ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
タイトルの通り、本編に登場する彼とあのポケモンの出会いにまつわるお話です。ピカブイ発売記念の意も込めて。
ちなみにリラさんは出てきません。
かわらずのいし
ライド・システム。
それは、ライドギアと呼ばれる専用デバイスを用いることによって、いつでもどこでもその場の状況に適した移動専門ポケモンに乗ることができる、この世界の新たな交通の形態である。
現在、実用化が確立しているのは発祥の地であるアローラ地方のみだが、その利便性や自然環境への負担の少なさ、さらには各地の『ひでんマシン』製造職人の減少問題等から注目を集め、最近では他の地方でも導入が検討されている。
そんなライド・システムの担い手となるのが、専門の養成機関で人間の輸送に特化した訓練を受けた『ライドポケモン』と呼ばれるポケモン達である。現在、ライドポケモンには陸・海・空合わせて計七種が認定されている。
すなわち、「陸」のケンタロス、ムーランド、カイリキー、バンバドロに、「海」のラプラス、サメハダー。
そして、「空」のリザードン。
◇ ◇ ◇
そのヒトカゲは、その日もまた牧場の空を見上げていた。
認定ライドポケモンへの最終試験を控えた先輩リザードン達が
「はっはっは。お前は本当に空が好きだなあ。そんなに早く飛びたいか。」
『ほえぇ!』
牧場主の言葉に、ヒトカゲは嬉しそうにそう吠え、まるで羽ばたいているかのように、その小さな両手をばたつかせた。そんな愛らしい仕草に、精悍な初老の牧場主は両目をぎゅっと細めてまた笑った。
彼の名は、アルラ。
ライド・システムの黎明期からライドリザードンの養成に携わってきた、この道数十年の
そしてそんな彼のもとに生まれたこのヒトカゲもまた、将来はアローラの人々の翼となることを嘱望されたライドポケモンの雛鳥であった。
「まったく。お前の同期達はまだ牧舎で昼飯の最中だぞ。お前はちゃんと食ったのか?身体の小さいやつには、人は乗せられんぞ。」
しかし、彼の空への憧れは本物だった。
早く飛びたいというその一心から、
それが、すべての始まりだった。
◇
──これは。
その姿を見たアルラは、愕然とした。
本来なら燃えるような紅蓮になるはずのその身体が、まるでヒトカゲのままのような、むしろそれ以上に明るいほどのオレンジ色をしていたからだ。
(なぜ、よりによってあいつが。)
彼は震える手で電話帳を繰りながら、急いである機関へと連絡を取った。
他の生物がそうであるように、ポケモンにもまた、まれに色素異常の個体が発生する事がある。突然変異や劣性遺伝によって数千分の一の確率で生まれたそれらのポケモンは俗に「色違い」と呼ばれ、その美しさや希少価値から富豪やコレクター等の間で大変な高値で取引されるのが常である。
実を言えば、孵卵室で他の個体より一際明るく輝く彼を初めて見た時から、その懸念はあった。
しかし、幼体時は特に体色の差は珍しくないし、ほとんどの場合は進化するにつれて曖昧になる。だからこそ、この個体にしてもその可能性がある以上は賭けたいと思ったのだ。
やがて、連絡先から一通の封書が届いた。中には返信用の封筒と特殊なフィルムで作られた小さな袋が入っており、この袋に採取したリザードの体毛を入れて送り返すようにとの事であった。
「大丈夫。まだお前がそうだと決まった訳じゃない。だから、ちゃんと調べてもらおうな。」
不思議そうなリザードにというより、むしろ自分に言い聞かせるようにそう言いながら、彼はリザードの腕から輝くようなオレンジ色の体毛を数本採取した。専門家による鑑定に、最後の望みを託すことにしたのだ。
(どうか、自分の杞憂でありますように。)
しかし、一週間後に届いた鑑定結果の通知書に、彼のそんな望みは空しく絶たれた。
『結果:陽性。このリザードは紛れもなく色素異常個体であり、このままリザードンへと進化すれば、確実にブラック・アルビノとなるでしょう。もしも貴方がこの個体の行く末を案ずるのであれば、近い内に警察か保護団体へ引き渡すことを推奨します。』
ブラック・アルビノ。
色違いポケモンの中でも特に人気が高い、リザードンの色違いの通称である。ヒトカゲ、リザードのうちは明るいオレンジ色であるその身体は、リザードンに進化すると艷やかな漆黒となる。その姿から裏社会の人間がこぞって手に入れたがるため、所有者とともに事件に巻き込まれる危険性が高く、この通知書の警告するところもまたその点であった。
が、真にアルラを苦しめたのは、そのような事件性に関する恐怖ではなかった。
ライド・ポケモンの認定条件をまとめた規約の中には、以下のような項目がある。
第18条『乗客の安心と安全を第一とするライド・システムにおいては、防犯上の観点より、色素異常体は一律に認定を不可とする』
◇
数日に渡って悩んだ挙げ句、アルラは彼に他のリザード達には決して与えることのない愛称と、紐を通して首から下げられるようにした、丸い石を授けた。苦渋の決断だった。
「すまない、リー。お前にはここでこのまま、私の助手として働いてほしい。これはお守りだ。決して手離してはいけないよ。」
リザードの色違いはリザードンのそれと比べると格段に認知度が低い上に、まだ体色の薄い個体だというごまかしがきく。それをこの外界と隔たれた養成牧場の中だけの存在にすれば、何とか守ってやれるのではないか。そう考えての事だった。
新たにリーという名を持った彼には、主人のその謝罪の意味が分からなかった。
それでも彼は、主人の助手という新たな役目をこなしながらライドポケモンとしての訓練を続け、経験値を積むことを怠らなかった。しかし、いくら努力をしても、いっこうに進化の兆しは訪れない。同期たちが自分よりも少ない経験値で立派な翼を得ていく理由が、いくら考えても分からなかった。
──自分は、彼らと同じ生き物ではなかったのだろうか。
次第にそんな事を考えるようになり、自主訓練の量も少しずつ減っていった。それでも、彼は捨て鉢にはならなかった。大切にされている事はちゃんと分かっていたし、望んだ形とは違うにしろ、ここには確かに自分の役割と居場所があったからだ。
彼は毎日休まずに主人の仕事を手伝い、同僚のハーデリア達と母屋で寝食を共にした。
そして時々、一人でぼんやりと遠い空を見つめた。
◇ ◇ ◇
しかし、そんな条件つきの平和ですら長くは続かなかった。
ある日の午後、黒いスーツを着た物々しい雰囲気の男達が牧場を訪れた。
「こちらに、色違いのリザードがいますね。」
一人の男が単刀直入に切り出した。
「我々は国際警察の者です。残念ながら、
(もう、知れたのか。)
アルラは眉間にしわを寄せ、手にしていた農具の柄をぐっと握りしめた。
COLORS──それは色違いポケモンばかりを標的とする国際窃盗団で、それらを所有するトレーナーが真っ先に、そして最も恐れる存在である。
男の言葉に、アルラの心は一瞬揺らいだ。しかしその時、男達の背後の牧舎の陰からリーが不安げな表情でこちらを見ている事に気が付いた。
「あれは私の大事なポケモンだ。どうするかは自分で考える。でも、あんた達の手を借りるつもりはないよ。」
彼がそう言うと、男達は何も言わず、思いの外素直に引き揚げていった。
しかし、そうは言ったものの、アルラにはどうすれば良いかさっぱり分からなかった。
国際警察の申し出を退けた手前、もう警察には頼れない。かといって、戦闘は専門外である自分には、悪名高い窃盗団から彼を守り抜いてやれる自信はない。
どうしたものかと頭を抱えた時、ふと、いつか養成牧場主仲間から聞いた噂を思い出した。
──遠いカントーのチャンピオンが、ポケモンに関する万屋をしているらしい。まだ若いが、腕は確かだと専らの評判だ。
数時間と数十件にわたる問い合わせを経て、彼はどうにかその連絡先を知ることができた。が、間の悪いことに、どうしてもつながらない。
やむを得ず留守電にメッセージを託し、彼からの折り返しの連絡を待った。その間に、急速に不安が増した。
(今夜にも奴らは現れるかもしれない)
居ても立っても居られなくなった彼は、リーをモンスターボールへとしまい、そのボールを寝室の金庫へと隠した。そして自分は電話の前に座り、ただひたすらそれが鳴るのを待った。そして待ちくたびれてうつらうつらとし始めた頃に、ジリリリ、という昔ながらの電話のベルが目覚まし時計のように鳴り響いた。
「も、もしもし!」
慌てて受話器をひっつかんだ彼は、その向こう側から聞こえてきた若い男の声に、安堵のあまり涙が出そうになった。
「こんにちは。ライドリザードン養成牧場のアルラさんですね。先ほどお電話を頂いたヒノキ・カイジュです。もうすぐそちらに着きますので、そのままそこで待っていてください。」
「わ、わかった!くれぐれも気を付けてな!でもなるべく早く頼む!」
彼が待機する母屋のインターフォンのチャイムがなったのは、それから約一時間後の事であった。
「こんばんは。すみません、遅くなってしまって。」
朗らかに挨拶したその青年は、アルラも何度かテレビで目にしたことのあるカントーのチャンピオンその人であった。
「いや、遠いところほんとうによく来てくれた。それで、君に頼みたい仕事というのはだな──」
「それならもう、承っていますよ。」
彼を屋内に招き入れたアルラは、背後の青年の言葉に、耳を疑った。
「未来の黒い翼を頂くことです。」
彼は足を止めた。そして、気付いた。
自分が彼への留守電に残したメッセージは、「自分はアルラという者で、頼みたい仕事があるから折り返し連絡がほしい」というものだった。ライドリザードン養成牧場の主であることにはあえて触れていないし、そもそもここまで来てくれとは言っていない。
「・・・まさか、きみは。」
振り返った彼は恐怖でかすれる声でそれだけ呟くと、あとは目の前の若者がみるみるうちに黒い獣へと変わっていくのを、愕然としながら見つめるしかなかった。
「もう遅いよ。おじちゃん。」
幼さの残るその一言とともに目の前の景色が大きく歪み、そこで彼の意識は途絶えた。
◇
それから、どのくらい経ったか。
ぱしっと身体に何かが走るのを感じたアルラは、弾かれたように目が覚めた。
(リー!?)
彼は急いで寝室へ向かい、金庫の鍵を開けた。しかし、どんなに目を凝らし、手でまさぐってみても、そこにあるはずのモンスターボールの影も形も認めることはできなかった。
──しまった。
膝から力を失った初老の牧場主は、崩れるようにその場に座り込んで項垂れた。
「こんなことなら、意地を張らずに素直に国際警察に引き渡していれば良かった。」
それは確かに、その時アルラの胸を占めていた思いそのものであった。
が、それは彼の声ではなかった。
「──とかなんとか、そんなこと考えてると思うけど。でも、残念ながらその自称国際警察の奴らもグルだ。本物なら、そういう場合は必ずトレーナー同伴で最寄りの支部まで護送するからね。まずはなるべく楽して穏便に獲物を手に入れようとする、奴らの常套手段だよ。」
その声には聞き覚えがあった。というより、気を失う前に聞いたばかりだ。
彼はおそるおそる、背後にいるその主を振り返った。
「・・・。」
姿も、背丈も、そして声も。
先ほど見た「彼」と、寸分の狂いもない。
しかしその瞳を見れば、「偽者」との違いは一目瞭然であった。
「どうも。遅ればせながら、本物のヒノキ・カイジュです。」
そう言った彼の足元から、ひょっこりと尾が丸く先割れたピカチュウが顔を覗かせた。どうやら先ほど自分の目を覚まさせたのは、このピカチュウらしい。
「どうして・・・なぜ・・・」
そんな事が分かるのか。
あまりにも多くの謎が散らばり過ぎていて、アルラはそう呟くのがやっとであった。
「追うものは追われるもの、ってね。」
そういって本物のカントーレジェンドは、片手に提げていた気絶しているゾロアを顔の横まで持ち上げて見せた。
「実はアルラさんがリザードの鑑定を依頼したタマムシ大学の研究所に知り合いがいてね。COLORSの標的になりそうで心配だからって、個人的に張り込みを頼まれてたんだ。」
「!そうだ、リーは・・・!」
思い出したように呟いたアルラに、ヒノキはもう片方の手に持っていたモンスターボールを見せた。
「大丈夫、ここだよ。ちょっと参考にさせてもらいたくて、オレが鍵を借りて開けたんだ。」
「参考・・・?」
話が見えて来ないという風に訝しがるアルラに、ヒノキはにっこり笑って言った。
「オレにちょっとばかり考えがあるんだ。だから、この件は任せてもらえないかな。」
◇
その頃。
今夜の仕事を任された、たった一人の窃盗団員は、相棒のゾロアークと色違いポケモンの識別用に訓練されたヤミラミを連れ、養成牧場内の獣舎を調べて回っていた。
(ブラック・アルビノのタマゴはどこだ?)
音を立てず、気配も殺しながら素早く各部屋を後にする。眠っているリザードやリザードン達に目を覚まされて騒がれては厄介だ。
やがて獣舎の全ての部屋を調べ終わった一行は、天窓からその屋根の上へと出た。結局、ここではブラック・アルビノのタマゴ──すなわち色違いのリザードは見つからなかった。
(他の場所に隠しているのか・・?)
そう考え、屋根の上から牧場内の他の建物を見回した時だった。
「よお、カーマイン。」
突然、自身のコードネームを呼ばれた盗賊の少女は、その名と同じ色の美しい長髪をびくりと揺らして振り返った。
「『またお前か!』って思っただろ?奇遇だな、オレもだよ。」
「・・・!」
自分の名を知るその若い男の姿を見るや否や、彼女は華奢な身体を翻して身構えた。
ヒノキ・カイジュ。
カントーレジェンドにして、ポケモンに関する諸々の依頼を請け負って世界中を飛び回る何でも屋。そして、これまでに幾度となく自分達の仕事を阻み、計画を潰えさせてきた憎き宿敵である。
「ぼくはお前なんかに思うことは何もない。邪魔をするな。」
そう言って、色違いポケモン窃盗団COLORSの最年少団員カーマイン・ライトは、どう凄んでも可愛らしい大きな瞳で、精一杯鋭くヒノキを睨み付けた。
「相変わらず冷たい女だな。せっかく、探し物の場所を教えてやろうと思ったのに。」
まるでヤンチャムをあしらうようにヒノキはカーマインの敵意を全く気にかけず、朗らかに言った。
「敵の手は借りない。だいたい、ぼくたちの邪魔ばかりするお前の言葉なんか信じられるものか。」
「そうかい。じゃ、これならどうだ?」
ヒノキがそう言い終わらない内に、明るいオレンジの影がカーマインの右脇をよぎり、そこにいたヤミラミを一瞬のもとに撃墜した。何が起こったのか、当のヤミラミですら分からなかったようであった。
「・・・!」
絶句している彼女がヒノキの方に向き直ると、そこには耀くようなオレンジ色をしたリザードが臨戦態勢で身を構えていた。
(ライド用に育てられたリザードに、これほどの戦闘能力が・・・?)
そんな想定外のリザードの強さに戸惑うカーマインに、ヒノキは誘うように言った。
「さあ、こいつがお前の今回の獲物だ。盗ってみろよ。」
「・・・ゾロアーク!『だましうち』!」
真正面から突っ込んできていたゾロアークの姿が突然消え、一瞬の後に背後に現れた。しかし、リザードは最初からそれを予期していたかのように、強靭な尾をしならせ、背後をとったゾロアークの脇腹をしたたかに打った。
「『だましうち』なのに宣言してどうする。」
ヒノキがあしらうように、そしてどこか楽しそうに少女を煽った。
「くっ・・・『つじぎり』!!」
主人の指示に、ゾロアークは再び果敢に飛びかかった。しかし、今度はリザードの姿が煙の中に消えた。
(これは・・・『えんまく』!?)
濃い乳白色の煙に巻かれたカーマインは、目の前で何が起こっているのかまるで分からない。
「グッ、フゥゥ・・・!」
突然、ゾロアークの苦々しい呻き声が響いた。
「ゾロアーク!?」
やがて、煙が切れた。そこでカーマインが見たのは、リザードに組伏せられ、炎をまとった牙を首筋に立てられた相棒の姿であった。
「さて、と。」
組み合う二体を前にしたヒノキが、その気軽な口調のまま続けた。
「このままゾロアークに止めを刺して、帰れなくなったお前を国際警察に引き渡してもいいんだけど。どうする?このまま大人しく引き下がるっていうなら、今回は──」
「うるさい!ゾロアークはまだやれる!必ずこのリザードを──」
「そこまでだ、カーマイン。」
突然、背後から低く静かな男の声がした。
「この男は今のお前の敵う相手ではない。団長もその事は最初から十分ご承知だ。帰るぞ。」
彼女が振り返ると、そこには深い青色の瞳をした屈強な男が、同じ色の目を持つルナトーンを従えて佇んでいた。
「黙れ、セイラン!ぼくは、まだ──!!」
セイランと呼んだその男と対照的な、燃えるような赤茶色の瞳を震わせながらカーマインは突っ張った。が、セイランは動じず、相変わらず静かな口調で続けた。
「まだ分からんのか?ヤミラミを最初に落とされた意味が。」
「え・・・?」
セイランのその言葉に、カーマインは思わず前を見た。すると目の前のオレンジ色のリザードの姿がみるみるうちに解け、やがてしなやかな体躯なしのびポケモンの像を結んだ。
「お前が偵察用に放ったゾロアの『イリュージョン』を『なりきり』でコピーしたゲッコウガだ。お前は最初からずっと、こいつに化かされてたんだよ。」
「!そんな・・・。」
カーマインは愕然とした。今まで自分が必死に戦っていた相手は最初から全くの偽者だったというのか。
「あのヤミラミの『みやぶる』なら多分バレただろうからな。ソッコーで口封じさせてもらったんだ。」
セイランの言葉に、ヒノキも頷いた。
カーマインはすっかり意気を消沈させて項垂れた。
自分とセイラン対ヒノキであるはずなのに、大人二人対子どもの自分一人という図式になってしまった気がして、悔しさと情けなさからこぼれる涙を美しい髪で隠すので精一杯だった。
「・・・こいつが無駄な時間をとらせて悪かった。」
大人しくなったカーマインを肩に担ぎ上げると、セイランはヒノキに短く挨拶した。
「なに、構わないさ。オレはそいつに会うの、何気に楽しみだったりするんだよ。ま、できればもっと明るいとこで会いたいけどな。」
セイランはヒノキのその言葉を背中で聞きながら、ルナトーンのテレポートによってカーマインと共に姿を消した。
彼らの仕事を認めることは決してできない。しかしヒノキは、不思議とこの連中が嫌いではなかった。
「・・・さて。あとは──」
ヒノキがそう呟いたまさにその時、母屋の方からアルラの叫ぶ声が聞こえた。
「ま、待て!リー!!」
やがて、オレンジ色のリザードが牧場を全力疾走で突っ切り、塀を飛び越えて行くのが見えた。
それから間もなく、アルラが息を切らせながらヒノキの元へと駆け寄ってきた。
「ヒノキくん。あいつ、自分のせいで私を危険に晒したと、責任を感じて──」
膝に手を着いて、絞り出すようにアルラが言った。
ヒノキはその背を擦ってやりながら、彼の消えた方向を見据えて言った。
「大丈夫、オレに任せて。ただ、アルラさんにひとつだけ頼みがあるんだ。いいかな?」
◇
「リー。どこだ?」
牧場の周囲を囲む森を探していたヒノキは、やがて大きな木の根元にしょんぼりと座り込むオレンジ色のリザードを発見した。
「もうお前を狙う泥棒は帰ったし、心配は要らないぞ。あいつらは一度盗り損ねた獲物は追わない主義なんだ。」
しかし彼は、沈んだ目で力なく首を横に振るばかりであった。まるで、自分はもうここには居られないという風に。
「・・・じゃあ、もう牧場には戻らないのか?」
少しだけ迷いを見せてから、彼は頷いた。それが、世話になった主人への最後の孝行だと言うように。
「・・・分かった。それがお前の答えなんだな。ってことは──」
その瞬間、ヒノキの元から小さな黄色い影が飛び出し、リザードの脇を掠めた。
「これはもう、要らないってことだな。」
肩にピカチュウを乗せた青年の手には、自分が肌身離さず首から下げていた、あの丸い石があった。
「これはアルラさんがお前を守るために持たせたものだ。でもお前は、その人の元を離れると決めたんだからな。」
その石を、リーは食い入るように見つめた。
確かに牧場を出ていくとは決めた。
しかし、その先のことはまだ何も分からない。そんな状況で、唯一すがれるものすら失うのは、正直怖かった。
「そうだな、お守りがなくなるのは心細いよな。けど、だからってお前を守るものがなくなる訳じゃない。ただ、変わるだけだ。」
そんな自分の気持ちを見透かしたように目の前の青年は静かに言い、そして続けた。
「『
空高く放り投げられたその石を、彼の肩から飛び上がったピカチュウが、鋼のように硬化させたハート型のしっぽで粉々に打ち砕いた。
その瞬間、石から溢れたまばゆい光が辺りを支配し、蓄えられていた進化エネルギーがリーを包み込んだ。
──? ? ?
もはや何が起こっているのか分からない彼は、ただ光の中で全身が大きく変わるのを、何より背中に圧倒的な存在感が生まれるのを、ただ受け入れるしかなかった。
やがて、光が収まった。
そこには、諦めかけていた立派な翼にまだ戸惑っている一体のリザードンの姿があった。
「さあ、お膳立てはここまでだ。」
見守っていた青年が、静かに口を開いた。
「今度はお前が見せてみろよ。ずっとずっと大事に持っていた、変わらずの意思を!」
そう言うと、ヒノキは助走をつけてその背に飛び乗った。
そんな新たな主人の言葉に応えるかのように、進化したばかりの黒い竜は咆哮を轟かせた。そして、その生まれたての翼をいっぱいに広げ、満天の星空へと飛び立った。
◇
「悪いな、お前の門出を祝う人間を一人しか用意できなくて。」
緩やかに高度を上げながら南国の夜空を行く新たな仲間に、ヒノキはその背から声をかけた。
通常、ライドリザードン達は毎年行われる就任式で多くの人々に祝福されながら、華やかな初飛行を迎える。
「でも、きっと一人で百人分くらい祝ってくれてるよ。」
そのヒノキの言葉に、彼もまたそれで十分だという風に頷いた。
そして実際その通り、地上ではそのたった一人の観衆が、手が痺れるほどの拍手を贈りながらその旅立ちを見届けていた。
振り返ることなく夜空へ消えて行く彼らを、止まることのない涙とともに。
・・・というのが、本編にて主人公ヒノキが色違いのリザードンを連れている理由です。本編の大体一年くらい前のお話。
ちなみにかわらずのいしを粉砕した♀のピカチュウは、もちろんライチ邸で物議を醸した現アローラライチュウです。