ポケットモンスターSM Episode Lila   作:2936

78 / 78

 リラさんポケマス実装1周年おめでとう!も兼ねたバレンタインネタ。
 ヒノキくんとリラさんがもらったチョコでフォンデュパーティーをするだけの平和なお話です。


セントデリバーズ・デイの贈り物

 

 常夏の楽園、アローラ地方。

 一年を通じて季節的な変化の乏しいこの地では、自ら関心を持たなければ月日の感覚などたやすく失われてしまう。

 だからこの地方に滞在して数ヶ月が経ち、日々仕事に追われている彼女もまた、その日が間近に迫っていることをすっかり忘れていた。

 

 

──コンコン。

 

 

 アーカラ島、8番道路のモーテルの102号室。

 現在ここを拠点とする国際警察の特務機関・UB対策本部はこの日もまた、いつもと同じように朝のミーティングから一日が始まる予定だった。

 

「はい。開いてますよ。」

 

 入り口の扉をノックする音に、パソコンで事務作業をしていたリラが答えた。

 彼女はここしばらくはこの隣室に宿泊しているため、大抵は一番に出勤し、共に働く二人の部下を待つという流れになっている。そのため、今のノックもまた彼らのどちらかであろうと思ったのだ。

 

 

 ところが。

 

 

──コンコン。

 

 再びノック音が響いた。

 仕方なくリラは立ち上がり、扉へ向かった。

 自分の声が届かなかったのかと思ったのだ。

 

「あの、ですから鍵は──」

 

 開いていますよ、と言いつつ扉を開けてやったところで、彼女は言葉を失った。

 

 

 

 そこには、奇妙な生物が立っていた。

 

 

 

「きゃっ!!」

 

 

 

 無言のままドアを閉めようとしたリラに対し、その生き物はとっさに黄色い足を挟んでそれを防いだ。両手がどちらも巨大な袋で塞がっていたためだ。

 そこで彼女は本能的にポケットのスマートフォンを握った。

 そもそも自分も警察だが、この際そんな事は構ってられない。

 

「待たれぃボス!私です!!」

 

 その奇怪な生き物──すなわち異様に高身長で股下の長いデリバードが、聞き覚えのある声で通報を阻止してきた。

 そこでようやくリラもその正体に気づき、彼の足を挟んだまま懸命にドアを閉めようとしていた手を緩めた。

 

「なんだ、ハンサムさんでしたか。てっきり危ない人かと・・・。」

 

「ひどい言いようですな。それが上司のために朝から一肌脱いだ部下へかける言葉ですか。」

 

 そう言って変質デリバードもといハンサムは、リラの開けた扉から中へ入り、両肩に担いでいた巨大な袋をテーブルに置いた。そして椅子に座って足を組み、頭のマスクを外してふう、と満足げに息をついた。

 

「そちらがエーテルパラダイスの分で、こちらが本部の分です。どちらも昨年より増えています。おそらくこの春の昇任の影響でしょうな。まあこれは期日前分ですから、当日はさらにこの倍は届くでしょう。やはりこうしたものは当日に渡したいと思うのが人の性ですからな。」

 

 そう言われても、リラは全く心当たりが浮かばなかった。どうやらすべて自分宛の贈り物らしいが、こんなにたくさんの物をもらうような覚えはない。誕生日はまだまだ先だし、部長就任の祝いにしては日が経ち過ぎている。

 

「・・・何です、これ?」

 

 そんな彼女のリアクションに、ハンサムは大げさなため息をついた。

 

「ボス。いくらここが常夏の楽園で多忙の身といえど、妙齢の女性がこの日をそうきれいさっぱり忘れるのはいかがなものかと思いますぞ。もうじき2/14、女性が意中の人に想いを託したチョコレートを贈る、(セント)デリバーズデイではありませんか。」

 

 セント・デリバーズデイ。

 その昔、カロスの南方にあったとある地方では兵役があり、彼らの士気が下がるという理由で恋人や愛する家族への贈り物を禁じる法律があった。

 ところが、それを守らず内緒でそうした贈り物を引き受ける郵便配達員とデリバードがおり、彼らは日々郵便配達の陰で人々に愛を届け続けた。しかしついにその行いが為政者の知れることとなり、彼らは罪人として処刑されてしまった。

 その処刑日が2/14であった事から、この日は「愛を伝える日」とされ、想いを寄せる相手へ花を贈る日となったのだが、それがいつしか女性が好きな男性へチョコレートをプレゼントするという形で定着し、さらにそこから友人へ配る友チョコ、ひいきのトレーナーに贈る推しチョコ、いつも頑張ってくれているポケモン達へのポケチョコなどの文化が派生していった。多様性の現代では愛の形態も様々という訳だ。

 なお、贈り物がチョコレートになった経緯については、どこかの地方のチョコレートブランドが一枚噛んでいるという噂があるが、その辺りの事情については諸説あり定かではない。

 

 

──とまあ、要はそういう日である。

 

 

「ああ。そういえば、一年の中にはそういう日もありましたね。」

 

 ハンサムの熱弁を聞いても相変わらずな彼女の反応に、ハンサムが再びため息をついた、その時だった。

 

「ういーす、アローラ。おっ!今日の任務は菓子パか、粋だな。どしたんだ、これ?」

 

 開き放しになっていたドアから、能天気な若い男が入ってきた。このチームのもう一人のメンバーであるヒノキだ。

 

「今朝までにボスに届いたデリバーズデイの贈り物達だ。こっちがエーテルパラダイスの分、こっちが国際警察内部からの分。それぞれにボスのファンクラブがあるのだが、その代表達がまとめて送ってくれたのだ。」

 

「へー、やるじゃん。なあ、これオレも食っていい?」

 

 そんな話を聞いても、ヒノキは特に驚かない。

 優秀なトレーナーには自然と彼らを推す者が現れるものだし、彼女に関してはその容姿や性格や肩書がその熱を煽るであろうことくらい、様々なトレーナーを見てきた彼には容易に想像がつく。要するに、モテるやつは老若男女関係なくモテるのだ。

 

「ええ、どうぞ。お好きなものをお好きなだけ。」

 

 既に包みの山に手を伸ばしていた彼に、リラは再びパソコンを開きながら答えた。彼らがチョコレートを食べている間に、事務作業の続きを進めようと思ったのだ。

 

「なんだよ、おまえは食わないのかよ。これ全部おまえ宛の愛だぞ?」

 

「だからこそですよ。だって誰かのを食べたらみんな食べなきゃ不公平でしょう?かといって、全部はとても食べ切れませんし。だから毎年、こうしてハンサムさんとカビゴンに助けてもらってるんです。」

 

 リラは少しだけ語調を尖らせて弁明した。

 それは内心彼女自身気にしていたことだった。

 もちろん気持ちは嬉しいしきちんと応えたいと思うのだが、何しろ数が多すぎる。せいぜいお礼のカードを書くのが精一杯だ。

 

「はー、マジメなやつ。かわいそうに、くれた子達が知ったら絶対泣くな。ケーサツのくせに罪な女め。」

 

 そんな軽口を叩かれて少しムッとしたところで、リラはふと、あることに気付いた。

 

「そういうあなたはどうしているんです。あなたこそたくさんもらうんでしょう?」

 

 そう、かつてカントーリーグを制し、現在もレジェンドとして各地を飛び回っている彼が、このイベントと無縁なはずがない。

 

「ん?あー。ま、レジェンド補正でぼちぼちな。でもオレは毎年全部鍋に溶かしてフォンデュにしてるから、ちゃんとみんな平等に愛してるよ。あ、もちろんやべーやつは先に弾くけどな。」

 

「ほう。そんなものもあるのかね?」

 

 ヒノキの隣でハンサムが生チョコを頬張りながら訊ねた。包装の上からどうやって判断しているのか、ちゃんと日持ちしないものから先に手をつけている。

 

「あるある、キノコのほうしがけトリュフとか、笑えねーやつがたまーにな。あれ、見た目は完璧粉砂糖だからほんと分かんねーんだよ。なんか、それでオレが体調崩してニュースになったらちゃんと食ってもらえたって分かるから?とか意味のわからんこと言ってたけど。」

 

「・・・なるほど。そういう手がありましたか。」

 

 ぽつりとつぶやいたリラに、ヒノキとハンサムは食べる手を止め、ぎょっとして彼女を見た。

 

「あ、いえ、そっちではなくて。その、チョコレートフォンデュというのがいい考えだなと・・・。」

 

「お、おお、そりゃ良かった。そーだ、何ならおまえも便乗するか?ちょうど14日の日曜に牧場でやる予定だったし、この山全部持ってこいよ。じーちゃんが新鮮なミルクと生クリームくれるって言ってるから、絶対うまいぞ。」

 

 そのような訳で、週末のデリバーズデイ当日は彼女もヒノキ主催のチョコレートフォンデュパーティーに参加することになった。

 

 

 ◇ ◇

 

 

 2/14日、セント・デリバーズデイ当日。

 アーカラ島のオハナ牧場のふれあい広場には、ゆうに大人10人は座れそうな大鍋と脚立、それに銀色に輝く背の高い機械が並んでいた。

 

「すっごーい!私、本物のチョコレートファウンテンって初めて見たけど、こんなにおっきいんだね!」

 

 そう言って目を輝かせているのは、アーカラ島のくさタイプ使いのキャプテン、マオである。アイナ食堂の看板娘でもある彼女は、料理に関する事には何でも興味津々だ。

 

「オレに言わせりゃ素でそう思うおまえの方がすごいけどな。こいつは職人達に頼んで作ってもらった特注品だよ。フツーの業務用サイズじゃ量捌けねーから。」

 

「すごいでしょ!これ、ボクとマーさんで作ったんだよ!」

 

 そう言って、ヒノキの隣にいる丸っこい身体つきをした色白の少年が得意げに鼻の下をこすった。でんきタイプ使いのウラウラ島のキャプテンで、普段はホクラニ岳の天文台にいる、マーマネ・アカマイだ。また、彼のいう『マーさん』とは彼の歳上の従兄弟のマーレイン・アカマイの事で、彼の方ははがねタイプの専門家である。

 ともに優秀なエンジニアである二人の手にかかれば、金属製の電化製品の製造など造作もないという訳だ。

 

「あれ、マーマネだけ?マーレインさんは来ないの?」

 

 その従兄弟の姿が見当たらないため、スイレンが訊ねた。彼女とカキとマオとマーマネはスクールの同期である為、住む島こそ違うが仲が良い。

 

「うん、マーさんは甘い物苦手だから。『ぜひマーくんが僕の分まで食べてきてよ』だってさ。」

 

 嬉しそうなマーマネに、二人の体型の違いを知る全員が胸の中で「あー、なるほど」と呟いた。

 ちなみにアーカラ島のクイーンとキャプテンということでカキとライチにも声をかけたが、共に太るからという理由で断られた。二人とも涼しい顔をしているが、やはり体型にはそれなりに気を使っているらしい。

 

 そこに地面に影が映り、巨大な袋を抱えたボーマンダが空から降りてきた。

 

「こんにちは、遅くなってごめんなさい。・・・これ、全部あなたに届いた分ですか?」

 

 ファウンテンと鍋の横にそびえる極彩色の山に、ボーマンダの背から降りてきたリラはあ然とした。

 山と言っても、これはいわゆる比喩ではない。

 本物の、登れるレベルのやつだ。

 

「そーだよ。つっても今朝までにセキエイのリーグ本部に届いてた分だけだから、全部じゃないけどな。さすがのカイリュー特急便でも、中身が原形を留めるように運ぶなら4時間はかかるっていわれてさ。」

 

 そう答えたヒノキはいつものデニムキャップの下にヘアキャップを被り、マスクをつけ、まるで製菓工場の作業員のような格好をしている。いつになく気合が入っているのは一目瞭然だ。

 

「よーし、全員揃ったな。それじゃ分担を発表するぞ。まずナギサはムーランドと一緒に絶対アカンやつを弾いてくれ。続いてマオは検品済みの分を開けて種類別に仕分ける係、スイレンはそれに加えてマオが鍋に近づかないよう見張る係だ。リラはフーディンと仕分けられたチョコをどんどん鍋に入れてくれ。マーマネはトゲデマルとファウンテンの試運転、鍋の管理はオレが責任をもってやる。何かあれば些細なことでもオレに報告・連絡・相談すること。こんくらい許されるだろ、とか甘ったれた自己判断をしたやつは鍋にぶちこんでフォンデュにするからな。以上!」

 

 そうして、それぞれが持ち場について自分の担当業務を開始した。

 

「ヒノキさん、これは今開けたら湿気ちゃうから、まだこのまま置いときますね。」

 

 スイレンが手にした袋を掲げて、見回りにきたヒノキに声をかけた。鍋の中身が準備できるまでは手が空いているため、各工程を巡回しチェックしているのだ。

 

「お、フエンせんべいか。どれどれ、『孫と同じ世代の方とは知りつつも、年甲斐もなく熱を上げております』。あー分かってんな、このばーちゃん。こーゆーしょっぱい系は口直しにそのまま食ってもいいし、チョコをディップしても美味いから重宝するんだよな。」

 

 そこに、今度はマオが手を挙げた。

 

「はーい、先生!これ、すっごい高そうなんだけど、一緒にしちゃってもいいの?しかもカードにカルネ・ロクサーヌって書いてあるし。これってカロスのチャンピオンのカルネさんでしょ?」

 

 そう言った彼女の手にしている箱は、確かに他のものとは一線を画すオーラを醸していた。シックで品のあるパッケージの真ん中で、カロスの高級チョコレートブランド『LEDIVA』のロゴが厳かに光を放っている。

 

「おお、いいぞ。カルネさんはデキる女だからな。去年、貰ったやつは毎年フォンデュにしてるんすよって言ったら、『それじゃあ来年からはいいとこのクーベルチュール*1にしとくわね』って言ってたからな。あ、カードは取っとけよ、写真撮ってポケスタで自慢するから。」

 

 今度は牧場のムーランド達と「かぎわける」で仕分けをしていたナギサが、やはり高そうな箱を持ってきた。

 

「ねーヒノキ。これ、ムーランドが『ダメ!』って言ってるんだけど、カードにシロナ・チャードより愛を込めてって書いてあるんだ。これってシンオウチャンピオンのシロナさんでしょ?ニセモノかなぁ?」

 

 ヒノキは一見は高級チョコレートにしか見えないそれを手に取り、眺め、振り、鼻に近付けて顔をしかめた。

 

「・・・いや、多分本物だ。ヤツはバトルと研究しかデキない女だからな。実際なんかヘンな匂いするし。フーディン悪い、これ燃やしても有害物質が発生しないかどうか調べてくれ。」

 

「えー、さすがにそこまでは・・・」

 

「する必要があるんだよ。言っとくけどこいつだからな、去年キノコのほうしトリュフを送ってきたの。あ、そーだ、誰かイッシュのアイリスのやつも見つけたら除けといてくれ。あいつは毎年ドラゴンチョコエッグだからな。混ざって詰まったら機械の故障の原因になる。」

 

 やがて、リザードンが温めていた大鍋にチョコレートが溜まった。

そこに少しずつモーモーミルクと生クリームを加え、とろとろのソース状になるまでのばしていく。

 

「ねーヒノキ。もうそろそろいいんじゃない?」

 

 辺り一帯に漂い始めた幸せな甘いかおりに、ナギサがしきりにヒノキの脇腹をせっつきだした。

 

「まあ待て、そう焦るな。今チョコの声を聞いてるから静かにしろ。」

 

 フォンデュのチョコレートはとても繊細だ。緩すぎると具材に絡まないし、固すぎるとファウンテンが詰まってしまう。おいしいフォンデュには、適度な水分と温度の管理が欠かせない。

 

「・・・うん、うん、よーし。おけ!それじゃあリー、これをファウンテンに注いでくれ。はねないよう、ゆっくりな。」

 

 リザードンがチョコレートの大鍋を担いで鋼の山の麓に注いだ。こういう時、火傷の心配がないのでほのおタイプは頼もしい。

 

「オッケー!それじゃあトゲデマル、よろしくね!」

 

『てきゅ!』

 

 マーマネの合図で両頬の電気袋に電極をつけたトゲデマルが放電を始めた。すると銀色のオブジェのような機械がゆっくりと回転し始め、やがて噴水のようにチョコレートを吹き上げ始めた。

 

「わー!!チョコのしおふきだあ!」

 

 おとぎ話のような光景に、ナギサとキャプテン達が歓声を上げる。その声と匂いにつられて、牧場の従業員達も集まってきた。

 

「なんだか私達だけで食べるのは申し訳ないですね。これだけあればもっと大勢でも楽しめそう。」 

 

「心配すんな、その辺もちゃんと手は打ってあるから。・・・おっ!噂をすれば。」

 

 そこに、紫色の熱気球もといききゅうポケモンのフワライドが東の空から近づいてきた。

 ゴンドラから手を振っているのはウラウラ島のキャプテンのアセロラと子ども達で、みんな手にはカラフルなきのみがいっぱいに詰まった袋を携えている。

 

「おまたせー!えへへ、メガやすのきのみの詰め放題、お一人様一袋までだったからエーテルハウスのみんなで行ってきちゃった♪」

 

 そうしてあっという間にパーティー会場となった広場に向かって、ヒノキがメガホンで呼びかけた。

 

「いいか、いっぱいあるからちゃんとポケモン達にも食わせてやれよ!それからファウンテンに落とした具は近くのエスパータイプに頼んで念力でサルベージしてもらうこと。絶対手とか頭とか突っ込むなよ!あと二度漬けした奴は問答無用でレッドカードだからな!」

 

 やがて、ファウンテンの周りからいくつものはしゃいだ声が聞こえてきた。 

 

「わっ、すごい!チーゴの苦みがチョコの甘さでちょうどおいしくなってる!」

 

「あっ、しまった、落としちゃった!ごめんねフーディン、拾ってもらえるかな?」

 

「〜〜♪」

 

「待ってマオ!今持ってるそれ、何!?」

 

 それぞれがそれぞれに楽しむ中、リラも手持ち達を放ち、それぞれの好きそうな具材を選んで取り分けてやった。

 

「はい、マニューラ。少し熱いから気をつけて。ボーマンダはフィラのみでいい?」

 

 ふうふうと念入りに息を吹きかけてウブのみを凍らせるマニューラを横目に、ボーマンダがこわごわと頷いた。

 ちなみにカビゴンは興奮するといけないので、個別に最後に時間を取る予定だ。

 

 

 そうして一通りポケモン達とフォンデュを楽しんだところで、リラはふとヒノキの姿が見えないことに気付き、辺りを見回した。するとファウンテンから少し離れた広場の片隅で、ひとりせっせと大鍋をかき混ぜる彼の姿を見つけた。

 

「おお、ライ、サンキュ。もうちょっとしたらトゲデマルと交代してやってくれな。」

 

 そうして追加のチョコレートの準備をする彼の周りを、アローラライチュウの『ライ』が飛び回り、タオルで汗を拭いたり水を飲ませたりと、甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 

「大変そうですね。手伝いましょうか。」

 

 リラは顔を上げ、脚立の上にいる彼に聞こえるよう声を張った。

 

「いーよ、こいつは簡単そうに見えてなかなか重労働だからな。重いし熱いし、化粧なんか一瞬で溶けるぞ。おまえはあっちで適当に食いながらガキどもの面倒を見る係でもしといてくれ。」

 

 いかにも彼らしい答えに、リラは笑った。

 照れ隠しの枝葉を生い茂らせた優しい木のようだと、いつも思う。

 

「チョコレートフォンデュって、ただチョコレートをつけて食べるだけだと思っていたけど。大勢でやると、こんなに楽しくて美味しいんですね。」

 

「そーだよ。なんだよおまえ、やった事なかったのか?」

 

「はい。そういうものがあるのは知っていましたが、実際に食べるのはこれが初めてです。」

 

 ふうん、そりゃ良かったなと素知らぬ顔で言いながら、ヒノキは胸の中でひゅうっと口笛を吹いた。

 相変わらず世事に疎いやつだなと呆れつつも、彼女に明るい顔で初めてと言われるのは全く悪い気はしない。

 

「そういやおまえは?誰かにやったりしないのか?」

 

 再び手を動かしながら、さりげなく訊ねた。本当は大して興味がないけれど、社交辞令として一応聞いている、という風に。

 

「ええ。前に一度同じ部署の人達に日頃のお礼として渡した事があるのですが、色々とややこしい事になってしまったので。今回下さった方達には、お礼のカードを送ろうとは思いますが。」

 

「まったく。そーゆー事をするから、カビゴンの飯みたいな量が届くんだよ。」

 

 そんなリラの答えに、ヒノキはほっとしつつも複雑な心地がした。

 こうして共に任務にあたっている今は何となくひとりで居てほしいけれど、いずれは女性として人なみに幸せになってほしいと思う。だけどそれは、彼女がいつか誰かのところへ行ってしまうということだ。

 

 そう思うと、今こうして隣にいる彼女が少し遠くなる。

 

「・・・あの、何か?」

 

 自分への視線に気づいたリラが、不思議そうにこちらをみた。もちろん、その意味までは気付いていない。

 

「べつに。ただ、顔にめっちゃチョコついてんなーって思っただけ。」

 

「えっ、うそ!?ど、どこに?」

 

 顔を赤くし、慌てて口元を覆うリラ。

 が、そこへちょうどヒノキの分を差し入れにきたナギサが笑って言った。

 

「ウソだよリラちゃん。そんなのついてないよ。」

 

 口周りにべたべたの茶色いひげをはやした彼に教えられ、リラはようやくヒノキに騙された事に気付いた。

 

「・・・・!」

 

「うおっ!!おまっ、脚立の上の人間しばくなって!」

 

 そうして贈り物の山がすっかり更地になるまで、広場から笑い声が絶えることはなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

「ふう。鍋も洗ったし、ゴミも捨てたし、返すもんは返したし。こんなもんだろ。悪いな、片付け手伝わせちまって。」

 

 ヒノキがリラにそう声をかけたのは、既に辺りが薄暗くなり始めた頃だった。

 子ども達はもちろん、キャプテン達も力のあるトレーナーといえどみんな未成年なので、先に帰している。

 

「いえ、たくさん楽しませてもらいましたし、私が持参した分もありましたから。こちらこそありがとうございました。」

 

「ま、たまにはこーやってガス抜きもしないとな。んじゃ、また明日な。」

 

 自分達も解散というつもりで、ヒノキはリラにそう告げた。ところが。

 

「あ・・・」

 

 彼女が何か言いかけた事に気づき、ヒノキは改めて彼女を見た。

 

「どした?まだなんかあるか?」

 

「あ、いえ、べつに何も!・・・それじゃあ、また明日。」

 

 そう言うと彼女はそそくさとボーマンダを繰り出した。そうして夕暮れの空にその赤い翼が見えなくなったところで、ヒノキも見送りを切り上げた。

 

「さあて。じゃ、オレ達もそろそろ部屋に戻るか。・・・ん?」

 

 今しがたきちんと片付けたはずのログテーブルの真ん中。

 そこに、きれいな赤い箱がひとつ乗っている。

 

(変だな、さっき確認したのに。)

 

 食べられない為に除けていた分(結局例の一箱だけだった)は既に処理している。ちなみにフーディンの分析によると、臭いの原因は漢方薬の『ばんのうごな』らしく、悪いものではないということで、味に寛容なリラのカビゴンに食べてもらった。

 

 包装を解くと、中には宝石のような赤いハート型のチョコレートが6つ、品よく収まっていた。イッシュの老舗チョコレートブランドの看板商品、ハートスイーツだ。一応ムーランドに嗅いでもらったが、特に異常はないという。

 

 贈り主の名前もなければ、メッセージカードもついていない。

 でも、さっきまでは確かになかった。

 となると──

 

「・・・。」

 

 ふと浮かんだ心当たりに、思わず頭を掻く。

 ややこしくなるから誰にも渡す予定はないと言っていたのに。

 あれ?でも、てことは──

 

「ヒノキー、ばーちゃんがもうごはんできるって!あれ、チョコまだあったの?おれにもいっこちょうだい!」

 

 そこに夕食を知らせにきたナギサがヒノキの手の箱を目ざとく見つけ、分け前をねだってきた。

 

「だーめ。これは酒が入ってるからお子様は食えねーの。」

 

「うっそだぁ、だってそれハートスイーツでしょ?おれ、食べた事あるもん!いーじゃん、どーせギリチョコなんだから。」

 

「全く、これだからガキってのは。いいか、義理チョコってのは、あげる側だけじゃなくもらう側にもその気遣いを無下にしちゃいけないって義理があるんだよ。つー訳で、こいつはオレがオレの義理を貫く為に全部食う。」

 

 

 どうせ義理か。まあ実際そうだろう。

 とはいえ、面と向かってはっきりそう言われた訳でもない。

 だからいつか彼女に本当にそういう相手が現れるまでは、少しだけ勘違いを楽しませてもらってもいいだろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 一方その頃、モーテルに戻ったリラはフーディンに手伝ってもらいながら返礼のカードを書いていた。

 しかし、そのフーディンはさっきから何かもの言いたげに、ちらちらと主人の顔を伺っている。

 

「・・・フーディン?どうしたんです、さっきから。」

 

 ついに主人から声をかけられ、フーディンは少し迷った。が、そのまま率直な思念を送った。

 すなわち、本当にあれで良かったのか、と。

 

「え?どうして?」

 

 せっかくだからと、昨日任務の後に用意したチョコレート。

 当初、主人はそれを今日の別れ際に「いつもありがとう」の言葉を添えて前の主人に渡すつもりでいた。ところが、いざという時になって彼女はその予定を変更し、何も言わずにこっそり置いてきてしまった。

 そしてなおかつそれは、直接渡すのが気恥ずかしくなったわけでもない──という一部始終を、彼は知っていたからだ。

 

 が、主人は存外あっさりと答えた。

 

「ええ。きっと状況から私からだとは分かってくれるでしょうし、それで十分ですよ。」

 

 フーディンはますます分からなくなった。

 それならなおさら、当初の予定通り直接渡してやれば良かったではないか。

 その方が彼もきっと喜んだはずだ、と。

 

「ええ。でも、それだと私がいやだなって思って。」

 

「?」

 

「だって、『いつもありがとう』だったら。そういうものとしか思われないでしょう?」

 

 決して本命なんてものじゃない。けど、まったくの義理という訳でもない。たまにはそういう、()()()のあるチョコがあってもいいではないか。

 

 そう言ってふふっと笑う主人に、女性の心(これ)ばかりは分からないと、フーディンは胸の中で匙を投げるのだった。

 

 

*1
製菓用チョコレート




 
リラさんはどう考えてもあげるよりもらう側なので、そういう話を書いてみました。
ちなみに某シンオウチャンピオンさんがチョコにばんのうごなをトッピングしたのは「万能というからにはおいしいものはよりおいしくなるに決まってるから」との事。

リラ:国際警察とエーテルパラダイスにファンクラブがある。ファンの男女比は4:6。好きなチョコレートはハイカカオの甘さ控えめのもの。


ヒノキ:チョコフォンデュ奉行。好きなチョコレートはかせき発掘チョコで、開ける一時間前に冷蔵庫から出してルーペ・木槌・ピックを欠かさないガチ勢。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。