ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

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本当はネコの日(2/22)に投稿したかった話ですが、普通に無理でした。
本編最新話のあとがきで予告していた番外編その1です。
おじさんとリラちゃんとあくタイプのお話。
時系列的には本編の一年半前くらいの設定です。



クチナシ:半年前に国際警察を辞め、現在は故郷のウラウラ島でしまキングと駐在警官を兼任している。勤務先の16番道路の交番は飼えなくなった人から引き取ったアローラニャースの溜まり場と化している。

リラ:半年前にクチナシからUB対策本部の部長を引き継いだ。多忙な日々を送るが、時折仕事の相談や近況報告の為にウラウラ島のクチナシの元を訪れる。エーテルパラダイスでポケモン達の保護を手伝っていた経験があるため、毛づくろいが上手い。

(マ)ニューラ:ネコ科(公式)



ねこのて

 

「さあ。無駄な抵抗はやめて、大人しくしな。」

 

 星も月も見えない曇天の夜半、男は珍しく警察官らしい言葉を口にした。しかし、その覇気のない気だるげな口調は普段と少しも変わりない。

 

『・・・!!』

 

 言葉を浴びせられた者は歯を剥き、低い唸り声を震わせて精一杯不服の意を示した。が、その身体はペルシアンの前肢にしっかりと押さえられ、首には鋭い犬歯がぴたりとあてがわれている。抵抗が無駄なのは、誰よりもその者自身が一番よく分かっていた。

 

 やがて男はポケットから何かを取り出すと、相棒が取り押さえる者の前にしゃがみ込んだ。それから、今まで全く表情のなかった白い顔をにやっと崩して言った。

 

「午前一時十五分。窃盗と傷害の容疑で逮捕だ。」

 

 そして右手のニ色の球を目の前の小さな額にこつんと当て、その身柄を確保した。

 

 

 ◇

 

 

(思ったより手こずらされたな。)

 

 アローラ地方第三の島、ウラウラ島。

 この島の駐在警官であるクチナシ・ガーディニアは、中身を得たばかりのダークボールを手に16番道路への帰り道を歩いていた。

 

 このウラウラ島には、ポータウンというアローラの日陰がある。そこは様々な事情からアローラの表社会にいられなくなった若者達の集団『スカル団』の溜まり場で、彼らはここから島めぐりの妨害やポケモンのカツアゲへと向かう。そのため、このポータウン前の駐在所に勤めるクチナシに寄せられる被害届は九割方がスカル団絡みなのだが、ここ最近は少し事情が違っていた。

 

「朝畑に行ったら、収穫予定だった木の実が半分以上盗られていてね。たまったもんじゃないよ。」

 

「最近しょっちゅうタマゴを喰われるから、トリ小屋に鍵をつけてイワンコに番をさせていたんだけど。明け方にはもう氷漬けになっていたよ。もちろんタマゴはきれいな抜けがらさ。」

 

「夜道を歩いていたら、急に何かが飛び出してきて。危ない!って頭を庇って、気がついたら、腕に着けていたブレスレットがなくなっていたんです。アーカラ島のジュエリーショップの一点物だったので、ショックでした。」

 

 きのみ、タマゴ、光るもの。

 被害者達が被害に遭ったと訴えるのは、いずれもこの三種のどれかだった。

 確かにスカル団の輩はその経済状況から日常的に腹をスカしている者が多いが、調理や加工が必要なものには殆ど興味を示さない。そんなことをする設備もなければ、やる気もないからだ。

 金目のものに関しては、団員同士のトラブルの元になるということで幹部のプルメリが取り扱いを厳しく禁じている。さらに、犯行が夜間に限られていること、現場が彼らの敬遠するカプの村付近に集中していること、一貫して単独犯と見られる手口からも、彼らの仕業とは考えにくかった。

 

「ふーん、なるほどね。ま、ちょっと調べてみるよ。」

 

 しかしクチナシには、既に犯人の目星がついていた。この島の出身であり、さらに守り神から『しまキング』という特命を任じられている彼は、島の事情については一通り知っている。いわば島全体が所轄のようなものだ。

 だから、彼の頭に『ラナキラマウンテンに棲む野生のポケモン』という犯人像が浮かび上がるのに、そう時間はかからなかった。時間がかかったのは、むしろそこからだ。

 

「ペルシアン、『ネコにこばん』。」

 

 おおよその見当をつけた彼は、夜中にラナキラマウンテンの麓を訪れ、夜な夜なぴかぴかの小判を撒いて誘いをかけた。しかし敵も用心深く、気配はすれども乗ってはこない。それでも忍耐強く小判を撒き続けた結果、7日目の今夜になってとうとう犯人は小判に手を出した。怪しいとは分かりつつ、毎日続く現象に、徐々に判断力と警戒心が鈍ってしまったのだろう。

 

 そうしてこのダークボールに収まったのが、彼の予想通りかぎづめポケモンのニューラだった。

 古くからこの霊山に生息するあく/ こおりタイプのポケモンで、ニャースやチョロネコと同じ祖先のポケモンが、雪山に生息できるよう進化した種だ。

 

(これがほんとの()()、ってか。)

 

 そんな事を思いながら、クチナシは首から下げた紫色のクリスタルに目をやった。それはボタン全開の制服(シャツ)や素足につっかけたサンダル以上に、彼の警察官としての異色さを輝かせる石である。

 

「ま。ほんとうに手こずらされるのはこれからだな。」

 

 そう一人ごちて、丑三つ時の曇り空ににやっと笑った。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 一般的に、あくタイプのポケモンは捻くれた性質のものが多いと言われる。しかしクチナシにしてみれば、その考え方こそが捻くれていると思う。

 確かにあくタイプのポケモンは、他の属性に比べて穏和な種が少ない。が、その背景には、彼らが成長の過程で何らかの苦境を強いられる事が多いという事実がある。

 例えば、このニューラというポケモンにしてもそうだ。

 通常、ニューラは生後約一ヶ月、まだ甘えたい盛りの子どもの内に親離れをすることになる。それというのも、ちょうどその頃に母親ニューラの母性ホルモンの分泌がなくなり、子に興味を失くして育児を辞めてしまうからだ。

 そこで残された子ども達は同じ境遇の兄弟や仲間と協力して生きていくしかないのだが、過酷な生息地(ゆきやま)で心身ともに未熟な彼らには他者を思いやる余裕などない。

 結果、獲物をめぐる内輪もめにうんざりして一匹狼に転じる者も多く、そうして情や絆を学ぶ機会のないまま成長するために、どうしても狡猾や獰猛といった性質が備わってしまうのだ。

 

 

 

──と、そこまでは分かっているのだけど。

 

 

 

「ほらほら、やめやめ。下がれ下がれ。」

 

 犬歯を剝いて唸り合う二体の間に割って入ったクチナシは、そう言って一触即発の場をとりなした。朝から数えて、実に本日12回目のケンカの仲裁である。

 

「わかったわかった。あいつが小判にちょっかい出して『ちょうはつ』してきたんだな。それで頭にきたんだな。」

 

 ヒステリックな声で訴えるニャースを宥めながら、クチナシは彼の指す新入りを見やった。当のニューラは特に悪びれた様子もなく、澄ました顔で腕の毛を舐め繕っていた。

 

「ねー、おじさん。やっぱりそのコ、みんなと仲良くやっていくのはちょっと難しいんじゃない?来てからもう結構経つよ?」

 

 ちょうど交番に遊びに来ていたアセロラが、当の被害ニャースを膝に乗せて控えめに言った。その身体に小さな丸い()()がいくつか出来ていたからだ。

 

 しかしクチナシは、それでもニューラを咎めはしなかった。

 

「だからボールに入れといた方が良いってのか?みんなと仲良くやっていくのが難しいやつを社会(シャバ)から遠ざけたとこで何も解決しねえのは、おまえだって知ってるだろ。」

 

 そういう彼の脳裏には、裏の見捨てられた街にたむろする若者達の姿が浮かんでいた。同じなのだ。最初は斜な態度で何を言っても小憎らしい反抗を返してくる者は、次第にそのやり取りがないと寂しくなって、少しずつこちらへ近づいてくる。何かと問題を起こす者は、自分の存在を認めてほしくて、どうにか誰かと関わりたくて、そういう事をする。この点、スカル団とあくタイプのポケモンは非常によく似ている。

 しかしクチナシは、彼らとのそうした不器用で屈折したコミュニケーションが好きだった。そして、そんなある種の刑事とならず者のような関係が心地よくて、気付けばあくタイプのポケモンばかりが手元に揃ってしまった。その殆どが、今回のニューラのように元は周囲の人やポケモンを困らせては疎まれていた連中だ。

 

 だからこのニューラとも、そんな風にやっていけるかと思っていたのだけど。

 

(ただ嫌われてるって訳じゃないと思うんだがなあ。)

 

 年の割に白い頭を掻きながら、胸の内でぼやいた。もしそうであればニャースよりも自分にツメを向けてくるだろうし、そもそもケンカするより逃走を図るだろう。つまり、この現状が全く気に食わないという訳ではないはずだ。

 

 にも関わらず、捕獲から一ヶ月が過ぎても溶けない氷の壁に、さすがのクチナシも、こいつはちょっと弱ったな、と思い始めていた。

 

 

 ◇ ◇

 

 

 もっとも、相手との接し方に困っていたのは、この若い♀のニューラの方も同じだった。

 クチナシの考えていた通り、彼女はただ彼を嫌悪していた訳ではなかった。確かに捕獲された事は不本意ではあったが、それが自分をこの世界から排除するためではなく、むしろきちんと参加させようとしているのだということが、何となく分かったからだ。そしてそれは、これまで誰にも気に留められる事なく生きてきたこのニューラにとって、決して不愉快なものではなかった。

 問題は、そのやり方がどうにも彼女の感性にそぐわず、なおかつクチナシがそれに気づかないという点だ。

 

 例えば、この交番(かんきょう)

 これまで他者といえば獲物かそれを横取りする者か捕食者しか知らないこのニューラにとって、そのいずれにも当てはまらない先住者(ニャース)達は未知の存在であり、どう接して良いのかが全く分からない。さらに、そのニャースやらタバコやら魚風味のフーズの匂いやらが混在するこの空気も、ラナキラマウンテンの冷たく澄んだ空気の中で育った彼女にとっては快いものではなかった。

 

 例えば、ブラッシング。

 クチナシはそれをニャース達と同じようにニューラにも施すのだが、ニャースより毛の密度が高く皮膚も柔らかいニューラには、同じようにされては抜け毛が多く、痛くてかなわない。結局、毛並みはきれいになっても気持ちは良くならないので、今は専ら自分で舐めて繕っている。

 

 例えば、コミュニケーション。

 彼女がクチナシに関する諸事の中で何より苦手だったのが、その笑顔だった。

 いつも無表情な灰白色の顔に、どろんとした異様に赤い眼。それがふと目が合った瞬間に(おそらくは親しみの意味を込めて)にやっと笑いかけてくるのだが、ニューラにはそれがどうにも不気味で仕方ない。こうなるもう親近感どころか敵意しか抱けないので、最近は努めて目を合わせないようにしている。

 

 だから彼女は、毎日こうして募る苛立ちやらもどかしさを、ニャースへの『やつあたり』で発散しなければならなかった。

 

 

 ◇ ◇

 

 

 そうして一ヶ月が過ぎた、ある日の昼下がり。

 駐在所の外で壁にもたれてふて寝をしていたニューラは、中のニャース達が騒ぐ声で目を覚ました。

 

「よお。久しぶりじゃねえか。どうしたよ、急に。」

 

 間もなくクチナシの声がした。

 どうやら客が来ているらしい。

 

「ちょっと近くまで来たので。クチナシさん、お元気かと思って寄ってみたんです。」

 

 続けて、その客のものと思われる声が聞こえた。クチナシの低くこもった声とは対照的な、よく通って聞き取りやすい女性の声だ。

 その耳触りの良さにつられて、ニューラは入り口からそっと中の様子を窺った。

 

「相変わらず面倒見がいいんですね。前にお邪魔した時は、この半分くらいの数だったのに。」

 

「べつに面倒は見てねえよ。おれはただエサと寝床を置いてるだけだ。あとはニャース達の勝手だよ。」

 

 やがて主人と客人は奥のソファーで話し始めたが、その様子にニューラは驚いた。あの気位の高いニャースどもが揃って客の元に集まり、甘えた声を上げて媚びていたからだ。そしてその理由は、彼女の膝にいる幸運な一匹を見てすぐに分かった。

 

「でも、見たところみんな栄養状態も良いですし、毛づやや小判の照りも──あら?」

 

 その時、自分の視線を感じたのか、その女性客が不意にこちらを向いた。そして、自分と目が合うと右手のブラシと膝の上のニャースを置いて、なんとこちらへやってきた。

 

『に・・・。』

 

 ニューラは逃げ出そうと思ったが、できなかった。

 ポケモンの彼女には人間の身なりの概念はよく分からない。が、それでも頭から足元まで締まりのある目の前の人物からは、主人とは正反対の印象を受ける。そして何より、その薄紫の瞳の優しさに、何とも言えない懐かしさを感じたからだ。

 

 ニューラがその人物から目を離せない間、相手もまた興味深げに自分を見つめていた。

 が、やがてふふっと笑ってそっと頭を撫でると、クチナシ主人の方を振り向いて訊ねた。

 

「かわいい女の子のニューラですね。この子、どうしたんですか?」 

 

「・・ああ。ちょいと『わるいてぐせ』があってよ。夜な夜な山から降りてきては人様のもんに手を付けてたから、今更生してんだ。」

 

 間もなく彼女はまたねと言って立ち上がり、ソファーへ戻っていった。ニャース達が待ちかねたという風に、再び甘えた声を上げ始めた。

 

 ニューラはしばらくの間、今しがた受けた諸々の衝撃からその場に立ち尽くしていた。が、次に耳に入ってきた言葉にはっと我に返ると、両足の膝に力を込め、思い切り床を蹴った。

 

「はい、きれいになりましたよ。それじゃあ、次は──」

 

 その瞬間、ニャース達の甘えた声がいっせいに鋭く尖ったブーイングに変わった。しかしニューラは自身に向けられたそれを完全に無視し、空いていた客の膝の上にころんと寝そべった。

 

「もう、仕方ないですね。割り込みはダメでしょう?」

 

 そう言いつつも、膝の主は文字通り飛び入りしてきた新参者を退けはしなかった。

 逆に、初めてだから大目に見てあげてほしいとニャース達を宥め、手にしていたブラシをゆっくりとその背に入れ始めた。

 

『ふにゃ・・・』

 

 クチナシのそれとは全く違う感触に、ニューラの口から思わず緩んだ声が漏れた。

 力具合は柔らかい毛や皮膚を気遣うように優しく、ほつれや毛並みの乱れは痛みがないようひとつひとつ丁寧に直してくれる。そのあまりの気持ち良さに、ニューラはたちまち寝入ってしまった。その様子は、まるで──

 

「ふふ。この子、なんだかニャースみたいですね。」

 

 眠りながら器用にごろごろと喉を鳴らすニューラを、膝の主はそう言って笑った。

 

「そうなんだよ。もともと近い種ってのもあるだろうが、一緒に暮らしてるせいか近頃は鳴き声まで似てきてよ。まあ、その割にはケンカばっかりだけどな。」

 

 それから二人は一時間ほど話をし、やがて客の女性が帰る時が来た。

 

「すみません、長居をしてしまって。それじゃあ、そろそろ──」

 

 そう言って立ち上がった瞬間、彼女は右足に仄かな冷温を感じた。続いて、ニャース達からまた批難の声が上がった。

 

「ニューラ・・・。」

 

 足元を見ると、いつの間にかニューラが右足にしっかりと掴まっていた。そして、何かを訴えるようにじっと自分を見つめている。

 

 彼女はちらりと向かいのクチナシを見た。それから足に巻きつけられた細腕をそっと解き、膝を折ってそのポケモンと目を合わせた。

 

「気持ちは嬉しいけれど。でも、あなたのご主人様はクチナシさんでしょう?」

 

『にゃっにゃっ!』

 

 ニューラはぶんぶんっと力を込めて首を横に振った。

 もちろん目の前にいるクチナシは全てを見ている。

 数秒の気まずい間の後に、そのクチナシがぽつりと言った。

 

「おまえ、あくを連れるのは気が引けるか?」

 

 その一言で、彼女はクチナシの言わんとする事を悟った。

 正式な規則こそないものの、彼らの所属する警察という社会ではあくタイプのポケモンを所持することは暗黙の法度となっている。世間体を気にする上層部にはまず良い顔をされないし、時には出世に影響するという話まである。

 

「いえ、全く。あくタイプのポケモン自体には、何の罪もありませんから。」

 

 それは彼女の本心だった。しかし、その上でこの元上司への今なお強い尊敬の念から食い下がった。

 

「ですが、私はあくタイプのポケモンの事を殆ど知りません。そんな私よりもクチナシさんの方が、きっとこの子を分かってあげられるはずです。」

 

「おれはただ好きで連れてるってだけで、別にあくの専門家じゃねえよ。それに、分かるから幸せにしてやれるって訳でもねえ。何より、そいつ自身がおまえが良いって言ってんだ。おれじゃだめなんだよ。急で悪いが、頼むよ。」

 

 それは、彼女に対するニューラの反応を最初から見ていたクチナシの結論だった。

 彼女に見つめられていた時の目。

「かわいい」と言われて頭を撫でられた時の表情。

 膝の上で毛づくろいをされていた時の、赤ん坊のような安心しきった寝顔。

 そのどれもが、この一ヶ月間、自分は一度も見たことのない姿だった。

 

「そら、これがそいつのボールだ。おれはちょいと見回りに行ってくるから、あとはよろしくな。」

 

 そう言ってクチナシはダークボールを置くと、彼女達の横を過ぎて出ていってしまった。

 心なしか寂しそうなその背中が見えなくなったところで、ようやく彼女はニューラに向き直った。

 

「・・・私はリラ。クチナシさんの元部下です。これから、よろしくお願いしますね。」

 

 

 こうして、この若い♀のニューラは彼女のポケモンとなった。

 

 

 ◇

 

 

「さあ。今日からここがあなたのお家ですよ。」

 

 新しい主人にそう紹介された場所は、あのニャースの溜まり場の交番とは別世界だった。

 きちんと片付いた清潔な部屋はすっきりしていて、煙草やら魚臭いフーズやらの雑多な匂いはもちろんしない。ただ、ほのかに主人の髪と同じ香りが漂うばかりだ。

 

「そうですね・・・きっとまだ慣れない環境で不安でしょうから、みんなとの顔合わせは後日にしましょうか。」

 

 そう言って、リラはあえて他の手持ち達を出さなかった。昼間、ニャース達のひんしゅくを買っても自分の膝から退かなかった様子から、しばらくは自分と一対一の時間を作ってやり、その中に少しずつ他のポケモン達との交流を作ってやる方が良いと思ったのだ。

 

「ほら。こういうのは好きですか?」

 

『にゃあ!』

 

 ポケじゃらしに無邪気に食いつくその表情に、リラは微笑みつつも少し複雑な思いがした。

 かつてクチナシの部下として共に働いていた彼女は、彼のあくタイプのポケモンに対する理解(スタンス)を誰よりも知っている。警察があくタイプを使うのは体裁が悪いと上から何度苦言を呈されようと、悪趣味な刑事だと一般市民から陰口を叩かれようと、彼は全く気にせずあくタイプの相棒達を率いていた。

 そうして偏見のつきまとうあくタイプのポケモンと対等に付き合う彼を、警察官として、上司として、人間として心から尊敬していた。

 

『にゃっ♪にゃっ♪』

 

 とはいえ、やはり人とポケモンにも相性というものがある。そしてそれは悲しい事に、どうにかしようとすればするほどかえってややこしくなる事の方が多い。その事も、彼女はちゃんと知っていた。

 

「ふふっ。ここが気持ちいい?それとも、ここ?」

 

 ポケじゃらしを置いて手でじゃれ合い始めたところで、リラは考えるのをやめて素直にこのニューラとの縁を歓迎することにした。どのような経緯があれどポケモンに懐かれるのは嬉しいし、仲間が増えるというのは喜ぶべき事であるはずだ。

 

『にゃーぁ♪』

 

 頭、腹、顎の下、耳の後ろ。

 ポケモンが撫でられて喜ぶところは、種族が違ってもさほど変わらない。ニューラはご機嫌極まりないという様子で、またニャースのようにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。あれだけ折り合いが悪かったというのに、生き物とは不思議なものだ。

 

 やがてリラの細い指がニューラの脇に触れ、はずみでニューラの腕が上に伸びた。

 その時だった。

 

「いっっ・・・!!」

 

 突然、主人が右の頬を抑えて体を折った。

 ニューラは反射的に彼女の膝から飛び退いた。

 

『にゃっっ!?』

 

 慌ててかけ寄った際に、ニューラは気付いた。

 ほんの僅かではあるが、右手の爪の先に、主人の白い頬に走る線と同じ赤色が付いていた。

 

「・・・大丈夫。ほんの少し当たっただけだから、心配しないで。でも凍傷になるといけないから、一応診てもらってきますね。」

 

『にゅ・・・。』

 

 そう言うと、主人は慌ただしく部屋を出ていってしまった。

 その後ろ姿に、ニューラはひとつの記憶を呼び覚まされ、その記憶からある疑念を抱いた。

 すなわち、あの日もこうした事があり、そのために母は自分の元を去ってしまったのではないか、と。

 

 

 ◇ ◇

 

 

 数日後。

 ニャース達の甘える声で、交番の奥にいたクチナシは来訪者の存在と、それが誰であるかを知った。

 

「こんにちは。すみません、いつも急に。」

 

「よお。なんだ、また近くまで来たついでか?」

 

 そう訊ねてから、クチナシはリラの傍に先日託したニューラの姿が見えない事に気付いた。てっきり、彼女の近況報告に来たのだと思ったからだ。

 

「おい、あいつはどうした。こないだはあんなにおまえにべったりだったのに。」

 

「それがあの日の夕方、一緒に遊んでいる最中にあの子の爪先が私の頬を掠めてしまって。幸い大した傷ではなかったのですが、それをずっと気にしていて、私に近づくのを怖がってしまうんです。それで、クチナシさんに相談しようと・・・。」

 

 ニューラの収まったダークボールを見せてそう話すリラに、クチナシもいつものどろんとした眼でそのボールを見つめた。

 

「ふーん・・・。」

 

 

 ◇ ◇

 

 

「ニューラ。おいで。」

 

 

 大好きな主人にそう呼ばれても、ニューラは昨日や一昨日と同じようにソファーの陰で躊躇っていた。

 本当は今すぐ主人に飛びつき、あの優しい手にたっぷりと撫でてもらいたいと思う。

 しかし、いざそうしようとすると、頬の傷を押さえる主人と記憶の中の母親の背が重なり、両足は『かなしばり』をかけられたように竦んでしまうのだった。

 

 ところがこの日は、その後に続いた意外な言葉につられ、少しだけそのかなしばりが緩んだ。

 

「今日はあなたにプレゼントがあるんです。さあ、こっちへ来て、手を出して。」

 

 こわごわ主人の前に進み出たニューラは、言われるがままに両手を差し出した。すると、その鋭い二本の手に、何やらふかふかした黒い物が被せられた。

 

『にゅ・・・?』

 

 すっぽり覆われた両手を訝しげに眺めるニューラに、リラはにこにことその正体を告げた。

 

「これは『ねこのて』といって。手先が鋭いポケモン達と安全に触れ合うためのミトンなんですよ。」

 

 それは、カントーのシルフカンパニーが消費者の要望に応えて開発したポケモン用の装具だった。一見はニャースの手を模した厚手の手袋だが、内側はモンメン100%のコットンが手先を包み込むように設計されており、安全性と通気性に優れている。また、追究された肉球の感触やサイズ・色のバリエーションの豊富さも相まって、同社の近年有数のヒット商品となっている。

 

 ニューラの両手に嵌められたそれは、その部位の本来の色である白とは真逆の黒だった。が、それは購入者の発注ミスでも勘違いでもなかった。

 

「ほら。私と、おそろい。」

 

 そう言ってリラは、黒い手袋に包まれた指で『ねこのて』の桜色の肉球をふにふにっとつまんだ。

 その瞬間、ニューラの胸がじぃん、という音を立てて弾けた。

 

『にゃー!!!』

 

 ニューラは思いのままに主人に飛びついた。

 しかし、そのするどいツメが彼女を傷つける心配はもうない。

 ただふかふかのコットンとぷにぷにの肉球が、その気持ちを柔らかく伝えるばかりだ。

 

「ふふ。これはね、クチナシさんがあなたのために探して買ってくださったものなんですよ。」

 

 ひんやりと温かい不思議な体温を抱きながら、リラは紅色の左耳にそっと語りかけた。

 

『にゅっ・・・!?』

 

 ニューラは驚いてまつ毛の長い目を瞬いた。

 まるで「あの不器用な男がこんな気の利いた事を?」という風に。

 

「『あくタイプは不器用なくせに繊細なやつが多いから、そういうことには十分気をつけてやらなきゃいけねえよ』って。怒られちゃいました。」

 

 そう言って、リラはいたずらっぽく笑った。

 

『にゅ・・・。』

 

 その言葉に、ニューラは改めて両手の贈り物を見つめた。

 また新たに知る感情の難しさに、頭が痛くなりそうだった。

 

 

 ◇ ◇

 

 

 それから、数日後。

 

「・・・おれのことは言わなくていいって言ったろ。」

 

「すみません。つい、口が滑ってしまって。」

 

 頭をかきながら文句を言うクチナシに、リラがにこやかに謝った。どうもあまり悪いとは思っていないらしい。

 

「でもこの子、本当にとっても喜んでいたんですよ。ね?」

 

 ニャース達の無数の好奇の視線が注がれる中、ニューラはリラの右足に隠れて萎縮していた。が、やがて意を決したように前へ進み出ると、クチナシに向かってちょこっと頭を下げた。そして、すぐにまた主人の足に隠れた。

 

「別に礼を言われるようなことじゃねえよ」

 

 変な方向を見ながら、いつもよりさらにぼそぼそとした調子でクチナシが言った。

 

「野生に戻ろうがよそに行こうが、おれのポケモンである事に変わりはねえんだ。だから何かあった時は、『ねこのて』くらい貸してやるよってだけの話だよ。役に立つかどうかは知らねえけどな。」

 

 その言葉を聞いたニューラは、もう一度だけリラの足元からクチナシを覗き見た。すると、不意にあのどろんとした赤い眼に見つかり、一瞬の間の後、恐ろしく不器用に笑いかけられた。

 しかし不思議な事に、その顔はもう不気味には見えなかった。 

 

 




 
・・・というのが、本作におけるリラちゃんと(マ)ニューラの出会いでした。
あくタイプを相棒にするおまわりさん、良いですよね。
例によって活動報告にあとがきと今後の更新について記しておりますので、良ければそちらもご覧頂ければ嬉しいです。
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