部屋にこもりきりでしたし。少し散歩にでも行きましょうか。」

 

 そういえば、しばらくポケモンセンターのカフェにも行っていない。久々にココアを飲んでマスターと話をすれば、少しは気が晴れるだろうか。

 そんな事を思いながら立ち上がった、その時だった。

 

「──はい。どうしました?」

 

 机に置いていた任務用のPHSに着信が入った。小さな液晶画面に表示されているのは、No.836の文字だ。

 

『ボス、オフの日に申し訳ない。たった今、例の未確認UBの目撃情報が寄せられました。場所はメレメレ島のテンカラットヒルです。』

 

 久々の未知のUBの出現情報に、リラの胸に一瞬で緊張の糸が張り詰めた。

 

「分かりました、すぐ現地に向かいます。ハンサムさんはいつも通りバックアップをお願いしますね。」

 

『イェッサー!では、すぐにヒノキくんにも来てもらえるよう連絡を──』

 

 不意に出たヒノキの名前に、リラの心臓がびくりと震えた。

 

「・・いえ、ヒノキには現場の状況を確認した上で、私から連絡します。休日に呼び出して何もなかった、というのも悪いですから。」

 

「おお、さすがはボス!部下の休日を死守するとは、上司の鑑ですな!」

 

「・・・いえ。では、また詳しい状況が分かり次第連絡しますね。はい、失礼します。」

 

 ハンサムの称賛に、リラは胸の中で苦笑した。

 実際はヒノキのためというより、できれば自分が彼と顔を合わせずに済ませたいというのが本音だったからだ。

 

 下ろしていた髪を手早く結び、椅子にかけていた上着に袖を通して身支度を整える。

 そして最後に相棒達が入った五つのボールを両手に乗せ、明るく言った。

 

「さあ。それじゃあみんな、今日もよろしくお願いしますね。」

 

 

 大丈夫、私はひとりじゃない。

 胸の中で自分にそう言い聞かせ、リラはモーテルの部屋を後にした。

 

 

 ◇

 

 

 メレメレ島の南東に位置するテンカラットヒルは、テンカラット山の火山活動で生じた砕屑物による火砕丘だ。

 かつて最初の移民達がこの地を訪れた際、途中の岩窟に棲むメレシー達の美しさに心を打たれ、この名を付けたと言われている。

 

(ハンサムさんの情報だと、確かこの辺りのはず・・・。)

 

 周囲の地形とタブレットのマップを見比べながら、リラは目撃情報のポイントに迫っていた。

 これまでの未知のUBの調査と言えば、いずれもリラ達が現地に到着した時には既に跡形もなく、ただ微量のUSRを観測するのみに終わっていた。そして、願わくば今回もまたそうであってほしかったのだが、生憎その思いは叶わなかった。

 

 

── あれは。

 

 

 短い岩窟の先に広がる、長い年月と穏やかな気候によって草原と化した丘陵。

 その真ん中に、体長二メートルほどの黒い何かがいる。角ばった背を月に晒して、まるで月光浴をしているようだ。

 

 UB達はいずれもこの世界のポケモンとは一線を画す姿形をしているが、あの生き物には一際その印象を強く受ける。

 いや、そもそもあれは本当にUBなのだろうか?

 

 心臓の拍動がにわかに速く、大きくなる。

 額には汗が滲み、呼吸はひとりでに速く、浅くなる。

 

 あの生き物の実態はまだ何も分かっていない。

 しかし、本能が心身に訴えかけている。 

「あれは危険だ」と。

 

 

(・・・・・。)

 

 

 リラは上着の胸ポケットから『島めぐりのあかし』のついたPHSを取り出した。

 小さな液晶に表示された時刻は丁度19時。

 予定通りなら、ヒノキとハリエはちょうど店に着いた頃だろう。しかし自分から連絡すると言った手前、今さらハンサムには頼めない。

 

 

──仕事だろ。

 

 

 不意に、不思議な声が胸に響いた。

 ちょうどこんな時、彼ならどう言うかと考えたからだろうか。

 

 リラは僅かに笑って頷いた。

 そして深呼吸をした後、諸々のわだかまりを捨て、PHSの短縮ダイヤルの2を押した。

 

 

 ◇

 

 

 その頃、ハウオリシティのバトルバイキングこと『リリコイ』では、ヒノキとハリエがスタッフから説明を聞き終えたところだった。

 

「よし。じゃ、早速やってみるか。説明でも言ってたけど、副菜とかスープ系は連戦が少ないから、今日はそっちで練習しよう。メインとか本日のオススメ系はほぼ激戦区だからオレが行くよ。まずは何にする?」

 

「は、はい!えっと、それじゃあ・・・」

 

 ハリエがメニューを開いたその時、ヒノキのジーンズのポケットから鋭いコール音が響いた。

 

「はい。どした?」

 

『私です。たった今、UBと思われる未知の生命体を確認しました。場所はメレメレ島のテンカラットヒルの草原地帯です。お休みの日に申し訳ありませんが、今から来られますか?』

 

「分かった、すぐ行く。おまえは大丈夫なのか?ああ。・・・ん?」

 

 そんなヒノキを目の前で見ていたハリエは、複雑な思いがした。

 こうして夜間や休日でも緊急の呼び出しがあることは予め聞いているし、それは仕方のない事だ。

 しかし、彼の今までの穏やかな雰囲気が一瞬で変わったこと、そして電話の相手がおそらく「彼女」であることを思うと、どうしても胸が痛んでしまう。

 

 

 と、そんな事を思っていた時だった。

 

 

「ん。なんか分かんないけど、リラがきみに替われって。」

 

「え?わ、私ですか?」

 

 突然ヒノキからピッチを差し出され、ハリエは困惑した。

 そして事情がよく分からないまま、受け取ったピッチを耳に当てた。

 

『リラです。せっかくのお食事会の日に申し訳ありませんが、少しだけヒノキをお借りしますね。私だけで対処できるようになり次第、すぐに帰しますので。本当にごめんなさい。』

 

 相変わらずきれいな声だな、とハリエは思った。

 仕事への責任感があって周りへの思いやりがある、優しくて強い女性(ひと)の声だ。

 

「・・・いえ、ご丁寧にありがとうございます。私のことはお気になさらず、リラさんもどうかお気をつけて。」

 

 

 ◇

 

 

 ヒノキとハリエへの電話を終えたリラは、ふーっと細長い息を吐いた。

 仕事とはいえ、自分が二人の食事会に水を差す事に相違はない。だからハリエに一言を入れるのは当然の礼儀であり、決してそれ以上の意味もそれ以外の意味も存在しない──はず。

 

 

 一方、件の生物は相変わらずじっとしており、動く気配がない。まるで秘湯で傷を癒やす獣のように、ただ静かに月の光を浴びている。

 

 その状態が10分ほど続いたところで、岩窟を抜けてきたヒノキが合流した。 

 

「遅くなって悪い。大丈夫か?」

 

 そう言ってすぐ隣にしゃがんだ彼に、リラは一瞬気まずさを感じた。が、やはり来てくれた嬉しさや、一人ではなくなった安心感の方がずっと大きかった。

 

「お疲れ様です。急に呼び出してごめんなさい。」

 

「気にすんな。あいつが例の未確認UBだな。確かに、今まで見た事がない奴なのは間違いないけど。実際、新種なのか?」

 

 質問に答える代わりに、リラは持っていたタブレット端末の画面を見せた。

 

「それが、今の段階では何とも言えないのです。一応、撮った画像を国際警察とエーテル財団の両方のデータベースに照合してみたのですが、やはりそれらしいデータはありませんでした。その意味では、確かに新種と言えるでしょう。ただ──」

 

 そこで[NO DATA]の文字が表示された画面を閉じ、続けた。

 

「これは、あくまで私の印象なのですが。どうもあの生物は、UBとはまた別の存在という気がしてならないのです。うまく言えないのですが、感じる気配の種類が違うというか・・・。」

 

 10年前、ポニの荒磯で国際警察に保護されたリラは、しばらくの間、厳重な監視下に置かれた。それは彼女の身体から驚異的な量の異空間線が検出され、そのエネルギーにUBを惹きつける性質が備わっていた為であるが、その一方でリラ自身もまた、UBの気配を敏感に感知できるようになっていた。

 

「本当だ。確かに、この距離で線量をほとんど計測できないのはおかしい。けど、それならあいつは、ポケモンでもUBでもない何か、って事か?」

 

 バーネット博士の異空間線計測機と目前の未知の生物を見比べながら、ヒノキは半信半疑に呟いた。リラの負担を減らすべく同じFALLの身とはなったが、浴びた異空間線の量がずっと少ない彼には、彼女のいう違いを感じる事はできない。

 

 

 と、二人がそんな事を話していた時だった。

 

 

『・・・lino・・・』

 

 

 突然、謎の生物が低い声を上げて身体を動かせた事で、二人の胸に緊張が走った。が、少し姿勢を変えただけで、それ以上の変化はなかった。どうも、草陰に潜んでいる二人に気付いた訳ではないらしい。

 

「・・・で、どうする?やっぱりあいつも捕獲(ほご)するのか?」

 

「ええ。UBであろうとなかろうと、人々に危害を及ぼす可能性がある以上は野放しにはできません。同様に、人が咎なき彼に危害を及ぼすという事態もまた、あってはなりません。まずは元の世界へ帰す方法を、それができなければこの世界で共に生きられる可能性を探す。殺めるのは、それらがいずれも叶わないと分かった時のみでお願いします。」

 

「合点。でも、それ以上追加注文はなしだぞ。オレはねがいごとは三つしか聞けないからな。」

 

 ヒノキがそう言うと、二人は思わず顔を見合わせて笑った。

 リラは不思議な気分だった。

 さっきまでは不安と恐怖しかなかったのに、今はこの危険極まりない任務に、少しわくわくしている自分がいる。

 

「とはいえ。今の段階じゃ、あいつがどんな力を持っててどんな攻撃をしてくるとか、全然分かんねーんだよな。」

 

 当たり前のように保護の作戦を考えるヒノキに、ふと、かつての部下達の記憶が過ぎった。

 前任のクチナシの殲滅方針を支持していた彼らは、新任のリラの方針転換を快く思わなかった。

 彼女が何日もかけて準備した所信表明や保護計画書を手に取る事さえなく、さっさと異動願を出して去っていった。

 

「ええ。この状況で無闇に痛みを与えて刺激するのは危険です。ですので、まずは状態異常や能力変化の技で少しずつ弱体化させるのはどうかと。」

 

 正直、自分でも無謀だという自覚は最初からあったし、それは今も変わらない。

 しかし、ヒノキはそんな自分に文句も言わず、至って真面目に付き合ってくれる。

 

「なるほど。それならまずは、スピードとパワーを集中的に削るのはどうだ?その手の技を使える奴が多いし、こっちの守備も兼ねられるしさ。」

 

 自分がおかしいのか、彼がおかしいのか、二人とも大概なのか。

 今ではもう、よくわからない。

 でも。

 

「そうですね。複数で集中的に仕掛ければ短時間で効果を得られますし、反撃の的にもなりにくいですし。悪くないと思います。では、技の効き具合をフーディンに分析してもらって、十分に力を奪えたタイミングで直接攻撃に移りましょう。」

 

 

 そばにいてほしい。

 大切にしなきゃいけない。

 そういう存在であることは、はっきり分かる。

 

 

 それから二人は更に細かい段取りを決め、相手の注意を分散できるよう、二手に分かれることにした。

 

「よし。じゃ、作戦開始といくか。絶対無理はすんなよ。」

 

「その言葉、そのままあなたにも預けます。どうかご武運を。」

 

 持ち場へ向かうヒノキの背中を見送ると、リラは再び一人になった。

 しかし、さっきまでの不安はもうどこにもなかった。

 

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